2019/08/07 - 2019/08/07
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Rolleiguyさん
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ミュンヘンを発つ日。 友人の案内で市内のある場所を見学することにしました。 それはナチスの文書センター(NS Dokumentationszentrum)という施設で、かつてナチスの本拠があった場所に作られた、ナチズムの学びと戒めのために、当時の文書類を展示してあるところです。大変見応えのある展示でしたが、じっくり見学する時間がなく、かなり駆け足になってしまいました。
旅行記として、踏み込んだ内容にまとめるには、分かりやすく伝える中身と術が必要ですが、読んで頂けるには分量を抑えることも大切ですので、こういう施設がありますよと、お伝えする程度になってしまいました。
その他、近くのボニファッツ修道院や小さな美術展示施設も見学しました。
半年も前のことなので、記憶がはっきりしない部分もあり、施設の名前も
忘れてしまったものがあります。
表紙の写真は、トルコ門(Tuerkentor)にある小さな建物に展示してある、アメリカ人のWalter De Maria の作品です。現代美術品を増やすために選ばれたそうです。赤御影石を球体に磨いたもので、本当に鏡のようです。
私と友人が写っています。
これで漸く昨年のスイス、オーストリア、ドイツ旅行記が完成しました。
沢山の皆さまにお出で頂いたことに感謝します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 徒歩
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カロリーネン広場にあるオベリスク。ナポレオンのロシア遠征時に戦死したバイエルンの兵士を記念するもの。ここまで市電で来て、ここから徒歩で見学に向かいます。
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最初に向かったのは、ミュンヘン郊外にあるアンデックス修道院(別の旅行記があります)の、本院であるベネディクト会ボニファッツ修道院。
地味な修道院であり、静かな佇まい。建物は第2次大戦で大きな被害を受け、再建されましたが、内部は完全に新しい様式になったそうです。入り口には、「神の家。天国への門」と記されていました。建物全体の写真は撮るのを忘れてしまいました。 -
ここには、この修道院を1850年に建てたバイエルン王ルートヴィッヒI世(1786-1868)のお墓があります。ルートヴィッヒはカトリックでしたが、妃のテレーゼ(1792-1854)は生涯プロテスタント(ルター派)でした。そのため、当初別の場所に埋葬されましたが、後にルートヴィッヒと一緒の場所に移されました。
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ルートヴィッヒI世は、ヴァルハラ城を建てたことでも知られています。ドイツ的であることを好み、ナポレオンからフランスのお姫様を結婚相手に押し付けられるのを恐れて、急いでドイツ人のお姫様を探したのだそうです。テレーゼよりも妹のルイーズの方が美しいと評判でしたが、テレーゼを選びました。テレーゼは、ナポレオン・ボナパルトの結婚相手候補の最終リストに載っていたそうですが、先にお話のあったルートヴィッヒIと結婚することになったようです。
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ルートヴィッヒI世の柩。 彼は国王としては自己主張の非常に激しい人物だったそうですが、日常生活では地味な面もあり、服装などには無頓着だったようで、身分からすると貧しいとも言えるような着古しだったそうです。
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テレーゼは最初の埋葬地から、1857年にこの修道院の地下に移されましたが、2002年に、夫であるルートヴィッヒI世の柩の脇の壁の中に再度移されました。
2人の結婚式は1810年に行われ、式場は現在Theresienwieseと呼ばれているところでした。この結婚の祝いのお祭りが、ミュンヘンの有名なオクトーバーフェストの始まりだと言われています。 -
ルートヴィッヒの墓誌。
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この修道院は、終戦後の全てが欠乏していた時期には、衣食住の提供をしたことが今でも記憶されています。現在も、貧しい人たちに衣服や食物を提供しているだけでなく、医療面でのケアまで行っており、毎日200人もの人が訪れるそうです。
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次に向かったのがナチスの文書センターです。
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先に周囲の建物を外から見学します。一寸記憶が曖昧ですが、このナチスの本部の建物は、現在音楽大学が使用しているようです。1938年に、ヒトラーが要求したズデーテンラントのドイツへの併合を、英独仏伊が合意したミュンヘン協定が調印されたのは、この建物だったような気がします。
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ケーニッヒ広場にある、列柱のプロピュライオン。ドーリア様式の建物で1862年に建てられたもの。
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同じく、イオニア様式の州立博物館。1848年に建てられた。
ケーニッヒ広場は、1933年に、ナチスに有害とされた書物の焚書が行われた場所でもあります。 -
ナチス本部の建物。
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こちらもナチスの本部建物ですが、現在は芸術系の大学の施設として使われています。
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入居している施設の名前が記されています。
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ここでは、占領した国々からナチスが略奪した美術品を、戦後元の所有者に戻す作業が行われたそうで、その様子が展示してありました。
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催し物の案内が掲げられていました。
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周囲を見学して戻って来ました。かつて、ナチスのBraunes Hausと呼ばれたヒトラーの執務室があった場所に、ナチス文書センターの建物が建てられました。
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建物の入り口の表示。 「国家社会主義(ナチス)の歴史を学び、記憶する場所」と記されています。
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膨大な量の文書や写真が、時系列的に各階に展示されていました。全てを撮影するだけの時間がなかったので、特に脈絡なく目に留まったものを写してあります。
これは、第一次世界大戦で負けたドイツが、莫大な戦時賠償を要求され、その結果ハイパーインフレを引き起こし、パンの値段が天文学的な値段になったことを示しています。 ナチスが台頭し、国民の支持を得るに至るまでの初期の社会情勢を物語るものです。パン一つが1兆マルク。 -
大きなポスターは、反共産党、反アナキズムを掲げたバイエルン国民党の宣伝ポスターです。 キン肉マンがバイエルンを表わし、左手の男はアナキストです。「出て行け!」という趣旨です。右下の小さなポスターは、アジア的な容貌の人物ですが、ボリシェヴィーキを表わしており、既に影響下に置いたベルリンから、今度はバイエルンに触手を伸ばしている様子を表わしています。1919年。
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1923年4月20日。ヒトラーの名前を出した大集会の案内ポスター。
演題「政治と人種」、「何故我々は反ユダヤ主義者なのか」と記されています。 -
ナチスの本部があった一帯の写真。先に見学した建物などが写っています。
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ナチスへの入党申請書の山。1933年。
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市販されていたナチスを支持するワッペンなど。
Juden nicht erwuenscht(ユダヤ人お断り)と書かれたものもあります。 -
ナチスの優生思想を示すプロパガンダ。価値の劣る人間を放置すれば、いずれは自分たち優生人種が駆逐されてしまう、優生人種が子供2人を生み、劣等人種が4人を生めば、数十年後にはこのようになってしまうという脅し。1935年。
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優生思想に基づく不妊手術申請書。1936年。
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ユダヤ人に対する様々な差別的取り扱い。電話の使用禁止、あてがわれた仕事に従事する義務、財産没収、石鹸とカミソリの配給券支給停止、借家人の権利主張禁止、6歳以上は公の場ではユダヤ人の印(ダビデの星)をつける義務など。1940年前後。
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治療困難な心身の病人に対しては、慈悲による死を施すことを許すという授権文書。ヒトラーの官房から出されている。1939年。
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アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所の囚人カード。個人記録が記されているほか、身長、体形、髪や目の色、鼻の形などの項目がある。日本で外国人登録の際にどの程度の記録がなされているのか知りませんが、私がウィーンでそうした登録をした時期(1988年)には、同じような項目があり、特に鼻の形というのに驚きました。真っ直ぐか鷲鼻かということで、ユダヤ人などが外見で分かると言う考えによるものでしょう。 1943年。
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今は土台だけになっている、かつての英雄殿。 1923年のナチスの蜂起(ミュンヘン一揆)で死んだ16人を殉教者、英雄として祭っていた建物がありました。
1947年に米軍が破壊しましたが、土台だけは残されています。 -
騒いでいる人がいたので目を向けたところ、女性が数人の警察官に取り囲まれていました。荷物を見せろと言われていました、女性は警察官を罵っていました。
ドイツでは、警察官の活動している場を撮影してはいけないことがあるようで、それに違反したのかもしれません。 -
ナチス本部建物の入り口。内部は見ることが出来ませんでした。
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ナチスがその力を誇示した例からすると、それほど押出の強い建物には見えませんでした。
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重い展示を見終わって、近くを散歩。美術館アルテ・ピナコテーク。改装中とかで見学出来ず。
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こんなに広々とした芝生に2人しかいませんでした。いいな。
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ドイツ中世の王族であったホーエンシュタウフェンと、ハプスブルクの名前が通り名になっていて、交差していて面白かったので撮ってみました。
ホーエンシュタウフェン家は、神聖ローマ帝国皇帝も出した家柄で、12-13世紀に主にドイツとイタリアを版図としました。ホーエンシュタウフェンが滅びた後に、皇帝不在の大空位時代を経て、その忠臣だったハプスブルクのルドルフI世が、神聖ローマ帝国皇帝となりました。そんなことをこの標識が示しているのかなと少し面白く感じました。
最近、塩野七生の「皇帝フリードリッヒII世の生涯」という、ホーエンシュタウフェンの歴史を書いた本を大変興味深く読みました。中世のヨーロッパへの理解を深める上で、大いに学ぶところがありました。
友人の家に戻り、2泊の滞在を感謝して、夕方の列車でウィーンに戻りました。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- akikoさん 2020/03/11 10:26:56
- 意義深い旅
- Rolleiguyさん、こんにちは~
スイス・ドイツの旅の最終章見せていただきました。
よく「過去を克服できたドイツ、できない日本」という言葉を聞きますが、ドイツでは
ナチズムの学びと戒めのために、当時の文書類を展示公開しているのですね。
なかでもナチスへの入党申請書の山を見て驚きました。いかに当時ナチスに熱狂的だったかが伺えますね。そして国民を扇動するプロパガンダとしてナチスの優生思想を利用していたこと、なぜユダヤ人を排除し始めたのかも興味深く拝見しました。
また、ナチス本部建物にはナチスが略奪した美術品を元の所有者に戻す作業の様子が展示されていたとのこと。フランスや欧州で絵画を略奪したり、ユダヤ人から没収したという話はドキュメンタリー番組で見ました。「(ヒットラー)総統美術館」なるものを建設しようという計画があったとも聞きました。ナチスが遺した罪はユダヤ人のホロコーストだけじゃなく、このような卑劣なこともしていたんですね。
そしてナチスが本部にしていた建物を拝見し、ここでヒットラーが指揮を執って戦争に突き進んでいったんだなと感慨深く見せてもらいました。
スイスではご家族で大自然を楽しまれ、また懐かしい場所を再訪されたり、オーストリアでは知人の方を見舞われたり、ドイツでは街歩きのほかにご友人とナチスの本部や文書センターなどを見学されたり、意義深い旅をされたようで本当に良かったです。
akiko
- Rolleiguyさん からの返信 2020/03/11 20:40:52
- RE: 意義深い旅
- akikoさん、今晩は。
ご覧下さり有難うございました。
もう帰国してから7か月も経ってしまいましたので、最後の旅行記は記憶も曖昧になってしまいましたが、何とか完成させることが出来ました。
今年はコロナの世界的な拡大により、日本人お断りが出始めていて、旅行そのものが難しくなりそうですので、去年行っておいてよかったです。
知人たちは皆相応に齢を重ね、体の自由にも支障を来し始めて、自分自身もいつまで山歩きはおろか、旅行が出来るのかと、改めて不確実性を覚えるようになりました。
旅行に行っている時は、見る対象の新鮮さを感じるので、不十分な準備しかしないのが常の私は、むしろ帰国して旅行記を作りながら勉強するのがとても楽しく感じるようになりました。でも、今年は、塩野七世の「皇帝フリードリッヒII世の生涯」を読んで、この歴史の地を事前勉強をしてから巡りたいと思うようになりました。
今年はコロナがなくても夏はとても忙しくなりそうなので、行けたとしても秋になるとおもいますが、短期間でも行って見たいと思っています。そうなるとスイスは外さなければならないかもしれず、悩ましいところです。
ま、今のところ不確定要素が多過ぎて計画も立てられませんが。
akikoさんはご予定がおありですか。
Rolleiguy
-
- ドロミティさん 2020/02/29 01:48:57
- お疲れ様でした。
- Rolleiguyさん、こんばんは^^
ご家族の皆様をご案内されてのスイスから始まった夏旅、お一人になられてからもウィーンの思い出巡り、ご友人と旧交を温めて、とても特別な旅をされたように拝察いたします。
スイスの美しい大自然から洗練された街並みのウィーン、そして少々質実な雰囲気のミュンヘンと素敵なお写真で様々な風景を見せていただきありがとうございました。
ミュンヘンは「ナチス発祥の街」だそうですね。
負の記憶もこのような立派な資料館として残していることは歴史と向き合うためにも必要なことなのだと思いました。
コロナ19が世界規模で拡大していて大変な様相になってきましたね。
日本も検査をしたら罹患者が相当数に達するのではと怖いです。
一日も早く終息して明るい春が迎えられると良いですね。
どうぞご自愛くださいませ。
ドロミティ
- Rolleiguyさん からの返信 2020/02/29 15:31:05
- RE: お疲れ様でした。
- ドロミティさん、今日は。
全部ご覧頂き有難うございます。
自分勝手に作っている旅行記を丁寧にご覧いただくだけでなく、こうして
感想までもお寄せいただき感謝です。
私はそう頻繁に海外にでかけられないので(本当は行きたいのですが)、一度出かけると2週間程度の期間を、どのように過ごすかを先ず検討することにしています。
大概、1週間程度は一か所に止まり、後は幾つか周るのがパターンです。
今回は、半分は家族サービス、もう半分は人生の終盤(意識は中盤)に差し掛かっている自分と友人の時間を大切にすることにしました。
旅行記では余り個人的な事情を書く訳には行きませんので、いいところだけにして、楽しい旅行をしましたという内容にするようにしています。
でも今回は初めての感激はオットーボイレンだけでしたが、旅行全体を通してとても
充実していたと思います。
今年はコロナで日本人は旅行しずらいようになりかけていて、ちょっと心配ですね。
私のところもコロナの影響を受けて仕事面のストレスも高まりつつあります。
家に籠って読書と音楽にひたりたいなという気持ちもありますが、やはり外に出て行動したい思います。
早く落ち着いて欲しいですね。 どうぞご健康にご留意くださいますよう。
Rolleiguy
-
- cheriko330さん 2020/02/28 01:48:19
- 祝 旅行記60冊目☆゚.:。+゚
- Rolleiguyさん、こんばんは~☆彡
昨年のご家族との旅行記の全12編、お忙しい中での作成と完成
お疲れさまでした。
スイスの山や街中の観光、ウィーンでは街歩き、想い出巡り
そしてご友人のお見舞いへも。お忙しい中でも、念願の
オットーボイレン修道院へ行けて良かったですね。
前半はツアコンで大活躍。
最後は、またご友人とミュンヘンで過ごされ歴史を辿られ
ましたね。
ナチスのしたことを忘れないためにも、ナチス文書センターは
必要ですね。二度とヒトラーのような人には出てきて欲しく
ないです。悲惨過ぎます。
変化に富んだ色んな景色も楽しませていただきました。
いつか行けるときには、参考になることがたくさんあります。
先日は、おかしなことを書いてしまい、Rolleiguyさん、大笑い
されたことでしょう。大変失礼いたしました(|liil||)
新型コロナがここまで、世界中で広がるとは思いませんでした。
また、教育現場は混乱しますね。早く終息することを祈るのみです。
cheriko330
- Rolleiguyさん からの返信 2020/02/28 22:16:27
- RE: 祝 旅行記60冊目☆゚.:。+゚
- cheriko330さん、今晩は。
祝いの言葉を有難うございます。
もうそんなになるんだと少し驚きました。
お金と時間をかけた旅行が、ああ楽しかった! だけでは遊園地に行くのと
変わらないと思い、後から振り返るにも記録があったほうがいいなと思ったのです。
でも、思いのほか、この旅行記を作ることが自分の勉強になり、それがまた次の
旅行への刺激になっている気がします。
60冊目はかなり地味な内容で、書いていても重いなーと感じていました。
でも、60冊の中にはこんなのもあってもいいかもしれないと思いなおしています。
先日のおかしなこととはブタのことでしょうか? そんなことはありませんよ。
ブタは犬やネコに比べると損な役回りだと思いますが、子豚などは子供向けの
お話しに沢山好意的に描かれていると思います。もう40年も前になりますが、
子どもが幼児だったころに、Richard Scarryの子供向け絵本をいろいろ読んであげましたが、中でもブタが主人公のお話しがあり、皆で楽しんだものです。
もしご覧になったことがおありでなければ、一度本屋さんでご覧になると、きっと
これなら楽しいだろうと思われますよ。(日本語のはないかもしれませんが、絵だけ見ても内容を理解出来ます)。
コロナには参っています。罹患したのではなく、仕事でもプライベートでも、次々と
試練が襲ってきています。早く晴れ晴れとした気持ちになりたいものです。
皆さんもそうおもっているでしょうね。
春の訪れが少し気持ちを明るくさせてくれるのを願っています。
でも、お気を付けください。
Rolleiguy
-
- ふわっくまさん 2020/02/27 07:59:52
- スイス,オーストリア,ドイツ
- Rolleiguyさん、おはようございます。
ドイツのご様子で、旅行記を締めくくられたそうで・・
どの景色も見応えがあったので、何だか名残惜しい気持ちで拝見させていただきました。
スイスはポピュラーな観光地のみ、街並みを歩いたことがあるのですが・・
オーストリアとドイツは、いつの日か訪れてみたいと思っています。
その中でドイツはナチス政権でヒトラーが仕切っていた時代も、忘れてはならないですね。
純朴な少女が書いた「アンネの日記」は、とても記憶に残っています。
ナチスの本部建物やヒトラーの執務室があった場所が現存しているとは、とても興味深かったです。
ご紹介して下さって、ありがとうございました。 ふわっくま
- Rolleiguyさん からの返信 2020/02/27 15:00:06
- RE: スイス,オーストリア,ドイツ
- ふわっくまさん、今日は。
ご感想を有難うございます。
美しい自然を堪能するだけの旅行も勿論素晴らしいのですが、歴史に触れる
旅には別の感慨がありますね。
見るものが同じであっても、ああこれがそうなのか、という思いを
もつかどうかで楽しみ方が違うと思います。
私の知識は浅いので、もっと事前勉強しておけばといつも思います。
時間が出来ても、時間がなくても、勉強する意思があるかどうか、
反省ばかりの毎日です。
修道院を訪問すると、いつも世の中には自分のことだけを優先しない
人たちがいることに、大きな感銘を受けます。
そうしたことを体験できるだけでも、旅行の意味があるのだろうな、と
旅行を正当化しています。
今年はコロナのせいで、海外旅行は難しくなるかもしれませんね。
Rolleiguy
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