2026/01/27 - 2026/01/27
864位(同エリア889件中)
杏仁豆腐さん
九段のkudan houseを会場とする展覧会とアートフェアで構成される「CURATION FAIR Tokyo」。その展覧会パート「美しさ、あいまいさ、時と場合に依る」に行きました。
川端康成と大江健三郎によるノーベル文学賞受賞講演を起点に、日本の近現代史と美術の関係を多層的に読み解く試みとなっており、2024年から続いてきたシリーズの最終章です。展覧会は李朝白磁、明治・戦後美術、現代作家による新作など、時代やジャンルを横断する複数のパートで構成されています。
普段は一般非公開の登録有形文化財で行われたイベントは、とても貴重な機会でした。
東京大神宮、しょうけい館にも寄り、九段・神保町を楽しく散策しました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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東西線飯田橋駅で下車
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東京大神宮を参拝します。
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東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建されました。
最初日比谷の地に鎮座していたことから、世に「日比谷大神宮」と称されていました。関東大震災後の昭和3年に現在地に移ってからは「飯田橋大神宮」と呼ばれ、戦後は社名を「東京大神宮」と改めました。 -
花手水
新春【結びの煌き花手水】~結びの光~ -
東京大神宮は「東京のお伊勢さま」と呼ばれています。
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境内社として奉斎されている稲荷神社。
稲荷大神と大地主大神を祀っています。
九代目市川団十郎丈が篤い信仰を寄せていたことから芸能にゆかりの深い神社とされています。 -
天照皇大神・豊受大神を主祭神とします。
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千木(ちぎ)です。千木とは、社殿の屋根にあるV字状にのびた2本の板木のことをいいます。古代の建築様式を今に伝える、神社特有の様式です。
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縁結びの神社として、若い女性を中心に多くの参拝者が来ていました。
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女性がとても多いです。
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隣接するマツヤサロンのロビーを彩る花木
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天気も良く、境内は若い女性たちが目立ちました。
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東京大神宮の近くにある、ISEMISE(イセミセ)(伊勢市アンテナショップ)。
2024年6月にオープンした東京大神宮が公認する伊勢のセレクトショップです。 -
おいしい つぶあん を購入。
毎年10月末から11月に収穫された北海道十勝産小豆の新物だけを使用しているそうです。小豆の中でもグレードが高く粒が大きくそろっています。新物を使うため皮もやわらかく、小豆本来の風味を味わえます。 水は日本一の清流にも選ばれた、伊勢市を流れる宮川の伏流水をふんだんに使用 しています。
甘さがのこらず、さっぱりとした味です。厚切りトーストにのせていただきました。 -
二合半坂を上ります。
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暁星小学校
「困苦と欠乏に耐え、進んで鍛錬の道を選ぶ、気力のある少年以外はこの門をくぐってはならない」 -
二合半坂
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暁星小学校の校舎
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江戸時代、この坂の上からは日光山の半分を眺めることができました。富士山の高さを一合~十合と数えますが、この坂から見える日光山は富士山の約半分、すなわち五合の高さでした。五合の日光山のさらに半分で、二合半坂と名付けられたといわれています。江戸時代はこの坂の両側には旗本屋敷が建ち並んでいましたが、明治時代には、坂の東側に英語教育課として知られる神田乃武の邸宅が、西側には和洋裁縫女学校(現在の和洋女子大学)がありました。
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和洋九段女子高校
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暁星中学・高校
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九段ハウス(旧山口萬吉邸)
【登録有形文化財】1927(昭和2)年
小間物商で財を成した山口家5代目山口萬吉の私邸として建てられた鉄筋コンクリート造3階建地下1階のスパニッシュ様式の洋館。 -
普段は一般非公開の登録有形文化財になっています。
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1月23日(金)から2月15日(日)まで、アートイベント「CURATION?FAIR Tokyo」が開催されています。展覧会(1/23-2/8)とアートフェア(2/13-2/15)の2部構成となっています。
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クラシカルルームのライト
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庭に面しています。
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川端康成《有由有縁》
有由有縁(ゆうゆゆうえん)」は、川端康成が好んで揮毫した言葉で、全ての出会いや物事の関わりには、必然的な理由や縁があるという意味dasoudesu. -
ポーチには、絵画が並んでいます。
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凝った作りです。
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新聞配達の少年
本郷新 -
バルザックのモデルたりし男
柳原義達 -
1階の廊下
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大広間
暖炉の上にあるのは、シャルトル風景。
野口弥太郎 -
大広間には、資料などの本がテーブルに並んでいます。
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1階の階段付近
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2階への階段
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階段を2階から見下ろします。
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2階談話室1です。
テーブルには白磁器が陳列されています。 -
窓の下には、画用紙(レースカーテン)
本山ゆかり
アクリル板にアクリル絵の具 -
壁には、李朝白磁器と
Untitled
伊庭靖子
油彩 -
2階の廊下
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談話室2
李朝白磁壺
Untitled
伊庭靖子
油彩 -
李朝白磁
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雰囲気のある照明
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テラス
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談話室3
李朝白磁壺 -
李朝白磁
リング状の白磁は、水滴
座って鑑賞できます。 -
3階への階段
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3階には、大江健三郎の「死者への奢り」自筆原稿(複製)があります。
これは、撮影禁止でした。
画像は、「死者への奢り・飼育」カバー絵
山下菊二
こちらは撮影OKでした。 -
地下室に来ました。
地下空間では、五月女哲平による抽象絵画が展示されています。 -
薄暗い地下空間。光と影。
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窓と油彩の作品が印象的に並びます。
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椅子が用意されていて、独特な空間で鑑賞できます。
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地下室の廊下
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一階への階段
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照明も雰囲気を演出しています。
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建物内の見学を終え、庭に出ました。
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外から見ると、また異なる視点で建物を感じることができます。
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建物は、1927年(昭和2年)に実業家・山口萬吉の邸宅として完成しました。
東京タワーの構造設計者・内藤多仲が構造設計、スパニッシュ風の意匠設計は木子七郎、今井健次が担当。 -
東急電鉄、東邦レオ、竹中工務店の三社の共同事業となった2018年のリノベーションでは竹中工務店が設計を担当し、2020年の日本建築学会作品選集新人賞を受賞されています。
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作庭を手掛けたのは京都・いのはな夢創園の猪鼻一帆。
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庭園を隈なく歩いてみます。
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都心の緑の空間
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冬の風景です。
1月の庭園も青空の下では、いいものです。 -
庭園は、高い建物で囲まれています。
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玄関ポーチから庭への入り口の敷石
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受付のすぐ脇にある「ガレージ」の中。
香月泰男《業火》(1969) -
明治期の浮世絵師・小林清親の木版画《平壌攻撃電気使用之図》(1894)
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曽根裕《Movie Theater》(2017)
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kudan houseを後にします。
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普段は入れない建物での、貴重な体験となりました。
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中坂を下ります。
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江戸時代初期に徳川家康が視察に来た時、付近の農民である飯田喜兵衛が案内役を務め、それ以降喜兵衛が名主となったことから、この地域を飯田町と呼ぶようになりました。元禄10年(1697年)の大火の後、付近の武家屋敷が移転した際、新たにこの坂が作られ、飯田坂と呼ばれるようになりました。その後、南にある九段坂と北にある冬青木坂の中間に位置することから中坂といわれるようになりました。現在では九段坂(靖国通り)が交通の中心ですが、江戸時代には中坂が重要な交通路であり、多数の商店が軒を並べていました。また、神田祭の山車などはみな、この中坂を通りました。
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築土神社(つくどじんじゃ)に来ました。
創建時の祭神・平将門に因み、武勇長久の神社として親しまれています。日本武道館の氏神です。 -
手水舎
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安永九年(1780年)銘の狛犬
千代田区内では現存最古の狛犬。平成8年千代田区有形民俗文化財に指定。 -
築土神社は天慶3年(940)、平将門公の首を首桶に納めて持ち去り、上平川村津久戸の観音堂に祀って津久戸明神と称し創建されたそうです。
文明10年(1478)、太田道灌が江戸城の北西に社殿を造営し、太田家の守護神・江戸城の鎮守神となりました。天文21年(1552)に田安郷に移転し、田安明神と称し、江戸三社の一つに数えられたこともありました。 -
社務所・参集殿の横を奥へと進むと世継稲荷神社があります。
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天正18年(1590)、2代将軍徳川秀忠が参詣した際、橙の木があるのを見て「代々世を継ぎ栄える宮」と称賛したことから世継稲荷と称されるようになったそうです。
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冬青木坂(もちのきざか)です。
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1697年(元禄10年)の大火後、この坂より北側には武家屋敷が広がり、南側には元飯田町がありました。坂の途中にあった武家屋敷に植えられていた古木が、モチノキであるということから名付けられました。明治時代、坂上の東角には、JR中央線の前身である甲武鉄道の建設に力を尽くし、社長を務めた実業家雨宮啓次郎の邸宅がありました。
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しょうけい館(戦傷病者史料館)に来ました。
厚生労働省が戦傷病者等の援護施策の一環として、戦傷病者等が体験した戦中・戦後の労苦を後世に語り継ぐ施設として平成18年3月に開館した国の施設です。 -
常設展示室では、戦地で受傷した時、身につけていた実物や、医療・更生などの様々な資料、写真、映像、体験記などで構成し、ある兵士の足跡を辿る形で、入営から戦場での受傷、戦地医療、内地での療養、社会復帰、そして現在まで、その折々に体験された戦傷病者の労苦が展示されています。
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戦傷病者の証言を映像で視聴できるシアターなどの施設もあり、戦傷病者の労苦を聴くことができます。
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受け継ぎ、語り継ぐという意味の「承継」という言葉があります。 戦傷病者とそのご家族等の労苦を知り、語り継ぐという趣旨からこの言葉を館名にしたそうです。
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無料で見ることが出来ます。
貴重な資料も多く、見ることが出来てよかったです。 -
受付でいただいた、「戦傷病者とその家族の体験記」
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神保町にある、加賀藩御用菓子司 森八に来ました。
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金沢にて寛永2年の創業です。
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わたびもちを購入。
希少な国産本わらび粉をじっくり練り上げ、もっちりと弾むコシと澄んだ甘みを凝縮してあります。 -
しば舟も購入。
しばつみふねを表した姿は古くから加賀の名物として親しまれています。ピリッときいた生姜砂糖の味のせんべい。 -
ミロンガ ヌオーバでランチです。
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アルゼンチン・タンゴが流れる神保町の老舗喫茶です。
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1953年(昭和28年)に創業以来、神保町で愛され続ける喫茶店。
アルゼンチン・タンゴの情熱的な音楽と共に芳醇な香りの珈琲や、世界のビールを楽しめます。
カップスープが付きます。 -
スパイシードライカレー(中辛)をいただきました。
ドライカレーを食べるのも、久しぶりです。目玉焼き上の乗っています。 -
食後は、ミロンガブレンド。
音楽を聴きながら、珈琲を味わいます。 -
ミロンガヌオーバのコースター
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笹巻けぬきすし総本店に来ました。
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創業元禄15年。旬の素材にこだわり、伝統に守られた技による、江戸時代より変わらぬ味です。
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神保町に来ると、よく寄ります。
新しい店に移り変わる中、昔の風景を残ります。 -
笹巻ずしは名前の通り笹で巻いたすしです。
昔は冷蔵庫もなかったので、ともかく"もたせる"ことが大切と塩や酢を多く用いました。今では塩も酢も控えめになっています。 -
7個入りです。
七色のたねは、たい、おぼろ、卵、のり、光り物、白身魚で、光り物と白身魚が季節により違っています。
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