2019/09/30 - 2019/09/30
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ドクターキムルさん
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頼朝法華堂がある山の東側には古墳時代末期に造られた横穴墓が3基あり、現在は毛利季光墓、大江広元墓、島津忠久墓に転用されている。これらの墓は鎌倉時代ではなく、江戸時代の中期末から幕末、大正時代に造られた。それはこれらの3墓が主君である頼朝墓よりも高い位置に営まれていることからも誰にでも分かることである。では北条義時(長寛元年(1163年)~元仁元年(1224年))はといえば、こちらは鎌倉時代に頼朝法華堂の東下側に法華堂が建てられた。北条義時は鎌倉幕府の第2代執権で、北条政子(保元2年(1157年)~ 嘉禄元年(1225年))の弟である。すなわち、姉に1年先立ち弟が亡くなっている。尼御台(尼将軍)・政子の時代の人である。そんな時代に亡くなった義時やぐらと呼ばれる横穴墓(横穴古墳)がさらに山の東にあるというので確かめに登った。
北条義時やぐらを探して路地からの急な法面(ほぼ崖)を何とか登るとやや傾斜が緩い場所があり、その先にはまた急な斜面がある。これも何とか登ってみると、さらに急な斜面がある。目的地には2基の横穴墓が並んであるという。しかし、それを登っても崖には横穴は見えず、さすがに諦めてこの急な斜面を引き返した。登るのも大変であったが、降りるのも同じように大変であった。
(表紙写真は登った旧村上邸の裏山)
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