2018/12/31 - 2019/01/07
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PROGRESさん
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ピンウールィン駅での増結作業を終えて出発。いよいよ楽しみにしていたゴッテイ鉄橋にさしかかります。鉄橋は、イギリスがビルマを植民地としていた1903年に建設され、鉄道橋梁としては世界で2番目に高い102mの高さです。JR山陰本線の餘部鉄橋が41mなのでスケールが大きいです。しかもゴッテイ鉄橋は建設当時から架け替えられていません。メンテはしているようですが、恐る恐る低速度で進んでいきます。マンダレーを朝4時に出てから、11時間30分ほどかけてティーボーに到着です。1日1往復の時刻表が駅にありますが、50分ほど遅れて到着です。1,2時間遅れるのはザラらしいのでこんなものでしょう。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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<マンダレー→ピンウールィン>早朝4時発の列車に乗るため、3時過ぎに宿を出てタクシーで駅まで向かいます。朝食をホテルで受け取ります。歩ける距離ですが、ホテルがタクシーを予約してくれたので乗ります(5000チャット)。
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ホテルで受け取った朝食を車内でいただきます。
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ティーポーまでは12時間近くの列車の旅です。アッパークラスで4000チャット(約280円)と12時間近く乗車するのに、なんと僅かの距離のタクシー代より安いです。ただアッパークラスと言っても写真のように古びた車両です。席は1+2になっており前後間隔もかなりゆとりはあります。外国人やミャンマー人の裕福な方・軍人が利用していました。
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列車はスイッチバック区間を通り、朝もやの中、8時にピンウールィンに到着しました。
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ちなみに2等車を覗くと板張りの椅子でした。
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ピンウールィン→ティーボー>19世紀後半にビルマを植民地支配したイギリス人は当地の暑さにまいったそうです。そこで標高1100mのピンウールィンを避暑地として開発しました。現在もイギリス統治時代に建てたコロニアル調の建物が残っています。写真はピンウールィン駅舎です。
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駅舎の中のレストラン。ただし写真のようにろくなものは売っていません。
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ピンウールィンで列車を前に3両増結し出発。
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<ピンウールィン→ティーボー>ティーボーまでのあと8時間の旅、途中、行き違いです。
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やってきたのは、かっては千葉県を走っていたレールバスでした。
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レールバスは2015年に、いすみ鉄道からミャンマー国鉄に譲渡されました。千葉県内を走っていた時、沿線の菜の花畑にちなむ「菜の花」カラーで塗装されていましたが、現在も千葉の時と同じカラーで走っています。
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<ゴッテイ鉄橋>ピンウールィン駅での増結作業を終えて出発。いよいよ楽しみにしていたゴッテイ鉄橋にさしかかります。鉄橋は、イギリスがビルマを植民地としていた1903年に建設され、鉄道橋梁としては世界で2番目に高い102mの高さです。JR山陰本線の餘部鉄橋が41mなのでスケールが大きいです。
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しかもゴッテイ鉄橋は建設当時から架け替えられていません。メンテはしているようですが、恐る恐る低速度で進んでいきます。
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<ゴッティ鉄橋→ティーボー>
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列車はゴッティ鉄橋を渡り終え、何度か途中駅に停まりながらティーボーを目指します。
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写真は、ちっぽけな駅舎に自転車で列車を見に来た少年。
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マンダレーを朝4時に出てから、11時間30分ほどかけてティーボーに到着です。
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1日1往復の時刻表が駅にありますが(写真)、50分ほど遅れて到着です。1,2時間遅れるのはザラらしいのでこんなものでしょう。
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写真は駅事務室です。
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ティーボーのあるシャン州は第二次世界大戦後までは、藩王をいだく多数の小国に分かれていました。ティーボーは有力な藩王国であり、藩王の邸宅が残されているというので行きましたが(写真)、祝日のため休みでした。
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その後、近くにあるリトルバガンと地元では呼ばれている寺院に行きました(写真)。
宿から軽トラ(荷台に乗車)をチャーターして(7000チャット・約500円)行ったのですが、途中でリトルバガンまで乗せて欲しいという西洋人から4人分2000チャットもらい、藩王の邸宅が閉まっていたから気の毒と軽トラのドライバーが7000チャットを5000チャットに割引してくれたので、実質3000チャットになりました。とは言え、数少ない名所である藩王の邸宅が見られなかったのは痛いです。 -
ここでも日本のバスが走っています。基幹バスでした。
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ティーボーはシャン州北部のラーショーとマンダレーを結ぶ街道の途中にある静かな街です。シャン族が多く、建物も写真のように独自の様式となっています。外から写真を撮っていると家の中も見せて頂きました。代々続くシャン族の方で、先祖の写真も飾ってありました。
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ティーボーの市場
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ティーボーのドッタワディ川河岸
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時計塔(写真)はイギリス植民地時代の1881年に建てられたと横に年号が付されていました。
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シャン州北部の町ティーボー。マンダレーから、ミャンマー側国境の町ムセ、隣接する中国側の町瑞麗(ルイリー)を越え、雲南省の省都昆明へ抜ける重要ルートにあります。
夕方街を歩いていると、学校(写真)がありました。 -
ティーボーにて。
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翌朝は托鉢の鐘の音で眼覚めると、盆地のためうっすら霧がかかっていました。
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熱帯の国とは思えないほど朝は気温が下がります。
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宿の朝食は、餅状のパンケーキや焼き飯、焼きそばもあり、中国国境に近付いていることを感じます。
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宿のチェックアウトの際、鍵が見当たりません。「部屋に忘れてないか」とハウスキーパーに尋ねてもらったところ、やはり無いとのこと。部屋に戻ってフロントのお姉さんと一緒に探したところ、荷物置き場の下に転がっていました。フロントのお姉さんは地元ティーボー出身。大学はマンダレーに行っていたとのこと。私もこれからマンダレーに戻るという話をして出発しました。
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<ティーボー→マンダレー>往きは11時間半かけて鉄道の旅でしたが、帰りはシェアタクシーです。乗用車を使った相乗りタクシーに運転手以外に4人乗車で、宿に迎えに来てくれ、目的地マンダレーの宿まで送ってもらえます。6時間の道のりで15000チャット(1070円)でした。往きの鉄道は1等で4000チャット(280円)、タクシーが高いのか、鉄道が安すぎるのか。
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途中、鉄道と交差する踏切は警手の女性が居て人力でロープを掛ける仕組みでした。
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昼食はドライブイン。中国国境につながる道路上にあるせいか金城飯店という表記もある食堂。
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写真のランチセットは2500チャット(180円)でした。途中、路面状態が悪くよく揺れるので、後席3人乗車で狭い車内は、頭が窓ガラスに当たると痛く、おちおち寝ていられませんでした。
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