2019/09/21 - 2019/09/23
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この旅行記のスケジュール
2019/09/23
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電車での移動
ホテル→(地下鉄)大瓦窯→(タクシー)廬溝橋→(バス)北京西駅→(地下鉄)東直門(機場線)北京空港
この旅行記スケジュールを元に
北京市の南西部を流れる永定河に架かる蘆溝橋は北京に入る石造のアーチ橋で、日中戦争の発端となったことで有名な橋です。関東軍に爆破され満州事変が勃発した柳条湖とともに日本史の教科書に出てきます。
その橋を北京旅行の第3日目は見て、渡りに行くことにしました。まさに歴史を体験する旅です。この橋はマルコポーロも渡っているとのことで、「東方見聞録」では「世界中どこを探しても匹敵するものがないほどの見事さ」と記しています。西欧ではマルコポーロ橋と呼ばれているそうでどのような橋なのか興味をそそられました。
日程 9月21日 JL021便 北京着 慕田峪長城
9月22日 天津 キエフ号見学 五大道 鼓楼
9月23日 廬溝橋見学 JL022便 羽田着
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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一夜明けて朝食。フルーツと野菜中心の朝食。納豆が食べられるのは嬉しいです。いかに日本人が多くこのホテルに泊まっているかが分かります。
北京の旅行記をご覧になってご連絡をしてくださった方がいらっしゃいました。ホテルニューオータニのロビーですれ違っている可能性があるとのことです。共に建国70周年の大変な時期に旅行をしましたので、労をねぎらい合いました。 -
今日もホテルの正面から出ることができてやれやれです。地下鉄1号線に沿った道路の封鎖はありません。
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建国門駅で地下鉄に乗ることができました。昨夜の遠回りは本当に無駄な時間。思わぬハプニングが起きた旅行です。フランスのストラスブールは4日間滞在して3日間雨だったことを思い出しました。そんな旅行もあります。今回は来られたことがラッキーなのであまり残念がらないことにしました。
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これが地下鉄の切符です。コインではありませんでした。
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1号線で軍事博物館まで行き9号線に乗り換え、七里荘まで行き、さらに14号線に乗り換えました。14号線というとかなり最近にできた地下鉄らしく、車内も使って間もない新品と言った感じです。
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テレビ?画面もあり「最新の技術を駆使して作りました」という感じを受けました。
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「大瓦窯」で降りて、タクシーを捕まえました。タクシーを昨夜は捕まえるのに苦労しましたし、交渉に時間を使いたくなかったので15元であっさりと交渉成立。
このドライバーは運転しながら「15元」のお札を見せて「OK?」「OK?」と3,4回ほど、ほくほく笑顔の声で確認をしてきました。
勿論OKです。それより運転に集中してほしい! -
タクシーに数分間乗りました。旅行記を書かれた方の中には廬溝橋まで歩いて行かれた方もいるようですが、タクシーでボラれても15元なので、利用されることをお勧めします。ボラれること自体が嫌な体験なので避けたい方は別です。
ただし帰りのタクシー利用は無理です。廬溝橋の前にはタクシーは一台もいませんでした。 -
ハイ。記念撮影。やはり杖が痛々しいです。本当によくここまで来ました。
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橋のたもとには橋を守る城が見えます。スペインのメリダにもローマ橋があり、橋を守る城があったのを思い出しました。
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橋が見えます。ずっと続いています。
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橋の手前にある置物です。顔が取れています。渡った所に同じものがありましたが、それには顔がありました。
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これが乾隆帝がここで月を愛でた記念の碑です。裏に直筆の「廬溝暁月」が刻字してありました。
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裏側です。
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橋の欄干にはたくさんの獅子の彫刻があります。全部で501個。一つとして同じ彫刻はありません。
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本当にそうであるかと怪訝に思いましたが、本当に一つとして同じデザインはありませんでした。
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異なる表情や姿が数えることが難しく「廬溝橋の獅子」を中国語では「数えられないもの」の例えにするそうです。
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1192年に作られているので830年近く経ています。それ故にかなり風化して形が分からないような像もありました。
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この獅子は子供が2人います。
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獅子は子供を押しつけています。
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なにかどこかで見たようなポーズ?
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思い出しました。ワイキキのヒルトンハワイアンビレッジで見ました。このスタイルで立っています。
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後ろは永定河という名前の河ですが、沼地みたいな感じで流れているようには思えませんでした。
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延々と続いています。全長266.5mです。幅は7.5m。
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獅子の顔を眺めながら、橋の中央部に来ました。この橋は中華人民共和国が成立した後に、路面が舗装され自動車の通行が可能になりましたが、老朽化は著しく進行しました。
1980年に大規模工事を行い自動車の通行を禁止し。橋の中央部に昔日の石畳の一部を復元しています。 -
そのような説明が書かれています。勿論日本語があります。
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全体像
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説明文はこのような本の形をした石に刻まれていました。なぜかドイツ語を話す中学生くらいの子供たちが修学旅行みたいな感じでたくさん来て橋を渡っていました。
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この橋は日本と中国の歴史に登場する橋で有名です。見えているこの先あたりで事件は起こりました。
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廬溝橋事件はこの橋の上で起きたのではなく、この橋の北西1kmの所の永定河の右岸で起きました。この先に見えている所あたりでしょう。
午後10時30分に夜間演習を駐屯日本軍の一木大隊の中隊がしている所に小銃による実弾射撃がありました。その後日本兵が一人行方不明になりました。 -
日本兵は20分後に帰って来ました。(用を足していたとの話があります)
その日が1937年の7月7日なので、中国では「七七事変」と呼ばれています。
その後11日に停戦協定が成立しますが、日本政府は華北事変として宣戦布告してしまいます。日中戦争の始まりです。 -
日中戦争の発端となった橋・・・感慨深く橋の石を歩きます。
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うーん。歴史を感じます。建設した時の石です。
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獅子像はどんな意味を持っているのでしょうか?
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獅子像をバックに城が見えます。
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自動車の往来は禁止されていますが、二輪車はOK。石畳の所を避けて運転しています。
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凄くたくましいお姉さんがいました。
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大きな荷台に何を入れているのでしょうか?
歴史と現在が交錯している感じがします。 -
橋を渡りきった所にも乾隆帝の同じ碑がありました。
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こちら側の像には顔が付いています。
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何やら説明文がありました。
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城が見えている所が出発点。戻ります。266.5mです。
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上流には、橋のすぐ近くに列車が渡るための鉄橋がありました。
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真ん中あたりを過ぎて城が大きく見えて来ました。観光客はまばらです。
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1980年の補修工事ではどこまで補修されているのか分かりませんが、橋の欄干は完全に綺麗にはなっていませんでした。
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この欄干は色が違う所は修理したに違いありません。入ることができないように柵がしてあります。
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永定河の下流の方の景色です。船着き場があり小さなボートがあります。ここは観光地なのです。廬溝橋は完全に観光地です。
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なぜか下流は水がたくさんありました。ため池みたいな感じで、流れてはいません。
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ここから見る景色もステキです。
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城に見えた建物は近くまで行ってみると、門になっていました。かってはここに扉があったのかもしれません。
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壁には日本語の説明もありました。盧溝橋事件ではなく七七事変として書かれていました。やはり中国では七七事変と呼ばれていました。
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門を通り抜けて先へ進みます。バス停を目指しています。盧溝橋の橋の前にはタクシーは一台も待っていませんでした。送ってくれたタクシーもすぐに引き返しています。駐車できないのかもしれません。
のどかな街です。 -
なんとも中国的な感じの建物です。
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何やら脇に路地が見えました。どんな生活があるのかが見えそうで、入ってみました。
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狭い路地です。
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続いています。生活感があります。
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玄関先に洗濯物を干す習慣がある?
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通りに洗濯物を干してもトラブルが起きない平和な街です。昔からきっとこのような生活が続いていたのでしょう。
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人が歩いてきました。荷物を吊るして歩いています。買い物帰りのようでした。
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凄く大きな箒です。はたきでしょうか?どこをはたくのでしょう?家の中で使われるようには思えませんが。
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外で食事をしている人がいました。
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さらに進むと、進行方向左側に中国人民抗日戦争記念館がありました。ここにも70周年の赤い横断幕が掛けられていました。
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月曜日は休館日です。もともと入館予定はないのでお休みでも予定に影響はありません。廬溝橋事件の再現をしたジオラマがあるそうです。
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進んで行くとまた狭い路地がありました。先ほどの路地とはまた違う雰囲気です。入る時間はなかったので写真を撮るだけです。
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さらに進んで、
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出口には、同じように門がありました。この門で町を守ってきたのですね。
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バス停を探さなくては? どこにある?
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しばらく歩くとありました。バス停です。たくさんのバスが来ました。
見ると北京西駅まで行くバスがありました。331番です。これが来ると一直線で戻ることができます。 -
Good! ちょうど来たのです!
勿論乗ります。 -
乗りました。これで乗り換えをしないで北京まで戻ることができます。
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かなりのスピードで走ります。高速バス並の速さです。北京の町の西南の端から中心までの様子を見ることができました。北京の町は発展がめざましいです。
廬溝橋で見た狭い路地のような所は少なくなっているようです。 -
バスが着いた所は北京西駅。ここからは地下鉄2号線で空港行きの機場線の始発駅まで一直線で行くことができます。
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本当に北京はどこの駅も大きいです。
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地下に降りて地下鉄に乗ります。手前の柵は駅のホームのありました。昨夜の封鎖に使われ、10月1日に使われる予定でしょう。ホームに封鎖用の柵があるのは初めて見ました。
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朝陽門の駅の看板です。昨夜はとても写真を撮る余裕はありませんでした。今日は「ここね」という余裕で撮っています。
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予定通り機場線の始発駅「東直門」まで来て、チケットを買い、電車に乗りました。
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車内はこんな感じです。中国の方がほとんどだと思います。
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空港の入り口です。ここまで来て5年前に北京に来た記憶が残っていました。ガイドさんとここで別れたからです。やはりこの空港に来ています。
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あれ? これはホテルの近くにあったあの世界最古の天文台にあった物と似ています。北京が世界に誇れるものの一つなのですね。
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022便に乗ります。予定通り時刻の出発です。
今回の旅は中華人民共和国70周年の周年行事リハーサルで、思わぬ交通規制があり大変な思いをしました。何もなければ便利なロケーションにあるホテルなので順調に旅ができたはずです。こんな旅行もあるのだと思いました。いずれにせよ旅は総合力が試されます。膝の悪い状態で何事もなく無事に旅ができて、息子に感謝したいと思います。振り返って見ると貴重な経験ができた良い旅でした。
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2019 中国
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