1990/09/10 - 1990/09/15
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milouchatさん
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8月29日から9月15日まで約3週間 DSTの (半?) 自由旅行。
航空券とパリ、ローマ各1泊のホテル、そして
カイロ4泊のホテルのみが付いたツアーで、
パリからローマは自力で移動するのでユーレイル・パスも購入。
まずはパリに5泊し夜行でヴァネツィアに行き3泊、
同じく夜行でローマに行き3泊、そして飛行機で
カイロに飛んだ。
相変わらず、いくつかのトラブルはあったが
無事カイロに到着。 カイロでもトラブルはあるのか?
もちろん写真は大スフィンクス。
補修工事中のようだったが、
スフィンクスも猫科かな?
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
客は 2人だけなので
ホテルまではタクシーで -
タクシーからの風景。
高層とまでは言えないが中心部には
そこそこ高いビルも多い -
同じくタクシーから。
水道管だろうか… 右のドラムは電線用だが、
カイロの上水道普及率は ほぼ 100%らしいが
下水道は発達していない。
理由は簡単で年間降水量が 25mm 程度のため
道路や家に雨水の排水設備を付ける発想がないから。
だから使用した汚水が家の周りに溢れたりもするとか -
ホテルは過去のツアーで泊まった中では最高クラスで
今はないギザのルネッサンス・ホテル。
これは食堂からの眺めだが、プールの向こうに見える
2階建てのバンガロー風 (?) の建物は客室の一部 -
Cabanas とあるが
カバナとはコテージタイプの客室のことで
いわゆる廊下はなく部屋から直接外に出て
ビーチやプールに出られる構造。
表示は 905-925 まであるが、多分 900室も
あるわけではなくブロック 9 の意味だろう。
いずれにしろ敷地は広大で部屋数も多く
敷地内に小さな動物園まであったが…
ちなみに周知のようにアラビア語は右から左に書く。
数字だけは左から右だが、やはり全体の書き方は右からで、
911-925 のアラビア語表記は 925-911 になり
右から 911-925 と読む。 何か変… -
部屋自体は安い部屋だからか普通で
豪華とは言えないがバルコニーから
遠くにピラミッドが見えた
[なお写真の日付が 2001年になっているが
PCに取り込んだときの日付のようです] -
バルコニーと言っても
こんな感じで団地みたい? -
食堂も かなり広かったが
当然ながら宿泊客は西洋人ばかり
(まだアジアからの団体は少ない) -
プール側から見た食堂。
もちろんプールで何度か泳いだ。
夜にはプールサイドに楽団が出て
ベリー・ダンスもやっていた (もちろん無料) -
ロビーの一画
-
滞在中に3回も結婚式があり
夜のロビーは楽器の伴奏が派手でやかましい。
(ラッパ系が多い)
このホテルで式をする金持ちが多いらしい -
市内への移動にはホテルの無料シャトルバスが
利用できるが、最終が 7時半と早く僕には帰りは使えない (?)。
そこでホテルでタクシー代の目安を訊いておいた。
とにかく渋滞が激しく、クラクションが鳴りっぱなし -
さてカイロと言えばのピラミッド
右はクフ王、左はカフラー王、
前にスフィンクスも見える。
ツアーに市内観光は付いていないが
ピラミッド観光だけは付いていた。
ビデオでは空港から直接行ったような感じだったが
時間的に変なので翌日かもしれない… -
ラクダや馬に乗る誘いがシツコイが無視
-
左がクフ王のピラミッドだが
近づくと稜線 (?) が直線ではなく工事現場みたい -
真ん中の穴 (?) が本来の入口だが
観光は盗掘のため空けられた下の穴から -
もちろん中に入ったが、ガイド付きではなく
チケットだけを渡され自分で入る -
全部ではないが、
こんな通路を中腰で歩くのは結構きつい -
これも有名な観光地の考古学博物館。
(1997年にはこの前で観光客を狙った
テロがありましたね…)
ここには1人で入った。 同行者とは
一度だけ確かヒルトン・ホテルで
一緒にビールを飲んだ以外は別行動。
イスラム圏でも米系ホテルなどではアルコールもOK -
出てきたチケットによると、ピラミッドも
博物館も4ポンド (当時のレートで 400円弱)。
ピラミッドの整理番号は本家 (?) アラビア数字で
286221 ですね、
博物館の整理番号は、いわゆるアラビア数字、何で違うの? -
以下は毎度のブラブラ歩きで観光地ではないので
場所が どこかは分からない。
これは街に出て初めて口にしたミント・ティーだろうか、
冷やし飴 (?) のような飲み物。
大手のツアーでも お腹を壊す人が多いらしいが
ガラスのコップはバケツの水ですすぐ程度で
衛生的ではないが、僕は気にならない。
それどころか、街角に飲料用の甕が置いてあり
アルマイトのコップがぶら下がっている。
その水も飲んだが別に何ともなかった。
ただ、水が生ぬるくて不味い。
たまたま見つけた自動車修理の店に
ウォーター・クーラーがあり
誰でも飲めるようなので飲んだが
とにかく暑いので冷たさが何よりだった。
(博物館にもウォーター・クーラーがあり、
冷たいのでペットボトルに入れた) -
ついでに、買ったペットボトルのラベル。
一応フランスの Vittel 提携のようです -
店先に果実が吊してある
ジュース・スタンド (?) があったので入る。
なぜか客は女性ばかりだった。
何も考えずに入ると男子禁制だったりするから
要注意。 モロッコ、タンジェの映画館で
女子トイレに入りかけ怒鳴られたことがある -
店内から。 やはり冷たくて
絞りたてジュースはおいしかった -
もちろんエジプトはイスラム圏だが
観光地でもあり街を歩いても
それほど強くイスラム色を感じないが
当然 真面目に外でお祈りをする人もいる -
雑貨店?
こんな店は結構あった。
多分コンビニやスーパーはまだないはず -
映画の宣伝かは分からないが
大看板が並んでいる -
自転車でパンを運んでいる。 見事なバランス…
ちなみにエジプトはパンの発祥地らしい。
奥の店に吊しているのは豚のようにも見えるが
ムスリムは食べないはずだから違うかな… -
上はハト、2番目はウサギ、
一番下は確か亀。もちろん食用 (?) で
ペット・ショップではありません -
道ばたの古本屋さん。
駐在員のものだったのか
日本語の参考書とかも含まれていた -
分かりにくいが車の向こう (少し左) に
トラ猫が寝ている。
比較的高級なザマレグ地区のどこか -
有料公園があり、何となく入ってみたら
猫が数匹いる -
許可を得て撮ったが、下に黒猫がいる。
猫は神の使いだったからか、結構見かけた -
目的もなく歩き回った街のどこか。
自転車やバイクを修理する店が集まっていた -
その一画をブラブラ歩いていたら
休憩中の男たちが手招きをするので近寄る。
後ろに立っている男だけが片言の英語を話す程度で
会話は成り立たないが、ミルクティーをご馳走してくれた。
(もちろん水タバコを吸っているのが僕。
最初の一口は結構 強く吸う必要がある)
別の日にも偶然同じ場所を通ったら
また呼ばれ、またまたミルクティーを飲ませてくれ
金を払うと言っても受け取らない -
これは有名観光地だが
当然 カイロ・タワーにも登ることに -
カイロタワー入り口。
ある意味で当然だが、エジプト人と
外国人観光客とでは値段が違う -
料金は3ポンドになっている。
エジプト人は2ポンドか1ポンド -
タワーからの眺め、多分北方向
-
同じく。 少し右の北東方面だろうか…
-
"ナイルのほとり" にも降りてみた
-
オールド・カイロ行き乗合船の船着き場があった。
もちろん住民の足 (?) で観光客用ではない -
乗合船内部。
面白いのはライフベストの設置数が
定員の半分もなかったこと (堂々と掲示) -
乗合船からの景色。 一応ナイル川クルーズです。
2つの尖塔 (ミナレット) が見える。 川に近いから
モハメド・アリ・モスクではないと思うが…
船は途中 3,4 箇所に止まった -
オールドカイロで見つけた公衆電話だが
日本製のような気がする -
もちろんオールド・カイロにも猫がいる
3匹かな? -
オールド・カイロの
かなりディープな場所に入り込む -
オールド・カイロにも観光名所はあるだろうが
何も調べていない。 まあこんな所を歩き回る
観光客は少ないだろう -
キリスト教 (コプト教?) の教会があったが
改修工事中で使われていない -
クーポラじゃないよ、
雨が降らないからいいが
屋根は壊れ空が見えている -
この建物も廃墟みたいだが
シーツを干しているようなので現役ですね -
こちらは帰りに乗った地下鉄車内。
オールド・カイロには地下鉄でも行けるようだったが、
当時の駅にはアラビア語表示しかなく行き先も料金も分からず、
とんでもないところに着いたら困るのでやめた。
オールド・カイロは何となく気に入り2日続けて行った。
帰りなら確実に市内に戻れるだろうと帰りは
地下鉄にしたが料金も分からないので、切符売り場で
並んでいる人に、誰か英語を話せる人は?
と大声を出し、教えて貰った料金 (金額は忘れた) を払った。
ところが翌日行くと切符売り場で高い料金を言う。
(言葉は通じないが) 昨日はこれだけだったと
文句を言うと渋々切符を売ってくれた。
ちなみに電車はフランス製で車内には英語表示もあった -
アラビア語だけなので合ってるか分からないが
上は2枚あるから乗合船の切符 10ピアストル (10円ほど)。
下の2枚は何のチケットか不明 (15と 10ピアストル)。
ちなみに、さすがにバスには乗らなかった。
行き先や料金が不明なのはもちろん、
バスは停留所に停車しない??
速度を落として徐行はするが
動いたままで乗り降りする。
そのせいかは知らないが松葉杖の人を結構見た -
さて、どこの街でも時間さえあれば映画館に行く。
もちろんカイロやモロッコでは雰囲気を見るためだけで
1日に何本も見るわけではない。
1本目に見た映画館 Radio だが
見ての通り場末 (?) の小さな劇場なので
切符売り場の表示はアラビア語のみで
料金も上映時間も分からない。
(もちろん英語は通じない)
看板には英語題があり、トロイ・ドナヒュー主演の
「デッドリー・プレイ/地獄のプラトーン<未>」
のようだが何も覚えていない。
●映画館の場所が判明した。
Haret Al Bosti, Marouf で
1948年オープン、2000年代に一度閉館したが
改装され再開、立派な劇場に変身している。
( map に場内の写真も出ている) -
アラビア語の字幕があるので
吹替ではなかったようだ -
2本目に見たのはエジプトの巨匠
ユーセフ・シャヒーンの
「アレクサンドリア 今も昔も」
英語のビルボードがあるように割と大きな劇場。
●これも場所が判明
35 Talaat Harb で 1940年オープン 1947年爆弾テロで休館、
1978年には英国の Princess Alexandra of Kent が
『ナイル殺人事件』のプレミアに出席している -
内容は覚えていないが、英語字幕があるので
大体の話は分かった。
監督自らが映画監督を演じる映画界ものだが
ボリウッド映画のようにダンスや歌が何度も出てくる。
『雨に唄えば』のパロディ (?) もあった -
映画が終わった劇場内。 映画館を出るとき
映画を見ていた若い男が話しかけてきた。
映画館でアジア人は珍しいかららしい。
自称、演劇を勉強している大学生で
歩きながら話していると、(またしても?)
地元民しか行かないハエが飛び回っている小さな食堂に
連れて行かれ、カウンターで食事したが、なぜか食事代を
僕に払わせる。 いずれにしろ日本円で数百円もしないし、
奢ってやった。 ここで食べたカブラ漬けのようなものは
非常においしかった。
帰りはホテルまでタクシーで帰るというと、ぼられるから、
捕まえてやると交渉してくれる。
(料金は忘れたが) あらかじめホテルで訊いてきた料金と
同じだった3台目ぐらいに乗る。
ところが、彼も途中まで同乗し 彼が降りるとき
運転手も降りて、ある店に入って行く。
どうやら僕が渡した紙幣を両替したらしく
彼に半分 (?) の金を渡したようだ。
もちろん彼らの会話は分からず状況も分からないが
車は走り出し無事 (?) ホテルに着いたが
運転手は、さらに同じ額を要求する。
要するに、例えばタクシー代が 1,000円だとして
1人分が 500円、そこで僕が渡した 1,000円を両替し
500円は彼の分として受け取ったので残りの 500円を
僕に払えと言うことのようだ。
言葉は分からないが運転手が嘘を言っているようには
見えなかったので、さらに 500円払った。
そんなわけで、彼に騙された (利用された? ) のだが、
たいした金額ではないし、どこの国にも
騙したり騙そうとする人もいれば
お茶を2回も奢ってくれる親切な人もいる -
上は Metro という映画館のチケットで
ライオンの絵があるから MGM 系列の劇場だろう。
作品名はないが英語表示もあるし『アレキサンドリア…』
のチケットのはず。15:15分の回を 125 ピアストラで見ている。
下はアラビア語だけなので分からないが、
上と同じようなスタンプが押してあるから
1本目のチケットで 100 ピアストラだったようだ。
No.034567 ストレートだ!
まあ、今回も "ちょっとした" トラブルは
いくつかあったが、無事 (?) 帰国しました。
古いパスポートが行方不明なのだが、
パスポートには持ち込んだビデオカメラの
製品番号が書かれている。
また見つかったら追加することに… -
パスポートが出てきた。
アラビア語なので何が書いてあるか分からないが
Victor 12211086 とビデオの製品番号が分かる。
もちろん入国・出国 2つのページに書かれている
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