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冬旅: 昨年末の計画に基づき、湯島聖堂周辺に行ってきました。孔子の霊廟です。<br /><br />湯島聖堂は、もと上野忍ヶ岡にあった幕府儒臣・林羅山の邸内に設けられた孔子廟(先聖殿)を、五代将軍綱吉がここに移し、先聖殿を大成殿と改称して孔子廟の規模を拡大・整頓し、官学の府としたのが始まりです。<br />大成殿と附属の建造物を総称して「聖堂」と呼ぶようになったそうです。<br /><br />徳川家斉の時期に「昌平坂学問所」を開設、官学のとして役割を担うようになりました。<br />かつて中国明朝の遺臣であった朱舜水が、水戸徳川光圀のために製作した孔子廟の模型が参考にされたようです。<br /><br />現在の湯島聖堂は、関東大震災後、再建されたものです。<br /><br />湯島聖堂は、朱子学の聖堂であり、歴史を学ぶものとして、大変興味深い場所です。<br />有意義な旅行となりました。

冬旅: 昨年末の冬旅の計画に基づき、湯島聖堂周辺に行ってきました。孔子の霊廟です。

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2022/01/08 - 2022/01/08

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さいたまさん

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冬旅: 昨年末の計画に基づき、湯島聖堂周辺に行ってきました。孔子の霊廟です。

湯島聖堂は、もと上野忍ヶ岡にあった幕府儒臣・林羅山の邸内に設けられた孔子廟(先聖殿)を、五代将軍綱吉がここに移し、先聖殿を大成殿と改称して孔子廟の規模を拡大・整頓し、官学の府としたのが始まりです。
大成殿と附属の建造物を総称して「聖堂」と呼ぶようになったそうです。

徳川家斉の時期に「昌平坂学問所」を開設、官学のとして役割を担うようになりました。
かつて中国明朝の遺臣であった朱舜水が、水戸徳川光圀のために製作した孔子廟の模型が参考にされたようです。

現在の湯島聖堂は、関東大震災後、再建されたものです。

湯島聖堂は、朱子学の聖堂であり、歴史を学ぶものとして、大変興味深い場所です。
有意義な旅行となりました。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
同行者
一人旅
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 何回か訪れている湯島聖堂ですが、今回は、地下鉄千代田線の新御茶ノ水駅を利用しました。<br /><br />JR御茶ノ水駅の南側の駅です。<br /><br />

    何回か訪れている湯島聖堂ですが、今回は、地下鉄千代田線の新御茶ノ水駅を利用しました。

    JR御茶ノ水駅の南側の駅です。

    新御茶ノ水駅

  • 湯島聖堂は、神田川の北側にあります。<br /><br />湯島聖堂の北側には、湯島天神があります。

    湯島聖堂は、神田川の北側にあります。

    湯島聖堂の北側には、湯島天神があります。

    神田川 (東京都) 自然・景勝地

  • 新御茶ノ水駅を出ると、御茶ノ水ソラシティ―が連接されています。<br /><br />便利な位置関係です。

    新御茶ノ水駅を出ると、御茶ノ水ソラシティ―が連接されています。

    便利な位置関係です。

    御茶ノ水ソラシティ 名所・史跡

  • 地下鉄新御茶ノ水駅から、御茶ノ水ソラシティ―に上がります。<br /><br />JR御茶ノ水駅の上を越えつつ、本郷通りを北に進みます。<br /><br />聖橋を渡ると、相生坂に至ります。

    地下鉄新御茶ノ水駅から、御茶ノ水ソラシティ―に上がります。

    JR御茶ノ水駅の上を越えつつ、本郷通りを北に進みます。

    聖橋を渡ると、相生坂に至ります。

    相生坂 名所・史跡

  • 神田川の北側は、湯島地区になります。<br /><br />湯島は、江戸時代から続く由緒のある地域になります。<br /><br />湯島聖堂の北側には、湯島坂と呼ばれている国道17号線が走っています。

    神田川の北側は、湯島地区になります。

    湯島は、江戸時代から続く由緒のある地域になります。

    湯島聖堂の北側には、湯島坂と呼ばれている国道17号線が走っています。

  • 聖橋の手前には、淡路坂があります。<br /><br />この地域は、北から南に台地が続いていた関係で、坂が多いです。

    聖橋の手前には、淡路坂があります。

    この地域は、北から南に台地が続いていた関係で、坂が多いです。

    淡路坂 名所・史跡

  • 一口太田姫神社の素朴な解説板です。<br /><br />一口と書いて、いもあらいと読むようです。<br /><br />太田姫神社の本宮とあります。<br /><br />現在、太田姫神社は、半蔵門

    一口太田姫神社の素朴な解説板です。

    一口と書いて、いもあらいと読むようです。

    太田姫神社の本宮とあります。

    現在、太田姫神社は、半蔵門

    太田姫稲荷神社 寺・神社・教会

  • 聖橋の銘板です。<br /><br />聖橋は、JRの御茶ノ水駅と神田川の上に架けられています。

    聖橋の銘板です。

    聖橋は、JRの御茶ノ水駅と神田川の上に架けられています。

    聖橋 名所・史跡

  • 聖橋の様子です。<br /><br />本郷通りが、左側に見えます。<br /><br />橋の向こうには、東京医科歯科大学の茶色い建物が見えます。

    聖橋の様子です。

    本郷通りが、左側に見えます。

    橋の向こうには、東京医科歯科大学の茶色い建物が見えます。

    東京医科歯科大学 名所・史跡

  • 聖橋の上から総武中央線を見ています。<br /><br />御茶ノ水駅のホームが見えます。

    聖橋の上から総武中央線を見ています。

    御茶ノ水駅のホームが見えます。

    御茶ノ水駅

  • 聖堂と刻されている標石です。<br /><br />湯島聖堂の入口の西側にあります。

    聖堂と刻されている標石です。

    湯島聖堂の入口の西側にあります。

  • 湯島聖堂の東側の入口の建物です。<br /><br />大きな標石柱が見えます。

    湯島聖堂の東側の入口の建物です。

    大きな標石柱が見えます。

  • 史蹟 湯島聖堂と刻されている大きな標石柱です。<br /><br />江戸時代の創建以来の標石柱かもしれません。

    史蹟 湯島聖堂と刻されている大きな標石柱です。

    江戸時代の創建以来の標石柱かもしれません。

    湯島聖堂 寺・神社・教会

  • 湯島聖堂の標石柱の側面を確認しました。<br /><br />史跡名勝天然記念物保存法により大正十一年内務大臣指定とあります。

    湯島聖堂の標石柱の側面を確認しました。

    史跡名勝天然記念物保存法により大正十一年内務大臣指定とあります。

  • 湯島聖堂の東側の建物です。<br /><br />立派な建物です。

    湯島聖堂の東側の建物です。

    立派な建物です。

  • 湯島聖堂の東側の建物の正面入口を見ています。<br /><br />斯文会館という名称です。<br /><br />表札から見ると、本部事務室に使用しているようです。

    湯島聖堂の東側の建物の正面入口を見ています。

    斯文会館という名称です。

    表札から見ると、本部事務室に使用しているようです。

  • 湯島聖堂に関する解説板です。<br /><br />由緒等について解説しています。

    湯島聖堂に関する解説板です。

    由緒等について解説しています。

  • 施設等について記載されている案内図です。<br /><br />建物としては、大きな建物が、2棟あります。

    施設等について記載されている案内図です。

    建物としては、大きな建物が、2棟あります。

  • 湯島聖堂の標石柱の横には、大きな門があります。<br /><br />仰高門です。<br /><br />仰高門の前面には、石段があります。

    湯島聖堂の標石柱の横には、大きな門があります。

    仰高門です。

    仰高門の前面には、石段があります。

  • 仰高門と孔子の銅像への案内板です。<br /><br />入徳門、杏壇門、大成殿へも仰高門を潜って行きます。

    仰高門と孔子の銅像への案内板です。

    入徳門、杏壇門、大成殿へも仰高門を潜って行きます。

  • 仰高門を斯文会館から見ています。<br /><br />立派な門です。

    仰高門を斯文会館から見ています。

    立派な門です。

  • 仰高門と仰高門の扉が見えます。<br /><br />仰高門の奥に斯文会館が映っています。<br /><br />

    仰高門と仰高門の扉が見えます。

    仰高門の奥に斯文会館が映っています。

  • 仰高門の奥の様子です。<br /><br />門の上部に額が掲げられています。扁額と言うそうです。<br /><br />石畳の道と緑の樹木が印象的です。

    仰高門の奥の様子です。

    門の上部に額が掲げられています。扁額と言うそうです。

    石畳の道と緑の樹木が印象的です。

  • 仰高門の扁額です。<br /><br />仰高とあります。高は、梯子の高です。

    仰高門の扁額です。

    仰高とあります。高は、梯子の高です。

  • 仰高門を潜った場所の様子です。<br /><br />斯文会館の西側が映っています。

    仰高門を潜った場所の様子です。

    斯文会館の西側が映っています。

  • 石畳の道を進むと、孔子の銅像への小路があります。<br /><br />小路の奥に、孔子の銅像があります。<br /><br />大きな銅像です。

    石畳の道を進むと、孔子の銅像への小路があります。

    小路の奥に、孔子の銅像があります。

    大きな銅像です。

  • 孔子の銅像を見上げている写真です。<br /><br />高さ4.57メートル、重量約1.5トンとのことです。<br /><br />孔子の銅像としては、世界最大とのこと。

    孔子の銅像を見上げている写真です。

    高さ4.57メートル、重量約1.5トンとのことです。

    孔子の銅像としては、世界最大とのこと。

  • 孔子の銅像を、斯文会館側の方向から斜めに見ています。<br /><br />昭和50年(1975)中華民国台北市 ライオンズ・クラブから寄贈されたとのこと。

    孔子の銅像を、斯文会館側の方向から斜めに見ています。

    昭和50年(1975)中華民国台北市 ライオンズ・クラブから寄贈されたとのこと。

  • 孔子の銅像の傍に、孔子の銅像についての解説板があります。<br /><br />仔細にわたり記載されています。

    孔子の銅像の傍に、孔子の銅像についての解説板があります。

    仔細にわたり記載されています。

  • 孔子銅像建立の記の石碑です。<br /><br />漢字と仮名文字交じりの文章で、読み応えのある石碑です。

    孔子銅像建立の記の石碑です。

    漢字と仮名文字交じりの文章で、読み応えのある石碑です。

  • 孔子の銅像の傍には、「有教無類」と記された書があります。<br /><br />論語の一節だそうですが、まず第一に、孔子のお教えがあり、人間の価値には、善も悪もないとの趣旨だそうです。<br />人間の間には違いは無い、教育の違いだけであるとのお教えだそうです。

    孔子の銅像の傍には、「有教無類」と記された書があります。

    論語の一節だそうですが、まず第一に、孔子のお教えがあり、人間の価値には、善も悪もないとの趣旨だそうです。
    人間の間には違いは無い、教育の違いだけであるとのお教えだそうです。

  • 孔子の銅像の入口には、「かいのき」との標示のある樹が植えられています。<br /><br />楷の樹は、曲阜にある孔子の墓所に植えられている名木だそうです。

    孔子の銅像の入口には、「かいのき」との標示のある樹が植えられています。

    楷の樹は、曲阜にある孔子の墓所に植えられている名木だそうです。

  • 楷の樹の傍に立てられている楷樹の由来の解説板です。<br /><br />孔子関連の施設の周囲には、楷の樹が植えられていることが多いそうです。<br /><br />楷書の起源についても理解できました。

    楷の樹の傍に立てられている楷樹の由来の解説板です。

    孔子関連の施設の周囲には、楷の樹が植えられていることが多いそうです。

    楷書の起源についても理解できました。

  • 湯島聖堂の敷地内の道を西に進むと、階段を背にした門に至ります。<br /><br />入徳門です。

    湯島聖堂の敷地内の道を西に進むと、階段を背にした門に至ります。

    入徳門です。

  • 入徳門です。<br /><br />入徳門と北側にある石段が映っています。

    入徳門です。

    入徳門と北側にある石段が映っています。

  • 入徳門の扁額です。<br /><br />背景の階段と、階段の上にある建物が見えます。

    入徳門の扁額です。

    背景の階段と、階段の上にある建物が見えます。

  • 入徳門を西側の方向から斜めに見ています。<br /><br />屋根の構造が見えます。

    入徳門を西側の方向から斜めに見ています。

    屋根の構造が見えます。

  • 入徳門を階段の方向から見ています。<br /><br />入徳門の裏側にあたる部分です。

    入徳門を階段の方向から見ています。

    入徳門の裏側にあたる部分です。

  • 入徳門の北側にある石の階段を少し上った位置から、入徳門を見ています。<br /><br />入徳門を南側に見ている方向です。

    入徳門の北側にある石の階段を少し上った位置から、入徳門を見ています。

    入徳門を南側に見ている方向です。

  • 石の階段の中間付近から、北に向いて、階段と北側の建物を見ている写真です。<br /><br />階段と門があり、更に奥に建物が見えます。

    石の階段の中間付近から、北に向いて、階段と北側の建物を見ている写真です。

    階段と門があり、更に奥に建物が見えます。

  • 入徳門の北側の建物に係る配置図です。<br /><br />石の階段の上には杏壇門があります。

    入徳門の北側の建物に係る配置図です。

    石の階段の上には杏壇門があります。

  • 杏壇門と前面の階段が見えます。<br /><br />杏壇門の上部には、うっすらと「杏壇」という扁額が見えます。

    杏壇門と前面の階段が見えます。

    杏壇門の上部には、うっすらと「杏壇」という扁額が見えます。

  • 近寄ってみると、杏壇門の上部に、「杏壇」の扁額が見えます。<br /><br />杏壇門の奥には、大成殿が見えます。

    近寄ってみると、杏壇門の上部に、「杏壇」の扁額が見えます。

    杏壇門の奥には、大成殿が見えます。

  • 杏壇門の上部に掲げられた杏壇の扁額です。<br /><br />杏壇門は、大成殿の手前にあります。<br />

    杏壇門の上部に掲げられた杏壇の扁額です。

    杏壇門は、大成殿の手前にあります。

  • 杏壇門の奥に大成殿が映っています。<br /><br />杏壇門と大成殿の位置関係が解ります。

    杏壇門の奥に大成殿が映っています。

    杏壇門と大成殿の位置関係が解ります。

  • 杏壇門を、西側の斜め方向から見ています。<br /><br />東京医科歯科大学側からの方向です。

    杏壇門を、西側の斜め方向から見ています。

    東京医科歯科大学側からの方向です。

  • 杏壇門を、東側の斜め方向から見ています。<br /><br />斯文会館側からの方向です。

    杏壇門を、東側の斜め方向から見ています。

    斯文会館側からの方向です。

  • 杏壇門を潜って進むと、大成殿の全容が見えます。<br /><br />湯島聖堂の中心的な建物です。<br /><br />大成とは、孔子廟の正殿の名称だそうです。<br /><br />

    杏壇門を潜って進むと、大成殿の全容が見えます。

    湯島聖堂の中心的な建物です。

    大成とは、孔子廟の正殿の名称だそうです。

  • 大成殿の中央上部に、大成殿の扁額が掲げられています。<br /><br />大成殿は、高さ14.6メートルの大きな構造です。<br /><br />入母屋造りになっています。

    大成殿の中央上部に、大成殿の扁額が掲げられています。

    大成殿は、高さ14.6メートルの大きな構造です。

    入母屋造りになっています。

  • 大成殿の扁額です。<br /><br />他の門は、横書きですが、大成殿の扁額は、縦書きです。

    大成殿の扁額です。

    他の門は、横書きですが、大成殿の扁額は、縦書きです。

  • 大成殿の西側です。<br /><br />案内図には、西回廊と表示されています。

    大成殿の西側です。

    案内図には、西回廊と表示されています。

  • 大成殿と大成殿から東側の回廊への連接部分です。<br /><br />背景には、緑の樹々が見えます。

    大成殿と大成殿から東側の回廊への連接部分です。

    背景には、緑の樹々が見えます。

  • 大成殿の東側です。<br /><br />案内図には、西回廊と表示されています。

    大成殿の東側です。

    案内図には、西回廊と表示されています。

  • 杏壇門を、大成殿の方向から見ています。<br /><br />杏壇門の先には、入徳門の屋根部分が見えます。

    杏壇門を、大成殿の方向から見ています。

    杏壇門の先には、入徳門の屋根部分が見えます。

  • 杏壇門の壁の絵です。<br /><br />杏壇門の壁の絵には、江戸時代の湯島聖堂の様子でしょうか、建物、林、田園そして<br />道路が描かれています。<br /><br />江戸時代の環境を描いているものと推察されます。

    杏壇門の壁の絵です。

    杏壇門の壁の絵には、江戸時代の湯島聖堂の様子でしょうか、建物、林、田園そして
    道路が描かれています。

    江戸時代の環境を描いているものと推察されます。

  • 杏壇門の壁の絵です。<br /><br />杏壇門の壁の絵と現在の湯島聖堂とは、異なっているようです。<br /><br />関東大震災により罹災した湯島聖堂は、入徳門・水屋を残し全て焼失したそうですので、再建された湯島聖堂とは、異なっていておかしくは無いのかもしれません。

    杏壇門の壁の絵です。

    杏壇門の壁の絵と現在の湯島聖堂とは、異なっているようです。

    関東大震災により罹災した湯島聖堂は、入徳門・水屋を残し全て焼失したそうですので、再建された湯島聖堂とは、異なっていておかしくは無いのかもしれません。

  • 湯島聖堂の南側には、相生坂があります。<br /><br />写真は、相生坂と昌平坂の交差している付近の様子を映しています。<br /><br />石垣の角に、昌平坂の標識があります。

    湯島聖堂の南側には、相生坂があります。

    写真は、相生坂と昌平坂の交差している付近の様子を映しています。

    石垣の角に、昌平坂の標識があります。

    昌平坂 名所・史跡

  • 古跡 昌平坂の標石柱です。<br /><br />昌平坂の南側にあります。

    古跡 昌平坂の標石柱です。

    昌平坂の南側にあります。

  • 湯島聖堂周辺の道路の地図です。<br /><br />湯島聖堂の東側に昌平坂の記載があります。

    湯島聖堂周辺の道路の地図です。

    湯島聖堂の東側に昌平坂の記載があります。

  • 相生坂の解説板です。<br /><br />昌平坂の文字も見えます。

    相生坂の解説板です。

    昌平坂の文字も見えます。

    相生坂 名所・史跡

  • 昌平坂の坂と解説板の様子です。<br /><br />昌平坂の解説板は、昌平坂の上がった場所に立てられています。

    昌平坂の坂と解説板の様子です。

    昌平坂の解説板は、昌平坂の上がった場所に立てられています。

  • 昌平坂の解説板です。<br /><br />文京区の教育委員会の解説です。

    昌平坂の解説板です。

    文京区の教育委員会の解説です。

    昌平坂 名所・史跡

  • 昌平坂の様子です。<br /><br />写真左側の石垣部分は、湯島聖堂です。

    昌平坂の様子です。

    写真左側の石垣部分は、湯島聖堂です。

  • 昌平坂を上がりきると、神田明神に行くことができます。<br /><br />神田明神の中に、神田神社が入っています。

    昌平坂を上がりきると、神田明神に行くことができます。

    神田明神の中に、神田神社が入っています。

    神田神社(神田明神) 寺・神社・教会

  • 神田明神の入口の随神門です。<br /><br />神田明神の随神門の奥に、神田明神の明神会館があります。

    神田明神の入口の随神門です。

    神田明神の随神門の奥に、神田明神の明神会館があります。

    神田明神 明神会館 グルメ・レストラン

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