2023/05/01 - 2023/05/06
255位(同エリア478件中)
らぱぱ代さん
その2は、2日目のブハラ観光についてです。
いよいよ、ざ・シルクロードだ!
写真は、ライトアップされたミル・アラブ・メドレセ、カラーンミナレットと、月。
5月1日 成田出発 インチョン乗継 タシケント到着
5月2日 ブハラへ移動 ブハラ観光
5月3日 シャフリサーブスへ移動 シャフリサーブス観光 サマルカンドへ移動
5月4日 サマルカンド観光
5月5日 タシケントへ移動 タシケント観光 タシケント出発
5月6日 インチョン乗継 成田到着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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朝食ビュッフェ。朝早いせいか、ホットミール無し。品数少なめ。食べ過ぎなくて良いです。
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タシケントの国内線の空港。
ツアー募集時は、タシケント-ブハラは高速列車アフラシャブ号を利用して移動する予定だったのですが、4月6日付けで「急遽ウズベキスタン政府の施策により列車チケットが販売中止となる旨連絡が入り」、この区間を国内航空便へ変更するという手紙が届きました。私は乗り鉄でも撮り鉄でもないので、列車で3時間50分かけて移動するより飛行機で1時間10分の方が、むしろブハラ観光の時間が増えると喜んだのですが、この変更でキャンセルした方もかなりいたようです(便乗キャンセルもあったでしょうけど)。
4:30 モーニングコール。4時間弱しか寝ていません。
5:00 朝食後部屋に戻る時間が無いので、スーツケースを持って降りて朝食。
5:45 集合
5:50 ホテル出発
ゴールデンウィークなので、インチョン-タシケント便には日本の他のツアーグループも複数搭乗しています。ホテルシティパレス宿泊も一緒。空港でのチェックインが混雑しないよう、グループ間で調整してホテルを時差出発します。
両替について。
昨晩到着したタシケント国際空港のバッゲジクレームの横に両替所がありました。そこでは日本円からの両替も可能のようでしたが、あらかじめ添乗員さんから話があり、ドルを用意して現地ガイドさんに30ドルをウズベキスタンスムに両替してもらいました。300000スムで、両替所レートとの差はガイドさんへのチップですね。スムが不足したらいつでも追加両替してもらえるし、両替所を探す時間も惜しい超短期の旅行者にとっては助かります。 -
HY23便。3-3の座席配列。
お! USBポートがある。アシアナよりいいじゃん。 -
荒涼とした大地。
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と思ってたら、湖が見えました。グーグルマップで調べたら、チューダクールという名の湖でした。
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ブハラ国際空港。タラップで降りて空港建物まで徒歩移動です。荷物をピックアップして、いざ観光開始(9:20)。
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バスを降りて遊園地を通り、公園の中にあるイスマイール・サマニ廟を目指します。遊園地には某キャラがいましたが、このくらい人相が悪いと、本家も何も文句を言わない?!
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イスマイール・サマニ廟が見えてきました。
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イスマイール・サマニ廟は、892年~943年(日本は平安時代!)にかけて造られた中央アジアに現存する最古のイスラム建築。9世紀の終わりにブハラを占領して都としたサーマーン朝の王、イスマイール・サマニが父親のために建てた霊廟で、イスマイール・サマニ本人や彼の孫も葬られました。チュニジアのトズールの街並みも日干しれんがの組み合わせでこんな感じだったな。でもこちらの方が500年以上古い。。。
1220年のチンギス・ハンの来襲時にはすでに土に埋もれていて破壊を免れました。1925年発掘。 -
日干しれんがだけで組み上げられた外壁の模様は、太陽があたって陰影が美しい。
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内部のドーム。
内部の壁も丁寧に模様が造られています。 -
ブハラタワー。もとは貯水タンクだったそうですが、現在は有料の展望台に。登ったらブハラの街が一望できるでしょうね。
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次は徒歩で移動して、アルク城です。
古代ブハラ発祥の地。2000年以上前からここにはすでに城らしきものがあったそう。1220年のチンギス・ハンの来襲時には多くの庶民がここに立てこもり戦いましたが、多くはモンゴル軍に殺されました。その後も破壊されては建て直し、を繰り返し、現在の城は18世紀のもの。1920年にソ連軍が侵攻してきてブハラ王朝が滅亡するまで歴代の王の居城でした。広さ約4ヘクタール。王や王族の住居だけでなく、モスク、官公庁、各種職人の工房、監獄などもあり、一つの街が城内に形成されていました。 -
城壁。今回の旅行ではヒヴァには行かなかったけれど、ヒヴァの城壁もこんなフォルムですね。真っ直ぐ立ち上がるのではなく、斜めになっていて、ところどころに下が膨らんだ壁がある。。。
木材がぶつぶつ出ているのは建設時に使用したものがそのままなのかな。 -
入口と反対側の城壁はまだ修復されていません。
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門から入場します。
撮影料が1人3000スム(約374円)必要ということで入口で支払いましたが、どこかの国みたいにシールを貼るわけでもなく、人の善意だけ?
ちなみに、今回のウズベキスタン旅行ではあちこち観光しましたが、撮影料を支払ったのはここだけです。 -
往時のアルク城の写真。城門前がとてもにぎわっていますね。
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城内のモスク。
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モスクのベランダ(正式になんというのか知りませんが)の天井の装飾。
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モスク内部の天井はさらに美しく装飾されています。
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ミフラーブとその上の壁。美しい幾何学模様とアラビア文字の装飾が施されています。
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謁見の間の出入り口。こちらも美しく装飾。
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謁見の間と玉座。
このあたりからどんどん暑くなってきました。観光客の皆さんはみごとに日陰に避難。
モスクと謁見の間の他の建物は、小さな博物館のようになっていて残された衣装などが展示されていました。残念ながら、めぼしいモノはソ連軍侵攻時に持って行かれ現在はエルミタージュにあるとか。 -
アラジンのランプ?!。
いえいえ、アルク城内のお土産物屋さんの商品です。 -
アルク城を出て、フッシャ・ヌラバッド通りを東へ進むと、カラーン・モスクのドームが見えてきました。
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このまま真っ直ぐ進むと、タキ・ザルカランですが、右に折れて、ミル・アラブ・メドレセと、カラーン・ミナレット、カラーン・モスクに囲まれた広場に入ります。
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わお!!
ミル・アラブ・メドレセです。ナマだぁ~! -
正面から。
現役の神学校です。中には入れません。 -
中をのぞくと卓球台がありました。
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カラーン・ミナレット。
残念ながら逆光。 -
反対側に回り込んで写してみました。
「カラーン」は「大きい」、「ミナレット」は「光の塔」という意味です。
1127年にカラ・ハン朝の王アルスラン・ハンにより建てられた塔で、基底部の直径が9メートル、高さは46メートル。塔身の壁面を14層の帯状に分け、それぞれを異なるれんがの積み方で装飾しています。燈火用の窓の下一層だけに青タイルがつかわれています(写真ではちょっとわかりにくいけど)。地震やチンギス・ハンの来襲にも耐え、現在までその姿を残しています。
カラーン・ミナレットは、信者にお祈りを呼びかけるという本来の役割の他、見張りの塔でもあり、遠くから見えるため砂漠を旅するキャラバンにとって目印となる塔でもあり、18、19世紀には塔のてっぺんから突き落として死刑に処することにも使用される塔でした。 -
ミル・アラブ・メドレセと向かい合って建つカラーン・モスク。カラーン・ミナレットとつながっています。1514年のシャイバニ朝時代に立て直されたものが現存しています。室町末期かぁ。
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中庭はとても広く、広さ1ヘクタール、1万人の信者を収容可能とか。旧ソ連時代にはその大きさから倉庫として使用されていました。
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中庭を、反対側から撮ってみました。カラーン・ミナレットがきちんと入ります。
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ミル・アラブ・メドレセと、カラーン・ミナレット、カラーン・モスクの見学を終えて、フッシャ・ヌラバッド通りをさらに東へ歩くと、丸ドームの屋根がいくつものっかったタキ・ザルガラン。タキとは大通りの交差点を丸屋根で覆ったバザールのこと。ザルガランは「宝石商市場」の意味ですが、現在は内部は全部お土産物屋さん。
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タキ・ザルガランを真っ直ぐ抜けて北側にあるのが、ウルグベク・メドレセ。ウルグベクはティムールの孫でティムール朝第4代君主。教育にも熱心な君主で、ブハラとサマルカンド、ギジュドゥバン(どこ? 行かなかったからわかりません)の3箇所に神学校を建てました。
ここブハラのウルグベク・メドレセは、1418年創設、1585年修復、ざっと600年前の建物がほぼ現存しています。中央アジア最古の神学校です。現在、内部はお土産物屋さんが入っています。 -
ウルグベク・メドレセに向かい合って建つのは、アブドゥールアジスハン・メドレセ。1653年創建だそうですから、ウルグベク・メドレセの200年以上後に建てられたことになります。
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ムカルナスなど、インドやオスマントルコの影響が装飾に現れています。ウルグベク・メドレセに比べて色彩も豊富です。200年で技術も進歩したのでしょう。
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あちらにも丸屋根が見えますね、タキ・テクパルフルシャンかな。
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昼食は、タキ・ザルガランとタキ・テクパルフルシャンをつなぐハキカット通りにほど近い、こちらの「DOLON」で。
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食事会場は階上へ。ツアーグループ利用が多い店のようです。
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前菜のサラダ。お腹が心配な方は生野菜は控えるようにとのお話で、ほんの少しだけいただきました。生ビール4万スム(約498円)。4日間、昼、夜ともビールをいただきましたが、ここのビールが一番ぬるかった。。。 生ビールだけど、泡無し。
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サムサ。パイですね。挽肉入り。
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スープ。ポトフ風。油ギタギタに浮いていたので汁は飲みませんでしたが、にんじんとポテトとビーフの具はおいしかったです。
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焼きラグマン。ウズベク風焼きうどん。ミートソース味。
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デザート。フォンダンショコラ風とウズベク茶。
今回の旅行では、8食全部に、テーブルごとにペットボトルの水と食後のお茶がサーブされたので、食事の際に飲み物をどうしても注文しなければならないということはありませんでした。ただ、お茶は、出がらし4番か5番くらいの薄さです。また、お茶文化圏なので、コーヒーは頼めば出てきますが(どなたも1回も頼まなかった)、日本で望むようなものは無理だと思います。 -
13:45 午後の観光開始。
タキ・ザルガランとタキ・テクパルフルシャンを結ぶハキカット通りの有名な刃物屋さん。この通りは、往時の雰囲気を残しつつきれいに再開発された店やホテル、飲食店が並んでいます。ブハラといえば、コウノトリのはさみが有名ですよね。私は買いませんでしたが、皆さん、お土産に結構たくさん購入されていました。
コウノトリと言えば、3日後、サマルカンドからタシケントへの移動中、道路端の電柱のてっぺんに巣を作っているつがいを見ましたよ。ちゃんと野生でいるんだなぁと感心。 -
次に向かったのは、タキ・ザルガランの西側にあるスザニのお店。スザニのお店は、サマルカンドのメドレセの中とかにもたくさんありましたが、ここが一番品揃えがよかった。クッションカバーが積んであっても、全部柄が違うので、一枚一枚めくって柄を見ていたら時間がいくらあっても足りません。生地や刺繍糸が木綿か絹かや、柄の細かさで値段が違ってきます。
使うあてがどうしても思い浮かばなかったので購入しませんでしたが、帰国した今となっては、やっぱり買っておけばよかったなぁと。。。 -
そして再びタキ・ザルガランの中を通って(天井がいいですよね)、
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南へ進むと、タキ・テクパルフルシャン。両側は風情ある街並みになっています。
いやぁ、暑かった。正味丸4日間のウズベキスタン旅行の中でこのブハラの日が一番暑かった。最高気温33℃。湿度は低いので汗は余りかかないのですが、喉が渇きます。 -
タキ・テクパルフルシャンの天井。テクパルフルシャンとは「帽子商」の意味。年配の男性は今も帽子を頭に載せています。帽子は必需品でだったんでしょうね。でも今はお土産物屋さんばかり。
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中の楽器屋さん。他に見かけなかったのでパシャリとな。
全く素養が無いので???ですが、興味のある方にはたまらないでしょうね。 -
他のタキも探せばあったのでしょうけれど。
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タキ・テクパルフルシャンを出ました。
マコギ・アッタリ・モスク。
土砂で埋もれていたのを20世紀になってから掘り出されたモスク。最初は仏教寺院でしたが、破壊・再建を繰り返されました。ブハラの長い歴史を見つめていた。。。 -
さらに南へ進むと、タキ・サラフォンになります。「両替商市場」の名ですが、やはりお土産物屋さんばかり。
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ラビ・ハウズ。ハウズは「池」のこと。近くの川から運河で水を引き、1620年に造られた池です。回りをぐるっと飲食店が囲み、夜はたいそう賑やかだとか。オアシスのイメージそのもの。
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今日のお宿、アジア・ブハラに到着しました。15時過ぎ。ぱっと見、メドレセ風。ラビ・ハウズのごく近くで立地抜群。
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プールもあります。泳ぎませんでしたけど。もう少し暑い時期なら、日中はプールで、夜涼しくなってから観光、ってのもアリかも。
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お部屋は、中庭に建つ新館の3階でした。
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反対側だったため、部屋からは見えませんでしたが、非常階段踊り場からは、カラーン・ミナレットが見えましたよ。
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踊り場から別方向の写真。
丸ドームの屋根がある! タキだけじゃないんですね。さすが旧市街。 -
部屋の中。窓の外は木の葉っぱが見えるだけ。水回りの写真は撮り忘れました。お湯の温度は十分でしたが。お湯の出はイマイチ元気無かったなぁ。時間帯によるのかもしれませんが。
ホテルの無料WIFIは、メールとLINEならなんとか、くらいの感じです。 -
18時から夕食の予定ですが、まだまだ時間はたっぷりあるので、お散歩にでかけました。
ラビ・ハウズの東側にあるナディール・ディヴァンベギ・メドレゼ。
メドレゼは数多くあれど、ここが有名なのは、イスラムでタブーとされている生物(鳳凰、シカ、顔のある太陽)が正面入口に描かれているから。1622年に時の大臣ナディール・ディヴァンベギによって、当初キャラバンサライ(隊商宿)として建て始められたためこの柄になっていますが、ハンが「素晴らしいメドレセ!」と言ったため、神学校としてしまいました。ハンも絵を見れば神学校じゃないことくらいわかるだろうに、と思うのは私だけ?!
顔のある太陽はゾロアスター教の影響だそうです。
中庭は、ディナーショーの会場になっていました。 -
ラビ・ハウズのほとりにあるフッジャ・ナスレディン像。神学者ですが、一休さんのようにとんちがきいてみんなに親しまれている人だそうです。愛称「ホジャおじさん」で、白いひげの陶器製の人形がお土産としていっぱい売られています。
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想像していたより大きくてびっくり。
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ラビ・ハウズの南側にはお店も並んでいますが、中に酒屋さんがありました。このあとサマルカンドでも酒屋は見かけなかったので、入ってみればよかったと後悔しています。酒屋がなかなかないのはさすがイスラム圏ですかね。
並びのミニ・スーパーには入りました。野菜とか洗剤とかも扱っていました。
ウズベクビールのSARBASTをみつけたので、冷えていなかったのですが喉が渇いていたこともあり購入。450ミリ入り11000スム(約137円)。結局日本まで持ち帰り!
この店では他にポテチ2袋も買って合計33000スム。ビール、安い!
ちなみに、サマルカンドのレギスタン広場近くでミニ・スーパーを3軒のぞきましたが、ビールは扱っていなかったです。もっと買っておけばよかった。
ポテチはタシケントで最後に寄ったスーパーでもう少し安く売っていましたよ。ただ、ポテチはすぐお腹の中に入ってしまったので、よしとします。 -
夕食は、バスで数分、旧市街と新市街の境にあるBELLA ITALIAで。
本当は、イタメシやなのでしょうけれど、ウズベク料理がでてきました。 -
前菜のサラダ。ビール4万スム(約498円)。赤、白ワインも4万スムでした。グラスワインは、どこの店も日本で注文するよりもたっぷり大盛りです。
内装もオサレなお店でしたが、器もおしゃれです。 -
パン、5種。
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ボルシチ。ソ連統治下の影響でしょう。サワークリームが添えられていてお味はよかったですよ。
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鶏肉の煮込みライス添え。運良く骨なし。
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デザート。フルーツ盛り合わせ。
りんご、甘かった~。
ごちそうさまでした。 -
ホテルへバスで戻ってから、カラーン・ミナレットのライトアップを見に歩いて行きました(20:30)。
旧市街立地のホテルだとこういう散歩ができてよいですね。
夜になり涼しくなって、ライトアップ目当ての人もたくさんいるのでしょうね、人出もたくさんで安心して歩けました。 -
ライトアップされたミル・アラブ・メドレセ。
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こちらは、カラーン・ミナレットとカラーン・モスク。
堪能して、ホテルに戻りました。
本日、18400歩。
お休みなさい。
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