小倉・北九州市中心部旅行記(ブログ) 一覧に戻る
呼子でのおいしい昼食が終わり、買い物も済んでバスに乗ると添乗員さんから「低気圧の夜暴風雪のために九州内の高速道路が全て閉鎖になりました。予定にある門司港の観光と下関での「ふくフルコース」の夕食は中止となります。夕食代金につきましては返金になります。この後は下の道で博多駅に向かい、博多駅から新幹線で小倉に向かい、ホテルにチェックインとなります。」とのことです。門司港と下関は一番楽しみにしていたので残念でした。ただ、ふるさと納税で下関市に納税していて、返礼品として「春帆楼本店」のペア食事券をいただいているので、半年以内に来なければならない場所であったので、これも神様の思し召しかなと考えます。余計にその旅が楽しみになってきました。呼子から1時間40分ほどで博多駅に到着し、ここで各自新幹線のチケットを購入します。このまました道を走って小倉に向かっても良いと思いますが、何時間かかるか分からないとのことです。また、自然災害の場合の費用負担は各自になります。結果的にはこれは正解で、新幹線の車内から見えた景色では高速道路は閉鎖されていましたし、山間部はものすごい雪景色になっていました。あっという間に小倉駅に着いて、まずは荷物を持ってホテルにチェックインします。この日のホテルは小倉駅前の「リーガロイヤルホテル小倉」で良かったと思います。門司港だったらJRを乗り換えなければならないですし、駅前でなければ荷物を持って歩かなければなりません。ある意味不幸中の幸いです。ホテルの部屋でこの日の晩御飯をどうするか考え、1人2,500円の返金があるので”小倉のふく”で検索して一番評判のよかった「福一」という店を予約します。そしてブラブラ小倉の町を散歩します。小倉駅の中に観光案内所があったので次回のために門司港周辺の資料をたくさんいただき、「小倉城」への行き方も尋ねておきます。聞いた通りの「魚町2番町通り」を抜けて、「鷗外橋(水鳥の橋)」を渡るとクリスマスのイルミネーションが美しいです。周囲は薄暗くなってきましたが、「小倉城」に到着します。予定外の小倉の町の観光でしたが、この城は「日本一面白い城」の看板の通り、最高に面白かったです。どっぷり暗くなり小雪も舞いだしましたが、「小倉城庭園」も見学します。午後6時にはレーザー光線や照明を使ったショーもあり、幻想的な風景も楽しめました。最後は予約してあった「ふくいち」というふく専門店で夕食です。東京だとフグのコースを5,000円くらいで注文すると、気持ちだけのテッサと白菜だらけの鍋になりますが、ここでは同じような値段でこれでもかというほどの新フクが出てきます。最初にフクを鍋に入れたら野菜が入れられないほどになりました。きれいな仲居さんに雑炊も作っていただき大満足の夕食で体も温まりました。そして懐にやさしいお勘定です。いい気分で駅まで戻りましたが、まだミッションがあります。6,000円の福岡県のクーポン券を使い切らなければなりません。閉店ギリギリの駅の食品街に入ってお土産を買い求めて使い切りました。翌日は福岡県内を通過するだけだったので使い切っておいて良かったです。ホテルに戻る前にコンビニでお酒を買って部屋で飲み直して小倉の夜は終わりました。<br /><br />

トラピックス 4つのご当地グルメを食す!九州8つの旅情 3日間(4)暴風雪で高速が閉鎖され、ツアーは小倉でとん挫して門司港へは行けず。

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2022/12/23 - 2022/12/23

225位(同エリア916件中)

旅行記グループ 2022柳川・唐津・小倉の旅

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kojikoji

kojikojiさん

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呼子でのおいしい昼食が終わり、買い物も済んでバスに乗ると添乗員さんから「低気圧の夜暴風雪のために九州内の高速道路が全て閉鎖になりました。予定にある門司港の観光と下関での「ふくフルコース」の夕食は中止となります。夕食代金につきましては返金になります。この後は下の道で博多駅に向かい、博多駅から新幹線で小倉に向かい、ホテルにチェックインとなります。」とのことです。門司港と下関は一番楽しみにしていたので残念でした。ただ、ふるさと納税で下関市に納税していて、返礼品として「春帆楼本店」のペア食事券をいただいているので、半年以内に来なければならない場所であったので、これも神様の思し召しかなと考えます。余計にその旅が楽しみになってきました。呼子から1時間40分ほどで博多駅に到着し、ここで各自新幹線のチケットを購入します。このまました道を走って小倉に向かっても良いと思いますが、何時間かかるか分からないとのことです。また、自然災害の場合の費用負担は各自になります。結果的にはこれは正解で、新幹線の車内から見えた景色では高速道路は閉鎖されていましたし、山間部はものすごい雪景色になっていました。あっという間に小倉駅に着いて、まずは荷物を持ってホテルにチェックインします。この日のホテルは小倉駅前の「リーガロイヤルホテル小倉」で良かったと思います。門司港だったらJRを乗り換えなければならないですし、駅前でなければ荷物を持って歩かなければなりません。ある意味不幸中の幸いです。ホテルの部屋でこの日の晩御飯をどうするか考え、1人2,500円の返金があるので”小倉のふく”で検索して一番評判のよかった「福一」という店を予約します。そしてブラブラ小倉の町を散歩します。小倉駅の中に観光案内所があったので次回のために門司港周辺の資料をたくさんいただき、「小倉城」への行き方も尋ねておきます。聞いた通りの「魚町2番町通り」を抜けて、「鷗外橋(水鳥の橋)」を渡るとクリスマスのイルミネーションが美しいです。周囲は薄暗くなってきましたが、「小倉城」に到着します。予定外の小倉の町の観光でしたが、この城は「日本一面白い城」の看板の通り、最高に面白かったです。どっぷり暗くなり小雪も舞いだしましたが、「小倉城庭園」も見学します。午後6時にはレーザー光線や照明を使ったショーもあり、幻想的な風景も楽しめました。最後は予約してあった「ふくいち」というふく専門店で夕食です。東京だとフグのコースを5,000円くらいで注文すると、気持ちだけのテッサと白菜だらけの鍋になりますが、ここでは同じような値段でこれでもかというほどの新フクが出てきます。最初にフクを鍋に入れたら野菜が入れられないほどになりました。きれいな仲居さんに雑炊も作っていただき大満足の夕食で体も温まりました。そして懐にやさしいお勘定です。いい気分で駅まで戻りましたが、まだミッションがあります。6,000円の福岡県のクーポン券を使い切らなければなりません。閉店ギリギリの駅の食品街に入ってお土産を買い求めて使い切りました。翌日は福岡県内を通過するだけだったので使い切っておいて良かったです。ホテルに戻る前にコンビニでお酒を買って部屋で飲み直して小倉の夜は終わりました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
グルメ
4.5
ショッピング
4.0
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
観光バス ANAグループ 新幹線 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
阪急交通社

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  • 呼子での昼食が終わってバスに乗ると添乗員さんから「暴風雪の影響で九州中の高速が通行止めになりました。予定していた門司港と下関のふくフルコースは中止となり、博多駅に向かってそこから小倉駅まで新幹線に乗っての移動になります。」ということでした。ここからツアーは迷走を始めます。

    呼子での昼食が終わってバスに乗ると添乗員さんから「暴風雪の影響で九州中の高速が通行止めになりました。予定していた門司港と下関のふくフルコースは中止となり、博多駅に向かってそこから小倉駅まで新幹線に乗っての移動になります。」ということでした。ここからツアーは迷走を始めます。

    唐津駅

  • バスは一度唐津方面に戻って、海岸線を福岡に向かって走ります。気のせいか天気はどんどん悪くなってくるようです。

    バスは一度唐津方面に戻って、海岸線を福岡に向かって走ります。気のせいか天気はどんどん悪くなってくるようです。

  • 呼子を出て1時間30分ほどで福岡も近くなってきたようです。離島を結ぶフェリーはまだ運航しているようです。漁船は港に入ったままです。

    呼子を出て1時間30分ほどで福岡も近くなってきたようです。離島を結ぶフェリーはまだ運航しているようです。漁船は港に入ったままです。

  • 堤防を越えるような大きな波が押し寄せています。唐津湾を越えると玄界灘の波がダイレクトに海岸線に押し寄せるのか波も高くなってきました。

    堤防を越えるような大きな波が押し寄せています。唐津湾を越えると玄界灘の波がダイレクトに海岸線に押し寄せるのか波も高くなってきました。

  • 福岡タワーが見えてきました。この辺りから渋滞が始まりました。

    福岡タワーが見えてきました。この辺りから渋滞が始まりました。

  • 湊に見えた「太古」は博多から五島列島の福江までを結ぶ定期フェリーです。「太古」という名前は漢詩の一節「静如太古(しずかなることたいこのごとし)」から付けられ、航海の無事への祈りが込められていようです。」

    湊に見えた「太古」は博多から五島列島の福江までを結ぶ定期フェリーです。「太古」という名前は漢詩の一節「静如太古(しずかなることたいこのごとし)」から付けられ、航海の無事への祈りが込められていようです。」

  • しばらくすると真っ赤な「QUEEN BEETLE」も見えてきました。2022年11月4日に福岡と釜山を結ぶ航路に就航したばかりの船体です。福岡と釜山のフェリーには乗ったことはありませんが、大阪南港から瀬戸内海を横断して、関門海峡を越えて釜山を結ぶ「Pan Star Ferry」には乗ったことがあります。

    しばらくすると真っ赤な「QUEEN BEETLE」も見えてきました。2022年11月4日に福岡と釜山を結ぶ航路に就航したばかりの船体です。福岡と釜山のフェリーには乗ったことはありませんが、大阪南港から瀬戸内海を横断して、関門海峡を越えて釜山を結ぶ「Pan Star Ferry」には乗ったことがあります。

  • コロナが落ち着いたら福岡から釜山のルートにも乗ってみたいと思います。東京に住んでいるとなかなかフェリーを利用することが少ないですが、関西から九州にかけてはいろいろな航路があるのが羨ましいです。

    コロナが落ち着いたら福岡から釜山のルートにも乗ってみたいと思います。東京に住んでいるとなかなかフェリーを利用することが少ないですが、関西から九州にかけてはいろいろな航路があるのが羨ましいです。

  • 午後2時に博多駅に到着しました。ここで荷物を持って各自で小倉駅を目指します。バスは下の道を走って、翌朝には再会できる予定です。翌朝にドライバーさんに聞いたところでは4時間かけての移動で、午後6時過ぎに小倉に着いたそうです。

    午後2時に博多駅に到着しました。ここで荷物を持って各自で小倉駅を目指します。バスは下の道を走って、翌朝には再会できる予定です。翌朝にドライバーさんに聞いたところでは4時間かけての移動で、午後6時過ぎに小倉に着いたそうです。

    博多駅

  • ツアーの予定からは外れますが、自然災害による変更は保証されないので博多駅から小倉駅の移動の新幹線代金は自己負担になります。

    ツアーの予定からは外れますが、自然災害による変更は保証されないので博多駅から小倉駅の移動の新幹線代金は自己負担になります。

  • 博多駅のみどりの窓口はものすごい人で混雑しています。添乗員さんの計らいで2階の券売機に並びましたが、ここが一番空いていました。

    博多駅のみどりの窓口はものすごい人で混雑しています。添乗員さんの計らいで2階の券売機に並びましたが、ここが一番空いていました。

  • 高校生の時の修学旅行で利用した小郡駅より西の新幹線は乗ったことが無いので初めての体験です。添乗員さんはバス2台分のお客を1号車に案内しましたが、座れないといけないので2号車に並び、上手いこと席は確保できました。デッキには立っている人がいるほど混雑していました。

    高校生の時の修学旅行で利用した小郡駅より西の新幹線は乗ったことが無いので初めての体験です。添乗員さんはバス2台分のお客を1号車に案内しましたが、座れないといけないので2号車に並び、上手いこと席は確保できました。デッキには立っている人がいるほど混雑していました。

  • 博多駅を14:54に出発した「のぞみ40号」は15:09に小倉駅に到着しました。全員でガラガラ荷物を引いて駅前の「リーガロイヤルホテル小倉」に向かいます。翌日の出発時間などを書いた予定表とカードキーと福岡県のクーポン券をいただいて部屋に向かいます。

    博多駅を14:54に出発した「のぞみ40号」は15:09に小倉駅に到着しました。全員でガラガラ荷物を引いて駅前の「リーガロイヤルホテル小倉」に向かいます。翌日の出発時間などを書いた予定表とカードキーと福岡県のクーポン券をいただいて部屋に向かいます。

    リーガロイヤルホテル小倉 宿・ホテル

    小倉駅に隣接していて、観光するにも移動するにも便利なホテル。 by kojikojiさん
  • 格安ツアーにしては立派なホテルに泊めていただけて良かったです。とりあえずホッとします。

    格安ツアーにしては立派なホテルに泊めていただけて良かったです。とりあえずホッとします。

  • 楽しみにしていた門司港の散策と対岸の下関での「ふくフルコース」の晩御飯もなくなってしまったので残念です。夕食代金は翌日1人2,500円の返金があるようです。当日のキャンセルなので全額ではないのだと思いますが、2,500円のフルコースのふくもどんなだったのか。

    楽しみにしていた門司港の散策と対岸の下関での「ふくフルコース」の晩御飯もなくなってしまったので残念です。夕食代金は翌日1人2,500円の返金があるようです。当日のキャンセルなので全額ではないのだと思いますが、2,500円のフルコースのふくもどんなだったのか。

  • 広い洗面台とバスタブがあって良かったです。このホテルには大浴場は無いのでお風呂はここだけになります。

    広い洗面台とバスタブがあって良かったです。このホテルには大浴場は無いのでお風呂はここだけになります。

  • 問題はこれから翌朝までの予定です。全くノーマークであった小倉の町に放り出されたわけです。

    問題はこれから翌朝までの予定です。全くノーマークであった小倉の町に放り出されたわけです。

  • ホテルがあるのは駅の北口で、繁華街がある南側は部屋からは見えません。妻とどうするか考え、せっかくなので「小倉城」は見に行くことにします。そして晩御飯ですが、元々はふくを食べるはずだったので、ネットで小倉駅周辺の専門店を探してみます。

    ホテルがあるのは駅の北口で、繁華街がある南側は部屋からは見えません。妻とどうするか考え、せっかくなので「小倉城」は見に行くことにします。そして晩御飯ですが、元々はふくを食べるはずだったので、ネットで小倉駅周辺の専門店を探してみます。

  • 部屋からは関門海峡がわずかながら眺められました。この沖合を大阪の南港から韓国の釜山往復のフェリーで通過したのは2005年のことで、同じ大阪の南港から中国の上海を往復したのは2008年のことでした。上海のフェリー旅は両親も健在で家族全員で行った懐かしい思い出です。

    部屋からは関門海峡がわずかながら眺められました。この沖合を大阪の南港から韓国の釜山往復のフェリーで通過したのは2005年のことで、同じ大阪の南港から中国の上海を往復したのは2008年のことでした。上海のフェリー旅は両親も健在で家族全員で行った懐かしい思い出です。

  • 小倉のふく専門店で一番人気のありそうな「ふくいち」という店に電話すると午後6時30分からで予約が取れました。妻の執念ですが、後で行った店は満席だったので予約できて良かったです。

    小倉のふく専門店で一番人気のありそうな「ふくいち」という店に電話すると午後6時30分からで予約が取れました。妻の執念ですが、後で行った店は満席だったので予約できて良かったです。

  • のんびりしている暇はないのですぐに出掛けることにします。同じことを考えている方はいらっしゃって、同じツアーの方も出掛けるようです。ですが「小倉城」周辺では誰も見掛けませんでした。

    のんびりしている暇はないのですぐに出掛けることにします。同じことを考えている方はいらっしゃって、同じツアーの方も出掛けるようです。ですが「小倉城」周辺では誰も見掛けませんでした。

    小倉駅 (福岡県)

  • 思わず西武池袋線の大泉学園駅にワープしてしまったのかと思いました。つい先日忘年会で行ったばかりなのですが、アニメの聖地である大泉学園駅の北口には同じような銅像がいくつもありました。大泉アニメゲートと呼ばれ、鉄腕アトムのアトム、銀河鉄道999の星野鉄郎とメーテル、あしたのジョーの矢吹丈、うる星やつらのラムちゃんがいました。

    思わず西武池袋線の大泉学園駅にワープしてしまったのかと思いました。つい先日忘年会で行ったばかりなのですが、アニメの聖地である大泉学園駅の北口には同じような銅像がいくつもありました。大泉アニメゲートと呼ばれ、鉄腕アトムのアトム、銀河鉄道999の星野鉄郎とメーテル、あしたのジョーの矢吹丈、うる星やつらのラムちゃんがいました。

  • ここには松本零士の漫画の主人公キャプテン・ハーロックが立っています。中学生から高校生の頃に好きだった漫画なのでちょっ嬉しいです。一番好きだったのは「戦場まんがシリーズ」でしたが。

    ここには松本零士の漫画の主人公キャプテン・ハーロックが立っています。中学生から高校生の頃に好きだった漫画なのでちょっ嬉しいです。一番好きだったのは「戦場まんがシリーズ」でしたが。

  • そしてここにも銀河鉄道999のメーテルと星野哲郎がいました。妻にメーテルと同じポーズをしてもらいましたが、何かがちょっと違います。ここに像があるのは久留米市出身の漫画家の松本零士が小学3年生から高校を卒業までを過ごしたのが小倉だからだそうです。松本零士ファンの方は小倉駅近くに「北九州市漫画ミュージアム」もあるようです。

    そしてここにも銀河鉄道999のメーテルと星野哲郎がいました。妻にメーテルと同じポーズをしてもらいましたが、何かがちょっと違います。ここに像があるのは久留米市出身の漫画家の松本零士が小学3年生から高校を卒業までを過ごしたのが小倉だからだそうです。松本零士ファンの方は小倉駅近くに「北九州市漫画ミュージアム」もあるようです。

  • 小倉駅の南側は凄い空間が広がり驚きました。形状は違いますが、ヨーロッパの大都市の中央駅に迷い込んだような気持ちになります。大阪駅の巨大なトレイン・シェッドを見た時も感動しましたが、同じような巨大な空間は東京近郊の駅には存在しません。

    小倉駅の南側は凄い空間が広がり驚きました。形状は違いますが、ヨーロッパの大都市の中央駅に迷い込んだような気持ちになります。大阪駅の巨大なトレイン・シェッドを見た時も感動しましたが、同じような巨大な空間は東京近郊の駅には存在しません。

    北九州総合観光案内所 名所・史跡

  • 駅構内には「北九州市総合観光案内所」があったので「小倉城」への行き方を教えてもらいました。表に出てからもう一度戻り、門司港周辺のパンフレットもたくさんもらいました。年明けの2月か3月には下関へ行かなければならないからです。ふるさと納税でいただいた下関の「春帆楼」の食事券が送られてきています。

    駅構内には「北九州市総合観光案内所」があったので「小倉城」への行き方を教えてもらいました。表に出てからもう一度戻り、門司港周辺のパンフレットもたくさんもらいました。年明けの2月か3月には下関へ行かなければならないからです。ふるさと納税でいただいた下関の「春帆楼」の食事券が送られてきています。

  • 今回は門司港と下関へは行けませんでしたが、6日ほどの日程で個人旅行する構想は出来上がっています。今回の件があるので少し前倒しにして1月下旬にしようかと考えながら街を歩きます。問題は年明けの全国旅行支援のことだけです。

    今回は門司港と下関へは行けませんでしたが、6日ほどの日程で個人旅行する構想は出来上がっています。今回の件があるので少し前倒しにして1月下旬にしようかと考えながら街を歩きます。問題は年明けの全国旅行支援のことだけです。

  • 「北九州モノレール」にも乗ってみたい気持ちになりますが行く当てもないので諦めます。東京でも山手線の外側に住んでいると大きなインフラ整備はあまり感じませんが地方都市の変化は大きいと思います。

    「北九州モノレール」にも乗ってみたい気持ちになりますが行く当てもないので諦めます。東京でも山手線の外側に住んでいると大きなインフラ整備はあまり感じませんが地方都市の変化は大きいと思います。

  • 小倉駅の南口は碁盤の目状に町が広がっているようでいくつものアーケード商店街が並んでいます。アーケードの店のすべてが営業している姿には懐かしさを感じます。きっと小倉は住みやすい町なのだと感じます。

    小倉駅の南口は碁盤の目状に町が広がっているようでいくつものアーケード商店街が並んでいます。アーケードの店のすべてが営業している姿には懐かしさを感じます。きっと小倉は住みやすい町なのだと感じます。

  • 案内所の方に教えてもらったセブンイレブンの角を曲がった「魚町2番街」のアーケードを歩きます。すると「秘密のケンミンSHOW」で見たことのある「資さんうどん」の店がありました。

    案内所の方に教えてもらったセブンイレブンの角を曲がった「魚町2番街」のアーケードを歩きます。すると「秘密のケンミンSHOW」で見たことのある「資さんうどん」の店がありました。

    資さんうどん 魚町店 グルメ・レストラン

  • 晩御飯の予定がなかったら食べてみたいところです。肉ごぼ天うどん美味しそうです。

    晩御飯の予定がなかったら食べてみたいところです。肉ごぼ天うどん美味しそうです。

  • これも食べたかったです。名物のぼたもちも乗っています。

    これも食べたかったです。名物のぼたもちも乗っています。

  • 井筒屋の手前の船場広場にはクリスマスマーケットが設けられてありましたが、この日は強風のために営業中止になっていました。コロナ禍になってヨーロッパのクリスマスマーケット巡りに行っていませんが、今年も縁がなかったようです。

    井筒屋の手前の船場広場にはクリスマスマーケットが設けられてありましたが、この日は強風のために営業中止になっていました。コロナ禍になってヨーロッパのクリスマスマーケット巡りに行っていませんが、今年も縁がなかったようです。

  • 井筒屋の店先のイルミネーションで記念写真を撮って先に進みます。

    井筒屋の店先のイルミネーションで記念写真を撮って先に進みます。

  • 「鷗外橋(水鳥の橋)」の上にはKOKURAの文字が置かれてあります。鴎外橋という名は明治の文豪である森鴎外にちなんでつけられています。軍医でもあった鴎外は一時期小倉に赴任して住んでいたことがあり、小倉と所縁のあったそうです。橋の西側には「森鴎外文学記念碑」があり、碑文は「小倉日記」など鴎外の短編小説などから選ばれているそうです。

    「鷗外橋(水鳥の橋)」の上にはKOKURAの文字が置かれてあります。鴎外橋という名は明治の文豪である森鴎外にちなんでつけられています。軍医でもあった鴎外は一時期小倉に赴任して住んでいたことがあり、小倉と所縁のあったそうです。橋の西側には「森鴎外文学記念碑」があり、碑文は「小倉日記」など鴎外の短編小説などから選ばれているそうです。

    鴎外橋 名所・史跡

  • 柴川を渡った対岸には「リバーウォーク北九州」という複合商業施設がありました。小倉へ来るのは初めてで、元々何があったか知らないので調べてみると、北九州市ルネッサンス構想の事業の1つで、第1期事業としてアメリカ人建築家のジョン・ジャーディのデザインによるサービスと商業ゾーン、第2期事業としてマイケル・グレイヴスのデザインによる大学棟が増設されたようです。

    柴川を渡った対岸には「リバーウォーク北九州」という複合商業施設がありました。小倉へ来るのは初めてで、元々何があったか知らないので調べてみると、北九州市ルネッサンス構想の事業の1つで、第1期事業としてアメリカ人建築家のジョン・ジャーディのデザインによるサービスと商業ゾーン、第2期事業としてマイケル・グレイヴスのデザインによる大学棟が増設されたようです。

  • 「リバーウォーク北九州」側に渡った後は「小倉城庭園」の中を通って城に向かいます。この庭園も再現されたものですが、美しく整備されています。

    「リバーウォーク北九州」側に渡った後は「小倉城庭園」の中を通って城に向かいます。この庭園も再現されたものですが、美しく整備されています。

  • 木々の合間から「小倉城」が見えてきました。今回のツアーでは見ることは無いだろうと思っていた場所です。

    木々の合間から「小倉城」が見えてきました。今回のツアーでは見ることは無いだろうと思っていた場所です。

  • 「小倉城」は慶長7年の1602年から細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城ししましたが、細川氏の熊本転封の後の1632年に譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城しました。庭園などのその時代のものを復元しています。天保7年の1837年に失火のため天守閣が焼失し、第2次長州征討の混乱の中で小倉藩が自ら城を焼却しています。御多分に漏れず明治時代から第2次世界大戦中には、歩兵第12旅団や第12師団の司令部が城内に置かれ、戦後になっての昭和34年の1959年に天守閣が再建されました。

    「小倉城」は慶長7年の1602年から細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城ししましたが、細川氏の熊本転封の後の1632年に譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城しました。庭園などのその時代のものを復元しています。天保7年の1837年に失火のため天守閣が焼失し、第2次長州征討の混乱の中で小倉藩が自ら城を焼却しています。御多分に漏れず明治時代から第2次世界大戦中には、歩兵第12旅団や第12師団の司令部が城内に置かれ、戦後になっての昭和34年の1959年に天守閣が再建されました。

  • 巨石を配した「大手門」には既に門松が置かれてありました。たった今クリスマスのイルミネーションを見て来たばかりの12月23日の夕方です。

    巨石を配した「大手門」には既に門松が置かれてありました。たった今クリスマスのイルミネーションを見て来たばかりの12月23日の夕方です。

  • 冬枯れた木々越しに「小倉城」が見えてきました。寒々しいですが、城の形はよく分かります。

    冬枯れた木々越しに「小倉城」が見えてきました。寒々しいですが、城の形はよく分かります。

  • 城の入り口には江戸時代の武家の装束を着た方がいらしたので、まだ見学が出来るか確認します。なんと午後7時までの営業ということで、チケットを買い求めます。妻は階段が多いから入りたくないと言いますが、ここはエレベーターを完備した城でした。

    城の入り口には江戸時代の武家の装束を着た方がいらしたので、まだ見学が出来るか確認します。なんと午後7時までの営業ということで、チケットを買い求めます。妻は階段が多いから入りたくないと言いますが、ここはエレベーターを完備した城でした。

    小倉城 名所・史跡

  • 最初にシアターがあり、草刈正雄のナレーションで400年の歴史を知ることが出来ます。そしてジオラマで表された城下の生活などを見ることが出来ます。

    最初にシアターがあり、草刈正雄のナレーションで400年の歴史を知ることが出来ます。そしてジオラマで表された城下の生活などを見ることが出来ます。

  • このジオラマが良く出来ていて、人形1体1体が生きているかのようです。ここでは職業が町の名前になったことを表しています。

    このジオラマが良く出来ていて、人形1体1体が生きているかのようです。ここでは職業が町の名前になったことを表しています。

  • 城下町の賑わいが伝わって来るようです。

    城下町の賑わいが伝わって来るようです。

  • 小倉と言えば小倉祇園太鼓が有名ですが、祭囃子が聞こえてきそうです。

    小倉と言えば小倉祇園太鼓が有名ですが、祭囃子が聞こえてきそうです。

  • 流鏑馬(やぶさめ)も盛んだったようで、城主だった小笠原家に受け継がれた小笠原流流鏑馬は現在も神社などで奉納されているようです。

    流鏑馬(やぶさめ)も盛んだったようで、城主だった小笠原家に受け継がれた小笠原流流鏑馬は現在も神社などで奉納されているようです。

  • 一番興味深かったのは朝鮮通信使一行の人形たちです。

    一番興味深かったのは朝鮮通信使一行の人形たちです。

  • これは日朝の友好の証として将軍の代替わりに伴い祝賀のために来日しました。通信使は釜山から対馬を経て、玄界灘の相島から大阪へは航路で、大阪から江戸までは陸路を移動したようです。

    これは日朝の友好の証として将軍の代替わりに伴い祝賀のために来日しました。通信使は釜山から対馬を経て、玄界灘の相島から大阪へは航路で、大阪から江戸までは陸路を移動したようです。

  • この様子を釜山で見たことがありました。大阪南港からフェリーで釜山に向かい、到着した日がその祭りの日でした。釜山タワーの前の広場には色とりどりの韓服を着た方たちが待機していました。

    この様子を釜山で見たことがありました。大阪南港からフェリーで釜山に向かい、到着した日がその祭りの日でした。釜山タワーの前の広場には色とりどりの韓服を着た方たちが待機していました。

  • 偶然見る事の出来たパレードは素晴らしかったことを思い出しました。

    偶然見る事の出来たパレードは素晴らしかったことを思い出しました。

  • 2005年の朝鮮通信使のフェスティバルの様子です。この頃は日本と韓国が友好的であった時代です。この時はNHKで放送されていた「宮廷女官チャングムの誓い」にハマっていて、そのCDを探した旅でもありました。

    2005年の朝鮮通信使のフェスティバルの様子です。この頃は日本と韓国が友好的であった時代です。この時はNHKで放送されていた「宮廷女官チャングムの誓い」にハマっていて、そのCDを探した旅でもありました。

  • 朝鮮通信使は1607年から1811年までの約200年の間に朝鮮から日本に派遣された外交使節です。日韓文化交流の象徴である通信使を再現する祭りは2002年から開催されていました。

    朝鮮通信使は1607年から1811年までの約200年の間に朝鮮から日本に派遣された外交使節です。日韓文化交流の象徴である通信使を再現する祭りは2002年から開催されていました。

  • 竜頭山公園から始まるパレードの前の寛いだ雰囲気があります。

    竜頭山公園から始まるパレードの前の寛いだ雰囲気があります。

  • 輿に乗った通信使が出発していきました。この祭りは現在も行われているのでしょうか。この時は大阪から釜山へと海路をやってきたので、朝鮮通信使のルートと重なり感動しました。

    輿に乗った通信使が出発していきました。この祭りは現在も行われているのでしょうか。この時は大阪から釜山へと海路をやってきたので、朝鮮通信使のルートと重なり感動しました。

  • 城を築いた細川忠興といえば正室である明智光秀の娘の玉子、通称細川ガラシャの方が有名かもしれません。

    城を築いた細川忠興といえば正室である明智光秀の娘の玉子、通称細川ガラシャの方が有名かもしれません。

  • ガラシャは忠興の出陣中に石田三成から人質になるように強要されて大阪で自害しています。小倉では忠興により盛大なミサが執り行われたと知りました。小倉についてこれまで何も知らなかったことを実感します。

    ガラシャは忠興の出陣中に石田三成から人質になるように強要されて大阪で自害しています。小倉では忠興により盛大なミサが執り行われたと知りました。小倉についてこれまで何も知らなかったことを実感します。

  • 城の入り口に「日本一面白い小倉城」と書かれてありましたが、確かにその通りです。これは乗馬フィットネス機器のような動きの上で画面に現れる的を射るゲームで、最高に面白かったです。楽しくて2回も挑戦しました。

    城の入り口に「日本一面白い小倉城」と書かれてありましたが、確かにその通りです。これは乗馬フィットネス機器のような動きの上で画面に現れる的を射るゲームで、最高に面白かったです。楽しくて2回も挑戦しました。

  • ここも撮影ポイントで、ポーズをとって家臣に指示をすることが出来ます。妻に「北の将軍様みたい」と笑われました。

    ここも撮影ポイントで、ポーズをとって家臣に指示をすることが出来ます。妻に「北の将軍様みたい」と笑われました。

  • この天守の高さ比べも面白いです。「姫路城」とほぼ同じでには思えないのは石垣の高さのせいでしょうか。広島城はもっと高かった気もしますし、人間の目なんて当てにならないなと思います。

    この天守の高さ比べも面白いです。「姫路城」とほぼ同じでには思えないのは石垣の高さのせいでしょうか。広島城はもっと高かった気もしますし、人間の目なんて当てにならないなと思います。

  • 巌流島の宮本武蔵と佐々木小次郎の戦いの場面も再現されていました。

    巌流島の宮本武蔵と佐々木小次郎の戦いの場面も再現されていました。

  • 奥義!真剣白刃取り!お見事です。

    奥義!真剣白刃取り!お見事です。

  • 佐々木小次郎の刀と宮本武蔵の木刀のレプリカも置かれてありました。こうやって見るとレプリカでもリアルな戦いを想像させます。

    佐々木小次郎の刀と宮本武蔵の木刀のレプリカも置かれてありました。こうやって見るとレプリカでもリアルな戦いを想像させます。

  • 天守の最上階からは隣接する「リバーウォーク北九州」がきれいに見えました。このデザインがこの場所にふさわしいかは…。

    天守の最上階からは隣接する「リバーウォーク北九州」がきれいに見えました。このデザインがこの場所にふさわしいかは…。

  • 先ほど歩いて来た「小倉城庭園」と大名屋敷の建物もきれいに俯瞰できます。遊んでいるうちにすっかり暗くなってきました。

    先ほど歩いて来た「小倉城庭園」と大名屋敷の建物もきれいに俯瞰できます。遊んでいるうちにすっかり暗くなってきました。

  • エレベーターで2階に戻ると調整中になっていたモニターが反応しました。画面の前に立つと変身できるというものです。

    エレベーターで2階に戻ると調整中になっていたモニターが反応しました。画面の前に立つと変身できるというものです。

  • 妻は上手い具合に変身していきます。

    妻は上手い具合に変身していきます。

  • 女の人は普段から化けているから上手なんでしょうね。

    女の人は普段から化けているから上手なんでしょうね。

  • 妻の後ろに立って「♪チャンチャカチャンチャンチャチャンチャン、やせたと思ったらまた太っちゃいま~し~た、チクショー!」とコウメ太夫の声真似をしたらうけました。

    妻の後ろに立って「♪チャンチャカチャンチャンチャチャンチャン、やせたと思ったらまた太っちゃいま~し~た、チクショー!」とコウメ太夫の声真似をしたらうけました。

  • 今までいろいろな城を見てきましたが、確かにその中では一番楽しかったです。約1時間貸し切りでした。

    今までいろいろな城を見てきましたが、確かにその中では一番楽しかったです。約1時間貸し切りでした。

  • すっかり陽が落ちてしまい、いつの間にかライトアップしています。

    すっかり陽が落ちてしまい、いつの間にかライトアップしています。

  • 内部は博物館と半分はアミューズメントパークぽいですが、外から見るとそんなことを思わせない姿です。

    内部は博物館と半分はアミューズメントパークぽいですが、外から見るとそんなことを思わせない姿です。

  • 石垣の上には狭間の開いた白い塀が続き、その奥に天守が浮かび上がっています。

    石垣の上には狭間の開いた白い塀が続き、その奥に天守が浮かび上がっています。

  • 小笠原氏の別邸だった下屋敷「小倉城庭園」に向かうと真っ暗な空に真っ白な「小倉城」が浮かび上がっています。昭和になってから復元された城とは思えない威風堂々とした姿です。

    小笠原氏の別邸だった下屋敷「小倉城庭園」に向かうと真っ暗な空に真っ白な「小倉城」が浮かび上がっています。昭和になってから復元された城とは思えない威風堂々とした姿です。

  • 改めて日本の城は美しく、唯一無二の姿だと思います。コロナ禍になってから国内を旅するようになり、数々の天守閣を見る機会に恵まれました。さらに今回のように予定もしていなかった天守を見学出来ました。

    改めて日本の城は美しく、唯一無二の姿だと思います。コロナ禍になってから国内を旅するようになり、数々の天守閣を見る機会に恵まれました。さらに今回のように予定もしていなかった天守を見学出来ました。

  • 「小倉城庭園」は先ほど天守閣から眺めた通りすぐ近くにありました。

    「小倉城庭園」は先ほど天守閣から眺めた通りすぐ近くにありました。

  • 反対側を先ほどは歩いて城に向かいました。ライトアップしていますが、ほんの一部なので全体像は分かりません。

    反対側を先ほどは歩いて城に向かいました。ライトアップしていますが、ほんの一部なので全体像は分かりません。

  • 慶長7年の1602年に細川忠興が中津藩から小倉藩に移った松井康之がこの場所に屋敷を建てました。その後の寛永9年に1632年に細川家の跡を継いで小笠原忠真が小倉藩に入ります。

    慶長7年の1602年に細川忠興が中津藩から小倉藩に移った松井康之がこの場所に屋敷を建てました。その後の寛永9年に1632年に細川家の跡を継いで小笠原忠真が小倉藩に入ります。

    小倉城庭園 名所・史跡

  • 小笠原氏が小倉藩を納めていた初期には宮本武蔵の子である宮本伊織と忠真の父である秀政の家臣の小笠原主水が屋敷を2つに分けて住んだとされています。

    小笠原氏が小倉藩を納めていた初期には宮本武蔵の子である宮本伊織と忠真の父である秀政の家臣の小笠原主水が屋敷を2つに分けて住んだとされています。

  • 小笠原忠苗の時代には和歌や茶道を楽しむ下屋敷が完成します。天守の下にあったので「御下屋敷(御下屋敷)」とも呼ばれました。その屋敷も天守と同じく慶応2年の1866年の第2次長州征討の際に焼失してしまいます。

    小笠原忠苗の時代には和歌や茶道を楽しむ下屋敷が完成します。天守の下にあったので「御下屋敷(御下屋敷)」とも呼ばれました。その屋敷も天守と同じく慶応2年の1866年の第2次長州征討の際に焼失してしまいます。

  • 生け花は大宗冠(だいそうかん)という万年青(おもと)の中でも一番葉の大きな種類です。これだけの書院ですから掛物も大きくなり、生花も必然的に大きくなるのでしょうね。

    生け花は大宗冠(だいそうかん)という万年青(おもと)の中でも一番葉の大きな種類です。これだけの書院ですから掛物も大きくなり、生花も必然的に大きくなるのでしょうね。

  • 火灯窓の奥には香炉が1つだけ置かれてあります。

    火灯窓の奥には香炉が1つだけ置かれてあります。

  • 饕餮紋の香炉のようです。饕餮とは古代中国の神話上の怪物です。体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つといわれます。饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意であります。何でも食べる猛獣、という印象から転じて「魔を喰らう」という考えが生まれ、後代には魔除けの意味を持つようになります。明代には竜の子である「竜生九子」の1つで、その5番目に当たるとされます。1番は「贔屓」で亀に似ていて重きを負うことを好みます。「贔屓の引き倒し」の語源になったものです。

    饕餮紋の香炉のようです。饕餮とは古代中国の神話上の怪物です。体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つといわれます。饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意であります。何でも食べる猛獣、という印象から転じて「魔を喰らう」という考えが生まれ、後代には魔除けの意味を持つようになります。明代には竜の子である「竜生九子」の1つで、その5番目に当たるとされます。1番は「贔屓」で亀に似ていて重きを負うことを好みます。「贔屓の引き倒し」の語源になったものです。

  • 主座敷は上段の間とされ、書院の違い棚にも道具が置かれてありますが、下手にも入れないので遠くから眺めるだけです。

    主座敷は上段の間とされ、書院の違い棚にも道具が置かれてありますが、下手にも入れないので遠くから眺めるだけです。

  • 午後6時になると一度照明が消えてライティングが変わり、レーザー光線が照射されます。まるで中国の地方で見るショーのようです。

    午後6時になると一度照明が消えてライティングが変わり、レーザー光線が照射されます。まるで中国の地方で見るショーのようです。

  • いつの間にか降り始めた雪に光線が当たって幻想的な雰囲気を醸し出します。

    いつの間にか降り始めた雪に光線が当たって幻想的な雰囲気を醸し出します。

  • 八坂神社に参拝したいところですが、雪が強くなってきたので、一之鳥居で柏手を打ってお参りしました。小倉祇園太鼓は細川忠興が城下の無病息災と城下町繁栄を願い、元和3年の1617年に京都の祇園祭を模して始めたとされます。江戸時代はこの八坂神社の神幸行事としての「廻り祇園」が中心で、各町内が笛や鼓、鉦(かね)をはじめ、山車や人形飾り山などの出し物を町内単位で披露していました。明治から大正時代を経て、山車の前後に太鼓を載せる現在の形となったようです。

    八坂神社に参拝したいところですが、雪が強くなってきたので、一之鳥居で柏手を打ってお参りしました。小倉祇園太鼓は細川忠興が城下の無病息災と城下町繁栄を願い、元和3年の1617年に京都の祇園祭を模して始めたとされます。江戸時代はこの八坂神社の神幸行事としての「廻り祇園」が中心で、各町内が笛や鼓、鉦(かね)をはじめ、山車や人形飾り山などの出し物を町内単位で披露していました。明治から大正時代を経て、山車の前後に太鼓を載せる現在の形となったようです。

    八坂神社 寺・神社・教会

  • 「リバーウォーク北九州」の中も少しだけ覗いてみました。あまり時間も無いので通り抜ける程度にしました。

    「リバーウォーク北九州」の中も少しだけ覗いてみました。あまり時間も無いので通り抜ける程度にしました。

  • 見事なクリスマスツリーが据えられています。

    見事なクリスマスツリーが据えられています。

  • 柴川には数多くの橋が架けられ、それを取り巻くように柴川ウォークという遊歩道が整備されています。商業施設もあり、小倉の町は住みやすいだろうなと感じます。よく福岡に転勤したら戻りたくなくなると聞きますが、小倉の方が魅力的に感じます。

    柴川には数多くの橋が架けられ、それを取り巻くように柴川ウォークという遊歩道が整備されています。商業施設もあり、小倉の町は住みやすいだろうなと感じます。よく福岡に転勤したら戻りたくなくなると聞きますが、小倉の方が魅力的に感じます。

  • ようやく「鴎外橋」まで戻ってきました。クリスマスらしいイルミネーションがきれいです。何となくですがオランダのマーストリヒトのクリスマスマーケットを思い出します。

    ようやく「鴎外橋」まで戻ってきました。クリスマスらしいイルミネーションがきれいです。何となくですがオランダのマーストリヒトのクリスマスマーケットを思い出します。

    鴎外橋 名所・史跡

  • 先ほどは真っ白だったKOKURAの文字はレインボーカラーにライトアップされています。

    先ほどは真っ白だったKOKURAの文字はレインボーカラーにライトアップされています。

  • これで先ほど見たクリスマスマーケットが開いていたら楽しかっただろうなと思います。徒歩圏内のリバーウォークや小倉城の入り口辺りにマーケットを作ったらヨーロッパのマーケットにも負けないと思います。

    これで先ほど見たクリスマスマーケットが開いていたら楽しかっただろうなと思います。徒歩圏内のリバーウォークや小倉城の入り口辺りにマーケットを作ったらヨーロッパのマーケットにも負けないと思います。

  • 今年のクリスマスはこの旅行で楽しもうと思っていましたが、予定外の迷走になってしまいました。

    今年のクリスマスはこの旅行で楽しもうと思っていましたが、予定外の迷走になってしまいました。

  • 午後6時30分に予約していた「ふくいち」は鴎外橋から続くアーケードの先にありました。寒い散歩から暖かい建物に入り、2階の座敷に通されるとホッとします。そのうちに座敷は満席になったのでよく予約が取れたと思います。

    午後6時30分に予約していた「ふくいち」は鴎外橋から続くアーケードの先にありました。寒い散歩から暖かい建物に入り、2階の座敷に通されるとホッとします。そのうちに座敷は満席になったのでよく予約が取れたと思います。

    ふく一 グルメ・レストラン

  • 一番お手頃な5,000円のコースをお願いしました。テッサが出てきたところで東京より安いと感じました。そしてアサツキを巻いて1つ目を食べるとその美味しさに”口福”を感じます。

    一番お手頃な5,000円のコースをお願いしました。テッサが出てきたところで東京より安いと感じました。そしてアサツキを巻いて1つ目を食べるとその美味しさに”口福”を感じます。

  • 東京で同じ金額のコースを注文したらもっと水っぽいものが出てくると思います。やっぱり九州は本場なんだなと実感します。

    東京で同じ金額のコースを注文したらもっと水っぽいものが出てくると思います。やっぱり九州は本場なんだなと実感します。

  • ビールで喉を潤した後はすぐにヒレ酒をお願いします。

    ビールで喉を潤した後はすぐにヒレ酒をお願いします。

  • お通しの入れ物がふくの形なのが可愛らしいです。フグを福にかけてフクと呼ぶと聞きましたが、「ふぐ酒」なんですね。お酒も美味しくて継ぎ酒をすぐにお願いしました。

    お通しの入れ物がふくの形なのが可愛らしいです。フグを福にかけてフクと呼ぶと聞きましたが、「ふぐ酒」なんですね。お酒も美味しくて継ぎ酒をすぐにお願いしました。

  • とらふく白子茶碗蒸しと小ふく唐揚げが続いて出てきます。小ふくも身がしっかりして味も濃いので美味しいです。可愛らしい白子を見て鍋に追加しようかとも思いましたが我慢します。

    とらふく白子茶碗蒸しと小ふく唐揚げが続いて出てきます。小ふくも身がしっかりして味も濃いので美味しいです。可愛らしい白子を見て鍋に追加しようかとも思いましたが我慢します。

  • そして鍋のセットが来ました。東京だと半分が白菜ですが、ここではほんの少ししかありません。半分がフクのぶつ切りで、ブナシメジと白菜が少々。

    そして鍋のセットが来ました。東京だと半分が白菜ですが、ここではほんの少ししかありません。半分がフクのぶつ切りで、ブナシメジと白菜が少々。

  • 「最初にふくを鍋に入れてダシを取ってください。」ということなので入れてみると鍋が一杯になってしまいました。これは食べ応えがあります。

    「最初にふくを鍋に入れてダシを取ってください。」ということなので入れてみると鍋が一杯になってしまいました。これは食べ応えがあります。

  • しばらくして野菜ときのこを入れて美味しくいただきました。食べても食べてもふくが出てきます。

    しばらくして野菜ときのこを入れて美味しくいただきました。食べても食べてもふくが出てきます。

  • 最後は雑炊を作っていただきます。妻はおじや風のものが好きで、ここだけは好みが分かれてしまいます。鍋を食べたポン酢を入れて味を調えます。やっぱりさらさらの<br />雑炊が一番です。

    最後は雑炊を作っていただきます。妻はおじや風のものが好きで、ここだけは好みが分かれてしまいます。鍋を食べたポン酢を入れて味を調えます。やっぱりさらさらの
    雑炊が一番です。

  • 最後にデザートをいただいて満腹です。東京にもこんな店があったら通いたいところです。体もポカポカに暖まりました。

    最後にデザートをいただいて満腹です。東京にもこんな店があったら通いたいところです。体もポカポカに暖まりました。

  • 表に出ると冷たい風が気持ち良いくらいです。お勘定も思っていたより安くて大満足のお店でした。若い仲居さんのサービスも良かったです。

    表に出ると冷たい風が気持ち良いくらいです。お勘定も思っていたより安くて大満足のお店でした。若い仲居さんのサービスも良かったです。

  • 小倉駅はすぐ近くなのでぶらぶら歩いてホテルに向かいます。駅構内で今晩のうちにいただいたクーポン券6,000円分を使わなければなりません。それだけが気になっています。「ふくいち」では使えませんでした。

    小倉駅はすぐ近くなのでぶらぶら歩いてホテルに向かいます。駅構内で今晩のうちにいただいたクーポン券6,000円分を使わなければなりません。それだけが気になっています。「ふくいち」では使えませんでした。

    小倉駅 (福岡県)

  • 最初に入ったお土産屋にはこれといったものがなく、あっても要冷凍なので持ち帰れません。閉店間際の食品フロアで使い切ることが出来ました。翌日はさらにツアーは迷走するのでここで使い切っておいて良かったです。

    最初に入ったお土産屋にはこれといったものがなく、あっても要冷凍なので持ち帰れません。閉店間際の食品フロアで使い切ることが出来ました。翌日はさらにツアーは迷走するのでここで使い切っておいて良かったです。

  • ホテルに戻る前にコンビニで部屋飲み用の缶チューハイを買い求めました。

    ホテルに戻る前にコンビニで部屋飲み用の缶チューハイを買い求めました。

  • 雪も止んで、風も治まってきたので翌日は予定通りの日程がこなせると思っていました。ところが翌日はさらにツアーは迷走することになりました。

    雪も止んで、風も治まってきたので翌日は予定通りの日程がこなせると思っていました。ところが翌日はさらにツアーは迷走することになりました。

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