2000/02/18 - 2000/02/23
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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この地域は日本人にとってなじみが薄く未だにこれといった日本語のガイドブックは発行されていない。頼れるのは英語版の「ロンリープラネット」だけだ。しかしこのロンリープラネットも長い間改訂版が出版されず、古い本が洋書屋に並び、最新の情報を手に入れる事は難しい状態だった。そんな中1999年になってロンリープラネットが「WEST AFRICA」の改訂版が出版された。それによって僕は妙にこの地域を意識するようになった。そして行きたくなった。そんな中旅行人のガイドブック「アフリカ」も出版されると言うことを知りいてもたってもいられなくなってきた。
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アビジャンから1時間半後にバマコに着陸。
マリに来た。西アフリカの横断旅行もゴールが見えてきた。しかしパスポート紛失というトラブルのおかげで時間がなくなってしまい、ドゴンの村はあきらめることにした。
マリもブルキナファソ同様湿度が低いのでさわやかだ。空港も実にのんびりした感じだ。入国はスムーズだった。しかしクオランティーンでイエローカードを見せろと言われた。僕は今までイエローカードがないことをすっかり忘れていた。やばい。そんな物はない。とりあえず警察証明を見せようとしたら検査官はその紙をイエローカードと間違えたらしく、内容も確認せず通っていいと言われた。一安心。
荷物を受け取り外へ出た。しかしタクシーの客引きはほとんどおらず、拍子抜けしてしまった。バスはないのだろうか。しばらくするとタクシーの運転手らしき男が話しかけてきた。とりあえず交渉することにした。バマコ中心部まで990円と言っていたが、825円に下げ僕は中心部まで行かずガルルティエール(バスターミナル)まででいいので660円にしてくれと粘った。しかし競争がないのでこのタクシーに乗るしかない。
今夜バマコに泊まるつもりはない。このままバスターミナルへ向かい、そこからモプティーへ向かう夜行バスに乗るつもりだ。空港から直接バスターミナルへ向かった。市内まで17キロと聞いていたが、バスターミナルはかなり空港寄りにあったようで案外早く到着した。バスターミナルに入った僕のタクシーに客引きが群がってきた。時速20キロぐらいで走っている車に客引きが飛びつき、しがみついてきた。危ない。めちゃくちゃだ。間違ったらひき殺されてしまうぞと思いつつもその熱心さに少し感心してしまった。またそれと同時に今後のマリ旅行を悲観してしまう光景でもある。これから観光立国マリの旅は大変そうだ。
バスの料金に関しては料金表もあり、ぼられる心配はなかった。しかし荷物代は適正価格がわからない。でも利用することになったバスにはフランス語の出来るオーストリア人が一緒なのですごく安心だ。とりあえず道中、現地人の集中攻撃を受けずに済みそうだ。バスは途中検問だらけ。しばらく走るとまた検問。他のバスは先に行っているのなぜこのバスは検問が多いのだ。バス会社によってコネがあるのだろうか。僕は飛び込みでこのバスに乗り込んでいるので諦めもつくが、オーストリア人は前もって予約し出発予定時刻の16時にはここへ来てバスを待っていたのだ。結局バスが出発したのは3時間後の19時だった。そしてこの検問地獄。まあのんびり行くか。 -
モプティーのモスク。
バマコからモプティーは距離にして約600キロ。12時間かけて走り、モプティーに到着したのは朝7時過ぎだった。
これで1週間前にブルキナファソでパスポートを盗まれ、再発給のためにコートジボアールを経由して、やっとあの日の朝向かおうとしていたモプティーに到着したことになる。実に遠回りをしてしまったものだ。 -
これで予定通り西アフリカ横断を継続できることになった。次の目的地はジェンネのモスクだ。とりあえず今夜はオーストリア人と一緒にモプティーに泊まろうと思いモプティで一番安い「バルマリ」に向かった。ガイド他3,4人の男が僕たちの後をつけてくる。約2キロ歩き、バルマリという宿に着いた。しかしまだ朝早いということで部屋が一つしか空いてなかった。僕は早くジェンネに向かいたかった。モプティーは場合によってはまた戻ってくる街でもあるので無理してここで1泊する必要はない。この部屋はオーストリア人に譲り、彼とはまたジェンネでの再会を約束し、僕1人でジェンネ行きのブッシュタクシーが出る場所へと向かった。ついでに警察でレジストレーションを済ませることにした。
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マリではトラックの荷台に椅子を取り付けた乗り合いタクシー(ブッシュタクシー)を「バッシェ」と呼ぶ。しかしこのバッシェ、人が集まらないと出発しない。
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僕と同じくジェンネへ行こうとしているフランス人の3人組がすでに待っていた。再び英語の出来る人と一緒に移動できることでまた気が楽だ。やはり観光国マリは欧米人旅行者が多いので今後旅行はかなりしやすいかもしれない。今までがひどすぎた。3人のうち1人はアジア系のフランス人だ。アメリカやヨーロッパではルーツを聞くのは歳を聞くのと同じぐらい遠慮してしまう。そのことについて質問。みんなアジアには行ったことはないらしい。彼女たちはNGOの職員でバンディアガラで活動しているらしく、今回は週末の休みを利用してジェンネを観光するらしい。
それにしても出発しない。結局4時間以上待たされ、バッシェがモプティーを出発したのは11:30になってからだ。車の荷台には17人が詰め込まれている。信じられないが事実だ。中ではほとんど身動きがとれない。これで事故ったら最後だ。バッシェは途中エンジンに冷却水を入れるため停まったり、休憩したりでなかなか進まずジェンネへの分岐点に到着したのがすでに午後3時過ぎだった。 -
幹線道路からそれ、そのままジェンネに向かった。途中この先本当に村があるのだろうかと疑ってしまうほど交通の往来が無く、またあたりには広大な湿地が続いている。そして最終的にバニ川と呼ばれるニジェール川の支流を渡し船で渡った。ジェンネの街はこの川の中州にある。水上交通の要所として栄えたので陸路で行くのは今でも大変だ。
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午後4時過ぎジェンネの街に到着した。ジェンネの街の入り口に当たるゲートだが、今は使われていない。
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壁に囲まれた町中は人は多く、しっかりとした一つの街だ。とうとうジェンネにやってくることが出来た。ここは僕自身今回の西アフリカ旅行のハイライトと考えていた場所だ。ワガドゥグで強盗に遭ったときはもうここには来られないのではないかと思ったが、たくさんの人の協力があって何とかここにたどり着くことが出来た。ここに到着したことによって今後の予定にもかなりゆとりが出来た。
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バッシェはジェンネを象徴する建造物「グランモスク」の前に到着した。
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ジェンネでは「シェ・ババ」という宿に滞在する事になった。この街のハイライトであるモスク同様この宿も土壁で造られていた。室内は埃っぽくマットレスがあるだけの簡素な部屋だが、ここ以外に泊まる場所はない。部屋に水道はないが、共同のシャワーや水道は水が豊富に出るようなので安心だ。
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グランモスクの広場は静かだ。しかし毎週月曜日に開かれるマルシェになると辺りは一変するはずだ。
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夕暮れのモスク
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ジェンネといえばモスク。ホテルの屋上からもモスクが見える。
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しかし小さな街だ。街を歩いているとガイドをやりたいという奴がいるが、他に案内される場所なんかないだろう。やがて日差しが強くなってきた。路地裏では子供が自転車のタイヤで遊んでいた。
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ジェンネは川の中州にあり街をはずれると水が豊かな風景に出くわす。
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昨日たくさんいた欧米人はみんなジェンネに1泊だけして帰ってしまったようだ。昨日一緒だったフランス人も今朝会い、ちょうどモプティーに戻るところだった。ジェンネに残された外国人は僕だけになってしまった。でも明日月曜市が開かれるので午後になってから昨日以上の観光客がこの街にやってきた。モスク前には次第にバッシェやミニバス、チャーターされた車、または物資を乗せたトラックが続々と到着しつつある。夕方になって再び活気が出始めた。
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夕暮れのジェンネ
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朝7時広場に出てみた。そして自分の目を疑った。一体どこからこれだけの人が集まってきたのだろうか。
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辺りは昨日までの静けさとはうって変わって人と物で溢れかえっている。足の踏み場もない状態でまっすぐ前に歩くこともできない。マーケットは10時過ぎから始まるらしく、まだ準備段階だった。ジェンネの月曜市といってもとくに買いたい物があるわけではない。とにかく雰囲気を味わいたかっただけだ。日差しも強くなりマーケットは始まりつつあるようだ。
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ジェンネの月曜マルシェは西アフリカを代表する名所だ。今回の西アフリカ旅行の最大の目的地がここ「ジェンネのグランモスクと月曜市」。世界遺産にも登録されている。
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ジェンネのマルシェを見て満足し、バマコへ移動することにした。
バマコへのミニバスは13時頃から頻繁に出るらしい。昨日からチケットを予約してやるという奴がいたが、アフリカで予約ほど信用できないものはない。鉄道の予約ならある程度信用できるのだが。案の定バマコ行きのミニバス(ワゴン車)はすぐに見つかった。座席は横向きだがスペースに余裕はあるし、今回は楽な移動になりそうだ。ワゴン車はかなりのハイペースで飛ばし、バマコへ向け走り続けた。
やがて日は暮れ、21時にセグーに到着した。そこでなぜか僕だけ別のバスに乗り換えさせられた。同じワゴン車の客は全員セグーへ行く人たちだったみたいだ。はめられた。これで別に金を請求されたらもちろん切れていただろうが、その心配はなかった。乗り換えさせられたバスは現地人ばかりの中型バス。回りの視線が冷たい。バスはさらに4時間走り続けた。
結局バマコに到着したのは深夜1時半。数日前モプティへ向かう時利用したガルルティエール(ターミナル)は通り過ぎて、橋を渡り到着したのはバマコの中心部だった。しかし到着したもののこれからどうすればいいのだろうか。同じバスに外国人は乗っておらず不安だ。1台のタクシー運転手が当然のように僕に近づいてきた。とりあえずどこでも良いから近くのホテルに行ってもらうことにした。しかし5件以上回ったが全て満室だった。どうなっているんだ。バマコの宿事情はもしかして悪いのか。それとも深夜だから込んでいるだけか。結局郊外の宿にも行ってみたが全て満室だった。最悪だ。
ジェンネで同じ部屋にいた日本人がバマコでソフィテル系の「ラミティエ」に泊まったと言っていた。1泊100ドル弱。心が動いた。ここまで苦労してきたのだからたまには最高級ホテルに泊まるのもいいかもしれない。時間も時間だから割引もきくかもしれない。タクシー運転手に「ラミティエへ行ってくれ」と告げた。タクシー運転手には1時間以上つきあってもらったので825円払うことにした。こんなホテルに泊まろうとしている人間がセコいことを考えてはいけない。
しかし甘かった。この高級ホテルでさえ満室だ。一体この街はどうなってるんだ。またラミティエのフロントは高級ホテルのくせに態度が悪い。「部屋はない」という言い方にも礼儀があるだろう。アフリカ人の冷たさはなんだ。アフリカでは安宿より高級ホテルの方がサービスが悪いというのもおかしな話しだ。
どうなっているんだ。天を仰いだ。
今夜は野宿だとあきらめていた僕に運転手が「まだある」と言ってきた。タクシー運転手は猛スピードでニジェール川を渡り、街の南側に向かった。 -
そして到着したのは1軒の民家だ。辺りは閑静な高級住宅街。どうやらここはプライベートルーム(民宿)のようだ。僕はこんないいところがあるなら最初から連れてくてくれとうれしい悲鳴を上げた。ちなみに1泊1650円と今まで歩いてきた安宿の中では一番高いが、一番きれいでお湯もふんだんにでる。スタッフも英語が堪能で不自由しなさそうだ。
眠りについたのはすでに4時前だった。 -
翌日は歩いてニジェール川を渡りバマコの中心部へ向かった。
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バマコ中心部の教会。
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バマコからセネガルのダカールへは列車で向かうことにした。今回の旅行で2度目の鉄道移動だ。バマコを出発したのは予定より2時間遅れの11時40分だった。どうも対向の列車が遅れて出発できなかったようだ。
窓の外は延々と草原が続き単調ですぐに飽きてしまった。途中の駅で買い食いするのが唯一の楽しみになる。
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