上野・御徒町旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 上野にある東京国立博物館(東博)平成館2Fで開催されている御即位記念特別展「正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美ー」(~11月24日(日))の展示物、正倉院御物と少しの法隆寺宝物、の中にはそこにあしらわれた数多くのハート形を見ることができる(https://4travel.jp/travelogue/11555081)。しかし、これほど日本国内ではハート形が流行しているにも拘わらず、展示物にあしらわれたハート形の意匠に気付く人はおよそ皆無(https://4travel.jp/travelogue/11565621)である。富士山であれば、日本人であれ、外国人であれ、言葉が話せるようになれば認識できるようになるが、ハート形は抽象化されており、小学校に入って文字が読めるようにならなければ認識することは無理のようだ。<br /> 上野駅で下車したのは午後の3時である。平成館の待ち行列の最後尾には係員が60分の看板を持って立っている。先週の60分の時よりも列が短いので40分くらいのものだろう。その後、3:45頃にまた列の最後尾まで行くと50分となっている。列が随分と短くなっているので20分待ちといったところだろう。4:30と決め、その時間にまた列の最後尾に向かうと逆に列は20m程度長くなっており、それでも待ち時間は30分となっている。この表示通りに入館できた。<br /> 金曜日の夕方ということで、昼間とは客層が違うようだ。隣の男性はサラリーマンで出張だったのだが、直帰にして上野に来たのだという。今回の展示では多くのハート形が見られ、例えば、展示されている琵琶4面(御物が1面、他はレプリカ)では50個前後のハート形をがあしらわれている(https://4travel.jp/travelogue/11563333)ことを話すと驚いている。一般の人は戦後になって日本にハート形が入って来たと思っている人が多くいる。そして、東洋館のショップで買ってきた御即位記念「第71回 正倉院展」の図録(1,300円)をパラパラとめくって、「今回は上野で43件、奈良で41件の正倉院御物が展示されているが、どちらにもハート形があしらわれており、奈良時代にはハート形が流行ったのでしょう。」というと、驚いた顔をしたので、ざっと4,500年ほど前の縄文時代後期に福島県阿武隈地域周辺で誕生したと考えられているハート形土偶(群馬県吾妻郡東吾妻町郷原出土(重要文化財)縄文時代後期(前2,000~前1,000年)が有名)(https://4travel.jp/travelogue/11563862)があり、1,000数100年毎にハート形のブームがやって来て、昭和の終わり頃から平成にかけて、そして令和の今でもブームのさなかにあることを話すと納得している。そんな話をしていると後ろの女性も話に加わって来る。30分の待ち時間はハート型で大盛り上がりだ。<br /> 展示館内には親子連れも多く見掛ける。車椅子の人も見掛けるが展示物は車椅子よりもかなり上にあり、見辛らそうである。両親と一緒に来館していた若い女性が蘭奢待の前にいる。「明治天皇は蘭奢待のそこの部分を切り取った他にも、直刀を持ち出され、その直刀・水龍剣の刀装の金具には無垢の金でハート形があしらわれている。他の御物にはハート形があしらわれており、…。」と話すと、「見てきます。」と前の展示室に戻って行く。<br /> また、撮影エリアの模造琵琶の前を小学低学年の娘を連れた親子が通るので、あしらわれているハート形を教えると何個かのハート形を見付けてうれしそうにしている。会場を出ると、母親から御礼を言われた。エスカレータで1階に降りると、先ほどの両親と来られていた若い女性がおり、「混んでいたけれど戻って見てきました。」と、今回はハート形が見どころと教わり、本当に有意義で楽しい特別展を鑑賞できましたと何度も御礼を言われた。こうした御物にハート形があしらわれていることを伝えるのはここ東博の研究員や宮内庁正倉院事務所職員の任務であろうが、このことが入館者の全てに伝わっていたならば、この特別展ももっと有意義なものになったであろうに。残念なことだ。なお、写真撮影スペース内に写真撮影禁止区域を設定したことで苦情が多く、館外で待ち行列の案内をしている係員にもその余波が及んでいるという。<br /> 6時を回るとまた列が伸びて来くる。サラリーマンが並ぶ時間帯なのだろうだ。<br /> 結果、呉楽 呉女背子(図録26)、唐花文夾纈羅幡残欠(図録30)、フェルトの花氈(図録59)や紫檀木画槽琵琶(図録71)の背面にあしらわれた肉眼で見える大きな2つのハート形を目に焼き付けた。特に、紫檀木画槽琵琶はレプリカもないようで、次に見られる機会はないであろうか。<br /> なお、御即位記念「第71回 正倉院展」の図録には礼冠残欠の写真があり、ハート形の意匠がちりばめられている。聖武天皇の娘・孝謙天皇が着用したのではないかとも見られている。あるいは風鐸にはハート形に近い意匠が見られる。また、花文が多くあしらわれているが、そうした花弁が次第にハート形の意匠に変わって行った可能性もあろうか。<br />(表紙写真は螺鈿紫檀五弦琵琶(模造)にあしらわれたハート形)

上野で正倉院展-奈良時代にはハート形が流行った!?

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2019/11/16 - 2019/11/16

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 上野にある東京国立博物館(東博)平成館2Fで開催されている御即位記念特別展「正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美ー」(~11月24日(日))の展示物、正倉院御物と少しの法隆寺宝物、の中にはそこにあしらわれた数多くのハート形を見ることができる(https://4travel.jp/travelogue/11555081)。しかし、これほど日本国内ではハート形が流行しているにも拘わらず、展示物にあしらわれたハート形の意匠に気付く人はおよそ皆無(https://4travel.jp/travelogue/11565621)である。富士山であれば、日本人であれ、外国人であれ、言葉が話せるようになれば認識できるようになるが、ハート形は抽象化されており、小学校に入って文字が読めるようにならなければ認識することは無理のようだ。
 上野駅で下車したのは午後の3時である。平成館の待ち行列の最後尾には係員が60分の看板を持って立っている。先週の60分の時よりも列が短いので40分くらいのものだろう。その後、3:45頃にまた列の最後尾まで行くと50分となっている。列が随分と短くなっているので20分待ちといったところだろう。4:30と決め、その時間にまた列の最後尾に向かうと逆に列は20m程度長くなっており、それでも待ち時間は30分となっている。この表示通りに入館できた。
 金曜日の夕方ということで、昼間とは客層が違うようだ。隣の男性はサラリーマンで出張だったのだが、直帰にして上野に来たのだという。今回の展示では多くのハート形が見られ、例えば、展示されている琵琶4面(御物が1面、他はレプリカ)では50個前後のハート形をがあしらわれている(https://4travel.jp/travelogue/11563333)ことを話すと驚いている。一般の人は戦後になって日本にハート形が入って来たと思っている人が多くいる。そして、東洋館のショップで買ってきた御即位記念「第71回 正倉院展」の図録(1,300円)をパラパラとめくって、「今回は上野で43件、奈良で41件の正倉院御物が展示されているが、どちらにもハート形があしらわれており、奈良時代にはハート形が流行ったのでしょう。」というと、驚いた顔をしたので、ざっと4,500年ほど前の縄文時代後期に福島県阿武隈地域周辺で誕生したと考えられているハート形土偶(群馬県吾妻郡東吾妻町郷原出土(重要文化財)縄文時代後期(前2,000~前1,000年)が有名)(https://4travel.jp/travelogue/11563862)があり、1,000数100年毎にハート形のブームがやって来て、昭和の終わり頃から平成にかけて、そして令和の今でもブームのさなかにあることを話すと納得している。そんな話をしていると後ろの女性も話に加わって来る。30分の待ち時間はハート型で大盛り上がりだ。
 展示館内には親子連れも多く見掛ける。車椅子の人も見掛けるが展示物は車椅子よりもかなり上にあり、見辛らそうである。両親と一緒に来館していた若い女性が蘭奢待の前にいる。「明治天皇は蘭奢待のそこの部分を切り取った他にも、直刀を持ち出され、その直刀・水龍剣の刀装の金具には無垢の金でハート形があしらわれている。他の御物にはハート形があしらわれており、…。」と話すと、「見てきます。」と前の展示室に戻って行く。
 また、撮影エリアの模造琵琶の前を小学低学年の娘を連れた親子が通るので、あしらわれているハート形を教えると何個かのハート形を見付けてうれしそうにしている。会場を出ると、母親から御礼を言われた。エスカレータで1階に降りると、先ほどの両親と来られていた若い女性がおり、「混んでいたけれど戻って見てきました。」と、今回はハート形が見どころと教わり、本当に有意義で楽しい特別展を鑑賞できましたと何度も御礼を言われた。こうした御物にハート形があしらわれていることを伝えるのはここ東博の研究員や宮内庁正倉院事務所職員の任務であろうが、このことが入館者の全てに伝わっていたならば、この特別展ももっと有意義なものになったであろうに。残念なことだ。なお、写真撮影スペース内に写真撮影禁止区域を設定したことで苦情が多く、館外で待ち行列の案内をしている係員にもその余波が及んでいるという。
 6時を回るとまた列が伸びて来くる。サラリーマンが並ぶ時間帯なのだろうだ。
 結果、呉楽 呉女背子(図録26)、唐花文夾纈羅幡残欠(図録30)、フェルトの花氈(図録59)や紫檀木画槽琵琶(図録71)の背面にあしらわれた肉眼で見える大きな2つのハート形を目に焼き付けた。特に、紫檀木画槽琵琶はレプリカもないようで、次に見られる機会はないであろうか。
 なお、御即位記念「第71回 正倉院展」の図録には礼冠残欠の写真があり、ハート形の意匠がちりばめられている。聖武天皇の娘・孝謙天皇が着用したのではないかとも見られている。あるいは風鐸にはハート形に近い意匠が見られる。また、花文が多くあしらわれているが、そうした花弁が次第にハート形の意匠に変わって行った可能性もあろうか。
(表紙写真は螺鈿紫檀五弦琵琶(模造)にあしらわれたハート形)

  • 東博本館。

    東博本館。

  • 平成館。

    平成館。

  • 平成館の列。

    平成館の列。

  • 螺鈿紫檀五弦琵琶(模造)にあしらわれたハート形。

    螺鈿紫檀五弦琵琶(模造)にあしらわれたハート形。

  • 礼冠残欠にちりばめられているハート形の意匠。

    礼冠残欠にちりばめられているハート形の意匠。

  • 風鐸にはハート形に近い意匠。

    風鐸にはハート形に近い意匠。

  • 八角高麗錦箱。蓋表中央には八弁の花文。この花弁を2つづつ纏めるとハート形に変わって行く。外周には4つの葉(?)の文様。この文様もハート形に変わって行くのだろう。

    八角高麗錦箱。蓋表中央には八弁の花文。この花弁を2つづつ纏めるとハート形に変わって行く。外周には4つの葉(?)の文様。この文様もハート形に変わって行くのだろう。

  • 緑牙撥縷尺。この後は花弁がハート型に変わって行くのだろう。

    緑牙撥縷尺。この後は花弁がハート型に変わって行くのだろう。

  • 緑牙撥縷尺。この後は花弁がハート型に変わって行くのだろう。

    緑牙撥縷尺。この後は花弁がハート型に変わって行くのだろう。

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