2023/03/11 - 2023/03/11
84位(同エリア617件中)
愛猫シロネコさん
- 愛猫シロネコさんTOP
- 旅行記1014冊
- クチコミ0件
- Q&A回答6件
- 583,406アクセス
- フォロワー111人
千葉県巡り3回目で成田(新勝寺)と佐原(観福寺 香取神宮 佐原街歩き(小堀屋本店(昼食) 小野川散策 伊能忠敬記念館・旧宅 佐原山車会館等)と茨城県の鹿島神宮(楼門 本殿 要石 奥宮)を参拝しました。(後半部です。)
(写真)小野川沿いの風情溢れる街並みです。
(佐原の街並み)佐原は江戸時代、佐原河岸と呼ばれ、利根川の水運・舟運で繁栄した港町です。町の中心の小野川は利根川の支流でこの川を中心に風情のある町並が見られます。土蔵造り・千本格子の商家等の建物が沢山あります。
(伊能忠敬)伊能忠敬は佐原の出身で、17才で伊能家に婿養子で入り、造り酒屋・油屋を営んでいた商人でした。隠居後、50歳を過ぎた時から、学問を志し江戸で暦学や天文学を修めた。その後、17年間かけて日本全国を測量して回り、1818年、死去した。
(佐原山車会館)7月に八坂神社祇園祭(本宿祭り)と10月に諏訪神社秋祭り(新宿祭り)が行われ、十数台の重厚な山車が曳き回されます。江戸時代中期に始まり、約300年の伝統があります。
(鹿島神宮)香取・息栖と並ぶ東国三社の一つで皇紀元年(紀元前660年)(神武天皇元年)の創建です。歴代皇室や藤原氏・徳川氏等の庇護を受けて来ました。祭神は武甕槌大神です。
2023年3月11日(土)
香取神宮11:05(バスー水の郷サワラ)11:16忠敬橋に着きます。
1)(昼食)蕎麦店「小堀屋本店」(11:17-11:58)黒切リ蕎麦(天盛)2000円を戴き
2)街並歩きをします。(旧千葉合同銀行 福新呉服店 正文堂書店 旧油葱 正上 中村屋商店 樋橋)等を見て、
3)伊能忠敬記念館・旧宅(見学) 与倉屋大土蔵 佐原三菱館交流館 文明堂 油茂製油 佐原山車会館(見学)と歩きます。
4)佐原山車会館13:55(バス)14:00佐原駅に戻ります。
佐原14:17(JR-利根川 潮来 前川水門 前川 水雲橋 北浦 西ノ一ノ鳥居を通過し、)14:38鹿島駅に着きます。歩いて、
5)鹿島神宮(木漏れ日の道 春季祭 大鳥居 祝詞社 熊野社 楼門 二郎杉 拝殿 本殿 御神木 高房社 仮殿御厨社 祖霊社 奥参道(サザレ石 鹿園 熱田社 芭蕉句碑 奥宮 御手洗池 大黒社 要石 樹叢))を参拝します。
鹿島16:00(高速バスー太平洋 鹿島臨海工業地帯 夕日を見て)18:40東京駅丸の内口18:46(JR)自宅に戻ります。
{旅程}
①3/11(土)
(京成線)成田ー新勝寺(JR)佐原ー観福寺 香取神宮 街歩き(JR)鹿島神宮(バス)東京
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
佐原の街並み地図(佐原は江戸時代、佐原河岸と呼ばれ、利根川の水運・舟運で繁栄した港町です。町の中心の小野川は利根川の支流でこの川を中心に風情のある町並が見られます。土蔵造り・千本格子の商家等の建物が沢山あります。江戸時代、日本地図を作った伊能忠敬の出身地で旧宅や記念館もあります。)
-
佐原の街並み地図(佐原は江戸時代、佐原河岸と呼ばれ、利根川の水運・舟運で繁栄した港町です。町の中心の小野川は利根川の支流でこの川を中心に風情のある町並が見られます。土蔵造り・千本格子の商家等の建物が沢山あります。江戸時代、日本地図を作った伊能忠敬の出身地で旧宅や記念館もあります。)
-
小堀屋本店(1782年、創業の老舗蕎麦店(8代続く)で、建物は明治33年の建築で江戸時代の町家の形式を残しています。土蔵には蕎麦作りの秘伝書や道具類が保存されています。昼食を戴きます。)
小堀屋本店 グルメ・レストラン
-
小堀屋本店(老舗蕎麦屋)店内
-
小堀屋本店(老舗蕎麦屋)店内(2Fへの急階段)
-
小堀屋本店(老舗蕎麦屋)店内
-
小堀屋本店(老舗蕎麦屋)店内(明治35年の造りで佐原最初のガラス障子)
-
小堀屋本店(老舗蕎麦屋)黒天もり(2000円)を戴きました。(黒切り蕎麦で昆布を使った変わり蕎麦です。)
-
小堀屋本店(老舗蕎麦屋)黒天もり(2000円)を戴きました。(黒切り蕎麦で昆布を使った変わり蕎麦です。)
-
旧千葉合同銀行(昭和初期のルネッサンス様式のコンクリート造りで今の所有は第百生命)
-
福新呉服店(明治25年、大火で焼け、翌年頃、建築された。山車のれんなどがあります。)
-
正文堂書店(登り龍と下り龍の看板 大黒柱は欅材 店全体を土蔵造りにした「店蔵」という建築様式。2Fの窓は土塗りの開き戸 さらに横引きの土戸と三重構造で明治13年、建築です。)
-
正文堂書店(登り龍と下り龍の看板 大黒柱は欅材 店全体を土蔵造りにした「店蔵」という建築様式。2Fの窓は土塗りの開き戸 さらに横引きの土戸と三重構造で明治13年、建築です。)
-
正文堂書店(登り龍と下り龍の看板 大黒柱は欅材 店全体を土蔵造りにした「店蔵」という建築様式。2Fの窓は土塗りの開き戸 さらに横引きの土戸と三重構造で明治13年、建築です。)
-
旧油惣商店(1900年建築で、店舗は木造、寄棟妻入り2F建ての瓦葦 土蔵は佐原最古です。)
-
旧油惣商店(1900年建築で、店舗は木造、寄棟妻入り2F建ての瓦葦 土蔵は佐原最古です。)
-
小野川沿いのからくり人形です。
-
さわら町会館
-
さわら町会館(奥でウドン造りのパフォーマンスをしていました。)
-
小野川沿いの正上のお店(1832年建築の醤油の醸造のお店で、佃煮などの販売をしています。当時の建築様式や戸締まりの方法「よろい戸」が残ります。)
-
金利(奈良漬けのお店)
-
金利(奈良漬けのお店)
-
旧木下旅館(今は、飲食店です。)
-
共栄橋よりの小野川眺め
-
共栄橋よりの小野川眺め(反対側)
-
正上(1832年建築の醤油の醸造のお店で、佃煮などの販売をしています。当時の建築様式や戸締まりの方法「よろい戸」が残ります。)
-
正上(1832年建築の醤油の醸造のお店で、佃煮などの販売をしています。当時の建築様式や戸締まりの方法「よろい戸」が残ります。)
-
正上(店内)
-
千葉商船
-
中村屋商店(1855年、建築です。敷地が変形の為、内部に工夫を凝らした造りです。和装小物などを扱うお店です。)
-
中村屋商店(1855年、建築です。敷地が変形の為、内部に工夫を凝らした造りです。和装小物などを扱うお店です。)
-
-
樋橋(ジャージャー橋)小野川の水を汲み上げて、橋の樋から落水をする仕組みで、9-16時の間に、30分置きに5分間水が流れます。)
-
金清(元和服の仕立屋)
-
金清(元和服の仕立屋)
-
伊能忠敬記念館(内部は殆ど、撮影禁止でした。)
伊能忠敬は17才で伊能家に婿養子で入り、造り酒屋・油屋を営んでいた商人でした。隠居後、50歳を過ぎた時から、学問を志し江戸で暦学や天文学を修めた。その後、17年間かけて日本全国を測量して回り、1818年、死去した。伊能忠敬記念館 美術館・博物館
-
特別展の「関係資料の世界」は撮影可能でした。
-
特別展より通常展を見ます。
-
特別展の「関係資料の世界」
-
伊豆半島の下図
-
家督相続書
-
小野川の小江戸さわら舟巡り
-
伊能忠敬旧宅(小野川に面して、店舗・炊事場・書院・土蔵よりなります。店舗と正面は婿養子に入る前の建物で書院は忠敬が設計したと伝えられています。)
-
伊能忠敬旧宅(伊能忠敬は17才で伊能家に婿養子で入り、造り酒屋・油屋を営んでいた商人でした。隠居後、50歳を過ぎた時から、学問を志し江戸で暦学や天文学を修めた。その後、17年間かけて日本全国を測量して回り、1818年、死去した。)
-
伊能忠敬旧宅(案内図)
-
伊能忠敬旧宅(正面)小野川に面して、店舗・炊事場・書院・土蔵よりなります。店舗と正面は婿養子に入る前の建物で書院は忠敬が設計したと伝えられています。
伊能忠敬旧宅 名所・史跡
-
伊能忠敬旧宅(入口の店舗)帳場と座敷
-
伊能忠敬旧宅(炊事場)
-
伊能忠敬旧宅(書院)忠敬が設計したと伝えられています。
-
伊能忠敬旧宅(書院)忠敬が設計したと伝えられています。
-
伊能忠敬旧宅(銅像)
-
伊能忠敬旧宅(土蔵)忠敬が婿養子に来る前からの建物
-
伊能忠敬旧宅(土蔵)忠敬が婿養子に来る前からの建物
-
伊能忠敬旧宅(敷地内を流れる農業用水路)
-
伊能忠敬旧宅(敷地内を流れる農業用水路)
-
与倉屋大土蔵(明治初期の酒造業の建物でその後、醤油製造業、製粉業を経て、今は倉庫になっています。)
-
与倉屋大土蔵(明治初期の建物)内部公開中でした。
-
与倉屋大土蔵(明治初期の倉庫の建物)天井の木組み
-
与倉屋大土蔵(明治初期の建物)山車の展示
-
与倉屋大土蔵(明治初期の倉庫の建物)山車に乗せる大鷹鷹
-
小野川の小江戸さわら舟巡り(出発する所)
-
旧油惣
-
佐原三菱館(1914年、建築。イギリスより輸入した赤レンガを使った2F建ての洋館で、旧三菱銀行佐原支店本館でした。今は観光客の休憩所「街並み交流館」です。)
佐原三菱館 (佐原街並み交流館) 名所・史跡
-
佐原三菱館(1914年、建築。イギリスより輸入した赤レンガを使った2F建ての洋館で、旧三菱銀行佐原支店本館でした。今は観光客の休憩所「街並み交流館」です。)内部は吹き抜けで2Fはギャラリーです。
-
佐原三菱館(1914年、建築。イギリスより輸入した赤レンガを使った2F建ての洋館で、旧三菱銀行佐原支店本館でした。今は観光客の休憩所「街並み交流館」です。)内部は吹き抜けで2Fはギャラリーです。
-
佐原三菱館(1914年、建築。イギリスより輸入した赤レンガを使った2F建ての洋館で、旧三菱銀行佐原支店本館でした。今は観光客の休憩所です。)ひな人形の飾りです。
-
文明堂
-
八坂神社(7月にここで祇園祭(本宿祭り)が行われます。十数台の山車が曳き回されます。江戸時代中期に始まり、約300年の伝統があります。)
-
八坂神社(7月にここで祇園祭(本宿祭り)が行われます。十数台の山車が曳き回されます。江戸時代中期に始まり、約300年の伝統があります。)
-
-
八坂神社(本社)7月にここで祇園祭(本宿祭り)が行われます。十数台の山車が曳き回されます。江戸時代中期に始まり、約300年の伝統があります。)
-
八坂神社(水天宮)7月にここで祇園祭(本宿祭り)が行われます。十数台の山車が曳き回されます。江戸時代中期に始まり、約300年の伝統があります。)
-
佐原山車会館(毎年7月と10月に行われる佐原の大祭の24台の山車のうち、交代で2台が展示されています。)
水郷佐原山車会館 美術館・博物館
-
下川岸区の山車
-
下川岸の山車(構造の説明)
-
下川岸の山車
-
下川岸の山車(大天井の大人形)建速素戔嗚尊
-
下川岸の山車(上の「遠宏」)
-
下川岸の山車(真ん中の部分)
-
下川岸の山車(下の部分の彫刻)
-
浜宿区の山車(大天井は大人形は武御雷の尊)
-
神輿
-
鯉(山車の一番上に掲げます。)
-
2Fより2台の山車を見ます。
-
2Fの展示全体
-
太鼓など
-
宮大工の作品です。
-
彫刻師
-
巡回バスで佐原駅に向かいます。
-
佐原駅
佐原駅 駅
-
佐原駅前の伊能忠敬の像
-
鹿島線に乗ります。
-
鹿島線の電車
-
(車窓風景)利根川橋梁
-
(車窓風景)利根川
-
(車窓風景)利根川
-
(車窓風景)常陸利根川の潮来の前川水門
-
(車窓風景)常陸利根川(霞ヶ浦より流れ出ます。)
-
(車窓風景)常陸利根川の潮来の前川水門
-
(車窓風景)潮来の前川と中央に水雲橋が見えます。この辺であやめ祭りが行われます。
-
(車窓風景)鹿島神宮手前の北浦
-
(車窓風景)鹿島神宮の西の一の鳥居
-
鹿島神宮駅に着きます。
-
鹿島臨海鉄道・大洗鹿島線(水戸まで行きます。)
-
鹿島神宮駅
-
鹿島神宮駅(鹿島神宮まで歩いて行きます。)
鹿島神宮駅 駅
-
木漏れの日の道を登ります。
-
鹿島神宮(大鳥居の所)丁度、春季祭のお祭りの行列がありました。暫く、見ていました。報道陣の撮影隊もいました。
-
鹿島神宮(丁度、春季祭のお祭りの行列がありました。暫く、見ていました。報道陣の撮影隊もいました。)
-
鹿島神宮(香取・息栖と並ぶ東国三社の一つで皇紀元年(紀元前660年)(神武天皇元年)の創建です。歴代皇室や藤原氏・徳川氏等の庇護を受けて来ました。祭神は武甕槌大神です。)
-
鹿島神社(境内案内図)香取・息栖と並ぶ東国三社の一つで皇紀元年(紀元前660年)(神武天皇元年)の創建です。歴代皇室や藤原氏・徳川氏等の庇護を受けて来ました。祭神は武甕槌大神です。
-
鹿島神宮(香取・息栖と並ぶ東国三社の一つで皇紀元年(紀元前660年)(神武天皇元年)の創建です。歴代皇室や藤原氏・徳川氏等の庇護を受けて来ました。祭神は武甕槌大神です。)
-
鹿島神宮の主な祭典と行事
-
鹿島神宮(大鳥居)国産の花崗岩の鳥居として日本一でしたが、東日本大地震で倒壊し、今は杉の木で造られました。
-
鹿島神宮(大鳥居)国産の花崗岩の鳥居として日本一でしたが、東日本大地震で倒壊し、今は杉の木で造られました。
-
鹿島神宮(丁度、春季祭のお祭りの行列がありました。暫く、見ていました。報道陣の撮影隊もいました。)
-
春季祭のお祭りの行列
-
春季祭のお祭りの行列
-
春季祭のお祭りの行列(大鳥居の所)
-
鹿島神宮(坂戸社)
-
鹿島神宮(手前より熊野社・祝詞社・津車西社)
-
鹿島神宮(楼門)重文。日本三大楼門の一つで1634年初代水戸藩主頼房により奉納された。高さ13mです。
-
鹿島神宮(楼門)重文。日本三大楼門の一つで1634年初代水戸藩主頼房により奉納された。高さ13mです。
-
鹿島神宮(楼門)重文。日本三大楼門の一つで1634年初代水戸藩主頼房により奉納された。高さ13mです。
-
二郎杉(2番目の大きな杉で高さ40m 樹齢700年)
-
霊杉木
-
霊杉木
-
鹿島神宮(高房社)ここに参拝してから本社に参拝します。
-
鹿島神宮(高房社)内部
-
鹿島神宮(本殿)香取・息栖と並ぶ東国三社の一つで皇紀元年(紀元前660年)(神武天皇元年)の創建です。歴代皇室や藤原氏・徳川氏等の庇護を受けて来ました。祭神は武甕槌大神です。
-
鹿島神宮(香取・息栖と並ぶ東国三社の一つで皇紀元年(紀元前660年)(神武天皇元年)の創建です。歴代皇室や藤原氏・徳川氏等の庇護を受けて来ました。祭神は武甕槌大神です。)
-
鹿島神宮(拝殿)香取・息栖と並ぶ東国三社の一つで皇紀元年(紀元前660年)(神武天皇元年)の創建です。歴代皇室や藤原氏・徳川氏等の庇護を受けて来ました。祭神は武甕槌大神です。)
-
鹿島神宮(本殿)香取・息栖と並ぶ東国三社の一つで皇紀元年(紀元前660年)(神武天皇元年)の創建です。歴代皇室や藤原氏・徳川氏等の庇護を受けて来ました。祭神は武甕槌大神です。)
鹿島神宮 寺・神社・教会
-
鹿島神宮(宝庫)
-
仮殿(重文)1618年、2代将軍秀忠が奉納した。
-
鹿島神宮(仮殿)1618年、2代将軍秀忠が奉納した。
-
石燈籠
-
春季祭のお祭りの行列が拝殿の所に来ました。
-
春季祭のお祭りの行列が拝殿の所に来ました。
-
春季祭のお祭りの行列が拝殿の所に来ました。
-
鹿島神宮(祈祷殿)
-
鹿島神宮(御厨社)
-
鹿島神宮(祖霊社)
-
祖霊社より参道への道
-
奥宮への参道
-
さざれ石
-
鹿園(鹿は神の使いです。)
-
鹿園(鹿は神の使いです。)
鹿島神宮鹿園 動物園・水族館
-
鹿園(鹿は神の使いです。)
-
親鸞上人旧跡
-
熱田社(七夕社)
-
鹿島神宮(奥宮)1605年、家康が関ヶ原の戦いの戦勝の御礼に奉納した。(新しい社殿の為にここに移しました。)
-
鹿島神宮(奥宮)1605年、家康が関ヶ原の戦いの戦勝の御礼に奉納した。(新しい社殿の為にここに移しました。)
-
鹿島神宮(奥宮)1605年、家康が関ヶ原の戦いの戦勝の御礼に奉納した。(新しい社殿の為にここに移しました。)
-
鹿島神宮(奥宮)1605年、家康が関ヶ原の戦いの戦勝の御礼に奉納した。(新しい社殿の為にここに移しました。)
-
鹿島神宮(奥宮)1605年、家康が関ヶ原の戦いの戦勝の御礼に奉納した。(新しい社殿の為にここに移しました。)
-
武甕槌大神石像
-
芭蕉句碑
-
要石(地震を起こす大鯰を抑える為に、地中深くまで差し込んでいる霊石。わずかに露出している頭頂部は香取神宮(凸形石) 鹿島神宮(凹形石)となっています。水戸の光圀が7日7晩、掘ったが、辿り着かなかったと言います。
-
要石(地震を起こす大鯰を抑える為に、地中深くまで差し込んでいる霊石。わずかに露出している頭頂部は香取神宮(凸形石) 鹿島神宮(凹形石)となっています。水戸の光圀が7日7晩、掘ったが、辿り着かなかったと言います。(今回、香取神宮と鹿島神宮を参拝した理由はこの2か所に来ることでした。映画「すずめの戸締まり」を見て、この要石になっている「シロネコ」(ダイジン)が我が家に居た「愛猫シロネコ」の化身で救いに来たかった為です。しかし、抜く事は出来ませんでした。抜いたら、大地震が起こります。)
-
要石(地震を起こす大鯰を抑える為に、地中深くまで差し込んでいる霊石。わずかに露出している頭頂部は香取神宮(凸形石) 鹿島神宮(凹形石)となっています。水戸の光圀が7日7晩、掘ったが、辿り着かなかったと言います。
-
要石(地震を起こす大鯰を抑える為に、地中深くまで差し込んでいる霊石。わずかに露出している頭頂部は香取神宮(凸形石) 鹿島神宮(凹形石)となっています。水戸の光圀が7日7晩、掘ったが、辿り着かなかったと言います。
-
要石(地震を起こす大鯰を抑える為に、地中深くまで差し込んでいる霊石。わずかに露出している頭頂部は香取神宮(凸形石) 鹿島神宮(凹形石)となっています。水戸の光圀が7日7晩、掘ったが、辿り着かなかったと言います。(今回、香取神宮と鹿島神宮を参拝した理由はこの2か所に来ることでした。映画「すずめの戸締まり」を見て、この要石になっている「シロネコ」(ダイジン)が我が家に居た「愛猫シロネコ」の化身で救いに来たかった為です。しかし、抜く事は出来ませんでした。抜いたら、大地震が起こります。)
-
要石(地震を起こす大鯰を抑える為に、地中深くまで差し込んでいる霊石。わずかに露出している頭頂部は香取神宮(凸形石) 鹿島神宮(凹形石)となっています。水戸の光圀が7日7晩、掘ったが、辿り着かなかったと言います。(今回、香取神宮と鹿島神宮を参拝した理由はこの2か所に来ることでした。映画「すずめの戸締まり」を見て、この要石になっている「シロネコ」(ダイジン)が我が家に居た「愛猫シロネコ」の化身で救いに来たかった為です。しかし、抜く事は出来ませんでした。抜いたら、大地震が起こります。)
-
樹叢(タブ・シイ・モミの巨樹)
-
御手洗池(1日40万L以上の湧水があり、水底を見渡せる。昔は参拝前にここでみそぎをした。年初めには200人が禊を行います。)
-
御手洗池(1日40万L以上の湧水があり、水底を見渡せる。昔は参拝前にここでみそぎをした。年初めには200人が禊を行います。)
-
御手洗池(金魚)
-
御手洗池(湧水地)
-
鹿島神宮(大黒社)大奥社とも言います。
-
御手洗池(1日40万L以上の湧水があり、水底を見渡せる。昔は参拝前にここでみそぎをした。年初めには200人が禊を行います。)
-
鹿島神宮(御手洗池口鳥居)
-
売店
-
売店で東国三酒セットを買いました。
-
奥宮から参道を大鳥居の方に戻ります。
-
大鳥居手前の参道でも春季祭のお祭りの行列がありました。
-
大鳥居手前の参道でも春季祭のお祭りの行列がありました。
-
参道に並ぶ出店
-
春季祭の本陣
-
龍神社(水の神様)
-
龍神社(水の神様)
-
鹿島アントラーズ栄光の碑
-
鹿島神宮駅に戻りました。
鹿島神宮駅 駅
-
16:00の高速バスで東京駅に行きます。
-
(車窓風景)鹿島市役所
-
(車窓風景)鹿島市役所
-
(車窓風景)太平洋が一瞬、見えました。
-
(車窓風景)鹿島アントラーズ・オフィシャル・ショップ
-
(車窓風景)鹿島臨海工業地帯の入口
-
(車窓風景)鹿島臨海工業地帯の入口
-
(車窓風景)鹿島臨海鉄道の線路
-
(車窓風景)鰐川橋よりの外浪逆浦に沈む夕日
-
(車窓風景)潮来より東関東自動車道路に入ります。
-
(車窓風景)潮来より東関東自動車道路に入ります。
-
(車窓風景)常陸利根川
-
(車窓風景)利根川
-
東京駅丸の内口に着きます。
-
東京駅から自宅に帰ります。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
東京・千葉巡り(2)
-
2022年3月千葉(1)松戸(市立博物館 21世紀の森と広場 金ヶ作熊野神社 祖光院 オハナホール(ピアノ...
2022/03/05~
松戸
-
2022年10月東京(16)江戸東京たてもの園(江戸から昭和中期の建物30棟移築・復元)深大寺(本堂等・蕎麦...
2022/10/27~
調布・狛江
-
2022年11月東京(17)日野(宿本陣跡 新選組) 府中(大国魂神社) 国分寺(本堂 薬師寺 お鷹の道 真...
2022/11/02~
国分寺・小金井
-
2022年11月東京(18)井の頭恩賜公園 大宮八幡宮 世田谷八幡宮 豪徳寺 世田谷城址 松陰神社 三軒茶屋...
2022/11/10~
高井戸・千歳烏山・八幡山
-
2022年11月千葉(2)松戸(本土寺 東漸寺 萬満寺 松戸神社 戸定ヶ丘歴史公園(戸定邸 歴史館) 昼食「...
2022/11/19~
松戸
-
2023年3月千葉(3)成田(新勝寺(仁王門 三重塔 本堂 釈迦堂 光明堂等)) 佐原(観福寺(伊能忠敬墓)...
2023/03/11~
成田
-
2023年3月千葉(3)佐原(佐原の街並みー小堀屋本店(昼食)伊能忠敬記念館・旧宅 佐原山車会館 茨城(鹿島...
2023/03/11~
香取・佐原
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (1)
-
- salsaladyさん 2023/04/14 09:48:48
- 「さわら」へ行くには電車が便利~
- ☆2020年コロナ自粛初めの頃、どこか近場で歩ける処へ!と2時間近くドライヴして千葉から(さわらも千葉県だった)出かけましたが。。。懐かしい江戸情緒を感じました。
☆三月上旬なら「船ひな祭り」があったはずですが、コロナ禍の「さわら」は、どちらも中止の上、みこし会館も閉館中でほとんど見るところなく歩いて、共栄橋の入り口にできた新しい(写真にもある様な新築の)カツ丼屋❓でランチを頂いた記憶があるだけ~
☆あれから数年経過しても街の佇まいが変わらないのは嬉しい事実です。徒歩で『香取神宮』へも参った覚えがありますが、こちらは「鹿島神宮」へ?電車であれば同じ距離感で行けそうですね。鹿島は茨城県でしたね。~see you~
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 東京・千葉巡り(2)
1
198