1990/09/04 - 1990/09/06
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milouchatさん
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この年も8月 29日から9月 15日まで約3週間
DST (地球の歩き方?) の (半?) ツアー。
往復の飛行機とパリ、ローマ1泊のホテル、カイロ 4泊のホテルのみが
付いている。つまりパリ・ローマ間の移動ルートは個人の自由。
僕はパリに5泊した後、夜行列車でヴェネツィアに向かった。
ヴェネツィアは 1974年、1986年に次いで3回目。
写真はアクア・アルタのサンマルコ寺院。
アクア・アルタの時には臨時の橋 (?) が設置される。
もちろん一方通行なので出口にも橋があり、
写真はそこから撮っている。
アクア・アルタは秋から冬に起きることが多い
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
パリ、リヨン駅構内、ヴェネツィアに向かいます
-
乗ったのは この列車。
手前は2等寝台 (喫煙車) だが、
もちろん僕は寝台車ではなく普通座席の自由席。
ユーレイル・パスを持っているので追加料金は不要 -
19:32分 17番線の発車です
-
でも行き先は 旧ユーゴのベオグラード!!
Simplon Express (これもオリエント急行の一種です)、
陸続きのヨーロッパならではの国際列車。
リヨン駅を出てディジョンからローザンヌや
ミラノ、ヴェローナを経由、ヴェネツィアは
サンタルチア駅には行かずメストレまで、
そしてトリエステから旧ユーゴスラヴィアに入る。
(途中で行き先別に切り離したりする場合があるので
乗る車両を間違えると大変なことに)
この頃はトーマス・クックの時刻表が必需品と言えるが
僕の場合は大して移動しないので駅の時刻表で済ませる。
だって重いもの… -
コンパートメント式なので片側は通路 (廊下)。
昔はタバコは廊下で吸った。
コンパートメント内でも吸えるが
他の人の迷惑を考えて… -
早くもヴェネツィアが近づいてきた、
もちろんメストレで乗り換えた本島行きの列車からです。
3回目だし『旅情』のヘップバーンのように興奮はしないが
初めて来た 1974年には興奮したかも… -
名前も料金も不明だがサンタルチア駅近くの安ホテルに泊まる。
見ての通りベッドしかない3畳ほどの部屋で窓もない。
まるで1か月ぐらい滞在しているかのように
所帯道具 (?) が散らかっている、3段の棚があるなんて、
ホテルらしくないね、クローゼットもなかったはず。
当然トイレ・シャワーは共用。
ちなみに 2000年以降は、たまにユース・ホステルに
泊まったが、それまで外国のYHに泊まったことはない。
YHは安いし英語が通じるし朝食も付き利用価値大だが
僕の場合は夜中の 12時過ぎに帰ることが多いことと、
人見知り (?) で他人との交流は苦手だから…
もっとも大昔の日本のYHのようにミーティングはありません -
まずは定番のサンマルコ広場に。 運河側から北方向。
サンマルコ寺院の左奥に見えるのは時計塔。
さすがに観光客が多い -
ぜひ左手の時計塔には登って欲しい。
『大運河』ラスト近くの格闘の場所、
僕は 1986年に登った… -
人同様ハトも多い
-
時計塔の向かい、寺院の西にある
大鐘楼の尖塔部分 -
満潮が近づき広場に水が溢れてきている
-
この写真はローマだとばかり思っていたら
ヴェネツィアだった Vittorio Emanuele II の騎馬像。
映画によく出るホテル・ダニエリの少し先 (東)です -
ドゥカーレ宮殿前から西方向。
遠くに見えるドームは大運河入口の
Santa Maria della Salute 教会。
やっぱり人が多い -
相変わらず記憶にはないが
ドゥカーレ宮殿にも入ったようで
チケットが出てきた。 5,000リラです -
これが Santa Maria della Salute 教会。
もちろんヴァポレット船内から。
確か3日間のパスを買ったはず -
やはり3日券を買っていた。
17.000リラ。 表には3日とあるが、
裏の説明を見るとヴァリデイトから
72時間になっている。ということは
(ほぼ) 4日間使えるね、でも少なくとも当時は
ほとんどチケットを見ないのでタダ乗りもできた。
なお2と28番及び市外のバスは不可とある。
(現在はバスも有効のようだ) -
ドゥカーレ宮殿と牢獄を結ぶ、かの有名な嘆き (ためいき) の橋。
"日没時にゴンドラで橋の下をくぐる時にキスすれば
永遠の愛が約束される" という Sunset Kiss の伝説がある、と
『リトル・ロマンス』に出てくるしウィキにもそうあるが、
多分 映画の創作で検索しても、そんな伝説は見つからない。
(だって、それを言ったのは映画でも前科者の常習詐欺師だよ!) -
これは大運河出口 (?) サンタルチア駅方面から
入った左手 Canal Venezia にある
Chiesa di San Geremia -
ヴェネチアといえばカーニバル、
カーニバルと言えばマスケラですかね -
多分 カーニバルで使う
装飾をこらした船が並んでいる -
どこだったか不明だが動物の像が並んでいる
-
これも 場所は分からない。
ヴェネツィアでは必ず (?) 迷子になる。
だって路地のような道ばかりで両側は
高い (?) 建物で見とおしがきかず
方角が分からなくなる。
さらに、例えばサンマルコ広場はコッチと
矢印があるが、同じ場所に左右両方向の矢印があったりする。
なぜなら どっちから行っても行けるから…
ちなみに初めてヴェネツィアに来たとき
壁に Senso Unico という青い矢印の看板があり
何かの建物の案内だと思い、あれがコッチだから…
と歩いていると、何度も出てきて方角が分からなくなる。
変だな? と思ったら…
一方通行の交通標識だった (もちろん船用の掲示) -
ヴェネツィアに橋がいくつあるか知らないが
足が不自由な人には大変な街。
分かりにくいが階段左の手すりが二重にある。
もちろん すべての橋ではないが
折りたたみ椅子の階段エレベーターが設置されている。
ただ 上りと下りで乗り換える必要があり、
面倒だからか使っている人を見たことはない -
David & Hiroshi と署名がある。
単に描いた人の名前なのか、
あるいは2人が住んでいる家なのか、
多分後者だろう… -
どこかの建物の上にあった飾り?
キリストさんのようです -
ヴェネツィア (イタリア) らしい洗濯物
-
ヴェネツィアでは少なくとも
Papageno、Trattoria Vittoria da Aldo、Trattoria Spaccanapoli 、
Ristorante Campo della Guerra、という店で食べているので
そのどこか。 物価が高く毎回 2,500円ぐらいは掛かっている -
Papageno のレシートが見つかった。
左端に Amadeus Hotel とあるが (なるほど「魔笛」ね)、
もちろん泊まったわけではなくホテル併設のカフェ。
実は店の写真もあるが省略…
というのは、昼時に歩いていたらカフェテラスに
日本人の女の子が2人座っていた。
何となく目が合い、同席してもいいかと聞くと
OKしたので一緒に食事をした。
何を食べたか覚えていないがサービス料 12%で 26,880リラ -
昼を食べた別の店の前、よく見ないと分からないが
道路の真ん中を堂々と猫さんが歩いてる -
次の瞬間、通り道の邪魔だと猫は商品台に飛び乗った。
すかさず店主が猫のお腹を持って下に降ろす。
ヴェネツィアは車が走らないからか猫が多い。
ということで、以下猫の写真を何枚か… -
どこかのレストラン、
客がいるのに、お構いなしで
猫が横で寝ているのが分かるかな? -
別の店でも猫好きの観光客が抱き上げる。
うれしそうな顔 (猫がじゃないよ) -
猫も のんびり我が物顔。
でも最近は観光客が多すぎるから
迷惑してるかも… -
何見てるの?
魚を狙ってる?
それとも物思いにふけってる? -
同じ猫ではなかったと思うが…
-
なぜか同じ種類の猫ばかり…
おとなしそうな猫 -
猫が2匹いる。 左の女性も猫好きらしく
何枚も写真を撮っていた -
猫の写真を撮る2人+1 (僕)
-
分かりにくいが、柱の上に猫がいる
-
これも分かりにくいが
猫が向こう岸を歩いている -
ゴミの山を狙っている猫、奥の方のゴミです
-
ゴミがあるのは…
ムラノ島の Chiesa di San Pietro Martire の東側、
つまり当然 本島以外にも行っている。
教会は 1348年に出来たが 1511年に建て替られ今の形に。
猫がいたのは手前のゴミの山 -
その Chiesa di San Pietro Martire 内
-
すぐ東側にある
元 Chiesa Santo Stefano 教会の時計台。
(まだ広場にガラスのオブジェはない) -
ムラノ島の目抜き通り?
Calle Bressagio -
ところで、この店に見覚えがある人はいるかな?
-
『旅情』でヴェネツィアン・グラスを買う
ロッサノ・ブラッツィの店です。
(もちろん実際に売ってる商品は違う) -
店から少し下がった広場 Campo San Barnaba だが
右の教会 Chiesa di San Barnaba も見覚えあるかな?
『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』では
図書館として使われていた (外観だけだが) -
そして、ここでヘップバーンは汚い運河に落ちる
(以上すべてロケ地として知っていたのではなく偶然撮っていた) -
Camp San Barnaba から反対側 (西) を見ると斜塔が見える。
この写真では傾きが分かりにくいが
Chiesa di San Giorgio dei Greci の斜塔です。
ヴェネツィアは街全体が水に浮いて (?) 建っているので
ほかにも傾いた建物はたくさんある -
次は恒例の (?) 映画館です。
Campo San Gallo 1097 にあった
Cinema Olimpia (現 Il Teatro San Gall)。
ここでは 5日にマーガレット・フォン・トロッタの
「L'Africana」 を 8,000リラで見た。
この作品はヴェネツィア映画祭の
オープニング作品。 映画祭は次の旅行記で… -
その Cinema Olimpia のチラシには
[東京のギンレイ・ホールや昔の佳作座のように
名刺より少し大きいぐらいの小さなもの]
料金は一般 5,000リラ、シニア 3,000、
何かの割引 (?) 4,000リラ。
チラシには Cinema d'essai とあり、
アート系映画館のようだが… -
7月と8月の番組表を見ると、
特にアート系とは思えない作品ばかり。
左上から『恋人たちの予感』『ドゥ・ザ・ライト・シング』
『ブラック・レイン』『ローズ家の戦争』
『シー・デビル』と続く。 黒澤の『夢』もあるね… -
Cinema Central (廃館)。
場所は不明だが上映中作品は
トニー・スコットの『リベンジ』 -
ポスターだけだが左の Calle dei Segretari 617
にあった Cinema Ritz (廃館)で
ホラー映画の 「Casa 5」 を 8,000リラで見た。
ポスター右は Central の『リベンジ』。
イタリアでは基本的に すべて吹替なので
あまり見る気にならない -
左に 「Casa 5」 のポスターが見える。
もしかしたら、左が映画館かもしれない…
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