2019/08/09 - 2019/08/14
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satoshiさん
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2019年8月、お盆休みに北アルプス黒部の剱岳、立山三山の山行と帰路に富山県高岡市に立ち寄った旅行記になります。
日程
〇8月9日 業務終了後19:30頃、名古屋の自宅を車で出発。23:30頃立山駅駐車場到着。車中泊。
〇8月10日 4:30頃起床。出発までぶらぶら。5:20頃予約したケーブルカーのチケットを受け取り6:40発のケーブルカーで出発。美女平でバスに乗り換え7:50頃室堂着。室堂駅で登山届を提出後、劔沢キャンプ場へ出発。途中雷鳥荘で食事を採る。12:00頃劔沢キャンプ場着。テント設営後、劔澤小屋や剣山荘を廻る。この日はこれで終了
ココ→●8月11日 3:10頃劔沢キャンプ場出発。8:10頃劔岳山頂登頂。12:50剣山荘まで下山。剣山荘で昼食後、14:00頃劔沢キャンプ場まで戻る。テント撤収後14:50頃雷鳥沢キャンプ場に向けて出発。17:30頃雷鳥沢キャンプ場着。テント設営後、雷鳥沢ヒュッテにて入浴。
〇8月12日 4:30起床。5:00雷鳥沢キャンプ場を出発。室堂駅に立ち寄り一服してから6:10頃立山三山に向けて出発。浄土山、御山、大汝山、富士ノ折立、真砂岳、別山をめぐり15:30頃キャンプ場に戻る。(途中大汝山休憩所で食事)ロッジ立山連峰にて入浴。
〇8月13日 5:00起床。テントを撤収。6:00雷鳥沢キャンプ場を出発。7:00頃室堂駅に戻り荷物を駅に預ける。その後、立山室堂山荘見学後一ノ越山荘まで往復。その後みくりが池温泉で入浴。室堂駅に戻り、11:20のバスで下山。12:20頃立山駅着。車で身支度を整え、この後称名滝、立山博物館を見学後、高岡市へ移動。東横イン新高岡駅南口に宿泊。
8月14日 6:30頃起床。朝食後チェックアウト。車で高岡駅に移動。駅近くのコインパーキングに駐車。瑞龍寺を観光後、観光案内所でレンタル自転車を借りて金屋町、山町筋、高岡大仏、高岡古城公園を見学後15:00頃自転車返却。駅前でラーメンを食べた後車で名古屋まで戻りました。
山の日です。念願の劔岳に挑戦します。前回にも書きましたが剱岳登攀は1年越しの念願としていました。ネットで情報集めたり映画「剱岳 点の記」を鑑賞して気分を高めたりハーネスを購入したり(結局持っていかなかった)。それでも剱岳で言われる「一般登山者が登る山のうちでは危険度の最も高い山」の評価やYouTubeの登山者の動画とか見て怖気ついたりして正直何度か止めようかとも思いました。
(因みに一般登山者の縦走ルートで一番危険なのは穂高連峰のジャンダルム前後と思っています)
結局夏場にこんな長い連休とれるチャンスもなかなかない。折角なんで頑張ろうと心を決めて挑戦しました。
※参考に時間を記載しましたが、私は足が遅い方(昭文社 山と高原地図のコースタイムとちょうど同じくらい)なのであくまでも参考としてください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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前日、「2時には出発するぞ」と他の登山者が気合を入れているのを見て「早すぎるでしょ」なんて思っていたのですが、2時ごろになると皆さんゴソゴソ出発の準備を始める。2時半頃にはちらほら出ていく人たちも。私も目が覚めてしまい、音を立てないようにα米をお湯でなく水で戻して朝食とする。α米はモンベル製の水で15分で戻る製品です。トイレに行った時に空を見上げると夜空が綺麗で天の川まではっきり見えました。4:00前には剣山荘を通過したかったので3:10頃出発。途中雪渓で迷う人が多くみられました。幸い前日に下見していたので皆さんを踏み代まで誘導して無事進むことが出来ました。後ろを見るとヘッドライトの長い列。ひょっとして出発がギリギリの時間だったかも。
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剣山荘で一服した後、一服劔まで登攀開始。途中、道を間違い1の鎖をパスしてしまう。結局気が付いた時には正規ルートに復帰。写真は2の鎖のプレート。来る前は鎖場ごとに写真を撮ろうかとも思っていたのですが、人も多く迷惑になりそうなのでやめ。
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一服劔に4:10頃到着。10分程度の休憩をとる。東の空が明るくなってきました。道中一緒になった方から「カニの横ばいは右足から降りる、これだけ守ればあとは難しくない」とのアドバイスを頂く。4:20頃出発。
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前劔までの登攀ルートからの東方向の眺め。ちょっと山の名前は判らない。前劔への登りがかなりキツイ。急こう配の登りが怖くて私は両手を使って登るのですが皆さん足だけで登っていく。この間だけでどれだけの人に抜かれたか。
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5:30頃前劔到着。コースタイム40分のところ1時間10分もかかっている。人は多かったけど渋滞はなかったのに・・・前劔の直前で登山路と下山路と別れるのですが前劔を巻いて進む楽な下山路を逆走する登山者多し。いいんかいな?前劔のピークで10分休憩。ここで休憩している周りの人たちが皆さんハーネスを付けだす。私は下の駐車場の車の中まではハーネスを持ってきていたのですが要らないだろうと最終判断をして持ってこなかった。急に不安になる。
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こちらは剱岳方面。奥の山が剱岳。近くで休んでいたツアーグループのガイドさん曰くこれからが正念場らしい。うーん不安だ。
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前劔を5:40頃出発。稜線を少し進むと急な下り。その先には鉄製の1本橋(写真でわかるでしょうか)その先が岩に張り付いてのトラバース。そこで渋滞が始まっています。ですが特に待ち時間があったわけでもなく前の人にゆっくりついていけば何も問題なく通過できました。
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6:25頃平蔵の頭の手前にあるケルン到着。
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遠くに山脈が見える。白山らしい。
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剱岳方向です。
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再出発。平蔵の頭の鎖場手前で再び渋滞。でも数分待っているだけですぐに順番が来ました。登りは鎖を持ち岩に打ち付けたアンカーに足をかけ三点支持を守り一歩ずつ進めば問題なく進めます。この先の下りも三点支持で足をかける位置をまず探しゆっくり降りていけば特に怖いこともありませんでした。
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平蔵の頭を超えて1つ鎖場を乗り越えると平蔵のコル。7:00到着。コースタイム40分のところ1時間20分かかってます。前にはかの有名なカニのタテバイ。急こう配の岩がそそり立っています。鎖を手に持ちアンカーに足を掛けよじ登っていきます。15人くらいの順番待ちでした。横の岩場を見るとクライマーの方たちがロープを肩に掛けながら岩場に張り付いている。勇気のある人結構多いのですね。
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カニのタテバイの順番待ちの間に先ほど通過した平蔵の頭を撮影。左から二番目の岩山が平蔵の頭。人が小さく張り付いているのが見えます。遠くから見るとよくあんなところ通ってきたなと感心するとともに、帰りもあそこを通過するかと思うと血の気が引く。
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だんだん自分の番が近づいてきました。近くから見上げると垂直のように見え、一瞬怖気づきました。でも、取りついてみると後ろの人を待たせちゃいけない、前の人をせっついてはいけない。確実に前に進むことでいっぱいで恐怖心は全く起こらず。最後の鎖で足の掛けどころが判らず少しバタバタする。先行した方にコツを教えてもらい何とかクリア。因みに鎖は1本ごとに一人しか持ってはいけません。二人が1本の鎖を持つとどちらかの体が振れるか鎖を引っ張ったときにもう一人のバランスが崩れるからです。この岩場の上の方に下山路の難所で有名なカニのヨコバイがあります。ここから見上げると、下を向いていいる登山者の顔が見えました。写真でもちらっと人が写っています。カニのタテバイ自体はまだまだ続くらしいのですがここをクリアすれば後は問題ないでしょう。正直あまり記憶もない。
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カニのタテバイを進むと下山路と合流するところに出ます。因みに合流点の下山路側のすぐ下がカニのヨコバイ。合流点から少し狭い岩場を登っていくのですが、下山をする人と譲り合いながら交互に進む為時間がかかりました。ここを超えたら頂上と思い込んでいたので、まだまだ先があることに気が付き心が折れそうになる。足取りも重い。写真は早月尾根ルートとの合流点。
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早月尾根ルートとの合流点の道標。人は少ないですがこっちのルートは私の来た別山尾根ルートよりも体力的に厳しいコースと聞きます。
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頂上はまだかあ、まだ着かねえか、とボヤキながら8:10頂上到着。平蔵のコルからコースタイム40分のところ1時間10分。渋滞もあったけどヘトヘトになっているのが大きいでしょうね。劔沢キャンプ場から5時間。コースタイムは休憩なしで2時間50分。休憩時間を加味しても1時間30分以上遅い。でも、まあ、競争しているわけでもないしたどり着いただけで良しとします。
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頂上の祠です。2999m到達。劔岳は映画「剱岳 点の記」でも描かれているように明治時代まで立山修験では死の山とされ決して登ってはいけない山とされていたそうです。そのため人類未踏の山と思われてきたのですが、明治40年(1907年)に陸軍陸地測量部の柴崎隊が登頂成功時、近くの岩屋に奈良時代から平安時代の間のものと思われる鉄剣と錫杖が見つかりました。現在は立山博物館に展示されており、帰路に見ることが出来ました。
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頂上より別山方向。まだ剱岳が禁足地だったころは別山から遥拝することとなっていたそうです。劔沢キャンプ場も一応写真に入っているのですが小さすぎて判別できません。すぐ手前の岩場も祠と同様記念撮影スポットになっていて皆さん頂上の札を持って記念写真を撮っていました。また、クライミングを伴うバリエーションルートの頂点もこの岩の様で、記念写真を撮っている人の後ろの崖っぷちからクライマーの方が次々登ってくるという不思議な光景が見られました。
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私も祠の前で他の登山者に写真を撮ってもらいました。祠の前には記念写真用の頂上を示す札が2枚とライトセーバーが置いてあります。劔なだけに。
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頂上の北側です。山の日だけあって登山者が多い。30分ほど頂上を堪能していたのですが(動きたくなかっただけかも)どんどん人が増えてくる。
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三角点タッチ。この三角点も曰くがあり、柴崎隊が設置できたのは軽量の四等三角点で点の記(観測点の測量日と選点者の名前を記した記録)が残せる三等三角点以上ではなかったため、記録が残せませんでした。2004年ヘリコプターで三等三角点を運搬。現在のものに取り換えられ、点の記には明治40年7月13日柴崎氏選定と記録されたそうです。因みに柴崎隊は東側の雪渓、長次郎沢を登るルートで登ったそうです。
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8:40頃頂上を出発。下りの難所カニのヨコバイの上まで来ました。写真は登山道と下山道の合流点より上の眺め。渋滞で待っている間もカニのタテバイを登ってきた人とすれ違いで混雑する。
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カニのヨコバイ待ちの様子。下の方にはタテバイ待ちの人達の列が見える。私の後ろの方もソロの人でここは初めてと仰っていました。事前に調べられたという情報を教えていただく。やはりカギは岩場の溝には右足よりおろす事らしい。前の人が教えてもらっているのを見てコツをつかむ。降りていくと人一人分のステップがあり、鎖を握ったままステップに左ひざを着き、右足を赤ペンキを塗った溝に卸す。左足の場所もペンキが塗ってあるのでそこまで降ろし、あとは鎖を持ったまま平行移動。やってみると足場もしっかりしていて全く恐怖心は湧いてこない。っていうか怖がっているゆとりがない。もし、周りに人が誰もいなかったら多分下り方にも迷いが出て、恐怖心も出てたかもしれません。渋滞が気持ちを楽にしたのかも。
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カニのヨコバイを進むと岩場を直下におります。足場をしっかり確保して鎖を持っていれば大丈夫。その次に怖い怖いと評判のハシゴが出てきますが、まあ、ハシゴですから一歩ずつ降りれば問題ない。そのあとの鎖場、岩場の降下が足場が見つかりにくく難儀する。写真は最後の岩場をしたから見上げる。ちらっとハシゴも写っています。
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平蔵の頭が再び見えてきました。遠くから見ると怖そうなんだけど・・・
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9:40頃、平蔵のコル到着。カニのタテバイ待ちの渋滞が平蔵の頭近くまで続いている。ここでで私の前になった人とお話ししたのですが、その人はこのカニのタテバイ待ちで嫌になって頂上を諦め帰ることにしたそう。その方は6時に出発してこの日のうちに帰らなくてはならないそう。確かに帰るならちょっと無理かも。後日ネットで見たのですがこの日はこの渋滞3時間待ちまで伸びたそうです。暗いうちに出てきて正解でした。このあと平蔵の頭の手前でレスキュー隊2名とすれ違う。聞いた話では早月尾根ルートでけが人がでたそう。レスキュー隊の人たち劔沢から来たと思うのですが、若いとは言え疲れた顔一つ見せず足早に進んでいく様は感心しました。
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平蔵の頭の上り下りも少し遅れ気味ながら問題なくクリア。再び平蔵の頭の南側のケルンで一休みする。
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ケルンの先にもケルンがありました。雲上の白山をバックに撮影。
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後ろを振り返りケルン越しの劔岳山頂。
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平蔵の頭の下山側の鎖場のアップ。崖を下っている人たちが見えるでしょうか。
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しばらく歩いているとレスキュー隊のヘリコプターが早月尾根分岐近くに到着。隊員が降下していきます。しばらくするとタンカを引き上げていたので救出できたのでしょう。あとでネットで調べたら、滑落事故だったそうです。
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前劔手前の登り、前劔の門です。たまたま写真に写ったのですが、前のグループ、小さな女の子連れで、この小さな女の子たぶん幼稚園児か小学校低学年と思われるのですが、疲れた顔とか嫌な顔せずケロッとしている。特に会話したわけではなかったのですがすごい印象に残ってます。頂上でもちらっと見かけていたのですが、ただただ関心するばかり。
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前劔を巻いて一服劔までの下りです。手前のv字の切れ込みのすぐ先、稜線に白い道が見えるコブが一服劔。その先の雪渓の見える谷間が劔沢キャンプ場周辺。まだまだマイホームは遠い。その後ろの谷の左側の肩が別山。右側の肩が劔御前。別山の上から立山連峰がちらっと見えてます。前劔からの下りが私にとって大変怖く、この日一番疲れた場所となりました。剱岳の事故の多くは下りのこの区間で起こるという情報もあります。納得。
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前劔の下りを終えて心に余裕が出てきてクルマユリを撮影。
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かの有名なトリカブトも咲いてました。花は綺麗なんですけどね。
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12:20一服劔到着。すでにお昼を廻ってしまった。写真は一服劔から見た前劔。剱岳はもう一度行ってみたいが前劔には二度と行きたくない矛盾。
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もうちょい頑張って剣山荘へ。
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12:50剣山荘到着。下りで4時間10分。コースタイム2時間のところ倍以上かかった。渋滞がどうこう言っても言い訳にならないくらい遅い。まあ、無事に明るいうちに下りれたからいいか。
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この日も剣山荘で昼食。この日はカレーライス。ここの食堂は靴を脱いで上がれるからいい。疲れが取れます。下りの途中から迷いだしたのですが、予定ではこの後テントを回収して劔御前を越えて雷鳥沢キャンプ場にテントを移動。翌日は早朝から立山三山縦走と考えていましたが、すでに遅い時間になっている。この日は劔沢キャンプ場に延泊して翌日雷鳥沢に移動、立山三山縦走は翌々日に伸ばそうかと迷いだす。
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食事を摂って一服してとりあえず剣山荘を出発。雷鳥沢小屋の寄ってみポカリスエットを購入しようとしたが売り切れ。諦めてキャンプ場まで坂を登る。写真は道中から剱岳を撮影。
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キャンプ場到着。受付で雷鳥沢キャンプ場の受付は何時まで開いているか聞いてみると多分夜までやっているよ(8時だったか10時だったか忘れました)との事。今から出発しても遅くとも18時から19時には着けるはず。気持ちを切り替えてテントを撤収する。テント撤収中、隣に新たにテントを張ったグループが宴会場の設営に張り切っていた・・・延泊しても眠れそうにないな。移動して正解。14:50出発。
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15:45劔御前小屋到着。アタックバックだけで行けた午前中よりもテントを背負っている分しんどいです。
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劔御前小屋からの下りでヘロヘロになりながら17:30に雷鳥沢到着。
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受付に行ったら「今留守にしています17:30に戻ります」との張り紙。ショック。受付の前でしばらく待つ。17:40くらいに受付の扉が開き無事受付できました。2日分申し込む。水はスタッフの人たちはそのまま飲んでますが一応煮沸した方がよい、お風呂は近くの宿泊施設を利用できますとの事。お風呂にはいれるのが嬉しい。
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この日このキャンプ場テント数がものすごく多くてテント張れないんじゃないかと不安になりましたが何とか隙間を見つけてテントを張る。慣れてきたのか1日目よりはしっかり張れたような気がする。
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テントが張れたらまずはお風呂。近くの雷鳥沢ヒッテに行き入浴。サッパリしました。テントに戻りα米で夕食。この後就寝。昼は暑かったのですが、21:00頃から寒くなりシェラフに潜り込む。シェラフを持ってきてよかった。
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旅行記グループ 2019年8月劔岳登頂・立山縦走・高岡
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