2019/10/03 - 2019/10/04
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frau.himmelさん
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2019年秋旅の続きです。間に「2018年シニア3人旅」や「2019鳴門旅」を入れましたので、私の頭も混乱していますが、ベルリン編の続きになります。
前の旅行記はこちら。
https://4travel.jp/travelogue/11639134
2019秋旅 統一記念日のブランデンブルク門、ベルリンテレビ塔は50歳、ソニーセンター20年の歩み
10月4日。
ベルリンに4泊後、チェコとの国境近く、ザクセン州のツヴィッカウに移動します。
2019年はベルリンの壁が崩壊して30年の記念の年です。ライプツィヒの7万人の「平和行進」がきっかけとなりました。記念日を4日後に控えたライプツィヒの街の雰囲気を味わうために寄り道をします。
また、ドイツ中を結構旅しているのに、ザクセン州の南側は行ったことがないのに気が付きました。そこでツヴィッカウを訪れることにしました。
(表紙の写真はベルリンの壁崩壊のきっかけとなった「平和革命」の壁絵)
-
ベルリン4泊のうち最後の1泊を「アレクサンダープラザ・ホテル」をとりました。
場所はマリエン教会と赤の市庁舎が見える「ローゼン通り」を入ったところにあります。 -
ホテル前にはこの広告塔が立っています。
1943年2月、この場所で歴史的な「ローゼン通り事件」が起きました。
私のベルリン旅行記でも過去2回ほど取り上げています。
私にとっては印象に残る歴史事件でした。
ローゼン通り事件とは、
ユダヤ人の夫や子供を持つ非ユダヤ系の女性たちが、逮捕された夫や子供たちの釈放を求めて抗議の声を上げて集結したのです。
相手はあの恐怖政治のナチス、ヒトラーの片腕とも言われる宣伝相ゲッペルス、そしてゲシュタポです。
1943年という時代背景と、あの残虐なユダヤ人迫害やホロコーストのことを思えば、考えられないことでした。 -
広告塔の右側が今回の「アレクサンダープラザ・ホテル」です。
ローゼン通り2-4。
広告塔の中のこの建物は今はありませんが、当時はユダヤ人のための公共集会所があり、ゲシュタポはユダヤ人狩りで逮捕したユダヤ人を一時的にここに収容していました。 -
その集会所があったところは今は公園になっています。
そこにはベンチに腰かけた一人の男性のモニュメント。
ナチス時代、ユダヤ人は公共の場でベンチに腰を下ろすことは許されませんでした。
その男性が見つめる先には・・・?
男性の後ろが「アレクサンダープラザ・ホテル」です。 -
勇気ある女性たちが蜂起した事件である「ローゼン通り事件」の警鐘の記念碑があります。
ヒトラーの片腕である宣伝相ゲッペルスは、来る1943年4月20日のヒトラーの誕生日に「ユダヤ人のいないベルリン」をプレゼントしたいと企てていました。
その頃はほとんどのユダヤ人は強制収容所に移送されたり国外に逃れたりと、ベルリンに残っているのは非ユダヤ系と結婚した人か、両親のどちらかがユダヤ系という混血児だけでした。
それらの人々はまだ収容所移送を除外されていました。 -
しかし、ゲッペルスはそれらのユダヤ人にも逮捕命令を出したのです。
1943年2月27日、突然職場や住宅にゲシュタポが急襲し、残っているユダヤ人を逮捕しました。それらの人々は男も女も子供も、ぎゅうぎゅう詰めの軍用車に積み込まれ、ナチスに接収されていたローゼン通り2-4の集会所に運ばれました。 -
その知らせを聞いた女性たちは心配して続々とローゼン通りに集まり始めました。
「夫を返せ!子供を返せ!」と抗議する女性たち。
日に日に抗議は拡大していきました。
警察は武器をちらつかせながら解散を命令しましたが、彼女らは屈しませんでした。
そのうちその集会に一般の市民まで合流し始め、数百人規模の大きな集団になりました。 -
1943年3月5日、ついにデモの参加者に対して機関銃が向けられました。
それでも女性たちは動きませんでした。
翌3月6日、信じられないことが起きました。
建物から逮捕された人々が続々と釈放されて出てきたのです。
大事になることを恐れたゲッペルスが釈放命令を出したのです。
あの恐ろしいナチス政府に、非暴力で抗議した勇気ある女性たちが勝利した日でした。
モニュメント像に見える文字。
「FRAUEN STANDEN HIER」(女性たちがここで立ち上った)。
私が何度も旅行記で取り上げたのは、きっとスカッとした結末だったからでしょうね。 -
これだけでしたら、何もこのホテルに泊まる理由はありませんよね。
実はこのホテルの中にも「ローゼン通り事件」の写真が展示してあるという情報を得ていたからです。
すっきりとしたエントランス、しかしどこにもそれらしき展示は見当たりません。 -
ただ、入り口にこれだけありました。表の広告塔と同じ内容です。
でもいいのです。
私の大好きなベルリン、歴史が動いたまさにその場所に立って、女性たちの勇気を身近に感じただけでもこのホテルに泊まった甲斐はありました。 -
ホテルの部屋。
普通のツインの部屋ですが、貧乏旅行者の私たちにとっては贅沢な部屋。
コーヒーマシンもありますし、ポットも付いています。
それにアメニティも充実しているし。尤も、私たちは日本から使い慣れたものを持参しますので、ほとんど使いませんが。 -
窓からテレビ塔が頭を覗かせています。
-
1990年10月3日は東西ベルリンが統一した日。
翌朝の10月4日のテレビは統一記念日の様々な歴史を取り上げていました。 -
それでは勇気ある女性たちの像にお別れをして、4日間滞在したベルリンを後にします。
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テレビ塔にもお別れをして、森鴎外の「舞姫」の舞台となったマリエン教会にもお別れをして、通い慣れたカール・リープクネヒト通りをアレクサンダープラッツ駅に向かいます。
-
そしてベルリン中央駅。
斬新なガラスのビルが建築中。
あれ?いつの間にこんなのが出来たのだろう?
昨年(2018年)もシニア3人旅で訪れているのに気が付かなかった。 -
中央駅のこの雰囲気、たまらなく懐かしい。
コロナ禍でいつ海外に行けるともわからない現在(2021年2月)、旅情を掻き立てるこんなベルリン駅の写真をみるとたまらなくなります。
早く行きたい。 -
さて、私たちは10:30発のミュンヘン行ICEに乗り、ライプツィヒで下車します。
この列車はハンブルクアルトナ駅から出発してベルリン、ライプツィヒを経由してミュンヘンまで移動する長距離列車です。 -
途中駅ルターシュタット・ヴィッテンベルク駅に停車します。
宗教改革者マルティン・ルターがカトリック大司教に「95か条の論題」を送りつけた地です。
2012年の一人旅で訪れました。
懐かしいです。 -
ライプツイヒ駅に到着。
大きい駅です。
昨年も訪れましたから1年ぶりのライプツィヒです。 -
駅の正面には10月9日に開催される「光の祭典」の垂れ幕が。
ここライプツィヒで1989年10月9日、ベルリンの壁崩壊のさきがけとなった7万人の非暴力デモ「平和革命」が起きました。それを記念して毎年10月9日には「光の祭典」が催されています。
その「平和革命」は、5日後の今年の10月9日には30周年を迎えるのです。 -
駅前のホテルの壁絵も「平和革命」の様子です。
真ん中の壁を挟んで東西に隔てられている人々。
東側では「平和」「民主主義」を叫んでデモが起きています。 -
これは2009年に撮った別な面の壁。
文字をよく見ると、「われわれこそが国民だ」「平和」「壁なんかいらない!」「言論の自由を!」「非暴力」など、その時プラカードに書かれていた文字が見えます。1989年の「平和行進」の様子ですね。 -
5日後に迫った30年記念の「平和革命」の雰囲気を味わいたくて、街歩きをいたします。
黒くくすんだ壁、歴史的な街並み。
ライプツィヒは中世のころより交易で栄えた都市でした。 -
そんな街並みに「笹の葉」の植栽、
よく似合っています。 -
道路にも「光の祭典」のパネル。
-
そして、ここにも(矢印)
ここはライプツィヒで最も大きなニコライ教会です。
ニコライ教会の祈りの集会が発端となり、1989年に行われた「月曜デモ」では、7万人の人々が東ドイツの民主化を求めて行進しました。
それがベルリンの壁崩壊のきっかけとなり東西ドイツ再統一につながったのです。
2019年は30年の記念の年になります。 -
私たちは2009年10月の20年記念の年にも訪れています。
その時は、このニコライ教会のみならず、ライプチヒの町中が記念日に向けて沸き立っていました。
その興奮を30年記念の今年も味わいたい。そう思い、今年もやってまいりました。 -
ニコライ教会の中に入ります。
私の意に反して人影もまばらで静かです。
10年前の2009年にはメルケル首相も出席して盛大に式典が開催されるとかで、教会内はテレビ中継の足場などが組まれ、祭壇の方まで近づけませんでした。
◆◆
ここで少し歴史の復習を。
ニコライ教会では東西冷戦の緊張の中で毎週月曜に「平和の祈り」が開かれていました。そしてその後に市中を行進していました。
その規模は次第に拡大してゆき、1989年10月9日には、7万人に膨れ上がった参加者が口々に
「(Wir sind das Volk!)我々こそ国民だ!」と叫びながら街をデモ行進しました。 -
当時のDDRは、秘密警察、警官隊、軍隊まで出動させますが、なすすべもなく見守るしかありませんでした。
ついに、ホーネッカーを退陣に追い込み、デモの1か月後にはベルリンの壁が崩壊し、そしてわずか1年後には東西ドイツが統一されました。
ものすごい歴史のうねりでした。
◆
写真は、1989年10月9日、ベルリンの壁崩壊の端緒となった「月曜デモ」の足跡のモニュメント。 -
この写真が1989年当時のニコライ教会から出発したデモの様子です。
みんな手に手にロウソクを持って行進しています。
手が塞がっているので、暴力行為はできません。
当時の鬼のシュタージと言えどもこれでは手出しできません。
このことは「ライプツィヒの奇跡」と呼ばれています。 -
資料からコピーした写真。
手に手にロウソクを持ち、「非暴力」と書いたプラカード。 -
それでは街をぶらぶらしてあそこへ行きましょう。
ところでこの白いリンゴや洋ナシはロウソクですよね?
5日後の「光の祭典」では人々はロウソクを持って行進するようです。その時に使われるのでしょうか。
オシャレになりましたね。 -
おや、あそこにいらっしゃるのはゲーテさま。ここはナッシュマルクト。
ゲーテ像の後ろに見える建物は、旧交易会館。 -
若き日のゲーテ像です。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)はフランクフルトの裕福な家に生まれ、法学を学ぶためにライプツィヒ大学に入学しました。
しかし、勉学より遊びや恋に夢中で、結局身体を壊し、3年ほどで大学を中退してフランクフルトに帰ってしまいます。
このゲーテ像、目線は大学のほうにありますが、足先はゲーテが通い詰めた居酒屋の方を向いているそうです(笑)。 -
私たちもゲーテが通い詰めた酒場に向かいます。
メードラーパッサージュの中にある「アウアスバッハス・ケラー」。
もう何度目だろう。
ライプツィヒを訪れるたびに寄っています。 -
今年もやって来たー!見慣れた豪華な店内。
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いつものように空いている席に腰かけて、いつものようにビールと白ワインを注文。
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そしてこれもいつものように、名物のザウアーブラーテン(シュッヴァイネブラーテン?)を注文して・・・。
いつも過ぎて写真撮るのを忘れました。食べかけの写真を・・・。 -
大勢の客から発せられる心地よい喧騒の中に身を置くと、旅の途中なのだと改めて感じます。
幸せなひとときです。 -
そしていつものように「森鴎外」の写真を撮って・・・。
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ゲーテの「ファウスト」の像が立っている「アウアーバッハス・ケラー」を後にします。
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アウアーバッハス・ケラーのお隣「現代史博物館」の前にはこの彫像が。
ヴォルフガング・マットイヤー(1927-2004)作の「Der Jahrhundertschritt」:世紀のステップ。
右手はヒトラーの敬礼(ナチス第三帝国のファシズム)、左手は労働者の突き上げた拳(東ドイツの抑圧された社会主義)、
すなわち東ドイツ国民が通過しなければならなかった2つの苦悩の時代を表現しているものだそうです。
昨年の受け売りです。
私たちは2日前、ポツダムのバルベリーニ美術館でも同じものを見ています。 -
ゲーテ像の後ろにある旧交易会館(元証券取引所)、
バロック様式の豪華な装飾、古くからヨーロッパ有数の交易都市として発展したライプツィヒの栄華が偲ばれます。 -
こちらはルネサンス様式の旧市庁舎。
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旧市庁舎前のマルクト広場ではいつも何かしら開催されていて、出店が出ています。
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出店。
でもなんだか人影まばらで寂しいようす。 -
秋の収穫祭でしょうか。
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10月9日に開催される30年目の「平和行進」の際の交通規制などの注意書き。
30年目の平和行進の開催は5日後に迫っているのに、今日街を歩いた感じでは何となく盛り上がりに欠けていたように思います。 -
これが実際の行進ルートです。資料よりコピーしました。
今回ライプツィヒを訪れたのは30年記念の雰囲気を味わいたいと思ってのことでしたが、そういう意味ではちょっと残念。
帰国してから調べてみたら、30周年の10月9日の「光の行進」参加者はわずか7万5千人だったとのこと。
20周年の2009年には15万人が参加し、25年記念には20万人が参加したことを思えば少なくなりました。
やはりベルリンの壁の崩壊は人々の心に遠い出来事になりつつあるのでしょうか。 -
ライプツィヒ駅でコインロッカーから荷物を取り出して次の街へ向かいます。
ライプツィヒ駅のコインロッカーは最新式のものに変わっていて、シニアの私たちには取扱いに苦労しました。 -
ツヴィッカウに向かいます。
ライプツィヒからツヴィッカウまではSバーンで行くことができるのですね。1時間半弱。
列車内のテーブルに路線地図が。 -
ツヴィッカウ駅に到着しました。
駅構内には「ザ・社会主義」という感じの2つの労働者の彫像。鉱山労働者でしょうか。
まだ旧東ドイツの影を色濃く感じます。
さて駅前にはタクシーはいません。
予約客待ちをしていた大型タクシーの運転手にタクシーを呼んでくれるように依頼すると、これに一緒に乗っていけと。
予約客が来てタクシーは動きだす。
代金はどうするのか、割り勘かなと思っていたら、ちゃんとメーターに表示された料金10ユーロを請求される。まっいいか。 -
ここが2泊する「Gaststaette Brauhaus Zwickau」。
ツヴィッカウはホテルが少なくて決めるのに苦労しました。
今回は駅近よりも旧市街に近い方に泊まりたかったのでここにしました。
ツヴィッカウの有名レストランでビール醸造所も兼ねているようです。 -
チェックイン手続きはレストランの受付でやってくれました。
ホテルは別館の方です。 -
鍵を受け取り、別館の重厚な木の扉を開けて入ります。
-
ギシギシと音を立てる古い木製の階段。そして部屋の壁はまさかの木組み造り。
-
趣きがあると言えば聞こえはいいけど、ベッドは狭い。
2泊で172ユーロ(当時22,000円くらい)だったので、とりたてて節約したつもりはなかったけど。
まあ寝るだけだからいいか。
その時はそんなに深く考えなかった。 -
何よりも聖マリア大聖堂は目の前だし、旧市街にも徒歩数分のところ。
立地は素晴らしい。
ツヴィッカウ街歩きは別編で。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ハッピーねこさん 2021/03/03 15:11:31
- お久しぶりです。
- himmelさん、ご無沙汰しておりました。
日々寒暖差があり、コロナ禍も続き、体調管理に大変な今日この頃ですがお元気にお過ごしのことと存じます。
実は私儀、昨秋に少し早めの退職をし、実家へ戻り4ケ月になります。
生活はすぐに落ち着いていたのですが、PC環境をやっと先月整え、久しぶりにコメントさせていただいております。
以前のドイツ旅の数々、スマホで楽しみに拝見しておりました。
今回のベルリンにライプツィヒ、懐かしくて涙が出そうです。
例年であればこの時期はGWの旅を楽しみに過ごしている頃だったな~と平和だった日々を回顧すること多々。
また訪ねられるのはいつになることか・・・。気が遠くなりますが、今はガマンガマン・・・と言いながらもう1年ですものね。
そろそろ元の安心安全な日々に戻ってほしいところですよね。
まずは第四波が絶対に起きないよう、引き続き正しく恐れながら過ごすほかありませんが。
こちらは田舎でのんびりしたものですが、himmelさんのお住まいの辺りは外出ひとつにしても大変でいらっしゃるでしょう。
どうぞどうぞご自愛のほど。
続きをまた楽しみにさせていただきます!
ハッピーねこ
- frau.himmelさん からの返信 2021/03/04 11:22:09
- RE: お久しぶりです。
- ハッピーねこさん、お久しぶりです!
ここのところ、お姿が時たまにしか見えないので、昨年のGWの中止によるキャンセルなどで気落ちして4トラも見る気をなくされたのでは、と思っていました。
そういうご事情だったのですね。
どうも長い間お勤めお疲れさまでした。
そして故郷にお帰りになったとのこと、お帰りなさい!
そうですね、あのキャンセル騒ぎより、また1年廻ってきましたね。
その時は、さすがに今年の旅行は大丈夫だろうと思っていましたが、今まだこれからもどうなるかわからない状況。
ハッピーねこさんはじめ、皆様の旅行記も少なくなってまいりましたし、4トラもご覧になる方は少なくなっているように感じます。
私自身、ため込んだ旅行記はいくらでもありますが、旅ができない今は旅行記を書いていても空しくて・・・。写真を見るたびに思い出され、以前のように集中できなくて思うようにアップできないありさまです。
そんな中、ライプツィヒの旅行記を見てくださってありがとうございます。
ハッピーねこさんがライプツィヒにいらっしゃったのは2016年でしたね。
今もう一度拝見して参りました。懐かしいライプツィヒの街並みがわーーっと出てきて、本当に涙が出そうになりました。
本当にもう一度ドイツへ行きたいです。後がないので焦っています。
せめてその日のために体調だけは鍛えておかなければと思っております。
まだこちらは緊急事態宣言が延長されそうな状況です。
早く以前の安全な日常に戻ってほしいものです。
コメントありがとうございました。とても嬉しかったです。
himmel
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