2022/11/26 - 2022/11/26
9位(同エリア876件中)
旅猫さん
11月下旬、お得な切符を利用し、陸奥一宮である鹽竈神社を訪れることにした。塩釜を訪れるのは初めてである。巡り方を考えているうちに、古の奥州の都とも言える平泉にも、久しぶりに足を向けることを思い付いた。そこで、初日に平泉の史跡を巡り、翌日に塩釜を歩くことにする。そして、最終日に仙台市内を訪ねる旅程とした。偶然だが、旅から戻った後に手に取った司馬遼太郎氏の『街道をゆく』の中で、今回訪ねた多くの場所に氏も立ち寄っていたことを知り、とても喜びを感じた晩秋の旅の記録である。
(2022.12.16投稿)
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- 楽天トラベル
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旅の始まりは、いつものように大宮駅である。旅行支援があるおかげで、朝から駅は大いに賑わっている。そして、7時41分発の『はやぶさ101号』に乗り、まずは一ノ関駅へと向かった。急に決めた旅であったので、席は三人掛けしか取れず、しかもB席まで埋まるほどであった。
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一ノ関駅には、9時21分に着いた。9年ぶりの一ノ関である。駅舎は、初めて降り立った23年前とほとんど変わらない。懐かしさすら感じる。
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駅前から、9時50分発の中尊寺行のバスに乗る。乗客は疎らで、新幹線の混雑が嘘のようであった。20分ほどで着いた平泉駅前で下車。一緒に降りた他の乗客は、ほんとんどが近くに停まっていた平泉巡回バス『るんるん』に乗り換えた。こちらは、天気も良いので、レンタサイクルを借りることにした。
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自転車で風を切って走る。雲一つない青空の下、とても気持ちが良い。晩秋の東北と言うことで、セーターを着込んできたが、少々暑いくらいである。そして、まず向かったのは、駅からすぐの場所にある毛越寺である。天台宗の寺院であるが、その歴史は古く、奥州藤原氏によって壮大な伽藍が造営された。今は、大泉が池を中心とする『浄土庭園』と伽藍跡が残るだけである。久しぶりに訪れたが、寺院の跡とは思えない景観である。
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池を一周する道を歩き、伽藍跡を見学する。毛越寺の伽藍跡はほぼ完全に残っているのだが、これは、仙台伊達藩による史跡保護が大きな役割を果たしたと言う。現在、伽藍跡に唯一建つ常行堂は、享保17年(1732)に、仙台藩主伊達吉村によって建てられたものである。
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一周して戻って来ると、そこには出島と石組があった。荒磯を風情を表現したと云われるもので、沖に立つ景石が広い池に動きを与えている。
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毛越寺のすぐ隣に、観自在王院跡がある。奥州藤原氏二代基衡の妻が建立した寺院で、こちらもかなりの規模であったようだ。奥に舞鶴が池と呼ばれる池が復元されていたが、整備中で立ち入ることは出来なかった。
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その観自在王院跡の南側に、『吾妻鑑』にも記述のある『高屋』と呼ばれる大型掘立柱建造物が建ち並んでいた倉町があったそうだ。近くの歩道には、それらの建物を囲んでいたとされる溝と塀の跡が発掘された場所が示されていた。
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毛越寺から中尊寺へと自転車を走らせる。そのちょうど中間辺りに、金鶏山と呼ばれる小さな山がある。平泉の街づくりの要となった山で、頂上には経塚があったそうだ。その山腹に、平泉で非業の死を遂げた源義経の妻子の墓があると言うので、訪れることにする。しかし、かなりの急坂が待ち構え、結局、自転車を押して登る羽目になった。辿り着いたそこには、千手堂と言う小さな御堂が立っていた。
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義経妻子の墓は、その千手堂の境内にあり、金鶏山の登山道の脇に立っていた。元は金鶏山山麓の別の場所にあったそうである。藤原泰衡に襲撃された義経は、先に妻子を殺害した後に自害したと云われている。高館にある義経の供養塔を訪れる人は多いが、こちらを訪れる人は少ないようだ。
源義経公妻子の墓・千手堂 名所・史跡
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義経妻子の墓を後にして、中尊寺へと向かう。その途中、金鶏山の麓に、熊野三社と言う社があり、景色が良さそうなので立ち寄ってみる。その後、向かいにあった平泉文化遺産センターを見学。平泉で発掘された資料など、なかなか興味深い展示であった。
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中尊寺まで来ると、急に賑やかになった。駐車場には車が溢れ、土産物屋や飲食店が建ち並ぶ。まさに観光地であった。その入口から、人の波に混ざり、参道を登って行く。すでに11月だが、まだ色付いた樹々もある。
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その下では、シダの葉に落ち葉が彩を添えている。
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しばらく歩くと、左手に薬師堂が見えて来た。以前訪れた時は、風雪に耐えた風情のある建物であったが、白木の香りも残る真新しい姿となっていた。老朽化により、建て替えたそうである。木造で建て替えられたのは良かったが、周囲の樹々は切り倒され、地面もコンクリートで覆われてしまい、かなり殺風景な印象となってしまった。
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その先に、本堂があった。ここで参拝し、御朱印をいただく。この寺は、京都や鎌倉などの寺院と違い、境内は自由に拝観できる。拝観料が必要なのは、金色堂だけなのである。
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敷地の一角からは、薬師堂の隣に立つ観音堂が望めた。
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さらに参道を進むと、右手に池に臨む御堂が見えて来る。峯薬師堂である。本尊の薬師如来坐像は、藤原末期の作で、重要文化財に指定されているそうだ。病除けに功徳があるというので、しっかりとお参りさせていただいた。
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大日堂、旧鐘楼、阿弥陀堂を右手に観ながら歩を進めると、その先に池に囲まれた弁財天堂が現れた。この辺りは、中尊寺で最も紅葉が美しい場所である。すでに盛りは過ぎていたが、なかなか綺麗であった。
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向いにある讃衡蔵で、金色堂の拝観券を購入。とりあえず、中尊寺に伝わる多くの文化財を納めた讃衡蔵を見学する。その後、金色堂の前を通り過ぎ、奥に佇む中尊寺鎮守の白山神社に参拝する。境内に建つ能舞台は、嘉永6年(1853)に、時の藩主伊達慶邦により奉納されたものだそうだ。
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金色堂の前まで戻り、鞘堂を外から眺める。以前訪れた時の光景が甦り、何とも言えない思いである。
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石段を登り、鞘堂の脇を抜けて裏手にある入口へ向かう。コンクリート造りの鞘堂も、色付いた樹々に囲まれ、多少は風情があった。そして、久しぶりの金色堂である。変わらぬ美しさと荘厳さに思わず見惚れてしまう。平安時代、都から遥かに離れた奥州の地に、これほどのものを造る財力と技術があったことに、改めて驚かされる。まさに、平泉文化の頂点に立つ建物だと言える。
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金色堂を堪能した後、近くにある旧鞘堂を見学。この御堂も以前観たことがある。鎌倉幕府に引き続き、室町幕府も平泉文化の保護を行い、現在残る鞘堂も、室町時代に建てられたものである。かなり小さな印象を受けるが、金色堂がそれほど大きくないと言うことだろう。
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境内の拝観を終え、入口へと戻る。その途中に、『義家』と言う風情のある佇まいの蕎麦屋があったので、そこで昼食とした。もりそばといなり寿司を注文したところ、もりそばには、小鉢や果物が付いて来た。観光地価格だが、これならば悪くはない。蕎麦も美味しく、とても満足であった。
そば処義家 グルメ・レストラン
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食後、中尊寺の駐車場脇にあったエーデルワインの直営店に立ち寄り、試飲をさせてもらう。残念ながら、ツヴァイゲルトレーベは無かったが、五月長根を久しぶりに味わえた。近くの弁慶立ち往生の旧跡を観た後、再び自転車を走らせ、高館跡へと向かう。高館は、その名の通り小高い丘の上にある。自転車を押しながら登ったのだが、着いてみると、拝観中止とある。がっかりだが、せっかく訪れたので、芭蕉も観たであろう北上川の景色を眺めることにした。
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源義経がその波乱の人生を終えた高館跡を後にし、次に向かったのは柳之御所遺跡である。以前訪れた時は、発掘途中で何も無かったが、今は建物跡などが示され、説明板も置かれていた。そこは、平泉の政治の中心であった政庁『平泉館』があった場所と考えられている。その広大な敷地に立ち、空を眺めていると、古の平泉の姿が浮かび上がって来るような感覚を覚えた。
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道路を挟んだ向かいには、広い道や濠の跡もあった。綺麗に整備され、遺跡公園となっている。往時の平泉館の規模などが分かり興味深いが、以前訪れたと時の殺風景なほうが、遺跡らしい風情があった。
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遺跡のすぐそばに、『平泉世界遺産ガイダンスセンター』と言う立派な施設があった。その中に、『柳之御所資料館』があり、発掘された資料などが展示されていた。それにしても、中尊寺には、溢れんばかりの観光客の姿があったのに、高館跡も柳之御所遺跡も、人影は疎らであった。世界遺産に指定されても、多くの人は中尊寺だけしか観に行かないようである。隣にあった道の駅が混み合っていたのも、各地の観光地でよく見る光景であった。
柳之御所資料館 美術館・博物館
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柳之御所遺跡から少し走ると、無量光院跡に出る。前に訪れ時は、田圃の中に島のように跡があり、さながら象潟のような風景であったが、目の前には広い池が広がっていた。世界遺産登録により、こちらも史跡公園として整備しているようであり、立ち入ることは出来なかった。
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無量光院跡から駅へと戻る途中、住宅街の中に忘れられたように佇む史跡がある。伽羅御所跡である。こちらは、以前と変わらず、小さな案内板があるだけであった。そこは、奥州藤原氏三代秀衡と四代泰衡が暮らした屋敷の跡である。『奥の細道』の中で、芭蕉は「秀衡が跡は田野となりて」と嘆いている。畳店の名が、ここが御所のあった事を伝えていた。
伽羅御所跡 名所・史跡
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平泉駅で自転車を返したが、宿のある一ノ関駅へと向かう列車もバスもすぐには来ない。仕方が無いので、駅の椅子に座り、本を読みながら待つ。そして、16時23分発の列車に乗車。一ノ関駅には8分で着いた。宿は、駅前に立つ『ホテル松の薫一関』である。
ホテル松の薫一関 宿・ホテル
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荷物を置き、早速、夕食を求めて外に出る。すると、すぐ隣に岩手の食にこだわっているかのような居酒屋があった。赤提灯に暖簾と言う佇まいにも惹かれたので、迷わず入ることにする。
岩手うまいもん ごっつおや グルメ・レストラン
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ところが、暖簾を潜って中へ入ると、店内は垢抜けた和風居酒屋の雰囲気で、半個室のようなテーブル席が並んでいた。こちらは一人なので、カウンター席に通されたが、やはり小奇麗な感じである。外観からは、地元の人が集う大衆居酒屋を想像していたので、少々拍子抜けであった。とりあえず、地元一関の磐乃井酒造が醸す『真心 純米酒』をいただく。
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肴には、金華さばの開き干しを頼んだ。半身であったが、かなり大きい。脂もそこそこのっていたが、少々身離れが悪く、食べづらかった。とは言え、酒の肴には悪くは無かった。
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続いてい、岩手県産の『いわいどり』の焼き鳥を注文。ねぎ間とつくねをいただいたが、旨味があってなかなか美味しかった。酒は、紫波町の廣田酒造店が醸す『廣喜 特別純米』。切れのある?み口の酒であった。
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この後、地元一関ミートの豚ロースみそ漬け焼きをお願いした。しかし、出て来たのは想像とは異なり、定食屋のような盛り付けであった。まさか、居酒屋でナイフとフォークを使うとは思わなかった。
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日本酒には合わないようだったので、レモンサワーを注文。これがなかなか濃厚で、思いの外美味しかった。この店は、地酒が8種類あり悪くは無かったが、料理の品数が少なく、岩手県産の食材も少なかった。店も混んで来たので、早目に切り上げて、宿へ戻ることにした。明日は、いよいよ塩釜を訪れる。
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この旅行記へのコメント (6)
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- ポテのお散歩さん 2022/12/26 11:00:47
- 平泉
- 旅猫さん こんにちは。
私も20数年ほど前に、一度だけ訪れました。
お盆に行ったので、毛越寺・浄土庭園は水が無かったように記憶なのですが
全く水が無いって、私の記憶違いですよね(^-^;
そんな曖昧な記憶に加えて、歴史について何の予習もせずに行ったので
何も建っていない景色に掴み所が無くて、よくわからず消化不良のままです。
池を一周する事が出来るのですね。
伽藍跡を見て、歴史背景を重ね合わせて当時の姿を思い描く場所なのですね。
ゆっくり再訪したい場所です。
ポテ
- 旅猫さん からの返信 2022/12/26 21:15:20
- RE: 平泉
- ポテさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
夏の暑い時期に平泉に行かれたのですね!
浄土庭園も、史跡整備中なら水を抜いていたかもしれませんね。
水不足の年だったかもしれませんし。
毛越寺の池は、一周出来ますよ。
伽藍の礎石だけしか無いですが、往時の壮麗な姿に思いを馳せることが出来ます。
平泉の遺跡は、復元をしていないので、まっさらですからね。
ある意味、何もない。
それは、今も変わっていません。
なので、皆さん、中尊寺金色堂を目指しますね。
史跡が点在しているので、車が便利ですが、巡回バスが30分おきに出ているので、それを使えばほとんどすべての見所を巡れますよ。
20年前と違って、史跡も整備されましたし、立派な資料館も立っています。
旅猫
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- pedaruさん 2022/12/17 04:58:16
- 毛越寺
- 旅猫さん おはようございます
いかにも紀行文らしく味のある語り口で歩を進める様子が目に浮かびます。
レンタサイクルを利用されたのは賢明でした。同好の士として身近に感じました。
私が訪れたのは、50年近く前ですから今では毛越寺はかなり変わっているかと思いましたが写真で見る限り、静かな佇まいで変わっていないですね。
ここの池に雅な船を浮かべ、舟遊びをする貴人を想像した記憶があります。
夏の暑い盛りで蓮の花が咲いていたのを覚えています。
食べ物の印象としては初めてズンダ餅を食べて、美味しさに感動したことでした。
pedaru
- 旅猫さん からの返信 2022/12/17 23:03:59
- RE: 毛越寺
- pedaruさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
今回は、九州に引き続き、レンタサイクルを利用しました。
やや広めの地域に見所が点在している時には、やはり自転車は便利ですよね。
乗り降りも楽ですし。
毛越寺は、平安時代の遺構がそのまま残っているので、さすがに変わっていませんね。
蓮の花が咲くのですね。
平安時代らしい景色になりそうで、観てみたいです。
ズンダ餅、今回は食べませんでした。
今、ずんだは流行りらしく、色々な飲み物や食べ物がありました。
旅猫
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- 毛利慎太朗さん 2022/12/16 18:17:02
- 一関在住の私が申すのもなんなんですが…
- 旅猫さま、こんばんは。
この度は、私の地元である「一関・平泉」地区と、度々通っている「鹽竈神社」へのご訪問誠にありがとうございます。
中尊寺や毛越寺など主要観光地のみならず、観自在王院や無量光院などコアな観光地もめぐって下すって、(広義の)地元民として冥利に尽きるものがありますね。
観自在王院は入場料がかからないので、子供のころ、父母とピクニックした思い出深き場所でもあります。
「そば処義家」、私も昨年7月に寄らせていただきましたね。
確かに観光地価格で、わんこそばとざるそばの大盛が同じ値段でしたが、ようかんとか、やまくらげ等、小鉢がいっぱいついてきたので、腹ごたえがよかったですね。
蕎麦も冷たくしまってて、のど越しもよかったですし。
それと、中尊寺付近に「エーデルワイン」の試飲所があるんですね、こりゃ初耳。
「せきのいち」のブリュワリーがあるのはしってましたが(現在長期休業中)
私はいつも甘口の「月のセレナーデ」ばっかり飲んでます、すみませんワインは初心者なもので…辛口の日本酒も好きなので「五月長根」も改めて飲んでみたいような。
最後に「ごっつおーや」の〆に「こだわり酒場のレモンサワー」を飲まれていて、なんだか親しみがわきました。
いつもだったら日本酒のイメージが強い旅猫さまにしては、珍しいですね。
「いちのせきミート」は本場ドイツから製法を学んだハム・ソーセージも有名で、お祭りのときに屋台が出て、ハムステーキなどをよく買い食いしたものです。
直売所の近所に親戚が住んでるので、毎年のお歳暮が楽しみだったりします(笑)
毛利慎太朗
- 旅猫さん からの返信 2022/12/17 22:59:15
- RE: 一関在住の私が申すのもなんなんですが…
- 毛利慎太朗さん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
一関や平泉周辺が地元なのですね!
鹽竈神社もお馴染みの場所と言うことで。
観自在王院は別として、無量光院は結構名が知れているように思えますが、やはり観光客は、中尊寺と毛越寺を訪れることが多いようですね。
「そば処義家」は少々お高めですが、内容は満足しました。
蕎麦自体も美味しくて気に入りました。
「エーデルワイン」の直売所がありました。
試飲も数種類出来ますが、お土産用の甘いワインばかりです。
「五月長根」があったのが嬉しかったです。
「せきのいち」のブリュワリーは、一関ですね。
二度ほど行ったことがあります。
いつもは日本酒で完結してしまうのですが、洋食のような料理が出て来たので、「こだわり酒場のレモンサワー」を呑んでみました。
滅多に無いのですが、なかなか美味しかったです。
「いちのせきミート」も、前に食べたことがあるのですが、今回は定番のソーセージではなく、豚ロースにしてみました。
旅猫
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