2020/02/07 - 2020/02/12
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摂津の国のマーガトロイドさん
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コロナ戦争前に9年ぶりに五島へ「帰る」旅。
筆者にとって五島はただの旅先ではない。筆者の親の出身地で思い出の深い島々だ。
その五島に9年ぶりに向かう。
太古で奈留島江上教会に向かい、福江島では鬼岳、高浜海水浴場、大瀬崎灯台と島を代表する絶景観光地を巡る。
もちろん五島うどんや新鮮な魚介類もお忘れなく。
長崎では意外に未訪だったグラバー園と長崎の冬の風物詩ランタンフェスティバルのフィナーレを見届け福岡ではもちろん博多ラーメンを食べ歩き。
最後は関門海峡へ。下関で本場のフグは外せない。
門司港レトロにも立ち寄りつつフェリーで帰ってくるコロナ戦争前最後の大旅行。
今回使用した列車などは以下の通り。
なお時刻などに関して詳細な記録を取り忘れていたので一部省略などがあります。
1日目
新大阪1939→のぞみ53号→2207博多
2日目
博多港2345→野母商船太古→奈留港
奈留港1130→五島旅客船フェリーオーシャン→1215福江港
3日目
福江港1255→九州商船ジェットフォイルぺがさす→1430長崎港
大波止1508→崇福寺行→1512新地中華街
新地中華街1516→石橋行→1524石橋
石橋1718頃→蛍茶屋行→新地中華街
新地中華街→浦上車庫行→大波止
大波止→崇福寺行→浜町アーケード
観光通→蛍茶屋行→蛍茶屋
蛍茶屋→赤迫行→長崎駅前
長崎駅前→崇福寺行→大波止
4日目
長崎市内(詳細な記録失念…)
長崎1520→特急かもめ26号→1651鳥栖
鳥栖1656→快速門司港行→1704原田
原田1718→普通桂川行→1746桂川
桂川1750→快速博多行→1823博多
博多バスターミナル→渡辺通1丁目FM福岡前
柳橋→西鉄バス→天神警固神社・三越前
5日目
渡辺通1丁目FM福岡前832頃→西鉄バスBRT→840頃天神ソラリアステージ前
天神高速バスターミナル950→サンデン交通ふくふく号→1129頃唐戸
唐戸1230→関門汽船→1240頃門司港
門司港駅前1732頃→西鉄バス北九州→高田二丁目
門司駅前→名門大洋フェリー連絡バス→新門司港
新門司港2000→名門大洋フェリーフェリーきたきゅうしゅうⅡ→830大阪南港
フェリーターミナル→住之江公園行→住之江公園
住之江公園→西梅田行→西梅田
西梅田→自宅
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 船 レンタカー 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2日目の旅は福江から。
まず岐宿町方面へ走り浦の星学園…ではなく浦の川ダムへ。
ここもダムサイトが工事車両で塞がっていたので少し遠くから撮影。 -
福江市内方面へ走ると福江のシンボル、鬼岳が見える。
市街地からはこんな感じで見えるのである。
電気自動車の電池が怪しいこともあり早めにレンタカーを返して福江市街地を徒歩で巡ることにする。 -
本来先に行くべきだったのかもしれないが、五島観光歴史資料館に立ち寄る。
実は意外にも初めての施設。
中の展示は五島に詳しい人なら当然というものから筆者も知らなかったものまで結構バリエーションのあるもの。
観光客の団体がちょうど来ていた。 -
これは一種の金子弌大だろうか…
実際は武家屋敷通りであるw -
武家屋敷通りといっても武家屋敷は残っていないが、団地の入口が石垣になっているなど今の暮らしとほどよくフィットしている。
こうしてみると案外違和感はない。
福江の街を歩いていると昼時になってきた。昼食の店を探して街を歩く。 -
福江の街は…うん、良くも悪くも昔と変わらん(苦笑)
しかし離島の割には地方の特急停車駅の駅前のようにそれなりに栄えている。
昼食は五島の海の幸をということで寅寿司へ。
刺身の盛り合わせを注文。やっぱり五島うどんもセットw -
福江港に向けて歩いていると前日に奈留で見たマリンライナーが停泊していた。
手前の青と黒で塗装されたものは丸木港の跡。
かつては太古は福江港ではなく対岸の丸木港に停泊していた。
とはいっても歩いて行ける範囲だが…
この太古が丸木港から福江港に移ったことにより、太古の停泊する各港から福江港でジェットフォイルに乗り換えられるようになった。 -
福江港でダムカードをもらう。
ついでに五島うどんの麺だけを買う。スープはどうしたかって?
箱 買 い し て い る
前日に何のためらいもなくスーパーであごだしスープを箱買いした姿に友人は若干引いたというw -
この時筆者は何度も「帰れて良かった」と言っていたという。
思い残すことはたくさんあれど、おそらく筆者はまた五島に行くだろう。
その時までしばしの別れ。
福江港のターミナルから福江の街を眺めつつそんなことを考えていた。
手前の緑の船はソレイユ。椛島へ向かう船だ。
ソレイユの名自体は昔からあるがこのソレイユは2代目。筆者がよく見ていたソレイユは引退した初代の方である。
なお五島の航路では古くは美咲海送で揉め、最近では五島産業汽船や九州商船が揉めていたが椛島行きの航路も大概色々あったのである…
筆者の手元に残る2005年頃の五島市の観光ガイドブック(余談ながら当時は中身が旧市町ごとに分類されていた)では椛島行きの航路は桑原海運という会社が運航しているとある。
ところがこの会社、補助金の過大受給などで倒産。急遽久賀島行きの木口汽船が引き継いだという路線である… -
お前じゃないw(これはシーガル。久賀島への船でもあるがグラスボートのイメージの方が強い)
シーガルといいフェリーひさか(実はソレイユの写真には写っているが分かりにくいかも)といい久賀島へ行く船はどれもこれも奇抜な色である。 -
シーガルが来てしばらくすると乗る船の乗船案内の放送が流れたので並ぶ。
-
今回乗るのは友人は初体験、筆者にとっては慣れ親しくも懐かしいボーイング929ことジェットフォイル。
長崎に行く度に見てはいるが乗るのは実に9年ぶり。 -
ただし船体にはボーイングではなくライセンス生産している川崎重工業の「KAWASAKI」の文字が出ている。
この旅行記を見ている人はお分かりだと思うが筆者が長崎に行く度に長崎港に立ち寄ってはいつかここから船に乗ると決意してきた。
昔は長く感じた福江~長崎間も今ではとても短く感じる。 -
福江港に別れを告げる…
-
「港内スロー」の表示の横に謎の白い筒があったのも懐かしい。あれはなんだったんだ…
-
海は晴れていてとても気持ちの良い航海である。
時速80kmとまではいかないものの75km以上のスピードで長崎へとひた走る。
かつては燃費節約などの理由で75kmも出していない時すらあった。
ジェットフォイル、燃費の悪い乗り物であるw九州商船にはもう維持できないのではないかとの噂も… -
沖合遠くには海上風車も見えた。
海上風車を見たのは太平洋フェリーの福島沖以来である。 -
ひた走って1時間少し、もう伊王島が見えてきた。
近年ではリゾートの島というイメージが強い。
なかなか気になる島である… -
この時はコロナ戦争前だったがここに停泊しているコスタアトランチカは既にクラスターが発生、修理のためいつもの松ヶ枝ではなく香焼に停泊していた。
-
LPG運搬船のFUTURE ENERGYが停泊している。
-
女神大橋をくぐり長崎港内に入る。
左側には三菱重工長崎造船所。写真は後程グラバー園から撮影したものを出すが、筆者がWALLENIUSWILHELMSEN(以下WW)を知ったきっかけである。 -
長崎港には(この時には知らなかったが実は無人)クルーズ船が停泊している。「コスタのCはコロナのC」などと言っていると大波止はもうすぐそこ。
筆者の古い記憶(女神大橋がまだない頃)だと長崎港に入港してから大波止までは結構長かったイメージがあるが実際はそんなことはなかったらしい。 -
当時(2009年頃)の写真が出てきたので掲載する。
三菱重工はWWから10隻もの自動車運搬船を受注していたため、長崎港では一時期WWのよく目立つ赤い(時には緑)船体がランドマークとなっていた。
資料写真などでも撮影時期によっては目立つ存在となっている。
ジェットフォイルからこのとんでもない大きさのWWの船を眺めていたことが後に名古屋港までWWの自動車運搬船を撮りに行くような伏線につながるのである… -
長崎港近くのホテルに荷物を置いてグラバー園へ向かう。
実はあれだけ長崎に行っていながらグラバー園へは一度も行ったことがなかったのであるw
大波止から路面電車に乗り込む。 -
新地中華街で石橋行きに乗り換える。
普通は大浦天主堂電停からグラバー通りをひーこらひーこら言いながら食べ歩きを楽しみつつグラバー園へ向かう…のだが降りたのは終点の石橋電停。
ここから乗るのがグラバースカイロードというエレベーターと斜行エレベーターを乗り継ぐルート。 -
この通りグラバースカイロードの中腹からでも長崎の街がほぼ一望できる。
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食べ歩きや雰囲気を味わいたい人にとっては旅情もクソもないルートだが珍しい斜行エレベーター(名塩で何度か乗ったけど…)と長崎の街の景色が眺められる、そして何より楽ということでこちらのルートを取る。
ちなみにこの斜行エレベーターの横には階段がある。この斜行エレベーターの上に長崎市立大浦小学校があるがそこの児童はこの斜行エレベーターの利用が禁止されておりわざわざ階段で上り下りするという非生産的行為が未だに続いているらしい…
この国、基本的に教育は根性論なのである。 -
振り返れば長崎港もこの通り。
-
ということで一切苦労することなく(少しエレベーターの待ち時間はあったが)グラバー園に到着。
まるで門司港駅のような雰囲気のこの建物は旧三菱第二ドックハウス。
船がドック入りしている間の船員の宿泊施設である。
(この写真は最後に撮影している。最後もグラバースカイロード経由で戻っている) -
建物の中はまさに洋館という感じ。
出島は和と洋が共存する不思議な空間だったがこちらは完全に洋である。 -
ここからは対岸の三菱重工長崎造船所が一望できる。
ドックでは新日本海フェリー…ではなく東京九州フェリーの船が建造されていた。時期的に見ておそらくはまゆうである。 -
長崎港には護衛艦もたくさん停泊している。
こちらは護衛艦ちょうかい。時代が変わっても頭脳派の末っ子である。
そしてこの日長崎港に停泊していた護衛艦で唯一の長崎以外の出身(IHI東京工場)である。 -
婚期を逃す…ではなく護衛艦あしがら。
生まれ故郷の三菱重工長崎造船所へと里帰りである。
それにしてもあしがらがあたご型でちょうかいはこんごう型なのであるw -
こちらも里帰り組の護衛艦しらぬい。
2019年2月末に就役したばかりの新顔。 -
順番は前後するが(なので長崎港を進む椿は一旦見なかったことにw)このように長崎港が一望できる。
実はグラバー園は元々三菱重工が所有していた土地にできている。
それにも理由があって戦時中に長崎造船所で建造していた戦艦武蔵を隠すために買収したのである。
ただそれが戦後の再整備の時などに用地買収に手間取ったのか結構中途半端でなんと園内に一般民家の玄関先(一説には安田産業汽船の元社長宅とか)という場所がある。 -
このような雰囲気なのでコスプレの体験も可能なのだとか。
よく考えればJIN-仁-のドラマ版でもグラバー園が横浜の居留地として登場していた。
うまいこと長崎の街が見えないように撮っているがw -
こちらはリンガー邸。
リンガーハットのリンガーはこのリンガーである。 -
リンガーハットは日本語訳すると「リンガーさんの小さな家」という意味になるが…リンガーさんの大きな家じゃねーかこれ
-
こちらは旧オルト邸。
友人と言っていたのは「なんか東南アジアっぽい」という印象。
日本人の設計なのだがなんだかバリ島にありそうであるw -
バリ風なのは見た目だけw
邸内はバリ風ということはなくやはり洋館。
呉の旧呉鎮守府司令長官官舎の執務室と雰囲気は似ている。 -
全体的にステンドグラスの天窓(?)が開いている。
通気性確保のためかと思うが…もしくはデザイン? -
長崎競艇開催…ではなくおそらくこれは単純に船というかカヤックやボート辺りのレースではないかと思われる。
なお長崎県内で競艇といえば大村競艇である。 -
聖母のように抱きしめて力尽きるまで
-
でも外観はやっぱりバリ島のリゾートなのである(笑)
-
奥にはスチイル記念学校が保存されている。
スチイルということで鉄鋼関係かと思えばそういうことではなく人名由来である。
長崎名物のキリスト教系ミッションスクールの校舎として使われていた。
現在も長崎市内には聖母の騎士高校をはじめとしたキリスト教系の学校は多数存在し、男子校という学校もそれなりにある。 -
長崎港には(この時には知らなかったが実は無人)クルーズ船が停泊している。「コスタのCはコロナのC」などと言っていたがw
これはよい長崎である… -
なんと日本ほぼ最古のアスファルトがここらしい。
グラバーがここまで人力車で上がれるように敷設したとのことである。
そのグラバー邸は改修工事中で見ることができなかった… -
そうこうしている間に長崎港に停泊していた椿が…
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福江港に向けて出港した。
奥のあしがらと比べても船体が小さいことが分かる。 -
ドックや関連施設が並ぶ長崎港を椿は進む…
いつも船の上から見ていた景色は陸の上から見るとこう見えるのか…と納得w -
いよいよ椿は女神大橋をくぐろうとしている。
五島の名残を惜しむように女神大橋をくぐるまでずっと眺めていた… -
帰りこそグラバー通りを下れば良かったものを再び動く歩道で上がり斜行エレベーターで石橋へ下るw
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石橋からはまた路面電車の旅再開。新地中華街まで向かう。
大浦天主堂下からはやはりそれなりに乗り込んできた。 -
大波止まで戻ろうとすると浦上車庫行きの電車が来た。
せっかくなので乗っていくことにする。 -
中華街のコスパが悪いことはよく知っている。よって中華街へは行かずに大波止の濵かつで夕食。
ご飯おかわり自由、しかもカツやカキフライは1個から注文できるとなればいくらでも食べられるw
ご飯は4回おかわりしているので店員も分かるようになってしまったw -
長崎港から再び新地中華街方面へと向かう。
長崎港もライトアップされている。 -
閉塞とは…
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今夜はランタンフェスティバルの最終日。長崎市街地がランタンで彩られる。
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こうしてランタンと路面電車のショットも撮影できるのはこの日が最後。
今夜は夜の長崎も美しい。 -
路面電車の隣にも当たり前のようにランタン
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アーケードもランタン
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アーケードを歩けばやっちゃいました…春雨特製麻婆春雨
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そして川にもランタン
…それにしても長崎に来たときは毎回ランタンフェスティバルの期間中だったという友人は幸せ者かもしれないw -
中華街もランタンで彩られる…
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中華街近くの広場ではこのように大きなランタンやステージ、屋台が設営されてお祭りのような雰囲気。
ランタンフェスティバルのフィナーレはこの広場で迎えることにする。 -
ステージのある広場から中華街方面を望む…
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たむけん…ではなく獅子舞のようなもの(京劇的な?)も出たり
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ステージでは火花が上がったりと結構派手である。
そして今なら百合子★失神な人だかりでもある… -
このステージも20時半で一斉消灯。
その消灯の瞬間もここで見ることにした。
消灯後は当時のスマホのカメラではアレなので… -
新地中華街から路面電車に乗って蛍茶屋電停までやってきた。
1号系統以外は全てこの蛍茶屋に乗り入れる。
というか実質幽霊系統(3号系統の事故でずいぶん長いこと表舞台に出て来ていたこともあったが)の2号系統も含めば長崎の路面電車の全ての電停に乗り換えなしでアクセスできる。 -
蛍から石橋行きが出る…帰ってきたw
…実際は阪急蛍池駅から石橋行きはないのだが -
電停にはこのようなポスターが…
一連のオウム事件を知らない若者がオウムの後継団体に入信する事例が後を絶たない為にこういうポスターが製作されている。 -
そして3号系統で移動してきたのはこの日の旅のフィナーレを迎えるのは長崎駅。
長い間慣れ親しんだ地上ホームもいよいよ高架化で見納めである。 -
かもめが停車している。
これが長崎駅を出る最終の特急である。 -
反対側のホームには気動車が停車している。
-
21時52分、最終のかもめ48号は長崎駅を後にした。
そのかもめを見えなくなるまで見送っていくことにする。
地上駅としての見納めだ。 -
本日の特急かもめ号は終了しました
そして大波止に移動して本日の旅も終了しました
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旅行記グループ 2020年五島遠征
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