2009/12/05 - 2009/12/12
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kiju-jiさん
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2007年3月にスキルス型胃ガンで全摘手術をして、1年間掛かって普通食に。そして更に1年半、そろそろ体力も回復している。そこで前から念願であったポルトガルに行くことにした。
爺も奥さんも長崎県生まれ育ち。ポルトガルから伝わった食べ物が沢山ある、そして日本人の感覚で独自に工夫されて・・・。列挙すれば暇もないが、①カステラ、②天ぷら、③金平糖、④最中、⑤バッテラ・・・。
旅行日程は
第1日目(12/5・土) 成田空港⇒アムステルダム空港(スキポール空港)⇒リスボン空港⇒ホテル・アルテス・パーク(宿泊)
第2日目(12/6・日) リスボン観光(アルファマ地区⇒サン・ロケ教会⇒展望台⇒ジェロニモス修道院⇒ベレンの塔⇒発見のモニュメント⇒エドワード2世記念公園(昼食) ⇒サンタ・アポロ―ニア駅⇒ポルト・カンポニャン駅⇒ホテル・ティアラ・パーク・アトランティック(宿泊)⇒カスト・リベイラ地区(夕食・街歩き)
第3日目(12/7・月) ポルト滞在・観光
第4日目(12/8・火) アヴェイロ⇒コインブラ⇒郊外のポザーダ(ポザーダ・デ・サンタ・クリスティーナ)に宿泊
第5日目(12/9・水) アルコバッサ⇒ナザレ⇒オビドス⇒リスボン⇒ホテル・ティアラ・パーク・アトランティック(宿泊)⇒ファド鑑賞
第6日目(12/10・木) シントラ⇒ロカ岬⇒リスボン観光(宿泊)
第7日目(12/11・金) 第8日目(12/12・土) リスボン⇒アムステルダム空港(トランジット時間を有効に、運河巡り・ダム広場)⇒成田空港
このブログはコロナ禍が少し鎮まった2021年6月に執筆している。12年前の旅行なので変わった面、記憶違いは悪しからず・・・。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
第1日目(12/5・土) 成田空港⇒アムステルダム空港(スキポール空港)⇒リスボン空港⇒ホテル・アルテス・パーク(宿泊)
2007年3月にスキルス型胃ガンで全摘手術をして、1年間掛かって普通食に。そして更に1年半。そろそろ体力も回復している。そこで前から念願であったポルトガルに行くことにした。
爺も奥さんも長崎県生まれ育ち。ポルトガルから伝わった食べ物が沢山ある、そして日本人の感覚で独自に工夫されて・・・。列挙すれば いとまもないが、①カステラ、②天ぷら、③金平糖、④最中、⑤ザボン漬け、⑥バッテラ・・・。
また、宮本輝さんの小説(ここに陸終わり、海始まる)、更に新田次郎さんが起稿し藤原正彦さんが終稿した小説(孤愁・サウダーデ)がある。小説(孤愁・サウダーデ)内容は、ポルトガル出身のモラエス(軍人・政治家・著述家)は日本のことをポルトガルに伝え、四国の徳島市で亡くなった人で、リスボンには生家跡もある。
図は旅行会社のパンフレットから借用。有難う。ポルトガルはイベリア半島の端っこ。 -
第1日目(12/5・土)
4:00起床、朝食、8:17 バスでO駅に、8:40 O駅発、9:46 東京駅、10:07 日暮里駅発、11:16 成田空港着、AIU旅行保険加入、両替、
12:35 旅行会社カウンターに集合。ツア仲間8人(夫婦2組、女性カップル2組)。荷物預け、出国審査。
13:50 搭乗口11Bからバスで、KLM0862便搭乗。14:52 離陸。
マスクをしている日本人客に、外人からクレーム(風邪を引いてるのだったら降ろせ)。CAがマスクをしている日本人にマスクを外すようにと!?・・・。2021年とは逆の現象!!!???・・・。 -
15:30 洗顔タオル、飲み物
16:25(日本時間) 機内食、当然、和食を・・・。 -
中身は、ご飯・パン・すき焼き風煮込み・烏賊と小海老のサラダ・鳥の唐揚げ・デザート・・・。
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17:49(現地時間、日本との時差8時間) スキポール空港到着。入国審査。
19:55 搭乗口D79、KLM1697便に搭乗。20:45 離陸
22:48 リスボン空港に着陸(日本との時差9時間)。 -
荷物を受け取って、ツアバスでリスボンの地下鉄のオライアス駅近くのホテル・アルテス・パーク716号室に宿泊。桃色の線でバスで移動コースを示しているが・・・。分かり難くてごめんなさい!・・・。空港からホテルまで意外と近かった・・・。
シャワーを浴びて就寝(メモに時間の記録がない)
左の地図は地球の歩き方から借用しコピーしてトリミング。有難う。 -
ホテル・アルテス・パークのホテル・カードとカードキーケース。
ホテルは中々いいロケーションにある。 -
第2日目(12/6・日) リスボン観光(アルファマ地区⇒サン・ロケ教会⇒展望台⇒ジェロニモス修道院⇒ベレンの塔⇒発見のモニュメント⇒エドワード2世記念公園(昼食) ⇒サンタ・アポロ―ニア駅⇒ポルト・カンポニャン駅⇒ホテル・ティアラ・パーク・アトランティック(宿泊)⇒カスト・リベイラ地区(夕食・街歩き)
5:20 起床、7:00 朝食、早速あさげを飲んでいる。8:00 荷出し。 -
ホテル・アルテス・パークの前。
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ホテル・アルテス・パークの前。
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ホテル・アルテス・パークの前。
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ホテル・アルテス・パークの左横。
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ホテル・アルテス・パークの右横。
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8:30 アルファマ地区に向け出発。桃色の線でバスで移動コースを示しているが・・・。分かり難くてごめんなさい!・・・。
左の地図は地球の歩き方から借用しコピーして、トリミング。有難う。 -
8:45 アルファマ地区。青い線は散策コース。対して歩いていない。
左の地図は地球の歩き方から借用しコピーしてトリミング。有難う。 -
アルファマ地区は、犬の糞が多いと添乗員のIさん。
飼い主が朝一番に家から外に犬を出すらしい・・・。赤いコートの女性は現地ガイド。名前を失念・・・。あくる日におもいだした。そうだ、マリアさん。おもい出すのに時間がかかる。このブログを執筆しているのは2021年(爺は79歳になっている)、12年前のことなのだ・・・。 -
サン・ミゲル教会。ミゲルはミカエルのポルトガル語、ミッシェル(仏)、マイケル(米)・・・など、と色々変わるが、悪魔退治の大天使ミカエルにあやかって・・・。
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サン・ミゲル教会のファザード。中を見学する暇もない。
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坂の路地?を歩いている・・・。
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似たような家が並ぶ・・・。
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散策の終点、階段と小さな門がある。アズレージョのタイルに今日は!・・・。
坂と階段が多いのは何となく長崎に似ている。 -
また、ツアバスに乗ってテージョ川に沿ってアリセナリ通りを走り、右折れしてアレククロム通りを北上して、カモンイス広場を左に見て、バイシャ地区のサン・ロケ教会に・・・。桃色の線でバスで移動コースを示しているが・・・。分かり難くてごめんなさい!・・・。
地図は地球の歩き方から借用しコピーしてトリミング。有難う。 -
9:30 サン・ロケ教会。
サン・ロケ教会は天正遣欧少年使節団がヨーロッパで最初に宿所にした教会とされる。
聖ロケは、聖ロクス (ラテン語:Rochus、イタリア語:Rocco、フランス語:Roch、スペイン語及びポルトガル語:Roque、英語:Rock?)。
聖ロケは、フランス生まれの疫病に対する守護聖人・・・。犬に食べ物を貰いペストを克服したらしい。
爺は聖路加病院が聖ロケに因む名前と思っていたら、聖路加病院は聖ルカに因むらしい。聖路加と書いて聖ルカとルビが付く。明治時代の初め外来語を漢字に当てはめたが、ルカをロカと聞き違いしたと無学の爺にはそう感じる。聖路加と書いて聖ルカと読ませるには少々無理があると思うが・・・。 -
サン・ロケ教会の右側・・・。博物館らしい?・・・。
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入り口を入ると中央身廊・・・。両脇の翼廊には複数の礼拝堂が並ぶ・・・。修復中なのか幕で塞がれた所が多い・・・。
内部の豪華さに少年使節団はビックリしただろうと?・・・。少年使節は日本で伝道師(宣教師)が建てた粗末な木造のセミナリヨしか見たことがなかった?・・。石作りは城の石垣ぐらい?・・・。そこで、歴史を振返ると・・・。
サン・ロケ教会が創建されたのは、原型となる礼拝堂が1506年から1515年にかけ城壁の外にマヌエル様式で建てられた。サン・ロケ教会に天正遣欧少年使節が来たのは1584年。1540年、イエズス会から派遣されてきた最初の会員たち4人がポルトガルへ到着した。中には、のちに東アジアへ初めて布教へ赴いたフランシスコ・ザビエルも含まれていた(ザビエルは1551年死亡)。イエズス会は1553年にサン・ロケ礼拝堂を所有、すぐに小さな礼拝堂を大きな教会とすることに・・・。天正遣欧少年使節が宿所とした時はもっと質素だったと爺は考える。
サン・ロケ教会の内装は、マニエリスム様式、バロック様式、ロココ様式などの芸術で飾り立てられた。教会内にあるサン・ジョアン・バプティスタ礼拝堂は広く知られ興味深いが。
その後、ジョアン5世はローマ風のバロック様式を大変好み、植民地ブラジルで産出された金を惜しげもなく使い、1740年にイタリア人芸術家ルイージ・ヴァンヴィテッリとニコラ・サルヴィに命じて礼拝堂全体をつくらせた。
イエズス会は、ジョゼ1世の宰相ポンバル侯により1758年にポルトガルから追放され、所有していた資産もポルトガル国家に没収されたとある。 -
主祭壇をアップ。キリストの他に4人の聖人?・・・。
キリスト?の像の上に受胎告知、その上の丸い絵は聖母被昇天か?・・・。 -
聖母子・・・。何処にあったか憶えていない。主祭壇の左側?か。何しろ12年前の旅行なのだ・・・。
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その上の天井。金色でなく銀色に輝くアーチの天井・・・。
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詳細不明。多分主祭壇の右側?・・・。もしかして、サン・ロケ?・・・。
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振り返って入り口側。
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爺の好きなパイプオルガンをアップ・・・。
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サン・ジョアン・パプティスタ礼拝堂。
サン・ロケ教会の内装は、マニエリスム様式、バロック様式、ロココ様式などの芸術で飾り立てられた。教会内にあるサン・ジョアン・バプティスタ礼拝堂は広く知られ興味深いが・・・。 -
サン・ジョアン・パプティスタ礼拝堂の上部・・・。
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天使が多くいるので聖母被昇天?・・・。
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こちらにも大天使ガブリエルによる受胎告知・・・。無原罪の御宿り・・・。
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天井画・・・。見上げて撮るのは難しい・・・。
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聖家族?・・・。
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聖家族?・・・。
教会にはもう少し居たかったが・・・。パックツアでは背負うがない?・・・。 -
10:00 サン・ロケ教会から歩いてサン・ペテロ・デ・アルカンタラ展望台に・・・。近いのだ。
リスボンのメイン通りのリベルダーデ通りからケーブルカーのグロリア線でくる方法もある・・・。 -
爺も記念に・・・。リスボンは丘が多い。中央にダラサ展望台、その右はサン・ジョルジェ城が遠望できる。
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右下にロッシオ駅の屋根が見えている。
ツアバスが先回りして展望台の端で待っている。次はジェロニモス修道院。
何しろ、今日はビジーな日程・・・。 -
10:20 ジェロニモス修道院。エンリケ航海王子やヴァスコ・ダ・ガマらの偉業を称え、さらに新天地へ乗り出していく航海の安全を祈願して、1502年にマヌエル1世の命で着工・・・途中王家(王朝)が何度か変わったこともあり、3世紀を掛けて完成・・・現在の姿に。ヴァスコ・ダ・ガマらが運んだアジアからの香辛料で膨大な・・・。さらにはブラジルから産出した砂糖きび、金で大儲け・・・。
大航海時代の栄華が反映された記念碑らしい建造物・・・。
俯瞰構造図は、講談社発行・世界遺産43・ポルトガルから拝借。有難う。
・・・の歩き方にも同様な図がある!・・・。
主要部分はコの字の形、その間にマヌエル様式の中庭。 -
1518年に付け加えられた南門。ティンパヌム(扉と窓の上のアーチ状に囲まれた部分)に聖ジェロニモス(ヒエロニムス)の生涯を描いた彫刻が・・・。その上は聖母マリアを中心に24人の聖人と高位聖職者の像が・・・。
ここで、ジェロニモス修道院と何で云うか?!・・・。
マヌエル1世が、修道士のジェロニモスに管理を任せたから・・・。別に偉業をしたとか殉教をしたとかはネットで調べても分からない・・・。
昔々昔、アメリカ映画の西部劇に出てくるインディアンの酋長(族長)にジェロニモがいたような・・・。 -
西門から入る・・・。
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主祭壇。
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多くのステンドグラスが・・・。
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ヴァスコ・ダ・ガマの棺。ヴァスコ・ダ・ガマはアフリカの最南部の喜望峰を廻りインドのカリカッタまでのインド航路を確立して、東南アジアの香辛料をヨーロッパに。
香辛料でポルトガルは莫大な利益を・・・。 -
身廊・・・。サンタ・マリア聖堂?・・・。
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ルイス・デ・カモンイスの棺
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マヌエル様式の中庭。奥さんも記念に・・・。
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マヌエル様式の中庭。
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老い先短いと思っていた爺も記念に・・・。
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西門の後ろ?にある、修道士達の共同室(食堂)だった処。
絵は聖ジェロニモス?・・・。何か説明しているのは現地ガイドのSさん。爺は写真を撮るので忙しく動き回り全く聞いていない。
腰壁の部分にアズレージョが・・・。アズレージョは青い(アズール)絵と思っていたらマヨルカ焼き風の絵柄も・・・。 -
修道士達の共同室(食堂)だった処。正面の絵が聖ジェロニモス。
腰壁の部分にアズレージョが彩を添えて・・・。 -
マヌエル様式の中庭の回廊から・・・。ここも長居が出来ない・・・。
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ここも長居が出来ない・・・。また西門から出て・・・。ツアバスを待つ。
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ジェロニモス修道院の西側の建物は、19世紀に更に付け加えられた西棟。
西棟の東側は、国立考古学博物館、西の端っこに海洋博物館となっている。 -
また、ツアバスに乗って・・・。
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次はベレンの塔。11:20 マヌエル1世の命で1520年に建てられたベレンの塔に。
左の地図は地球の歩き方から借用しコピーしてトリミング。有難う。 -
作家・司馬遼太郎さんがドレスを広げたように見えてテージョ川の公女(貴婦人)と称したベレンの塔。
元々はテージョ川を出入りする船舶の監視塔だった?・・・。
今日は川風が強い・・・。
ベレンの塔の正式名称は、リスボンの守護聖人の名をとった(サン・ヴィンセンテ塔)らしい。 -
爺も記念に・・・。
ベレンの塔は、左側は堡塁になっていて、砲台の他マリア像があるらしい。
右側は4層になっていて、1階は司令官の間、2階が国王の間、3階が謁見の間、4階が礼拝堂になっていると・・・地球の歩き方にある。
また、1階と海面の間には水牢になっていて政治犯らが収監されたらしい。中世は罪人に対し処遇が厳しかった?!・・・。 -
塔に入ろうかと思い、鉄製の橋を渡るが観光客の列・・・。
あきらめて振返ると4月25日橋。
ポルトガルは第2次大戦後、長く首相のサラザールの独裁が続いた。1966年にサラザールがテージョ川の対岸と結ぶ2277mの吊り橋を建設。サラザール橋と呼ばれたが、1974年4月25日に革新派軍人らによるクーデターで共和国に・・・。その結果4月25日橋と改名・・・。 -
ベレンの塔に上がるのをあきらめてベレンの塔を見上げる・・・。
出窓?が良い形・・・。 -
奥さんも同意・・・。我が家は夫唱婦随。関白宣言が続くよう思えたが・・・。
左は堡塁・・・。 -
未練がましくベレンの塔。
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ベレンの塔を背景に・・・。
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ベレンの塔を背景に・・・。ここはテージョ川の河口・・・。
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夫婦仲良く・・・。
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僅かな距離をツアバスで移動。11:30 発見のモニュメントに。
発見のモニュメントはエンリケ航海王子(1394年~1460年)が亡くなって500年を記念して1960年に造られた。
エンリケ航海王子は、大航海時代の先陣を切って、西欧(ヨーロッパ)に小国のポルトガルを西欧(ヨーロッパ)世界に名を知らしめた。
西欧(ヨーロッパ)初の1415年にアラブ勢力下の北アフリカのセウタ攻略を果たしたエンリケ航海王子は、その生涯を航海技術・帆船の開発・後進の育成を行い、ポルトガルの礎を築いた・・・とあるが。 -
発見のモニュメント。
発見のモニュメントは表と裏に同じモチーフの彫像がある・・・。
エレベーターで塔の上に行けるらしい・・・。 -
ここでも夫婦仲良く・・・。
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発見のモニュメント。
左からエンリケ航海王子、アルフォンソ5世、ヴァスコ・ダ・ガマ(1497~1498年・カッコ内は航海期間)、・・・。
4人目がブラジルに到達したペデロ・アルヴァス・カプラル(1500~1501年)、その後ろがスペイン艦隊を率いて世界一周をしたフェルナ・デ・マガリャインス(マゼラン)(1519~1922年)、実際には1921年マゼランはフィリピンで原住民との戦いで死亡し、世界一周をしたのは残りの乗組員とフアン・セバスティアン・エルカーノら・・・。 -
図は旅行会社のパンフレットから。有難う。
エンリケ航海王子はアヴィス朝を始めたジョアン1世の子供。大航海時代のスポンサー・・・。王の命令で、自らは北アフリカのアラブ勢力下のセウタ攻略に・・・。
ヴァスコ・ダ・ガマは東周りでインド航路の発見、香辛料をヨーロッパに。香辛料は肉の腐敗を遅らせ、ポルトガルは香辛料貿易で莫大な利益を・・・。
スペイン艦隊を率いてフェルナ・デ・マガリャインス(マゼラン)は西回りでマゼラン海峡を越えて世界一周をした?!・・・。太平洋の発見・・・。
コロンブスはジェノバのイタリア人、スペインのイサベラ女王の支援を受けてカリブ海の島に到達。爺は西インド諸島と習ったが・・・。最初のアメリカ大陸の発見者でもない?!・・・。アメリカの国名の由来はアメリーゴ・ヴェスブッチ(元はフィレンチェ生まれのイタリア人、スペインの王朝に仕え、コロンブスの2回目、3回目の航海を支援?・・・)とされるがこれも怪しい。何しろ古くから北アメリカ大陸には先住民(エスキモー、インディアンら)が住んでいたし・・・。グレートジャーニーと云う言葉もあるし、アルゼンチンの先パタゴニアには蒙古斑のある先住民も住んでいたし・・・。新大陸発見と云うのはおかしい・・・。
何しろ古いことなので歴史学者・研究者によって少し表現が異なる??・・・。
爺にはチンプンカンプン。 -
4月25日橋が少し近くなって。
ポルトガルは第2次大戦後、長く首相のサラザールの独裁が続いた。1966年にサラザールがテージョ川の対岸と結ぶ2277mの吊り橋を建設。サラザール橋と呼ばれたが、1974年4月25日に革新派軍人らによるクーデターで共和国に・・・。その結果4月25日橋と改名・・・。 -
発見のモニュメントの下で・・・。バックにジェロニモス修道院が・・・。
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絵葉書から借用・・・。中心に中世の世界地図。日本も小さく・・・。
エレベーターで塔の上に行くとこのように見える・・・。 -
発見のモニュメントの広場の端から見ると・・・。また、ツアバスに乗って・・・。
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12:00 エドゥアルト7世公園の北の端に・・・。
地図は地球の歩き方から拝借。コピーしてトリミング。有難う。 -
エドゥアルト7世公園の北の端に・・・。1902年にイギリスのエドゥアルト7世がポルトガルを訪問したのを記念して造られた公園。
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奥さんも記念に・・・。バックに5日目、6日目に宿泊したホテル・ティアラ・パーク・アトランティックが見えている。
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エドゥアルト7世公園をバックに奥さんも。男女平等なのだ!。
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爺も、もう一度・・・。男女平等なのだ!。
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エドゥアルト7世公園。幾何学模様の植栽が美しい。遠くにポンパル侯爵広場とポンパル侯爵の銅像。そして、テージョ川が・・・。
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公園の北側にクリスマス・ツリーのイルミネーション。6日目の夜に写真を撮っている。色んな色に変化してきれいだった。
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エドゥアルト7世公園の傍のレストラン・BOTEGUIMDOに・・・。
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ポリトガル名物の千切り縮緬キャベツのスープ(カルド・ヴェルデ)を・・・。
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ポークの煮込みとポテトの大ぶりなフライ。ミルクプリンのデザート。
煮込みとポテトは胃を全摘の爺にはきつい。完食できない。
昼食後、またツアバスに乗って・・・。 -
13:45 サン・アポローニャ駅。ポルトに鉄道の旅・・・。
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駅で貰った時刻表。広げるとB3サイズの裏表に列車番号、出発時間、途中駅の時刻などが・・・。
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一部を切り取って折りたたんで・・・。
14:00 サン・アポローニャ発。途中のアヴェイロ 16:10、
ポルトのカンパニャン駅 16:46 着 -
特急列車のファーストクラスに・・・。
駅のスーパーでミカン10個を買う(2.45ユーロ)。ツア仲間に1っ個ずつ・・・。
爺は昔々、ヴェネツィアのリカルト橋の袂の市場で買ったミカンが美味かったのと、昔々昔々デンマークのコペンハーゲンで買った見掛けの悪いリンゴが素晴らしく美味かったので、海外ではミカンとリンゴには目が無い爺・・・。 -
途中から篠突く雨(しのつくあめと読みます)の中を走り、16:46 ポルトのカンパニャン駅着。
雨の中をツアバスに乗って・・・。ホテル・ティアラ・パーク・アトランティックに。 -
ホテル・ティアラ・パーク・アトランティックの宿泊カードとカードキー入れ。
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ホテル・ティアラ・パーク・アトランティックのコースター。形がきれい・・・。
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夕食に出掛ける前に、ホテルの近くのスーパー(ビンゴ・ドーチェ)へ。
大きな鱈の干した物が沢山・・・。大昔、日本にも棒鱈という干し物があったが・・・。1匹ままの干し物ではなく小さく棒状に・・・。不味かった。
冷蔵庫の普及、冷凍技術が無かった太平洋戦争後の日本では干した棒鱈と冬場の塩っけのものすごくキツイ鮭の切り身があった。今の新巻き鮭からは想像できない。ご老体、憶えているかな!?・・・。 -
ツアバスに乗って・・・。
19:30 カイス・ダ・リヴェイラに近いレストラン・POSUTIGOで夕食。
自己紹介。話しに夢中になり食事の写真を撮り忘れ・・・。添乗員のIさんも入れて9人。家族的・・・。
料理は、名産のワイン・ヴィーニョ・ヴェルデと野菜サラダ、シーフードのリゾット、デザートはチョコレート・ケーキとメモっている。
シーフードのリゾットは爺には塩気が少しきつい。我が家は薄味なのかな・・・。だけど付き合わせのパンにぬった鮭のペーストが抜群に美味い・・・。
夕食後、小雨の中をカイス・ダ・リヴェイラのドウロ川の傍に・・・。
ドン・ルイス1世橋も見えているが・・・。 -
記念に一枚。奥さんの古いバカチョン・デジカメしか持ってこなかったので、ピンボケ・手振れでご免なさい。
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また、雨の中を歩いて・・・。
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聖二コラ教会が・・・。雨は頻りと降り続く・・・。
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聖ニコラ教会が・・・。この教会の右方向にサンフランシスコ聖堂がある。次の日に位置関係が判明・・・。聖ニコラ教会はボルタ宮の前の道路の対面にある。アズレージョのファザード。
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ボルタ宮の脇でツアバスに乗って・・・。
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多分、ボルサ宮の前・・・。エンリケ航海王子広場・・・。
23:00 ホテルに戻る。洗濯、シャワーを浴びて 0:00 就寝。
明日はポルトに滞在し、ポルト市内の見物・・・。
ポルトガルには、各地の気風を表わす言葉に、「ポルトは働き、リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ブラガは祈る」とある・・・。
ポルトは勤勉な市民が築いた街、楽しみだ・・・。
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