2019/09/20 - 2019/09/23
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この旅行記のスケジュール
2019/09/22
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電車での移動
キエフ号→(タクシー)東海路→(地下鉄)小白楼→(地下鉄)小楼→(地下鉄)→天津南駅→(高速鉄道)
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電車での移動
北京南駅→(地下鉄)朝陽門駅→(徒歩)ホテル
この旅行記スケジュールを元に
天津湾に停泊する空母キエフ号を後にして、向かった先は天津「租界地」の五大道です。キエフ号で午後3時を廻っていたので残り時間は4時間。
一番見たいものは何?イギリス領になっていた五大道と天津発祥の地「鼓楼」でした。地下鉄が整備されていて、五大道のすぐ近くの小白楼の駅まで乗り換えが一回で行くことができました。小白楼からは鼓楼の駅までも一回の乗り換えで行くことができます。鼓楼から天津駅までは地下鉄で3駅。
残り4時間で何とか見られそうです。左膝にサポーターを巻き杖をついて歩いた忘れられない旅行です。
天津では中華人民共和国70周年のイベントの影響はなく順調に見て回ることはできましたが、北京南駅に帰ってきてからホテルに戻るのが大変でした。天安門広場近くを通る地下鉄1号線が動いていないのです。遠回りをして、最寄りの建国門駅の隣の6号線の駅(朝暘門)で降りました。ここでタクシーを拾う予定がことごとく乗車拒否、仕方なくホテルまで歩いて帰りました。左膝に炎症があリ、どうなるかと思いましたが杖をたよりに何とか歩くことができました。決して忘れることはない記憶に残る経験をした旅行です。
日程 9月21日 JL021便 北京着 慕田峪長城
9月22日 天津 キエフ号見学 五大道 鼓楼
9月23日 廬溝橋見学 JL022便 羽田着
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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キエフ号を見た後、タクシーがたくさん出口の所に待機していたので簡単に捕まえる事ができました。
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再び橋を渡り、快調に飛ばして、
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「東海路」の駅まで戻って来ました。近代的な駅です。
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乗ったタクシーはこんな感じ。
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駅前にはたくさんのバスが止まっていました。
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地下鉄9号線は5年前の地下鉄路線図にはない1号線と繋がっていて、
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左の写真の9号線の駅で乗り換えて、
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まだ乗っていません。電車を待っています。
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左の写真の9号線の駅に出ました。この駅の次の駅が五大道の最寄り駅「小白楼」です。
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再出ですが、これが地下鉄の切符?です。 入場の時に改札の機械の上に置き、
改札を出るときにはコインが入る穴に入れるので戻りません。 -
スムーズに「小白楼」の駅まで来て、Cの出口から外へ出ました。目の前にキースシリンクの本店が見えます。ラストエンペラーの溥儀が愛好した店とのこと。
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振り返ると確かに「小白楼」駅です。
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「小白楼」駅の周りはこんな感じで、中国の発展のめざましさを感じます。2017年に行った審陽とはだいぶ違う景色です。
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フォートラベルの旅行記を読ませて頂いているので、キースシリンクの前に音楽堂があることが分かっていました。なるほど。
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信号を渡ると掲示板です。
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現在位置は五大道のはずれを示しています。馬車に乗りたいのですが、時間は午後4時で馬車の停車場まで歩いて乗るのは時間的に無理です。どこを見ようかと相談して、重慶道から旧満州国領事館の建物を訪ねる事にしました。
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勿論、日本語での表示があります。
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地図に従って進むと香港路にバス停がありました。
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このようなバスが走っています。この足の状態で、時間が迫っているのに、ここまで来ても、フォートラベラーの目で街を見て写真を撮っている私に気づいて自笑してしまいました。
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街を歩くと何ともイギリスっぽい家がほとんど。このお店はレストランになっていますが完全に元はイギリスの家です。
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ここも中国人の家ではない造りです。
1858年の天津条約で天津は9ヶ国に外国人居留地を認めざるを得ませんでした。中国にとっては屈辱的な条約です。清王朝は全土を植民地化されないためには領土の一部を手放すしかなかったのです。もっと強国であればこんな事にはならずに済みました。日本にとってはアヘン戦争で負けた中国の情勢を知り、欧州各国が脅威となり開国し、中国の二の舞を踏まないで済みましたが。にも関わらず日本も共同租界地に住んでいたので中国の侵略の歴史の加害者です。 -
地図が示す「重慶通23」が旧満州国領事館です。ここが? そんな?これはどう見ても飲食店です。第一にそのような風格というか領事館と言うには無防備過ぎます。しかし、何度か先にある地図まで行って、戻ったり地図まで行ったりして場所を確認しましたが、ここの建物しかありません。???
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どう考えても不自然なので、この建物の奥に門があったので、行ってみると、
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うーん?これは満州国の領事館っぽくないけれど・・・。
現在は歯科医院に使われていました。 -
重慶路をさらに進むと、十字路にぶつかりました。馬車の置物がありました。
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観光用に作られています。ここで折り返す事にしました。
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南に向かい一本南側の通りを帰ると、かなり「英国」らしいというか英国の建物です。
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うーん。まさにイギリス。ロンドンでたくさん見たイギリスの家です。イギリスの租界地がこんな形で残っているのです。感激・・・。歴史に触れられました・・・。
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イギリスの租界地となってから160年が経ちますが、エアコンが窓に取り付けられて現在も住む人がいる。歴史は繋がっています。
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小白楼の駅に向かって進みます。ここの道路の標示は見つけられませんでした。中国らしからぬ風景が続きます。
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塀は高く、中は立派な家。
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「李」さんという名前の方の家だったそうです。中国の裕福な家もこの租界地に住んだそうですので、中国人でしょう。
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ここも立派な家です。 と・・・言って眺めていましたが、
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表示を見ると、なんとここが満州国領事館でした。ここにあったのです。
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かがんで正面から写真に納めました。確かに満州国です。
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通りを渡って全体像を納めました。ここに来て写真を撮って喜んでいるのは日本人しかいないと思います。記念写真が撮りたい・・・。誰もいない・・・。
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その時どこからか街の方が現れてシャッターを押してくれました。おかげで記念写真を撮ることができました。親切!感謝です。
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さらに進むと五大道の時計台の所に出ました。旅行記で拝見したポールです。来ました五大道!
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確かに来ました。ここで写真を撮っていると、シクロに乗らないかと声をかけてくるおじさんがいたので「もう帰るところです」と日本語で答えて駅へ向かいました。
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少し先に7イレブンを見つけました。どんなものが売られているのでしょうか?
立ち寄って見ることにしました。 -
日本の7イレブンとあまり変わりありませんでした。資本は同じなのであまり変わらないのでしょうが、中国人と日本人では好みが違います。
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チキンに「サラダチキン」と書いてあるのを見て、なるほど。
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ここのコーナーだけを見ていると日本です。天津まで来て買うことはしません。
結局日本製のアイスクリームを買いました。安全なので。 -
とにかく鼓楼の駅まで行きたい。鼓楼が見たい!あそこは天津発祥の地。歴史のある場所。
地下鉄1号線で西南角まで来ました。 -
確かにここは西南角。
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ここで2号線に乗り換えて、一つ目の駅が鼓楼。
残り時間は? -
やっと来ました。鼓楼の地下鉄の駅から地上に出たところです。ここで方角が分からなくなりました。どちらが南馬路か南門外大街なのかが分かりません。息子の感ではこれは南門外大街です。地域の方に聞くことにしました。
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息子の感は当たっていて南門外大街でした。鼓楼へ向かうと、南門が見えてきました。さながら横浜の「中華街」にある門と似ています。手前の車が走っている道路は南馬路です。1900年に壊される前まで城壁がありました。
ここで残り時間は30分です。鼓楼の駅を午後6時半にはでないと午後7時9分発の北京行き高速鉄道には間に合わない計算です。 -
鼓楼までの道はお土産やさんが立ち並んでいました。800年前の町並みを再現した古文化街までは行くことができませんでしたが、ここを歩いていると雰囲気は味わえます。お土産の「十八街麻花」も買わなければ・・・。
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出ました。ここが天津の中心鼓楼。
天津の地図を見ていたある日のこと。道路が環状になっていて中心があることに気づきました。東京でいうと皇居を中心にドーナツ状に道路が造られています。
天津の中心にあるのは何? それがこの鼓楼でした。 -
東面から見た鼓楼です。ここには1403年(明の永楽3年)に天津衛城が造られ、城壁で囲まれていました。城の天守閣に当たるのがこの鼓楼です。
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歴史的な場所に来ました。残念ながら閉館していて中に入ることはできません。
一階には観音様、天後聖母、関羽が祭られています。「関羽」を見る事ができると嬉しかったのですが。どのような像なのでしょう。二階には大きな鐘がかけられているはずです。
ここは北面です。 -
ぐるっと一周しました。
四合院造りという事でしたが、どう見てもそうは見えません。
ここ天津は江南から税糧を陸揚げする中継点として発展しました。確かに地図で4つの川の支流が合流している事が確認できます。すぐ近くを流れる海河の北端は万里の長城に達していました。 -
午後6時半、地下鉄の鼓楼に戻りました。途中で道を中国人に聞かれれ、ビックリ。旅行者に見えないのでしょうか?日本人には見られていない・・・。近年、どうも中国人に見られます。これで3回目・・・。イタリア人に見られた昔がありましたが・・・。
ここから3駅目が高速鉄道の天津駅です。 -
天津駅は大きくて高速鉄道のホームにたどり着くのに少し時間がかかりました。ホームに上がった時にはもう電車は入線していました。
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3号車の13Aの席です。
帰りは高速鉄道を楽しむより、北京南駅へ戻ってからホテルまでどのようにして帰るかを相談する必要がありました。
地下鉄で何線が動いているかの状況によってルートを替えなければなりません。
建国門駅が閉鎖されていることはホテルの情報から確かです。 -
北京南駅に着きました。
地下鉄の4号線に乗りました。1号線へ乗り換えができれば 建国門の次の駅永安里ま行くことができます。しかし、乗換駅の「西単」は通過。次の「平安里」で
降りて6号線に乗り換え、「朝陽門」駅まで行くことができました。しかし、この駅でタクシー拾おうとしても手の平を振られて「ノー」です。道を聞いた警察官まで「建国門」はダメダメの合図。方向だけは教えてくれたのでとぼとぼと30分くらい歩いてホテルまで戻れました。かって経験したことのない経験です。
建国70周年のリハーサルにはホトホト参りました。 -
ホテルニューオータニに到着したのは午後9時過ぎ。1号線沿いの道路が今夜は封鎖されていなかったので正面玄関から入る事ができました。
さすがに今夜はレストランで夕食を取る元気はなく、途中で買った軽食で済ませて就寝しました。
今までの旅行の中で1,2位を争うハードな日でした。明日は、最終日。廬溝橋へ行きます。日中戦争の始まりとなった橋です。ここまで来たのでとにかく行きます!!
・・・つづく・・・
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2019 中国
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