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≪古城ホテルの女主人も目をむいた・・・妻と愛人?同伴の旅≫<br /><br />【私のFreundinフロインディン、いえBekannteベカンテです!】<br /><br />2004年4月21日~5月4日の2週間、南ドイツとオーストリアをドイツ・バイエルン国王ルードヴィヒ2世とオーストリア皇妃エリザベート・・・愛称 “シシー”を巡る旅と称して、レンタカー(メルセデス・ベンツ2000CC)の旅をしたことがある。<br />珍しく、家内の友人親子が御一緒した、4人の旅でした。<br /><br />写真は2004.04.22.ザルツブルグ近郊の古城ホテル ハウンスベルグ城 に<br />2泊:3階のワンフロアーの左右に二つの寝室があり、部屋の中央に音楽室、図書室、書斎がある。

daruma外伝・恥ずかしながら:古城ホテルの女主人も目をむいた・・・妻と愛人?同伴の旅

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2004/04/22 - 2004/04/24

5位(同エリア107件中)

jijidaruma

jijidarumaさん

≪古城ホテルの女主人も目をむいた・・・妻と愛人?同伴の旅≫

【私のFreundinフロインディン、いえBekannteベカンテです!】

2004年4月21日~5月4日の2週間、南ドイツとオーストリアをドイツ・バイエルン国王ルードヴィヒ2世とオーストリア皇妃エリザベート・・・愛称 “シシー”を巡る旅と称して、レンタカー(メルセデス・ベンツ2000CC)の旅をしたことがある。
珍しく、家内の友人親子が御一緒した、4人の旅でした。

写真は2004.04.22.ザルツブルグ近郊の古城ホテル ハウンスベルグ城 に
2泊:3階のワンフロアーの左右に二つの寝室があり、部屋の中央に音楽室、図書室、書斎がある。

旅行の満足度
4.0
同行者
その他
交通手段
レンタカー
旅行の手配内容
個別手配
  • 二日目の4月22日(木)に、しばしば「Bayerisches Meerバイエルンの海」と呼ばれているChiemseeキームゼー湖上にあるHerreninselヘレンインゼル(男島)を訪れた。<br /><br />ここにはバイエルン国王ルードヴィヒ2世が造営した宮殿(1878年築、但し未完成)があったからだが、壮大な宮殿を見学して、更にザルツブルグ観光をざっくりし、その夜は古城ホテル泊りでした。<br /><br />写真は2004.04.22.Oberalm_Mapオーバーアルムの周辺図

    二日目の4月22日(木)に、しばしば「Bayerisches Meerバイエルンの海」と呼ばれているChiemseeキームゼー湖上にあるHerreninselヘレンインゼル(男島)を訪れた。

    ここにはバイエルン国王ルードヴィヒ2世が造営した宮殿(1878年築、但し未完成)があったからだが、壮大な宮殿を見学して、更にザルツブルグ観光をざっくりし、その夜は古城ホテル泊りでした。

    写真は2004.04.22.Oberalm_Mapオーバーアルムの周辺図

  • 写真は2004.04.22.Oberalmオーバーアルムの町・俯瞰

    写真は2004.04.22.Oberalmオーバーアルムの町・俯瞰

  • “岩塩の城”ザルツブルグの南15kmにあるHalleinハライン(人口19千人)は岩塩の産出とその交易で栄え、ケルト民族の居住地でもあった当時の先進地で、その隣町Oberalmオーバーアルムにこの古城ホテルがありました。<br /><br />ドイツ国境にも近く、ドイツの素晴らしい観光地・ベルヒテスガーデン、ケーニヒス湖方面や、オーストリアの湖水地方・Salzkammergutザルツカンマーグート等の拠点にしようと考えて、このホテルを選んだわけです。<br /><br />写真は古城ホテル ハウンスペルグ城の案内書(オーストリアの古城ホテル・貴族の館冊子より)<br /><br />

    “岩塩の城”ザルツブルグの南15kmにあるHalleinハライン(人口19千人)は岩塩の産出とその交易で栄え、ケルト民族の居住地でもあった当時の先進地で、その隣町Oberalmオーバーアルムにこの古城ホテルがありました。

    ドイツ国境にも近く、ドイツの素晴らしい観光地・ベルヒテスガーデン、ケーニヒス湖方面や、オーストリアの湖水地方・Salzkammergutザルツカンマーグート等の拠点にしようと考えて、このホテルを選んだわけです。

    写真は古城ホテル ハウンスペルグ城の案内書(オーストリアの古城ホテル・貴族の館冊子より)

  • <オーバーアルム:古城ホテルSchloss Haunspergハウンスペルグ城><br />2004年4月22日~24日、<br />スイートEuro 153x2泊= 306。<br /><br />A-5411 Oberalm b.Salzburg、Hammerstr.32<br />TEL:43(0)-6245―80662、FAX:43(0)-6245-85680   <br />http://www.schlosshaunsperg.com   <br /><br />ザルツブルグの近郊ハライン郡オーバーアルム(人口4千人)の町はザルツブルグから車で15分の距離にある。<br /><br />こちらの古城ホテル ハウンスベルグ城 に2泊しました。<br />3階のワンフロアーを借りたので、広いものです。<br />左右に二つの寝室があり、部屋の中央に音楽室、図書室、書斎がある。<br /><br />写真は2004.04.22.ザルツブルグ近郊地図、オーストリアの高速道路走行許可証、古城ホテル ハウンスベルグ城の外観と3階のワンフロアーの寝室、音楽室、図書室、書斎。

    イチオシ

    <オーバーアルム:古城ホテルSchloss Haunspergハウンスペルグ城>
    2004年4月22日~24日、
    スイートEuro 153x2泊= 306。

    A-5411 Oberalm b.Salzburg、Hammerstr.32
    TEL:43(0)-6245―80662、FAX:43(0)-6245-85680   
    http://www.schlosshaunsperg.com   

    ザルツブルグの近郊ハライン郡オーバーアルム(人口4千人)の町はザルツブルグから車で15分の距離にある。

    こちらの古城ホテル ハウンスベルグ城 に2泊しました。
    3階のワンフロアーを借りたので、広いものです。
    左右に二つの寝室があり、部屋の中央に音楽室、図書室、書斎がある。

    写真は2004.04.22.ザルツブルグ近郊地図、オーストリアの高速道路走行許可証、古城ホテル ハウンスベルグ城の外観と3階のワンフロアーの寝室、音楽室、図書室、書斎。

  • 4星、全8室(4室+スイート4)という小さな古城ホテルでした。<br />小さいだけに朝食のみで、夕食は近所のレストランを紹介してもらった。<br /><br />尚、このホテルは“Schlosshotel und Herrenhaueser in Oesterreich”(オーストリアの古城ホテルや貴族の館)のHPより選んだ。(今は加盟していないが)<br />http://www.schlosshotels.co.at/<br /><br />写真は2004.04.22.古城ホテル ハウンスベルグ城:全景

    4星、全8室(4室+スイート4)という小さな古城ホテルでした。
    小さいだけに朝食のみで、夕食は近所のレストランを紹介してもらった。

    尚、このホテルは“Schlosshotel und Herrenhaueser in Oesterreich”(オーストリアの古城ホテルや貴族の館)のHPより選んだ。(今は加盟していないが)
    http://www.schlosshotels.co.at/

    写真は2004.04.22.古城ホテル ハウンスベルグ城:全景

  • 森に囲まれ、蔦に覆われた古城ホテル ハウンスペルグ城は14世紀に大理石で作られた建物で、それに併設された教会(*聖パドヴァのアントニオ)も350年以上の歴史があるもので、一族の結婚、葬儀に使用されてきたという。ホテルの女主人も自らの結婚式に利用したそうだ。<br /><br />ホテル内のアンチークな家具,調度品と魅力満点なホテルでした。 <br />又、同行の家内の友人親子には初めての古城ホテル体験ということもあって、3階のスイートを借りた。この部屋は3階のワンフロアーに左右に二つの寝室があり、部屋の中央に音楽室、図書室、書斎があるといったものでした。<br /><br />写真は2004.04.23. 古城ホテル ハウンスペルグ城のホテル内<br /><br />

    森に囲まれ、蔦に覆われた古城ホテル ハウンスペルグ城は14世紀に大理石で作られた建物で、それに併設された教会(*聖パドヴァのアントニオ)も350年以上の歴史があるもので、一族の結婚、葬儀に使用されてきたという。ホテルの女主人も自らの結婚式に利用したそうだ。

    ホテル内のアンチークな家具,調度品と魅力満点なホテルでした。 
    又、同行の家内の友人親子には初めての古城ホテル体験ということもあって、3階のスイートを借りた。この部屋は3階のワンフロアーに左右に二つの寝室があり、部屋の中央に音楽室、図書室、書斎があるといったものでした。

    写真は2004.04.23. 古城ホテル ハウンスペルグ城のホテル内

  • さて、ホテルで記帳をした時に、女主人エリカさんに家内や友人親子(家内の6つ下の友人ですが、50代でご主人を亡くされて、娘さん二人を育て上げた)を紹介しました。<br /><br />ドイツ語で彼女が私の家内です。こちらがmeine Freundin〔マイネ フロインディン〕私のフロインディン、その娘さんと言ったのです。<br /><br />そうしましたら、エリカさんが「エッ、・・・」と一瞬口をつぐんで、目を大きくしました。私の方は勿論、真面目な顔で。<br /><br />これを聞いていた家内が慌てて、パパ違うよ!と、<br />「Bekannteベカンテでしょう!」・・・とチェックがかかった。<br /><br />こちらも(以前にも注意されたことを思い出し、あ!そうだったと)慌てて、訂正すると、女主人エリカさんも笑いだした。<br />この状況に、わけのわからない友人親子に経緯を説明するはめになり、旅の最初から私のドイツ語の能力にいささか?を感じさせてしまった。<br /><br />写真は2004.04.24.古城ホテル ハウンスペルグ城で朝食、ホテル入口でエリカ夫人と<br /><br />

    さて、ホテルで記帳をした時に、女主人エリカさんに家内や友人親子(家内の6つ下の友人ですが、50代でご主人を亡くされて、娘さん二人を育て上げた)を紹介しました。

    ドイツ語で彼女が私の家内です。こちらがmeine Freundin〔マイネ フロインディン〕私のフロインディン、その娘さんと言ったのです。

    そうしましたら、エリカさんが「エッ、・・・」と一瞬口をつぐんで、目を大きくしました。私の方は勿論、真面目な顔で。

    これを聞いていた家内が慌てて、パパ違うよ!と、
    「Bekannteベカンテでしょう!」・・・とチェックがかかった。

    こちらも(以前にも注意されたことを思い出し、あ!そうだったと)慌てて、訂正すると、女主人エリカさんも笑いだした。
    この状況に、わけのわからない友人親子に経緯を説明するはめになり、旅の最初から私のドイツ語の能力にいささか?を感じさせてしまった。

    写真は2004.04.24.古城ホテル ハウンスペルグ城で朝食、ホテル入口でエリカ夫人と

  • 家内は1974年6月にドイツで初めて生活した時、私どものドイツ語家庭教師であったデュッセルドルフ大学の学生Rufルフさんに【Freundinフロインディンは女友達、恋人、Bekannteベカンテは知人、知己のことだ】と、その区別を教えられたという。<br /><br />私は昼間の疲れで、その授業中に度々寝むりこんでいたから、しっかり勉強した家内の方が正しいのだ。家内に注意されるまで、(たいへんなことだが)平気でこの言葉を使っていたにちがいない。<br /><br />写真は2004.04.24. 古城ホテル ハウンスペルグ城で朝食、その後グラーツに向かう<br /><br />

    イチオシ

    家内は1974年6月にドイツで初めて生活した時、私どものドイツ語家庭教師であったデュッセルドルフ大学の学生Rufルフさんに【Freundinフロインディンは女友達、恋人、Bekannteベカンテは知人、知己のことだ】と、その区別を教えられたという。

    私は昼間の疲れで、その授業中に度々寝むりこんでいたから、しっかり勉強した家内の方が正しいのだ。家内に注意されるまで、(たいへんなことだが)平気でこの言葉を使っていたにちがいない。

    写真は2004.04.24. 古城ホテル ハウンスペルグ城で朝食、その後グラーツに向かう

  • さて、これには説明が要るので、下記しますと;<br /><br />ドイツの辞書を引くと女性名詞のdie Freundin 〔ディー フロインディン〕には女友達、恋人、愛人、妾と言った、少々ややこしい訳が載っている。<br />英語の同義語はgirlfriendガールフレンドだそうだが、辞書にあるこの英語ではドイツ語の意味を正確に表してはいない。<br /><br />しかも、eine Freundinとmeine Freundinでは前者が「友人の女性」、後者が「恋人」を意味していて、二つの意味がずいぶんと違ってくる。<br />「友人の女性」をeine Freundin〔アイネ フロインディン〕と言い、ある女友達・・といったもので、特定の形にしていない。<br />「恋人」では私の・・・という特定・所有?!を示すmeine Freundin〔マイネ フロインディン〕とmeineマイネを使っているのだ。<br /> <br />男性名詞 der Freund〔デアー フロイント〕は友、友人、知己、同志の意味があるので、その反対語は女性名詞 die Freundin〔ディー フロインディン〕と考えてしまうし、そう私は覚えこんでいたようである。<br /><br />この例だけでなく、自分でも知らずに妙ないい方をしてしまう事はママあることだから、ドイツ語(外国語)は誠に難しい。<br /><br />男性・女性名詞der (die) Bekannte〔デアー(ディー)ベカンテ〕は知人、知己、友を意味しているので、ホテルでの女主人への紹介では誤解の生じない、こちらの言葉を使うのが正しいのだ。<br /><br />妻と愛人とその娘を同行しての旅・・・これはいくらなんでも、まずいでしょうね(笑)。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />*女主人のエリカさんはたいへん気さくなお話し振りでしたが、昔からの貴族、この地の領地一族の末裔だけに、教養を感じさせるものでした。<br /><br />Grazグラーツに向かう小雨の朝、我々の写真を撮ったり、教会の中を案内してくださったり、ホテルの改修工事、教会の修理に何千万円が掛り、大変であるとか、<br />ご主人が腰を痛めて、昨日、病院に息子さんが連れて行ったことなども話してくれました。 <br /><br />到着した日に、ご主人は我々の重い荷物を3階まで運んでおり、きっとその事が原因ではないかと思い、申し訳ない!!と思いながら、「ご主人の御回復をお祈りします」と言って、グラーツに向かうこととなりました。<br /><br />写真は2004.04.22.南独・オーストリア周遊:左に古城ホテル ハウンスペルグ城、右に古城ホテル フライジット・ロイト城でメルセデスC2000

    さて、これには説明が要るので、下記しますと;

    ドイツの辞書を引くと女性名詞のdie Freundin 〔ディー フロインディン〕には女友達、恋人、愛人、妾と言った、少々ややこしい訳が載っている。
    英語の同義語はgirlfriendガールフレンドだそうだが、辞書にあるこの英語ではドイツ語の意味を正確に表してはいない。

    しかも、eine Freundinとmeine Freundinでは前者が「友人の女性」、後者が「恋人」を意味していて、二つの意味がずいぶんと違ってくる。
    「友人の女性」をeine Freundin〔アイネ フロインディン〕と言い、ある女友達・・といったもので、特定の形にしていない。
    「恋人」では私の・・・という特定・所有?!を示すmeine Freundin〔マイネ フロインディン〕とmeineマイネを使っているのだ。
     
    男性名詞 der Freund〔デアー フロイント〕は友、友人、知己、同志の意味があるので、その反対語は女性名詞 die Freundin〔ディー フロインディン〕と考えてしまうし、そう私は覚えこんでいたようである。

    この例だけでなく、自分でも知らずに妙ないい方をしてしまう事はママあることだから、ドイツ語(外国語)は誠に難しい。

    男性・女性名詞der (die) Bekannte〔デアー(ディー)ベカンテ〕は知人、知己、友を意味しているので、ホテルでの女主人への紹介では誤解の生じない、こちらの言葉を使うのが正しいのだ。

    妻と愛人とその娘を同行しての旅・・・これはいくらなんでも、まずいでしょうね(笑)。

    ・・・・・・・・・・・・・・・

    *女主人のエリカさんはたいへん気さくなお話し振りでしたが、昔からの貴族、この地の領地一族の末裔だけに、教養を感じさせるものでした。

    Grazグラーツに向かう小雨の朝、我々の写真を撮ったり、教会の中を案内してくださったり、ホテルの改修工事、教会の修理に何千万円が掛り、大変であるとか、
    ご主人が腰を痛めて、昨日、病院に息子さんが連れて行ったことなども話してくれました。 

    到着した日に、ご主人は我々の重い荷物を3階まで運んでおり、きっとその事が原因ではないかと思い、申し訳ない!!と思いながら、「ご主人の御回復をお祈りします」と言って、グラーツに向かうこととなりました。

    写真は2004.04.22.南独・オーストリア周遊:左に古城ホテル ハウンスペルグ城、右に古城ホテル フライジット・ロイト城でメルセデスC2000

  • *聖パドヴァのアントニオ<br />イタリア語:Sant&#39;Antonio di Padova、ポルトガル語:Santo António de Lisboa、<br /><br />ハウンスペルグ城の教会が祭るパドアのアントニオ(1195年~1231年)は、カトリック教会で、失せ物、結婚、縁結び、花嫁、不妊症に悩む人々、愛、老人、動物の聖人とされている。教会博士の一人。祝日は6月13日。<br /><br />本名はフェルナンド・マルティンス・デ・ブリャォン(Fernando Martins de Bulhão)といい、リスボンで貴族の子として生まれた。そのため、リスボンのアントニオとも呼ばれる。<br />アッシジのフランチェスコに共感し、彼の創設したフランシスコ会に入会。イタリアや南フランスといった地域を巡り、精力的に活動するも、パドヴァ近郊で病没した。未だ30代半ばであった。<br />説法に優れ、生前から民衆にも大変人気のある人物であったと云う。<br /><br />彼が死んだとき、天使たちが舞い降りて町中の教会の鐘をひとりでに鳴らしたとも云われている。彼の絵画や肖像では、幼子のキリストを抱き、本とユリの花、パンがともに描かれている。パドヴァ、ポルトガル、ブラジルの守護聖人。(Wiki)<br /><br />写真は2004.04.22.幼いキリストを抱くパドヴァの聖アントニオFrancisco_de_Zurbarán作<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />(2020年9月4日編集・加筆)<br />

    *聖パドヴァのアントニオ
    イタリア語:Sant'Antonio di Padova、ポルトガル語:Santo António de Lisboa、

    ハウンスペルグ城の教会が祭るパドアのアントニオ(1195年~1231年)は、カトリック教会で、失せ物、結婚、縁結び、花嫁、不妊症に悩む人々、愛、老人、動物の聖人とされている。教会博士の一人。祝日は6月13日。

    本名はフェルナンド・マルティンス・デ・ブリャォン(Fernando Martins de Bulhão)といい、リスボンで貴族の子として生まれた。そのため、リスボンのアントニオとも呼ばれる。
    アッシジのフランチェスコに共感し、彼の創設したフランシスコ会に入会。イタリアや南フランスといった地域を巡り、精力的に活動するも、パドヴァ近郊で病没した。未だ30代半ばであった。
    説法に優れ、生前から民衆にも大変人気のある人物であったと云う。

    彼が死んだとき、天使たちが舞い降りて町中の教会の鐘をひとりでに鳴らしたとも云われている。彼の絵画や肖像では、幼子のキリストを抱き、本とユリの花、パンがともに描かれている。パドヴァ、ポルトガル、ブラジルの守護聖人。(Wiki)

    写真は2004.04.22.幼いキリストを抱くパドヴァの聖アントニオFrancisco_de_Zurbarán作

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    (2020年9月4日編集・加筆)

  • 以下はおまけ:<br /><br />ザルツブルクも湖水地方・ザルツカンマーグートも良いところです。<br />皇帝ヨーゼフと皇妃エリザベートが過ごしたカイザーヴィラのあるBad Ischlバード・イシュルの町、そこで偶然買った皇帝夫妻結婚150周年記念切手のこと、<br /><br />St.Wolfgangザンクト・ヴォルフガングIm Weissen Roessl イム・ヴァイセン・レッスル(白馬亭)での夕食、20年前の味と違った思い出のペッパーステーキ・・・など、思い出すことも多いところです。<br /><br />ドイツのベルヒテスガーデン、ケーニヒス湖、キームゼー湖もここから近いから、そのあたりもまたゆっくり訪ねたいものです。<br /><br />写真は2004Kaiser-Franz 皇帝ヨーゼフとKaiserin-Elisabeth皇妃エリザベート・・・成婚150周年記念切手

    以下はおまけ:

    ザルツブルクも湖水地方・ザルツカンマーグートも良いところです。
    皇帝ヨーゼフと皇妃エリザベートが過ごしたカイザーヴィラのあるBad Ischlバード・イシュルの町、そこで偶然買った皇帝夫妻結婚150周年記念切手のこと、

    St.Wolfgangザンクト・ヴォルフガングIm Weissen Roessl イム・ヴァイセン・レッスル(白馬亭)での夕食、20年前の味と違った思い出のペッパーステーキ・・・など、思い出すことも多いところです。

    ドイツのベルヒテスガーデン、ケーニヒス湖、キームゼー湖もここから近いから、そのあたりもまたゆっくり訪ねたいものです。

    写真は2004Kaiser-Franz 皇帝ヨーゼフとKaiserin-Elisabeth皇妃エリザベート・・・成婚150周年記念切手

  • <Schlossberg  Hotel 城ホテル・シュロスベルグ(城山)><br />(4星) 146 Euro  注:週末料金<br />A-8010   Graz , Kaiser Franz Josef Kai 30  <br /><br />古城ホテル・シュロスベルグ(城山)は旧市街にあり、4階建てのホテルは町の中心のシンボルである城山の真下に建っていて、目立つ青色の壁が特徴的です。<br /><br />殆どの観光地に歩いていけるという便利な所でした。部屋は2階と4階にわかれ、我々は4階の屋根裏部屋に。その割に快適で、浴室も明るく、中庭にあるレストラン---- “Wintergarten---冬の庭、若しくは温室の意で、レストランの場合は後者の意味”---も見られ、窓からは町中を流れるムーア川やその向こうの新市街地がきれいに眺望できました。<br /><br />唯、電車道に面している為に、駐車できず、パークハウスに一晩、車を入れる事になりました。<br /><br />写真は2004.04.24.Grazグラーツ・古城ホテルSchlosshotel Schlossbergシュロスベルク

    <Schlossberg Hotel 城ホテル・シュロスベルグ(城山)>
    (4星) 146 Euro 注:週末料金
    A-8010  Graz , Kaiser Franz Josef Kai 30

    古城ホテル・シュロスベルグ(城山)は旧市街にあり、4階建てのホテルは町の中心のシンボルである城山の真下に建っていて、目立つ青色の壁が特徴的です。

    殆どの観光地に歩いていけるという便利な所でした。部屋は2階と4階にわかれ、我々は4階の屋根裏部屋に。その割に快適で、浴室も明るく、中庭にあるレストラン---- “Wintergarten---冬の庭、若しくは温室の意で、レストランの場合は後者の意味”---も見られ、窓からは町中を流れるムーア川やその向こうの新市街地がきれいに眺望できました。

    唯、電車道に面している為に、駐車できず、パークハウスに一晩、車を入れる事になりました。

    写真は2004.04.24.Grazグラーツ・古城ホテルSchlosshotel Schlossbergシュロスベルク

    シュロスベルクホテル ホテル

  • <古城ホテルSchlosshotel Freisitz Roithフライジット・ロイト><br />2004年4月28日~29日、1泊Euro 124。<br />A-4810 Gmunden、Traunsteinerstr. 87  <br />http://www.schlosshotel.at <br /><br />4星・全23室。グムンデンはザルツカンマーグート地域で第二の湖であるトラウン湖---南北12km、最深部は200m---の北端にあり、岩塩の交易で栄えたケルト人の町として、古い歴史に登場するが、今はヨーゼフ皇帝の保養地としての方が有名である。先に訪問したBad Ischlバート・イシュルは33kmの距離です。<br />昔から芸術家が訪れ、シューベルトは1825年から2年間、ブラームスは1890年から6年もこの地に暮らしたそうです。また、オーストリアの人々にも愛用されている、グムンデン焼きの陶器の生産地です。<br /><br />古城ホテル・フライジット・ロイトは湖の東側の小高い丘の上にありました。昔からこの湖とその周辺を領する者の城として建てられ、16世紀の中頃に騎士の城となり、そして何回かの変遷の後、1964年、現在のようなホテルに模様替えし、1996年、現在の経営者によって、テラスレストランをふくむ、古城ホテルに生まれ変わったとのことです。19の部屋と4つのスイートをもつ、プチホテルといえます。<br /><br />写真は2004.04.28.~29.グムンデン・Traunseeトラウン湖畔にあるSchlosshotel Freisitz Roith古城ホテル フライジット・ロイト城

    <古城ホテルSchlosshotel Freisitz Roithフライジット・ロイト>
    2004年4月28日~29日、1泊Euro 124。
    A-4810 Gmunden、Traunsteinerstr. 87  
    http://www.schlosshotel.at 

    4星・全23室。グムンデンはザルツカンマーグート地域で第二の湖であるトラウン湖---南北12km、最深部は200m---の北端にあり、岩塩の交易で栄えたケルト人の町として、古い歴史に登場するが、今はヨーゼフ皇帝の保養地としての方が有名である。先に訪問したBad Ischlバート・イシュルは33kmの距離です。
    昔から芸術家が訪れ、シューベルトは1825年から2年間、ブラームスは1890年から6年もこの地に暮らしたそうです。また、オーストリアの人々にも愛用されている、グムンデン焼きの陶器の生産地です。

    古城ホテル・フライジット・ロイトは湖の東側の小高い丘の上にありました。昔からこの湖とその周辺を領する者の城として建てられ、16世紀の中頃に騎士の城となり、そして何回かの変遷の後、1964年、現在のようなホテルに模様替えし、1996年、現在の経営者によって、テラスレストランをふくむ、古城ホテルに生まれ変わったとのことです。19の部屋と4つのスイートをもつ、プチホテルといえます。

    写真は2004.04.28.~29.グムンデン・Traunseeトラウン湖畔にあるSchlosshotel Freisitz Roith古城ホテル フライジット・ロイト城

    シュロスホテル フレイシッツ ロイス ホテル

  • 私共の3階の部屋からの、トラウン湖の眺望が素晴らしく、落ち着いた色合いの部屋に大満足です。<br /><br />湖の周辺の高い山々はまだ一部に雪を残し、湖や湖畔の木々の青さとのコントラストは美しく、芸術家達がこの地に足を留めたのも、無理からぬものでしょう。<br /><br />丁度、窓から見る真正面に、先程まで見てきたSeeschloss Ort湖上の城オルトが湖岸から湖に突き出たように建っているのが望める。<br />西暦909年に史料に出てくるという、大変古い島上の可愛いい城です。<br /><br />写真は2004.04.28.~29.グムンデン・Traunseeトラウン湖・Seeschloss Ort湖上の城オルト

    私共の3階の部屋からの、トラウン湖の眺望が素晴らしく、落ち着いた色合いの部屋に大満足です。

    湖の周辺の高い山々はまだ一部に雪を残し、湖や湖畔の木々の青さとのコントラストは美しく、芸術家達がこの地に足を留めたのも、無理からぬものでしょう。

    丁度、窓から見る真正面に、先程まで見てきたSeeschloss Ort湖上の城オルトが湖岸から湖に突き出たように建っているのが望める。
    西暦909年に史料に出てくるという、大変古い島上の可愛いい城です。

    写真は2004.04.28.~29.グムンデン・Traunseeトラウン湖・Seeschloss Ort湖上の城オルト

    オルト城 城・宮殿

  • 今はカフェ・レストランになっている。又、この地を舞台にオーストリアのTV人気番組が撮影されているとの事だ。<br /><br />この風景を見ていると、イギリスやスイスの湖水地方に勝ると云われているのも納得させられます。<br /><br />写真は2004.04.28.~29.グムンデン・Traunseeトラウン湖・Seeschloss Ort湖上の城オルト1<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />

    今はカフェ・レストランになっている。又、この地を舞台にオーストリアのTV人気番組が撮影されているとの事だ。

    この風景を見ていると、イギリスやスイスの湖水地方に勝ると云われているのも納得させられます。

    写真は2004.04.28.~29.グムンデン・Traunseeトラウン湖・Seeschloss Ort湖上の城オルト1

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  • kawakoさん 2020/09/07 00:03:37
    「友人」は難しい
    ピカソは晩年、妻&前妻&愛人と一緒に一つ屋根の下で暮らしていた時期があるそうですが、ダルマさんは妻と愛人を引き連れて旅をしたわけですね!

    ところで、一緒に旅するくらいの付き合いがある人だとKollege /in のほうが合ってるかと思います。

    コレーゲは辞書なんかを見ると「同僚」と訳されてますけど、今は日本語で言うところの「友人」に該当する言葉として一般的に使われてます。
    もちろん職場の同僚という意味もあります。

    ベカンテは例えば、顔は知っていて挨拶する~まぁ二言三言話しをするくらいの知り合いですかね。ベカンテと比べるとコレーゲは、グッと心理的な距離感が近い人です。

    jijidaruma

    jijidarumaさん からの返信 2020/09/07 01:27:32
    Re: 「友人」は難しい
    kawakoさん、
    今晩は。久しぶりにのお立ち寄り、コメントありがとうございました。

    スイスドイツ語はコメントされたような使い方があるのですね。
    Kollegeコレーゲといった言葉はドイツで会社勤めをした立場では
    (辞書通りに学んだ言葉として)、毎日使っていた言葉の一つです。
    言葉は時代に沿って変化していくようですし、其々の地域でも
    使い方も意味も様々なのでしょう。ほんと言葉は難しい。

    <Andre Laender, andre Sitten>という言葉を、
    思い出した次第です。

    ありがとうございました。
    jijidaruma
  • M-koku1さん 2020/09/06 00:56:07
    外国語は難しい!
    jijidarumaさん

    愛人とご婦人同伴なんて スゴイお話 
    微笑ましいです。
    英語でも[ my friend]という言い方には 特別なお友達という意味が含まれるので 使うのを避け、 "one of my friends" を使いなさい! と言われた記憶があります。
    同じようなニュアンスなんでしょうね。

    先日も「あの人ちょっと変人だから」と言ったつもりで queerを使ったら、ゲラゲラ笑われて、「それって straight じゃないって意味になっちゃうから、使わないほうがいい」と指摘され、赤面でした。
    外国語は なかなか大変ですね!

    私はサウンド・オブ・ミュージックの世代なので、ザルツカンマングートは憬れの地であり、大好きです。
    あ~ また行きたいです!

    ではまた 
    Mより

    jijidaruma

    jijidarumaさん からの返信 2020/09/06 01:35:27
    Re: 外国語は難しい!
    M-koku1さん、
    今晩は。
    いつもありがとうございます。

    語学の才に恵まれたM-koku1さんでも、やはり似た様な
    エピソードをお持ちですね。
    「darumaのチョンボ」もこれでは教養ある方々との会話は
    出来ないですね。この事は思い出す度にとても恥ずかしく、
    頭があがらない立場になります。
    言葉というものは、よく分かっている間なら、又こんなこと
    言って、しょうがない奴だで済みますが、社用の大事な席では
    そうもいかないでしょう。
    語学の才にほど遠い体育会出身者にありがちな「気合い」だけ
    では、なんともならないのは外国語です(苦笑)。

    ザルツカンマングートはこの春の行程に入れてありました。
    この古城ホテルも検索したら、ホテルは営業していない様子、
    コロナ禍の影響でしょうか?がっかりです。
    それではまた。
    jijidaruma

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