2019/05/02 - 2019/05/04
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picotabiさん
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GWのモンゴル旅 5、6日目。
旅の計画で、ウランバートルに旧日本軍兵の
墓地跡があると知り、敗戦後にモンゴルでの
過酷な労働を体験した著者が書いた
「黒パン俘虜記」を読みました。
内容は戦後のどさくさに紛れて
極道上がりの元囚人が、組織の中にボスとして
君臨し、主人公が狂った軍律の集団にいながら
絶対日本に帰る! という強い気持ちを持ち続け
生きながらえるという話。
物語は読了後のよくある後味の悪さはなく
カラリと書かれてるとはいえ、戦友たちの
食べたい、帰りたいと思う気持ちや
俘虜となった身のやるせなさ無念さは
痛烈に伝わってきます。
帰国できなかった人たちは日本にいつか帰れる
という希望を持ちながらも、寒さや餓えや
暴力などで多くが亡くなり、その数1600越え。
どれほど祖国に帰りたかっただろうと思うと、
亡くなった方たちを慰めに行かずには
おれませんでした。
---スケジュール---
4/27土 成田→ウランバートル
4/28日 ウランバートル
4/29月 ウランバートル→テレルジ
4/30火 テレルジ
5/01水 テレルジ→ウランバートル
●5/02木 ウランバートル
●5/03金 ウランバートル
●5/04土 ウランバートル→成田
-
5月2日木曜 8:30。
テレルジから戻ったウランバートルの
K国系ホテルでの朝食。
テレルジに行く前に宿泊したゲストハウスで
日本人男性が、ガンダン寺の仏像を
見るのを勧めてきたので、まずはそこに
行ってみることに。 -
ホテルから歩いてガンダン寺に向かうと
この光景。
この僧侶さんたちの姿を見て
モンゴルの仏教はチベットから
きてるというのを知る。 -
モンゴル仏教の中心 ガンダン寺。
チベット仏教なので、最高指導者は
ダライ・ラマということになる。
ここは寺院だけじゃなく宗教大学や
病院などの施設も併設されていて、
5000人もの僧侶さんがいるらしい。ガンダン寺 寺院・教会
-
中に入ると、26メートルもの巨大な観音様が
目を見開いて立っておられます。
前仏はスターリンによって破壊され
こちらは1996年に作られた2代目。
迫力もあってか なぜか泣けてきた。 -
ギンギンなメジカラ。
ちなみに入場料は結構適当に
人をみて徴収してるようでした。
寺に関係のなさそうな男性が近づいてきて
チケット代は払ったか? と聞いてきたので
払ったけど!!! と一喝。 -
バスに乗ってスフバートル広場へ。
広場の入り口にあった、
世界中の硬貨で作られた世界平和の鐘。
この鐘、日本の一個人の思いから
世界中に置かれてるとは知らなかった。 -
スフバートル広場。
ロシアの赤の広場を真似て、
分列行進ができるように造られたそう。チンギスハーン広場 広場・公園
-
そしてこの広場そのものや
周りにある昔からある建物は、
抑留された日本兵によって造られたもの。
あのピンクの劇場も。 -
広場を造らせたスフバートルは
中国からの独立革命を果たした
モンゴルの英雄。
紙幣にもなってます。 -
物語によると、1921年の独立宣言から
25周年を記念した年の5月に向け、
宗主国からもらった2万の日本人俘虜に
前年の11月から都市景観を造らせたとのこと。 -
日本人俘虜たちは半年で、しかも
冬の過酷な時期にこの広場と主要な建物を
造り上げたということになる。 -
モンゴル政府宮殿。この建物が建つ以前は、
レーニン廟に似せたスフバートルの霊廟が
建てられてたそう。
霊廟の前は国会議事堂として機能していて
それも日本人俘虜が造った。政府宮殿 (国会議事堂) 城・宮殿
-
スフバートル廟はソ連崩壊後に取り壊され、
今となっては宮殿にはチンギスハン像が
鎮座していて、この広場の名前もそれとともに
「チンギスハン広場」に変わったのだけど
今またスフバートル広場に戻ってるという。
・・・なんともややこしい。。 -
政府機関関係者でしょうか。
記念撮影されてました。 -
お金持ちだからなのか
女性の恰幅がいい。 -
政府宮殿左手の道を挟んだところにある
国立博物館。阪急交通社のツアーの
団体さんがいらしてました。
もちろん一緒に説明を聞くけど
ガイドさんの説明は主要な展示物のみで、
時間がないのであろう、早足で廻っていた。モンゴル国立博物館(国立民族歴史博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
-
隣の建設中の建物。
レンガを積んでるだけなんですよね。
地震がない土地なのだなぁ。 -
17時。初日に宿泊したゲストハウスの
近くにあるレストランにまた来た。
ここはハズレがないので、滞在中
3回も利用しました。 -
このあとの帰宅ラッシュが凄まじかった!
バスに乗れない!
タクシーもつかまらない!
乗るのは諦め、30分歩いてホテルに着く。 -
翌5月3日金曜12時。
白タクを捕まえて日本人抑留者の墓地跡へ。 -
ウランバートル市街から北に車で20分ほど。
幹線道路から右に入ったところにあります。
周りは少し寂しい感じ。 -
到着して車を降りると、追いかけるように
車が入ってきて、運転手が降りてきた。
他の日本人の方がチャーターした車の
運転手さんでした。 -
そのあとに若い男性がニコニコしながら
近づいてきたので、その人も日本人かと思い
話しかけてみたけど、どうも管理人さんの
とこの家族の方のようでした。 -
私はまったくもって彼を日本人と信じて
しまったのだけど、言葉が通じないと知ると
彼とのコミュニケーションをやめてしまった。
せっかく家から出てきてくれたのに。
これを後悔している。 -
敷地はぐるりと柵に囲まれていて、とても広大。
この地に遺骨は835も葬られていたそうで
厚生労働省により全てが日本に送られているとのこと。 -
ガイドブックによると、桜の植樹を
すすめたりして公園として整備中との
ことだけど、木が定着するのは
なかなか難しいのかな。
どこにも桜の木は見当たらず、
松の幼木が植えられてるだけでした。 -
慰霊塔で合掌。
ここで私らは大失敗をしました。
モンゴルに来る前にお線香を買ったのに
持ってくるのを忘れた。。 -
日本政府のメッセージが書かれたプレート。
-
慰霊塔の奥に観音様が。
-
慰霊塔からみる景色はウランバートル市街地が
遠くに見えて見晴らしがよいです。
この円形の広場に降りると、自分の声が
すっごい反響しました。マイクがなくとも
遠くまで聞こえる構造になってるよう。 -
円形広場の中央に、モンゴルの地図。
-
モンゴルにある日本人墓地の場所が彫られてます。
全部で16箇所。 -
雨で濡れていてわかりづらいですが
「日本の方向」と書かれてる。 -
お堂のような建物。
ここも普段は鍵がかかってるのだと思う。
開いてたので、さっき近づいてきた
管理人の男性が開けてくれたみたいです。 -
中に入ると、中央に観音様
周りに献花や展示が。
ありがたくもここにお線香がありました。
モンゴル紙幣を寄進して合掌。 -
皇室や政界の要人の訪問の紹介。
-
ここが桜が咲く公園となりますように。
-
さてここから南下したところに
日本人霊堂がある寺院があるので行ってみます。
googleMapによるとここからは歩いて30分ほど。 -
途中にあったカフェで休憩。
墓地跡と僧院の間にあるのは
ありがたかった。 -
寺院に到着。
ここも、ガンダン寺と同様ソ連の粛清を受けて
一度廃院になってます。そのときの手がかりを
探ってるのか、穴ぼこがあちこちに。ダンバダルジャー僧院 寺院・教会
-
物語にでてくるアムラルトという名の病院。
著者は、ヤクザが率いる労働作業から
国連に報告するための遺体の臓器を調べる
作業に変わり、それを行った病院がここに
あったそう。 -
で、どこかのサイトでこの写真の廃墟が
アムラルト病院と紹介されていました。
ガイドブックにもアムラルト病院について
「現在は廃墟」とあります。
このあたりで廃墟と呼ぶにはあの建物しかない。 -
でも、病院にしてはとても小さい建物。
もしかしたら、一部が壊されてこのような姿に
なってるのかもしれないけど
本当にそれなのか疑問に思いました。 -
手前右の白い建物が日本人の霊堂。
普段は鍵がかかっていて入れません。
寺院は貧困者に物資を配布する
ボランティア活動をしてるとのことで
私らはノートや筆記用具などの学用品を
買い込んで持ってきました。 -
綺麗な寺院。
寄付を渡すために中に入ると、来訪者に
読経をするお坊さんと、ろくろのようなものを
回しながら読経するお坊さんが2名。 -
読経をうけている手前の女性が
私らに気がつき、手招きしながら
"here, here" と一緒に読経を聞けと言う。
彼女は英語が通じるようなので
寄付を持ってきたんだけど。。と言うと、
他のお坊さんに説明して渡してれた。 -
それで、日本人の霊堂に入りたいけど
鍵がかかってるから開けてもらいたいと
彼女に言うと、そのようなものが
ここにあることに驚いて、読経していた
お坊さんに伝えてくれました。
写真は電話で鍵を持ってきてと連絡し
みんなで待ってるところ。 -
しかし残念なことに鍵は見つからず。
開けてもらうことは叶いませんでした。 -
お坊さんは英語がペラペラ。
ここで気になることを聞きました。
この建物がアムラルト病院なのか。
答えは ちょっとわからない。。と。 -
でも、あの建物では解剖してたみたいだよと。
ええーー!? -
7歳からここにいるけど、
あそこは幼い頃に怖くて近づけなかったと。
ほんとかなぁ。。
窓がないけど。。 -
ちなみにアムラルト病院は新しく
生まれ変わろうとしていて建設中とのこと。
この青い建物がそれ。
寺院は観光としての見所がある
みたいなのだけど、寄付もできたし
満足したのでここをあとにしました。 -
15時。このあとは美味しいものを
食べに行こうと決めていました。
Dambadarjaa Khiid Bus Stopまで歩き
29番バスに乗ります。
こちらの方面だとバス停の標識がないけど
googleMapのピンの位置はだいたいあってる。 -
Sansar bus stopで下車し
北京通りを西へ。 -
日系企業が資本のフラワーホテル。
フラワー ホテル ホテル
-
目当てのレストランはここの2F。
ウクライナ料理のお店です。
Opanas Ukrainian Cuisine
https://www.serj.mn/ -
店員さんの制服や設えが可愛い!
-
こちらは少し懐かしい雑貨が飾られてる棚。
-
カシオの電卓!!
これ今見るとかっこいい~ -
ウクライナ刺繍が施されたテーブルクロス。
-
お酒のお通しと、黒パン。
-
ここはやはりウクライナを代表する料理
キエフのカツレツとボルシチ! -
美味しい。。
-
デルニというジャガイモのパンケーキ。
もうこれでお腹いっぱい。
モンゴルでこんな料理が食べられるなんて。
美味しくいただきました! -
翌5月4日 帰国。
成田に着いた時の気持ちは、
ああ…帰ってきた でした。
日本人墓地跡の訪問は
モンゴルでも抑留があったことを
知らなかった自分が、実体験の物語を
読んだことで兵士たち個人の思いに
心揺さぶられ、現地に赴いたことが
少しでも亡くなられた方たちの慰めになれば
よいなと思います。この記事も弔いのひとつに
なってくれれば。改めて合掌。
おしまい。
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この旅行記へのコメント (7)
-
- 琉球熱さん 2019/07/18 00:36:04
- 結論は・・・自明
- picotabiさん、こんにちは
最後はとても有意義に締めくくりでしたね。
picotabiさんの行動力に脱帽です。
かの大戦末期の「抑留」には、場所は変われど一様に胸が締めつけられるような話が付きまといますね。
やっぱり戦争はやっちゃいかんです。
何を言われてもぐっと我慢、とは言わないけれど、最悪の事態を避けるのが人間の知恵のはず。
------琉球熱-------
- picotabiさん からの返信 2019/07/21 09:22:20
- RE: 結論は・・・自明
- 琉球熱さん どもども! コメントありがとうございます。
> 最後はとても有意義に締めくくりでしたね。
はい。観光ももちろん楽しんだけどこれをやらずには帰れないなと。
わりとゆったりめのスケジュールだったけど、最後の日に慰霊塔に行って
お寺の方にも少しだけど話が聞けて、日本人として意味のあることができたかなと。
琉球熱さんは沖縄で亡くなられた方たちを偲んで慰霊碑を回られてましたよね。
なかなかできることじゃないです。ただそうされる気持ちはとてもわかります。
私もコメント書きながら今も黙祷したり祈ったりして。
その地に行かなくてもこうすることで亡くなられた方の慰めになるといいな。
-
- sakuraさん 2019/07/17 12:28:43
- なるほど
- モンゴル、行ったことないので楽しく拝読させていただきました。
モンゴル殉難日本人霊堂があることは知っていましたが、初めて拝見して胸がぎゅーーーっとなりましたね・・・。
第2次大戦中に満州でソ連軍に捕らえられた後、モンゴルで強制労働、ノモンハン事件などで亡くなった旧日本軍の兵士たちに、黙祷を捧げます。
- picotabiさん からの返信 2019/07/21 08:42:46
- RE: なるほど
- sakuraさん こんにちは! コメントありがとうございます。
日本人兵抑留ですが、実のところこれまで私もテレビでよくやってるシベリア抑留などの話は漠然とした気持ちでしか見られなかったのですが、本では感情移入してしまい、現地ではどうぞどうぞ安らかに、、、と強く願うばかりでした。例えが不謹慎かもですが、自分も海外でもし事故にあって死んだらと思うと、絶対日本に帰りたいと思うに違いないし。観光も楽しんだけど、日本人として有意義なことができたかな。
あとで調べてみると、ガイドさんは日本語は挨拶程度しかできないようで、でも今は翻訳アプリもあるし頑張ればいろいろ聞けたなと思うとちょっと心残りではあります。
でもコメントをいただいて、行ってみて、記事書いて本当によかったと思いました。
ありがとうございました!
-
- nichiさん 2019/07/15 17:33:31
- 黒パン俘虜記
- この本知りませんでした。
そもそも、私たち夫婦のモンゴル旅行は、リゾート主体のチャラい旅行だったので、
picotanbiさんの旅行記を拝見して、この本をメッチャ読みたくなりました。
早速、アマゾンでオーダーしちゃいました。
- picotabiさん からの返信 2019/07/15 18:20:50
- RE: 黒パン俘虜記
- nichiさん どもども。コメントありがとうございます!
私もアマゾンのレビュー見てこの本をポチりました。
戦争小説にありがちなジトジトした感じがまったくなく
ほんとカラリと書き上げていて、あっという間に読めてしまうと
思います。
登場人物はどうも実名で書かれてるらしく、
これ書いたあとに著者は命を狙われたんじゃないかと
思うぐらいやくざあがりのボスはひどいことを。。
あ。ネタバレになりそうなのでこの辺にしときます!
picotabi
- nichiさん からの返信 2019/07/17 20:35:30
- Re: 黒パン俘虜記
- 本着きました。 読んでみます。
コメントを投稿する前に
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