2019/10/04 - 2019/10/06
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frau.himmelさん
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ドイツ好きの私、ドイツ地図で訪れた地をマーカーで印をつけてみますと、驚くほどびっしり埋まってしまいます。
ところがその中で、比較的マークが少ない地があることに気が付きました。ザクセン州の南側、ライプツィヒからチェコ国境にかけての旧東ドイツ付近です。今回はそちらを攻めてみよう。
そこで滞在地としてツヴィッカウに白羽の矢を立てました。
1日は夫の希望で世界一のレンガ橋ゲルチュタール橋にいってまいりました。
しかし当のツヴィッカウは、楽しみにしていたシューマン博物館も、トラバントの自動車博物館にも、ホテルの前の歴史あるマリエン教会にも中に入っていないのです。ほんとに私は何をしにツヴィッカウに行ったのか?
また今日ニュースを見ていましたら、アメリカではアジア人が人種差別の対象となり突然暴力を振るわれたり、襲われたりする事件が多発しているようですね。悲しいことです。
ヨーロッパでも以前からイスラム系やアラブ系などの外国人が狙われたり、殺されたりする事件が起きています。ネオナチ問題もありますし。
そんな大きなことでなくても、小さな人種差別は結構あると思われます。
今回私も、もしかしたらこれは人種差別?って思うような不愉快な経験をしました。
-
10月4日。
ベルリンを出発し、ライプツィヒで寄り道をして、ツヴィッカウに到着した私たちは、相乗りタクシーで旧市街に予約したホテルに着きました。
急いでチェックインして、部屋に荷物を置いたらすぐに出かけます。
ここは私たちが宿泊しているホテルが経営しているビアガーデン。 -
目の前にはツヴィッカウで一番大きな歴史あるマリエン教会。
-
塔の高さは87mもあるそうです。
見事なゴシック建築です。 -
教会の壁には聖人たちの彫像が飾られています。
15世紀に建てられた古い教会です。
今は中に入っている暇はありません。雨の中を先を急ぎます。 -
私たちが急いだ理由は、シューマン博物館を見学したかったから。
やはり遅かった~~。
入り口はピタッと閉まっています。 -
ロベルト・シューマンハウス ツヴィッカウ
火~金 10:00~17:00
土・日・祝 13:00~17:00まで。
もう5時過ぎていますね。
もしかしたら6時までやっているかと、一縷の望みをかけていたのですが。 -
雨が降っているので、パネルの中のロベルト・シューマンとクララ・シューマンもずぶ濡れです。
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明日はゲルチュタール橋まで遠出をすることになったので、今日のうちにシューマンハウスを見学したいと思っていたのですが・・・。
ま、仕方がない。
雨が降っていますけど少しツヴィッカウの街を散策します。
ここはツヴィッカウ旧市街の中心ハウプト・マルクト。 -
ツヴィッカウ市庁舎。
やさしい色合いのネオゴシック様式の市庁舎は、2011年にリノベーションされています。
正面玄関にはツヴィッカウ市の大きな紋章が。 -
あそこで物思いにふけっているお方は?
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ツヴィッカウが生んだ大作曲家ロベルト・シューマンです。
-
ハウプト・マルクトのトラム乗り場。
ツヴィッカウは大きな工業都市なので交通網は充実しています。
街中も美しい建物が並んでいます。
ここはドイツが東西に分断していた時代は東ドイツ圏でした。 -
雨が降っているせいか、街の中心ハウプトマルクトも人影がほとんどなくシーンとしています。
私たちも市庁舎を後にしてホテルに戻ることにします。
どうもテンションが上がらない。 -
10月5日。
ツヴィッカウ・ツェントラル駅。
ゲルチュタール橋より戻ってきました。
雨が降って出発が遅くなり、残念ながらマリエンバートには行けませんでした。
マリエンバートには行く気満々で詳しく調べていました。
「ヨーロッパで最も美しい村30選に選ばれている。駅からバス5番、7番で中央へでる。ゲーテやショパン、ヨハンシュトラウス、カフカ、ワーグナー、ニーチェなどが保養に訪れている・・・などなど。」
次に訪れる機会はあるのかな? -
市庁舎の時計は4時半を過ぎています。
さて間に合うかな~、急ぎましょう。 -
市庁舎のお隣のゲヴァントハウス(織物倉庫)は修復中です。
現在はプラウエン劇場として演劇やコンサートのホールとなっています。 -
再びシューマンハウスへやってきました。
マリエンバートに行かなくなったので、早く戻ってこられました。
クリーム色っぽい建物がロベルト・シューマンが生まれた家です。
シューマンの横顔のレリーフが飾られています。 -
シューマンハウス。
中から出てくる人が数人いるだけで、これから入ろうという人はいません。
夫から「あと20分ほどしかないし、バタバタして見学しても疲れるだけ、もう入るのは諦めよう」とドクターストップがかかりました。
悔しいけど確かにそうね。
ロベルト・シューマン(1810-1856)は、裕福なこの家で生まれました。 -
彼がこの家に住んだのは、1810年からギムナジウムを卒業する1828年まで。その後ライプツイヒ大学で学びました。
この博物館は、市に買い取られ修復されて、1956年7月22日、シューマン没後100年を記念してオープンしました。
当時は東ドイツ時代、シューマンハウスはDDRの最初の博物館だそうです。 -
立ち去りがたく、パネル写真でシューマンの足跡を辿ります。
若いロベルト、美しいクララ。
ちなみにクララはここには住んだことはないようです。 -
そして大発見を!
シューマンが産まれた部屋に置かれていたこのピアノ、
クララ・シューマン(当時はクララ・ヴィーク)が9歳の時にライプツィヒのゲヴァントハウスで初コンサートを開いたときに使用したピアノです。天才少女だったのですね。
もっと驚くことが。
しかもこのピアノは、アンドレ・シュタイン製のものだそう。
アンドレ・シュタインといえば、私の旅にチラチラと見え隠れする女流ピアノ製作者ナネッテ・シュタイン(シュトライヒャー)の弟です。
ここにも~~!
やっぱり20分しかなくても博物館の中に入ればよかったかな~。
と言ってもこのことを知ったのは、この旅行記を書き始めてからですけど。 -
そしてもう一つ嬉しい発見が。
何気なく張り紙を見ていたら日本人ピアニストのお名前が。
10月6日(明日)5時から開催されるコンサートに出演なさる
「Yuka Kobayashi」さん(赤線、矢印)。
残念ながら私たちは明日はもうツヴィッカウにはいませんので拝聴できませんが、どうか頑張ってください。 -
シューマンの生家は、1914年にツヴィッカウ市に買い取られ、1956年に昔の家に忠実に再現されたビーダーマイヤー様式の建物です。
そしてこの中には、4000点を越えるロベルトとクララのシューマン夫妻のコレクションが収蔵されています。現在では世界最大のシューマン博物館だそうです。
後ろを振り返りながら立ち去ります。 -
ツヴィッカウの案内標識。
見どころはたくさんありますね~~。 -
街中の美しい建築物。
-
そしてこの方にもう一度お会いして・・・。
ロベルト・シューマンさん。
相変わらず夢見る表情をなさってます。 -
このシューマンの銅像は1901年に完成し、カール・ライネックなど友人や孫たちが参加して盛大に奉献の式典が開催されました。
しかし時代の変遷とともに、この巨大な銅像はアチコチ移転し、1993年にやっと生まれた家が見えるここハウプトマルクトに設置されました。
重さは1210kg、高さは4.54mあります。 -
今日はゲルチュタール橋に行って疲れました。
シューマンハウスにも入れなかったし、そろそろホテルに引き上げましょう。
ホテル前に建っているマリエン教会。
大きくて部分しか撮れませんが、1180年に建てられ、15世紀にゴシック建築に建て替えられという歴史ある教会です。 -
内陣は芸術の宝庫と言われるほど、貴重な絵画や彫像がいろいろあるらしい。
外壁の聖人たちの像をみてもそれは見て取れますね。
教会が好きで、いつも中に入って芸術鑑賞を楽しみにしているのに、不思議なことにこのマリエン教会は中に入っていないのです。
ホテルが目の前だからいつでも入れると思ったのか?
旅行記を書くにあたり調べて、理由がわかりました。
17:00時でクローズしていたのです。
2日間ともこの前を通るのは5時過ぎていましたものね。
内部を見たかったな~~。 -
ホテルです。
ここもに驚きの事実がありました。
何とこの建物は、ザクセン州(ドイツも?)に現存する最古の都市型住宅だったのです。13世紀に造られ、マリエン教会の聖職者が住んでいたそうです。 -
真ん中に「PRIESTERHAEUSER MUSEUM」(僧侶の家博物館)という文字が見えるでしょうか。
ここは、中世後期の生活や文化を伝える歴史博物館になっているのです。
これも全然気が付きませんでした。
その左隣が私たちのホテル兼レストラン「ブラウハウス」です。
道理でホテルの部屋が古かったはずです。 -
ホテルに入らないで、歴史的建物がある地区をもう少し散策します。
建物自体は歴史を感じさせるものもあります。 -
しかしホテル前の駐車場の壁には、リアルな落書きが・・・。
失礼!落書きなんて言ってはいけないのですって。
ストリート・アート、芸術なのですって。
艶めかしい女性や、オールド・スクールのおばあちゃま。 -
こちらには「天地創造」。
でもあのアダムは黒人っぽく見えませんか。何か意図があるのかな。 -
落書き駐車場?の路地から。マリエン教会の高い塔が聳えています。
-
レストランの窓口で部屋の鍵を受け取り、今夜このレストランで食事をしたい旨、伝えました。
「ブラウハウス」、ツヴィッカウでは有名なレストランのようです。 -
昨日チェックインした時は、随分古めかしいホテルだと驚きましたが、ザクセン州で最古の住宅だったなんて・・・。むしろ希少な経験をしたのですね。
部屋で少し休んでレストランに行きました。 -
レストラン「ブラウハウス」。ビール醸造所なので、店内にはビールのタンクが存在感を放っています。
さきほど予約したので、店員さんに部屋の鍵を見せて案内を請います。
ところが案内された席は、裏口の出口近くの狭いテーブル、最初荷物置き台かと思ったくらいのひどい場所です。 -
他に席はないの?と聞くと、ないと言う。
空いている席を指さして、あそこは?と聞くと、予約席だと。
他の席を指すと、あそこは4人席だからと。
鍵を見せて、私たちも予約したのよ、と言っても首を振る。
夫が、ここでもいいじゃないって言ったので、それ以上は追及しなかったけど、腹がたちますね。席は半分くらいは空いていたのです。
夫はここブラウハウス製のビールを頼んだけど、私はいつものようにワインなんて飲む気にならない。ミネラルウォーターを(笑)。 -
プリプリしながらメニューを眺めていると、「ソリヤンカ」を見つける。
ソ連に統治されていた時代の東ドイツではよく食べられていたロシア料理です。
怒ってお腹が空いているのでこれを各自取って、サラダを二人でシェアする。
私たちが食べ終わってレストランを出るまで、予約席には誰も座らなかった。4人席もいくつか空いていた。
考えたくないけど、これはもしかして「人種差別?」と思った。 -
不愉快な思いで部屋に引き上げる。
実は部屋のことでも思うところがあったのです。
寒いザクセン地方のことですからヒーターは効いています。
部屋のカーテンの外は・・・。 -
窓を開けると目の前は工事中の壁。
外の景色などこの壁に阻まれて何にも見えない。
このホテルは3階くらいの、廊下を挟んで両脇は全て客室ですから、部屋数は結構ありそう。
しかもそんなに混んでいるとも思えないし、本当にこの部屋しかなかったのかしら?
レストランのことを考えると、部屋も差別されていたんではないかと思ってしまう。 -
3月6日。
翌朝、そんなモヤモヤを抱えながら朝食へいく。
昨夜のレストランが朝食会場です。
昨夜は窓際の席もいくつか空いていた。
今朝も8時だというのにガラガラ空いている。 -
並んでいる料理品目も少ないし、量も少なめ。
客が多ければこれくらいでは間に合わないはず。
この感じでは昨夜の泊り客は少なかったと思う。
私たちの部屋も、何も工事現場側ではない部屋でもよかったのではないか。
普段私たちは、通された部屋にはよほどのことがない限りクレームをつけたことがない。今回もあんなことがなければ、まあこんなものだと思ったでしょう。 -
この旅行記を書くにあたり、ツヴィッカウのことを調べていると、どうも排他的な土地柄のようですね。
外国人排斥運動や、移民などの外国人に暴行を加えるネオナチの事件などもしばしば起きているようです。
そう言えば、ツヴィッカウでは、中東やアフリカ人、それにアジア人の姿は全く見かけなかったような。
ザクセン州やチューリンゲン州など旧東ドイツ地域は、ドイツの極右政党AfD(ドイツのための選択肢)の支持者が年々増加している地域でもあります。
最近アジア人も人種差別の対象になっているらしいし。 -
ホテルでタクシーを呼んでもらって、駅へ向かいます。
このモヤは朝霧だったのか、雨だったのか。 -
ツヴィッカウ駅
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駅構内では「ザ・社会主義」の像が出迎えてくれました。
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左側は鉱山労働者、右側は、ツヴィッカウは自動車産業が盛んなことから抱えているのは自動車部品?
なかなかお二人とも意志が強そうなお顔立ちです。 -
駅構内に展示してあったパネル。
ベンジン安全ランプでしょうか。
ツヴィッカウの技師が鉱山労働者のために開発したガソリンランプらしいです。
どことかの博物館で展示紹介してあるそうです。 -
こちらにはトラバントのパネル。
ツヴィッカウは「アウディ」の前身、高級車「ホルヒ」の発祥の地です。
ナチス時代はメルセデスと並ぶ自動車メーカーでした。
戦後、東西ドイツに分離してからは、旧東ドイツ政権下でトラバントが生産されるようになりました。
それらの充実した自動車博物館がツヴィッカウにあるということだったので、夫がフライベルクに行っている間に一人で行ってみたいと思っていました。ちゃんと場所も調べていました。 -
ツヴィッカウのジオラマでしょうか。
自動産業の街らしく、何台もの自動車を乗せた貨車。 -
初めてのツヴィッカウ、どこに行こうか、何をしようか、いろいろ楽しい計画を立てていました。
シューマンハウス、自動車博物館、そして教会やお城に行ったり・・・。
あるいはツィッタウに行って、ドイツ・ポーランド・チェコの3国国境を徒歩で越えるのもいいな、など。
夫がフライベルクに行かなくなり、1日は一緒にゲルチュタール橋を見に行ってきました。
しかし、ツヴィッカウに2泊もしたのに、肝心のツヴィッカウは見事に全くどこにも行けませんでした。
私って何しにツヴィッカウまで行ったのでしょうね?
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この旅行記へのコメント (13)
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- ハッピーねこさん 2021/03/28 16:35:40
- 地図にたくさんマークしたい・・・♪
- himmelさん、こんにちは。
ドイツの地図に行った町をマークする。私もやっています!^^
私などは東も北もまだまだスカスカですが、himmelさんはさぞ埋まってらっしゃるでしょうね~!うらやましい。
早くまた新しい町にマークできる日がくるといいですよね。
あちらこちらへ出掛けて宿泊した町をじっくり見ていない。
私の旅にはよくあることですが、himmelさんにもそんな町がおありとは意外です。
ホテル&レストランは残念なことでしたね。
大好きな国でのそんなご体験、ショックが大きいですよね。
逆に親切できちんとした対応をされた時はとってもうれしいもの。
そんな思いがまたできることを祈って今はがんばりましょう~☆
ハッピーねこ
- frau.himmelさん からの返信 2021/03/28 21:13:33
- RE: 地図にたくさんマークしたい・・・♪
- ハッピーねこさん、こんばんは。
こちらはもう桜は満開を過ぎて、桜吹雪があちこち舞っています。
つい2,3日前に咲き始めたと思っていたのに。花の命は短くて・・・、ですね。
花の命は短いのです。
早く海外に行けるようにならないと、もう行けなくなるぅ〜〜。
ドイツの地図へマーク、やはりやっていらっしゃいますか。
ハッピーねこさんの地図もビッシリでしょうね。特に南ドイツなど立錐の余地もないほどに。
そのマーカーの具合を見て次はあちら方面を攻めようか・・・、なんて邪道ですね。
でも邪道でもなんでもいいです。元気なうちに早く行きたいです。
旅に出ればいろんなことがおきますね。
嫌なこと嬉しかったこと。それらをひっくるめて思い出につながるのですね。
ハッピーねこさんも、皆さんがやっていらっしゃるように、旅行記のダイジェスト版をお出しになればいいのに。
もう生活のほうも一段落されたのではないですか?
コメントありがとうございました。
himmel
- ハッピーねこさん からの返信 2021/03/31 12:18:02
- RE: RE: 地図にたくさんマークしたい・・・♪
- himmelさん、早々にご返信をいただいておりありがとうございました。
旅のダイジェスト版、ちょうどそんなことを考えておりました。
さすがhimmelさん、タイムリーなアドバイスをありがとうございます。
どんな形にしようか思案しながら昔の写真データをぼちぼち見直ししております。
ぐうたらな私のことですから、すぐには実現しないかもしれませんが^^;
ハッピーねこ
-
- OE-343さん 2021/03/24 11:51:08
- Schumann-Haus
- frau.himmel様
続けてのコメント失礼致します。
ツヴィッカウのシューマンハウス、残念でしたね。
特別展が「クララ・シューマンと彼女の弟子たち」とのことでしたので、「おうちで見れる展示」として彼女の弟子たちの録音のリンクを貼らせていただきます。
クラーラは、ご存知の通り、現在シューマンハウスにあります、ナネッテの弟、マテウス・シュタイン作のフォルテピアノでデビューしました。
この楽器は、オーベルンドルフ(きよしこの夜の町!)の楽器製作家、ロバート・A・ブラウン氏によって演奏可能な状態に復元されております。(実は、渡邊順生氏のナネッテ・シュトライヒャーもブラウン氏の修復です)。
ペダルは3本で、音域は6オクターブなので、当時の最大音域(6オクターブ半)ではないのですが、クラーラのための楽器ですから、最高の材料を使っていると思います。(外装はコストを抑えて桜です)
クララが結婚後に使っていたコンラート・グラーフは、ハンマーの素材が革からフェルトに改造されるなどしてオリジナルの状態ではないのでたいへん残念です。そのグラーフはウィーンの楽器博物館にあります。
クラーラはナネッテのフォルテピアノも大好きでした。そして、彼女らの「ウィーン式アクション」はとても鍵盤が軽く、鋭敏に反応します。ですので、パリに行って「イギリス式アクション」のタールベルクのエラール(フランスのトップメーカー)を弾いたら、(当時としては)鍵盤が重くて、大変だったそうで。。。
実は私も、先日、「ショパンモデル」のプレイエルを弾いて、同じことを感じました。
実はロベルト・シューマンはナネッテのフォルテピアノを持っていたとも聞いています。
クラーラはナネッテの息子のヨハン・バプティストとも生涯に渡り親交がありました。ちなみに、彼の配偶者は、ショパンの極めて優秀な弟子で、ピアニストでした。
録音が残る彼女の弟子たちは残念ながらフォルテピアノではなく現代ピアノの時代ですが、演奏解釈の中に彼女の時代の雰囲気を残しています。面白いことに、イギリス人の弟子が多いです。
・ファニー・デイヴィスのシューマンのコンチェルト
https://youtu.be/CB9zQVjh8CQ
・ファニー・デイヴィスの子供の情景
https://youtu.be/4ETFnpof3Xc
https://youtu.be/JSWpBtNnynY
・アデリーナ・デ・ララのベートーヴェン
https://youtu.be/evTeejK1qKc
・ララの「アラベスケ」
https://youtu.be/c3pbO-GSnE8
・「クライスレリアーナ」
https://youtu.be/FOjMWoqJ4WE
・ブラームス作品集
https://youtu.be/SiiFNDR68a4
他にもいろいろ録音が残っています。
OE-343
追伸:今度、ナネッテのフォルテピアノで演奏する渡邊順生氏は、フォルテピアノを「現代のピアノを軽く弾くだけ」で終わってしまう人が多い中で、こういった歴史的録音などにも目を向け、またチェンバロの大家としての経験、ナネッテと同時代の音楽書などの研究を通して、演奏解釈を含めた「本来のフォルテピアノ演奏」を研究し、我々に見せてくださる、貴重な先生でいらっしゃいます。
- frau.himmelさん からの返信 2021/03/26 10:41:15
- RE: Schumann-Haus
- OE-343さんおはようございます。
今回も大変詳しいコメントありがとうございます。
ナネッテのこと、シューマンハウスにあったクララシューマンのフォルテピアノのこと、本当に興味深い詳しいご説明。私の許容を越える内容ですが、こういうことを知ってツヴィッカウを訪れたらまた楽しいでしょうね。
残念ながら今回はシューマンハウスには入れませんでしたが、あの博物館にナネッテゆかりのピアノがあると判っただけでも、私にとっては収穫だったと思います。
またいくつも美しい曲を貼り付けてくださってありがとうございます。
今は決算の時期でアタフタしていますが、ゆっくり時間がとれるようになりましたら、優雅に拝聴させていただきたいと思います。
緊急事態宣言が解除になったとはいえ、相変わらず感染者は減りません。
どうかお身体ご自愛くださいませ。
himmel
-
- kaoluさん 2021/03/24 10:17:12
- 残念でしたね
- himmelさん こんにちは。
ツヴィッカウで嫌な思いをされたんですね。残念!
私は鈍感なせいか、そういう思いはしませんでしたが、「小さなベルリンを訪ねて 4」にも書きましたが、マリエンバードからの帰り、国境をこえたところで警察の検問に合い、車内検索に合いました。当時は、難民流入が問題になってた頃だからしょうがないなーとは思ったのですが、旧東独は排他的な地域ではありますね。
もともと、主翼産業が統一によってすたれてしまって、経済的に困窮しており、市民のストレスの高い場所ではありますからね。
プラウエンなどでは中東系の移民?もしくは難民の子どもとおぼしき青少年が、夕方うろついてるのを見かけました。
現在は中華系も不満のターゲットでしょうから、とばっちりを受けたのかもしれませんね。
それにしてもシューマンハウス残念でしたね。私は入ったけど、himmelさん のようにお勉強していなかったので「ふ~ん」で済ましてしまいました。himmelさん の旅行記を読んでから訪問したかった。
ワクチンパスポートも本格的になりそうですね。まあ、いったいいつ順番がまわってくるかわかりませんけど。それまでは、足元の旅行を楽しむしかありませんね。
そして、himmelさん の続きを楽しみに旅行気分を味わいます。
- frau.himmelさん からの返信 2021/03/28 20:46:24
- RE: 残念でしたね
- kaoluさん、こんばんは。
返信遅くなってごめんなさい。
いろいろバタバタしておりまして、さっきやっと一件(だけ)落着!
ツヴィッカウのレストラン、そうですね〜.
他に席が空いていなかったら仕方がないかと諦められたのですが・・。
確かにあのレストラン、人気のお店ではあったようですね。ツヴィッカウに行ったらあのレストラン、と選んでいったところだったので、あんな態度をされて、ちょっとショックでした。
中華系!そう、それはありますね。
あの国の方々は態度も大きいし、おなじアジア人ながら眉を顰めたくなる場面をしょっちゅう見ていますので。同胞人に間違われたくないなとはいつも思っています。
はい、シューマンハウス残念でした。
実は出発を1日早めたのです。それさえなければちゃんと入ることができたのでした。
私もお勉強なんかしていきません。写真を撮ってきて、帰国してからそれでお勉強するのが楽しいし、究極のボケ防止だと思っています。
kaoluさんはコンサートがメインの旅で、その合間にいろんなところに行っていらっしゃる。車移動で行動的で効率的で羨ましいです。
齢をとると体力的にも行動が狭まって、あらあそこ行けなかった!というところがいろいろ出てきます。
早く海外旅行に行けるようにならないと・・・、本当に焦っています。
さくら、満開ですね。では。
himmel
-
- PuellaApuliaeさん 2021/03/18 23:14:23
- シューマンだシューマンだ~
- Himmelさま、大変ご無沙汰しておりますが、お元気でいらっしゃいますでしょうか。私はとうとう丸一年旅行記更新なし、という現状です。
久々に皆様の旅行記をのぞいてみたら、何とツヴィッカウにシューマン!ああ羨ましいです。シューマン愛好者を名乗りながら行っていないところや見落としているところだらけです。シューマン記念年やクララ記念年に行っておくべきでした。
軽い差別的な扱いを受けられたそうで、やはりと思ってしまいました。旧東側の人たちはリベラル教育や人権教育を受けていない世代の人が一定数いますから・・。しかし分かっていても不快になりますね。コロナ後に行く場合は用心しなければと思います。
- frau.himmelさん からの返信 2021/03/19 20:27:24
- RE: シューマンだシューマンだ?
- Januaさん、お久しぶりです!
すっかりコロナに馴らされて毒気を抜かれた生活をしています。
本当にこのコロナ禍、長引いていますね〜。
たしか昨年の今頃でしたかしら、4月になったら渡伊なさるとおっしゃっていましたね。
あの頃はこんなに長引くとは思っていませんでしたが、あちらに重点を置いていらっしゃるJanuaさんにとってはお辛い1年だったことと思います。この後に及んでもいつ平常に戻るのか先が見えない状況の中、Januaさんには気が気ではないことでしょうね。
さて、懐かしい方からのコメント、大変うれしいです。
シューマンハウス、ボンに引き続きここツヴィッカウでも見学はできませんでした。私の旅計画はいつもどこか抜けているのです。
ツヴィッカウのシューマン博物館、展示物なども世界一充実したシューマンの博物館らしいです。渡伊なさったら、ぜひ日帰りで(は無理ですね)いらっしゃってください。
大都市では受けたことがない差別(?)扱い、やはり旧東ドイツのほうではあるようですね。
ほんと、今アメリカでアジア系の人々がいわれなき攻撃を受けているようですが、コロナ後は特に注意しなければなりませんね。アジア系は一緒くたにされちゃいますから。
早くJanuaさんがイタリアにお戻りになられますよう、願っています。
himmel
-
- jijidarumaさん 2021/03/15 20:03:40
- ツヴィッカウ・・・怒りに共感して!
- himmelさん、
今晩は。
近くのケムニッツには給油で立ち寄りましたが、ツヴィッカウは
未訪問です。シューマンの生誕地の事も知りませんでした。
デュッセルドルフ時代のシューマン夫妻の事はハイネと並ぶ、この町の
文化人でしたから、知っていましたが、旧東独地域は西ドイツ時代の
駐在員には未知の領域ですね。
折角、訪れたツヴィッカウのレストランとホテルの対応はお気の毒
でした。himmelさんがお怒りになられたのも、もっともなことです。
旧東独地域は統合後30年も経っていながら、悪い方に行っている感じが
どうしても感じられます。経済も悪くて、レベルが低い方が多いのか?
日本人も中国人も一緒にしたアジア人への差別感から、対応したケース
かもしれません。昔のように日本人をリスペクトする応対、年輩者に
対する応対も様変わりなのでしょう。
私も2018年の旅でレセプションの若い女性の態度にブチ切れた事
がありました。怒ると、どなる!言葉がうまく出なくなったのは我ながら
可笑しかったですが・・・。(旧東独ではありませんでしたけど)
怒りに共感して・・・それではまた。
jijidaruma
- frau.himmelさん からの返信 2021/03/16 21:36:49
- RE: ツヴィッカウ・・・怒りに共感して!
- jijidarumaさん、こんばんは。
今日、都心に出たのですが、電車の窓から見える桜はまだちょっとお花見には早いような感じをうけました。と言っても大っぴらには花見もできない今日この頃ですけど。
さて、私の思いに共感してくださりありがとうございます。
仰るように旧東ドイツ地区は、旧西に比べると経済的にも弱く、少々レベルが低いのか?
私は、そんな昔のドイツがそこはかとなく残っているところが東ドイツの良いところだと思っていたのですが、レストランの出来事はちょっとショックでした。
部屋の方は、私たちは旅に出て、余り部屋にクレームをつける方ではありません。
もともと大して高い部屋を予約しているわけではないので、今回は当たりとか、外れとか、ある程度仕方がないと思っているのです。
しかし、今回は窓があんな状況で塞がっていましたし、変更してくれるよう交渉しようか、と話していました。
ところがザクセン州で最古の建物とかで、エレベーターなどあるわけもなく、あの古い木の階段をまた重い荷物を持って上り下りするのが嫌で、それに早く観光に出かけたかったので、まっいいや!ってことになりました。私たちも悪かったのです。
でも、部屋が空いているのなら、そんな閉塞感のある部屋などでなく、最初から違う部屋に通してくれるのが客商売ではないのか、と日本との違いを感じました。
jijidarumaさんが、ホテルのレセプションの女性にブチ切れられたお話、旅行記で書いていらっしゃいましたね。
温厚なjijidarumaさんがお怒りになるくらいだからよほどだったのね、と思っていました(笑)。
最近のニュースを見ると、右翼勢力(AfD)が旧東ドイツで急伸しているそうですが、これからドイツは、いえヨーロッパはどうなっていくのでしょうか。また世界はこれからどうなっていくのでしょうね。
そんなことを考えると、私の今回の不愉快な経験などちっぽけなものでした。
himmel
-
- ねもさん 2021/03/15 14:36:23
- 大好きなドイツで(><)
- himmelさん いつもご投票ありがとうございます。
ちょっとウームな体験でしたね。外れているかもしれませんが私からみると、残念なホテルとレストランだったように思えます。
himmelさんのドイツ愛を知れば、彼らはバカなことをしたものです。
- frau.himmelさん からの返信 2021/03/16 20:16:26
- RE: 大好きなドイツで(><)
- ねもさん、こんばんは。
ドイツ愛!
そう言ってくださってありがとうございます。
旅は日常のことではないから、レストランは吟味してその町の人気店にいくようにしています。
ちょっとワクワクして行って、雑な席に座らせられたらがっかりしますよね。満員で席があいていないのならともかく、半分ほどは空いていたのですから。
旅行者はその街に金を落としてくれるのだから、嫌な思いをすることはない、と今まで思っていましたが、考え直さなければいけないと思いました。
まあ席に案内してくれたのは若い男性従業員でしたし、排他的な思想が強いところですから、アジア人をちょっと下に見ていたのかもしれません。
最近あちこちでアジア人が狙われているようですね。
怖い世の中になりましたね。
いつも素敵な雪山を見せてくださってありがとうございます。
himmel
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