2017/08/15 - 2017/08/15
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エンリケさん
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2017年夏休みのオランダ旅行6日目後半。
“オランダ風車村”のザーンセ・スカンスからアムステルダムに戻り、聖ニコラース教会、ダム広場、国立美術館と巡っていきます。
特に国立美術館では、レンブラントやゴッホ、フェルメールなど、珠玉ともいえるオランダ名画のコレクションに圧倒。
とても時間内に観きれず、いつか再訪したい気持ちにさせてくれた、魅力のつまった素晴らしい美術館でした。
<旅程表>
2017年
8月10日(木) 成田→台北→
8月11日(金) →アムステルダム→デン・ハーグ
→デルフト→デン・ハーグ
8月12日(土) デン・ハーグ→アイントホーフェン
→マーストリヒト
8月13日(日) マーストリヒト→リエージュ→ナミュール
→ディナン→ナミュール→リエージュ
→マーストリヒト
8月14日(月) マーストリヒト→アーヘン→アムステルダム
〇8月15日(火) アムステルダム→ザーンセ・スカンス
→アムステルダム
8月16日(水) アムステルダム→
8月17日(木) →台北→成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- チャイナエアライン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8月15日(火)
11時05分、現代に残る“オランダ風車村”、ザーンセ・スカンスの観光を終え、最寄りのザーンデイク・ザーンセ・スカンス駅からアムステルダムへ戻ります。 -
11時14分の電車に乗り、アムステルダム中央駅には11時32分に到着。
さて、これからは、前日に引き続き、アムステルダムの街を観光。
まずは、駅を出てすぐ左側に見える教会、“聖ニコラース教会”(St. Nicolaaskerk)に入ってみることに。アムステルダム中央駅 駅
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聖ニコラース教会に入ってみると、ちょうど信徒らによる聖歌の斉唱中。
邪魔にならないよう、遠くから内部の様子をパチリ。
この聖ニコラース教会はカトリックの教会ですが、無宗教の方が多いオランダの実情を反映してか、写真撮影のルールも緩い感じですね。聖ニコラス教会 寺院・教会
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この聖ニコラース教会、アムステルダムの歴史的建造物の中では比較的新しく、建てられたのは1887年になってから。
それゆえ内装や壁画などもきれいな感じです。 -
やはりプロテスタントよりもカトリックの教会の方が装飾に凝っていて威厳を感じさせるわと思いつつ、11時45分、聖ニコラース教会を後にします。
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次は駅前のダムラック(Damrak)大通りをてくてくと歩いて12時15分、アムステルダムの中心、ダム広場までやってきました。
手前にそびえる白い塔状の建造物は・・・。 -
第二次世界大戦の犠牲者を追悼するため、1956年に造られたという戦没者慰霊塔。
慰霊の場ではありますが、付近でたむろしているのは、ちょっぴり柄の悪そうな若者ばかり・・・。 -
そしてその先には、現在は迎賓館として使われている王宮(Koninklijk Paleis)が。
この辺りはアムステルダム観光の中心地でもあって、さすがにすごい人だかりです。ダム広場 広場・公園
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この王宮、もともとはオランダがスペイン(ハプスブルク家)から独立した後の1655年、ヤコブ・ファン・カンペン(Jacob van Campen)の設計により市庁舎として建てられたものでしたが、ナポレオン戦争時の1808年に、ナポレオンの弟でオランダ王として送り込まれたルイ・ボナパルトが王宮として接収。
戦争後はアムステルダム市に返還されますが、市が新たにオランダ国王となったオラニエ・ナッサウ家に献上し、現在に至っています。王宮 城・宮殿
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王宮側に立ってみると、その正面には、先ほど見学した戦没者慰霊塔が。
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そして左側には、“新教会”(Nieuwekerk)が。
“新”と言っても、13世紀に建てられた“旧教会”に対してのもので、この教会が建てられたのは15世紀の1408年。
宗教改革の時代にプロテスタント(カルヴァン派)の教会となり、歴代国王の戴冠式など、王室の重要な式典が行われる場所として、現在に至っています。
【Holland.com~アムステルダムの新教会】
https://www.holland.com/jp/tourism/destinations/amsterdam/nieuwe-kerk-amsterdam-jp.htm
ちなみに王宮や新教会が面しているこのダム広場、普段は市民や観光客が集う場所としても有名で、中央にはインディアンの格好をした大道芸人も見えますね。新教会 寺院・教会
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こんなふうにシャボン玉を使った芸を披露する人も。
カメラを手に撮影する人もたくさんいます。 -
12時30分、ダム広場を後にし、次は国立美術館に向かうべく、その裏の大通り(Nieuwezijds Voorburgwal)を南下。
レンガ色の建物とともに、道路の中央を走るトラムの線が異国情緒を感じさせます。 -
ちなみに、向こうに見える2本の尖塔が特徴的な建物は、“マグナ・プラザ”(Magna Plaza)。
かつての郵便局を改造した、ネオ・ゴシック様式のショッピングセンターです。マグナ プラザ ショッピングセンター
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アムステルダムのシンボルとも言える世界遺産のシンゲル運河を渡って・・・。
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12時50分、ライツェ広場(Leidseplein)近くまで来たところで昼食。
ひとりでも気軽に入れるところはないかと探して見つけたのは、“エル・ランチョ・アルゼンチン・グリル”(EL RANCHO ARGENTINAN GRILL)というお店。
入店した後で、雰囲気とか料理とか似ているな~と思って気付いたのですが、前日も入ったアルゼンチン料理店の姉妹店でした(笑)。
【涼しきオランダ・ベルギーの夏(7) アムステルダムのアルゼンチン料理店“エル・ランチョ・アルゼンチン・グリル”】
https://4travel.jp/travelogue/11652339#photo_link_67600061
さて、何はなくともビールということで(笑)、最初に注文したのはRadler citroenというレモン風味のビール(3ユーロ=約400円)。
どんな味だろうと飲んでみると、レモンのさわやかな風味が口の中に広がり、なかなかイケる味。
日本でもこんないろいろな味のビールが発売されるといいですよね。ライツェ広場 広場・公園
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そしてメインで頼んだのは、“Combo”と表示されたソーセージとサルサのセットメニュー(9.95ユーロ=約1,320円)。
こちらも定番のメニューらしく、外国人の口にも合うなかなかの味でした。ランチョ アルゼンチン グリル (2号店) その他の料理
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13時25分、食事を終え、国立美術館に向かいます。
・・・とその前に、ライツェ広場にそびえる壮麗なレンガ造りの建物をパチリ。
アムステルダム中央駅や国立美術館とほぼ同じ頃の1894年に建設された市立劇場です。
【Holland.com~市立劇場】
https://www.holland.com/jp/tourism/destinations/amsterdam/stadsschouwburg-amsterdam-jp.htm市立劇場 劇場・ホール・ショー
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そして13時30分、国立美術館(Rijksmuseum)に到着。
運河の袂に建つ壮麗なレンガ造りの建物で、あいにく改修工事中で外観が見られなかったアムステルダム中央駅と同じく、ピエール・カイパース(Petrus Josephus Hubertus "Pierre" Cuypers、1827-1921年)により設計され、1885年に開館した歴史ある美術館となっています。アムステルダム国立美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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早速国立美術館に入場し、作品鑑賞開始。
世界的に有名な美術館らしく、内部は大勢の人々で溢れ返っています。
ちなみに入場券はHPから事前に購入(17.5ユーロ=約2,330円)。
当日券売り場は非常に混雑するので、入場券は事前に購入しておくのがお薦めです。
【アムステルダム国立美術館HP(日本語)】
https://www.rijksmuseum.nl/jp/visit -
美術館は0階から3階までの4階構造になっていて、まずは入口のある1階から巡っていきます。
こちらはユトレヒトの画家ヤン・ファン・スコアル(Jan van Scorel、1495-1562年)の“バト・シェバのいる風景”(Landscape with Bathseba、1540-45年)。
聖書の物語を題材にしたもので、“バト・シェバ”とは古代イスラエルの王ダヴィデの妻であり、次王ソロモンの母となった女性のこと。
絵画に描かれているのは、沐浴するバト・シェバを右側の建物のバルコニーからダヴィデが眺めているシーン。
バト・シェバはすでに人妻の身分でしたが、このことがきっかけで二人は関係を持ち、ダヴィデは彼女を略奪することになりました。 -
続いてはヤコブ・コルネリス・ファン・オースタネン、別名ヤコブ・ワー・ファン・アムステルダム(Jacob Cornelisz van Oostsanen、alias Jacob War van Amsterdam、1472/77-1533)の“洗礼者ヨハネの首を持つサロメ”(Salome with the Head of John the Baptist、1524年)。
“サロメ”とは、母ヘロディアスの姦通を批判した洗礼者ヨハネの首を求めた女性のことで、その異常性から、古来より絵画など多くの芸術作品のモチーフとなっています。 -
ヤン・コルネリス・フェルマイネン(Jan Cornelisz Vermeyen、1503-59年)の“カナの婚礼”(The Marriage at Cana、1530-32年)。
ガリラヤのカナでの婚礼にあたり、水をワインに変えたというイエス・キリストの最初の奇跡を描いた新約聖書の物語ですが、当時のオランダ風俗画のようにも見えますね。
ちなみに、作者であるフェルマイネンは、“光と陰の画家”と呼ばれるイタリアのカラヴァッジョ(1571-1610年)以前に、この作品などで劇的な光の使い方に成功したとの解説がなされています。 -
続いて19世紀の絵画コーナー。
まずこちらは、1806年、皇帝ナポレオン1世率いるフランスの衛星国家となったオランダ王国において、その国王として送り込まれたナポレオンの弟ルイ・ボナパルト(ローデウェイク1世)が作らせた旗。
オランダとしては、フランスの傀儡国家となった恥ずべき記憶ですが、こんな旗もちゃんと保存してあるのですね。 -
こちらは言わずと知れた“皇帝ナポレオン1世の肖像”(Portrait of Emperor Napoleon I、1805-15年)。
ナポレオンの御用画家、フランソワ・ジェラールの工房(studio of François Pascal Simon, Baron Gérard、1770-1837年)の作品です。 -
こちらは英国の画家チャールズ・ハワード・ホッジス(Charles Howard Hodges、1764-1837年)による“オランダ王ルイ・ナポレオンの肖像”(Portrait of Louis Napoleon, King of Holland、1809年)。
こういうものまで国立美術館に飾ってしまうのは、日本の隣の国では考えられないですね(笑)。 -
フランドルの画家ヨーゼフ・パエリンク(Joseph Paelinck、1781-1839年)の“オランダ王ウィレム1世の肖像”(Portrait of William I, King of Netherlands、1819年)。
ナポレオン1世のフランス帝国崩壊後にオランダ初代国王(共和制から立憲君主制へ移行)となったオラニエ・ナッサウ家のウィレム1世(在位:1815-40年)の肖像画です。 -
ヤン・ウィレム・ピーネマン(Jan Willem Pieneman、1779-1853年)の“ワーテルローの戦い”(The Battle of Waterloo、1824年)。
ナポレオン1世のヨーロッパ支配に終止符を打った、1815年6月18日のフランス帝国と英国・オランダ・プロイセン連合軍との戦いですが、この国立美術館で最も大きい絵画となっています。
ちなみに、画面中央やや左に描かれている、負傷して担架に載せられている人物は、ウィレム1世の息子で後の第2代国王ウィレム2世(在位:1840-49年)とのこと。 -
オランダ北部のフリースラントの画家、ウィレム・バルテル・ファン・デル・クーイ(Willem Bartel van der Kooi、1768-1836年)の“恋文”(The Love Letter、1808年)。
女性の方はフランス革命後に流行した古代ギリシャを思わせるシュミーズ・ドレスを身につけています。
こうして見ると、フランス革命は、自由や平等といった思想だけでなく、ファッションも輸出していたのですね。 -
同じくクーイの“ピアノ練習の中断”(Piano Practice Interrupted、1813年)。
子どもの動きをよく捉えた絵です。
こちらの女の子もシュミーズ・ドレスを身に着けているところを見ると、オランダの庶民にとっては案外、フランス支配時代もまんざらではなかったのかも・・・。 -
コルネリス・クルースマン(Cornelis Kruseman、1797-1857年)の“一つになった心”(Of One Heart、1830年)。
イタリアを愛し、“イタリアのクルースマン”(Italian Kruseman)と呼ばれた画家の作品で、なるほど女性の方はラファエロっぽい顔をしていますね。 -
先ほどのルイ・ボナパルトを描いた英国画家ホッジスによる、その娘“エマ・ジェイン・ホッジスの肖像”(Portrait of Emma Jane Hodges、1810年)。
肖像画の持ち主であるエマが、父の肖像画とともに国立美術館に遺贈したものとなっています。 -
ニコラース・バウア(Nicolaas Baur、1767-1820年)の“1809年1月21日、レーワルデンのスタッズグラハトでの女子スケートレース”(A Woman's Skating race on Stadsgracht in Leeuwarden 21 January 1809、1809年)。
独身女性たちのスケートレースを描いた作品で、現代まで続く“スケート大国”オランダを思わせる一枚となっています。 -
途中、19世紀の金銀細工もこのように展示。
-
コルネリス・スプリンガー(Cornelis Springer、1817-91年)の“ハーグの風景”(View of the Hague、1850-52年)。
こちらもオランダを思わせる一枚ですね。 -
この国立美術館の設計者であるピエール・カイパースがデザインした“聖セシリアの音楽キャビネットとピアノ”(Music cabinet and piano with a relic of St Cecilia、1858-59年)。
カイパースが音楽好きだった2番目の妻に婚約と結婚の際のプレゼントとして贈ったもので、“聖セシリア”とは音楽の守護聖人のこと。
キャビネットとピアノには聖セシリアの生涯が描かれており、結婚と音楽のキャリアとの間で揺れ動いたカイパースの妻の気持ちを表しているのだとか・・・。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/BK-1996-8 -
アンドレアス・シェルフハウト(Andreas Schelfhout、1787-1870年)の“マース川付近の凍った運河”(A Frozen Canal near the River Maas、1867年)。
こちらも凍った運河でスケートかな? -
バレンド・コルネリス・クークー(Barend Cornelis Koekkoek、1803-62年)の“冬景色”(Winter Landscape、1835-38年)。
オランダは北国なだけに、こういった冬の景色も趣があります。 -
英国で成功したフリースラント人の画家ローレンス・アルマ=タデマ(Lawrence Alma-Tadema、1836-1912年)の“エジプトの窓”(The Egyptian Window、1872年)。
広い部屋の片隅で、ミイラ職人がミイラを製作している場面でしょうか。
アルマ=タデマは英国ヴィクトリア朝時代に活躍し、古代エジプトやギリシャ、ローマなど、歴史をテーマにした写実的な作品を数多く残して、後のハリウッドの歴史映画に多大な影響を与えたと言われます。 -
続いては、植民地芸術など、19世紀の海外の芸術コーナーに移って、こちらは19世紀半ばの“5人のジャワ人の法廷職員”(Five Javanese Court Officials、作者不詳)。
植民地の人間は、西洋人にとって通常は野蛮だったり敵対的に描かれることが多いですが、この作品では、バティックの衣装が彼らの高い地位を表し、尊厳を持って描かれた感じに仕上がっています。 -
こちらは我らが日本、“長崎出島のジオラマ”(Model of the Island of Deshima、1850-51年)。
明治以降、埋め立てられて地続きになってしまった出島の復元作業(1996年~)にあたって、在りし日の姿を伝える貴重な資料となったとか・・・。 -
“出島を描いた漆塗りのパネル”(Lacquer panel depicting Deshima Island Japan、1800-20年)。
日本製とのことで、日本の漆塗りの技術と真珠が使われているとか。 -
ヨンケーア・ヤコブ・エドゥアルド・ファン・ヘームスケルク・ファン・ビースト(Jonkheer Jacob Eduard van Heemskerck van Beest、1828-94年)の“下関海峡をこじ開ける蒸気戦艦メデューサ号”(HMS Steam-Powered Battleship Medusa Opening the Shimonoseki Straits、1864年)。
1864年の長州藩と英仏蘭米四か国連合艦隊との下関戦争の記録ですね。 -
こちらは下関戦争の戦利品、長州藩の大砲の一部(Part of a Cannon Captured at the Battle of Shimonoseki、1865年)。
表面に毛利家の家紋(一文字三星)が刻まれていますね。 -
こちらはオランダ人と黒人女性との間に生まれたスリナム出身の芸術家ヘリット・ショウテン(Gerrit Schouten、1779-1839年)による“カリブのキャンプのジオラマ”(Diorama of a Carib Camp、1810年)。
川沿いのカリブの集落での日常の光景を表したもので、小屋を建てている男性や、子供たちの世話や食べ物の準備をしている女性が生き生きと表現されています。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/NG-2010-4 -
同じくショウテンの“奴隷舞踊のジオラマ”(Diorama of a Slave Dance、1830年)。
スリナムのプランテーションで行われていた音楽とダンスによるエンターテインメントを表現したもので、出演者も観客も奴隷だったという・・・。
スリナムに旅行に来たヨーロッパ人は、この種のジオラマをお土産として購入していったそうです。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/rijksstudio/artists/gerrit-schouten/objects#/NG-2005-24,0 -
“パラマリボの政府広場のジオラマ”(Diorama of Government Square in Paramaribo、1812年)。
ナポレオン戦争中、ナポレオンに征服された本国に代わって、英国の占領下(1804-16年)にあったスリナムの政府広場の様子を表わしたもので、遠くではユニオン・ジャックが風になびいているのが見えます。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/rijksstudio/artists/gerrit-schouten/objects#/NG-412,1 -
“パラマリボのウォーターフロントのジオラマ”(Diorama of the Waterfront of Paramaribo、1820年)。
こちらは英国からオランダに返還された後のパラマリボの様子を表わしたもので、手前の船にオランダ国旗が掲げられているのが見えますね。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/rijksstudio/artists/gerrit-schouten/objects#/NG-2007-50,2 -
海外の芸術コーナーを抜けて人だかりができているところがあると思ったら、なんとゴッホ(Vincent van Gogh、1853-90年)の絵。
このアムステルダム国立美術館にも、彼の絵が何点か所蔵されています。 -
こちらは“モンマントルの丘と採石場”(The Hill of Montmartre with a Stone Quarry、1886年)。
ゴッホのパリ時代の作品ですが、オランダ的な風景画となっています。
“モンマントルの丘”と言えば、現在ではサクレ・クール寺院がその象徴的な存在ですが、この頃はまだなく(寺院の建設は1877年着工で完成は1914年)、牧歌的な風景が広がっていたのですね。 -
同じくゴッホの“日没時のサン・ピエール広場”(Square Saint-Pierre at Sunset、1887年)。
先の作品に比べ、彼特有の筆圧が感じられるところですね。 -
最後は“自画像”(Self-portrait、1887年)。
パリ時代の自画像で、ゴッホはモデルに払うお金がないので自画像をたくさん描いたのだそうです・・・。 -
続いてはアール・ヌーヴォー(Art nouveau)のコーナー。
こちらのセーヴル焼き(Sèvres)の“花瓶”(Vase、1908年)は、フランスのレオナール・ジブルー(Leonard Gebleux、1883-1920年)の作品。
梅の花の装飾に、一目で日本の影響が分かりますね。 -
その隣には19世紀後半のフランスの陶芸家テオドール・デッキ(Théodore Deck、1823-91年)の装飾皿など。
日本的な作品も多く、この頃のフランスが日本の芸術の影響を多大に受けていたことが伝わってきます。 -
絵画コーナーに戻って、オランダの画家ヘオルヘ・ヘンドリック・ブレイトネル(George Hendrik Breitner、1857-1923年)の“白い着物の少女”(Girl in a White Kimono、1894年)。
印象派に分類されるも暗い色調を好んだブレイトネルですが、彼の作品にも日本の影響が見られますね。 -
こちらもブレイトネルの作品で、“アムステルダムの王宮通りのシンゲル橋”(The Singel Bridge at the Paleisstraat in Amsterdam、1896年)。
まるで写真のような絵画ですね。
写実的なロシア絵画の影響も感じられるところです。 -
アムステルダム出身の画家パウル・ヨーゼフ・コンスタンティン・ハブリエル(Paul Joseph Constantin Gabriël、1828-1903年)の、“7月に”で知られる“ポルダー水路の風車”(A Windmill on a Polder Waterway, Known as “In the Month of July”、1889年)。
オランダらしい作品です。 -
以上で1階の作品鑑賞を終了。
2階へと続く間には、こんな見事なステンドグラスも展示されています。 -
2階はこの美術館のメインとなる17世紀芸術のフロア。
まずこちらは、セザール・ボエティウス・ファン・エファーディンゲン(Cesar Boetius van Everdingen、1617-78年)の“大きな帽子の少女”(Girl in a Large Hat、1645-50年)。
不思議な魅力を持った絵画です。 -
フランス・ヤンス・ポスト(Frans Jansz. Post、1612-80年)の“ブラジル、オリンダの風景”(View of Olinda, Brazil、1662年)。
アルマジロ、アリクイ、ナマケモノ、サルなど、新大陸の珍しい動物や植物が描かれた貴重な作品となっています。 -
・・・と、ここまでの間、作品をじっくり見ていたら、早や16時。
いつの間にか2時間半が経過していました。
閉館まで残り1時間、鑑賞時間をスピードアップしないと・・・。 -
残り時間、有名な作品だけでもちゃんと見ておかないとという思いでたどり着いた2階の中央の間には、大勢の人だかりが。
ここに展示されているのは、そう・・・。 -
レンブラント(Rembrandt Harmensz van Rijn、1606-69年)及び17世紀のオランダ黄金時代の絵画の中で最も有名な作品、“夜警”(Night Watch、1642年)。
この絵画だけ常時2人の係員が左右についており、警備も厳重です。 -
この“夜警”、正式名称は“フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊”(Militia Company of District II under the Command of Captain Frans Banninck Cocq and Willem van Ruytenburch)。
画面が暗いため、長い間、夜の情景と考えられてきましたが、実は絵画の表面が変色したために起こったことで、もともとは昼の情景を描いたもの。
20世紀の2回の修復を経て、絵画は明るさを取り戻しましたが、通称は以前のまま、“夜警”と呼ばれ続けています。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-C-5 -
“夜警”の隣にも巨大な絵画、フランス・ハンス(Frans Hals、1582-1666年)とピーテル・コッデ(Pieter Codde、1599-1678年)の“ミーグレ・カンパニー(痩せた警備隊)ことレイニール・レアル隊長の市民隊”(Militia Company of District XI under the Command of Captain Reynier Reael, Known as “The Meagre Company”、1637年)が。
“夜警”と比べてこちらは、市民隊の面々が意識してポーズをとっているところがおもしろいですね。 -
そしてレンブラントの夜警が掲げられている部屋から真っ直ぐ伸びる“名誉の間”には17世紀オランダ絵画の傑作群が。
-
こちらはご存知ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer、1632-75年)の“牛乳を注ぐ女”(The Milkmaid、1660年)。
白、黄、青の色遣いがシンプルながら素晴らしい・・・。
また、“静”の中にも“動”を感じる作品です。 -
こちらは“小路”こと“デルフトの家のある風景”(View of Houses in Delft, Known as The Little Street、1660年)。
当時の人々の生活が今にも伝わってくる風景ですね。 -
“手紙を読む青衣の女”(Woman Reading a Letter、1663年)。
青い衣装の部分には“フェルメールブルー”と呼ばれるラピスラズリが使われています。
アムステルダム国立美術館におけるフェルメール作品の鑑賞は以上。
もう一つの所蔵作品、“恋文”(The Love Letter、1669-70年)は、他の美術館に貸出中で見られませんでした。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/rijksstudio/artists/johannes-vermeer/objects#/SK-A-1595,3 -
続いてはレンブラントとほぼ同時期に活躍したオランダの画家、フランス・ハルス(Frans Hals、1582-1666年)の“陽気な酒飲み”(A Militiaman Holding a Berkemeyer, Known as the “Merry Drinker”、1628-30年)。
こちらも、17世紀オランダ黄金時代の絵画を代表する作品となっています。 -
ヨハネス・コルネリス・フェルスプロンク(Johannes Cornelisz Verspronck、1600-52年)の“青いドレスの少女の肖像”(Portrait of a Girl Dressed in Blue、1641年)。
この愛らしい少女は、日本ではあまり知られていませんが、オランダでは、アムステルダム国立美術館を代表する人気の絵画となっています。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-A-3064 -
この国立美術館には“夜警”のほかにもレンブラント作品が目白押し。
こちらは“織物商組合の見本調査官たち”(The Wardens of the Amsterdam Drapers' Guild, Known as “The Syndics”、1662年)。
“夜警”と同じ、当時のオランダ経済をリードしていた市民階級の群像型の作品です。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-C-6 -
こちらは“使徒パウロに扮した自画像”(Self-portrait as the Apostle Paul、1661年)。
日本の美術の教科書にも載っているレンブラント晩年の自画像の傑作です。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-A-4050 -
“修道士の姿をした息子ティトゥス”(Rembrandt's Son Titus in a Monk's Habit、1660年)。
数多くの名声を手にしたレンブラントですが、彼の浪費癖もあって家が破産状態になったり、2人の妻やこの絵に描かれたティトゥスを含む4人の子どもを生前に亡くしたりして、家庭的には不幸だったようです。
この修道士の姿をした息子の絵も、彼のそうした不幸な家庭生活を暗示しているのでしょうか・・・。 -
同じくレンブラントの“ユダヤの花嫁”こと“イサクとリベカ”(Isaac and Rebecca, Known as “The Jewish Bride”、1665-69年)。
この絵はもともと、旧約聖書の創世記に登場するアブラハムの子イサクの、その妻リベカへの愛情を描いたものですが、19世紀にアムステルダムの絵画収集家が、“ユダヤ人の父親が娘の婚礼の日にネックレスを授けている”と誤解し、“ユダヤの花嫁”という名称が広まったと言われています。
いずれにしても、男女二人の親密さが伝わってくる名画であることには変わりがないですが・・・。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-C-216 -
2階の端にある吹き抜けの古い図書館、カイパース・ライブラリー。
残念ながらこの図書館へは入れず、外から眺めるだけとなっています。
・・・そうこうしているうちに16時40分、鑑賞時間は残り20分になってしまいました。 -
2階の17世紀芸術の展示はまだまだたっぷり。
こちらはデルフト焼きの部屋。
中国(明)から輸入された磁器をもとに、デルフトで発展した陶器芸術を鑑賞することができます。 -
17世紀末頃のデルフト焼きの壷。
デルフトブルーの装飾が見事で、中国だか日本風の絵が描かれていますね。 -
“ペトロネラ・ドゥノワのドールハウス”(Dolls' house of Petronella Dunois、1676年)。
精巧な作品ですが、アムステルダムの美術品収集家、ペトロネラ・ドゥノワ(1650-95年)のために作られたことから、この名が付いたそうです。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/BK-14656 -
Adriaen de Vriend、Adriaen Davidsen、Cornelis Moermanによる“ウィリアム・レックスの模型”(Model of the William Rex、1698年)。
名誉革命後に英国王にもなったオランダ総督ウィレム3世(在職:1672-1702年、英国王としてはウィリアム3世)時代の軍船の精巧な模型で、船の左右には74門もの大砲が備え付けられており、当時の軍船の姿を現在に伝える貴重な資料となっています。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/NG-MC-651 -
ヘラルト・ファン・ホントホルスト(Gerard van Honthorst、1592-1656年)の“サテュロスとニンフ”(Satyr and Nymph、1623年)。
ギリシャ神話の半人半獣の精霊サテュロスと、山や森の精霊ニンフを描いたものですが、サテュロスは“欲情の塊”として表現され、かなりエロティックな雰囲気に仕上がっていますね(笑)。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-C-1759 -
ユトレヒトの画家パウルス・モレエルス(Paulus Moreelse、1571-1638年)の“羊飼いの女”(A Shepherdess、1630年)。
こちらも、どこか神話の人物のようで、ちょっぴりエロティックな感じに仕上がっています(笑)。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-A-276 -
ヘンドリック・ホルツィウス(Hendrick Goltzius、1558-1617年)の“ロトと娘たち”(Lot and his Daughters、1616年)。
旧約聖書の創世記に登場する、ソドムの街から脱出するロトとその2人の娘(父親を酔わせて近親相姦させ、男子を産むことに)を描いたもので、作者のホルツィウスはミケランジェロを尊敬していたせいか、父娘ともかなりマッチョな感じに描かれています(笑)。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-A-4866 -
最後はコルネリス・ファン・ハーレム(Cornelis Cornelisz. van Haarlem、1562-1638年)の“嬰児虐殺”(The Massacre of the Innocents、1590年)。
ユダヤ王ヘロデによる“ベツレヘムの虐殺”を描いたもので、こちらもミケランジェロ風のマッチョ体型な分、何ともリアルで凄惨な感じに仕上がっています・・・。
【アムステルダム国立美術館の解説】
https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/SK-A-128 -
以上で時刻は17時近くなり、係員による追い出しタイム。
結局2階すべては見きれず、3階と0階も全く見られないまま国立美術館の見学を終了することになりました・・・。
アムステルダム国立美術館、この旅行記にも結構な数の作品を載せてしまうほど名作揃いで、いつの日かリベンジしてみたいものですね。 -
17時、最後にカフェやショップのある0階にやってきました。
この辺りは天井が吹き抜けになっていて、明るく開放的な雰囲気。 -
ショップをのぞいてみると、国立美術館のコンパクトなガイドブックの日本語版が10ユーロ(約1,330円)で売っていたので即買い(ポリ袋は別途5セント=約7円)。
普段はこういうものは荷物になるからと買わないのですが、この美術館のものは即断してしまうほどコンパクトで出来が良かったですね(笑)。 -
17時50分、国立美術館から出てきました。
入場したのが13時30分だから、4時間以上も中にいたことに。
それだけ充実した展示だったということでしょう。 -
アムステルダム国立美術館は外観もところどころ凝った意匠が。
こちらはアール・ヌーヴォーチックな扉。
どこまでもオシャレですね。 -
国立美術館の先にあるミュージアム広場からは、美術館をバックに“I amsterdam”のモニュメントが一望。
しかしこのモニュメント、観光客が増えすぎたという理由で2018年12月にこの場所から撤去され、スキポール空港の屋外に移設されてしまったそうです・・・。
【Oranda.jp~I amsterdamモニュメントが撤去】
https://oranda.jp/guide/i-amsterdam/
確かに、この写真を見ても観光客が異様に多いわな・・・。 -
後ろを振り返ると、ミュージアム広場では、広い緑の芝生の上で人々が思い思いの時間を。
向こうにはゴッホ美術館も見えて、何とも贅沢な空間です。ゴッホ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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18時30分、そんな人々が安らぐ広場でしばらく平和な雰囲気を楽しんだ後、広場を後に。
この日の観光もそろそろ終了かな・・・。ミュージアム広場 広場・公園
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19時20分、国立美術館からの帰り道、運河沿いをてくてく歩いていると、高い塔を発見。
アムステルダム一の85mの高さを誇る西教会の塔です。
西教会(Westerkerk)は1631年に建設されたオランダ最大のプロテスタントの教会で、先ほど国立美術館で数々の作品を見たレンブラントもここに埋葬されています。
【Holland.com~アムステルダム西教会】
https://www.holland.com/jp/tourism/article/westerkerk-amsterdam-jp.htm西教会 寺院・教会
-
その西教会の脇にある建物には何やらものすごい行列。
どうやらこの場所が“アンネ・フランクの家”(Anne Frankhuis)らしく、開館時間が22時までのため、この時間でもこんな行列ができているようでした。
【Holland.com~アンネ・フランクの家】
https://www.holland.com/jp/tourism/destinations/amsterdam/museums/anne-frank-house-jp.htmアンネ フランクの家 建造物
-
22時まで開館ならわたしも入ろうと思ったのですが、この延々と伸びる行列ではムリそうですね・・・。
しかしいくらアムステルダムとはいえ、国立美術館やゴッホ美術館を上回るこの混雑ぶり、もはや“巡礼”といった感じで、何やら宗教じみたものを感じてしまいます。 -
アンネ・フランクの家からは、こんな壮麗なアール・ヌーヴォー様式のショッピングアーケードを横目に見ながらてくてくと進んで行き・・・。
-
19時40分、再び王宮前のダム広場に出て・・・。
王宮 城・宮殿
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20時、アムステルダムの中心部にある料理店“LA STEGO Grill”で夕食。
中に入ってから気付きましたが、ここもアルゼンチン料理店でした(笑)。
アムステルダムに来てから何だかアルゼンチン料理しか食べていない気が・・・。
【Tripadviser~Ristorante Trattoria La Stego】
https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g188590-d2277345-Reviews-Ristorante_Trattoria_La_Stego-Amsterdam_North_Holland_Province.html -
この日も一日歩き通しで疲れていたので、まずは地元アムステルダムのビール、アムステルビール(Amster Bier)を注文(4.2ユーロ=約560円)。
ビール大国オランダで、ハイネケン以外のビールを飲めるのもうれしいことです。 -
メインに頼んだのはアルゼンチンらしいラムステーキ(Lamb Stake 10.9ユーロ、ガーリックソース 1.9ユーロが付いて合計12.8ユーロ=約1,700円)。
飲んで食べていい気分になって、充実したこの日は終了。
さて、翌日はいよいよ今回の旅の実質最終日。
魅力の大都市、アムステルダムの観光を最後まで楽しみたいと思います!
(オランダ旅行7日目~引き続きアムステルダム観光に続く。)
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この旅行記へのコメント (4)
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- pedaruさん 2020/12/26 05:38:25
- 充実の旅
- エンリケさん おはようございます。
あと1時間でも余分にあったらなぁ、と思える美術鑑賞、そんな気持ちは分かります。
ツアーで行ったら、行きましたというだけの短い時間、不満は残るが、皆さん、ツアーだから、と諦めますね。
珠玉の名品、名作とおっしゃってますが、まさにいつまでも心に残る名画の数々、充実した一人旅ですね。
私の場合、必ず訪れる緩んだ時間、せっかくの時間を無駄に過ごすた旅が惜しまれます。計画は慎重に、というのが自戒の気持ちです。
フランスやイタリアは多くのトラベラーさんが旅行記に書いていますが、オランダは比較的少ない気がします。たいへん貴重で参考になる旅行記でした。
2010年の4トラ入会、同級生のようで親しみを覚えます。
pedaru
- エンリケさん からの返信 2020/12/30 23:20:57
- 芸術は長く・・・
- pedaruさん
こんばんは。
アムステルダム旅行記にご訪問、ありがとうございます。
昔から西洋絵画が好きなものですから、美術館訪問の旅行記はどうしても力が入ってしまいます(笑)。
ツアーで訪れると、誰もが知るような有名な作品しか案内してくれませんが、個人旅行だと、自分好みの絵画を探して心置きなく眺めることができますよね。
おっしゃるとおり、オランダはフランスやイタリアに比べ、マニアックな内容の旅行記が少ないような気がします。
わたしの旅行記が、コロナ禍が終わってこれから訪れようとする方々の、少しでも参考になればと思います。
4トラベルの掲載年数も、気付いたらもう10年になるのですね。
まさに、“芸術は長く、人生は短し”ですね。
-
- 川岸 町子さん 2020/12/12 13:58:48
- 贅沢な一日
- エンリケさん、こんにちは(^-^)
石畳の街を歩き、教会や美術館へ。
今のコロナ禍では、ここまででも十分嬉しい気持ちになりそうです(笑)
ゴッホ、レンブラント、フェルメールなどそうそうたる画家の作品がズラリと並ぶアムステルダム国立美術館は、スケール大きい!
これは四時間滞在しちゃいますね~。
途中で残り時間を気になさり、急がれたお気持ち、分かります。
その後のアンネフランクの家の行列もスゴいですね!
その時間帯でも、どうしても入場したい思い。
アムステルダムは時間に余裕持って訪れないとダメだと教えて下さり、ありがとうございました(^_-)
町子
- エンリケさん からの返信 2020/12/12 19:27:30
- 巡礼地
- 川岸 町子さん
こんばんは。
アムステルダム旅行記の続きにご訪問いただき、ありがとうございます。
> 石畳の街を歩き、教会や美術館へ。
> 今のコロナ禍では、ここまででも十分嬉しい気持ちになりそうです(笑)
本当に、昔の旅行記を作っているだけで、何だか旅した気分になれますね。
> ゴッホ、レンブラント、フェルメールなどそうそうたる画家の作品がズラリと並ぶアムステルダム国立美術館は、スケール大きい!
> これは四時間滞在しちゃいますね
十分な時間をもって訪れたつもりだったのですが、結局、全部見きれませんでした・・・。
せめて閉館時間が18時だったならと何度思ったことか。
> その後のアンネフランクの家の行列もスゴいですね!
> その時間帯でも、どうしても入場したい思い。
ナチスの迫害で命を落としたユダヤ人ということで、どこか宗教の巡礼地と化しているような感じでした。
こんな世界で7,000万人が感染し、160万人が亡くなるコロナ禍があっても、人はまだまだ第二次世界大戦に縛られ続けるのかなと考えてみたりして。
コロナ禍が終わったら、コロナに関連した新しい観光名所ができてもおかしくないのかな・・・。
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