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2021年7月14日(土)6時前、稱名寺からさらに北に進むと古世親水公園に突き当たる。亀山城の外堀跡で、当時は家老屋敷や石高の高い上級武家屋敷が配置された三之丸と、中級や下級武家屋敷に商人町が配置された外町とをこの堀で分けていた。江戸後期の1793年の古地図によるとこの辺りには馬見所と騎射組が置かれた桜の馬場と記されており、馬廻り関係の藩士の居住区だった。<br /><br />西側の湧き水が噴き出す辺りはハナショウブが繁っており、ひと月ほど前には咲き乱れていたものと思われる。湧き水の水源は市街地の東側を横切って大堰川に注ぐ年谷川の伏流水。ハナショウブ畑の隣に建つ建物は野菜の洗い場。この湧き水は古くから飲料水や炊事、洗濯、洗い物といった生活用水にも利用されていた。<br /><br />洗い場の下流が1988年に整備された古世親水公園。上流からの豊かな湧き水が流れる深さ10㎝程度のきれいな小川を挟んで通路が造られ、外堀の石垣をイメージした宝伝石を使った護岸が北側に並ぶ市民の憩いの場となっている。下流部の川幅が広くなった部分には飛び石も置かれ、水遊びが出来るようになっており、夏には子どもの絶好の遊び場となっている。<br /><br />洗い場の西から少し北側、亀岡高校のグランドの南側には王地山稲荷大明神がある。江戸中期の1748年に丹波篠山の領主であった松平信岑(のぶみね)が、亀山藩へ転封される際に、篠山にあった稲荷大明神を亀山城にも勧請したことに始まる。五穀豊穣、商売繁盛、勝負に勝つなどのご利益がある。<br /><br />元々は、関ケ原の戦い直後の1601年に、常陸の土浦城主となった藤井松平信吉が、霊感を受けて妙長山本教寺を建立し、その鎮守として右手に剣を持ち、左手に玉を捧げ、白狐に乗った荼枳尼天王、すなわち神仏習合の姿、稲荷大明神として祀ったもの。信吉が1619年に篠山藩主として転封する際に、領国篠山の王地山に本教寺を移し、同時に鎮守であった稲荷大明神も遷座し、王地山稲荷大明神と呼ばれるようになった。<br /><br />このお稲荷さんは負け嫌い稲荷とも呼ばれている。江戸時代の話で、両国の回公院で毎年春と夏に将軍上覧の各藩対抗の相撲大会が開催されていたが、亀山藩の力士はいつも負けてばかりいた。がある時、連戦連勝で勝ち進んだ力士が現れた。藩主は慰労して褒美をつかわそうとしたが、その力士はこつ然と姿を消していた。その後この力士はこの王地山稲荷の化身であると分かり、絵馬や幟を奉納し、勝利の守護神として厚く信仰されるようになったそうだ(下の写真1)。同じ話が篠山の稲荷大明神にも伝わっているそうだ。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.7636235426446415&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />お稲荷さんから西に進むと、亀岡高校グランドのフェンスに説明板がある。前述の桜の馬場の記載があった古地図にはこの辺りは三の丸の南東部で城内側の御土居付近に土手丁として載っている。三の丸の武家地に当たり、藩士の武家屋敷が連なっていたようだ。<br /><br />以上で初めての亀岡散策を終了して、線路を越えて北側のサンガスタジアム by KYOCERAへ移動、サッカーのなでしこジャパンの東京オリンピック前最後の練習試合となるMS&ADカップ2021のオーストラリア代表戦を観戦した。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6010454472357860&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />以下、簡単にサンガスタジアム by KYOCERAについて触れる(下の写真1)。正式には京都府立京都スタジアムと云う球技専用競技場で京セラ(株)が開場時から10年間のネーミングライツを得ている。2020年1月に竣工式が行われ、2月9日にこけら落としのサッカープレシーズンマッチ、京都サンガ対sセレッソ大阪戦が開催された。<br /><br />京都では1995年から新スタジアムの建設が検討されたが具体化まで進まず、2006年に計画は白紙となった。2010年に改めて京都府が球技場新設の検討を開始、敷地の無償提供を条件に候補地を募ったところ、亀岡市、城陽市(木津川右岸)、舞鶴市(青葉山ろく公園)、京丹波町(園部)、京都市(横大路)が申し出たが、検討の結果2012年12月に亀岡市に決定。<br /><br />2013年から具体的な計画の立案がスタートし、2016年4月から着工予定となったが、天然記念物アユモドキの生息への影響が問題化し、計画は再検討となり、当初の建設予定地より300m南に変更され、2018年1月にようやく起工となった。位置がずれたことで亀岡駅北口にほぼ接するようになり、非常に便利になった。京都駅から快速に乗れば30分以内にスタンドまで入れる。<br /><br />そのスタンドは地上4階建てで高さ27.6m。収容人員は21.623人で、全ての観客席が屋根に覆われている。よほどの嵐じゃない限り雨に濡れることなく快適に観戦が出来る。全国津々浦々のスタジアムに行ったが、交通の至便性にしても、観戦のし易さにしても、トップクラスと云える。<br /><br />なお、スタジアムにはフィールドだけでなく、スポーツクライミング施設やVR/フィットネスゾーン、eスポーツゾーン、コワーキングゾーン、3x3バスケットボールコート、貸会議室、フードコートも備えられており、サッカーやラグビー、アメリカンフットボールなどのスポーツやライブイベント以外にも利用できるほか、保育園も開園している。<br /><br /><br />以上で、初めての亀岡散策の記終了

京都 亀岡 古世親水公園(Kose Water Park,Kameoka,Kyoto,JP)

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2021/07/14 - 2021/07/14

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旅行記グループ 亀岡

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年7月14日(土)6時前、稱名寺からさらに北に進むと古世親水公園に突き当たる。亀山城の外堀跡で、当時は家老屋敷や石高の高い上級武家屋敷が配置された三之丸と、中級や下級武家屋敷に商人町が配置された外町とをこの堀で分けていた。江戸後期の1793年の古地図によるとこの辺りには馬見所と騎射組が置かれた桜の馬場と記されており、馬廻り関係の藩士の居住区だった。

西側の湧き水が噴き出す辺りはハナショウブが繁っており、ひと月ほど前には咲き乱れていたものと思われる。湧き水の水源は市街地の東側を横切って大堰川に注ぐ年谷川の伏流水。ハナショウブ畑の隣に建つ建物は野菜の洗い場。この湧き水は古くから飲料水や炊事、洗濯、洗い物といった生活用水にも利用されていた。

洗い場の下流が1988年に整備された古世親水公園。上流からの豊かな湧き水が流れる深さ10㎝程度のきれいな小川を挟んで通路が造られ、外堀の石垣をイメージした宝伝石を使った護岸が北側に並ぶ市民の憩いの場となっている。下流部の川幅が広くなった部分には飛び石も置かれ、水遊びが出来るようになっており、夏には子どもの絶好の遊び場となっている。

洗い場の西から少し北側、亀岡高校のグランドの南側には王地山稲荷大明神がある。江戸中期の1748年に丹波篠山の領主であった松平信岑(のぶみね)が、亀山藩へ転封される際に、篠山にあった稲荷大明神を亀山城にも勧請したことに始まる。五穀豊穣、商売繁盛、勝負に勝つなどのご利益がある。

元々は、関ケ原の戦い直後の1601年に、常陸の土浦城主となった藤井松平信吉が、霊感を受けて妙長山本教寺を建立し、その鎮守として右手に剣を持ち、左手に玉を捧げ、白狐に乗った荼枳尼天王、すなわち神仏習合の姿、稲荷大明神として祀ったもの。信吉が1619年に篠山藩主として転封する際に、領国篠山の王地山に本教寺を移し、同時に鎮守であった稲荷大明神も遷座し、王地山稲荷大明神と呼ばれるようになった。

このお稲荷さんは負け嫌い稲荷とも呼ばれている。江戸時代の話で、両国の回公院で毎年春と夏に将軍上覧の各藩対抗の相撲大会が開催されていたが、亀山藩の力士はいつも負けてばかりいた。がある時、連戦連勝で勝ち進んだ力士が現れた。藩主は慰労して褒美をつかわそうとしたが、その力士はこつ然と姿を消していた。その後この力士はこの王地山稲荷の化身であると分かり、絵馬や幟を奉納し、勝利の守護神として厚く信仰されるようになったそうだ(下の写真1)。同じ話が篠山の稲荷大明神にも伝わっているそうだ。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.7636235426446415&type=1&l=223fe1adec

お稲荷さんから西に進むと、亀岡高校グランドのフェンスに説明板がある。前述の桜の馬場の記載があった古地図にはこの辺りは三の丸の南東部で城内側の御土居付近に土手丁として載っている。三の丸の武家地に当たり、藩士の武家屋敷が連なっていたようだ。

以上で初めての亀岡散策を終了して、線路を越えて北側のサンガスタジアム by KYOCERAへ移動、サッカーのなでしこジャパンの東京オリンピック前最後の練習試合となるMS&ADカップ2021のオーストラリア代表戦を観戦した。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6010454472357860&type=1&l=223fe1adec

以下、簡単にサンガスタジアム by KYOCERAについて触れる(下の写真1)。正式には京都府立京都スタジアムと云う球技専用競技場で京セラ(株)が開場時から10年間のネーミングライツを得ている。2020年1月に竣工式が行われ、2月9日にこけら落としのサッカープレシーズンマッチ、京都サンガ対sセレッソ大阪戦が開催された。

京都では1995年から新スタジアムの建設が検討されたが具体化まで進まず、2006年に計画は白紙となった。2010年に改めて京都府が球技場新設の検討を開始、敷地の無償提供を条件に候補地を募ったところ、亀岡市、城陽市(木津川右岸)、舞鶴市(青葉山ろく公園)、京丹波町(園部)、京都市(横大路)が申し出たが、検討の結果2012年12月に亀岡市に決定。

2013年から具体的な計画の立案がスタートし、2016年4月から着工予定となったが、天然記念物アユモドキの生息への影響が問題化し、計画は再検討となり、当初の建設予定地より300m南に変更され、2018年1月にようやく起工となった。位置がずれたことで亀岡駅北口にほぼ接するようになり、非常に便利になった。京都駅から快速に乗れば30分以内にスタンドまで入れる。

そのスタンドは地上4階建てで高さ27.6m。収容人員は21.623人で、全ての観客席が屋根に覆われている。よほどの嵐じゃない限り雨に濡れることなく快適に観戦が出来る。全国津々浦々のスタジアムに行ったが、交通の至便性にしても、観戦のし易さにしても、トップクラスと云える。

なお、スタジアムにはフィールドだけでなく、スポーツクライミング施設やVR/フィットネスゾーン、eスポーツゾーン、コワーキングゾーン、3x3バスケットボールコート、貸会議室、フードコートも備えられており、サッカーやラグビー、アメリカンフットボールなどのスポーツやライブイベント以外にも利用できるほか、保育園も開園している。


以上で、初めての亀岡散策の記終了

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  • 写真1 負け嫌い稲荷

    写真1 負け嫌い稲荷

  • 写真2 サンガスタジアム by KYOCERA

    写真2 サンガスタジアム by KYOCERA

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