2018/12/09 - 2018/12/15
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ミズ旅撮る人さん
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2018年クリスマスマーケットを求めて南フランスを訪れました。
ニースを経て、「鷲の巣村」エズを散策し、夕刻モナコ公国にやって来ました。
オフシーズンの12月、夕方のちょっとだけ駆け足での観光です。
言うなれば、豪華なデザートをちょっと舐めてみただけというところでしょうか。
確かにカジノやFIグランプリなどの派手な部分とリゾート地のイメージばかりが
ありますが、近年のモナコは、別な分野での発展を推進し、
新しい顔を持とうとしていました。
公室の宮殿のあるモナコ・ヴィル地区を散策し、
モナコ湾の煌びやかな夕景を堪能して来ました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
ニースからエズを経て東へと、急峻な崖の上の道を進みます。
そろそろフランス領からモナコ公国領へと差し掛かる頃、
小さな岬カップ・マラ(Cap Mala)に大きな建物が見えました。
エデン レジデンス カップ ダイユ (Eden Residence Cap d'Ail )です。
アパートメントタイプのホテルで、リゾート値段ですが、
モナコよりは安いので人気があるそうです。 -
地中海に臨む崖にあるコスタ・プラナ(Costa Plana)の町。
-
ニースから随分離れたと思ったのですが、
まだ振り返るとフェラ岬(Cap Ferrat)が見えます。 -
大きく道が左に曲がると大きな町並みが見えて来ました。
その奥に海に突き出た岩山があり、立派な建物がひしめいています。
モナコ公国です。
岩山全体がモナコ・ヴィル地区で、大公家の居住区です。
今回の観光はここになります。
手前にあるのが、ルイ2世スタジアム(Stade Louis II)です。
このスタジアムの辺りから、モナコが始まります。 -
モナコ・ヴィル地区は、元々はジェノヴァ人が造った要塞です。
確かにここから見るとそれがよくわかります。
写真で見ると、左半分が大公宮殿で、右側の大きな建物が
海洋博物館です。 -
モナコは海に崖が迫ったとても狭い国土しかありません。
2.02km2、バチカン市国に次いで世界第2位の小国です。
しかもその大半が斜面です。この起伏に富み過ぎた国土を
効率よく活用するために、交通機関は特異な発達を遂げました。
なんと唯一の鉄道駅は地中深く潜り、3方向に伸びた地下通路と
エレベーターなどで地上に出ます。
ニース方面から走って来たバスは、トンネルの中でループを描き、
更にトンネルを通りながらモナコ・ヴィル地区に到達しました。
このループが出来るまでは、狭い道路が渋滞して大変だったのだとか。
呆気に取られているうちに、大公のお膝元に着きました。
バスが停まったのは海洋博物館の地下駐車場。
眩しい陽光に包まれた国というイメージの強いモナコが
こんなに地下ばかりだとは思っても見ませんでした。 -
海洋博物館のエレベーターホールにあったモナコ・ヴィル地区の
航空写真です。
手前にせり出しているのが海洋博物館。大公宮殿は左上の端です。
この岩山の上に至る道は1本しかなく、
四方が絶壁のすごい要塞都市です。 -
海洋博物館です。アルベール1世が1910年に建てました。
モナコ海洋博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
ヨーロッパ各国の博物館・美術館は、元々が宮殿だったところが
多いですが、ここは海洋学者であった大公が海洋博物館として
最初から造ったものだそうです。
内陸側からでは2階建てですが、海側から見ると5階建て。
スペインのマドリッドにある王宮のような建物です。
(イベリア航空のフライトキャンセルのおかげで、2日前に見たばかり)モナコ海洋博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
中央部分の屋根の上には帆船の形をした飾りが付いています。
-
玄関ホールには、大きなクリスマスツリーが見えます。
初めて触れたモナコのクリスマスです。モナコ海洋博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
海洋博物館のお向かいにはアルベール1世高等学校(School Albert 1er De Monaco)があります。
-
海洋博物館から西に向かって海岸線に沿った道を歩きます。
海側は木立が続く公園になっていて、内陸側は瀟洒な住宅が並びます。
「この辺りに大公の姉妹である王女の邸宅があるのですが、
これがそうだとは案内しないように言われているので、
この辺りと申しておきます。」
現地ガイドの奥歯に物が挟まったような案内がありました。
でも、目の前の建物にはモナコ公国の国旗があるものねえ。
モナコの国旗は見た目が、インドネシアの国旗と同じです。
上半分が赤、下半分が白。
旗の縦横の比率がモナコは 4:5 、インドネシアは 2:3 です。
また、 ポーランド国旗はモナコの国旗と上下の配色が
逆のデザインです。 -
隣の邸宅にも国旗が。公族もいろいろいるからね。
現大公のアルベール2世には、姉のカロリーヌ王女と
妹のステファニー王女がおり、ともに数々の男性遍歴を
華やかに繰り広げているのだそうです。
アルベール2世自身も、妻以外の女性との子供が2人いるのだとか。 -
邸宅が途切れると、モナコの背後に迫る断崖が見えました。
本当にこの国は海までの幅が狭く、高低差が激しい国です。
よくここが世界的なセレブの集まる場所になったものです。
モナコの発展はシャルル3世によってもたらされました。
1861年にモナコからの離脱を表明したマントンとロクブリュヌを
フランスに割譲した代わりに、モナコを支配していたサルデーニャ王国
(イタリアの前身)から独立しました。
この2つの土地は当時のモナコの95%の面積を占めていました。
国土の大半を失ったモナコを建て直すため、シャルル3世は、
地中海性気候であることに着目し、高級リゾート地として発展するための
開発に力を入れ、禁止されていたカジノの経営を許可しました。
カジノと観光収入によって、国民が税金を納める必要が無くなったのは、
シャルル3世の時代からです。
彼の功績を称えて、この周辺一帯を「モンテカルロ(シャルルの山)」と
呼ぶのです。 -
モナコ大聖堂です。
モナコ公室の行事が行われる場所です。
グレース・ケリーとレーニエ3世が結婚式を挙げたのがここ。 -
1252年創建、1875年に現在の御堂となりました。
教会は聖ニコラスに捧げられたことから別名、
聖ニコラス大聖堂とも呼ばれています。 -
比較的新しいからなのか、全体的には伝統的でありながら、
細かい装飾などが目新しい教会です。 -
膝まづく女性に祝福を与える二人の男性、女性の頭上の天使。
彼女はモナコの守護聖人デヴォット?
モナコの国旗の赤は、デヴォットの血を表すんだそうです。 -
中に入ってみました。
とても整然としていて、明るくて綺麗な内陣です。 -
こんな風に白い祭壇は初めてです。豪華だなあ。
-
窪みにぴったり嵌(はま)った新しい絵画。
船を嵐から守った聖人らしいけど、誰かな? -
天井からモミの木がぶら下げられています。
こういうクリスマス飾りは初めて見ました。
よくあるのは、4本の太いロウソクを立てた
大きなアドベント・リースですが。 -
身廊と側廊との境には、みんなツリーが吊り下げられていました。
魔除けなのかな?魔除けならヒイラギだよね? -
翼廊の右側にある1500年代の祭壇画。
ニースの画家ルイ・ブレアによる聖デヴォットです。 -
こちらの祭壇の周りには、小さなプレートが張られています。
「MERCI」の文字が多くあることから、
お礼のプレートと思われます。
御利益があったんでしょうね。 -
イチオシ
こんなにお堂の中が印象的に照らし出されている教会は初めてです。
照明デザイナーが腕を振るったのかな?
セレブリティなモナコらしい演出ですね。 -
なんともダイナミックな一角。
磔刑のキリストの身体がすごいリアルな筋肉。 -
ここは、モナコ公室の歴代の墓所です。
-
近年の歴代モナコ大公の在位期間です。
シャルル3世:1856年6月20日 ~ 1889年9月10日
アルベール1世:1889年9月10日~- 1922年6月26日
ルイ2世:1922年6月27日~ 1949年5月9日
レーニエ3世:1949年5月9日 ~ 2005年4月6日
アルベール2世:2005年4月6日 ~ -
グレース・ケリーの墓石です。芸名ではなく本名が彫られています。
アメリカ人の女優であるグレース・ケリーはレーニエ3世と恋に落ち、
1956年1月5日に婚約を発表。
同年4月18日に、モナコ公宮殿にて法的な結婚式が行われました。
翌4月19日に、モナコ大聖堂にてカトリック式の挙式が行われました。 -
隣には、レーニエ3世の墓石。
1957年にカロリーヌ公女、1958年に後継者であるアルベール公世子
(現アルベール2世)、1965年にステファニー公女が生まれました。
1982年9月14日に、公妃グレースは自動車事故で亡くなりました。
ニースからモナコに戻る途中だったそうで、
私たちも事故現場のそばを通りました。 -
6~9月の毎週日曜日のミサでは、
大聖堂聖歌隊学校の生徒たちが朝10時に歌を歌います。
聖ニコラスの命日である12月6日にも初等教育の子供たちが
歌うそうです。 -
受胎告知なんでしょうか。
ポーズが芝居がかって見えるのは、新しい絵なのかな? -
内陣は一際華麗な造りになっています。
カララ白大理石の司教座や祭壇が見られます。 -
やはりここには、クリスマス・リースが
白いろうそくを4本立てて置かれていました。
この舞台装置は、まるで劇場のセットのようです。 -
モザイク画のような壁画。
-
その下の部分です。
小さなくぼみの一つ一つに聖人が描き込まれています。
これはすごい。 -
これが主祭壇なのですが、周りが煌びやかなだけに、
あれ?という感じです。 -
すごいものを見てしまった。
まるでホテルのロビーみたい。なんだこれ?
恐ろしくて考えたくないけれど、パイプオルガンのある場所だよねえ?
代わりにシンセサイザーが置かれていても驚かないぞ。
モナコはカトリックの国です。
でも、新しい国であり、変革を厭わない国なのでしょう。 -
イチオシ
外に出てみると、少しずつ夕景になり始めていました。
大聖堂は西に向かって立っているので、夕方は一層綺麗に見えます。モナコ大聖堂 (カテドラル) 寺院・教会
-
大聖堂の隣、真ん中の建物は裁判所です。
モナコの議会は一院制で、議席数は24、任期は5年です。
人口38,400人(2015年、モナコ統計局)の小さな国なので、
議員は24人しかいないのです。
モナコは警察部隊だけしかなく、軍隊がありません。
フランスによって領土の防衛を約束されているのです。
2005年のフランスとの友好協力条約によってフランス軍の派兵には、
モナコの要請・同意が必要となりました。裁判所 建造物
-
モナコ大聖堂の前からは、フォンヴィエイユ地区が良く見えます。
-
フォンヴィエイユ港(Fontvieille Harbour)が真下にあります。
モナコ港は、反対側になります。
モナコ領に入った時に見えたルイ2世スタジアムも見えます。
ルイ2世は、グレース・ケリーの夫レーニエ3世の祖父です。
1922年にアルベール1世がパリで亡くなると、ルイ2世が即位しました。
1924年にサッカーのクラブチーム、ASモナコが誕生します。
また1929年には、自動車レースの第1回モナコ・グランプリが
開催されました。
1949年にルイ2世が亡くなり、この大聖堂に葬られました。
既に1944年にシャルロット公女は公位継承辞退を表明して
長男レーニエに権利を譲っていたため、レーニエ3世として即位し、
モナコ大公となりました。 -
大聖堂前から崖沿いに宮殿広場(Place du Palais)まで
遊歩道があります。
心地よい散歩が出来そうですね。 -
ヘリがホテル コロンブス モンテカルロ(Columbus Hotel Monte-Carlo)の向こう側に降りて行きます。
海岸にモナコ・ヘリポート(Heli Air Monaco)があるのです。
モナコには空港がないため、セレブたちはニースから
ヘリで飛んで来ます。 -
モナコ大公宮殿。
1297年ジェノヴァが要塞としていたこの地を、
グリマルディ家が占拠・支配。
1861年近隣諸国の支配を長い間受けていましたが、ついに独立。
1918年フランス・モナコ保護友好条約締結。
2005年レーニエ3世公の死去に伴い、アルベール2世公即位。
フランス・モナコ友好協力条約締結。
2006年12月14日に日本はモナコと外交関係を開設しました。
モナコ公国は、EUには加盟していませんが、
EC(欧州共同体)と通貨協定を締結して、
ユーロを公式通貨として使用しています。 -
モナコ湾が見える方向です。
イルミネーションが点灯しました。 -
女性像がライトアップされています。
-
宮殿広場には、モナコ・ヴィル地区のすべての道が集約します。
アーチになっている通りが、裁判所から通って来たコロネル・ベランド・ド・カストロ通り( Rue Colonel Bellando de Castro)です。 -
この広場で15分程度の短いフリータイムがありました。
モナコの切手を買いたかったので、目の前でまだ営業している
唯一の土産物店にダッシュです。
現地ガイドに、この店は切手を売っていると言われて入ったのですが、
なんと最後の1枚!
せっかくモナコで投函しようと絵葉書を用意して来たのに、
1枚しか出せませんでした(>_<)
先程ヘリが降りて来たフォンヴィエイユ地区には、1995年
レーニエ3世によって「切手とコインの博物館」が造られました。
モナコ公国の貴重な切手や、1885年のシャルル3世から現代までの
切手印刷に使用されたすべての資料が展示されています。
また、モナコ公国で製造された切手やコインを購入できます。
博物館は、世界中の切手収集家が集う名高い国際イベント
「モナコフィル」を2年ごとに開催しています。
モナコ初の切手は、1885年に大公シャルル3世によって製造されました。
モナコ初の硬貨は、1640年に大公オノレ2世によって製造されました。 -
フリータイムの間に大公宮殿が点灯されました。
17世紀初代大公オノレ2世の時代に、イタリア・ルネサンス様式の
宮殿が建てられました。
宮殿の室内ツアーに参加して見学することが出来ます。
また、衛兵交代式が、毎日、昼の11時55分から行われます。
大公宮殿は冬期は休館になります。大公宮殿 城・宮殿
-
イチオシ
敷地内には「ナポレオン記念博物館(Museum of Napoleonic Souvenirs)」もあります。
ルイ2世が収集したナポレオン・ボナパルトに関する
展示物が見られます。大公宮殿 城・宮殿
-
要塞の名残で、砲台跡があり、モナコ湾の展望台になっています。
モナコは、レーニエ3世大公の下では、主に観光業、
工業(化学、精密機器等)を中心に発展して来ました。
次のアルベール2世大公は、主要産業は観光と金融という体制から
多様化を求めて、環境問題への取り組みを重視して活動しています。
2010年10月の名古屋における生物多様性条約第10回締約国会議(cop10)には、アルベール2世自身が参加しました。 -
アルベール2世は、スポーツマンとしても活躍し、
1998年の長野冬季オリンピックにボブスレーの選手として
出場しています。
2006年には犬ぞりで北極点に到達、2009年に南極点に
到達しています。
妻シャルレーヌ妃との間に2014年に双子のジャック公子と
ガブリエラ公女が誕生。
モナコ公国憲法では男子が優先相続者となるため、
出生順では後になるジャックが公位継承権第1位となっています。 -
展望台からのモナコ湾の眺めです。
ちょうど火灯し時で、煌びやかな町が、一層華やかになって行きます。 -
赤茶色の屋根が連なるコンダミーヌ地区。
奥に見える山はもうフランス領です。
その山裾にキラキラと輝いているのが、
シャルルの山「モンテカルロ」地区です。 -
イチオシ
モンテカルロ。
ツアーは、モナコ・ヴィル地区から出ることはなかったので、
ここから眺めるだけの「絵に描いた餅」です。
それにしても、なんともゴージャス感溢れる夕景でしょう。
背後の山も雰囲気を盛り上げています。 -
コンダミーヌ地区の更に山の手が、モネゲッティ地区。
モナコは高低差が激しいので、各所に無料のエレベーターが
設置されています。
香港島やポルトガルの首都リスボンにもありますが、
これらを乗り継いで歩くのも楽しいでしょうね。 -
モナコのエレベーターは見られなかったので、
代わりにリスボンのエレベーターです。
サンタ・ジュスタのエレベーターは有料で、
利用客はほとんどが観光客です。
ものすごい人気なので、いつも行列が出来ていて、
1時間半待ちもザラみたい。 -
モンテカルロの岬には、カジノ・ド・モンテカルロやオテル・ド・パリ、オテル・エルミタージュが並びます。
庶民には関わりのない世界が、そこにはあります。
自分とはかけ離れた世界ですが、ちょっとだけ覗き見してみたかったな。 -
モナコF1グランプリのコースは、モナコ湾に面した
この部分の公道です。
左中央の一際明るい場所辺りがスタート地点です。
緑の並木の下を手前方向に走って来て、
ちょうどこの真下でUターンします。
その先、海岸の際にある道路をモンテカルロに向かって走り、
湾の角に合わせて右手に上って行きます。
いくつかのヘアピンカーブやコーナーを経てカジノ・ド・モンテカルロの前を通過し、再びスタート地点に戻って来ます。
モナコ・グランプリは、コースに面したホテルの部屋から
観戦するのがセレブ。
レースは毎年5月に行われます。 -
クリスマスなので、遊園地になっています。
一応、クリスマス・マーケットなのかな? -
建物が見える辺りまでがモナコ領で、その先の岬はかつてモナコ領で、
フランスに割譲したマントンとロクブリュヌです。
その先はもうイタリアです。
割譲された2地区は親イタリアで、モナコから離脱したがったのです。
モナコは、イタリアに支配されていた時期があったため、
モナコ方言はイタリア語の影響が強いのだそうです。 -
さて、広場を後にして通りを歩いて行きます。
イルミネーションが綺麗です。これは大公家の紋章ですね。 -
宮殿広場からバッス通り(Rue Basse)を通り、メリー広場(Place de la Mairie)に出た所にある教会(Chapel of Mercy)。
個人的意見としては、大聖堂よりずっと好みですが、移動中なので
1枚しか撮れませんでした。慈悲チャペル 寺院・教会
-
ヴィジタシオン広場(Place de la Visitation)です。
訪問チャペル博物館 (バルバラ・ピアセカ ジョンソン コレクション)の前にはモナコ・ヴィル地区唯一のバス停があります。訪問チャペル博物館 バルバラ・ピアセカ ジョンソン コレクション 博物館・美術館・ギャラリー
-
ショコラトリー・ドゥ・モナコ(Chocolaterie de Monaco)です。
ショコラトリー ドゥ モナコ スイーツ
-
モナコ公室の御用達として有名です。
-
モナコ公国の紋章入りのエレガントな箱に詰めあわされた
チョコレートが並んでいます。
但し、ここはモナコ。それなりのお値段は覚悟してください。 -
クリスマスツリー以外は、あまりクリスマスを感じませんでした。
-
地下駐車場に戻ってバスに乗り、外に出ると
すっかり夜になっていました。
宮殿広場の真下に見えていた観覧車の横を通ります。
せっかくモナコに来たのだからと、ちょこっとだけF1グランプリの
スタート地点を通ってくれました。
アルベール1世通り(Boulevard Albert 1er)です。
レースの時には観覧車の場所に、観覧席が造られます。見てみたいなあ。
今回のツアーでの観光には不満が残りました。
モナコに来て、岩山の上だけ?
モンテカルロ地区に行かなくてモナコに行ったと言えるの?
別にカジノがしたい訳ではないけれど、
最低限車窓見学だけでもしたかった。
モナコのクリスマスマーケットらしきものは、モナコ港に面した
この辺りに展開していて、スケートリンクもありました。
ロッジ風の小屋もいくつか見られたのですが、
すべて後ろ姿だけだったので、何を売っていたのかわかりません。
この時期に来ているのだから、コンダミーヌ地区の散策なんかも
したかったな。
モナコに寄るツアーの時は、どこに行くのかを
チェックしておいた方がいいです。
これから、ニースに戻ります。
明日はニースの短い観光の後、
サンポールドヴァンスへ個人的に行きます。
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