2021/09/01 - 2022/05/30
1272位(同エリア17046件中)
ばねおさん
パリの南部14区に位置するモンスリ公園 ( Parc Montsouris )は、 ナポレオン3世の時代にオスマンのパリ大改造によって作られた公園のひとつで、同じ時期(1860~1870年)には、ブローニュの森やヴァンセンヌの森、ビュット・ショーモン公園も生まれている。
もともとは植物が育ちにくい採石場であった場所だが、今では多くの巨木もあり、起伏にとんだ広大な草地には花々が植えられ、四季の変化も楽しめる緑園となっている。
15ヘクタール以上の広さがある園内には、水鳥たちが棲家にしている池や、人形劇場、養蜂場、炭酸水供給所、軽食堂、売店、レストラン等々の施設が点在し、子供たちに人気のポニーの周遊もある。
また、この公園の周辺には、いくつものアトリエ建築群があって、成功し世に名を知られた作家たちが居を構え、活動の場であっただけに、モンパルナス駅周辺の貧乏長屋のような建物と比べると、格段に立派である。
かっての徴税請負人たちの住居があった一戸建ての通りや、オーギュスト・ペレやル・コルビュジェが手がけたアトリエ建物など、歴史的に興味深い建築物も数多い。
ガイドブック等にほとんど取り上げられていないこの一帯だが、知れば知るほど数々の物語があるとても奥深い地区なのだ。
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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自分にとってお気に入りの散歩コースでもあるモンスリ公園への道筋はいくつかあるのだが、最終的にはダンフェール・ロシュロー広場へ出て、ベルフォールのライオン像 Le Lion de Belfort を背にしてルネ・コテイ通りの並木道を進むのが定番となっている。
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モンパルナスから徒歩で20分ほどのダンフェール・ロシュロー Denfert-Rochereau には、メトロ4,6号線とRER B線の駅が置かれているので、足の便もすこぶるよい。
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かってのパリの城壁の間に設けられた≪地獄の関税徴収所≫は、今では東側がカタコンブの入り口、西側がレジスタンス博物館(正式にはMusée de la Libération de Paris - musée du Général Leclerc - musée Jean Moulin)として用いられている。
こちらはレジスタンス博物館で、第2次大戦中の記録を主に展示している。
3月に訪問した折に、見学を終えて出ようとしたところ、わざわざ追いかけてきた人に声を掛けられた。ここで働いている日本人職員ということで、少々驚いたが、こうした施設で仕事に従事している日本人がいることを知って誇らしく思った。 -
こちらは東側の建物。
写真右手に人骨の展示で有名なカタコンベの入り口がある。 -
ダンフェール・ロシュロー広場を後にして、モンスリ公園まで真っ直ぐに延びたルネ・コテイ通り。
通りの真ん中を歩行者専用の並木道が続いているので、ただのんびりと歩いていくことが出来る。 -
道沿いにある画材店「セヌリエ SENNELIER」 。
こうした場所に店を構えているのも、やはり故あってのことだ -
近隣には大小のアトリエが数多くあって、今も多くのアーティストたちが活動の拠点にしている様子がうかがえる。
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立派なアトリエ建築の横には高台へと続く階段があり、その名もアルティスト
(アーティスト)通り Rue des Artistes。 -
いかにも通りの名にふさわしそうな建物が目を引く
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路上に描かれた文字通りのストーリートアート。
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やがてアルティスト通りは貯水場にぶつかり、左に道なりに下っていくとモンスリ公園だ。
塔の上に立つ像は、ジュール・クータンJules Coutans作「武装する平和」 -
かっては草木の育ちにくい採石場であったというが、今では多くの巨木もあり、緑豊かな大公園となっている。
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敷地は起伏にも富んでいて、開放されている草地には、あっちでゴロゴロ、こっちでゴロゴロと寝転んでいる姿が至る所にある。
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モンスリ公園のモンは山、スリsourisはネズミたちの意味なのだが、地名に残るほど多くのネズミがこの一帯を棲家にしていたのだろうか。
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「ネズミの侵入を阻止しよう!」
と、どこの公園にも掲げられている標示なのだが、ここモンスリ公園で見ると少々可笑しさがある。
ネズミ山にネズミは入れまじ! -
北東側には広い面積を持つ池があり、野鳥や水鳥たちを目にすることが出来る。
時にはセーヌのカモメも紛れ込んではいるが -
季節を問わず池沿いのベンチは人気のスポットだ
ただぼんやりと水辺を眺めたり、読書をしたり、日光浴をしたりで、思い思いの時間の過ごし方をしている。
この背後には子供たちの遊び場があって。休日には子供連れで大賑わいとなる。 -
実は公園の池には、知る人ぞ知るワニがいるのだが、長年の風雪でやや傷みが感じられる。
それと、フォルムにもう一工夫が必要だ。
草陰にいる姿は、へたをすると大きいバッタと間違えられそうだ。 -
不動のワニと並んで、公園の池を代表するもうお一方は黒鳥さん。
人懐こく、時には何かおねだりにやってくる。 -
パリの大きな公園には必ずあるのが回転木馬とポニーの周遊
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お食事中、ちょっと失礼します
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公園内には鉄道(RER B線)が通っていて、シテ・ユニベルセール Cité Universitaire(大学都市)駅 がある。
向かいにある国際大学都市も緑豊かな広大な敷地を持っているが、さまざまな国の学生たちがここで語らっている姿も多く見かける。 -
向こうに見えるのが国際大学都市。
お国柄を反映した各国の特色ある建物やル・コルビュジェの作品を直に見ることができる。
日本館(薩摩館)には、フジタの大きな壁画が2点掲げられている。 -
こちらは現役ではないが、パリ環状線(プティット・サンチュール)の廃線路。
1934年に廃止になったプティット・サンチュールは、パリ市内の各所に残っていて、再活用のための整備が進められており、廃線路は遊歩道に、旧駅舎はレストランやギャラリーなどに利用されている。 -
そのプティット・サンチュールのいくつかを辿ってみたことがあるが、外周部分だけに丘あり谷あり森ありと、それぞれの場所の特徴もあってなかなかに面白い。
写真は15区の開放部分。
この先も、次第に整備されていくようであるが、自然を出来るだけ残していく方針のようで、どのような形で出会えるのかが楽しみだ。
モンスリ公園内のプティット・サンチュールもいずれは公開されるようになるのだろう。 -
手元に2008年11月に訪れた時の様子が写真に残っていた。
モンスリ公園内ではあるが、トンネルの形状が違うので、もう一つ別の場所だろう。 -
蒸気機関車が走っていた頃の写真が、公園内に展示されている。
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リュクサンブール公園やブラッサンス公園と同様に、ここにも養蜂場があり、ミツバチたちのカラフルな住まいが行儀良く並べられている。
ここでとれた新鮮なハチミツは公園内にあるレストランや売店などでクレープのトッピングとして注文ができる。 -
園内の売店。
その名は、Une Souris Verte「緑のネズミ」。
あまり店名を意識しないほうがよさそうだ。 -
こちらは「La Bonbonnière」(「お菓子箱」あるいは「キャンデイボックス」の意)
ワッフルやクレープ、アイスクリームなどを提供している。 -
ここでハチミツ入りのクレープを注文した折のこと、この席に座ったマダムが連れていた子犬を隣席のこのボス顔犬が威嚇していた。
飼い主は知らん顔で食べることに専念中。
困ったマダムが席を替わってくれというので、こちらに移動してきたのだが、ボス顔犬は執拗に子犬の行方を追っている。
この飼い主にしてこの犬あり、というひとコマ。
ハチミツ自体は、さわやかな味である。 -
ここには他の公園にはない唯一の存在として、150年以上前に設置された気象観測所(Station Meteologique)があり、現在もしっかり稼働している。
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テレビで毎日報道されるパリの気温や天気はこれらの観測機器のデータを元にしている。
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観測所といえば、昔の天体観測所らしき建物が一隅にある。
昔の写真でみると、もうひとつ双子のような建物も並んで見えるが、今は存在していない。 -
公園南側にある「 Mire du Sud」。
パリ子午線を具象化した記念碑なのだが、実際の子午線とは一致していないという。
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公園東側にある無料の炭酸水供給所。
パリ市が提供する無料の炭酸水供給所は13カ所あるそうで、その一つがこちら。
容器を持参していけば、誰でも自由に炭酸水をもらうことができる。 -
こちらは大気球で知られる15区シトロエン公園の炭酸水供給所で、近くに住んでいた頃によく利用させてもらった。
以前は可愛らしい水筒やら空のペットボトルなどが販売されていて、お土産に大人気だったそうだが今は無料炭酸水のみの提供となっている。 -
モンスリ公園炭酸水供給所の近くにある階段。
映画『5時から7時までのクレオ』のシーンにも登場する場所だ。 -
公園東側のカザン通り沿いにあるレストラン、「パビリオン・モンスリ Pavillon Montsouris」は、サルトルとボーヴォワールをはじめ多くの著名人が出入りしたことで知られている。確かヘミングウェイの本にもこの店は登場しているはずだと記憶している。
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道路側とは別に公園内にも出入り口がある。
公共の施設内にあるのだから、さほどの値段でもあるまいと店頭墓メニューを覗くと案に相違して意外な数字が並んでいる。 -
桜が咲く頃は、園内のあちらこちらで写真を撮る姿を見かける。
この日も日本人らしきカップルがしきりとシャターを押していた。 -
4月のある日、園内を歩いていたら、大きな白いオウムを連れたマダムに出会った。
写真の許可を求めたら、快くいいわよということで何枚か撮らせていただいたのだが.. -
間もなくして、カメラマンを伴ったマイクを持った男性が登場。
どうやら事前の打ち合わせがあったようで、ここでインタビューが始まった
いかにもカメラ慣れした様子のオウム
それにしてもこのマダム、どこかで見覚えがあるのだが...どなたでしたっけ? -
公園西側のナンスティ通り沿いには、いくつかの古い石畳の小道がつながっている。
そのひとつ、スクエアモンスリ SQUARE MONTSOURIS。
通り抜けられるが、私道扱いのため多少遠慮がちに入る必要はある。 -
スクエアモンスリ には、アール・ヌーヴォーやアール・デコ様式の建築物がいくつも残っていて、「コンクリートの父」と称された建築家オーギュスト・ペレ兄弟の家やフジタがユキ夫人と住んでいた頃のアトリエもある。
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金子光晴がこのフジタのアトリエでのことを書いている部分を抜粋してみた
「藤田嗣治がモンスリにいたので、訪ねていって、机の曳出しにいっぱいつまった、今でいうポルノ写真を勝手にみて、僕は戻ってきた。」
「新鋭詩人デスノス」は、「藤田の家でごろごろねころがって、お雪さんと名づけた藤田の女から、シチュウのようなものをつくってもらって、食っては寝てくらしていた。」と、デスノスとユキとの関係にも言及している。 -
「新鋭詩人」ロベール・デスノス(Robert Desnos)については、金子光晴の手厳しい人物評の影響だろうかあまり好感を持てずにいるのだが、ゲシュタポに逮捕され収容所で書いた「3本のスズラン」という詩だけは好きだ。
15区のブロメ通りRue Blometに、アトリエの跡地を公園にした「Squarede l'Oiseau-Lunaire」があり、保存されているワークショップの建物やミロの作品とともにデスノスに言及した碑文が掲げられている。 -
スクエアモンスリでは、カメラを手にしたり、わざわざ見学にやってきたらしい人の姿を時折見かける。
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お目当ては、こうしたアルザス風の木組みの意匠の家や
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古典的な佇まいの建物など、多種多様な家々の外観見学である。
パリっ子にとっては高嶺の花だが、郊外に居を構えるひとにとっては家づくりの参考になるのかもしれない。 -
ひとつひとつが個性的というべきか、統一感がなくバラバラとみるべきか。見る人の感性によって評価は大きく分かれそうだが、被写体としては面白い建物が並んでいることに間違いはない。
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まあ、各種各様のモデルハウスが並んでいると思っても間違いはない。
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通りの出口にあるのが、アメデエ・オザンファンの白い建物。
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ル・コルビュジェがパリで最初に建てたアトリエ建築である。
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オザンファンの向かいにあるのは貯水場
アルテイスト通りの斜め反対側に居ることになる。 -
貯水場側から眺めたオザンファンの建物外観。
こうした建物は外から眺めていても、その良さが分からないのだが、内部を見学させてもらう手立てがないため、見るだけ~ -
スクウエアモンスリの南隣にはジョルジュ・ブラック通り Rue Georges Braqueがある。
名前の由来はもちろん巨匠ジョルジュ・ブラック。 -
「通り」とはなっているのだが、実際は行き止まりの袋小路である。
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ジョルジュ・ブラック通りの入り口にある建物は、特徴のある屋上を持つ Villa Guggenbühl。
建築学的にはかなり有名であるらしい。 -
角度を変えてあれこれ見るのだが、素人的にはどこが素晴らしいのかが良く分からない。
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ブラック通りに面する建物はいずれも大きく、前面を樹木で覆われているので、なかなか様子が掴めない。
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やはり、巨匠と呼ぶにふさわしい大きさと言うべきなのか
ブラックのアトリエはオーギュースト・ペレによるもので、ブラックは亡くなるまでの35年間をここで過ごしている。 -
こうした建物は前面道路との距離や奥行きがあってこそ映えると思うのだが、狭い道から見上げると、ただ圧迫感しかない。
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建物の大きさに比して、何とも可愛い門扉が多い。
これで門扉まで堅牢豪華だと、いい加減うんざりするところだが、バランスの妙というべきか -
この通り、めったに人の姿は見かけないが、小鳥の巣箱が柱に括りつけられていた。
ここを寝ぐらとしているのは、一握りの住民と、割り当てられた小鳥さんのようだ。 -
ブラック通りのさらにもう一本南にあるのが、パルク・ドウ・モンスーリ通り Rue du Parc Montsouris だ。
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コの字形になっているので、ぐるりと回って再び元の通りへ出てくることになる。
アトリエ建築といっても、実に多様であることをここへくると教えられる。 -
ここにはまた、目を引く建築物も多く、歴史的建造物として指定されているものもある。
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こちらは(おそらく)アトリエ建築ではないが、古色満載で周囲とは全く肌合いを異にする際立った存在だ。
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モンスリ公園周辺のアトリエ街の最後は、ヴィラ・スーラ VlLLA SEURAT。
アルテイスト通りの方角にある一画で、1920年代にアンドレ・ルルサ André Lurçat やオーギュースト・ペレによって建てられた芸術家のための街区である。
点描画で知られるスーラ Georges Seuratの名前から由来しているが、この地とスーラは無縁のようだ。 -
こちらも行き止まりの袋小路である。
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建物は近代的で、特にこれといった特徴はないような印象だが、よく見るとそれぞれに個性を持っていることが分かる。
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多くの画家や作家たちが住んでいたこの街区には、今もさまざまなアーティストたちが活動の場としている。
一般的に知られているのは、ダリやスーチンだろうか。
ヘンリーミラーもこの通りの奥まった住居に滞在して『南回帰線』を執筆している。 -
2022年5月現在、アンドレ・ルルサとジャン・ルルサ Jean Lurçat 兄弟のアトリエが、文化省の歴史的補修工事の対象として着手されることが予告されていた。
石造りの建物は150年経っても、むしろ味わいが出てくるが、コンクリートの家は100年くらいで劣化していくということだろうか。
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