2019/08/03 - 2019/08/03
2955位(同エリア10450件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1760冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,461,475アクセス
- フォロワー169人
今回佐渡島に来るのは私は初めてでしたが、母は祖父母や叔母と来たことがあったらしく、懐かしさを感じていたようです。妻は三十数年振り2度目の来島でした。話によるとお昼ごろにフェリーで着いた両津港近くの寿司屋に入ったらその店の大将に気に入られて、お酒や珍しい料理をふるまわれたそうです。そのまま夕方までその店にいて、酔っぱらったままフェリーの2等室でごろ寝して新潟に戻ったらしく、「港から100メートルくらいしか佐渡島を知らない。」といっていました。なので今回の佐渡の旅は楽しみにしていたそうです。一夜明けた朝は出発が午前9時過ぎだったのでゆっくり過ごせ、ホテルの敷地も散歩で来たので建築的な面白さも確かめる事が出来ました。「あおきや」で先にツアーメンバーを乗せたバスは早めに到着して、そのまま島の南端の小木港へ向かいました。まずは「たらい舟」に乗りました。数年前にベトナムの「トゥエントゥン」という竹笊の舟に乗って以来、いつかは佐渡のたらい舟と思っていましたがようやく乗る事が出来ました。舟も漕がせていただきましたが、操舟が非常に難しくてその場で回転するだけでした。舟の後は「宿根木」に移り、地元のガイドさんの案内で集落の中を案内してもらいました。ここも吉永小百合のCMで有名になったところで、思っていたよりも往時の風情が残っていてよかったです。ガイドさんもうまく他のツアーと離れてくれるので混雑した感じも無かったです。続いて「長者ガ橋」と「沢崎鼻灯台」と入場料のかからないポイントで雄大な景色を眺め「佐渡歴史伝説館」で昼食です。1時間しかないので伝説館を見る事が出来ないのが残念でした。お昼も期待していなかったのですが、良い方に裏切られたようでどれも美味しい料理でした。午後は前の晩に飲んで美味しかった「真野鶴」の蔵元尾畑酒造の見学で、エールフランスとベトナム航空のファーストクラスで提供されるお酒などを買い込んでしまいました。最後は「長谷寺(ちょうこくじ)」に参拝してこの日の予定は終わりです。長谷寺も読み方は違っても奈良の長谷寺と同じ真言宗豊山派の寺で、長い階段や牡丹の花が有名なところは建築的にも似ているなと思いました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス 船 タクシー 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
前の晩は午後9時過ぎに寝てしまい、一度風呂に入った後もすぐに寝てしまったので、午前5時過ぎに窓の外が明るくなると目が覚めてしまいました。
-
美しい加茂湖とグランドホテルにあたる朝日をしばらく眺めていました。
-
朝食は前の晩の宴会場で、和食なのにフライドポテトにウインナーにロールキャベツなんてちょっと興ざめでしたが、夏休みで子供連れも方も多いので仕方ないのかな?
木綿豆腐の冷ややっこは地元の醤油をかけて美味しくいただきました。みそ汁は佐渡の甘めの味噌に「ながも」という海藻が入っているので磯の香りがします。 -
みそ汁はもう1種類あって甘えびがごろごろ入ったものも甘みがあって美味しかったです。
-
食事の後は母と妻は部屋に戻、1人で館内の探検を続けました。ロビーにはこのホテルを紹介した建築雑誌のコピーや本が置かれてありました。
-
「昭和モダン建築巡礼」という本には詳しく紹介されています。他にも「翼の王国」の18年7月号にも詳しく紹介されていました。
-
ロビーの吹き抜けの脇に加茂湖側に出られる出入り口を発見しました。
-
湖畔まで出てみると確かにここは湖とはいえ海と繋がっているのだと感じます。たまにボラが跳ねたりします。
-
振り返るとホテルの本館の全景が見渡せました。昭和40年代としては斬新な建築だったと思います。仕事の関係で大津にある大津西武を西武大津ショッピングセンターに変える際のプロジェクトで大津に2か月ほど長逗留したことがありますが、その建物も菊竹清訓の設計だったことを思い出しました。段々になったテラスや非常階段までが美しかった記憶があります。このロケーションはその時に泊まっていた琵琶湖ホテル(現在は資料館)とその前の庭思い出しました。
-
琵琶湖ほどの眺めではありませんが、加茂湖は新潟県で一番大きな湖です。沖合いには牡蠣の養殖のいかだが浮いています。
-
この湖畔は地盤が良くないため基礎の数を抑えて、柱脚の上にトラス状の建物を乗せて繋げたという構造が良く分かります。竣工時は3階と4階部分だけでその下はピロティになっていたそうです。竣工して3年後に菊竹清訓も関わって増床されたそうです。メタボリズムという手法の良い例だと思います。3フロアの方がバランスが良く見えます。2階部分が無ければル・コルビジェの影響も強く感じたかもしれません。
-
宿泊して思ったのがスリランカの建築家のジェフリー・バワのことで、彼の設計したホテルのほぼすべてを訪ねましたが水辺の使い方が非常に上手でした。現在はそのホテルや邸宅のすべてがリノベートされて高級ホテルとして生まれ変わり、世界中から旅行者が訪れています。このホテルも星のやリゾート辺りで再開発してオリジナルに近づけて、両津港から加茂湖を通って湖からアプローチするなど、工夫したら素晴らしいなと感じました。
-
竣工時は扇風機が当たり前の時代ですから、こんな風に室外機が吊られるとは建築家も思わなかったでしょうね。
-
北側に2か所設けられた展望スペースからは金北山が望めます。
-
北側に廊下が集中しているので、こちら側にはエアコンの室外機も無いのでオリジナルに近い姿が残っていると思います。
-
鉄筋コンクリートと鉄骨の建物ですが
以外に木で覆われた部分が多く、軽やかな印象を受けます。’70年の大阪万博のパビリオンがそのまま残されているような気がしてきました。 -
展望スペースの窓に加茂湖の風景が写り込んでいました。
-
ぐるりと1周歩いたら午前8時だというのに汗ばみました。
-
夜とはまた違った雰囲気の吹き抜けを撮ってみます。
-
曲げわっぱみたいな照明器具が面白いです。
-
宿泊客の姿も無く、時間が止まったような静けさです。
-
トラス構造も覆うことなく意匠としているので、その連続性が建物を軽やかに感じさせます。
-
ジェフリー・バワを思い出したのはこの柱脚の台形のせいかもしれません。ジェットウイング・ラグーンのデザインと重なって見えます。
-
午前9時に「あおきや」からツアーメンバーを乗せたバスが到着しました。2号車は全員「あおきや」なのでこちらには立ち寄りません。
-
バスは新潟から海上を渡った国道350号線を南下して真野湾方面に向かいます。周囲は美しい田んぼの風景が続きます。
-
真野湾からさらに350号線を南下して小木港へ向かいます。
-
小木港で念願の「たらい舟」に乗る事が出来ます。母は祖父母との旅行では見るだけで乗らなかったので楽しみにしていたそうです。
-
もっと安定性の悪いものかと思っていましたが、よくこんなものがスイスイ水面をすべるものだと感心します。
-
おけさ傘でよくは分からないですが、船頭さんは20代から70代まで幅広くいらっしゃるようです。
-
後で教えてもらいましたが、櫓は船べりにつけないようにするそうです。船頭さんの姿勢の良さに美しさを感じます。
-
このタイミングまで乗せてもらう船頭さんがどんな方か分かりませんが、かなり若手の方と見えました。
-
といってもみなさん日焼け対策をしているうえにおけさ笠を被っているので誰が誰だか分かりません。多い日は1日に30回くらい漕ぐそうです。かなりの重労働だし夏場は大変そうです。
-
朝一番なのでまだ涼しかったのが良かったです。
-
途中たらい舟の漕ぎ方を教わりましたが全く漕げませんでした。船べりに櫓を当てないようにすると手首が返せません。
-
堤防の上にカメラマンがいて10分くらいでお皿に写真を貼ったものを1600円で売っているのですが、船頭さん同士でお客のカメラを交換して写真を撮ってくれます。
-
これは良い記念になりました。でも商売の邪魔にならないのかしら。この写真があれば絶対にお皿なんて買わないと思います。この方は「千と千尋の神隠し」でリン役で出ていた方です。(うそです。)
-
小さな湾を1周する15分ほどのクルーズでしたが、ここも国道350号線の一部なのかもしれません。小木港から直江津までも水上の国道になります。
-
楽しいクルーズでした。
-
昭和40年代のイラストがそのまま残されているような看板です。古いものがそのまま残されている印象を受ける佐渡島です。
-
たらい舟だけではなくスピードボートでクルーズする事も出来るようです。
-
佐渡おけさのポーズです。ヘレンカミンスキーが台無しです。
-
涼しいバスの中が天国のようです。しばらく海岸線を走ると石置き屋根の集落が見えてきました。
-
宿根木は中世の頃より廻船業を営む者が居住し「宿根木浦」は佐渡の富の3分の1を集めたと言われるほど栄えたそうです。やがて小木港が江戸幕府によって整備され商業の中心が小木港へ移行すると、宿根木の人は船主が先頭となり十数人の船乗りと共に全国各地へ乗り出して商いを続けます。村には船大工をはじめ造船技術者が居住し、千石船産業の基地として整備され繁栄したそうです。
-
ここでもたらい舟体験が出来るようです。地元の案内人の方のお話だとこの日は波も穏やかで箱眼鏡を使わなくても海中が見渡せるほどの透明度だったそうです。どうせ乗るならこっちのたらい舟の方が魅力的でしたね。白い花崗岩の柱は千石船を係留した舟つなぎ石で、瀬戸内海から戻る積み荷の無い空船が持ち帰ったものです。
-
ここでは「はんぎり」と呼ばれる舟は味噌や醤油の樽の上半分を切り取って使ったので半切りなのだそうです。
-
浜から集落への正面には「風垣(かざがき)」と呼ばれる防風の垣根がありました。
-
腰までは古い船の廃材を使い、上部は割った竹が組まれています。冬場は風が強いのだろうと想像できます。日本海側の海岸線には同じようなものが残されています。
-
細い脇道は「世捨小路」と呼ばれ、亡くなった方はこの道を必ず通ったそうです。
-
「旧宿根木郵便局」
所有する石塚権兵衛家は明治中頃に廻船業から転じて薬局や郵便事業を営んだそうです。洋風建築の郵便局舎は大正10年の電信電話の開始を記念して建てられたものです。 -
「清九郎(せいくろう)」
廻船2隻を所有した廻船主の家柄らしく、広い土間や台所や面取柱など内装の柿渋塗りや漆塗りといった豪華な造りが見られます。建物内部は一般に公開していますが、ツアーなので個別に見学している時間はありません。 -
我が家の吉永小百合?
-
現在は一般公開していないようですが、程よく朽ちた感じのままの方が良いのかもしれません。
-
称光寺川は集落の中を流れる川とは思えない清流で、カジカや藻屑蟹や稚鮎かアマゴのような小魚の魚影が濃かったです。この集落には庭と呼ばれるスペースが無いので貴重なオープンスペースなのだと感じます。
-
塩が専売制だった頃の名残の看板が三角家に掛かっていました。
-
「宿根木公会堂」
様々な行事に使用される芝居小屋形式の集会施設で、大正時代に建てられた旧公会堂を再現した昭和レトロの雰囲気を感じさせる建物です。 -
「石鳥居」
白山神社の前の石鳥居は安永2年(1773年)に建立された花崗岩の鳥居です。これも舟つなぎ石と共に持ち帰ったものです。 -
岩に穿かれた墓所が残るのは集落のはずれの「称光寺」です。
-
「称光寺」
貞和5年(1349年)開創と伝わる時宗の古刹です。本堂は大正12年10月に起きた称光寺大火後の建築ですが、火災を免れた山門は享保2年(1713年)の棟札が残り、寺の建築物の中では一番古いそうです。 -
山門の扉は観音開きですが、左右で造った人が違うそうです。左側は宮大工が板を継いだ扉です。継ぎ目に隙間はありませんが見ても分かります。
-
ところが右側は船大工が造った扉で、年月が経っても継ぎ目が分かりません。船に水が入らないための工夫がこのような違いになって残っているそうです。
-
鎌倉当りの古刹のような雰囲気です。
-
本堂では法事の準備がされているようだったので近くまでは行きませんでした。
-
「三角家(さんかくや)」
弘化3年(1846年)の水害後に羽茂大橋付近から移築したものといわれる建物です。移築前は4間×6間の四角い建物であったが、敷地に合わせて三角形にきりつめ建てられたそうです。 -
JR東日本の「大人の休日倶楽部」のCMでこの場所で吉永小百合さんが写真を撮っています。
https://www.jreast.co.jp/otona/tvcm/shukunegi.html -
市川崑監督で石坂浩二の金田一耕助の映画がそのまま撮影できるような町並みが残っているように思えます。
-
長野の安住の辺りで多く見る事が出来る「道祖神」の握手像が珍しかったです。円輪の中で正装した男女の神が互いに肩を組みして前で握手している像です。向かって右側に男神、左側に女神が彫られているのが一般的です。
-
漆喰塗りの土蔵も全てサヤと呼ばれる杉板で覆われており、その多くが千石船で繁栄した幕末から明治にかけて建てられているそうです。内側の土蔵は色鮮やかな姿が残されています。
-
土蔵はこのような覆い家で囲われているので、土蔵ということは表からでは分かりません。冬の風雪では漆喰が痛むのでこのようなことが考えられたのだと思います。
-
これらの「腰板」は千石船の建造時の余った木材や廃船になった木材を再利用されたものです。船に使われる板は一番外側の板でも1寸2分(36ミリ)あります。これらの板は船喰い虫の被害を防ぐために数年で取り替えられたそうです。
-
「伊三郎(いさぶろう)」
明治26年(1893年)まで弁財船の船頭を稼業としていた家で、2階北側部分がせり出したセガイ造りや登り梁構造や「石」と書かれた軒下飾りなど特徴的な意匠が残る建物です。2階はゲストハウスになっていて1組だけ宿泊できるようです。 -
セガイ造りの支えは扇のデザインになっていました。
-
かなり歩きましたが2人共元気でした。
-
集落を簡単に散策した後は20分ほどの自由時間がありました。
-
目の前にあった「nano」というカフェに入ることにしました。
-
古い町屋をそのまま残して、土間の部分に厨房を設えていました。扇風機の鮮やかな水色が、昔台湾の九分の茶館にあった古い扇風機の色だったので懐かしくなりました。
-
母もさすがに暑かったようで、妻にジェラートを買ってもらっていました。
-
色とりどりの天竺牡丹が生けられていました。ダリアと呼ぶより天竺牡丹と呼んだ方がしっくりくるような気がしました。
-
案内人の方に見送られて次のポイントに移動しますが、近くにあった千石船「白山丸」展示館の前でUターンしました。少し開いた扉から巨大な千石船の舳先が見えました。
-
バスで少し走ると「長者ガ橋」で停車しました。深浦地内に架かったこの橋は隣接する沢崎地区から深浦地区への交通手段で、過去には船を頼るしか方法が無かったそうです。
-
橋には撮影ポイントがあり40メートルの高さから絶景を眺める事が出来ます。
-
佐渡島に来るまで海の美しさについてはあまり考えてはいませんでしたが、フェリーからの眺めや海岸線からの美しさには驚きました。
-
続いて「沢崎鼻灯台」に停車しました。暑さの中で青草の蒸れた匂いを嗅いでいたら沖縄の旅行を思い出しました。それくらいの暑さでした。小木半島突端の沢崎鼻に建つ灯台で昭和3年(1928年)に光が点り、現在のものは昭和62年に造られた2代目だそうです。
-
佐渡を訪れた歌人の与謝野晶子が沢崎鼻灯台を詠んだ歌を残しています。「沢崎の灯台に身をなぞらえて はし鷹立てり 一つの岩に」
-
四角く削られた海岸の岩はマルタ島で見た塩田を思い出させました。海の色も同じくらいの美しさです。
-
この辺りは海釣りのポイントのようで、たくさんの釣り人の姿がありました。
-
吸い込まれそうな海の青さです。
-
灯台の見学でバスストップしましたが、皆さんの興味は美しい海岸線の集中しています。
-
小木の城山台から沢崎の神子岩まで連なる約16キロの海岸線は古い火山活動により形成された変化に富む景観で、「佐渡小木海岸」として国の天然記念物及び名勝に指定されています。最近はやりのジオパークといういうわけです。
-
高台に広がる青々とした田んぼと青い海のコントラストが美しいです。
-
往路と同じルートで真野湾まで戻りました。
-
お昼ご飯は「佐渡歴史伝説館」でした。1時間しかないのでお昼ご飯を食べるだけで伝説館の見学は出来ないのが残念です。この日は夕方4時前にはホテルに戻るのですから、時間さえ30分もらえれば自分でお金を払っても見学したい気分でした。
-
館内のレストランに食事が準備されていました。食事は期待していなかったので、何が出ても期待以上に思えました。
-
焼き物はのどぐろでイカと大根の煮物と7点盛のお刺身と豪華です。
-
喉が渇いているのでビールで乾杯です。美味しいのでご飯のおかわりまでしてしまいました。
-
敷地に「ごりやく橋」があったのですが、今さらご利益を期待するほどの願いもありません。
-
とはいいながら渡っておきましょうね。
-
お昼ご飯の時くらいしか2号車と出会うことはありませんでした。帰りの新幹線も別々で、買える時間も早いので忙しそうでした。1号車で「佐渡グランドホテル」の宿泊でよかったです。妻と母が他の方に聞いたところによると「おおきや」は古いという印象のホテルだったそうで評判はいまいちでした。
-
午後は「尾畑酒造」の蔵元見学です。といっても簡単なビデオを見た後は試飲とお買い物です。
-
昔はこんなしめ縄細工で宝船などをこしらえていたのでしょうね。
-
どこかで会ったことがあると思ったら。
-
ベトナムのホイアン郊外のミーソン遺跡でお会いした方でした。
-
この吟醸生原酒はエールフランスとベトナム航空のファーストクラスでサービスされているお酒だそうです。すっきりとした飲み口でしたので5合瓶を1本お土産に買いました。
-
それ以外にも前の晩にホテルで飲んだ冷酒の5合瓶も1本。佐渡産のサフランを使った梅酒も美味しかったので1本。母と妻は大吟醸酒ケーキを買っていました。
-
何度も試飲したのでほろ酔い気分です。
-
吟醸生原酒は年末の蕎麦打ちで友人にふるまう予定です。
-
楽しい酒蔵巡りでした。
-
この日の最後は「長谷寺(ちょうこくじ)」に参拝しました。このうさぎ観音を見てテレビのニュースを思い出しました。住職の話によると本当は目から赤いレーザーを出したかったのですが、航空法の関係で光るだけになったとのことでした。
-
長谷寺は今から1210年ほど前の大同2年(807年)に弘法大師の創肇とされるそうです。長谷寺の寺号は地形が大和の長谷寺に似ているところから「里を長谷と称し山号を豊山、寺号を自性院長谷寺と称せり」とされました。
-
本堂は六間間取方丈形式で棟高も高く風格ある外観です。元々は茅葺だったようですが、現在は手入れの簡易な鉄板仮葺となっています。
-
本堂ではご住職の法話を聞くということでしたが、寺宝の自慢話ばかりのようでした。面白かったのは寺の境内の雑草を食べさせるために放し飼いにしているようです。ただ天敵のテンがうさぎを狙うので逃げ方を教えるのが大変だとのことでした。うさぎの逃げ足は速いのですが、習慣で逃げる途中で立ち止まって後ろを振り返るそうです。
-
本堂の中を子うさぎがぴょこぴょこ歩いているので気持ちがそっちにいってしまいます。お話が終わった後は自由に伽藍を参拝できます。写真も自由に撮って良いとのことなのが嬉しいです。
-
奈良の長谷寺に似ていて牡丹の名所なので、本堂の欄間の彫刻も牡丹ばかりでした。
-
木造十一面観音立像1体は平安後期の作で十一の顔それぞれ前の三面は素直に仏の教えに従う人に慈悲を垂れ、左の三面は従わないで勝手なことをしている人に対して忿怒の形相で、右の三面は狗牙上出面と呼ばれる苦行の人をほめたたえる姿で、後ろの一面にある笑面は暴悪大笑面はゆとりをあらわすとされているものです。
-
個人的に興味深かったのは江戸時代の「十王像」でした。日本に十王信仰が持ち込まれた事で他界についての情報が飛躍的に増えました。旧来は「古事記」に見られるあいまいな黄泉国の他界観で漠然と死後へ行く世界だけでした。
-
それに対し死した後の世界を詳細に定義付けた「地獄の他界観」は道教と儒教の影響を色濃く受け、個人に対して厳しいものになります。末法思想が流行ると他界観がクローズアップされ、明確な情報をもった地獄が広く受け入れられる結果となります。日本の「地獄の他界観」のほとんどが中国由来ですが、三途の川や賽の河原や奪衣婆(だつえば)や懸衣翁(けんえおう)などの違いがあります。
-
子供の頃に父方の菩提寺に行くと閻魔堂があり、恐ろしい形相の閻魔様や奪衣婆(だつえば)の像が暗がりに置かれているのを見るのが嫌で仕方ありませんでした。
-
この辺りの回廊を見ていると奈良の長谷寺を思い出します。そういえばどちらも真言宗豊山派のお寺だったと気がつきました。
-
父が好きだった会津八一もこの寺で「うぐいすや苔滑らかに舌老いたし」と歌を詠んでいます。
-
「観音堂」まで上がっていました。元禄4年(1691)建築の規模の大きな五間堂で、江戸中期における密教本堂の一例といわれます。
-
「三本杉(県指定天然記念物)」
古くから「長谷の三本杉」と呼ばれ、樹高約50メートルで周囲6.4メートル以上の大樹です。樹齢は推定千年以上とされ、現在でも樹勢は旺盛だそうです。 -
「高野槇(県指定天然記念物)」
本堂前庭の築山にあるこの木は、周囲4.6メートル、樹高40メートル、推定樹齢は500年以上とされています。「槇」は日本特産の針葉樹で、日本の中部及び西部に自生し佐渡島が北限と言われます。 -
上の写真の木を本堂から見るとこのような大木です。
-
牡丹の花が咲いていないのが残念でした。
-
我々が最後の参拝者のようで、この後どんどん扉が閉められていきました。大きな伽藍なので毎日のことですが大変だと思います。
-
これで2日目の観光は終わりですが、まだ午後3時過ぎです。
-
加茂湖の湖畔の高台に建つ「あおきや」を経由しました。バスの半分以上の方がここに宿泊しています。なるほどこちらも古い建物のようですが、建築的な特徴はありません。
-
両津港を通過してホテルに戻りました。
-
ホテルに戻って2時間ほどお昼寝をして、お風呂に入ってくつろいでから晩御飯になりました。
-
今日も盛りだくさんの料理が並んでいます。
-
この牡蠣フライの牡蠣は加茂湖の物でしょうか?そう思って食べました。
-
イカソーメンも美味しかったです。日本海はいかがたくさん獲れますからね。
-
お刺身3点盛。
-
八寸もイカ尽くしです。
-
焼き物は子持ちカレイをを焼いて味噌と芥子の実が乗っていました。
-
海草を練り込んだうどんも美味しかったが、これだけでお腹がいっぱいになりそうでした。
-
前の晩と同じ民謡ショーが始まりました。MCの口上は少し内容が違いましたが、踊りは同じで両津踊りからスタートします。
-
やはり相川踊りが一番かっこいいです。
-
帯の締め方がどうなってるのか気になりましたが、2回見ても分かりませんでした。
-
晩御飯の後は部屋に戻って部屋飲みしました。いろいろおつまみを持ってきて良かったです。何しろ近所にコンビニすらありません。1日バスで走ってもローソンを1軒見ただけでした。調べてみても元々セーブオンといったコンビニがローソンに変わっただけでセブンなどはありません。今年は沖縄にセブンが開店してニュースになりましたが、実は佐渡島にはまだ出店していないのです。
-
フロントに氷をもらいに行くとビニール袋いっぱいくれました。小さいアイスボックスに入れておいたら一晩持ちました。寝る前にお風呂に入って2日目も無事に終わりました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2019 佐渡島
0
140