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伏見にて抹茶と酒浸りな午後。伏見は思っていた以上にいろいろあってずっとウロウロしていられました。

ふらり京都 5

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2019/09/22 - 2019/09/22

549位(同エリア1562件中)

旅行記グループ 2019 9

2

188

su3

su3さん

この旅行記スケジュールを元に

伏見にて抹茶と酒浸りな午後。伏見は思っていた以上にいろいろあってずっとウロウロしていられました。

旅行の満足度
5.0
交通手段
高速・路線バス 徒歩

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  • 路線バスに揺られて伏見に到着。

    路線バスに揺られて伏見に到着。

  • まずは大手筋商店街へ。

    まずは大手筋商店街へ。

    伏見大手筋商店街 市場・商店街

    割と活気がある商店街 by su3さん
  • 商店街は思っていたより賑やかで楽しいです。

    商店街は思っていたより賑やかで楽しいです。

  • 流石、伏見です。良い感じの酒屋さんがありますね。

    流石、伏見です。良い感じの酒屋さんがありますね。

  • お目当てのお店に到着。<br />喫茶ができると聞いてきたんですが、見た目は普通のお茶屋さん。

    お目当てのお店に到着。
    喫茶ができると聞いてきたんですが、見た目は普通のお茶屋さん。

    茶寮 油長 グルメ・レストラン

    奥には喫茶室 by su3さん
  • 店の奥へ進むと喫茶店になっていました。なかなか良い感じの店内ですね。<br />地元の方の憩いの場のようで、何組かのご婦人が楽しそうにお喋りに花を咲かせていらっしゃいました。

    店の奥へ進むと喫茶店になっていました。なかなか良い感じの店内ですね。
    地元の方の憩いの場のようで、何組かのご婦人が楽しそうにお喋りに花を咲かせていらっしゃいました。

  • 抹茶のセットがコーヒーや紅茶より安く設定されているのはお茶屋さんならでは何でしょうか。

    抹茶のセットがコーヒーや紅茶より安く設定されているのはお茶屋さんならでは何でしょうか。

  • せっかくお茶を売っているお店に来たのですから抹茶セットをたのみましょう。

    せっかくお茶を売っているお店に来たのですから抹茶セットをたのみましょう。

  • 予想を超えた大きさの上に酒粕クリーム入り抹茶ロールがやって来ました。<br />美味い!お得感満載でより嬉しくてホクホク。

    予想を超えた大きさの上に酒粕クリーム入り抹茶ロールがやって来ました。
    美味い!お得感満載でより嬉しくてホクホク。

  • 流石にお茶屋さんだけあって抹茶も美味しかったです。

    流石にお茶屋さんだけあって抹茶も美味しかったです。

  • お店を出て月桂冠大倉記念館へ向かいます。

    お店を出て月桂冠大倉記念館へ向かいます。

  • お洒落なお店があるなと近寄ってみると、吉嘉という甘味屋でした。<br />飲み物以外では黒蜜抹茶氷や果物から作ったシロップを使ったカキ氷を出しているようです。

    お洒落なお店があるなと近寄ってみると、吉嘉という甘味屋でした。
    飲み物以外では黒蜜抹茶氷や果物から作ったシロップを使ったカキ氷を出しているようです。

  • こちらは酒蔵の一角に作られた酒の器Toyodaというギャラリーショップ。<br />それほど広くない店内にはセンスのいい酒器がたくさんありました。関東から九州までの作家が作った酒器のがずらりと並んでいる様は、この街にぴったりな感じがしますね。

    こちらは酒蔵の一角に作られた酒の器Toyodaというギャラリーショップ。
    それほど広くない店内にはセンスのいい酒器がたくさんありました。関東から九州までの作家が作った酒器のがずらりと並んでいる様は、この街にぴったりな感じがしますね。

  • 炭火焼の藤山の先にはおでん専門店べんがらやの提灯。<br />どちらも日本酒に合いそうですね。

    炭火焼の藤山の先にはおでん専門店べんがらやの提灯。
    どちらも日本酒に合いそうですね。

  • 大倉家本宅の先から月桂冠本社が見えました。<br />月桂冠大倉記念館までもう少し。

    大倉家本宅の先から月桂冠本社が見えました。
    月桂冠大倉記念館までもう少し。

  • 記念館の建物が見えてきました。<br />虫籠窓と犬矢来があるのが良い感じですね。

    記念館の建物が見えてきました。
    虫籠窓と犬矢来があるのが良い感じですね。

  • 月桂冠大倉記念館に到着。<br />こちらはかつての酒蔵を活用し、1982年に開館した酒の博物館です。建物自体も近代化産業遺産に認定されています。中に入ってみましょうか。

    月桂冠大倉記念館に到着。
    こちらはかつての酒蔵を活用し、1982年に開館した酒の博物館です。建物自体も近代化産業遺産に認定されています。中に入ってみましょうか。

    月桂冠大倉記念館 美術館・博物館

    伏見の酒の博物館 by su3さん
  • 中に入ると玄関のすぐ左には、明治時代の帳場が再現されていました。<br />月桂冠の印の入った火鉢や両替天秤、大台帳や杜氏が着る服などが展示されていますね。和ダンスの上には昔の電話まであって、なかなか面白い展示でした。奥の木は何だろう?

    中に入ると玄関のすぐ左には、明治時代の帳場が再現されていました。
    月桂冠の印の入った火鉢や両替天秤、大台帳や杜氏が着る服などが展示されていますね。和ダンスの上には昔の電話まであって、なかなか面白い展示でした。奥の木は何だろう?

  • 受付で手続きをします。手続きを終えたところでおみやげにどうぞとお猪口付きのお酒をいただきました。これ市販で売っているやつじゃん。そのままもらえるなんて嬉しい。<br />ちなみにエントランスになっている土間には米の洗い場の板石が敷かれているんだそうです。

    受付で手続きをします。手続きを終えたところでおみやげにどうぞとお猪口付きのお酒をいただきました。これ市販で売っているやつじゃん。そのままもらえるなんて嬉しい。
    ちなみにエントランスになっている土間には米の洗い場の板石が敷かれているんだそうです。

  • まずは外から見学スタート。<br />中庭に向かいます。

    まずは外から見学スタート。
    中庭に向かいます。

  • 中庭に向かう途中にあった桃山丘陵の地下奥深くに涵養された伏流水を汲み上げている井戸。軟水らしいまろやかな水は口当たりがよかったです。鉄分が少なく酒造りに適した「さかみづ」と呼ばれる水は、古くは酒の別名「栄え水」と呼ばれていたところからきているようです。

    中庭に向かう途中にあった桃山丘陵の地下奥深くに涵養された伏流水を汲み上げている井戸。軟水らしいまろやかな水は口当たりがよかったです。鉄分が少なく酒造りに適した「さかみづ」と呼ばれる水は、古くは酒の別名「栄え水」と呼ばれていたところからきているようです。

  • とっても広い中庭に到着。<br />

    とっても広い中庭に到着。

  • 記念撮影用の看板。<br />団体で訪れる方が多いのでしょうね。

    記念撮影用の看板。
    団体で訪れる方が多いのでしょうね。

  • 煙突がある長屋は内蔵酒造場だそうです。

    煙突がある長屋は内蔵酒造場だそうです。

  • 長屋の入口には杉玉。<br />戸の前にある注連縄は、神聖な酒蔵への入り口を区切る結界としての意味を持っているそうです。

    長屋の入口には杉玉。
    戸の前にある注連縄は、神聖な酒蔵への入り口を区切る結界としての意味を持っているそうです。

  • この煙突からは米を蒸した時の煙が出るんでしょうか。

    この煙突からは米を蒸した時の煙が出るんでしょうか。

  • 竹で組まれた物干し台。<br />

    竹で組まれた物干し台。

  • 洗濯物を留める用のピンがありました。米を蒸す時に使う布を干しているんでしょうかね。

    洗濯物を留める用のピンがありました。米を蒸す時に使う布を干しているんでしょうかね。

  • こちらにも井戸。<br />伏見七名水の一つでもある「さかみづ」はやはり良い水ですね。

    こちらにも井戸。
    伏見七名水の一つでもある「さかみづ」はやはり良い水ですね。

  • 奥に見える二階建ての建物は会所場だそうで、酒造りの合間、杜氏や蔵人が一堂に会して一服し、歓談する場となっています。徒弟制度の厳しかった昔は杜氏さんの座る場所は上座で、座ぶとん付きのところが多かったとか。

    奥に見える二階建ての建物は会所場だそうで、酒造りの合間、杜氏や蔵人が一堂に会して一服し、歓談する場となっています。徒弟制度の厳しかった昔は杜氏さんの座る場所は上座で、座ぶとん付きのところが多かったとか。

  • 平安時代に笠置寺の参道に置かれていたという笠置灯籠がありました。<br />ちなみに月桂冠の前身では笠置屋。ルーツとなる場所にあった灯籠ということでしょうか。こちらの灯籠は資料を基に復元された物だそうです。

    平安時代に笠置寺の参道に置かれていたという笠置灯籠がありました。
    ちなみに月桂冠の前身では笠置屋。ルーツとなる場所にあった灯籠ということでしょうか。こちらの灯籠は資料を基に復元された物だそうです。

  • ずらりと並んだ酒樽。<br />かつては発酵用の酒桶をこの庭にずらりと並べ、天日で干して乾燥させていました。<br />

    ずらりと並んだ酒樽。
    かつては発酵用の酒桶をこの庭にずらりと並べ、天日で干して乾燥させていました。

  • 中庭から北展示室に向かいましょうか。

    中庭から北展示室に向かいましょうか。

  • 館内に入ると日本酒の製造についての展示がされていました。

    館内に入ると日本酒の製造についての展示がされていました。

  • 京都盆地は京の底冷えという言葉からもわかるように、冬の寒さはかなり厳しい土地です。その京の入口であり、城下町時代に整備されたインフラによって大阪、奈良と京とを結ぶ水路、陸路の要にもなった伏見は、水の良さや経済的発展なども加わって酒造りに適した土地だったようです。

    京都盆地は京の底冷えという言葉からもわかるように、冬の寒さはかなり厳しい土地です。その京の入口であり、城下町時代に整備されたインフラによって大阪、奈良と京とを結ぶ水路、陸路の要にもなった伏見は、水の良さや経済的発展なども加わって酒造りに適した土地だったようです。

  • 京都では弥生時代には酒造りが始まっていたようです。<br />その後、天皇を中心とする政治の舞台に移り、酒宴が朝廷における重要な行事となっていっため、これに供される酒のすべてをまかなう酒造りの官営工房である「造酒司」が朝廷の中に設けられました。こうして酒造技術も、この司で特異的に進歩発展していきまます。

    京都では弥生時代には酒造りが始まっていたようです。
    その後、天皇を中心とする政治の舞台に移り、酒宴が朝廷における重要な行事となっていっため、これに供される酒のすべてをまかなう酒造りの官営工房である「造酒司」が朝廷の中に設けられました。こうして酒造技術も、この司で特異的に進歩発展していきまます。

  • 当時の宮中儀式や制度を規定した延喜式には、こうした造酒司における醸造法が記録されているそうです

    当時の宮中儀式や制度を規定した延喜式には、こうした造酒司における醸造法が記録されているそうです

  • こちらは精米していないコシヒカリ。<br />つまり玄米。食用米として有名な米ですね。

    こちらは精米していないコシヒカリ。
    つまり玄米。食用米として有名な米ですね。

  • 精米歩合70%のコシヒカリ。小さくなりました。純米酒はだいたいこの大きさの米が使われています。<br />ちなみに食用米の精米歩合は、おおよそ90%。食べる際に旨味となるタンパク質やでんぷんなどの成分が残るのはこの位の精米歩合でよいのですが、酒造りとなるとそれ等の成分が逆に苦味や雑味となってしまうんだそうです。

    精米歩合70%のコシヒカリ。小さくなりました。純米酒はだいたいこの大きさの米が使われています。
    ちなみに食用米の精米歩合は、おおよそ90%。食べる際に旨味となるタンパク質やでんぷんなどの成分が残るのはこの位の精米歩合でよいのですが、酒造りとなるとそれ等の成分が逆に苦味や雑味となってしまうんだそうです。

  • よく酒の原料となる山田錦の玄米。

    よく酒の原料となる山田錦の玄米。

  • 精米歩合35%の山田錦。かなり小さくなりましたね。<br />精米歩合が高くなると、より香り高い日本酒になるといわれています。精米歩合50%以下だと大吟醸に使う大きさなんですが、大吟醸酒がどれだけ贅沢に米を使って酒が作られているかがよくわかります。

    精米歩合35%の山田錦。かなり小さくなりましたね。
    精米歩合が高くなると、より香り高い日本酒になるといわれています。精米歩合50%以下だと大吟醸に使う大きさなんですが、大吟醸酒がどれだけ贅沢に米を使って酒が作られているかがよくわかります。

  • 洗米・侵漬するための酒造用具類がずらり。<br />洗米してぬかを落とし、侵漬して米に水を含ませます。洗米の時は白水を流した後、米洗唄を歌いながら素足で70回、50回、30回と3回に分けて踏み洗いをするそうです。

    洗米・侵漬するための酒造用具類がずらり。
    洗米してぬかを落とし、侵漬して米に水を含ませます。洗米の時は白水を流した後、米洗唄を歌いながら素足で70回、50回、30回と3回に分けて踏み洗いをするそうです。

  • こちらは蒸米するための甑。<br />水きりをした白米を甑に入れ、甑の下の穴から沸騰させた釜の蒸気を吹き込んで約1時間蒸します。蒸すことによって白米が発酵しやすくなるんだそうです

    こちらは蒸米するための甑。
    水きりをした白米を甑に入れ、甑の下の穴から沸騰させた釜の蒸気を吹き込んで約1時間蒸します。蒸すことによって白米が発酵しやすくなるんだそうです

  • 蒸し上がった米を仕込み蔵に運ぶための飯試という桶。ぶんじというスコップで入れ替えをします。飯試は結構な大きさの桶なので、米を入れて運ぶときにはきっととっても重いんでしょうね。

    蒸し上がった米を仕込み蔵に運ぶための飯試という桶。ぶんじというスコップで入れ替えをします。飯試は結構な大きさの桶なので、米を入れて運ぶときにはきっととっても重いんでしょうね。

  • 筵の上に蒸米を広げて冷まし、麹を作りやすくしたり、醪の温度や溶け具合を調節します。麹が繁殖しやすい温度は32℃前後。醪用の蒸し米は5~10℃前後だそうで、櫂割りという名の木製熊手ようなもので広げて冷やすそうです。

    筵の上に蒸米を広げて冷まし、麹を作りやすくしたり、醪の温度や溶け具合を調節します。麹が繁殖しやすい温度は32℃前後。醪用の蒸し米は5~10℃前後だそうで、櫂割りという名の木製熊手ようなもので広げて冷やすそうです。

  • 蒸米の下には敷布。

    蒸米の下には敷布。

  • 麹をつくる麹室。<br />麹を作るには冷ました米を床に広げて麹菌の胞子を散布し、手で十分に床揉みをして積み上げます。15時間後、固まった米を再び手で揉みほぐし、麹菌の繁殖を進めて3時間後、麹蓋に約1.5㎏ずつ盛り分け、それを棚に6枚ずつ積み重ねます。その後、2~3時間おきに仲仕事、積み替え、仕舞仕事、積み替え、と手を加えて約40時間で麹菌が出来上がるという、とても手間暇のかかる作業です。<br />室内は温度が約30℃、湿度が約60%に保たれ、温度・湿度を微妙に調節できる機能を保つため壁が厚く、窓のない構造になっています。換気のための天窓が通常2個か4個あり、天井部分に引き戸を設けて空気の出入りを加減しています。

    麹をつくる麹室。
    麹を作るには冷ました米を床に広げて麹菌の胞子を散布し、手で十分に床揉みをして積み上げます。15時間後、固まった米を再び手で揉みほぐし、麹菌の繁殖を進めて3時間後、麹蓋に約1.5㎏ずつ盛り分け、それを棚に6枚ずつ積み重ねます。その後、2~3時間おきに仲仕事、積み替え、仕舞仕事、積み替え、と手を加えて約40時間で麹菌が出来上がるという、とても手間暇のかかる作業です。
    室内は温度が約30℃、湿度が約60%に保たれ、温度・湿度を微妙に調節できる機能を保つため壁が厚く、窓のない構造になっています。換気のための天窓が通常2個か4個あり、天井部分に引き戸を設けて空気の出入りを加減しています。

  • こちらは酛を作る道具。<br />酛とは酒造りに適した酵母を純粋にしかも大量に培養したもので、蒸米、麹、水をよく混ぜ合わせ2~3時間おきに撹拌してつくります。酛摺り唄を歌いながらひとつの半切桶に2~3人が1組になって、へら櫂を使って蒸し米をすりつぶし、それを1本の酛桶へ移して低温で純粋酵母をつくるんだそうです。

    こちらは酛を作る道具。
    酛とは酒造りに適した酵母を純粋にしかも大量に培養したもので、蒸米、麹、水をよく混ぜ合わせ2~3時間おきに撹拌してつくります。酛摺り唄を歌いながらひとつの半切桶に2~3人が1組になって、へら櫂を使って蒸し米をすりつぶし、それを1本の酛桶へ移して低温で純粋酵母をつくるんだそうです。

  • 醪用の大桶。<br />こちらに酛を入れ、麹、蒸米、水を3回に分けて加えて混ぜ、酒を作っていきます。

    醪用の大桶。
    こちらに酛を入れ、麹、蒸米、水を3回に分けて加えて混ぜ、酒を作っていきます。

  • 蛙という名の作業用の足場板。<br />船に乗り降りする時などでも使いますよね。

    蛙という名の作業用の足場板。
    船に乗り降りする時などでも使いますよね。

  • 1日目の初添では、酛、麹、蒸米、水を全体の三分の一の量を加え、酵母の増殖を促すため2日目は仕込みを休みます。3日目の仲添では、麹、蒸米、水を全体の三分の二の量まで加え、4日目の留添ではさらに麹、蒸米、水を加え全量の仕込みを終わります。<br />その後は温度を15℃以下に調整し、並行複発酵方式という方法で糖化とアルコール発酵のバランスを取りながら約25日間でどぶろくを造るんだそうです。

    1日目の初添では、酛、麹、蒸米、水を全体の三分の一の量を加え、酵母の増殖を促すため2日目は仕込みを休みます。3日目の仲添では、麹、蒸米、水を全体の三分の二の量まで加え、4日目の留添ではさらに麹、蒸米、水を加え全量の仕込みを終わります。
    その後は温度を15℃以下に調整し、並行複発酵方式という方法で糖化とアルコール発酵のバランスを取りながら約25日間でどぶろくを造るんだそうです。

  • 樽が大きいので桶梯子を登って上まで行き作業をします。

    樽が大きいので桶梯子を登って上まで行き作業をします。

  • ここからできたどぶろくを移し替えるんでしょうね。

    ここからできたどぶろくを移し替えるんでしょうね。

  • こちらは酛、麹、蒸米、水をを混ぜる蕪櫂。主に酒母や醪の撹拌に用いられます。<br />最も一般に使用される櫂で、柄の先端に蕪の形をした台が取り付けられているのでこう呼ばれています。

    こちらは酛、麹、蒸米、水をを混ぜる蕪櫂。主に酒母や醪の撹拌に用いられます。
    最も一般に使用される櫂で、柄の先端に蕪の形をした台が取り付けられているのでこう呼ばれています。

  • 近年は泡なし酵母が主流となっているんですが、そうではないものは醪の表面に泡が生成されます。筋泡、水泡、岩泡、高泡というように泡の質も変わってくるんですが、発酵が盛んになってくると高泡が仕込み桶から溢れてしまうことがあるそうで、高泡には酵母が多く集結しており、泡を溢れさせると発酵が鈍る原因にもなるため、泡けし用の道具で泡を消すんだそうです。<br />ちなみに醪桶には泡が吹きこぼれないよう、泡笠と呼ばれる木製の枠を装着します。

    近年は泡なし酵母が主流となっているんですが、そうではないものは醪の表面に泡が生成されます。筋泡、水泡、岩泡、高泡というように泡の質も変わってくるんですが、発酵が盛んになってくると高泡が仕込み桶から溢れてしまうことがあるそうで、高泡には酵母が多く集結しており、泡を溢れさせると発酵が鈍る原因にもなるため、泡けし用の道具で泡を消すんだそうです。
    ちなみに醪桶には泡が吹きこぼれないよう、泡笠と呼ばれる木製の枠を装着します。

  • 汲試。<br />醪や酛をくみ出す際に用いた桶で、取っ手の部分の先は滑り止めのため太くなっています。

    汲試。
    醪や酛をくみ出す際に用いた桶で、取っ手の部分の先は滑り止めのため太くなっています。

  • 上槽のための酒槽。<br />醪を圧力をかけて搾りながらろ過して酒と粕に分離することを圧搾または上槽といい、こちらの酒槽が使われました。以前は醪を酒袋に詰めてこういった木製の槽の中に並べて搾ったので上槽という言葉が使われていたそうです。

    上槽のための酒槽。
    醪を圧力をかけて搾りながらろ過して酒と粕に分離することを圧搾または上槽といい、こちらの酒槽が使われました。以前は醪を酒袋に詰めてこういった木製の槽の中に並べて搾ったので上槽という言葉が使われていたそうです。

  • 酒槽のはね棒には重しをつけて上槽します。<br />上槽の最初に出てくる白濁した清酒を荒走り(にごり酒)、荒走り後に出てくる酒のことを中垂れ、最後に高圧をかけてからでてくる酒を責めといいます。荒走りを静置して沈澱させたり、ろ過機で濾して透明な酒にしたりもします。そうしてできた酒に火入れをして発酵を止めると貯蔵酒になる訳です。

    酒槽のはね棒には重しをつけて上槽します。
    上槽の最初に出てくる白濁した清酒を荒走り(にごり酒)、荒走り後に出てくる酒のことを中垂れ、最後に高圧をかけてからでてくる酒を責めといいます。荒走りを静置して沈澱させたり、ろ過機で濾して透明な酒にしたりもします。そうしてできた酒に火入れをして発酵を止めると貯蔵酒になる訳です。

  • 「槽=ふね」からの連想で、かつては、この工程の担当者を「船頭」と呼んでいたとか。<br />

    「槽=ふね」からの連想で、かつては、この工程の担当者を「船頭」と呼んでいたとか。

  • 醪を絞る時につかう新酒をうける垂れ壺という甕。<br />割れやすいため、外側を覆って保護しているそうです。確かにこれなら割れにくい。

    醪を絞る時につかう新酒をうける垂れ壺という甕。
    割れやすいため、外側を覆って保護しているそうです。確かにこれなら割れにくい。

  • こちらも酒槽。<br />かなり大きいです。

    こちらも酒槽。
    かなり大きいです。

  • お次は南展示室に向かいましょう。

    お次は南展示室に向かいましょう。

  • 玉泉の文字が書かれた絵が飾られていますね。<br />玉泉とは1637年に月桂冠の初代・大倉治右衛門が笠置の里からこの地にやってきて「笠置屋」という屋号と共に酒を造り始めたのですが、その時の酒の名前が「玉の泉」なんだそうです。<br />下には量り売り用の徳利、大倉家の家紋が付いた笠、1718年に記帳を開始した勘定帳などがありました。勘定帳には新酒、古酒、合酒、煮込、二度煮、おり酒あるいは寒酒、春酒それに酒粕で造る焼酎、その焼酎を利用して造る味醂、さらに、その焼酎と味琳から造る南蛮酒などの酒が記されているそうです。<br />幕府の制約がある中でもしっかり経営をしていた様子が伺えますね。

    玉泉の文字が書かれた絵が飾られていますね。
    玉泉とは1637年に月桂冠の初代・大倉治右衛門が笠置の里からこの地にやってきて「笠置屋」という屋号と共に酒を造り始めたのですが、その時の酒の名前が「玉の泉」なんだそうです。
    下には量り売り用の徳利、大倉家の家紋が付いた笠、1718年に記帳を開始した勘定帳などがありました。勘定帳には新酒、古酒、合酒、煮込、二度煮、おり酒あるいは寒酒、春酒それに酒粕で造る焼酎、その焼酎を利用して造る味醂、さらに、その焼酎と味琳から造る南蛮酒などの酒が記されているそうです。
    幕府の制約がある中でもしっかり経営をしていた様子が伺えますね。

  • 明治期に入り、第11代大倉恒吉による積極的な経営政策の元、業界に先駆け「大倉酒造研究所」を設立し、伝統的な酒づくりに科学技術を導入して酒質の改良を行いました。それと共に、画期的な「防腐剤ナシびん詰酒」を発売して東京をはじめ全国への販路を開拓します。経営についても洋式帳簿を取り入れ、仕入れや経費などの費用を可視化することで、500石で引き継いだ事業を50000石まで成長させました。<br />1874年1月に誕生した大倉恒吉は、優秀な兄を持ち、幼いころは比較され厳格な父からは期待されていなかったようです。しかし跡継ぎであった兄が急死してしまい、同じ年に力強い経営者だった父もあとを追うように亡くなってしまい、わずか13歳の少年が11代目として家業を継ぐことになりました。<br />母のヱイは恒吉を蔵人と共に働かせ、米の買い付けには親子そろって向かうなど、二人三脚で酒造りに奔走したそうです。当時、酒造りは杜氏・蔵人にまかせるのが普通であって、当主の仕事とは帳場にいることでしたので、かなりの現場主義ですよね。<br />こうして鍛えられた恒吉だからこそ、瓶詰の酒の販売を推し進め、消費者の生活の変化にいち早く呼応できたのでしょうね。

    明治期に入り、第11代大倉恒吉による積極的な経営政策の元、業界に先駆け「大倉酒造研究所」を設立し、伝統的な酒づくりに科学技術を導入して酒質の改良を行いました。それと共に、画期的な「防腐剤ナシびん詰酒」を発売して東京をはじめ全国への販路を開拓します。経営についても洋式帳簿を取り入れ、仕入れや経費などの費用を可視化することで、500石で引き継いだ事業を50000石まで成長させました。
    1874年1月に誕生した大倉恒吉は、優秀な兄を持ち、幼いころは比較され厳格な父からは期待されていなかったようです。しかし跡継ぎであった兄が急死してしまい、同じ年に力強い経営者だった父もあとを追うように亡くなってしまい、わずか13歳の少年が11代目として家業を継ぐことになりました。
    母のヱイは恒吉を蔵人と共に働かせ、米の買い付けには親子そろって向かうなど、二人三脚で酒造りに奔走したそうです。当時、酒造りは杜氏・蔵人にまかせるのが普通であって、当主の仕事とは帳場にいることでしたので、かなりの現場主義ですよね。
    こうして鍛えられた恒吉だからこそ、瓶詰の酒の販売を推し進め、消費者の生活の変化にいち早く呼応できたのでしょうね。

  • 大倉式猪口付き壜とワイン壜。<br />なかなか素敵なデザインですよね。当時はとてもハイカラなデザインととらえられたことでしょう。

    大倉式猪口付き壜とワイン壜。
    なかなか素敵なデザインですよね。当時はとてもハイカラなデザインととらえられたことでしょう。

  • 大倉酒造研究所の説明共に、恒吉がフィードバックを大切にしていた証である「注意帳」が展示されていました。失敗を記録するための帳面、つまりノートですが、ただ失敗を書きつけておくだけではなく、「失敗を繰り返さざるよう注意すべき事項」「失念しやすき件」「将来改善を要する件」などの項目が並んでおり、失敗から学ぶ姿勢を重要視していたことがうかがえます。<br />恒吉は、事業を拡大するにつれ、病院建設の用地や資金を寄付、消防署のための土地を提供するなど、伏見の町へと援助を惜しみませんでした。それは幼いころ、同業者や町の世話役が自らを支援してくれたことへの恩返しとしての行動だったようです。

    大倉酒造研究所の説明共に、恒吉がフィードバックを大切にしていた証である「注意帳」が展示されていました。失敗を記録するための帳面、つまりノートですが、ただ失敗を書きつけておくだけではなく、「失敗を繰り返さざるよう注意すべき事項」「失念しやすき件」「将来改善を要する件」などの項目が並んでおり、失敗から学ぶ姿勢を重要視していたことがうかがえます。
    恒吉は、事業を拡大するにつれ、病院建設の用地や資金を寄付、消防署のための土地を提供するなど、伏見の町へと援助を惜しみませんでした。それは幼いころ、同業者や町の世話役が自らを支援してくれたことへの恩返しとしての行動だったようです。

  • 酒を酌み交わし、歌い踊る人々を描いた東山遊楽図のパネル紹介と共に、花見などで使用していたであろう食器や酒器、瓢箪などが展示されていました。箱型に板を組み合わせた指樽などの珍しいものもありますね。<br />そういえば「仕出し」は京独自の文化だったんだそうですね。酒の肴が必要だからお店で作ってもらってもらおうというのは、当時としては多くの人が住んでいて文化的にも成熟している所ならではの贅沢な文化だったのでしょう。

    酒を酌み交わし、歌い踊る人々を描いた東山遊楽図のパネル紹介と共に、花見などで使用していたであろう食器や酒器、瓢箪などが展示されていました。箱型に板を組み合わせた指樽などの珍しいものもありますね。
    そういえば「仕出し」は京独自の文化だったんだそうですね。酒の肴が必要だからお店で作ってもらってもらおうというのは、当時としては多くの人が住んでいて文化的にも成熟している所ならではの贅沢な文化だったのでしょう。

  • 平樽と売り酒屋が得意先に配達するのに用いた柄樽もありました。<br />柄樽の中でも祝儀用として漆塗りにしたものを角樽というそうです。

    平樽と売り酒屋が得意先に配達するのに用いた柄樽もありました。
    柄樽の中でも祝儀用として漆塗りにしたものを角樽というそうです。

  • こちらには、あらたまった酒宴や三三九度などの儀式に用いる長い柄のついた金属や木製の銚子や、銚子の酒が足りなくなると酒を加えて補充する用の上部に取っ手のついた提子、酒席で盃を洗うための水を入れる盃洗、酒を神棚に供えるための瓶子から変かした徳利、お神酒徳利の口に挿す装飾である神酒口などが展示されていました。<br />宮廷の祝宴で使われた銚子は一箇所に注ぎ口のある片口のものと、大勢で酒盛りをする時には左右の口から盃に注ぐようになっている両口のものを用いているそうです。両口のものは略式なんだとか。

    こちらには、あらたまった酒宴や三三九度などの儀式に用いる長い柄のついた金属や木製の銚子や、銚子の酒が足りなくなると酒を加えて補充する用の上部に取っ手のついた提子、酒席で盃を洗うための水を入れる盃洗、酒を神棚に供えるための瓶子から変かした徳利、お神酒徳利の口に挿す装飾である神酒口などが展示されていました。
    宮廷の祝宴で使われた銚子は一箇所に注ぎ口のある片口のものと、大勢で酒盛りをする時には左右の口から盃に注ぐようになっている両口のものを用いているそうです。両口のものは略式なんだとか。

  • 大嘗會に使用される酒器。<br />天皇が即位後に初めて行う、新穀を神々に供え、自らもそれを食し、五穀豊穣と国家・国民の安寧を祈願する儀式ですが、その時に使用された祭器のミニチュアが飾られていました。古代の酒杯は素焼きのカワラケなんですが、現代でもこれにならって、神饌具として使われる杯として土器が使われているんですよね。

    大嘗會に使用される酒器。
    天皇が即位後に初めて行う、新穀を神々に供え、自らもそれを食し、五穀豊穣と国家・国民の安寧を祈願する儀式ですが、その時に使用された祭器のミニチュアが飾られていました。古代の酒杯は素焼きのカワラケなんですが、現代でもこれにならって、神饌具として使われる杯として土器が使われているんですよね。

  • 下に菊の御門のついた漆塗りの盃と磁器の盃、二つの勲章が展示されていました。

    下に菊の御門のついた漆塗りの盃と磁器の盃、二つの勲章が展示されていました。

  • とっても大きな一斗瓶。<br />一升瓶の10倍の量が入るわけですが、18リットル…重くて持ち上げられないかも。

    とっても大きな一斗瓶。
    一升瓶の10倍の量が入るわけですが、18リットル…重くて持ち上げられないかも。

  • こちらは菰冠り樽の脇印に用いた印菰用印版。<br />細かいところまでよくできていてすごいです。

    こちらは菰冠り樽の脇印に用いた印菰用印版。
    細かいところまでよくできていてすごいです。

  • 海上輸送が主流となったころ、酒は四斗樽で運ばれるようになりました。樽のサイズが大きくなり困るのが酒樽の破損です。運搬の際に酒樽を保護するために菰を巻き付けることがなされるようになってくるんですが、菰には他の銘柄と区別するために、各銘柄の特徴をあらわしたデザインが描かれました。

    海上輸送が主流となったころ、酒は四斗樽で運ばれるようになりました。樽のサイズが大きくなり困るのが酒樽の破損です。運搬の際に酒樽を保護するために菰を巻き付けることがなされるようになってくるんですが、菰には他の銘柄と区別するために、各銘柄の特徴をあらわしたデザインが描かれました。

  • こちらは菰樽用焼印。<br />どこの酒造からやって来たかよくわかりますね

    こちらは菰樽用焼印。
    どこの酒造からやって来たかよくわかりますね

  • こちらも焼印。<br />中身が何なのか、これで一目瞭然ですね。

    こちらも焼印。
    中身が何なのか、これで一目瞭然ですね。

  • 実際に使われていた飾り棚と、その中に飾られる酒瓶。<br />なかなか素敵なデザインの飾り棚ですね。

    実際に使われていた飾り棚と、その中に飾られる酒瓶。
    なかなか素敵なデザインの飾り棚ですね。

  • 入っている酒瓶の中で何がちょっと違うものがあるんだよと言われて見てみると…あ!日桂冠だ。

    入っている酒瓶の中で何がちょっと違うものがあるんだよと言われて見てみると…あ!日桂冠だ。

  • 当時、酒の殺菌は今ほど徹底されておらず、あちこちの酒蔵で酒が腐るという事態が多発していました。そのため人体に影響が懸念されるサルチル酸を入れる酒造所が多かったそうですが、これを何とかしたいと思い立った恒吉は、信頼できる技師を入社させ、1909年1月10日に「大倉酒造研究所」を創設します。酒蔵が立ち並ぶなか生まれたハイカラな洋館の研究所は、1904年に設立されたばかりの国の酒類研究機関である大蔵省醸造試験所に次ぐ研究所と非常に珍しかったそうです。<br />1911年、加熱殺菌の条件を科学的に解き明かし、「防腐剤なしの壜詰酒」を発売することに成功しました。酒樽と違ってビンは殺菌がしやすく、衛生への意識が高いサラリーマンたちに大ヒットしたそうです。また1928年には清酒の光線による着色を防止する褐色びんを採用しました。<br />鉄道網の整備に伴い、一挙に全国へと広がっていきました。

    当時、酒の殺菌は今ほど徹底されておらず、あちこちの酒蔵で酒が腐るという事態が多発していました。そのため人体に影響が懸念されるサルチル酸を入れる酒造所が多かったそうですが、これを何とかしたいと思い立った恒吉は、信頼できる技師を入社させ、1909年1月10日に「大倉酒造研究所」を創設します。酒蔵が立ち並ぶなか生まれたハイカラな洋館の研究所は、1904年に設立されたばかりの国の酒類研究機関である大蔵省醸造試験所に次ぐ研究所と非常に珍しかったそうです。
    1911年、加熱殺菌の条件を科学的に解き明かし、「防腐剤なしの壜詰酒」を発売することに成功しました。酒樽と違ってビンは殺菌がしやすく、衛生への意識が高いサラリーマンたちに大ヒットしたそうです。また1928年には清酒の光線による着色を防止する褐色びんを採用しました。
    鉄道網の整備に伴い、一挙に全国へと広がっていきました。

  • 江戸時代の淀川は水運として多くの物資や人が運ばれました。その淀川を通って天満から伏見まで運ばれた荷物は高瀬川を走る高瀬舟に乗せて京の町まで運ばれます。また、旅客専用の船である三十石船というものもありました。<br />こちらで展示されていたのは三十石船の航路絵図である大川便覧。この便覧には距離や川幅だけでなく、目印になるものがいくつも記されていています。船着き場の様子なども描かれていてよく整備された港だったんだなと分かりました。

    江戸時代の淀川は水運として多くの物資や人が運ばれました。その淀川を通って天満から伏見まで運ばれた荷物は高瀬川を走る高瀬舟に乗せて京の町まで運ばれます。また、旅客専用の船である三十石船というものもありました。
    こちらで展示されていたのは三十石船の航路絵図である大川便覧。この便覧には距離や川幅だけでなく、目印になるものがいくつも記されていています。船着き場の様子なども描かれていてよく整備された港だったんだなと分かりました。

  • 三十石船は、江戸幕府から過書という関所を通過するときの交通税の免除状を与えられていました。淀川水系の特権的な営業権を与えられていたわけですね。その三十石船を造っていた船大工の方々が住んでいたのは今の東浜南町だとか。伏見築港400年の折に伏見で最後の船大工とされていた野崎志朗さんに三十石船を模った子供神輿を作ってもらったそうです。

    三十石船は、江戸幕府から過書という関所を通過するときの交通税の免除状を与えられていました。淀川水系の特権的な営業権を与えられていたわけですね。その三十石船を造っていた船大工の方々が住んでいたのは今の東浜南町だとか。伏見築港400年の折に伏見で最後の船大工とされていた野崎志朗さんに三十石船を模った子供神輿を作ってもらったそうです。

  • 大倉家本宅及び内蔵と本店事務所の模型。<br />大倉家本宅は第八代目当主である大倉治右衛門が1828年に酒蔵兼居宅として建造しました。京都市内では最大規模に属する町屋とも言われているそうです。こちらの模型はとてもよくできていて見ていて楽しいです。

    大倉家本宅及び内蔵と本店事務所の模型。
    大倉家本宅は第八代目当主である大倉治右衛門が1828年に酒蔵兼居宅として建造しました。京都市内では最大規模に属する町屋とも言われているそうです。こちらの模型はとてもよくできていて見ていて楽しいです。

  • 烏羽伏見の戦で市街白兵戦、町家の焼払いなどによって大坂町から京橋・舟着場まで、そのほとんどが全焼して悉く灰燼に帰した中、笠置屋だけは奇跡的にその難を免れたそうです。現在は酒蔵の町である伏見を象徴する建造物としてその中心的役割を果たしています。

    烏羽伏見の戦で市街白兵戦、町家の焼払いなどによって大坂町から京橋・舟着場まで、そのほとんどが全焼して悉く灰燼に帰した中、笠置屋だけは奇跡的にその難を免れたそうです。現在は酒蔵の町である伏見を象徴する建造物としてその中心的役割を果たしています。

  • 伏見といえば酒以外にもいろいろあるわけですが、こちらは江戸後半から幕末の資料として名所案内本『伏見鑑』や出土したものが並べられていました。この地には伏見奉行所などがあったり坂本龍馬が襲撃された寺田屋などがあるんでしたよね。大砲の弾や表面が焼けただれて釉薬の文字が剥がれた徳利などは鳥羽伏見の戦の地を感じさせられますね。<br />

    伏見といえば酒以外にもいろいろあるわけですが、こちらは江戸後半から幕末の資料として名所案内本『伏見鑑』や出土したものが並べられていました。この地には伏見奉行所などがあったり坂本龍馬が襲撃された寺田屋などがあるんでしたよね。大砲の弾や表面が焼けただれて釉薬の文字が剥がれた徳利などは鳥羽伏見の戦の地を感じさせられますね。

  • 月桂冠のポスターがずらり。<br />写真右奥にある幻の月桂冠ポスターは 図柄が当局の忌避に触れ、日の目を見なかったそうです。

    月桂冠のポスターがずらり。
    写真右奥にある幻の月桂冠ポスターは 図柄が当局の忌避に触れ、日の目を見なかったそうです。

  • ポスターの下には本体中央に彫り込まれた笠置屋の印紋に黒漆が塗られている龍吐水。横面には焼印で慶応2年を示す銘が記されてい

    ポスターの下には本体中央に彫り込まれた笠置屋の印紋に黒漆が塗られている龍吐水。横面には焼印で慶応2年を示す銘が記されてい

  • 大正4年の即位大礼用御用酒として京都御所に納入した時の写真。<br />手押し式の運搬台車に菰樽を載せているところが時代を感じさせますね。

    大正4年の即位大礼用御用酒として京都御所に納入した時の写真。
    手押し式の運搬台車に菰樽を載せているところが時代を感じさせますね。

  • 昭和3年即位大礼用御用酒として京都五社に納入した品の壜と写真。<br />この頃になると車が登場。

    昭和3年即位大礼用御用酒として京都五社に納入した品の壜と写真。
    この頃になると車が登場。

  • 平成2年の大嘗祭に御神酒として宮内庁へ納入した品の壜と写真。

    平成2年の大嘗祭に御神酒として宮内庁へ納入した品の壜と写真。

  • ラグビー兄さんの小売店用看板とベーブルースが初来日した時の小売店用看板。<br />月桂冠という社名は元は酒銘だったそうです。「勝利」や「栄光」の象徴であるローレルリース=月桂冠が現在の社名に使われているのは、日本一の酒屋になるぞという意気込みからだとか。

    ラグビー兄さんの小売店用看板とベーブルースが初来日した時の小売店用看板。
    月桂冠という社名は元は酒銘だったそうです。「勝利」や「栄光」の象徴であるローレルリース=月桂冠が現在の社名に使われているのは、日本一の酒屋になるぞという意気込みからだとか。

  • 保存の観点から酒の容器は時代とともに壜に移り変わってきましたが、現在でも新年の祝賀式や結婚披露宴などにおいては樽詰の菰被で鏡開きが行われます。月桂冠以外の文字も見える菰被もありますね。酒樽の上蓋の「鏡」は円満を、「開く」は末広がりを表し、鏡開きをすることえ新たな出発や区切りに際し、健康や幸福などを祈願し、その成就を願う意味が込められています。

    保存の観点から酒の容器は時代とともに壜に移り変わってきましたが、現在でも新年の祝賀式や結婚披露宴などにおいては樽詰の菰被で鏡開きが行われます。月桂冠以外の文字も見える菰被もありますね。酒樽の上蓋の「鏡」は円満を、「開く」は末広がりを表し、鏡開きをすることえ新たな出発や区切りに際し、健康や幸福などを祈願し、その成就を願う意味が込められています。

  • ふと館内から外を見たら急な大雨。<br />さっきまで雨の気配がなかったのでちょっと吃驚。

    ふと館内から外を見たら急な大雨。
    さっきまで雨の気配がなかったのでちょっと吃驚。

  • 大倉家本宅の大屋根に上げていた鬼瓦が展示されていました。<br />その横には豊臣秀吉時代の伏見城下町図があり、秀吉が伏見城をつくるために河川の大改修を行ったということがよくわかりました。ちなみに伏見城は後に徳川幕府によってとりこわされ、二条城その他へ移築されたので現在は当時のものはありませんが模擬天守閣なら見ることができます

    大倉家本宅の大屋根に上げていた鬼瓦が展示されていました。
    その横には豊臣秀吉時代の伏見城下町図があり、秀吉が伏見城をつくるために河川の大改修を行ったということがよくわかりました。ちなみに伏見城は後に徳川幕府によってとりこわされ、二条城その他へ移築されたので現在は当時のものはありませんが模擬天守閣なら見ることができます

  • こうして図解されていると米の精米度合いがよくわかりますね。<br />そりゃ値段も上がるわけだ。

    こうして図解されていると米の精米度合いがよくわかりますね。
    そりゃ値段も上がるわけだ。

  • 見学の後は利き酒所でおすすめの3種類をきき酒しましょうか。

    見学の後は利き酒所でおすすめの3種類をきき酒しましょうか。

  • グラスを渡され試飲スタート。

    グラスを渡され試飲スタート。

  • まず最初は、明治末期の1910年に、日本で初めて考案され発売されたコップが付き瓶の月桂冠レトロボトル。ここでしか買えない限定商品だそうです。<br />このボトルには、低温発酵された吟醸酒が入れられていました。コクがあって美味しい。添、仲、留の三段階に分けて仕込む三段に仕込んだ醪の後、甘口の清酒を得るために行われる、さらに四段目の仕込みを行う四段掛法で作られているんだそうです。

    まず最初は、明治末期の1910年に、日本で初めて考案され発売されたコップが付き瓶の月桂冠レトロボトル。ここでしか買えない限定商品だそうです。
    このボトルには、低温発酵された吟醸酒が入れられていました。コクがあって美味しい。添、仲、留の三段階に分けて仕込む三段に仕込んだ醪の後、甘口の清酒を得るために行われる、さらに四段目の仕込みを行う四段掛法で作られているんだそうです。

  • 玉の泉大吟醸。<br />辛口の酒で刺身と一緒に頂きたくなりました。

    玉の泉大吟醸。
    辛口の酒で刺身と一緒に頂きたくなりました。

  • こちらはプラムワイン。<br />伏見の水で仕込んだの発酵酒なんだそうで、ワインという名前ですがワインというよりは梅の香りの日本酒という感じの味でした。

    こちらはプラムワイン。
    伏見の水で仕込んだの発酵酒なんだそうで、ワインという名前ですがワインというよりは梅の香りの日本酒という感じの味でした。

  • 買い物コーナーを少しうろついた後はホールに戻って玄関に向かいます。<br />展示も面白かったし、利き酒も美味しかったし、思った以上に楽しめました。

    買い物コーナーを少しうろついた後はホールに戻って玄関に向かいます。
    展示も面白かったし、利き酒も美味しかったし、思った以上に楽しめました。

  • 月桂冠大倉記念館を出たら、近辺も散策してみましょう。

    月桂冠大倉記念館を出たら、近辺も散策してみましょう。

  • 先ほどは入れなかった月桂冠内蔵酒造場を外から眺めつつ歩を進めます。

    先ほどは入れなかった月桂冠内蔵酒造場を外から眺めつつ歩を進めます。

  • 先ほど通った時に気になった店に寄ってみましょう。

    先ほど通った時に気になった店に寄ってみましょう。

  • 大正時代に建てられた月桂冠の本社を改装した伏見夢百衆という店でした。<br />中を覗いてみましょうか。

    大正時代に建てられた月桂冠の本社を改装した伏見夢百衆という店でした。
    中を覗いてみましょうか。

    伏見夢百衆 グルメ・レストラン

    お土産屋 兼 飲食店 by su3さん
  • 伏見で造られる清酒約100銘柄が販売されていました。雑貨などもあり、お土産物を買うにもちょうど良い感じです。<br />カフェも併設されており、利き酒や清酒アイス・酒カステラ、名水を使ったコーヒーや紅茶なども味わえるようになっていました。

    伏見で造られる清酒約100銘柄が販売されていました。雑貨などもあり、お土産物を買うにもちょうど良い感じです。
    カフェも併設されており、利き酒や清酒アイス・酒カステラ、名水を使ったコーヒーや紅茶なども味わえるようになっていました。

  • 伏見夢百衆から更に先の川沿いを歩いていると薩摩九烈士殉難の趾という日が見えました。

    伏見夢百衆から更に先の川沿いを歩いていると薩摩九烈士殉難の趾という日が見えました。

  • その横には史蹟寺田屋の文字。<br />

    その横には史蹟寺田屋の文字。

  • 薩摩九烈士殉難って何だろうなと説明板を見たところ、龍馬の寺田屋事件の4年前に寺田屋騒動という薩摩藩士同士の同士討ちが起こり、有馬新七、柴山愛次郎、橋口壮介、西田直五郎、弟子丸龍助、橋口伝蔵、田中謙助、森山新五左衛門、山本四郎(義徳)の9人の薩摩藩九烈士が殉職したんだそうです。<br />寺田屋は薩摩藩の定宿の一つだったそうで、こういう騒動が起こるのも幕末ならあるなと思ってしまいました。

    薩摩九烈士殉難って何だろうなと説明板を見たところ、龍馬の寺田屋事件の4年前に寺田屋騒動という薩摩藩士同士の同士討ちが起こり、有馬新七、柴山愛次郎、橋口壮介、西田直五郎、弟子丸龍助、橋口伝蔵、田中謙助、森山新五左衛門、山本四郎(義徳)の9人の薩摩藩九烈士が殉職したんだそうです。
    寺田屋は薩摩藩の定宿の一つだったそうで、こういう騒動が起こるのも幕末ならあるなと思ってしまいました。

  • 寺田屋に到着しました。<br />坂本龍馬が逗留していた時に襲撃されたことで有名ですよね。

    寺田屋に到着しました。
    坂本龍馬が逗留していた時に襲撃されたことで有名ですよね。

    寺田屋 名所・史跡

    泊まれます by su3さん
  • 流石に看板は新しいですね。

    流石に看板は新しいですね。

  • 事件が起きた当時も提灯は下がっていたのでしょうか。

    事件が起きた当時も提灯は下がっていたのでしょうか。

  • 参観入口の表示を見ると…あ、丁度…閉館時間でした。<br />実はこの寺田屋は現役の旅館としても営業しているそうです。泊まってみるのもいいかもしれませんね。

    参観入口の表示を見ると…あ、丁度…閉館時間でした。
    実はこの寺田屋は現役の旅館としても営業しているそうです。泊まってみるのもいいかもしれませんね。

  • 寺田屋に入ることはできませんでしたが、気を取り直して川沿いをもう少し先へ歩いていきます。

    寺田屋に入ることはできませんでしたが、気を取り直して川沿いをもう少し先へ歩いていきます。

  • 何やらよさげなお店発見。<br />美味しそうなお煎餅やおかきが売られていました。

    何やらよさげなお店発見。
    美味しそうなお煎餅やおかきが売られていました。

    小倉山荘 伏見店 グルメ・レストラン

    直営店 by su3さん
  • 龍馬通り商店街に向かいます。

    龍馬通り商店街に向かいます。

    竜馬通り商店街 名所・史跡

    龍馬が逃げた道 by su3さん
  • 店先に張り出されていたジョン万次郎の絵。<br />この土地に所縁でもあるんかな。

    店先に張り出されていたジョン万次郎の絵。
    この土地に所縁でもあるんかな。

  • 雨上がりで人も少なかったのですが、整備された町並みは普段は観光客でにぎわっているんでしょうね。

    雨上がりで人も少なかったのですが、整備された町並みは普段は観光客でにぎわっているんでしょうね。

  • 観光地おなじみ顔ハメパネル。<br />寺田屋の土地ということもあってお龍さんも一緒です。

    観光地おなじみ顔ハメパネル。
    寺田屋の土地ということもあってお龍さんも一緒です。

  • この看板を見て商店街途中から興味深い場所に行けることを知る。<br />ヨシ行ってみよう。

    この看板を見て商店街途中から興味深い場所に行けることを知る。
    ヨシ行ってみよう。

  • 龍馬通り商店街から脇に逸れて少し歩くと、見えてきました。

    龍馬通り商店街から脇に逸れて少し歩くと、見えてきました。

  • キザクラカッパカントリーに到着。<br />黄桜といえばこの河童の絵ですよね。

    キザクラカッパカントリーに到着。
    黄桜といえばこの河童の絵ですよね。

    キザクラカッパカントリー テーマパーク

    黄桜の資料館 by su3さん
  • 黄桜のマークのついた看板が掲げられていますね。

    黄桜のマークのついた看板が掲げられていますね。

  • 道路を挟んで反対側の部屋から見学スタート。

    道路を挟んで反対側の部屋から見学スタート。

  • 館内に入ると菰樽とポスターがありました。

    館内に入ると菰樽とポスターがありました。

  • 扉をくぐって奥に進むと黄桜製品のラインナップがずらり。<br />伏見では開業から数百年の歴史を持つという老舗の酒蔵が多い中、黄桜が設立されたのは1951年からだそうです。まだ100年も経過していないのに、展示された商品のかなにはお店でよく見かけるものも多く、商品がこんなにあるのかと吃驚しました。

    扉をくぐって奥に進むと黄桜製品のラインナップがずらり。
    伏見では開業から数百年の歴史を持つという老舗の酒蔵が多い中、黄桜が設立されたのは1951年からだそうです。まだ100年も経過していないのに、展示された商品のかなにはお店でよく見かけるものも多く、商品がこんなにあるのかと吃驚しました。

  • ずらりとつづら折りに並んだ資料。

    ずらりとつづら折りに並んだ資料。

  • 伏見の酒について。<br />水と酒米のことが書かれていました。京都には祝という酒米があるんですね。

    伏見の酒について。
    水と酒米のことが書かれていました。京都には祝という酒米があるんですね。

  • 日本酒の種類について。<br />精米歩合いによっても吟醸や純米などの種類に分かれますが、作られた後の処理の仕方でもまた違いが出てきます。生酒や古酒がこの違いにあたりますよね。

    日本酒の種類について。
    精米歩合いによっても吟醸や純米などの種類に分かれますが、作られた後の処理の仕方でもまた違いが出てきます。生酒や古酒がこの違いにあたりますよね。

  • 日本酒の味などによる選び方について。<br />甘口と辛口の違いや選び方についてのレクチャー基本的なことが分かりやすく書かれていて、日本酒のことについて聞かれることがそこそこある身としてはこの表記を見れば一発で分かるなと思いました。

    日本酒の味などによる選び方について。
    甘口と辛口の違いや選び方についてのレクチャー基本的なことが分かりやすく書かれていて、日本酒のことについて聞かれることがそこそこある身としてはこの表記を見れば一発で分かるなと思いました。

  • 日本酒を飲むときのの最適な温度について。<br />熱燗と上燗の違いがよくわかりました。50℃以上が熱燗なんだ。日本酒は温度によって香りや舌触りがかなり違ってきますよね。

    日本酒を飲むときのの最適な温度について。
    熱燗と上燗の違いがよくわかりました。50℃以上が熱燗なんだ。日本酒は温度によって香りや舌触りがかなり違ってきますよね。

  • 日本酒はそのまま飲むだけでなく、いろいろアレンジができるんですが、それらが紹介されていました。ここに書かれている以外でも玉子酒や乳酸菌飲料で割るなども美味しいですよね。

    日本酒はそのまま飲むだけでなく、いろいろアレンジができるんですが、それらが紹介されていました。ここに書かれている以外でも玉子酒や乳酸菌飲料で割るなども美味しいですよね。

  • 日本酒を料理と一緒に楽しむための基礎知識。<br />そのまま飲んでも美味しい日本酒ですが、料理と合わせることでその美味さが際立つこともあります。ここには吟醸、純米、生酒、古酒がどのような料理に合うかの紹介がされていました。

    日本酒を料理と一緒に楽しむための基礎知識。
    そのまま飲んでも美味しい日本酒ですが、料理と合わせることでその美味さが際立つこともあります。ここには吟醸、純米、生酒、古酒がどのような料理に合うかの紹介がされていました。

  • 酒は百薬の長といいますが、その効能について紹介されていました。<br />飲みすぎなければ食欲増進、ストレス解消、肌艶をよくする、悪玉コレステロールの改善などいろいろありますね。あくまで「本人にとって摂りすぎない」範囲のことではありますが。

    酒は百薬の長といいますが、その効能について紹介されていました。
    飲みすぎなければ食欲増進、ストレス解消、肌艶をよくする、悪玉コレステロールの改善などいろいろありますね。あくまで「本人にとって摂りすぎない」範囲のことではありますが。

  • 日本酒保存方法を間違えるとだいぶ味が変わります。こちらでは上手な保存方法を紹介していました。買ってからすぐに飲んでしまうのならばこれは関係ないんでしょうが。日本酒は菌によって作られたものですから光や熱による変成を防ぎ、保存容器や飲み切る期間などに気を付ければ美味しく飲むことができます。やっぱりおいしいお酒を飲みたいですよね。

    日本酒保存方法を間違えるとだいぶ味が変わります。こちらでは上手な保存方法を紹介していました。買ってからすぐに飲んでしまうのならばこれは関係ないんでしょうが。日本酒は菌によって作られたものですから光や熱による変成を防ぎ、保存容器や飲み切る期間などに気を付ければ美味しく飲むことができます。やっぱりおいしいお酒を飲みたいですよね。

  • こちらの展示にも酒槽がありました。

    こちらの展示にも酒槽がありました。

  • 展示室の一角には昔の酒造りの道具などがズラリ。<br />月桂冠で見たなと思いつつ、これだけきれいに展示されていると分かりやすいなと思ったり。

    展示室の一角には昔の酒造りの道具などがズラリ。
    月桂冠で見たなと思いつつ、これだけきれいに展示されていると分かりやすいなと思ったり。

  • 更に奥の部屋に行ってみましょう。

    更に奥の部屋に行ってみましょう。

  • こちらのブースでは工場内の様子が映し出されて酒造りの様子が紹介されていました。古い感じの映像なのは否めないんですが、きっと早くからこういう社内紹介をしていたんだろうなと思ったり。

    こちらのブースでは工場内の様子が映し出されて酒造りの様子が紹介されていました。古い感じの映像なのは否めないんですが、きっと早くからこういう社内紹介をしていたんだろうなと思ったり。

  • この鬼瓦には恵比寿さまが付いていました。<br />商売繁盛を願ったんでしょうかね。

    この鬼瓦には恵比寿さまが付いていました。
    商売繁盛を願ったんでしょうかね。

  • ジオラマ劇場昔の酒づくりというコーナーでは、人形たちがせっせと働いて酒造りの工程が判りやすく説明してくれていました。こういうの分かりやすくて良いですね。<br />通路を挟んで反対側には本物の酒米による精米歩合の違いが分かるように展示されていました。

    ジオラマ劇場昔の酒づくりというコーナーでは、人形たちがせっせと働いて酒造りの工程が判りやすく説明してくれていました。こういうの分かりやすくて良いですね。
    通路を挟んで反対側には本物の酒米による精米歩合の違いが分かるように展示されていました。

  • 中庭の様な場所に出ると蔵に湧いている湧水「伏水」についての説明板発見。<br />井戸の深さは約60メートルで、ナトリウム・カルシウム・マグネシウムなどを適度に含み、まろやかな口あたりだとか。鉄分の少ない、酒造りに適した水ということですね。<br />伏見では砂礫層の地質から豊富な水が湧き出しています。江戸時代になると地名に「伏水」も用いられるようになり、それがこちらの湧水の由来となっているそうです。

    中庭の様な場所に出ると蔵に湧いている湧水「伏水」についての説明板発見。
    井戸の深さは約60メートルで、ナトリウム・カルシウム・マグネシウムなどを適度に含み、まろやかな口あたりだとか。鉄分の少ない、酒造りに適した水ということですね。
    伏見では砂礫層の地質から豊富な水が湧き出しています。江戸時代になると地名に「伏水」も用いられるようになり、それがこちらの湧水の由来となっているそうです。

  • 中庭からは駐車場に繋がっている通路しかなかったので、もう一度、部屋に戻ります。

    中庭からは駐車場に繋がっている通路しかなかったので、もう一度、部屋に戻ります。

  • 先ほど中庭に出る時に釜があるなと思いながら眺めた場所は湧水を汲める場所でした。こちらで汲める黄桜の蔵に湧いている湧き水は、こちらで1回につき10リットルまでだそうです。

    先ほど中庭に出る時に釜があるなと思いながら眺めた場所は湧水を汲める場所でした。こちらで汲める黄桜の蔵に湧いている湧き水は、こちらで1回につき10リットルまでだそうです。

  • 黄桜記念館に入ってみましょう。

    黄桜記念館に入ってみましょう。

  • 記念館に入ると正面では昔の黄桜CMが繰り返し上映されていました。その横では黄桜のキャラクターを描いていた清水崑とそれを継いだ小島功の紹介がなされていました。

    記念館に入ると正面では昔の黄桜CMが繰り返し上映されていました。その横では黄桜のキャラクターを描いていた清水崑とそれを継いだ小島功の紹介がなされていました。

  • 黄桜といえばかっぱ。<br />清水崑と小島功のキャラクター原画が数点展示されていました。

    黄桜といえばかっぱ。
    清水崑と小島功のキャラクター原画が数点展示されていました。

  • 原画がある部屋から続く、かっぱ淵に足を踏み入れてみましょう。

    原画がある部屋から続く、かっぱ淵に足を踏み入れてみましょう。

  • 入り口横には黄桜酒造とかっぱについての紹介がなされていました。<br />1955年頃から「黄桜」にふさわしいキャラクターを捜していた先代社長が、週刊朝日に連載中の清水崑が描く「かっぱ天国」という漫画を目にしたのがきっかけで、CMキャラクターとして使い始めたのがはじまりだそうです。その後、二代目作者の小島功へと受け継がれ、現在のようなキャラクターになったとか。

    入り口横には黄桜酒造とかっぱについての紹介がなされていました。
    1955年頃から「黄桜」にふさわしいキャラクターを捜していた先代社長が、週刊朝日に連載中の清水崑が描く「かっぱ天国」という漫画を目にしたのがきっかけで、CMキャラクターとして使い始めたのがはじまりだそうです。その後、二代目作者の小島功へと受け継がれ、現在のようなキャラクターになったとか。

  • 結構広い室内の中央には河童がドーン。

    結構広い室内の中央には河童がドーン。

  • 河童というのは何でしょう。<br />こちらには前身や声の特徴や性格・住処などが記載されていました。北と南でやっぱり少し違うようです。頭の皿が渇くと死んでしまうこともあるという話はきいたことがありましたが、わき腹に急所があるというは初めて知りました。

    河童というのは何でしょう。
    こちらには前身や声の特徴や性格・住処などが記載されていました。北と南でやっぱり少し違うようです。頭の皿が渇くと死んでしまうこともあるという話はきいたことがありましたが、わき腹に急所があるというは初めて知りました。

  • 日本以外にも河童に似ている妖怪がいるようで、中国などが多いけれど、ヨーロッパにも話があるようです。<br />また河童の起源も人形や木くずから作られたという説、渡来してきたという説、平家の落人なんて説もあり、かなり幅広いなと思いました。

    日本以外にも河童に似ている妖怪がいるようで、中国などが多いけれど、ヨーロッパにも話があるようです。
    また河童の起源も人形や木くずから作られたという説、渡来してきたという説、平家の落人なんて説もあり、かなり幅広いなと思いました。

  • かっぱの歴史は意外に古く、一番古い記述だと日本書紀に記載されていたようです。妖怪の一種としてただ怖い存在とされていた河童は、江戸時代あたりから注目されるようになり研究が進みました。そうして怖い存在というより身近にいる妖怪として親しみを持たれることも増えていったようです。

    かっぱの歴史は意外に古く、一番古い記述だと日本書紀に記載されていたようです。妖怪の一種としてただ怖い存在とされていた河童は、江戸時代あたりから注目されるようになり研究が進みました。そうして怖い存在というより身近にいる妖怪として親しみを持たれることも増えていったようです。

  • かっぱには呼び名がいくつかあるんですね。「川の主」「川太郎」「川の子」「川の童」にちなんだ呼び名や川にいる生物にちなんだ呼び名はなんとなくそうだね、となったんですが、鳴き声や習性、猿や天狗といったものにちなんだ呼び名まであるんだと初めて知りました。いろんな場所で色んな人が想像を掻き立てられているんですね、かっぱ。

    かっぱには呼び名がいくつかあるんですね。「川の主」「川太郎」「川の子」「川の童」にちなんだ呼び名や川にいる生物にちなんだ呼び名はなんとなくそうだね、となったんですが、鳴き声や習性、猿や天狗といったものにちなんだ呼び名まであるんだと初めて知りました。いろんな場所で色んな人が想像を掻き立てられているんですね、かっぱ。

  • 河童の好きなものといえば胡瓜、尻子玉、相撲が相場ですよね。逆に嫌いなものは金物、瓢箪、仏飯、火、荒神、おがら、蓼汁、ささげ、唾などだそうです。

    河童の好きなものといえば胡瓜、尻子玉、相撲が相場ですよね。逆に嫌いなものは金物、瓢箪、仏飯、火、荒神、おがら、蓼汁、ささげ、唾などだそうです。

  • かっぱといえば塗り薬。<br />万能の薬で直ぐ傷が治るという話もありますね。それに寄せた薬が全国各地にあるようです。

    かっぱといえば塗り薬。
    万能の薬で直ぐ傷が治るという話もありますね。それに寄せた薬が全国各地にあるようです。

  • 河童からプレゼントを贈られることもあるそうで、壺や徳利、小判といったものの外に、証文や詫び状などもあるそうです。凄く人間味ある河童もいるんですね。

    河童からプレゼントを贈られることもあるそうで、壺や徳利、小判といったものの外に、証文や詫び状などもあるそうです。凄く人間味ある河童もいるんですね。

  • 河童のミイラと言われるものが日本各地に残っているんですが、全身から体の一部まで様々です。よくテレビや漫画なんかでこの河童のミイラを題材にしたホラー話なんかがありますが…呪いとかの話も伝えられているんでしょうかね。

    河童のミイラと言われるものが日本各地に残っているんですが、全身から体の一部まで様々です。よくテレビや漫画なんかでこの河童のミイラを題材にしたホラー話なんかがありますが…呪いとかの話も伝えられているんでしょうかね。

  • 祀られている河童もいるそうで、河童大明神、河童狛犬、水虎様、九千坊など色々な呼び名で祀られています。水害などを鎮める意味が強いようですが、時には火除けを願うパターンもあるようです。

    祀られている河童もいるそうで、河童大明神、河童狛犬、水虎様、九千坊など色々な呼び名で祀られています。水害などを鎮める意味が強いようですが、時には火除けを願うパターンもあるようです。

  • 河童に関する祭りは意外と多く、日本全国の河童に関する祭りが紹介されてました。稲作と水神は切っても切れない関係ですので、水神の一つともされている河童に関する祭り全国各地にあるのはよくわかりますね。

    河童に関する祭りは意外と多く、日本全国の河童に関する祭りが紹介されてました。稲作と水神は切っても切れない関係ですので、水神の一つともされている河童に関する祭り全国各地にあるのはよくわかりますね。

  • 河童の博物館や店、通りや町といったものが日本各地に点在するんですが、全国河童サミットなんてものが開かれたというのは予想外でした。愛されていますね、河童。

    河童の博物館や店、通りや町といったものが日本各地に点在するんですが、全国河童サミットなんてものが開かれたというのは予想外でした。愛されていますね、河童。

  • 隅っこにも河童がいました。

    隅っこにも河童がいました。

  • 最後は黄桜商店でお買い物。

    最後は黄桜商店でお買い物。

  • ずらりと並ぶ商品たち。<br />日本酒だけでなく、ビールなども作っているそうでそれも販売されていました。

    ずらりと並ぶ商品たち。
    日本酒だけでなく、ビールなども作っているそうでそれも販売されていました。

  • ラグビーのワールドカップが日本で行われている時期だったので、それにちなんだ商品もありました。流石、時代の流れに乗って販路を拡大している黄桜酒造だなと思ったり。

    ラグビーのワールドカップが日本で行われている時期だったので、それにちなんだ商品もありました。流石、時代の流れに乗って販路を拡大している黄桜酒造だなと思ったり。

  • 一杯100円で樽酒がいただけるようです。<br />他にも何種類か有料で試飲ができるようになっていました。

    一杯100円で樽酒がいただけるようです。
    他にも何種類か有料で試飲ができるようになっていました。

  • せっかくなので樽酒をいただいてみました。<br />口を付けると、強すぎる杉の香りで思いの外くらくらします。

    せっかくなので樽酒をいただいてみました。
    口を付けると、強すぎる杉の香りで思いの外くらくらします。

  • こちらのキザクラカッパカントリーには黄桜酒場という地ビールレストランもあるようで、予約の方らしき人たちが何人か待っていらっしゃいました。ランチもあるようですね。お酒に合いそうなメニューが並んでいました。

    こちらのキザクラカッパカントリーには黄桜酒場という地ビールレストランもあるようで、予約の方らしき人たちが何人か待っていらっしゃいました。ランチもあるようですね。お酒に合いそうなメニューが並んでいました。

  • 黄桜商店から外に出て広場を通って出口に向かいましょうか。

    黄桜商店から外に出て広場を通って出口に向かいましょうか。

  • 広場は黄桜広場というそうで、いくつかのテラス席があり、黄桜商店で買った地ビールや日本酒をゆっくりと座って楽しめるようになっていました。

    広場は黄桜広場というそうで、いくつかのテラス席があり、黄桜商店で買った地ビールや日本酒をゆっくりと座って楽しめるようになっていました。

  • 黄桜広場のレストラン前にはかっぱの彫刻もありました。<br />逆さになっているのは泳いでいるところでしょうか。

    黄桜広場のレストラン前にはかっぱの彫刻もありました。
    逆さになっているのは泳いでいるところでしょうか。

  • キザクラカッパカントリーを後にします。<br />本来こちらが正門なんでしょうか。

    キザクラカッパカントリーを後にします。
    本来こちらが正門なんでしょうか。

  • 歩いていて気になった和菓子屋。<br />富英堂という酒まんじゅうが有名なお店だったようで、買っておけばよかったかなと後からちょっと思いました。

    歩いていて気になった和菓子屋。
    富英堂という酒まんじゅうが有名なお店だったようで、買っておけばよかったかなと後からちょっと思いました。

  • それにしても夕暮れ前の龍馬通り商店街は何とも雰囲気のある路地だこと。

    それにしても夕暮れ前の龍馬通り商店街は何とも雰囲気のある路地だこと。

  • 龍馬通り商店街から納屋町商店街に進みます。

    龍馬通り商店街から納屋町商店街に進みます。

  • 伏水酒蔵小路にやってきました。

    伏水酒蔵小路にやってきました。

    伏水酒蔵小路 グルメ・レストラン

    日本酒のための屋台村 by su3さん
  • 日本酒のための屋台村という感じですね。<br />鰻の寝床のように長細い通路に、8種類の伏見地酒セットなどがある酒蔵カウンターや酒に合う料理を出す店舗がずらり。

    日本酒のための屋台村という感じですね。
    鰻の寝床のように長細い通路に、8種類の伏見地酒セットなどがある酒蔵カウンターや酒に合う料理を出す店舗がずらり。

  • 不思議な空間の中、魅力的で入りたいお店がたくさんありましたが、それらを横切り門扇に到着。

    不思議な空間の中、魅力的で入りたいお店がたくさんありましたが、それらを横切り門扇に到着。

    らーめん門扇 伏水酒蔵店 グルメ・レストラン

    酒粕ラーメン by su3さん
  • カウンター席に座ります。<br />屋台ラーメンに着た感じがしますね。

    カウンター席に座ります。
    屋台ラーメンに着た感じがしますね。

  • こちらのお店では酒粕のラーメンを食べることができるのです。<br />1種類かと思っていたら8種類もある!平日には替え玉無料なんだそうです。

    こちらのお店では酒粕のラーメンを食べることができるのです。
    1種類かと思っていたら8種類もある!平日には替え玉無料なんだそうです。

  • どれも同じお値段というのも嬉しいところ。

    どれも同じお値段というのも嬉しいところ。

  • 色々なやんで、豊祝に酒粕を使ったラーメンにしました。<br />鼻に抜ける酒粕の香りがするスープは、意外とあっさりさっぱりだけれどクリーミーという不思議。細麺なのはよくスープが絡むようにでしょうか。これはそれぞれの酒粕で食べ比べてみたい。

    色々なやんで、豊祝に酒粕を使ったラーメンにしました。
    鼻に抜ける酒粕の香りがするスープは、意外とあっさりさっぱりだけれどクリーミーという不思議。細麺なのはよくスープが絡むようにでしょうか。これはそれぞれの酒粕で食べ比べてみたい。

  • お腹も満たされたのと時間的にあまりゆったりできなくなってきたので伏見酒蔵小路を出ます。時間があったら他の店にも入りたいなぁ。また来よう。<br />小路に入った時とは違う出入口から出ましょうか。

    お腹も満たされたのと時間的にあまりゆったりできなくなってきたので伏見酒蔵小路を出ます。時間があったら他の店にも入りたいなぁ。また来よう。
    小路に入った時とは違う出入口から出ましょうか。

  • 出入口を出てお隣を見ると、流石、酒処伏見というディスプレイ。

    出入口を出てお隣を見ると、流石、酒処伏見というディスプレイ。

  • 大手町商店街を出てバス停に向かいます。<br />日も暮れ始めて、雲と町が良い感じです。バス停では地元の学生らしきジャージ集団がおしゃべりしながら待っており、一緒のバスに乗り込んでいました。部活帰りのようで、なんだか楽しそう。<br />バスに乗っていてふと横を見たら、京都駅近くでミニオン、フリーザ様、悟空、ヨッシーのゴーカートが公道を走っていました。渋滞中でなかなか進まないバスの中から手を振りかえしたりして楽しかったな。

    大手町商店街を出てバス停に向かいます。
    日も暮れ始めて、雲と町が良い感じです。バス停では地元の学生らしきジャージ集団がおしゃべりしながら待っており、一緒のバスに乗り込んでいました。部活帰りのようで、なんだか楽しそう。
    バスに乗っていてふと横を見たら、京都駅近くでミニオン、フリーザ様、悟空、ヨッシーのゴーカートが公道を走っていました。渋滞中でなかなか進まないバスの中から手を振りかえしたりして楽しかったな。

  • 京都駅に到着。<br />京都駅に映る京都タワー。

    京都駅に到着。
    京都駅に映る京都タワー。

  • 振り返れば本物の京都タワー。

    振り返れば本物の京都タワー。

  • 見事に光ってますね。<br />あそこにある見晴らしの良いラウンジからの景色も面白かったな。

    見事に光ってますね。
    あそこにある見晴らしの良いラウンジからの景色も面白かったな。

  • 京都駅からホテルの最寄りバス停まで乗り継ぎます。<br />ホテルについたら半分眠りながらシャワーを浴びたあと寝落ち。よく動きました。

    京都駅からホテルの最寄りバス停まで乗り継ぎます。
    ホテルについたら半分眠りながらシャワーを浴びたあと寝落ち。よく動きました。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • Antonioさん 2021/12/26 07:43:23
    大手筋商店街
    こんにちは。大手筋商店街ですが、最盛期にはデバートが4つくらいあり、個人のお店も多く、活気がありましたね。マックが銀座での出店後に全国展開した際に関西では一番目か2番目くらいに出店した場所で、全国的にも上位に位置する商店街だったようです。今はチェーン系のお店が多く、時代と共に人が離れていくのをずっと見ていました。最近は、昔と違い、国内外から足を運ぶ観光客が増えてきたので、奥にある竜馬通りなんかは、おしゃれなお店の出店が増えていますね。

    su3

    su3さん からの返信 2021/12/26 08:08:51
    Re: 大手筋商店街
    デパートが4つとは凄いですね。そんなに大きな商店街だったのですか。興味深い話をありがとうございます。
    伏見のマックの二階に店員さんが「自転車でお越しのお客様!もうすぐ駐禁の方がこられます。お気をつけください!!」と行って階段を登ってきたという話があり、それが令和の寺田屋事件と言われていて、それを聞いた時は、きっとその初関西出店のマックで起こった出来事だろうなと思いながら笑ってしまいました。

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