2019/09/26 - 2019/09/26
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frau.himmelさん
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9月26日、パリ市庁舎近くのホテルを2泊した後、モンマルトルに2泊します。
ホテルチェックアウトギリギリまで、コンコルド広場、チュイルリー公園、そしてバスティーユ広場などを駆け足で観光し、モンマルトルのホテルへ向かいました。
モンマルトルといえば丘ですね。
起伏の多い地形を登ったり降りたりと、70代シニア夫婦にはちょっと堪えます。迷わずシニアの心強い味方、プチトランに乗ります。
私は歴史上の有名人・著名人のお墓参りをするのが好きです。いわゆる「墓マイラー」ですね。
「墓マイラー」とは、
歴史上の人物や著名人の墓を巡って、故人の足跡に思いをはせる人」。
また、「もう手が届かない歴史上の人物の墓の前に静かに立つ・・、時空を超えて先人の声なき声に耳を傾ける・・、それだけで歴史上の人物がとても身近になった気がする・・・」。
この言葉にすごーく共感します。歴史上の人物の「追っかけ」です。
これまでヨーロッパでもいくつかの墓地を訪れていますが、ここパリでは「モンマルトル墓地」で歴史上の人物の追っかけをいたします。
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パリ市庁舎近くのホテルをチェックアウトして、今夜から2晩宿泊するモンマルトルのホテルへ。
ホテルは地下鉄12番のラマルク・コーランクール駅のすぐそば、まさに写真右手の建物の中にあります。
しかし、朝晩、この階段を登るのは大変でした。 -
まだチェックインにはちょっと早いので、荷物を預けてモンマルトル観光にでかけます。
12番のメトロに乗りピガール駅で2番に乗り換えて、ブランシュ駅まで。 -
下車して、地上に出たら目の前には有名なあのムーラン・ルージュが。
映画の「フレンチカンカン」などでも有名なキャバレーですね。
ちゃんと屋根の上には赤い風車が乗っかっています。 -
私たちの目的は、プチトランに乗ること。
モンマルトルと言えば丘ですね。
徒歩で、起伏が激しい地形を坂を上ったり下りたり・・、ヘタレなシニアにはNGです。
最初からシニアの強い味方、プチトランに乗ろうと思っていました。
プチトランはここブランシュ広場から出発します。 -
トランが到着するまで周りをキョロキョロ。
あの紙のように細いビル、中はどうなっているのかしら?
台風が来たら揺れないのかしら? -
広場の前にはパリのスーパー、モノプリが。
この広い通りはクリシー大通り。 -
プチトランが到着しました。
運転手からチケットを買って乗り込みます。一人6.5ユーロ。
さて出発です。
私たちが出た後の広場には若い子たちがびっしりと場所を埋めました。
次の観光バスか何かを待つグループでしょうか。 -
これがプチトランのコースです。
左下①のブランシュ広場からスタートしたトランは矢印のように進み、②のテルトル広場で休憩し、またスタート地点に戻ってきます。
約40分ほど。
ネットよりとった地図なので、画像が粗くて申し訳ありません。 -
私たちを乗せたプチトランはムーラン・ルージュの前を通り・・・。
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いかにもパリっ子が好みそうなオシャレなカフェを右折し・・・。
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白い色の蒸気機関車の形をしたプチトラン、結構満員です。
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橋の下に見えるのはモンマルトル墓地。
多くの有名な芸術家が眠っています。
後ほど訪れます。 -
並木道が美しいコーランクール通り。
私たちのホテルはこの近くにあります。
下の写真、大きな丸いタンクみたいなものはゴミ箱でしょうか。
所変わればゴミ箱の形も違います。 -
緩やかな階段を登り、も一つ階段を登ると、その上にあるものは?
オシャレなパリジェンヌや、階段を登っている観光客が、私たちが乗ったプチトランをにこにこしながら見ています。 -
階段をのぼると・・・。
モンマルトルの丘の上にスクッと聳えたつ、白亜の聖堂サクレ・クール。 -
有名なサクレクール聖堂前の大階段。
人が溢れかえっています。 -
プチトランはこの石畳のガタゴト道を走るのです。
結構揺れるし、坂道が多い。
これに乗って良かった~。 -
テルトル広場で停車しました。10分ほど休憩時間があるようです。
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その間に私たちはテルトル広場を散策します。
パリの下町っぽい雰囲気が漂うテルトル広場。
ここにも大勢の観光客で溢れています。 -
赤いテントがオシャレなカフェや、土産物屋さんが並んでいます。
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いろんなお店がありますが、その中でも一番多いのが観光客相手にパリの風景画などを売る小さなスタンド。
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魅力的な絵がいろいろありますね。
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そしてもっとも多いのが似顔絵かき。
子供たちが似顔絵を描いてもらっています。
私にも「絵を描きますよ」と日本語で囁いてきた絵描きさんがいました。 -
お土産やさん。
パリの風景が描かれたプレート皿、フレンチカンカンとか、アブサンとか。
その中になぜにクリムトの「接吻」が? -
あちこちに画板片手の客引きの似顔絵描きさんが何人も、獲物を探して鵜の目鷹の目です。
許可証を持っている絵描きさんは安心ですが、モグリの画家もいて、ボッタクリの危険もあるので気を付けて。
さあて、そろそろ時間です。プチトランに戻りましょう。
サクレクール聖堂が顔を覗かせています。 -
プチトランが待っています。
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再びプチトランに乗ってテルトル広場を後にします。
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モンマルトル美術館の横を通り・・・。
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メゾン・ローズ。
かつてユトリロが住んでいた場所。 -
モンマルトルのぶどう畑。
ここではパリで唯一パリ産のワインが造られます。
毎年10月には収穫祭が行われるそうです。 -
結構な急な勾配です。
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石畳の路地を抜け・・・。
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YAMAHAがあります。
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コーランクールの通りに出ました。
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SUSHI、SASHIMI、YAKITORI・・・、日本料理やさん?。
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ここにも。
Tokyo、日本料理 -
ここは「YOKOSO」SUSHIですって。
日本のお店が多いわね、ここはリトル日本人街なのかしら?
夫、「たまたまだろう。」
全く、つまらない返し。
感動も何もあったものじゃないわ。 -
「HALLE SAINT PIERRE」美術館でしょうか?
アール・サンピエール美術館 -
あれ、またサクレクール聖堂?
反対側の聖堂への入り口です。
左端に見えるメリーゴーランドの観覧車の横から聖堂へ登るケーブルカーが出ています。 -
プチトランは、小路の奥にあるカフェでまったりする人や、散策している人の横を走り抜けます。
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この坂道を一気に降りたらそこはクリシー通り。
終点のブランシェ広場までまもなくです。 -
プチトランは休憩時間も含めて40分ほどでフレンチカンカンのムーランルージュ前に到着しました。
さて、次の予定地はモンマルトル墓地。
ブランシュ広場から徒歩10分くらいです。 -
私は歴史上の人物、有名人、著名人のお墓詣でに興味があります。
今までウィーンの中央墓地、ベルリンのグリム兄弟が眠っている墓地、ボンの旧墓地など何度か訪れています。
今回はモンマルトル墓地にやってきました。 -
1825年に造られたモンマルトル墓地。
博物館のような豪華なウィーン中央墓地に比べるととても質素な墓地です。公園のよう。
多くの芸術家が集ったモンマルトル、ゆえにここには多くの芸術家たちが眠っています。 -
最初に出迎えてくれたのはこのアールヌーボー様式の小さな礼拝堂(らしい)。
花崗岩の赤い色が目を惹きます。 -
階段の横に小さなパネルがひっそりと。
よ~く見ると、「えっ、フラゴナール!?」。
あのロココ調の画家、私もよく知っているあのフラゴナールなの?
あの有名なブランコの絵を描いた画家ですよね? -
ジャン・オノレ・フラゴナール(1732-1806)。
「ぶらんこ」1767、ルーブル美術館所蔵。
自由奔放にブランコに揺られている女性のスカートの中を覗いている男性(笑)。絵はネットよりコピー。
近くにお墓が見つからないと思ったら、フラゴナールのお墓は今はなく、墓があった場所にプレートが飾られているだけだとか。
それにしてもロココの大画家の名前がさりげなく掲示してあるだけなんて、さすがモンマルトル墓地。 -
ちょっと行った先には、
フランスの大作家 エミール・ゾラ(1840-1902)のお墓。
「居酒屋」などの著作で有名。
画家のポール・セザンヌとは子供のころよりの親友、しかし後に絶好する。 -
エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)フランス、ロマン派の作曲家。
彼が作曲した「幻想交響曲」は私の大好きな曲です。 -
凄いですね。著名人のお墓がこんなに簡単に見つかるなんて。
落葉を敷き詰めた墓地。
この中にもお宝(笑・著名人のお墓)が隠れていそうで、無碍にできません。 -
ここはどなたの?
碑銘に彫られた紋章がなにやら気になります。
調べてみたら、ジャン・レオノール・フランソワ。
ナポレオン時代の将軍だそうです。 -
お顔が浮彫のこの人物も気になります。
Endre Rozsda(1913-1999)
シュールレアリズムの画家。 -
やっぱり日本のお墓とは違いますね。
この中にもきっと有名な人のお墓が・・・、
なんて話していると、東洋系の女性が「どこを探しているの?」って英語で話しかけてきました。
そしてスマホで彼女が撮ってきた写真をあれこれ嬉しそうに見せてくれる。やはり墓マイラーの気持ちは世界共通なのですね。
彼女は中国から来ていると言っていました。 -
女性が悲し気に寄りそっているお墓。
さっきの中国の彼女の写真にもありました。
ジャン・バティスト・グルーズ(1725-1805)
宮廷風俗を描いた同時代の他の画家と違い、市民生活に題材を求めた風俗画を多く描いた。 -
ハインリッヒ・ハイネ(1797-1856)。
ハイネってドイツの作家ではなかったの?
ドイツ旅行で彼の名は度々目にしました。
しかし彼の著作が政治批判になるとしてドイツ当局より睨まれるようになり、フランスに移住しました。
「ローレライ」は彼の詩にジルヒャーが曲をつけたものでした。
ナチス時代には、ユダヤ人である彼の作品は焚書の対象になりましたが、「ローレライ」だけは免れています。
そう言えばチュービンゲン旅行記でそんなことを書いた覚えがあります。 -
ジュール・サイモン(1814-1896)政治家、哲学者。
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屋根付きの立派なお墓が並んでいる一画。
-
Charles Zeuner:チャールズ・ツォイナー(1759-1857)。
ドイツ生まれオルガニスト、ピアニスト。
しばらくドイツで活動していましたが、1839年アメリカに渡り、ボストンやフィラデルフィアで活躍しました。 -
「ALEXANDRE DUMAS」という文字を見つけました。
天蓋付きの立派なお墓です。
アレキサンドラ・デュマ・フィス(1824-1895)。
フランスの劇作家、小説家。代表作に「椿姫」がある。
父親は「モンテクリフト伯」や「三銃士」などの当時のベストセラー作家のアレクサンドラ・デュマ。
同名の父親と区別するために「フィス(息子)」が付けられる。 -
眠っているように横たわっているデュマ、天井にも飾り付きの文字や絵が彫られた豪華なお墓です。
「椿姫」の主人公であり、デュマの恋人だった高級娼婦マリー・デュプレシの墓も同じモンマルトル墓地の中にあります。 -
先に階段で下に降りた夫が私を呼びます。
ここはデュマのお墓より一段低くなっている区画です。
ベンチに座ってのんびり寛いでいるシニア夫婦やゆっくり散策している二人連れ。
ごった返すパリの人気観光地もいいけど、静かな墓地もなかなかいいものです。 -
夫はニジンスキーのお墓を見つけて私を呼んだのです。
バーツラフ・ニジンスキー(1890-1950)。
ロシアのバレエダンサー、振付師。
彼の代表作「ペトルーシカ」の扮装をしてお墓の上に座っています。
お墓にはニジンスキーのファンの方でしょうか、お花を飾っていました。 -
案内図を見るとニジンスキーの近くに「ギュスターヴ・モロー(1826-1861)」のお墓があるはずだと探したのですが、見つけられず。
写真をよく見たら、隙間から後姿のモローのお墓が写っていました。 -
これがモローのお墓を正面から見たもの。
間違いないですよね?
ネットよりお借りしました。 -
立派な美しいお墓を見ると、もしや著名人の・・?と思い、ついシャッターを押してしまいます。
-
美しい女性が嘆き悲しんでいる姿は絵になりますね~。
-
こちらは男性の裸。ロダンの考える人のポーズに似ている。
ジャン・バシュ(1906-1995)。
ムーランルージュのディレクターであり、経営者でした。 -
も一つ男性の裸。
オットー・クラウス(1936-2003)のお墓。
ドイツ生まれのニナリッチのデザイナーで絵画蒐集家。
オルセー美術館やルーブル美術館などに収集した絵画を寄贈している。 -
このお墓にはお花がいっぱい飾られています。
最近ご不幸があったのかしら?
なんて思いながらふと隣の黒大理石のお墓を見ると・・・。 -
なんと日本語の詩と桜の花びら。
「桜花 ちりても永遠に 美しき」
異国の地に骨を埋める決心をしたとはいえ、やはり遠い故郷日本の桜が思い出されるのでしょうね。 -
30区画にスタンダールのお墓があるはずなのですが、どこにあるのでしょう。
近くのまだ真新しいお墓の、黒いプレートの文字が気になりました。
「Hommage、オマージュ」。
ドイツ語の「Erinnerung:思い出、記憶、追想」のようなものかと思いましたので。
そして、Casimir OBERFELD(1903-1945)のことを調べていくうちに大変興味深い事実が判りました。 -
Casimir OBERFELD(1903-1945)。
ポーランド生まれのフランスの作曲家。
オペレッタや映画音楽を数多く出した人気作曲家でした。
しかしナチスのフランス侵攻により、ユダヤ人の彼はSS(親衛隊)に捕らえられ、アウシュヴィッツ強制収容所に送られました。
1945年、敗戦が色濃くなり追い詰められたドイツは、収容者を他の収容所に送ることにしました。いわゆる「死の行進」です。
オーバーフェルトは寒さと飢餓のため、その途中で力尽きて亡くなります。そして多くのユダヤ人と共にチェコの田舎の共同墓地に埋葬されました。
ところが彼の腕にはユダヤ人識別の刺青があったため、彼の息子が父親の墓を見つけ、遺骨(?)は2016年5月にモンマルトル墓地に移されました。
ここにもホロコーストの犠牲者が・・・。 -
そういう興味深い歴史を知ることができるのも墓マイラーの醍醐味。
さて、スタンダールはどこ?
さんざん探したけど見つからない。
仕方がない、諦めて帰ろうとしたところへ、先ほどの中国人の女性とまたばったり出会った。
そして彼女は、見て見て!と嬉しそうにその後にスマホで撮ったお墓の写真を見せてくれた。その中になんと「スタンダール」のお墓があるじゃない。
「これどこで!?」と言ったら彼女、こっちこっちと私たちを案内してくれた。 -
ここまで私たちを連れてきて、彼女は再び獲物(笑)を探しに出かけた。
なんか面白い彼女でした。
同じアジア人と言うことで親近感を持ってくれたのでしょうね。
スタンダール(1783-1842)。フランスの作家。
本名はMarie Henri Bayle(マリ=アンリ・ベール)。
代表作は「赤と黒」「パルムの僧院」など。 -
彼の墓銘碑には
ミラノ人 アッリゴ・ベイレ
書いた
愛した
生きた
とあります。
陸軍少尉であった彼はイタリア遠征に参加し、それ以来イタリアを大変気に入り、第二の故郷と思っていたようです。 -
スタンダールのお墓の近くに日本の画家「荻須 高徳」のお墓があると調べていました。
しかし探したけど見つけられませんでした。
さすがに足が疲れました。そろそろ帰りましょう。 -
この立派なお墓には画家のフェイエン兄弟が眠っています。
兄:ジャック=ウジェーヌ・フェイエン(1815-1908)
弟:オーギュスタン・フェイエン=ペラン(1826-1888) -
モンマルトル墓地入り口。
-
参考にした有名人墓地名簿
-
参考にした有名人のお墓の区画番号。
まだまだ探したい有名人のお墓がありましたが、墓地が広すぎて回り切れませんでした。 -
モンマルトル墓地より再びムーランルージュの前のブランシュ駅に引き返し、隣駅のピガール駅で2番トラムに乗り換えて、ホテル最寄りのラマルク・コーランクール駅へ。
本当はそんな面倒くさいことしなくても、墓地からホテルまでそんなに遠くなかったのですが、ヘタレなシニア夫婦は少しでも歩くのを節約します。 -
ホテルのフロントに預けていた荷物を受け取り、お部屋でしばらく休憩したら夕食に出かけます。
-
先ほどプチトランの中から眺めたコーランクールの並木道。
近くに適当なレストランはないかいら? -
このレストランにします。
皆さん楽しそうな雰囲気。
しかしテラス席は一杯で座れませんので中に入ります。 -
飲み物は、夫はなぜだかワイン?
私は疲れて珍しくアルコール拒否、コーヒーにします。
そして後ろの黒板のメニューとにらめっこして・・・。 -
夫は魚が食べたいと、店員さんと相談して選んだものがこれ。
鯛に似た白身魚のソテーに、付け合わせはキッシュのようなもの。
これにサラダ付き。 -
私はハンバーグみたいなものの上にチーズをのせてトロリとしたもの。
美食の都パリの豪華料理にはほど遠いけど、私たちにはこれで十分です。 -
店内に飾ってあったパリの風景画。
ホテルに帰ってテレビを点けてはじめて、シラク元大統領の訃報を知りました。
☆★☆
今年最後の旅行記書き納めです。
皆様、一年間私の拙い旅行記をご覧くださりありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
それでは皆様、良いお年をお迎えください。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- mistralさん 2019/12/30 15:03:14
- 墓マイラー
- himmelさん
こんにちは。
今年も残りわずかとなりました。
今年最後となりましたhimmelさんの旅行記は墓マイラー編。
モンマルトル墓地巡りでした。
以前、私もモンマルトル墓地へと思いつつ、モンパルナス墓地を
訪れた記憶があります。
たまたまホテルから近かったので急遽変更したのでした。
やはり有名人のかたが多く眠っておられました。
墓地歩きをしていますと、旅行記にも書かれていましたが
立派なお墓、生花が飾られたお墓などに出会い、どんな方が?と
後で調べてみたくなります
himmel さんは、そのまま放置されずに旅行記に仕上げられていて
私も見習わなくてはと思った次第です。
今年もたくさんの方の旅行記を拝見して、私の知っている地は
ほんのわずかにすぎないことを実感しています。
この先も出来るだけ自力で旅ができるよう、お互いに体力維持、
こころも健康でいられるよう、頑張りましょう。
来たる年も、どうぞ宜しくお願い致します。
台湾、高雄にて mistral
- frau.himmelさん からの返信 2020/01/01 02:48:55
- あけましておめでとうございます
- あけましておめでとうございます。
mistralさん、年越しは台湾ですか。羨ましい〜。
自宅で迎える正月ですと、年末年始は主婦にとって忙しいものと相場が決まっていますので、一度くらい外国で正月を過ごしてみたいです。
29日昨年最後の旅行記を仕上げて、お正月の買い出し、大掃除、おせちの支度・・・、紅白歌合戦を見て、年越しそばを食べて、さきほどやっと主婦業から解放されました(笑)。
mistralさんは、スペイン旅行記をちゃんと年内に仕上げて台湾にご旅行にいらっしたのですね。きちんとした性格が偲ばれるようです。
さて、mistralさんもモンパルナスの墓マイラーをなさったのですか。あそこも有名な芸術家のお墓がたくさんありましたでしょう?
実は私もモンパルナスにも行きたかったのです。
しかし日程と体力のことを考えて、ホテルに近かったモンマルトルを選びました。
機会があればモンパルナスの方にも一度は行ってみたいです。
mistralさん、お時間がありましたら、モンパルナス墓地のことを旅行記で発表してください・・・。
と言いつつmistralさんのお部屋を拝見しましたらパリ旅行記をたくさんアップしていらっしゃるのですね。今度ゆっくり見せていただきたいです。
本年もmistralさんにとって素晴らしい年でありますように。
台湾旅行楽しんでください。
himmel
-
- ペコリーノさん 2019/12/30 12:44:55
- 2019年お疲れさまでした
- frau.himmelさん、こんにちは
2018年の旅行記を楽しんでいたら、なんと秋には再びヨーロッパへと、素晴らしい行動力のhimmelさん、そして旅行記もしっかりと調べて作った力作ですね。
フランス、パリには行ったことがありませんがさすが芸術の街。お墓も芸術家が沢山です。
私もそろそろシニアの仲間入りですが、旅に無理は禁物。あらゆる乗り物を使って省エネで行きましょう!とにかく元気に行って帰って来るのが一番ですから。
これからもfrau.himmelさんのご活躍とご健康をお祈りしています。
よいお年を!
ペコリーノ
(帰省中の新幹線の中より)
- frau.himmelさん からの返信 2020/01/01 02:41:09
- あけましておめでとうございます
- ペコリーノさん、あけましておめでとうございます。
いよいよ2020年の幕開けですね。
いま、富士山の見える故郷でお正月を迎えていらっしゃるのですね。
富士山、きれいでしょうね。
私はいっぱい旅行記を書き残して2020年に突入しました。
2018年のシニア3人旅が途中まで、2018年7月に孫を連れて行ったドイツ・オーストリアが全く手つかず、現在取り掛かっている2019年秋旅もまだ始まったばかり。
今年も旅行記作成に追いかけられる忙しい年になりそうです。
ペコリーノさんがシニアの仲間入り?ウソでしょう。
どこでも歩いていらっしゃるし、高い塔もものともしない行動的なペコリーノさんの旅行記を拝見して羨ましいと思っていました。
でも今回、楽をしようとプチトランに乗りましたが、乗り物に乗っていては見れない肝心なところを見過ごしてしまい悔しい思いをしたことも。
今年も旅の計画を立てていらっしゃるのでしょうか。
2020年もペコリーノさんにとって素晴らしい年になりますように。
本年もよろしくお願いいたします。
himmel
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