2022/05/24 - 2022/05/24
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ドクターキムルさん
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上総介広常(?~寿永2年12月20日(1184年2月3日))がこの地に屋敷を構えていたのは、朝夷奈切通が造られた仁治2年(1241年)よりも半世紀以上(57年)も前のことであり、鎌倉時代の初期から三郎の滝があったのかは不明である。もしかすると朝夷奈切通を掘削した際にその入口を流れる大刀洗川(、これも上総介広常が梶原景時(保延6年(1140年)?~正治年(1200年))に殺害された後に付いた川の名前であろう)を掘削して滝になった可能性も高いのかも知れない。大抵の鎌倉を流れる川は鎌倉石の川底がなだらかになっており、滝になっている場合は今泉不動の2つの滝ぐらいしかないからだ。
この三郎の滝から朝夷奈切通を100mも進んだ場所に熊野神社の裏山の尾根道に至る道の入り口がある。何と二階堂の東電変電所奥の切通と似ていることか。それ以上に切通の道路面の段々や横の小川の流れも瓜二つである。鎌倉時代には、小さな規模の土木工事をやって経験を積み、規模の大きな土木工事を行うために52年と半世紀も掛かっていることに歴史を感じてしまう。
このように、鎌倉の切通にはう回路が付随している。朝夷奈切通の東側にはこの熊野神社の裏山を通る尾根道と十二所果樹園を通る道とさらに逗子まで行くう回路があったのだ。しかし、西側にもあったはずであるが、今は鎌倉霊園の墓地となっており、その痕跡を辿ることは難しい。
(表紙写真は三郎の滝)
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史跡看板。
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道標。
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三郎の滝。
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三郎の滝。
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史跡碑。
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朝夷奈切通。
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朝夷奈切通を100mほど上るとある尾根道への入り口。
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朝夷奈切通を下って。
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朝夷奈切通の水の流れ。
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朝夷奈切通の水の流れ。
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朝夷奈切通。
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朝夷奈切通。
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大刀洗水。
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大刀洗水。
こんな場所に上総介を切った梶原景時が血糊が付いた太刀を洗ったと伝承されており、御所での出来事ではなく、上総介の館での出来事のように思える。十二所果樹園の辺りから500mもあるこの場所よりも三郎の滝から100mくらいの場所に館があったとする方が理解し易い。 -
「太刀洗水」。
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朝夷奈切通からの道。
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階段。鎌倉霊園に通じている。
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山の崖。
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十二所集落の庚申塚。
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十二所バス停脇のお地蔵さま(弘化5年(1848年)銘)。
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「鎌倉ものがたり」。
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