2021/07/14 - 2021/07/14
356位(同エリア363件中)
ちふゆさん
2021年7月14日(土)5時過ぎ、観光案内所の本町カフェでお逢いしたボランティア観光ガイドの方、大学の先輩だったが、多分時間を過ぎているにも拘らず、もう少し案内して下さると云うの云うので、お言葉に甘えさせていただく。
車に同乗させていただいて向かったのは、城下町の南東部、惣堀と外堀の間に位置する西竪町。西竪町は旧山陰街道沿いに東竪町と並んでいる町で、「竪」は「堅」ではなく「たつ」と読むが「縦」と同じ意で「たて」とも読まれる。元々は亀岡町の元となった古世村の一部の古世竪町だった。
西竪町の旧山陰街道(京都府道402号王子並河線)の南側に小早川秀秋が城主の時、毎年米2石を寄進していた城下5ケ寺のうちの2つの寺が残っている。南北に走る交差道路の西側にあるのが宗堅寺。この寺は「堅」で「竪」ではない。旧藩主だった菅沼定芳が父の戒名から取って命名したもので、町名と漢字は似ているが無関係。
宗堅寺は曹洞宗の禅寺で、山号を幸雲山とし、福井県の永平寺と横浜鶴見の總持寺を大本山としている。元々は銀閣寺を建てたことで有名な室町幕府第8代義政が亡くなる直前の1489年に長徳寺として創建された。安土桃山時代末の藩主が小早川秀秋の時に、米二石の寄進を受けて亀山五箇寺の一つとなった。
江戸時代に入り、1621年に当時の亀山藩藩主大給松平成重が、夫人の久松寺殿椿岳宗寿大姉の菩提寺として改修して、久松寺と改称し、さらに1635年に新たに藩主となった菅沼定芳が、亡き父親の菅沼定盈の菩提寺として改修し、その戒名の勝徳院殿翁宗堅大居士から宗堅寺と改称した。その後、明治時代初期の大火により、寺宝や古文書のほとんどを焼失し、創建当寺の開山・開基などが不詳となった。
ご本尊は、聖観世音菩薩立像で本堂に置かれており、棟続きの客殿には京都醍醐の法界寺のものと同木同作と伝えられる薬師如来坐像がある。また、山門左脇の観音堂宝物庫には、小池から浮かび出たと伝わることから小池観音とも云われ、諸病に霊験あらたかな観音様として知られる府指定文化財の木造如意輪観世音菩薩座像(鎌倉時代1298年の作)が祀られている。これらは通常非公開。
聖隣寺の山門と道路を挟んだ西側に、「曹洞宗 宗堅寺」の寺標と「奥平小太郎墓」の石標、「宗堅寺辻子(づし)」の駒札が並んで建つ(表紙写真)。ここから奥の山門までの小路を宗堅寺辻子と呼ぶらしい。辻子の両サイドには佛日増輝と法輪常転と刻まれた石碑が建つ(下の写真1)。
山門を抜けると正面の岩の上に持経観音菩薩像が建つ。1985年に建立されたもの。経観音は三十三観音の一人。奥右手が本堂で、正面奥に本堂に続く客殿がある。山門左手に観音堂宝物庫があり、その隣には無縁仏となった墓碑などを集合させた無縁塔がある(下の写真2)。
その前を南に進むと突き当り道は再び西に続くが、敷地の南側に高く続くのが御土居。亀山城の南側の城下町を防御するために惣堀を造った時に、掘り出した土をその内側に積み上げたもので市の指定史跡となっている。
関ケ原の後の1602年に豊臣秀吉の代官であった北条氏勝が造営したもの。御土居と惣堀の内側にはこの寺のような寺院が配され、有事の際には前線として兵を駐留させる場所としていた。城の北側は低湿地が広がり、保津川や雑水川が天然の要害となることで、内堀だけが設けらたが、南側は開けていたため、内堀、外堀に加えて城下町を含めた防御の三重目としての惣堀が築かれ、惣構の形式になった。
御土居は登れるところがあり、惣堀を見ることが出来るが、今は小さな水路しか残っていない(下の写真3)。御土居の内側は墓地となっているが、高くなった部分にも墓や五輪塔が並んでいる。そのうちの一つが1634年に藩主となった菅沼定芳とその息子の定昭の墓。
菅沼定芳は安土桃山時代の1587年に生まれ、家康から秀忠に仕え、伊勢長島藩主から近江膳所藩主を経て丹波亀山藩の藩主を務めた。1643年に享年57歳でこの世を去り、息子の定昭が後を継いだが、定昭は4年後に23歳で亡くなり、松平(藤井)家に引き継がれた。近くには殉死した3名の家臣と乳母の墓も残っている(下の写真4)。
墓地には奥平小太郎や日本三家老に数えられた奥平与三衛門の墓がある。奥平小太郎は尊王攘夷に傾倒し、水戸を訪れ勤王の志士とも親交を持ったことから、安政の大獄に連座し幽閉され、27歳で獄死した。
また、江戸時代に仇討「元禄曽我」道中亀山噺で有名な浄瑠璃や歌舞伎で人気を博した石井熊之丞(源蔵)の墓もある。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.7581304585272833&type=1&l=223fe1adec
ガイドさんに案内されなければ全くノーマークだったお寺。先輩に感謝です。
続いて聖隣寺へ向かうが、続く
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