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この地域は日本人にとってなじみが薄く未だにこれといった日本語のガイドブックは発行されていない。頼れるのは英語版の「ロンリープラネット」だけだ。しかしこのロンリープラネットも長い間改訂版が出版されず、古い本が洋書屋に並び、最新の情報を手に入れる事は難しい状態だった。そんな中1999年になってロンリープラネットが「WEST AFRICA」の改訂版が出版された。それによって僕は妙にこの地域を意識するようになった。そして行きたくなった。そんな中旅行人のガイドブック「アフリカ」も出版されると言うことを知りいてもたってもいられなくなってきた。

2000年 西アフリカ横断-J(セネガル編)

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2000/02/29 - 2000/03/02

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旅行記グループ 2000年 西アフリカ横断

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まさとし

まさとしさん

この地域は日本人にとってなじみが薄く未だにこれといった日本語のガイドブックは発行されていない。頼れるのは英語版の「ロンリープラネット」だけだ。しかしこのロンリープラネットも長い間改訂版が出版されず、古い本が洋書屋に並び、最新の情報を手に入れる事は難しい状態だった。そんな中1999年になってロンリープラネットが「WEST AFRICA」の改訂版が出版された。それによって僕は妙にこの地域を意識するようになった。そして行きたくなった。そんな中旅行人のガイドブック「アフリカ」も出版されると言うことを知りいてもたってもいられなくなってきた。

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  • ダカールに戻った。西アフリカ旅行もあとわずか。最後に向かった先はダカールの沖合に浮かぶ世界遺産の「ゴレ島」だ。<br />ゴレ島まではダカールの港から20分で到着する。案外大きな島だ。

    ダカールに戻った。西アフリカ旅行もあとわずか。最後に向かった先はダカールの沖合に浮かぶ世界遺産の「ゴレ島」だ。
    ゴレ島まではダカールの港から20分で到着する。案外大きな島だ。

  •  奴隷の家。ここはアフリカ系アメリカ人にとっても重要な場所でアメリカ人の姿も多く目につく。ここは人気の場所で入場制限があり、午後になってやっと入ることができた。この場所から多くの奴隷が新大陸へと積み出されたのだ。<br /> 帰国の日、1ヶ月以上を過ごしたアフリカともお別れだ。タクシーで空港へ向かうことにした。30分で空港に到着しメーターで446円だ。少し早めに到着したつもりだがちょうどいい時間でチェックインが始まった。相変わらず手続きはのろいおまけに受け取った搭乗券の席は自由席だった。やれやれ。<br />モスクワからの疲れた客を乗せた飛行機はすでに到着しているようでトランジットルームはざわついていた。モスクワからの西アフリカ便は三角に飛んでいる。いわば終点のない便だ。そんなわけでアクラ・コトヌーとどうようにダカールからコナクリまではモスクワからの乗客とモスクワへ向かう乗客が重なることになる。ダカール線の機体は往路同様旧ソ連製だが、機体は比較的新しく足下も広々としていて快適だ。しかし荷物棚に扉がない。これでは列車のようだ。振動で荷物が落ちてくるのではないかと不安になったがしかたない。ロシアの飛行機では国際基準の常識が通用しない。<br /> さて離陸。荷物が落ちてこないか注意していたが問題なかった。経由地のコナクリまでは一時間半ほどだ。途中のサービスはコーラのみ。<br />12時半にコナクリに到着した。ターミナルビルはそれなりに立派だ。空港内にエアコンは効いていたが空気は悪い。一時間のトランジットののち飛行機に戻った。そして全員席に着き出発するのかなと思っていたら(フランス語のみで意味不明だったが)放送が流れた。どうもエンジントラブルが起こったらしく、再び飛行機から降りなくてはならないらしい。しばらくするとエンジンが止まり機内のエアコンも止まり汗がだらだら出てきた。とりあえず荷物をまとめて機外へ出るしかないようだ。再びトランジットルームに戻り待機。説明がないので状況が全く把握できない。一時間以上待たされ今日の出発は無理だと知らされた。出発は明日。今夜のホテルは用意してくれるらしいが困ったものだ。今回は帰国を急ぐ必要もないので、滅多にできない経験だとひらきなおろう。

     奴隷の家。ここはアフリカ系アメリカ人にとっても重要な場所でアメリカ人の姿も多く目につく。ここは人気の場所で入場制限があり、午後になってやっと入ることができた。この場所から多くの奴隷が新大陸へと積み出されたのだ。
     帰国の日、1ヶ月以上を過ごしたアフリカともお別れだ。タクシーで空港へ向かうことにした。30分で空港に到着しメーターで446円だ。少し早めに到着したつもりだがちょうどいい時間でチェックインが始まった。相変わらず手続きはのろいおまけに受け取った搭乗券の席は自由席だった。やれやれ。
    モスクワからの疲れた客を乗せた飛行機はすでに到着しているようでトランジットルームはざわついていた。モスクワからの西アフリカ便は三角に飛んでいる。いわば終点のない便だ。そんなわけでアクラ・コトヌーとどうようにダカールからコナクリまではモスクワからの乗客とモスクワへ向かう乗客が重なることになる。ダカール線の機体は往路同様旧ソ連製だが、機体は比較的新しく足下も広々としていて快適だ。しかし荷物棚に扉がない。これでは列車のようだ。振動で荷物が落ちてくるのではないかと不安になったがしかたない。ロシアの飛行機では国際基準の常識が通用しない。
     さて離陸。荷物が落ちてこないか注意していたが問題なかった。経由地のコナクリまでは一時間半ほどだ。途中のサービスはコーラのみ。
    12時半にコナクリに到着した。ターミナルビルはそれなりに立派だ。空港内にエアコンは効いていたが空気は悪い。一時間のトランジットののち飛行機に戻った。そして全員席に着き出発するのかなと思っていたら(フランス語のみで意味不明だったが)放送が流れた。どうもエンジントラブルが起こったらしく、再び飛行機から降りなくてはならないらしい。しばらくするとエンジンが止まり機内のエアコンも止まり汗がだらだら出てきた。とりあえず荷物をまとめて機外へ出るしかないようだ。再びトランジットルームに戻り待機。説明がないので状況が全く把握できない。一時間以上待たされ今日の出発は無理だと知らされた。出発は明日。今夜のホテルは用意してくれるらしいが困ったものだ。今回は帰国を急ぐ必要もないので、滅多にできない経験だとひらきなおろう。

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