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大曲の花火が行われている間、秋田は、雨だった。<br />大曲でも、雨だった。<br /><br />例年であれば、会場からの脱出が相当の時間を要することから、会場周辺からあまり動かず、一夜を明ける人が相当いる。<br /><br />今日は、横手湯沢方向に行く用事があるから、大曲経由で行ってみた。

大曲の花火が終わり一夜明けて、ドロドロ(十字館歴史資料展示室へ)

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2022/08/28 - 2022/08/28

194位(同エリア294件中)

旅行記グループ 秋田の博物館・資料館2

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はた

はたさん

大曲の花火が行われている間、秋田は、雨だった。
大曲でも、雨だった。

例年であれば、会場からの脱出が相当の時間を要することから、会場周辺からあまり動かず、一夜を明ける人が相当いる。

今日は、横手湯沢方向に行く用事があるから、大曲経由で行ってみた。

旅行の満足度
3.5
  • 道の駅神岡でトイレ休憩<br /><br />県外ナンバーの車が多い。<br />歯ブラシを咥えてトイレから出る人も。<br /><br />かなりの人が泊まったらしい。<br /><br />大曲からインター付近のちょうど花火の裏会場には、大型バスの駐車場や簡易な駐車場がある。<br /><br />空き地に作った駐車場には、まだ、車が。テントもある。<br />車がドロドロの地面にぬかるんで脱出できないのもあり、皆んなで押している。<br /><br />いつもの風景だ。

    道の駅神岡でトイレ休憩

    県外ナンバーの車が多い。
    歯ブラシを咥えてトイレから出る人も。

    かなりの人が泊まったらしい。

    大曲からインター付近のちょうど花火の裏会場には、大型バスの駐車場や簡易な駐車場がある。

    空き地に作った駐車場には、まだ、車が。テントもある。
    車がドロドロの地面にぬかるんで脱出できないのもあり、皆んなで押している。

    いつもの風景だ。

    道の駅 かみおか茶屋っこ一里塚 道の駅

  • 無事に、開催されてよかった。<br /><br />横手市十文字に、きた。

    無事に、開催されてよかった。

    横手市十文字に、きた。

  • 10時少し前。<br />図書館は、10時から。

    10時少し前。
    図書館は、10時から。

  • オープンと、同時に入館。<br /><br />資料室を見たいと言ったら慌てて二階に職員が上がっていき、電気をつけた。

    オープンと、同時に入館。

    資料室を見たいと言ったら慌てて二階に職員が上がっていき、電気をつけた。

  • 資料室である。

    資料室である。

  • 藁傘が特産だったのか?

    藁傘が特産だったのか?

  • がらーんとしていた。

    がらーんとしていた。

  • 猩猩(しょうじょう、猩々)は、古典書物に記された架空の動物。

    猩猩(しょうじょう、猩々)は、古典書物に記された架空の動物。

  • 酒がめに「猩々乃 左ハ湯沢 右よこて うしろハます田 まへハあさ舞」と刻まれた「猩々の道標」。<br />1811年(文化8年)に羽州街道と増田(浅舞)街道の交差する所(現在の十文字駅前交差点)は、一面の草原でした。<br />湯沢・横手・増田・浅舞に通じる細道を行く人々は、しばし踏み迷いこの難儀を救うため、増田地域の通覚寺の住職天瑞師が、猩々の酒がめに方角と地名を刻んだ道標を建てました。<br />その後、1817年(文化14年)の春に伊太郎という者が、この交差点に一軒の家を建て茶屋を営むとやがて家々が建ち始め交通の要衝として栄えてきました。<br />猩々の道標は高さ87cm、幅43cmで謡曲に登場する「猩々」の姿を形どり酒がめを前に右手に柄杓左手に盃を持っています。<br />十文字地域の発展を見つめ続け、無から発展した十文字の象徴である猩々の道標は、いたみがひどくモルタルでかなり大きな補修が加えられ、現在は十字館に移されて保管・展示されています。<br /><br />と、HPにあった。

    酒がめに「猩々乃 左ハ湯沢 右よこて うしろハます田 まへハあさ舞」と刻まれた「猩々の道標」。
    1811年(文化8年)に羽州街道と増田(浅舞)街道の交差する所(現在の十文字駅前交差点)は、一面の草原でした。
    湯沢・横手・増田・浅舞に通じる細道を行く人々は、しばし踏み迷いこの難儀を救うため、増田地域の通覚寺の住職天瑞師が、猩々の酒がめに方角と地名を刻んだ道標を建てました。
    その後、1817年(文化14年)の春に伊太郎という者が、この交差点に一軒の家を建て茶屋を営むとやがて家々が建ち始め交通の要衝として栄えてきました。
    猩々の道標は高さ87cm、幅43cmで謡曲に登場する「猩々」の姿を形どり酒がめを前に右手に柄杓左手に盃を持っています。
    十文字地域の発展を見つめ続け、無から発展した十文字の象徴である猩々の道標は、いたみがひどくモルタルでかなり大きな補修が加えられ、現在は十字館に移されて保管・展示されています。

    と、HPにあった。

  • しかし、展示は、ん~ すばらしいという評価は、できないね。

    しかし、展示は、ん~ すばらしいという評価は、できないね。

  • これがメインの展示かも、

    これがメインの展示かも、

  • 市町村合併の歴史<br /><br />まあ、手作り感満載の資料室だった。

    市町村合併の歴史

    まあ、手作り感満載の資料室だった。

  • ここは、農民彫刻家 皆川嘉左エ門氏の作品だ。

    ここは、農民彫刻家 皆川嘉左エ門氏の作品だ。

  • 皆川 嘉左エ門(みながわ かざえもん、1942年 - 2018年4月3日 )は秋田県十文字町(現横手市)出身の彫刻家。自他ともに「農民彫刻家」を称する。<br /><br />1975年11月、日展に初入選、以後、数回にわたり入選した(全7回)。1992年12月、「秋田県芸術文化賞」受賞。

    皆川 嘉左エ門(みながわ かざえもん、1942年 - 2018年4月3日 )は秋田県十文字町(現横手市)出身の彫刻家。自他ともに「農民彫刻家」を称する。

    1975年11月、日展に初入選、以後、数回にわたり入選した(全7回)。1992年12月、「秋田県芸術文化賞」受賞。

  • 1975年 第7回展 「吹雪の朝市」<br />1980年 第12回展 「晩秋の老婆」<br />1981年 第13回展 「かさ縫いの老婆」<br />1983年 第15回展 「外口の老人」<br />1985年 第17回展 「冬の朝市」<br />1987年 第19回展 「晩秋」<br />1988年 第20回展 「吹雪の朝市」の7作品<br /><br />ここには、数点 展示されている。

    1975年 第7回展 「吹雪の朝市」
    1980年 第12回展 「晩秋の老婆」
    1981年 第13回展 「かさ縫いの老婆」
    1983年 第15回展 「外口の老人」
    1985年 第17回展 「冬の朝市」
    1987年 第19回展 「晩秋」
    1988年 第20回展 「吹雪の朝市」の7作品

    ここには、数点 展示されている。

  • これもそう。

    これもそう。

  • 詳しくは、これか。

    詳しくは、これか。

  • 十文字図書館のお姉さん ありがとうございました。<br />いいもの見せてもらった。

    十文字図書館のお姉さん ありがとうございました。
    いいもの見せてもらった。

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