2022/04/17 - 2022/04/18
452位(同エリア4503件中)
まつじゅんさん
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この旅行記スケジュールを元に
2018年4月に関西に戻って来て、初めてのお出かけ気分で造幣局に出かけてから4年が経過しました。
造幣局桜の通り抜けの忘備録↓
https://4travel.jp/travelogue/11373639
https://4travel.jp/travelogue/11481166
2019年までは楽しむ事が出来ましたが、気軽に街歩きを楽しんでいた私達も、その冬からのCOVID-19の出現、感染拡大により、日常生活は大きく変わってしまいました。
休日には、久し振りの関西を楽しみ、気軽に出歩いていた日々は、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置により一変し、仕事に出る事さえ憚られるような風潮となってしまいました。
あれから3年経ち、日々の生活も「withコロナ」へ移行しているように感じられます。
正しい感染防止対策の徹底や、ウイルスの弱毒化もあるのか、最近は感染者数も減ってきており、共存を目指した生活や、脱マスク議論等、少しでもコロナ禍以前の日常を目指せればと思っています。
例年楽しみにしていた「大阪造幣局の通り抜け」も、2020、2021年は中止となったので、3年振りの予約制による人数制限をして実施すると発表され、兵庫県民割Ver.8で出かけた、何度目かのポートピアホテルの帰りに出かけてきました。
まだ、私の大好きな屋台の出店は無く、今までにない落ち着いた雰囲気の中で、今までにない、ゆったりとした雰囲気の中、桜を愛でる事が出来ました。
来年こそ、大川沿いには屋台が並び、ソース等の魅力的な匂いを感じながら楽しめる日々が戻っている事を願っています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
阪神高速湾岸線を通り、1時間程で予約していた駐車場に到着。
そこから徒歩5分程で、大阪天満宮に向かいます。
私達夫婦、天神祭や造幣局の通り抜けには、何度も来ているのですが、天満宮は初めての訪問となります。大阪の夏祭りの代名詞、天神祭りで有名です。 by まつじゅんさん大阪天満宮 寺・神社・教会
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別名 天満天神、浪華菅廟、中島天満宮等と呼ばれていますが、「天満の天神さん」が一番しっくりきますね。
旧社格は府社、現在は神社本庁の別表神社です。
毎年、7月24日から25日に行われる天神祭は、私の大好きなお祭りのひとつで、日本三大祭、大阪三大夏祭と言われています。
今年は「船渡御」「花火」は中止となりましたが、「陸渡御」を含め「神事」は斎行されるようです。
天神祭は、大阪天満宮の鎮座2年後の951年から始まったとされている、歴史のあるお祭りです。
神事として、大川より神鉾を流し、流れ着いた場所に祭場を設け禊払いを行うというのが鉾流神事の元となり、その祭場に船で奉迎したことが船渡御の起源と伝えられています。 -
起源は、奈良時代まで遡り、650年孝徳天皇が難波長柄豊崎宮を造営した頃に、都の西北を守る神として、大将軍社をお祀りされたのが、始まりと伝えられています。
901年、祭神である菅原道真公が太宰府へ向かう途中、大将軍社をお参りになり旅の無事を祈願して行かれましたが、太宰府で亡くなった50年余後の949年、大将軍社の前に一夜にして七本の松が生え、これを聞いた村上天皇は、勅命によって社を建立し、道真公のお御霊を祀ったのが始まりとの事です。
江戸時代には7度も火災により焼失し、なかでも1837年の大塩平八郎の乱による大火の約6年後に、氏子や崇敬者や奉仕者により現在の本殿が再建されました。
本殿は煌びやかさはありませんが、第二次世界大戦戦争でも残ったのは、氏子がる自分の家より「天神さんを焼いたらあかん。」と守ったからと伝えられています。
社殿は拝殿、幣殿、本殿がひとつの屋根でつながった権現造です。 -
この神社では、御本殿を通り抜けて参拝できるようです。
正式には「本殿通り抜け参拝」と言うらしいですが、参拝者が立ち入ることのできない本殿の中を通ることができるという、非常に貴重な参拝で社殿の両脇にある東・西の登竜門から入ります。
学問の神様ですので、受験生の方々は先ずは合格守セットをゲットして、その中に本殿参拝券が入っているようです。
また、学問以外にも中国の故事に由来する「 立身出世のための関門」という意味の登竜門から入場するという事から、1月9日~11日の「天満天神えびす祭」の時には、出世や昇進を祈願したい社会人も、本殿通り抜け参拝ができるようです。
その時は、自身の名刺をお賽銭と一緒にお供えすることで、出世・昇進を願うそうです。
なお登龍門の入口には、龍神が祀られています。 -
本殿両脇に鎮座している狛犬は両方ともに阿形です。
白大理石で造られたものですが、元々は青銅製で、阿吽形だったということです。
青銅の狛犬は、大塩平八郎の乱で天満宮が焼失(大塩焼け)後に、近くの天満青物市場の寄進だったそうです。
ただ、青銅ということで戦時中に供出され、高麗橋にあった商店から寄贈されたものが現在の狛犬で、両方とも口を開けて店先を守っていたそうです。 -
裏手には「白米大神」の文字がある朱色提灯が並んでいるお社がありました。
ごはんの神様かなと思いましたが、祭神はお稲荷さんでした。
白米から、ごはんと勝手な思い込みでしたが「しらよね」と読むそうです。
「てんまのお稲荷さん」として地域から親しまれていて、伏見稲荷大社の奥院と称されていますが、由緒には「創祀傅来等は不詳なれども文政七年刊神佛霊験記図会に記され往時より民庶の尊崇厚かりき」とあり、いつできたのか、どうしてできたのか、名前の由来は何なのか、一切分からないという不思議な神社です。
ただ、大阪天満宮にある5つの出入口の内、西側にある赤鳥居は、白米稲荷社の鳥居のようです。。 -
天満宮内には梅香学院という、和裁・着付・華道・書道・茶道・ピアノを教えている学校があります。
その1階には菅家廊下と呼ばれる、菅原道真公の一生を、幼少の菅公(一)~天神祭まで、15幕が博多人形で再現した菅公縁起が設けられています。
解説付きで解りやすく、波乱万丈の人生だったのが良く解りました。
昨年から菅原道真公に関係する場所を何か所か巡り、菅公の呪い等、物騒な話もありましたが、「怨霊」「祟り」の道真公への天神信仰が、のちに南北朝の内乱期を境に変化していき、東福寺の僧侶が見た夢の話から生まれた渡唐天神により、怒りの形相から穏やかな顔立ちへ変わっていったのですね。
今の道真公の姿は、頭巾を被って道教の衣服をまとい、手に梅の枝を持つ学問の神へと転化しました。
太宰府天満宮参拝↓
https://4travel.jp/travelogue/11734593
初詣で服部天神↓
https://4travel.jp/travelogue/11732283 -
今年は寅年。
睨みを効かせた寅の眼光で、COVID-19の早期終息をお願いします。 -
境内を出ると、天満天神繁昌亭がありました。
1957年に戎橋松竹が閉場して以来、大阪に定席が無い事を憂いていた、上方落語協会会長の桂三枝(6代桂文枝)が、2003年に天神橋筋商店街で落語会を行える空き店舗の提供を商店街側に依頼したことから始まり、商店街と大阪天満宮、上方落語協会を交えた協議により、用地は大阪天満宮より無料で提供され、半世紀振りに大阪に寄席が復活しました。
この場所は、1912年に吉本吉兵衛、せい夫妻が買収した「第二文芸館」の跡地の向かい附近というのも、何かの縁を感じますね。復活した大阪落語の常席です。 by まつじゅんさん天満天神繁昌亭 名所・史跡
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繁盛亭から続く商店街は、天神橋一丁目から天神橋六丁目まで続く、南北2.6km、600余の店舗が軒を連ねる、日本一長いアーケード商店街です。
元々天神橋筋は、大阪天満宮の門前町として発展してきた商店街で、天満青物市場も近くにあったことから、庶民の盛り場として賑わいを見せていました。
ただ、1931年に市場が大阪市中央卸売市場に集約され、加えて大型店の出店、地下鉄と阪急電鉄の相互乗り入れでターミナル性を失って苦境に立たされてしまいましたが、近年ではタワーマンションの増加によって、職住遊が混然一体となった特色を持つ賑わいを取り戻しつつあるようです。
これだけ長い商店街を、そぞろ歩くのは楽しいですね。歩きごたえのあるアーケド街です。 by まつじゅんさん天神橋筋商店街 名所・史跡
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取り抜けの予約時間が近づいてきたので、天満橋に向かいます。
3年前までは地下鉄で天満橋まで来て、駅を出ると通り抜けに向かう人の行列だったのですが、今年は閑散としています。
天満橋は、難波橋、天神橋と浪華三大橋と呼ばれていて、最も上流に位置する橋で、上下階式構造の橋で、上層は「天満重ね橋」とも呼ばれ、土佐堀通をまたぐ跨道橋になっています。
マニアックな話ですが、1970年に天満橋交差点の渋滞緩和目的で上層の跨道橋(天満重ね橋)が建設されましたが、大川上は下層の天満橋の橋脚上に柱を立てて橋桁を重ねる構造で、設計荷重は廃止された市電の軌道敷部と置き換えるように考えられたそうで、大阪人らしい合理的な発想だと思います。
天満橋南詰の天満橋交差点から北を天満橋筋、南を谷町筋というようです。
また、Osaka Metro谷町線が天満橋の地下を通過しています。浪花三大橋の一番上流の端です。 by まつじゅんさん天満橋 名所・史跡
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通り抜け会場に到着です。
ヤエザクラの開花時期の7日間だけ、公開されるのですが、例年なら大行列で天満橋から10分以上かかった道ですが、数分で造幣局南門に到着です。
一応交通規制は行われていましたが、この辺りに来ると漂っていた、屋台からの匂いや音楽等も無く、静かな住宅街と言う感じです。
入場の際は、入口のテントで予約画面を見せ、検温、消毒というプロセスですが、30分あたり1,200人制限なのでゆったりと見学できますね。予約制でゆっくりサクラを見ることが出来ました。 by まつじゅんさん造幣局桜の通り抜け 花見
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南門から入り、北門までの約560mに、138種 335本の桜が並んでいます。
今年は、事前予約で期間中約17万人の来場を見込んでいるようですが、近年で一番多かった2014年の836,000人と比較すると1/5程ですから、今までに無く桜をゆっくりと見る事が出来た通り抜けでした。
ちなみに歴代最高は、2005年の1,147,000人のようです。
また、1993年(私達が関西を離れるのを決めた頃)最後のつもりで見に行ったのですが、この年は1,011,000人で歴代3位。
確かに凄い人出でしたね。 -
通り抜けの桜に親しみを持ってもらうことを目的に、一種を「今年の花」として選定されています。
一般公開が中止となった、昨年、一昨年も2021年 楊貴妃、2020年 春日井と選定されていたようですが、見る事が叶いませんでした。
今年2020年の桜は「福禄寿」、おめでたい名前の花ですね。
東京荒川堤にあった大島桜系の里桜で、花は淡紅色、花弁は波打つようなしわがあり、硬い感じを受けます。
花弁数は15~20枚で、代表的な大輪の桜です。
ちなみに、今年の桜として選定された樹種は、2019年 紅手毬、2018年 大堤灯、2017年 鬱金、2016年 牡丹、2015年 一葉、2014年 松前琴糸桜でした。 -
2022年から新たな取組として、来場者の皆様による桜の人気投票を実施していました。見物の人の投票数によって、来年度の「今年の花」を決めるようです。
2022年は「松月」が、最多 4,014票を獲得しました。
私も松月に投票したのですが、多くの人が綺麗だと感じたんですね。
第2位が御衣黄で1,182票、第3位は普賢象で1,124票でした。
有効投票数は13,001票との事です。 -
今年お目見えの新品種、伊予菊桜です。
原木は四国松山にあって、低木で金沢、能登に多い菊咲きの桜らしいです。
よく茂った葉間に花をつけ、数は余り多くなく、花弁数は大小合わせて100~130枚程度らしいです。
また、場内に2本しかない珍しい桜、二度桜。
1本の木に、一重、八重と、二段に花が咲き、外側の花が開花し、内側の花が遅れて開花するので、二度桜というそうです。 -
この暁鐘も新品種で、場内に1本しかないそうです。
北海道松前町の桜研究家 浅利政俊氏が「龍雲院紅八重桜」に「糸括」を交配して育成した品種で、花弁数が多く明るい感じの花を咲かせています。
育成者の名前が使われている林一号は、仙台の植木屋 林氏が初めて育成した新しい八重桜で、場内に3本あるそうです。
花弁数は25~30枚で、淡桃色で楊貴妃に似た花を咲かせています。 -
ここからは、私が今回、特に綺麗と感じたさくら集です。
先づは、東錦。
東京荒川堤にあった大島桜系の里桜です。
花は淡紅色、つぼみは濃紅で、花弁数は15~20枚の大輪の優雅な品種です。
妹背は、私が高校時代毎日走っていた地名と同じで、愛着を感じた桜です。
花は濃淡のある紅色で、一つの花に実が二つ、対になってつくことから、この名が付けられたそうです。
花弁数は30枚程あり、二段咲きが見られる種類です。 -
基本的にこちらでは、関山等数種類を除いて、場内に1~5本位までと、どの桜も本数は多くありません。
故に、色々な桜の色や咲き方等を楽しめるのですが、今回じっくり一本一本の桜を眺めていくと、今までの桜見物後に天満橋に戻る、大川沿いの屋台に想いを馳せすぎていた事を反省いたします。
花笠は、北海道松前町で「福禄寿」の実生の中から選出育成された、紅色の花で花弁数は30枚程の大輪で美しい桜です。
雌しべが葉化し、その形状が花笠に似ているので、この名が付けられたようです。
場内に4本あるそうです。
糸括は、江戸時代から知られている里桜で、花は淡紅色で、花弁数は10~15枚。
糸で括ったように束状に花が咲くのが特徴の桜です。場内本数は2本です。
普賢象は場内に10本と、比較的数の多い桜です。
室町時代から京都地方にある有名な桜で、花の中から葉化した二つの雌しべが突き出し先端が屈曲していて、その姿が普賢菩薩が乗る、象の鼻に似ているので、この名が付けられたそうです。
花は淡紅色で、開花が進むにつれ白色となり、花弁数は20~40枚です。
ちなみに造幣局のHPでは、場内の桜を分かりやすく解説されていますので、見て行くと様々な発見があります。
https://www.mint.go.jp/enjoy/toorinuke/osaka_list_of_cherry_blossom_index.html -
通り抜け会場には、会場でしか購入できないお土産や、貨幣セット等が販売されています。
なかでも有名なのが、「造幣せんべい」ですね。
これは神戸土産の定番の、瓦せんべいで有名なお店、明治6年創業の亀井堂總本店が製造しています。造幣博物館 美術館・博物館
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造幣局には、あまり知られていませんが、歴史的な建造物が結構残っています。
レンガ造り八角形の、古めかしい番所を持つ門は、造幣局の前身である造幣寮創設当時の正門で、国の重要文化財となっています。
また、旧正門内にある左右一対のガス燈は、創業当時「金・銀貨幣工場」前に設置されたものです。
2015年に国の史跡に指定されました。 -
1872年5月から行われた、明治天皇の近畿、中国地方行幸の際、当時、近代様式貨幣工場であった造幣局を視察の時、京都御所を出発し、造幣局の桟橋に上陸した場所にあったのがこの「欽明門」です。
当時は、現在地より北に約10mの地点にあったようです。
また「鉄柵」は、1868年 遠藤象二郎大阪府知事が、大阪城内に動物園を作るためにイギリスから輸入した鉄柵ですが、事業が中止になり、造幣寮の取り締まりに必要不可欠で、威厳保持のため譲り受けたいと懇願して、井上馨の口利きで建設中であった工場の周囲に張り巡らしたものです。 -
明治天皇が造幣局に行礼した際に、生け花としての白い藤を挿し木にしたのが現在の藤棚です。
樹齢100年の藤棚は見事ですね。 -
現在の正門の前にあった、大塩平八郎の乱で砲弾が当たって枯れた槐の跡の碑です。
また、役宅門と洗心洞跡は造幣局敷地内にありますが、見学については警備員に確認が必要のようです。
来年こそ、大川沿いの屋台が賑わい、マスクも無い晴れ晴れとした気持ちで、行列の中、桜を堪能したいですね。
今回、これまで。
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この旅行記へのコメント (2)
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- salsaladyさん 2022/07/17 10:59:00
- 造幣局の桜&白米(氏らよね)の稲荷さん~
- ☆大阪は夫の出身地なのに、詳しい事は判らず。。。
☆十数年前の長男の赴任で初めて造幣局前を散歩しました。(20代の彼は、折角映してくれた写真もろともカメラをどこかに置き忘れ~)
☆その後、関西へは何度も訪れながら、造幣局で日本中の桜を見られることをすっかり忘れたまま、現在神戸へ赴任中の長男を訪問したら布引植物園へ行ってみよう!と興味が変遷中~
☆大阪のお稲荷様にも「白米」の冠言葉が?能登を訪れた折、「白米千枚田」の読み方を知らず「コメは最初玄米だ❣」なんて下手な洒落を打ったつもりが~しろよね?
☆土地によって、勝手な読み方をする日本語はインバウンドにとって難しいよね!
- まつじゅんさん からの返信 2022/07/18 12:28:53
- Re: 造幣局の桜&白米(氏らよね)の稲荷さん~
- salsalady 様
いつも私の拙い忘備録へのご訪問、ありがとうございます。
本当に地名は、その土地独特の読み方やアクセントがありますね。
特に大阪は、馴染みがあるとそうは思わないのですが、難読な地名が多いと有名なようです。
まぁ、その土地で初めて調べて知ることも多いので、それが街歩きの魅力でもあると思います。
この齢になると、奥様と「あれなんだったけ。」という復習も多くなりましたが、頭の体操に良いと割り切って、色々街歩きを楽しんでみたいと思います。
COVID-19の第7波拡大が続きますが、いつもながらの行政の学習しない動きにとらわれずに、一人一人の自覚と基本的対策を確実に行い、夏バテとの闘いとあわせ、免疫確保していきたいと思います。
matujyunn
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