2019/09/25 - 2019/09/26
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frau.himmelさん
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パリ、セーヌ川の中州に聳えるノートルダム大聖堂。
世界中の人々に愛されていたノートルダム大聖堂で火災が発生したのは、2019年4月15日午後7時ごろ(現地時間)のことでした。
あの気品ある貴婦人が炎と煙に包まれ、尖塔部分が焼け落ちる姿をテレビで見ながら、今歴史的に大変なことが起きている・・・、とぼうぜんと考えていました。
甚大な被害を出して火災が鎮火したのは翌16日午前10時ごろでした。
大聖堂が炎上する中、パリ市民は涙を流しながらじっとみつめ、また讃美歌を歌いながら祈り続けていた姿を私たちは忘れません。
私たちのパリへの出発の5か月前のことでした。
旅行記は前後しますが、翌日はホテルのチェックアウト時間ギリギリまで、コンコルド広場、バスティーユ広場などを訪れ、駆け足ながらフランスの歴史の一端を感じてまいりました。
-
ホテルのフロントの女性が羽織を着ていました。
「あらっ、キモノ?」って聞いたら、「そう、日本に行ってきたのよ」って。
私たちにとても愛想がよかったのはきっと日本を気に入ってくれたからでしょうね。
その女性に夫が「ノートルダム大聖堂に行きたいけど、どのバスに乗ればいいですか?」って聞きました。
「歩いてもすぐよ、市庁舎の横をセーヌ川の方にまっすぐ歩くとすぐわかる」と教えてくれました。
乗り放題チケットを持っていると、つい乗り物に頼りたくなってしまいます、ダメですね~。 -
ライトアップが始まったパリ市庁舎。
今回のパリ旅行でノートルダム大聖堂にはぜひ行きたかった。
何度か訪れたことがあるあの大聖堂が、いったいどんな姿に変わってしまったのだろう・・・。 -
セーヌ川に架かるアルコン橋。
橋の上からセーヌ川を眺めます。
正面に見えるのはサン・ルイ島、右側はシテ島。 -
シテ島に渡ってもう一度、パリ市庁舎を。
夜景がきれいですね。 -
ノートルダム大聖堂が見えてきました。
周囲を工事用のフェンスで囲われ、焼けて骨組みだけになった天井部分が痛々しい。
周りの人も、悲痛な表情で眺めています。 -
ガイドブックよりコピーしたノートルダム大聖堂の建物図面と大聖堂内部。
これを見てもどの部分が焼けたのか、わかるのが悲しい。 -
パリ、セーヌ川の中州に聳えるノートルダム大聖堂。
パリへ旅行した人なら誰もが訪れる観光名所のノートルダム大聖堂で火災が発生したのは2019年4月15日午後7時ごろ(現地時間)のことでした。
あの気高い貴婦人が炎と煙に包まれ、尖塔部分が焼け落ちる姿をテレビで見ながら、今、歴史的に大変なことが起きている・・・、とぼうぜんと考えていました。
◆◇
カバーがかかっていますが、バラ窓は焼け残ったようです。 -
甚大な被害を出して火災が鎮火したのは翌6日午前10時ごろでした。
大聖堂が炎上する中、涙を流しながらなすすべもなくじっと見つめ、また讃美歌を歌いながら祈り続けていた、パリ市民の姿を私たちは忘れません。
◆◇
屋根のほとんどを焼失し、尖塔は焼け落ちてしまいました。 -
屋根がない変わり果てた貴婦人の姿。
クレーンと工事用のカバーと足場・・・
どうしてこんなことになったんだろうと思わずにはいられません。、 -
ノートルダム大聖堂のガーゴイルたちも泣いているように見えます。
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入り口は塞がれて誰も立ちいることはできない。
いつもなら観光客で賑わっている頃なのに。 -
今は黒い塊にしか見えない大聖堂。
焼けていなかったら、今頃はライトアップされて、美しく光り輝いていたことでしょうに。 -
歴史的な建造物であるノートルダム大聖堂の火災は、間違いなく歴史に残る悲しい出来事です。
その歴史の現場に立ったということを心に留めて、これからの変貌を見守りたいと思います。
願わくば、再建された大聖堂をこの目でもう一度見てみたいと願いつつ、大聖堂を後にします。 -
セーヌ川遊覧船の乗客も、みんな一様に大聖堂の方を見つめています。
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さっきと違う橋を渡ってホテルに帰ります。
パリ市庁舎と左のライトアップされた塔はジャックの塔。 -
そのずっと先に見えるのはルーブル宮?
とうとう滞在中、ルーブル美術館には行けなかった。 -
もしかしてあそこがポンヌフ?
「新しい橋」という名のパリで一番古い橋。
ボケボケでひどい写真です。 -
9月26日、今日は2泊したホテルを移動する日。
せっかく立地のいいホテルに滞在しているのだから、チェックアウト時間ギリギリまで観光をしよう。
部屋に荷物を置いたまま、ホテルの受付に10時半ごろまでには帰ってきますと言って出かける。
受付は昨夜と同じ羽織の女性。
ニコニコしながら「構わないわよ」と送り出してくれました。 -
メトロ1番のオテル・ド・ヴィル駅からコンコルドまで。
コンコルド広場は工事をやっていた。
あちこちにフェンス網が張られ侵入禁止。
工事用車両や作業員が動き回っている。 -
広場を守っている女神像にも近づけない。
背後から「こんにちは」 -
コンコルド広場は後回しにしてチュイルリー公園から。
公園からコンコルド広場を振り返ってみたところ。
オベリスクが見えます。 -
神話の中の神々の彫像があちこちに。
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とても広い公園。
水鳥が優雅に泳いでいる池の周りにも彫像がいくつも並んでいます。 -
そして池のずーーと向こうにはルーブル美術館とカルーゼル凱旋門
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写真を拡大します。
ルーブル美術館とカルーゼル凱旋門。 -
チュイルリー公園の地図。
右側のコンコルド広場と左側のルーブル宮に挟まれています。 -
時間がないので、ここでバックしてコンコルド広場に向かいます。
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チュイルリー公園を設計した庭師ル・ノートル(1613-1700)
「王の庭師」「庭師の王」と呼ばれ、ヴェルサイユ宮殿他、有名な庭園の設計をいくつも手掛けています。 -
工事の資材置き場からエッフェル塔が姿を現しました。
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コンコルド広場に向かってチュイルリー公園の左側にはオラジュリー美術館があります。
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セーヌ河岸沿いの道路は車の大渋滞。
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その先に見えるコリント様式の宮殿は「ブルボン宮」。
現在は国会議事堂として使われています。 -
またエッフェル塔が姿を現しました。
向こうに見える金ぴかの彫像はたしかアレクサンドル3世橋だったような。
あらっ、でも立ち入り禁止の紅白のテープが張られて、その前には二人のポリス。
あちらには行けないのね。 -
仕方がないアレクサンドル3世橋は諦めてこちら側。
でもこちらも金網のフェンスに遮られて中に入れない。 -
では、コンコルド広場も眺めるだけ。
目の前には超豪華な街灯。それも何本も立っています。
どうしてそんなに豪華なの?
調べてみました。
どうも中央の装飾は軍艦のモチーフらしいです。船の鼻先の上にランプが付いているのですね。
背後のコリント列柱の豪華な建物は旧海軍省ですから、納得。 -
コンコルド広場。
オベリスクと美しい噴水と、その奥には旧海軍省。
車は時折通るけど、広場の中に人の姿は見えないので、やはり立ち入り禁止なのですね。
運が悪かった。 -
カラフルな立ち入り禁止ブロックの先には美しい噴水。
この広場には海の泉と川の泉の2つの噴水があり、こちらは「海の泉」の方。
魚の口から水が勢いよく噴き出ています。 -
コンコルド広場中央に立つオベリスク。
エジプトのルクソール神殿から運ばれたもので「クレオパトラの針」と呼ばれているそうです。 -
また1755年にできたこの広場はルイ15世の騎馬像が置かれていたので「ルイ15世広場」と呼ばれていました。
その後フランス革命が起きて騎馬像は撤去され、「革命広場」に名前を変更。
そしてフランス革命中はこの広場は処刑場として使われ、ルイ16世やマリー・アントワネットなど多くの人々が処刑されました。
処刑された人の数1200人とも1300人とも、多くの処刑者の怨念に染まった血がこの広場には沁み込んでいるのですね。 -
オベリスクから真っ直ぐ伸びる通りはシャンゼリゼ大通り。
はるか向こうに凱旋門が見えます。 -
軍艦ゆかりの豪華な街灯が立っている左側は旧海軍省。
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その先に見える宮殿のような建物は「ジュ・ド・ポーム国立美術館」。
こんな美術館があるなんて知らなかった。
ナチス・ドイツのフランス侵攻の際にはユダヤ人から没収したたくさんの美術品が集められていたそうです。 -
工事に祟られたコンコルド広場でした。
フェンスに遮られ遠目にしか見えなかったけど、次の観光に出かけます。 -
メトロ1番のコンコルド駅から、パスティーユ広場へ向かいます。
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コンコルド駅を降りたら美しい富士山とキリンの一番搾り。
あら懐かしい・・・。
夫は、パリのビールは高いばかりで美味しくないって、ぼやいていました。 -
地上に出るとそこはバスティーユ広場。
中央に「7月革命記念柱」が立っています。
それにしても凄い交通量、田舎者の日本のシニア夫婦、あちら側に渡ることができません。
夫は私の気持ちなど斟酌しないで、「時間がないからここから写真を撮ればそれでいいじゃない!」と言います。 -
残念ながら遠くから写真を撮るのみ。
この地はもともとパリ防衛の要塞でしたが、宰相リシュリューにより牢獄に改造されました。恐怖と圧政の象徴、バスティーユ牢獄です。
1789年7月14日、生活苦にあえぐ民衆が立ちあがり、フランス革命の発端とも言うべきバスティーユ牢獄襲撃事件が勃発しました。
その後、牢獄は撤去され、1833年に7月革命記念柱が建てられました。 -
柱の先端には黄金の「自由の天使像」。
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記念柱の後ろに見えるのは新オペラ座の「オペラ・バスティーユ」です。フランス革命200年を記念して1989年7月13日に竣工しました。
ガラスとメタルを使った円形の大変モダンな建築です。 -
早くホテルの部屋から荷物を取り出さないと、チェックアウト時間が過ぎちゃうよ、とまたもや夫が急かせます。
あ~~フランス革命、オペラ劇場~~!
もっとゆっくり見たかったなぁ~。
この建物はフランス銀行。
ここからメトロでホテルに引き返して荷物を持って、次のホテル、モンマルトルへ向かいました。
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