2022/12/22 - 2022/12/22
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kojikojiさん
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ポカポカ陽気の柳川の観光が終わり、バスは佐賀平野を走りながら筑後川など大きな川をいくつも越えていきます。多久原ICから厳木多久有料道路に入り、唐津に向かいます。途中から天気は下り坂のようで、小雨も降ってきます。JR唐津線に知って唐津に向かうと20数年前に妻と2人で九州の窯元を巡る旅をしたことが思い出されます。とても楽しかったので又同じようなルートで鉄道を使って旅してみたいと思います。唐津から限界灘に注ぐ松浦川に沿ってバスは進み、午後4時前に「鏡山」が見えてきました。山への登り口には大きな鳥居があり、これは「鏡山神社」のもののようです。バスの車窓からは「虹の松原」と沖合の島々、そして玄界灘が望めますが、小雨は雪に変わってきました。山頂の駐車場からしばらく歩いて「鏡山展望台」からの絶景を楽しみます。ここに着くとものすごい暴風と雪が舞い、目を開けていられないほどです。数分だけ風がやんで松原や唐津城が美しく見えました。展望台の脇には佐用姫の像が建ち、ここが佐用姫伝説の舞台だったことを思い出させます。すぐに暴風雪のような様相に戻ったところで、遅れた2号車がやってきました。この後は唐津城も見えなかったようで、1号車で良かったと思いました。バスは同じ道を戻り、「虹の松原」の脇の虹の松原線の道路を走ってくれましたが、この道路も数時間後には通行止めになっていました。この日の宿泊は「ホテル&リゾーツ佐賀唐津」で、チェックインした後は夕食まで時間があったので近隣を散歩してみました。ぶらぶら歩いて以前宿泊した「洋々閣」の前も通りがかりました。ギャラリーが開いていれば覗きたいなと思いましたが、すでに閉まっていました。今回は唐津焼には縁が無さそうです。前回来たときは中里3兄弟の窯をめぐり、それぞれ買い物することも出来ました。「舞鶴橋」の袂まで行って、ライトアップした「唐津城」を見て散歩は終わりにします。コンビニでお酒など買い求め、ホテルに戻ります。前の週に那覇のドン・キホーテでは沖縄産ではないからと言われてT-falの鍋を買うことが出来ませんでしたが、コンビニでは使えるという不思議。
夕食はホテルの宴会場で、これも1号車と2号車で入れ替えでした。この時は遅い時間でしたが、これも1号車で良かったと思います。2号車であれば散歩してライトアップを見ることは出来なかったと思います。食事の後にはのんびり大浴場で湯につかって寛ぎました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス 船 ANAグループ 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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柳川を出たバスは唐津に向かって移動します。筑後川に架かる新田大橋の上流には有明筑後川大橋の2連のアーチが見えます。その中央の橋脚から川の中の小さな堤防が見えます。これは「若津港導流堤(筑後川導流堤:デ・レ-ケ堤)」で、明治政府がオランダ人技師ヨハニス・デ・レ-ケを招いて築いたものです。設計者の名前から「デレーケ導流堤」とも呼ばれています。有明海は干満の差が約6メートルと大きくて潟土が堆積しやすく、明治時代の重要な輸送手段である船舶輸送を妨げる事が多かったようです。筑後川左岸側の土砂が溜まるのを防ぎ航路を確保するために明治16年の1883年に筑後川の調査が行われ、明治23年の1890年に完成しました。若津港導流堤は引き潮の時だけ姿を現わすので、空港から柳川に向かう時は水中に隠れていました。この導流堤のおかけで川の流れを速め、堆積する土砂を遠浅の河口に押し流すことで航路を維持することが可能になりました。導流堤の完成から100年以上経った現在もその役割を果たしています。
水郷柳川 名所・史跡
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この辺りの佐賀平野は大きな河川と田畑が交互に現れます。佐賀平野は日本有数の穀倉地帯で、米作を中心に麦や野菜等に高い生産をあげています。佐賀県の米作は明治時代から一貫して全国上位を維持しているそうです。
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干潮時の河川港の様子はカンボジアのトンレサップ湖畔のカンポン・クリアンへ行った旅を思い出します。観光客の姿もほとんどない場所で、やはり乾季と雨季で水位が9メートルほどの差がある場所でした。
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有明海もこの辺りで4.5メートルほどの水位の差があるようです。関東では見る事の出来ないような景色に目が留まってしまいます。景色を楽しめたのもこの辺りまでで、平野から山間部の厳木多久有料道路に入ると雨模様の天気になりました。
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JR唐津線と松浦川に沿って走っていると午後4時頃に唐津の鏡山が見えてきました。ここまで1時間30分ほどの移動でした。
鏡山 公園・植物園
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鏡山の山頂の展望台に向かうと大きな鳥居がありました。扁額には鏡山の文字が見えます。山頂には展望台と稲荷神社があるとのことです。あまり高くない山ですが、16ほどのヘアピンカーブがあり、カーブする度に虹の松原と玄界灘が見えます。
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山頂の鏡山駐車場にバスが到着するとそれまでの小雨は小雪に変わりました。この時期北海道と東北から北陸の日本海側は大雪と暴風雪で大荒れの天気なのは知っていましたが、その影響は山陰から九州北部にまで及んでいたようです。「蛇池」を渡って全員で展望台に向かいます。
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もっと小さな山頂と展望台かと思っていましたが、広大な敷地に驚いてしまいます。まずは「鏡山展望台」に向かい、時間があったら「鏡山神社」にも参拝するつもりです。
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鏡山と松浦川と虹の松原と唐津城の位置関係がよく分かる地図です。これを覚えておいて景色を楽しみたいと思います。
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ところがものすごい雪になってきました。時折強風が吹くと目も開けていられないほどです。
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誰もいない「鏡山展望台」です。個人で旅行していたらこんな雪の中にここへは来ないと思います。
鏡山展望テラス 自然・景勝地
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最初はこの程度の景色で、松浦川と虹の松原以外は霞んでしまっています。ガラス張りの展望台の扉がガタガタ揺れてすごい音が出るのですぐに皆さん引き上げてしまいます。
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たまに風が止むと周囲の遠景も見えてきます。
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唐津湾と松浦川の間に唐津城が見えてきました。もう少し残っていればと思いますが、周りには誰もいません。妻もいつの間にか姿を消しています。
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与謝蕪村の代表作である「夜色楼台図」を連想させるような景色です。
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「虹の松原」の沖合には小島がいくつか見えています。左から「大島」で小さいのが「鳥島」で、右側が「高島」です。
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右手には「虹時の松原」から続く海岸線が見えます。そろそろ寒さも限界で、時間も無くなってきたので戻ることにします。
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朝廷の命令で朝鮮半島の任那、百済の救援に派遣された青年武将の大伴狭手彦は、停泊地である松浦の地で土地の長者の娘「佐用姫」と恋に落ちます。やがて出帆の時が来て、別離の悲しみに耐えかねた佐用姫は鏡山に駈け登り、軍船にむかって身にまとっていた領巾(ひれふり)を打ち振りました。そのとき登っていた山が領巾麾之嶺(ひれふりのみね)と呼ばれるようになりました。その領巾麾之嶺がこの鏡山です。
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名残のつかない佐用姫は山から飛び降り、呼子加部島まで追いすがったものの、すでに船の姿はなく、悲しみのあまり七日七晩泣き続け、ついに石に化したといわれます。この物語は、万葉の歌人たちにも数多く詠まれるものとなり、以後詩歌や能などの文学や演劇の題材にもなりました。
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山上憶良の歌碑には「行く船を振り留みかね如何ばかり恋しくありけむ松浦佐用姫」とあります。
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昭和36年4月にここを訪れた昭和天皇の歌碑がありました。「遙かなる壱岐は霞みて見えねども渚美しこの松浦潟」確かにこの日も壱岐の島は霞んで全く見えませんでしたし、眼下の渚は美しいです。
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バスに乗るまで少し時間があったので「鏡山神社」にも参拝することにします。社伝では三韓征伐の際に神功皇后が鏡山山頂に戦勝を祈願して鏡を納めましたが、その後この鏡が霊光を発したことから、それを聞いた神功皇后が自らの生霊を鏡に込めて祀ったのに始まると伝えられます。
鏡山 公園・植物園
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藤原広嗣の乱により藤原広嗣が当地で処刑された後の天平勝宝2年の750年に肥前国司に左遷された吉備真備により、広嗣を祀る二ノ宮が創建されました。広嗣処刑の後、玄昉が筑紫に左遷されそこで歿したことから、これは広嗣の怨霊のせいであるとされ、それを慰めるためであったようです。
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吉備真備(きび の まきび)に名前を聞くと第9次遣唐使の留学生だったことが思い出されます。養老元年の717年に阿倍仲麻呂や玄昉らと共に入唐しています。唐に18年学び、この間に経書と史書のほか天文学・音楽・兵学などの諸学問を幅広く学んでいます。西安を旅したことを思い出すとともに、ここは国境の土地なのだと感じます。
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鏡山を下りたバスはそのまま信号をまっすぐ進み、虹の松原線を走ってホテルに向かいます。松原越しに海岸線は見えませんでした。
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午後5時30分にこの日宿泊する「ホテル&リゾーツ佐賀唐津」に到着しました。部屋のカギと佐賀県のクーポン券をいただいて部屋に上がります。
北九州を周遊するトラピックスのツアーで利用しました。 by kojikojiさんメルキュール佐賀唐津リゾート 宿・ホテル
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部屋は松浦川の部屋でしたが、既に日が暮れているので対岸の明かりで輝く川面が見えるだけです。
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反対側の唐津湾側の部屋も立ち並ぶホテル越しなので、そんなに良い景色ではなさそうです。部屋は広いのでストレスなく荷物を広げられます。
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ユニットバスのバスルームですが、大浴場があるので部屋の風呂は使いませんでした。
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洗面台が少し小さい以外はごく普通のバスルームです。
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1階のロビーには呑楽陶房(どんらくとうぼう)で造られた唐津くんちの曳山揃いが並び見事な出来栄えです。ガラスケースに入っているのでうまく写真に撮れないものも多かったです。
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本物の曳山は「乾漆」という技法で製作されています。その製法は粘土で型を取った後にその上から和紙を200枚くらい張り重ね、厚みを作ってから中の粘土を取り外します。その和紙の上から漆を下地で7回から8回塗って、さらに中塗り、上塗りを重ね、その上に金箔や銀箔を施して仕上げています。
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ここに並ぶ曳山は唐津焼で造られていますが、このような造形物は歪みが生じやすいので非常に難しいものです。14基揃えるには同じものをいくつか造って、良いものを組み合わせないと出来ないものです。
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このような兜の立物(たてもの)はさすがに別に造ったものを差し込んでいるようです。
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一番好きな「魚屋町の鯛」の曳山は比較的に造りやすそうです。
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「新町の飛龍」
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「京町の球取獅子」
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この日の晩御飯は時間指定があり、2号車が先で1号車は遅い時間設定でした。2号車は我々よりも遅く着いたので、すぐに晩御飯になったようです。時間があるのでコンビニに行くことにしましたが、以前宿泊した旅館も近いので行ってみることにします。
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ここへ来たのはもう20年ほど前のことなので、あまり記憶は残っていませんでしたが道を間違えずに来ることが出来ました。
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宿泊した時には室内でゆっくりしていたので、夜の風景は見た記憶がありませんでした。
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20年前は佐賀県の窯元巡りの旅の途中で立ち寄った唐津でした。その時は中里太郎右衛門、中里重利、中里隆の三兄弟の窯やお店に寄って、それぞれいくつかの陶器を買い求めました。今から考えれば買っておいて良かったと思います。
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今回は唐津に着いたのが遅い時間で、翌日も早朝からツアーが始まるので窯元巡りなどしている時間はありません。唯一ここ「洋々閣」の隆太窯ギャラリーが覗ければと思ったのですがすでに閉まっている時間でした。
洋々閣 宿・ホテル
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この玄関先の設えは記憶が残っています。近い将来にまた訪れたい旅館です。
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「洋々閣」の前の通りの先には「唐津城」のライトアップした姿が見えたのでそのまま進んでみます。「Tea & Space 基幸庵」という舞鶴橋のたもとの甘味屋さんがありましたが、既に店仕舞いされています。寒い中を歩いていて”おしるこ”の文字に思わずつばを飲み込みます。
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舞鶴橋から眺めた「唐津城」です。きれいにライトアップしていました。
舞鶴橋 名所・史跡
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お城がライトアップしているのは添乗員さんから聞いていましたので、何人かは見に来ているのではないかと思いましたが我々だけでした。2号車の方々は夕食を食べている時間なので来ることは出来ないですね。
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先ほどの「鏡山展望台」から眺めた、雪に霞む「唐津城」も美しかったですが、ライトアップした姿もきれいです。
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明日はあの天守閣まで登ることが出来ます。これ以上は進めないのでホテルに戻ることにします。さすがに海岸線に出ると風も強くなりました。
唐津城 名所・史跡
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帰り道にコンビニによってアルコール類とおつまみを買い求めます。先週行った沖縄ではドン・キホーテでは使えない売り場もありましたが、コンビニではどんな商品でも使えるのは何故だか分かりません。基本はその都道府県で造られたものを補助するはずなのですが。ホテルに到着する前に走ってきた虹の松原沿いの道は強風のために閉鎖されるみたいです。
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部屋に戻って夕食前の乾杯です。浴衣と丹前に着替えると旅行に来た気分になります。
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夕食は2階の宴会場でいただきます。2号車が先に食事して、入れ替えで1号車の食事になります。正直遅い時間で良かったです。それくらいお腹の中には柳川の「うなぎのせいろ蒸し」が残っています。
北九州を周遊するトラピックスのツアーで利用しました。 by kojikojiさんメルキュール佐賀唐津リゾート 宿・ホテル
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部屋飲みしてきた後なので地酒の冷酒からスタートします。唐津の「太閤」という銘柄です。少し甘口ですがすっきりして美味しいお酒です。
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早朝に家を出てから1日お疲れさまでした。
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お品書きも添えられた夕食です。旅行の案内だと「佐賀牛しゃぶ鍋」が売りになっています。
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冷酒はあっという間に空になりそうです。このホテルではクーポン券で飲み物を精算できるので気が大きくなってしまいます。
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あまり料理の量が多くなくて良かったです。このところ旅行が続いていて、体重を落とさなければならないのに増加しています。
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佐賀牛のシャブシャブのお肉は量は少ないですが美味しいものでした。追加でお肉は注文できますが、結構いい値段がしていました。
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豆乳仕立ての鍋が熱くなるのを待ちます。寒い表を散歩してきた後なので熱々の鍋はありがたいです。
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天婦羅の盛り合わせは大きなエビが3本。熱々でないのがちょっと残念です。
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お造りは甘エビと寒ブリの二点盛り。お刺身の二点盛りって…。茶碗蒸しと小鉢が2つとシンプルな晩御飯でした。元々のツアー代金がリーズナブルなので旅行会社の苦労がしのばれます。
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食事をした宴会場は結婚式にも使われるようで、広い廊下には打ち掛けが飾られています。青空とチューリップに蝶が舞うデザインなんて現代的なデザインです。我が家の結婚式は洋装だけだったので和装に憧れがあるようです。
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食後は1階の売店でお土産を物色し、陶器製の鯛の曳山と、さらに小さい曳山セットを買ってしまいました。クーポン券があったので実質は無料みたいなものです。
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唐津くんちは唐津神社の秋季例大祭で、20年ほど前に唐津に来た際に偶然ですが観ることが出来ました。その時の曳山の美しさに魅了されていたので、欲しいと思いました。
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神幸行列のように曳山がこの祭りに登場するのは一番曳山(いちばんやま)の「赤獅子」が文政2年の1819年に奉納されてからのことで、曳山は明治9年の1876年までに15台が製作されていますが、1台は消失して現在奉納されているのは14台です。
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「1番曳山 赤獅子(刀町)」
11月2日は宵山で、その日は早朝5時に展示場から各町内へ曳き出され磨き上げられます。その夜午後7時30分に1番山の赤獅子が曳きだされ、出発地の大手口から東行する間に各町が曳き順通りに一番近い場所から参加して唐津神社へと向かいます。 -
「2番曳山 青獅子(中町)」
最近では2番山の青獅子の点灯式が話題で、青獅子の中町通りで太鼓と笛の囃子に合わせた点灯式は年に1度の祭りの始まりにふさわしく感動的だそうです。 -
「5番曳山 鯛(魚屋町)」
11月3日は御旅所神幸で、くんちの見どころ曳き込みと曳き出しが行われます。
重さ2トン以上もある曳山の車輪が砂地にめり込むのをものともせず、砂浜の所定の位置に次々と曳き込まれます。綱をもった曳き子が曳山の横や後ろへまわり、曳き込んでいくさまは圧巻です。 -
「6番曳山 鳳凰丸(大石町)」
休憩をはさんで曳き出しまでの間は浜の上に並んだ14台の曳山を自由に見物できます。曳き出しの後は町廻りの後各町内に持ち帰っていきます。 -
「7番曳山 飛龍(新町)」
11月4日は町廻りで、くんちの最終日です。前日各町に帰った曳山を再び唐津神社前に集合させ、午前10時30分の花火を合図に1番山から順に町廻りへ出発します。5番山の鯛、7番山の飛龍、13番山の鯱などの泳いでいるような動きのある曳山は魅力的です。 -
「10番曳山 上杉謙信の兜(平野町)」
明治2年の1869年に制作された兜曳山4基の1つで、九番曳山「武田信玄の兜」に対抗したといわれます。獅子頭の装飾が特徴の兜曳山である。この獅子は角があることから雄獅子を題材としていることが分かります。 -
「11番曳山 酒呑童子と源頼光(米屋町)」
題材は「大江山鬼退治」の場面で、切られた酒呑童子の首が源頼光の兜鉢に食らいついた様子を造形しています。 -
「13番曳山 鯱(水主町)」
鯱は空想上の海獣で、その姿は魚で背筋に鋭い棘(背ビレ)を並べ、胴体左右に胸鰭(大ビレ)と腹鰭(小ビレ)があり、天に高く聳(そび)える尾鰭を持っています。頭部は虎で口には鋭い歯牙を並べ、鼻の左右には波打つヒゲがあります。鯱にも阿形と吽形があり、水主町の鯱は口を開いた阿形です。 -
「14番曳山 七宝丸(江川町)」
6番曳山「鳳凰丸」と同様に船形を本体とした曳山で前面の船飾りは中国の伝説上の生き物である龍の頭部を構えています。船形には火炎を装飾する笠の火炎が特徴の屋台が乗っています。 -
曳山の模型を見ていたら「唐津くんち」ももう一度見てみたくなりました。それと一緒に窯元巡りも良いかもしれません。ガラスケースには中里重利の作品も並んでいました。粉挽きの筒向付を買ったのですが、どこへ仕舞ったのか近頃見た記憶がありません。家に帰ったら探してみましょう。
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