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長崎食べ歩き<br />12月20日<br /> コロナが少し中休みしている間に、ちょこっと食べ歩きをしようと思いたち、12月10日に、Jet starのサイトを検索し、長崎往復に安い運賃組み合わせを見つけたので、行先を長崎とし、Booking comで長崎の宿を探したら、素泊まりで「APAホテル」(「 」つきの固有名詞は、すべて検索可能)があったので、12月20~23日の3泊4日の旅程を組んだ。1都市の旅行では、十分な時間だ。オミクロンがはやるまでに、往って帰ってくるという算段だ。<br /> 飛行機の席は、往きが3C, 帰りが1Dだった。1Dの席は、いわゆる「ドアサイド」の席で、緊急脱出が起こった時は、客室乗務員の指示に従って、乗務員の補助活動をする。非常時の役割を念のため確認したけど、全く問題なく対応できる。ただし、あくまで客室乗務員の指示に従って行う。この種の席を選定した場合は、緊急脱出時、まず1番には脱出できないと思った方が良い。指示役の客室乗務員が、「もう、脱出して良い」というまでお付き合いする覚悟が必要だ。<br /> 前方の席は、遅く搭乗し、早く後機するためだけど、通路側を選択したのは、このコロナの時代、人に挟まれて座りたくない、という気持ちからだ。ただし、機内の放送では、機内の空気の流れは、垂直一方向で、横方向はないようだ。今のところ、私のコロナに関する仮説は、コロナは、口腔内でもかなり繁殖する。人が唾液を分泌し、これを飛沫として周囲に飛ばす場合、コロナウィルスも一緒に飛散する。これを直にうけ、吸い込んだり、肌に受け、自身の手で、目、口、他の個所にすり込んだりすると、発症する。したがって、人だ談笑する空間、飲酒をしている空間、歌唱している空間には、近づかない。外出から戻った時は、顔と手を洗い、口腔内のうがいをする。心配な時は、シャワーを浴び、外衣を洗濯する。なので、人に挟まれた席にはつかない。<br /> 数年前に熊本~長崎~佐賀~福岡の、漁港食堂食べ歩きドライブを計画したときは、長崎県は、天草方面をかすめた程度で長崎市には、立ち寄りしなかったので、今回の長崎は、さらに以前に佐世保市に「佐世保バーガー」を食べ歩きドライブに来た時以来だ。佐世保の前には、長崎県の平戸に旬のヒラメを食べに来ている。食べ物紀行ばかりだ。もちろん、国内では、長崎以外にもいろいろな街に行っている。<br /> 海外では、何年か前にラスベガスで、本物の牛を使い、焼き具合を指定できるバーガーの食べ歩きを何日かしたことがある。<br /> コロナのせいで、もう電車には乗らないかと思い、何枚か持っていたスイカカードをキャンセルした(もともと仕事は海外のお客様が相手の仕事で、リモートワークが主体)。ところがワイフの妹夫婦が鎌倉に来るというので、鎌倉で落ち合うことになり、ワイフと一緒に「鎌倉プリンスホテル」1泊2日の小旅行をした際、私一人がスイカを持っていなかったせいで、電車の乗り継ぎで時間をとり、義理の妹夫婦にえらい迷惑をかけた(このときも、宿は素泊まりし、夕食は、海に近いお店でシラス丼を食べた)。それで、今回は、予めスイカを買い、ワイフと住む居宅近くから成田スカイアクセス特急に乗り(成田まで約40分弱)、成田から長崎に着いた後も^、「スイカで乗れます」というので乗車券を買わずに、スイカでバスに乗り、長崎駅前に来た。やはり、スイカがあると、乗り継ぎに便利だ。交通IC系が全国共通カードとして普及している恩恵だ。世界でもそんなに普及している国は少ない。(長崎にいる間、長崎バスも長崎市電も、すべて、スイカが使えた。市電は、1日券を、21日と22日の両日分、APAホテル横にある「長崎県長崎駅前バスセンター」の2階で購入したので、実際には、市電ではスイカを使わなかった。<br /> APAホテルは、空港からのバスの終点のビル、「長崎県長崎駅前バスターミナル」に隣り合う、次のブロックにあることがわかり、NAVIを操作したり、APAホテルの住所も確認しないうちに、目の前にAPAホテルを見つけた。ちなみに、別の日に長崎駅の南側に行ったけど、2022年開通の長崎新幹線の工事真最中の北側と比べ、南側は、関連工事がすべて終わっているようで、きれいになっていた。駅前に真新し「長崎ヒルトンホテル」があったので、家族と来るときには、ヒルトンに泊まりたい。<br />バスターミナルの2階には、1日乗り放題券の販売窓口もあったから、労せずして、2日分の市電乗り放題の券も購入できた(1日券に広告を出している飲食店には、食事の割引(5%~10%)を提供している店があり、利用した店の割引は、ちゃんと割引を利用させてもらった。なので、1日券は、一層、割安になった。<br /> 最近は、ガソリンを使った凶悪事件が散発しているので、ホテルでも火の用心が必要だ。<br />部屋のキーは、明かりがなくてもつかめるところにおき、入浴した後のふろ水は翌日まですてないでおいておき、非常階段の位置も確認し、階段が廊下の途中にあるときは、これも目が使えかなくなっても、おおよその歩数と秒数で場所がわかることが必要だ。<br /> APAホテルでは、避難時に一酸化炭素を吸わないように、あたまからかぶるポリ袋がドアのところに2個用意されており、避難時、頭からかぶるよう案内されていた。この方法は、地下鉄火災などでも応用できる方法だ。<br /> 浴槽にお湯を残しておくのは、万が一の火災時のためにと、就寝中の湿気を保ち、のどを守るためだ。カナダのあるホテルでは、室外へ退避ができなくなったときは、あらゆる濡れるものを浴槽にいれ、ドア、ドア下の隙間、窓ガラスを覆うように勧めていた。<br /> 火災になってから浴槽に湯水をためるのは、現実的ではないいろいろな理由がある。<br />鍵を目つむってもつかめるところにおき、衣類を昔でいえば乱れ箱にいれていたように、1個所にまとめて置くことがお勧めだ。鍵をもち、衣類を手に抱え、頭からポリ袋をかぶり、室外に逃げられのであれば、室外に逃げる。ドアを開け、室外への退避が不可能と判断した場合、自動ロックの部屋に戻るには、鍵が必要不可欠だ。<br /> 高熱の煙の場合、ポリ袋は役に立たない可能性があるので、非常階段まで、90秒以内にたどり着けるのであれば、息を止めて、走るのが一番かもしれない。飛行機も、別の理由で90秒脱出を目指しているけど、実際は、乗客が、人の常で、搭乗してきたドアに突進するので、難しいかもしれない。飛行機の場合、私は、乗客が前方に突出した後、後方のドアから脱出する。    <br />飛行機の場合、非常口は、その半数稼働でも90秒脱出できるようになっているはずだけど、1個所からの脱出では90秒は、無理なのだ。客室乗務員が何かの時に「落ち着いて」と叫ぶのは、乗客がパニックになり、冷静な判断ができなくなるのを避けるためだ。いつの時代も、生き抜くためには、自身のパニックコントローグが絶対必要なのだ。自動車の場合も、ブレーキを見て、急ブレーキを踏むという手順は、とらない。運転中に「今、事故!」と急ブレーキを踏む(足を動かすのみ)ことが無意識でできるように、ときどき、シミュレーションしている。<br /> 幸い、国外、海外滞在中のホテルで火災に出会ったことはないけれど、誤報でホテルが消防自動車に囲まれたことがカナダであった。<br /> 21日と22日は、市電に乗って、長崎市内をあちらこちらと行ってみるつもりだ。ただし、今回、是非行きたいと思っている「長崎魚市場」にある「水産食堂」は、市電では行けないので(市電サービス網のはるか郊外)、持参したパソコンで検索を重ね、「長崎バス」サイトで、乗り継ぎのないバス路線を探した結果、長崎駅前の1番乗り場から長崎バスの光風台経由の石原往き(あるいは石原経由の三重行き)バスにのって約1時間弱でたどり着けることがわかり、帰りは、同じバス路線での戻りの便が利用できる。ただし、国内も海外も、特に海外の場合、往きのバス停が一方通行の道路であった場合、当然、帰りのバス停は、同じ道路の反対側には、ないので、バスを降りたときに、戻りの道路がどこを通り、戻りの時に慌てないように、バス停がどの辺にあるか、目視かスマホで確認しておいた方が良い。ラスベガスでアウトレットに行ったとき(ラスベガスのアウトレットは、ベガスのメインストリート「ストリップ通り」南北の両端2か所にあるが、飛行場の方のアウトレット」)、オアフ島でワイキから島の反対側のカイルア(ビーチ行のバス乗り換え場所付近)あるいはラニカイに行くときなど、戻りのバス停は、道の反対側になかった。<br /> 調べたことのメモ(降車するバス停の名前とそのバス停の2~3個前のバス停名)をとり、21日の早朝に行くことにした。これも幸いに、APAホテルは、長崎駅前にあり、バス乗り場1番も、駅前通りを挟んで、反対側という位置関係にあり、APAホテルから卑近距離にある。 市電の長崎駅前駅は、APAホテルから歩いて2分程度の距離にある。すべての位置関係を調べて、それぞれを決めたわけではないけど、すべてがおおよそ500歩の範囲に収まっていた。<br /> いつもの通り、ホテルにチェックインし、ホテルの周りのお勧めのお店を聞くと、どのホテルもそうであるように、手書きの地図上におすすめのお店を記載した案内をくれた。<br /> 水産物が豊富な、例えば石川県や新潟なども、回転ずし店は、地元の魚でおいしいことがわかっていたので、APAホテルでお店の地図をもらったとき、おいしい回転ずしが近場にないか聞いたところ、長崎駅のアミュプラザ5階(フードコーナー)に「すし活」があると教えられ、昼はそこへ行き、夜も同じ5階で、「オールウェイズ」を訪ねた。<br /> 回転ずし店のすし活では、最初に、鯛のあら汁を頼み、味噌が赤みそと白みそが選べるというので、私の好きな赤みそをお願いした。そして、どのようなおすすめがあるのか、店内のおすすめ書きを見ているうちに、地元の魚の海鮮丼がおいしそうに見えたので、それを注文したら、これにも鯛の味噌汁がついているとのことで、また、味噌の選択を聞かれ、あら汁を赤みそにしたので、海鮮丼は、白みそにした。千葉も魚もおいしいけど、長崎のお魚はもっとおいしいかった。千葉や東京の回転ずしでは、あら汁に「鯛」のあら汁というのは、そうそうないし、それに鯛の身あらだけがいっぱいというのもない。なお、鯛のあら汁は、水産食堂でも食したけど、鯛のみあらのゴージャスさは、両者横綱級だった。<br /> 私のオフィスのある市原市は、海に近いせいか、魚も氷水の中に、丸ごと入れた桶がいくつかあり、鯵とか、サンマとか、イワシとか、ニシンとか、タラとか、トビウオとか、カレイとか、太刀魚とか、いなだとか、メバルとか、タラとか、いろいろな魚が、丸ごと売られており、魚を丸ごと買い、自分で調理することが多いし、ときに千葉県の海沿いの漁協食堂に行き、ときに足をのばして、茨城県の「那珂湊」とまで行き、食べたい魚、貝、エビなどを食することが多い。鯖も同じようにして売られているけど、「これ、しめさばにできますか?」と聞いても、最近は、「はい」という回答が聞けなくなった。鯖は、生ぐされと言って、食中毒になりやすいためか。<br /> 水産食堂に行ったとき、隣のブロック(一つのブロックがとてつもなく大きいので、隣と言っても歩いて5分ほどのところのお土産店「海と大地のめぐみ」で、鮮魚の鯖を見たときは、氷桶に入った鯖に「本鯖、シメサバ可」のおすすめ書きが書いてあった。自宅近くだったら、間違いなく買ったけどね。シメサバはおいしい。ちなみに、大分県に関サバや関アジを食べにいったこともある。こちらの鯖は、刺身で食べられた。虫もいないせいだ。<br /> 千葉で丸ごとのお魚を買うときは、レジで「鯖を2尾」とか、念のため言い添える。レジの若い人が食品トレーに盛られて、「切り身」の状態で食品名が記載されていないと、ニシンと鯖、トビウオとサンマなど、魚をみただけでは、正確にレジできない店員を見かけるからだ。困っているのを見かける前に声をかけるようにしている。<br /> 今回の旅では、レンタカーには乗らない。コロナのせいで、スイミングプールから少し離れているので、その代わりに毎日歩くことにし、日にほぼ1万歩程度、歩いている。それで、今回は、レンタカーもせず、時間をふんだんに使って、自分の脚と、市電と、バスで長崎をめぐることにし、レンタカーに使う費用も食べる費用に回すことにした。ただし、豪華な食べ物より、市場や街角のお店に挑戦する旅だ。<br /> 参考までに、私の歩数でいうと10分で1、000歩位で、距離は七かけで700メータ位だ。私の場合、30分位の歩数で汗が出始め(空腹で歩いた場合で、食後に歩くともっと早く汗が出る)、10、000歩になる頃は、汗いっぱいになる。10、000歩くらい歩くのが、私にとっては、一番調子が良い(職がおいしいし、太らない。血圧も正常値を維持できている)。<br /> 今回の旅行で携行した物は、以下のとおり。パソコン、電源アダプター、マウス、スマホ,スマホの急速充電器(発火しない、信頼できる製品)、デジタルカメラ, デジタルカメラの充電器、マスク(10枚ほど)、マスクケース、体温計、バッファリン、マスク廃棄用のポリ袋、ハンカチ、ウェットティッシュ、帽子、(アルコール噴霧器は、飛行機利用のため、必要な場合は、現地で購入することにし、携行しなかった)、念のためのコロナワクチン注射証明書(昔は、「イエローカード(予防接種証明書)」の証明書の携行が海外旅行の必須携行品だった。また、ある一定の職務の人は 、短期間に黄熱病とか、コレラとか、破傷風とか、マラリアの注射を集中して受けるのは、不可能であたため、常に、それらのすべてのワクチンを有効期限が終わる前に、毎回、注射を受けて置く必要もあった。緊急事態が発生したとき、24時間以内に出動可能とするためである。<br /> 今回の旅では、機内持ち込み手荷物が限度を超えた場合、追加料金が発生する航空券のため、お土産品は、すべて、初日に購入し、発送した。それでも、年末のため、お土産が家族に届くは、帰宅後と言われた。お土産は、娘のリクエストに従い「角煮饅頭」と「カンコロもち」にした。友人には、長崎魚市場で年初の食卓をかざるものを、と考え、魚市場に行ったとき、発送することにした。<br /> 長崎駅アミュプラザには、食品・お土産コーナーがあったので、角煮饅頭とカンコロもちのお店を確認し、比較的高いお土産を購入するお店の方で、「発送ができるか」確認し、さらにどのような条件でどのような特典があるか確認(一定額以上を購入すると、冷凍宅配料の割引など)し、他店のお土産も一緒に発送してもらえるかも確認し、カンコロ餅の店に戻って、カンコロ餅を買い、角煮饅頭の店で角煮饅頭を買い、発送を依頼した。宅配業者のコーナーもあったけど、こちらは、お土産品の金額による宅配料の割引は、当然ではあるが、ない。なお、宅配は、生活道路での交通ルールをきちんと守る指導が行われ、荷物を大切に扱う、某社以外は使わないので、その某社を宅配に使用していることも、お土産購入をするお店を選ぶ理由になった。<br />国際JIT(ジャストインタイム)を採用している企業は、飛行機の定時発着率, 輸送貨物の破損率などのデータを収集し(入手できる)、航空会社を選定している企業もあるのだ。私が良く使うデータは、世界の空港でのラゲージの破損率及びラゲージ内の貴重品の盗難率だ。そういう空港を乗り継ぐときは、手荷物は、機内持ち込み手荷物に限定する。ワイフが同行する場合は、どうしてもラゲージが大きくなるけど、そうした場合は、なるべく日本人のものとわかるようなラゲージを避けてもらっている。ツアーなんかに参加すると、わざわざ日本人のものとわかるタグをつけさせられるので、何とかならないものかね。日本人のラゲージは、きれいすぎるし、名札を貼ってあるので、持ち主まで特定できてしまう。なお、最近は、金持ちの某国人の旅行者が増えているので、日本人の被害は、少なくなっているのかも知れない。ただ、日本人以外は、あまり現金を持ち歩くことがなく、まして、現金をラゲージの中に入れる人は、外国にはそういないのだ。<br /> 昔、到着空港で名前を呼ばれ、「お迎えにきました」と、お迎事故が某国などで多発した。ラゲージの名札で、名前を素早く読み取られていたのだ。私のラゲージには、メールアドレス(Arthur)名とウェブメールアドレス(携帯電話のメールアドレスではなく)のみで何度も使い古した薄汚れたラゲージだ。海外旅行は、1千回強経験しているけど、バゲージロストの事故に遭遇したことはない。大半は、預託手荷物なしの旅行だけどね。<br /> なお、割れ物を発送する場合は、割れ物が破損して届いた場合の、交換申請の方法なども知っていると良いことがある。昔、旅先の欧州で食器類を発送したとき、開梱前、開梱途中、開梱後の段階で写真をとり、最後に破損した食器の傷の写真をとり、メールして交換してもらったこともある。開梱前から写真記録を残すのが、交換を円滑に行うコツさ。<br /> 20日に行ったお店。アミュプラザの「すし活」(回転ずし店で海鮮丼)、アミュプラザのオールウェイズでラーメン、アミュプラザのお土産品コーナー(こちらは、1階)。<br /> 12月20日に歩いた歩数は、10,553歩。<br /><br />12月21日<br /> 今日は、長崎魚市場の水産食堂に行く日だ。市場の食堂だから朝早くから営業している。そして午後早くに営業が終わる。それで、バスも長崎駅前6時21発のバスに乗ることにし、ホテルを6時10分に出た。ホノルルでは、バスが発車時刻より早くでることがあるが、日本のバスは、そうしたことは、まず、ない。<br />  冬場の6時、それも九州の朝6時というと、まだ、真っ暗だ。赤道上で緯度が15度違うと、時間差は1時間になる。九州と東京の緯度の差をきちんと確認したことはないけど、時差は、おおよそ1時間ほどある。<br /> バスは始発ではないけど、時間通りに来た。バスの行先「石原」を確認し、バスをバス後方の乗車口から乗り、乗車するとき、乗車バス停を確認するために、スイカ読み取り機にスイカを近づけ、「ピッ」の読み取り音を確認した。非接触の磁場の読み取り確認だから、読み取りで実際に音がでるわけではない。アプリが音を出しているのだ。<br /> ちなみに、日本の非接触ICカードを交通系で初めて使ったのは、私の知識に間違いなければ香港だ。日本は、香港より導入が数年遅れた。日本の開発技術が日本より海外で評価され、最初に海外で導入された事例は、沢山ある。<br /> 朝の暗い時刻なのに、停留所をすぎるにつて、乗客が増えた。長距離のバスに初めてのるのは、結構、落ち着かない。とんでもない方向のバスに乗ったかも知れないという不安があるからだ。外国の場合だと、この不安は、もっと大きなものになる。「事前調査は万全」と思うけどね。それでスマホのナビを動かして、バスが目的地に確実に向かっていることを確認した。私のスマホのデータ契約量は、少ないので、走行する車のナビには使いたくないのだけどね。<br /> 全行程のバス停留所名は、メモしていなかったけど、「長崎魚市場」の降車バス停のいくつか前が「漁港入り口」と覚えてきたので、その名前が停車バス停案内に出てきたとき、やっと安堵した。やれやれだ。乗り過ごしをしないためのポイントは、降車停留所の何か所か前の停留所明を覚えておくと、外国でもめったに乗り過ごししない。海外のバスは、「次、降りる人はいませんか」なんて聞いてくれるバスはないのだ。 <br /> ハワイ旅行では、島の一方から反対側まで結構な長距離を何度もバスで移動した。海外のバスなどで困るのは、車内の停留所の案内などの表示装置が壊れて時が多いことだ。そうしたときは、案内放送だけが頼りになるので、聞き逃すまいと一層緊張する。何もかも、日本を標準に考えていると思わぬ失敗も起こる。ただし、日本のバス停名は、前後、何の脈絡もなくつけられているけど、海外、たとえば、ホノルルでは、路地名と路地番号が結構多く混じっているので、「ジャクソン3丁目」の次は、「ジャクソン4丁目」だったりして、わかりやすい面がある。ストリートからアベニューに曲がると、バス停の名前も変わるしね。<br /> でも、今回は、日本なのに失敗した。実際の失敗は、現地について安堵した後に来た。なんと、水産食堂の入り口に「本日休業」の案内があったのだ。12月の火曜日での唯一の休みだ。朝早くに開店しているお店が近くにあるはずもなく、仕方がなく、戻りのバス停に行き、長崎方面行きのバスの発車時刻を確認し、それまでの時間、日課の「散歩」することにした。ちなみに戻りのバスの本数は、往きと同じ、1時間に2本ほどで、どちらも、「長崎新地ターミナル」行バスで「長崎駅前」バス停を通過する。市電に乗り継ぐつもりであれば、市電との並行区間に入った時、市電に乗り換えるのがバス運賃節約になる。市電は、定額料金だし、私の場合は、市電は1日パスなのだ。<br /> チョンボしたので、戻りは、平和公園、原爆資料館、出島ワーフ、めがね橋を回って帰ることにし、昼食は、出島ワーフの「長崎港」ですますことにし、ゆっくりと各所を巡り歩いた。とくに出島の付近は、雰囲気が良いので、ゆっくりと歩いた。港には、海の観光旅行船が停泊していた。<br /> 水産食堂は、どうするかって?もちろん、22日に再度挑戦する。<br /> 戦争に関する人類の悲惨な遺産は、世界のあちらこちらにある。広島も、長崎も、アウシュビッツも、ホーチミン(戦争博物館)も行った。原爆も悲惨だけど、ガス室、枯葉剤による奇形児もとてもかわいそうだ。人は、悲惨な戦争を忌まわしい、すぎた出来事として見るかもしれないけど、私は、自分のなかに、戦争という異常な状態の中で、狂気に走る要素がまったくない、とは思はないので、自分という人間の恐ろしい可能性を思い、戦争を過去のこと、人がなしたこととは思わない。過去と同じことが起こったとき、自分がどうふるまえるかの問題としてとらえる。<br /> 今だって、コロナの異常状態の中でも、何らかの異常を受けている人達がいると思う。異常な強度のストレス、出口のない長期間のストレスの中で、人は、本人が自覚しないうちに、自身の心の中で起っている変化に気づかないまま流されることもあるのだ。<br /> 巡航高度での手りゅう弾の暴発、機体破損の危機、その後の88時間にわたる囚われの期間、何度となく繰り返された、数時間にわたるフリーズ(ホールドアップ)、短い滑走路への強硬着陸、その直後の機体爆破、それに続く緊急脱出のあと、帰国後東京地検にいろいろ聞かれたけど、検察官がポロっともらした言葉「乗客の人たちが、短い期間に各自が経験したそれぞれの心の変化-その変化は共通するものがあった」を聞き、ストレスで起こる心の変化、それを異常と思わない心の状況、同じことがこのコロナのストレスのもとでも起こっていると思う。今回の旅は、コロナで私の心の中で起こっていることを見つめるための旅でもあるのだ。<br /> 長崎は、きれいな街だね。小さな家が重なって、日本の他の街と同じようなところもあるけど、総じていえばきれいだ。川にゴミがないし、水がすご~くきれいだし、ごみステーションが同じ装備になっていてきれいだ。家が積み重なっているように見える急な坂道が、山の頂上まで至るのかと思うほどある。<br /> 私という人間は、少し変わっているのか、どこの国、どこの街にいっても、自分の脚と目と耳と口と心で歩くので、多くの人が見ないものを見、感じていないものを感じている気がする。アジアの国の川や海は汚れていることが多いし、ハワイでヨットなどの係留所に行くと、辺り一面、犬のふんだらけだ。罰則が厳しいといわれるシンガポールでも、たばこの吸い殻はあちこちに落ちているし、アジアの川や海は、一般にごみで汚れている。<br /> そうした目で見ると日本の街は、比較的どこもきれいだし、長崎は、特にこぎれいだ(もちろん、日本にも汚いところはある)。坂のある町は、眺めるには良いのだけど、年とって生活するのは難しいのではと心配する。まあ、都内には都電が1系統しかないけど、市電が雑踏の中を一所懸命に走るのは、景色としてよいね。市電には、何かひとのぬくもりがあるよね。<br /> 町の地下鉄や路面電車もワシントン、ニューヨーク、バルチモア、ボストン、シカゴ(地下鉄)、ポートランド、 シアトル、バンクーバー(モノレール)、 香港、シンガポール(地下鉄)、ロンドン、パリ、他の欧州の都会などなどなど、特に目的もなく端から端に乗ってきた。今回、長崎でも、全路線、端から端まで乗るつもりだ。5路線しかないけどね。<br /> 21日に行った食のお店は、出島ワープ店の「長崎港」。浜町の「若竹丸」のみで、朝食はパスした。歩いた歩数は、14,297歩だった。平和公園、原爆資料館、出島、めがね橋を歩いたので、少し歩数が多かった。もしかしたら、近いうちにワイフとお遍路する話があるので、歩きは続けていく。本当は、ポルトガルで巡礼をしたいのだけどね。<br /> なお、歩き始めてから、変えたことがある。サプリメントをすべてやめたことである。サプリメント屋さんが人々の不安をあおり、何かが悪い、何かが足らない、というような不安掻き立ての勧誘に陥らないことにしたのだ。<br />ひとつには、ホームドクターになります、というクリニックを探し、そのドクターに継続的に健康を観察してもらい、何の薬も飲まなくても、血圧は正常であり、血糖値が少し高いけど、インスリンの分泌が正常であり、血圧も正常であるとのホームドクターの意見にしたがい、何も治療はしていないし、歩きを始めてから、太らなくなったので、サプリメントに使うお金を食材に使うことにしたのだ。<br /><br />12月22日<br /> 今日は、水産食堂挑戦の2日目だ。もちろん、今日こそは、店は休業していない。駅前のバスターミナル1番に10分ほど前に行ったら、今日はどういうわけか、何人かの人がすでに来ていた。<br /> 一人で旅行をしていると、ツアーなどでは、出会えない街の雰囲気にも出会える。長崎の街では、街全体がコロナ対策に取り組んでいるようだ。例えば、どのバスも、どの市電も車内は、すごく寒い。どこからか風が入って生きている。よく見まわると、いくつかの窓が少しずつあけてあるのだ。乗客が閉めようと挑戦しても閉まらない。市電の中には、ポリ手袋の箱が取り付けてあった。<br /> SARSのとき、バカなことを計画して、香港まで街のSARS取り組みを見に行った。香港の人は、よく、道端で唾を吐くので、どうなっているのか、わざわざ見に行ったのだ。もちろん、唾を吐くのをやめるよう案内があり、トラムの中には、ティッシュボックスが取り付けてあった。長崎の市電のポリ手袋箱で、香港の市電の取り組みを思い出した。<br /> 時刻が21分になったら、2台のバスが続けてきた。どちらのバスかと、ちょっとまごついたけど、「三重(石原経由)」の方に乗車した。途中の停車場でも乗車する人が多めで、ただし、降車の人も多かったので、車内は、それほどの混雑にならなかった。<br /> 朝7時に近くなると、さすがに夜が明けた。バスを魚市場でおり、バスの進行方向に少し行くと、左に入る道路があるので、これに沿って行くと、次の十字路を左に曲がったところに水産食堂がある。今日は、明かりがつき、人の温みがあったので、安心した。<br /> 水産食堂は、魚市場で働く人たちの食堂で、そんなに大きな食堂ではなく、主な利用者は、魚市場で働く人たちだ。記憶が定かでないけど、これと同じ種類―魚市場で働く人たちの食堂としては、佐賀の魚港で行ったことがある。佐賀の場合は、魚市場の中に入って行って、魚の荷揚げ場の並びにあり、片方は、岸壁に接していた。長崎魚市場の場合は、どこにも監視員がおり、魚市場の中には入っていけない。<br /> 魚市場に働く人たちの食堂の場合、街中のレストランと異なり、華美な装飾はなく、「普通の食堂」という感じである。佐賀の場合も、長崎の場合も、大人数を受け入れるほどの席はなく、規模は小さい。駐車場は大きいけれど、観光バスが乗り入れるような大型の駐車スペースはない。ツアーのお客は、来ないのだ。<br /> 佐賀の場合も、長崎の場合も、メニューを見ると肉類のメニューが多くあり、魚市場だから魚メニューだけかと思って訪ねると、思い込みが外れる。共通していたのは、メニューのほかに、カウンターにいくつかの総菜の盛皿(大皿)があり、そこからも、「これ」と指定できることだ。私が選んだメニューは、もちろん、お魚メニューだ。メニューから海鮮丼の定食を頼み、大皿からは、鯛のかぶと煮を頼んだ。かぶと煮は、温めなおしてくれるという。力仕事の人たちの食堂だから、多めのごはんで、鯛のかぶと煮と鯛の味噌汁だけでも、おなかがいっぱいになった。<br /> 食事のあと、となりのブロックのお土産屋さん(「うみと大地のめぐみ」)に寄り、鮮魚をお世話になっている人に送ろうと思ったけど、年末の繁忙期なので、運送にどのくらいの日数がかかるかわからず、お酒のおつまみになる干物を選んで発送した。こちらも、私の指定の宅配便屋さんを使っていた。<br /> 朝が早かったので、食事が終わっても、時間はたっぷりとあったので、赤迫から、市電にのり変え、諏訪神社に行った。結構な数の石段を上り、本殿まで行き、さらに奥の方まで行った。お祭りのときは、人であふれるのだろうと思うけど、訪れた日は、人影はほとんどなかった。<br /> 帰り、市電の諏訪電停の近くに商店街があったので、覗き歩きし、カンコロ餅を作っている店があったので、そこでカンコロ餅を買った。これは、持って帰る。1日位なら、まだ、固くならないとのこと。<br /> 朝が大食だったので、昼は、カンコロ餅屋さんで、ふかしまんじゅうを買い、ホテルに戻って簡単にすました。<br /> 22日の午後は、一寸だけ、リモートの仕事があるので、ホテルに戻り、パソコンで仕事した。私の仕事は、場所を問わないし、電話かインターネットがあれば仕事ができるのだ。ワーケーションは、20年以上前から行っている。<br /> 会議参加者のパソコンを連動させる会議では、昔は、シスコのアプリ利用の会議が多かったけど、今は、マイクロソフトのアプリを使うケースが多くなった。会議は、すべてお客様がセットするので、私は参加するだけで良い。<br /> 仕事が終わった後、外出し、JR駅構内で、スイカの残高を調べ、帰宅するまでの不足分をスイカに追加した。今回の旅で、スイカで使った金額は、8、000円になった。<br /> その後、駅の南側を見、新しいヒルトンホテルを見つけた。<br /> 22日の夕食は、浜町の「吉宗」にした。市電で「観光通」の近くだ。吉宗で頼んだのは、蒸しずし・茶わん蒸しのセットのメニューとカキフライだ。ワイフと娘は、茶わん蒸しが大好きなので、大きな器のおいしい茶碗蒸しは、喜ぶかもしれない。素朴な味わいだね。長崎の想いでとしては、パスできないメニューだ。<br /> 22日の食事は、朝は、水産食堂の海鮮丼と鯛のかぶと煮、昼は、カンコロ餅屋さんで買ったふかし饅頭、夜は、浜町の吉宗で蒸しずし、茶わん蒸し、カキフライを食べた。<br /> 22日の歩数は、11、035歩だった。諏訪神社は、階段の上り下りはきつかったけど、歩数はそれほどでもなかったようだ。<br /><br />12月23日<br /> 帰宅の日だ。飛行機は12時10分発。東向便は、ジェット気流に乗るので、飛行時間が短い。飛行機は、気流の乱れはあるようだったけど、快晴の中を飛んだ。<br /> 飛行機には、気流速度と対地速度があり、送り風が強いと、飛行機の速度が対地速度で音速に近づく。気流速度ではないので、何も起こらないけどね。滞在期間中、快晴だった。私は、晴男と思う。海外で雨に出会ったことも少ない。<br /> やはり、オミクロンは、来そうな感じだ。しばらく、おとなしくしていよう。<br /> <br /><br />終わり<br /><br />

長崎食べ歩き

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2021/12/20 - 2021/12/23

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アーサーさん

長崎食べ歩き
12月20日
 コロナが少し中休みしている間に、ちょこっと食べ歩きをしようと思いたち、12月10日に、Jet starのサイトを検索し、長崎往復に安い運賃組み合わせを見つけたので、行先を長崎とし、Booking comで長崎の宿を探したら、素泊まりで「APAホテル」(「 」つきの固有名詞は、すべて検索可能)があったので、12月20~23日の3泊4日の旅程を組んだ。1都市の旅行では、十分な時間だ。オミクロンがはやるまでに、往って帰ってくるという算段だ。
 飛行機の席は、往きが3C, 帰りが1Dだった。1Dの席は、いわゆる「ドアサイド」の席で、緊急脱出が起こった時は、客室乗務員の指示に従って、乗務員の補助活動をする。非常時の役割を念のため確認したけど、全く問題なく対応できる。ただし、あくまで客室乗務員の指示に従って行う。この種の席を選定した場合は、緊急脱出時、まず1番には脱出できないと思った方が良い。指示役の客室乗務員が、「もう、脱出して良い」というまでお付き合いする覚悟が必要だ。
 前方の席は、遅く搭乗し、早く後機するためだけど、通路側を選択したのは、このコロナの時代、人に挟まれて座りたくない、という気持ちからだ。ただし、機内の放送では、機内の空気の流れは、垂直一方向で、横方向はないようだ。今のところ、私のコロナに関する仮説は、コロナは、口腔内でもかなり繁殖する。人が唾液を分泌し、これを飛沫として周囲に飛ばす場合、コロナウィルスも一緒に飛散する。これを直にうけ、吸い込んだり、肌に受け、自身の手で、目、口、他の個所にすり込んだりすると、発症する。したがって、人だ談笑する空間、飲酒をしている空間、歌唱している空間には、近づかない。外出から戻った時は、顔と手を洗い、口腔内のうがいをする。心配な時は、シャワーを浴び、外衣を洗濯する。なので、人に挟まれた席にはつかない。
 数年前に熊本~長崎~佐賀~福岡の、漁港食堂食べ歩きドライブを計画したときは、長崎県は、天草方面をかすめた程度で長崎市には、立ち寄りしなかったので、今回の長崎は、さらに以前に佐世保市に「佐世保バーガー」を食べ歩きドライブに来た時以来だ。佐世保の前には、長崎県の平戸に旬のヒラメを食べに来ている。食べ物紀行ばかりだ。もちろん、国内では、長崎以外にもいろいろな街に行っている。
 海外では、何年か前にラスベガスで、本物の牛を使い、焼き具合を指定できるバーガーの食べ歩きを何日かしたことがある。
 コロナのせいで、もう電車には乗らないかと思い、何枚か持っていたスイカカードをキャンセルした(もともと仕事は海外のお客様が相手の仕事で、リモートワークが主体)。ところがワイフの妹夫婦が鎌倉に来るというので、鎌倉で落ち合うことになり、ワイフと一緒に「鎌倉プリンスホテル」1泊2日の小旅行をした際、私一人がスイカを持っていなかったせいで、電車の乗り継ぎで時間をとり、義理の妹夫婦にえらい迷惑をかけた(このときも、宿は素泊まりし、夕食は、海に近いお店でシラス丼を食べた)。それで、今回は、予めスイカを買い、ワイフと住む居宅近くから成田スカイアクセス特急に乗り(成田まで約40分弱)、成田から長崎に着いた後も^、「スイカで乗れます」というので乗車券を買わずに、スイカでバスに乗り、長崎駅前に来た。やはり、スイカがあると、乗り継ぎに便利だ。交通IC系が全国共通カードとして普及している恩恵だ。世界でもそんなに普及している国は少ない。(長崎にいる間、長崎バスも長崎市電も、すべて、スイカが使えた。市電は、1日券を、21日と22日の両日分、APAホテル横にある「長崎県長崎駅前バスセンター」の2階で購入したので、実際には、市電ではスイカを使わなかった。
 APAホテルは、空港からのバスの終点のビル、「長崎県長崎駅前バスターミナル」に隣り合う、次のブロックにあることがわかり、NAVIを操作したり、APAホテルの住所も確認しないうちに、目の前にAPAホテルを見つけた。ちなみに、別の日に長崎駅の南側に行ったけど、2022年開通の長崎新幹線の工事真最中の北側と比べ、南側は、関連工事がすべて終わっているようで、きれいになっていた。駅前に真新し「長崎ヒルトンホテル」があったので、家族と来るときには、ヒルトンに泊まりたい。
バスターミナルの2階には、1日乗り放題券の販売窓口もあったから、労せずして、2日分の市電乗り放題の券も購入できた(1日券に広告を出している飲食店には、食事の割引(5%~10%)を提供している店があり、利用した店の割引は、ちゃんと割引を利用させてもらった。なので、1日券は、一層、割安になった。
 最近は、ガソリンを使った凶悪事件が散発しているので、ホテルでも火の用心が必要だ。
部屋のキーは、明かりがなくてもつかめるところにおき、入浴した後のふろ水は翌日まですてないでおいておき、非常階段の位置も確認し、階段が廊下の途中にあるときは、これも目が使えかなくなっても、おおよその歩数と秒数で場所がわかることが必要だ。
 APAホテルでは、避難時に一酸化炭素を吸わないように、あたまからかぶるポリ袋がドアのところに2個用意されており、避難時、頭からかぶるよう案内されていた。この方法は、地下鉄火災などでも応用できる方法だ。
 浴槽にお湯を残しておくのは、万が一の火災時のためにと、就寝中の湿気を保ち、のどを守るためだ。カナダのあるホテルでは、室外へ退避ができなくなったときは、あらゆる濡れるものを浴槽にいれ、ドア、ドア下の隙間、窓ガラスを覆うように勧めていた。
 火災になってから浴槽に湯水をためるのは、現実的ではないいろいろな理由がある。
鍵を目つむってもつかめるところにおき、衣類を昔でいえば乱れ箱にいれていたように、1個所にまとめて置くことがお勧めだ。鍵をもち、衣類を手に抱え、頭からポリ袋をかぶり、室外に逃げられのであれば、室外に逃げる。ドアを開け、室外への退避が不可能と判断した場合、自動ロックの部屋に戻るには、鍵が必要不可欠だ。
 高熱の煙の場合、ポリ袋は役に立たない可能性があるので、非常階段まで、90秒以内にたどり着けるのであれば、息を止めて、走るのが一番かもしれない。飛行機も、別の理由で90秒脱出を目指しているけど、実際は、乗客が、人の常で、搭乗してきたドアに突進するので、難しいかもしれない。飛行機の場合、私は、乗客が前方に突出した後、後方のドアから脱出する。    
飛行機の場合、非常口は、その半数稼働でも90秒脱出できるようになっているはずだけど、1個所からの脱出では90秒は、無理なのだ。客室乗務員が何かの時に「落ち着いて」と叫ぶのは、乗客がパニックになり、冷静な判断ができなくなるのを避けるためだ。いつの時代も、生き抜くためには、自身のパニックコントローグが絶対必要なのだ。自動車の場合も、ブレーキを見て、急ブレーキを踏むという手順は、とらない。運転中に「今、事故!」と急ブレーキを踏む(足を動かすのみ)ことが無意識でできるように、ときどき、シミュレーションしている。
 幸い、国外、海外滞在中のホテルで火災に出会ったことはないけれど、誤報でホテルが消防自動車に囲まれたことがカナダであった。
 21日と22日は、市電に乗って、長崎市内をあちらこちらと行ってみるつもりだ。ただし、今回、是非行きたいと思っている「長崎魚市場」にある「水産食堂」は、市電では行けないので(市電サービス網のはるか郊外)、持参したパソコンで検索を重ね、「長崎バス」サイトで、乗り継ぎのないバス路線を探した結果、長崎駅前の1番乗り場から長崎バスの光風台経由の石原往き(あるいは石原経由の三重行き)バスにのって約1時間弱でたどり着けることがわかり、帰りは、同じバス路線での戻りの便が利用できる。ただし、国内も海外も、特に海外の場合、往きのバス停が一方通行の道路であった場合、当然、帰りのバス停は、同じ道路の反対側には、ないので、バスを降りたときに、戻りの道路がどこを通り、戻りの時に慌てないように、バス停がどの辺にあるか、目視かスマホで確認しておいた方が良い。ラスベガスでアウトレットに行ったとき(ラスベガスのアウトレットは、ベガスのメインストリート「ストリップ通り」南北の両端2か所にあるが、飛行場の方のアウトレット」)、オアフ島でワイキから島の反対側のカイルア(ビーチ行のバス乗り換え場所付近)あるいはラニカイに行くときなど、戻りのバス停は、道の反対側になかった。
 調べたことのメモ(降車するバス停の名前とそのバス停の2~3個前のバス停名)をとり、21日の早朝に行くことにした。これも幸いに、APAホテルは、長崎駅前にあり、バス乗り場1番も、駅前通りを挟んで、反対側という位置関係にあり、APAホテルから卑近距離にある。 市電の長崎駅前駅は、APAホテルから歩いて2分程度の距離にある。すべての位置関係を調べて、それぞれを決めたわけではないけど、すべてがおおよそ500歩の範囲に収まっていた。
 いつもの通り、ホテルにチェックインし、ホテルの周りのお勧めのお店を聞くと、どのホテルもそうであるように、手書きの地図上におすすめのお店を記載した案内をくれた。
 水産物が豊富な、例えば石川県や新潟なども、回転ずし店は、地元の魚でおいしいことがわかっていたので、APAホテルでお店の地図をもらったとき、おいしい回転ずしが近場にないか聞いたところ、長崎駅のアミュプラザ5階(フードコーナー)に「すし活」があると教えられ、昼はそこへ行き、夜も同じ5階で、「オールウェイズ」を訪ねた。
 回転ずし店のすし活では、最初に、鯛のあら汁を頼み、味噌が赤みそと白みそが選べるというので、私の好きな赤みそをお願いした。そして、どのようなおすすめがあるのか、店内のおすすめ書きを見ているうちに、地元の魚の海鮮丼がおいしそうに見えたので、それを注文したら、これにも鯛の味噌汁がついているとのことで、また、味噌の選択を聞かれ、あら汁を赤みそにしたので、海鮮丼は、白みそにした。千葉も魚もおいしいけど、長崎のお魚はもっとおいしいかった。千葉や東京の回転ずしでは、あら汁に「鯛」のあら汁というのは、そうそうないし、それに鯛の身あらだけがいっぱいというのもない。なお、鯛のあら汁は、水産食堂でも食したけど、鯛のみあらのゴージャスさは、両者横綱級だった。
 私のオフィスのある市原市は、海に近いせいか、魚も氷水の中に、丸ごと入れた桶がいくつかあり、鯵とか、サンマとか、イワシとか、ニシンとか、タラとか、トビウオとか、カレイとか、太刀魚とか、いなだとか、メバルとか、タラとか、いろいろな魚が、丸ごと売られており、魚を丸ごと買い、自分で調理することが多いし、ときに千葉県の海沿いの漁協食堂に行き、ときに足をのばして、茨城県の「那珂湊」とまで行き、食べたい魚、貝、エビなどを食することが多い。鯖も同じようにして売られているけど、「これ、しめさばにできますか?」と聞いても、最近は、「はい」という回答が聞けなくなった。鯖は、生ぐされと言って、食中毒になりやすいためか。
 水産食堂に行ったとき、隣のブロック(一つのブロックがとてつもなく大きいので、隣と言っても歩いて5分ほどのところのお土産店「海と大地のめぐみ」で、鮮魚の鯖を見たときは、氷桶に入った鯖に「本鯖、シメサバ可」のおすすめ書きが書いてあった。自宅近くだったら、間違いなく買ったけどね。シメサバはおいしい。ちなみに、大分県に関サバや関アジを食べにいったこともある。こちらの鯖は、刺身で食べられた。虫もいないせいだ。
 千葉で丸ごとのお魚を買うときは、レジで「鯖を2尾」とか、念のため言い添える。レジの若い人が食品トレーに盛られて、「切り身」の状態で食品名が記載されていないと、ニシンと鯖、トビウオとサンマなど、魚をみただけでは、正確にレジできない店員を見かけるからだ。困っているのを見かける前に声をかけるようにしている。
 今回の旅では、レンタカーには乗らない。コロナのせいで、スイミングプールから少し離れているので、その代わりに毎日歩くことにし、日にほぼ1万歩程度、歩いている。それで、今回は、レンタカーもせず、時間をふんだんに使って、自分の脚と、市電と、バスで長崎をめぐることにし、レンタカーに使う費用も食べる費用に回すことにした。ただし、豪華な食べ物より、市場や街角のお店に挑戦する旅だ。
 参考までに、私の歩数でいうと10分で1、000歩位で、距離は七かけで700メータ位だ。私の場合、30分位の歩数で汗が出始め(空腹で歩いた場合で、食後に歩くともっと早く汗が出る)、10、000歩になる頃は、汗いっぱいになる。10、000歩くらい歩くのが、私にとっては、一番調子が良い(職がおいしいし、太らない。血圧も正常値を維持できている)。
 今回の旅行で携行した物は、以下のとおり。パソコン、電源アダプター、マウス、スマホ,スマホの急速充電器(発火しない、信頼できる製品)、デジタルカメラ, デジタルカメラの充電器、マスク(10枚ほど)、マスクケース、体温計、バッファリン、マスク廃棄用のポリ袋、ハンカチ、ウェットティッシュ、帽子、(アルコール噴霧器は、飛行機利用のため、必要な場合は、現地で購入することにし、携行しなかった)、念のためのコロナワクチン注射証明書(昔は、「イエローカード(予防接種証明書)」の証明書の携行が海外旅行の必須携行品だった。また、ある一定の職務の人は 、短期間に黄熱病とか、コレラとか、破傷風とか、マラリアの注射を集中して受けるのは、不可能であたため、常に、それらのすべてのワクチンを有効期限が終わる前に、毎回、注射を受けて置く必要もあった。緊急事態が発生したとき、24時間以内に出動可能とするためである。
 今回の旅では、機内持ち込み手荷物が限度を超えた場合、追加料金が発生する航空券のため、お土産品は、すべて、初日に購入し、発送した。それでも、年末のため、お土産が家族に届くは、帰宅後と言われた。お土産は、娘のリクエストに従い「角煮饅頭」と「カンコロもち」にした。友人には、長崎魚市場で年初の食卓をかざるものを、と考え、魚市場に行ったとき、発送することにした。
 長崎駅アミュプラザには、食品・お土産コーナーがあったので、角煮饅頭とカンコロもちのお店を確認し、比較的高いお土産を購入するお店の方で、「発送ができるか」確認し、さらにどのような条件でどのような特典があるか確認(一定額以上を購入すると、冷凍宅配料の割引など)し、他店のお土産も一緒に発送してもらえるかも確認し、カンコロ餅の店に戻って、カンコロ餅を買い、角煮饅頭の店で角煮饅頭を買い、発送を依頼した。宅配業者のコーナーもあったけど、こちらは、お土産品の金額による宅配料の割引は、当然ではあるが、ない。なお、宅配は、生活道路での交通ルールをきちんと守る指導が行われ、荷物を大切に扱う、某社以外は使わないので、その某社を宅配に使用していることも、お土産購入をするお店を選ぶ理由になった。
国際JIT(ジャストインタイム)を採用している企業は、飛行機の定時発着率, 輸送貨物の破損率などのデータを収集し(入手できる)、航空会社を選定している企業もあるのだ。私が良く使うデータは、世界の空港でのラゲージの破損率及びラゲージ内の貴重品の盗難率だ。そういう空港を乗り継ぐときは、手荷物は、機内持ち込み手荷物に限定する。ワイフが同行する場合は、どうしてもラゲージが大きくなるけど、そうした場合は、なるべく日本人のものとわかるようなラゲージを避けてもらっている。ツアーなんかに参加すると、わざわざ日本人のものとわかるタグをつけさせられるので、何とかならないものかね。日本人のラゲージは、きれいすぎるし、名札を貼ってあるので、持ち主まで特定できてしまう。なお、最近は、金持ちの某国人の旅行者が増えているので、日本人の被害は、少なくなっているのかも知れない。ただ、日本人以外は、あまり現金を持ち歩くことがなく、まして、現金をラゲージの中に入れる人は、外国にはそういないのだ。
 昔、到着空港で名前を呼ばれ、「お迎えにきました」と、お迎事故が某国などで多発した。ラゲージの名札で、名前を素早く読み取られていたのだ。私のラゲージには、メールアドレス(Arthur)名とウェブメールアドレス(携帯電話のメールアドレスではなく)のみで何度も使い古した薄汚れたラゲージだ。海外旅行は、1千回強経験しているけど、バゲージロストの事故に遭遇したことはない。大半は、預託手荷物なしの旅行だけどね。
 なお、割れ物を発送する場合は、割れ物が破損して届いた場合の、交換申請の方法なども知っていると良いことがある。昔、旅先の欧州で食器類を発送したとき、開梱前、開梱途中、開梱後の段階で写真をとり、最後に破損した食器の傷の写真をとり、メールして交換してもらったこともある。開梱前から写真記録を残すのが、交換を円滑に行うコツさ。
 20日に行ったお店。アミュプラザの「すし活」(回転ずし店で海鮮丼)、アミュプラザのオールウェイズでラーメン、アミュプラザのお土産品コーナー(こちらは、1階)。
 12月20日に歩いた歩数は、10,553歩。

12月21日
 今日は、長崎魚市場の水産食堂に行く日だ。市場の食堂だから朝早くから営業している。そして午後早くに営業が終わる。それで、バスも長崎駅前6時21発のバスに乗ることにし、ホテルを6時10分に出た。ホノルルでは、バスが発車時刻より早くでることがあるが、日本のバスは、そうしたことは、まず、ない。
 冬場の6時、それも九州の朝6時というと、まだ、真っ暗だ。赤道上で緯度が15度違うと、時間差は1時間になる。九州と東京の緯度の差をきちんと確認したことはないけど、時差は、おおよそ1時間ほどある。
 バスは始発ではないけど、時間通りに来た。バスの行先「石原」を確認し、バスをバス後方の乗車口から乗り、乗車するとき、乗車バス停を確認するために、スイカ読み取り機にスイカを近づけ、「ピッ」の読み取り音を確認した。非接触の磁場の読み取り確認だから、読み取りで実際に音がでるわけではない。アプリが音を出しているのだ。
 ちなみに、日本の非接触ICカードを交通系で初めて使ったのは、私の知識に間違いなければ香港だ。日本は、香港より導入が数年遅れた。日本の開発技術が日本より海外で評価され、最初に海外で導入された事例は、沢山ある。
 朝の暗い時刻なのに、停留所をすぎるにつて、乗客が増えた。長距離のバスに初めてのるのは、結構、落ち着かない。とんでもない方向のバスに乗ったかも知れないという不安があるからだ。外国の場合だと、この不安は、もっと大きなものになる。「事前調査は万全」と思うけどね。それでスマホのナビを動かして、バスが目的地に確実に向かっていることを確認した。私のスマホのデータ契約量は、少ないので、走行する車のナビには使いたくないのだけどね。
 全行程のバス停留所名は、メモしていなかったけど、「長崎魚市場」の降車バス停のいくつか前が「漁港入り口」と覚えてきたので、その名前が停車バス停案内に出てきたとき、やっと安堵した。やれやれだ。乗り過ごしをしないためのポイントは、降車停留所の何か所か前の停留所明を覚えておくと、外国でもめったに乗り過ごししない。海外のバスは、「次、降りる人はいませんか」なんて聞いてくれるバスはないのだ。 
 ハワイ旅行では、島の一方から反対側まで結構な長距離を何度もバスで移動した。海外のバスなどで困るのは、車内の停留所の案内などの表示装置が壊れて時が多いことだ。そうしたときは、案内放送だけが頼りになるので、聞き逃すまいと一層緊張する。何もかも、日本を標準に考えていると思わぬ失敗も起こる。ただし、日本のバス停名は、前後、何の脈絡もなくつけられているけど、海外、たとえば、ホノルルでは、路地名と路地番号が結構多く混じっているので、「ジャクソン3丁目」の次は、「ジャクソン4丁目」だったりして、わかりやすい面がある。ストリートからアベニューに曲がると、バス停の名前も変わるしね。
 でも、今回は、日本なのに失敗した。実際の失敗は、現地について安堵した後に来た。なんと、水産食堂の入り口に「本日休業」の案内があったのだ。12月の火曜日での唯一の休みだ。朝早くに開店しているお店が近くにあるはずもなく、仕方がなく、戻りのバス停に行き、長崎方面行きのバスの発車時刻を確認し、それまでの時間、日課の「散歩」することにした。ちなみに戻りのバスの本数は、往きと同じ、1時間に2本ほどで、どちらも、「長崎新地ターミナル」行バスで「長崎駅前」バス停を通過する。市電に乗り継ぐつもりであれば、市電との並行区間に入った時、市電に乗り換えるのがバス運賃節約になる。市電は、定額料金だし、私の場合は、市電は1日パスなのだ。
 チョンボしたので、戻りは、平和公園、原爆資料館、出島ワーフ、めがね橋を回って帰ることにし、昼食は、出島ワーフの「長崎港」ですますことにし、ゆっくりと各所を巡り歩いた。とくに出島の付近は、雰囲気が良いので、ゆっくりと歩いた。港には、海の観光旅行船が停泊していた。
 水産食堂は、どうするかって?もちろん、22日に再度挑戦する。
 戦争に関する人類の悲惨な遺産は、世界のあちらこちらにある。広島も、長崎も、アウシュビッツも、ホーチミン(戦争博物館)も行った。原爆も悲惨だけど、ガス室、枯葉剤による奇形児もとてもかわいそうだ。人は、悲惨な戦争を忌まわしい、すぎた出来事として見るかもしれないけど、私は、自分のなかに、戦争という異常な状態の中で、狂気に走る要素がまったくない、とは思はないので、自分という人間の恐ろしい可能性を思い、戦争を過去のこと、人がなしたこととは思わない。過去と同じことが起こったとき、自分がどうふるまえるかの問題としてとらえる。
 今だって、コロナの異常状態の中でも、何らかの異常を受けている人達がいると思う。異常な強度のストレス、出口のない長期間のストレスの中で、人は、本人が自覚しないうちに、自身の心の中で起っている変化に気づかないまま流されることもあるのだ。
 巡航高度での手りゅう弾の暴発、機体破損の危機、その後の88時間にわたる囚われの期間、何度となく繰り返された、数時間にわたるフリーズ(ホールドアップ)、短い滑走路への強硬着陸、その直後の機体爆破、それに続く緊急脱出のあと、帰国後東京地検にいろいろ聞かれたけど、検察官がポロっともらした言葉「乗客の人たちが、短い期間に各自が経験したそれぞれの心の変化-その変化は共通するものがあった」を聞き、ストレスで起こる心の変化、それを異常と思わない心の状況、同じことがこのコロナのストレスのもとでも起こっていると思う。今回の旅は、コロナで私の心の中で起こっていることを見つめるための旅でもあるのだ。
 長崎は、きれいな街だね。小さな家が重なって、日本の他の街と同じようなところもあるけど、総じていえばきれいだ。川にゴミがないし、水がすご~くきれいだし、ごみステーションが同じ装備になっていてきれいだ。家が積み重なっているように見える急な坂道が、山の頂上まで至るのかと思うほどある。
 私という人間は、少し変わっているのか、どこの国、どこの街にいっても、自分の脚と目と耳と口と心で歩くので、多くの人が見ないものを見、感じていないものを感じている気がする。アジアの国の川や海は汚れていることが多いし、ハワイでヨットなどの係留所に行くと、辺り一面、犬のふんだらけだ。罰則が厳しいといわれるシンガポールでも、たばこの吸い殻はあちこちに落ちているし、アジアの川や海は、一般にごみで汚れている。
 そうした目で見ると日本の街は、比較的どこもきれいだし、長崎は、特にこぎれいだ(もちろん、日本にも汚いところはある)。坂のある町は、眺めるには良いのだけど、年とって生活するのは難しいのではと心配する。まあ、都内には都電が1系統しかないけど、市電が雑踏の中を一所懸命に走るのは、景色としてよいね。市電には、何かひとのぬくもりがあるよね。
 町の地下鉄や路面電車もワシントン、ニューヨーク、バルチモア、ボストン、シカゴ(地下鉄)、ポートランド、 シアトル、バンクーバー(モノレール)、 香港、シンガポール(地下鉄)、ロンドン、パリ、他の欧州の都会などなどなど、特に目的もなく端から端に乗ってきた。今回、長崎でも、全路線、端から端まで乗るつもりだ。5路線しかないけどね。
 21日に行った食のお店は、出島ワープ店の「長崎港」。浜町の「若竹丸」のみで、朝食はパスした。歩いた歩数は、14,297歩だった。平和公園、原爆資料館、出島、めがね橋を歩いたので、少し歩数が多かった。もしかしたら、近いうちにワイフとお遍路する話があるので、歩きは続けていく。本当は、ポルトガルで巡礼をしたいのだけどね。
 なお、歩き始めてから、変えたことがある。サプリメントをすべてやめたことである。サプリメント屋さんが人々の不安をあおり、何かが悪い、何かが足らない、というような不安掻き立ての勧誘に陥らないことにしたのだ。
ひとつには、ホームドクターになります、というクリニックを探し、そのドクターに継続的に健康を観察してもらい、何の薬も飲まなくても、血圧は正常であり、血糖値が少し高いけど、インスリンの分泌が正常であり、血圧も正常であるとのホームドクターの意見にしたがい、何も治療はしていないし、歩きを始めてから、太らなくなったので、サプリメントに使うお金を食材に使うことにしたのだ。

12月22日
 今日は、水産食堂挑戦の2日目だ。もちろん、今日こそは、店は休業していない。駅前のバスターミナル1番に10分ほど前に行ったら、今日はどういうわけか、何人かの人がすでに来ていた。
 一人で旅行をしていると、ツアーなどでは、出会えない街の雰囲気にも出会える。長崎の街では、街全体がコロナ対策に取り組んでいるようだ。例えば、どのバスも、どの市電も車内は、すごく寒い。どこからか風が入って生きている。よく見まわると、いくつかの窓が少しずつあけてあるのだ。乗客が閉めようと挑戦しても閉まらない。市電の中には、ポリ手袋の箱が取り付けてあった。
 SARSのとき、バカなことを計画して、香港まで街のSARS取り組みを見に行った。香港の人は、よく、道端で唾を吐くので、どうなっているのか、わざわざ見に行ったのだ。もちろん、唾を吐くのをやめるよう案内があり、トラムの中には、ティッシュボックスが取り付けてあった。長崎の市電のポリ手袋箱で、香港の市電の取り組みを思い出した。
 時刻が21分になったら、2台のバスが続けてきた。どちらのバスかと、ちょっとまごついたけど、「三重(石原経由)」の方に乗車した。途中の停車場でも乗車する人が多めで、ただし、降車の人も多かったので、車内は、それほどの混雑にならなかった。
 朝7時に近くなると、さすがに夜が明けた。バスを魚市場でおり、バスの進行方向に少し行くと、左に入る道路があるので、これに沿って行くと、次の十字路を左に曲がったところに水産食堂がある。今日は、明かりがつき、人の温みがあったので、安心した。
 水産食堂は、魚市場で働く人たちの食堂で、そんなに大きな食堂ではなく、主な利用者は、魚市場で働く人たちだ。記憶が定かでないけど、これと同じ種類―魚市場で働く人たちの食堂としては、佐賀の魚港で行ったことがある。佐賀の場合は、魚市場の中に入って行って、魚の荷揚げ場の並びにあり、片方は、岸壁に接していた。長崎魚市場の場合は、どこにも監視員がおり、魚市場の中には入っていけない。
 魚市場に働く人たちの食堂の場合、街中のレストランと異なり、華美な装飾はなく、「普通の食堂」という感じである。佐賀の場合も、長崎の場合も、大人数を受け入れるほどの席はなく、規模は小さい。駐車場は大きいけれど、観光バスが乗り入れるような大型の駐車スペースはない。ツアーのお客は、来ないのだ。
 佐賀の場合も、長崎の場合も、メニューを見ると肉類のメニューが多くあり、魚市場だから魚メニューだけかと思って訪ねると、思い込みが外れる。共通していたのは、メニューのほかに、カウンターにいくつかの総菜の盛皿(大皿)があり、そこからも、「これ」と指定できることだ。私が選んだメニューは、もちろん、お魚メニューだ。メニューから海鮮丼の定食を頼み、大皿からは、鯛のかぶと煮を頼んだ。かぶと煮は、温めなおしてくれるという。力仕事の人たちの食堂だから、多めのごはんで、鯛のかぶと煮と鯛の味噌汁だけでも、おなかがいっぱいになった。
 食事のあと、となりのブロックのお土産屋さん(「うみと大地のめぐみ」)に寄り、鮮魚をお世話になっている人に送ろうと思ったけど、年末の繁忙期なので、運送にどのくらいの日数がかかるかわからず、お酒のおつまみになる干物を選んで発送した。こちらも、私の指定の宅配便屋さんを使っていた。
 朝が早かったので、食事が終わっても、時間はたっぷりとあったので、赤迫から、市電にのり変え、諏訪神社に行った。結構な数の石段を上り、本殿まで行き、さらに奥の方まで行った。お祭りのときは、人であふれるのだろうと思うけど、訪れた日は、人影はほとんどなかった。
 帰り、市電の諏訪電停の近くに商店街があったので、覗き歩きし、カンコロ餅を作っている店があったので、そこでカンコロ餅を買った。これは、持って帰る。1日位なら、まだ、固くならないとのこと。
 朝が大食だったので、昼は、カンコロ餅屋さんで、ふかしまんじゅうを買い、ホテルに戻って簡単にすました。
 22日の午後は、一寸だけ、リモートの仕事があるので、ホテルに戻り、パソコンで仕事した。私の仕事は、場所を問わないし、電話かインターネットがあれば仕事ができるのだ。ワーケーションは、20年以上前から行っている。
 会議参加者のパソコンを連動させる会議では、昔は、シスコのアプリ利用の会議が多かったけど、今は、マイクロソフトのアプリを使うケースが多くなった。会議は、すべてお客様がセットするので、私は参加するだけで良い。
 仕事が終わった後、外出し、JR駅構内で、スイカの残高を調べ、帰宅するまでの不足分をスイカに追加した。今回の旅で、スイカで使った金額は、8、000円になった。
 その後、駅の南側を見、新しいヒルトンホテルを見つけた。
 22日の夕食は、浜町の「吉宗」にした。市電で「観光通」の近くだ。吉宗で頼んだのは、蒸しずし・茶わん蒸しのセットのメニューとカキフライだ。ワイフと娘は、茶わん蒸しが大好きなので、大きな器のおいしい茶碗蒸しは、喜ぶかもしれない。素朴な味わいだね。長崎の想いでとしては、パスできないメニューだ。
 22日の食事は、朝は、水産食堂の海鮮丼と鯛のかぶと煮、昼は、カンコロ餅屋さんで買ったふかし饅頭、夜は、浜町の吉宗で蒸しずし、茶わん蒸し、カキフライを食べた。
 22日の歩数は、11、035歩だった。諏訪神社は、階段の上り下りはきつかったけど、歩数はそれほどでもなかったようだ。

12月23日
 帰宅の日だ。飛行機は12時10分発。東向便は、ジェット気流に乗るので、飛行時間が短い。飛行機は、気流の乱れはあるようだったけど、快晴の中を飛んだ。
 飛行機には、気流速度と対地速度があり、送り風が強いと、飛行機の速度が対地速度で音速に近づく。気流速度ではないので、何も起こらないけどね。滞在期間中、快晴だった。私は、晴男と思う。海外で雨に出会ったことも少ない。
 やはり、オミクロンは、来そうな感じだ。しばらく、おとなしくしていよう。
 

終わり

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
グルメ
4.5
ショッピング
4.0
交通
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス JALグループ 徒歩 ジェットスター
旅行の手配内容
個別手配
11いいね!

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