2019/05/03 - 2019/05/03
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- フォロワー46人
■5月2日~5月5日 アヴィニョン3泊
★5月3日(金)アヴィニョンからアルルへ日帰り
ー サン・トロフィーム教会(Church of St. Trophime)と回廊
ー 地下回廊
ー 円形競技場
ー ヴァン・ゴッホ財団(美術館)など
■スケジュール(9泊12日)
1) April 25 / 22:55 HND- (AF293)
2) April 26 / 04:30 CDG // 09:27 (1ーhour delay) CDG -Marseille (TGV) Marseille - Aix-en Provance (TER)
https://4travel.jp/travelogue/11493926
3) April 27 / Aix-en Provance - Bonnieux - Lourmarin- Aix-en Provence (Local bus)
https://4travel.jp/travelogue/11497855
4) April 28 / 11:25 Aux-en-Provence - 14:25 Nice (Bus/ LER20) // 15:25 Nice Riquer ー Villefranche-sur-Mer - 18:46 Nice Riquier (TER)
https://4travel.jp/travelogue/11497299
5) April 29 / Nice Ville - Cagnes-sur-Mer - Nice Riquier
https://4travel.jp/travelogue/11497834
6) April 30 / Nice - St. Paul de Vence - Vence - Cagnes-sur-Mer - Antibes - Nice Riquier (Local bus & TER)
https://4travel.jp/travelogue/11497837
7) May 1 / Nice Riquier - Roquebrune-Cap-Martin ー Menton - Nice Riquier (TER) // Nice Riquier - Nice Ville - Cannes (TER&TGV) // Cannes - Le Cannet
https://4travel.jp/travelogue/11497841
8) May 2 / Le Cannet - Avignon (OUI BUS)
https://4travel.jp/travelogue/11497845
★9) May 3 / Avignon - Arles - Avignon (TER)
10) May 4 / Avignon - Saint-Remy-de- Provence - Avignon (Local bus) // Avignon - L'lsle sur la Sorge - Avignon (TER)
11) May 5 / 17:47 Avingon TGV - 21:02 CDG (TGV) // 23:23 CDG
12) May 6/ - 18:20 HND (AF274)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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7:15ホテルを出発。今日はアヴィニヨン駅からTERでアルルへ行く。
宿泊しているアヴィニョンのホテルキリヤードの前の時計台広場にて。 -
アヴィニョン駅までの道沿い、お菓子屋さんがもう店を開けていた。
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後ろ髪引かれるとはこの事だわ
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ホテルから徒歩10分でAvignon Centre駅
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コートダジュールとは電車が変わった。
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間違って1等座席に座ってた。
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20分ほどでアルルに到着
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駅から歩く。Google mapで名所が無いか探すと、いきなりこの近くに「黄色い家」って出てる。なんだろう?
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この近く?気付かずに通り過ぎてしまう。
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ゴッホゆかりの場所だった。ゴッホが住んでいた「黄色い家」があった場所。
1888年から1889年にかけて、画家ゴッホはここで生活し、絵を描いていた。ラ マルティーヌ広場 広場・公園
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手前にある黄色い家はもう無いけれど、奥に見えるクリーム色の4階建てのビルや、道路の向こうの鉄道のガードは当時そのまま。「黄色い家」は第二次大戦の空襲を受け全壊。
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カヴァルリ門から城壁の中へ
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泉(Fontaine Amedee Pichot)
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建物の壁にプレート
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門から真っ直ぐ歩くと円形劇場が見えてきた。
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円形劇場
その昔、アルルは南フランスきっての大都市でした。まず目を引くのが円形闘技場です。1世紀末に完成したとされます。古代ローマ時代には検討が行われ2万人が詰めかけたと言われています。石灰岩をアーチ状に積み上げた古代建築。完成からおよそ2000年、今も現役。闘牛などに使われています。 -
アルルに来たのは2度目。前回2008年8月に来たときはバカンス~♪な雰囲気で人でごった返していたこの辺り。海岸沿いのリゾート地にいるみたいだった。今日は朝早いのでまだ閑散としてるけど、昼はにぎわうのかなーとこの時は思いながら(結局、アルルは混むと読んでたのですが、そうでもなかったです。まだシーズン前だったようです)。
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古代劇場
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サマーガーデンの階段
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ローランドタワー
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Jardin d'été(サマーガーデン)
地面にゴッホのプレート -
Jardin d'été 「サマーガーデン」
この公園は、ゴッホの「公園の入り口」という絵の題材となった場所。この絵は昨年フィリップスコレクション展(三菱一号館で開催)で実物を観ましたー。 -
たまたまベンチで腰掛けてるムッシュが。写真撮ってんの?華麗にスルーしてくれました。
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Jardin d'étéサマーガーデンにて。ゴッホの像は何処のも表情が怖い顔。
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観光案内所、サマーガーデンを出てリス通りを右へ行くとありました。
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エスパス・ヴァン・ゴッホ (Espace Van Gogh)へ向かう。
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ゴッホが療養生活を送った病院の跡。現在は図書館、店舗などが入った総合文化センターになっている。中庭は、ゴッホの絵「アルルの療養所の庭」に基づいて復元されている。
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入ってすぐにあったゴッホの胸像、こちらもチョット怖いー。
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1888年、カミソリで左耳(右耳ではない)を切断し、ゴッホはこの病院に収容された。その後病院は取り壊されたけれど、ゴッホの絵を元に復元されてるんですね。
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2008年にJTBのフランス周遊ツアーでここへ一度来ています。
でもこの時まで、ここがサンレミのサン=ポール=ド=モーゾール修道院院のほうだとずーっと思ってました。ツアーではサンレミには行かなかったという事実がようやく(汗)やっぱり、連れていかれるだけのツアーはダメですね・・・(´・ω・`) -
レピュブリック広場、正面の建物はアルルの市役所。この建物の入ってすぐ左の入り口から地下回廊に入れます。
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レピュブリック広場の中心には円形闘技場跡から運ばれたというオベリスクが建てられている。
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サン・トロフィーム教会
Church of St. Trophime, Arles
12世紀と15世紀の間に建てられたロマネスク様式の教会。教会入り口(特に最後の審判の彫刻)および隣接する回廊の柱は、ロマネスク様式の彫刻の最も保存状態の良いものとされている。
教会は、聖ステファンにちなんで名付けられたアルルの5世紀の大聖堂の跡地の上に建てられた。 -
教会入り口のティンパウムに、「最後の審判」をイメージした彫刻がある。
キリストは、その周りを伝道者に囲まれ、ティンパナムの中央に坐っている。キリストの周りは聖マタイの人、聖マルコの獅子、聖ルカの牛、そして聖ヨハネのワシ。使徒は、彼らの下に置かれている。ポータルの左側には選ばれたクリスチャンの行列が天国に行き、右側には罪人が地獄に投げ込まれている。 -
天使たちは、死の眠りから我々全員を呼び起こす呼びかけをし、キリストはすべての魂を裁く。それは天国へか地獄へか。
・・・教会が建設された当時、11世紀後半から12世紀初頭にかけて、アルルはプロヴァンスで2番目に大きな都市で、人口は15,000人から20,000人でした。アルルは、繁栄しているローヌ川の港と、壁に囲まれたローマ時代の旧市街と、2つの新しい都市から成り立っていました。正式にはアルル王国として独立していました。 -
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鎖でつながれた魂が右側の地獄に引きずり込まれ、義人が左側の聖徒の手に渡されます。
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鎖に繋がれた罪人たち
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教会の内部へ
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後陣と翼廊はおそらく11世紀後半に最初に建設され、身廊と鐘塔は12世紀に完成。
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教会の入り口を背にして左のほうへ少し行くと回廊への入り口があった。
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入ってから、また2度目の入り口がある。
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2つ目の入り口に入って階段を登ったところにチケット売り場のブースがあります。
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この回廊や、円形劇場や古代劇場、コンスタンティヌスの公衆浴場など6か所のモニュメントと美術館にに入れる6か月有効のチケット(16ユーロ)が、チケット売り場の案内にあったのでこれを購入しました。でも、ゴッホ財団(美術館)は含まれていないようです。
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6か月有効の全て入場可能の共通券のチケット(6モニュメントと美術館) 16ユーロ
1か月有効の6箇所有効(4モニュメントとMusée Réattuとその他の1美術館) 12ユーロ
入場できる一覧のページがありました。。
https://www.arlestourisme.com/assets/files/horaires_tarifs.pdf
(情報、修正しました) -
回廊は12世紀後半と13世紀前半に建設されました。教皇グレゴリーによって制定された改革の下で、司祭たちは都市から壁で隔てられた大聖堂の囲い地の中で共同の寮、食堂と回廊で僧侶のように生きることを要求されました。
食堂は教会の隣に会議室とともに、最初に建てられました。司祭たちの寮として、回廊の東側にある広いアーチ型の部屋が次に建てられました。回廊は北のギャラリー、続けて東のギャラリーへと1210年から1220年頃に完成しましたが突然中断されました。 -
東と北のギャラリーの建設後すぐに、街は衰退し始めました。プロヴァンスの伯爵はアルルからエクスに移動し、教会の権威の中心はアヴィニョンの教皇宮殿に移動し、1251年にアンジュのチャールズはより自立のためにアルルの指導者たちの移動を抑制した。1348年に、黒死病はプロヴァンスのすべての人口を劇的に減らしました。
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北西の柱。左から、聖ペテロ、キリストの復活、聖トロフィムス(写真の正面)、右は聖ヨハネ。
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聖女たちの下に香水売り
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左から 聖アンデレ,上がキリストの祝福、下に聖ステファンの石打
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壁の浅浮き彫りはイースターの朝のキリストの昇天を示しています。
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ロマネスク、いいですねー。ずーっと観てても見飽きません。
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回廊の北と東のギャラリーは12世紀のロマネスク様式で、南と西のギャラリーは14世紀後半のゴシック様式です。
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回廊は2階にも上がれます。
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南と西の回廊のギャラリーは1380年代ー1390年代まで建てられませんでしたが、アヴィニョンの法王によって好まれたゴシック様式で建てられました。
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隣りの市庁舎の中へ。
(お手洗いはこの入り口の手前、左にありました。建物の外です) -
入ってすぐ左に地下回廊 (Cryptoportique) への入り口。先ほど購入した6か所共通券を提示して入りました。
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地下回廊 (Cryptoportique) 、写真よりもずっと暗かったです。
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アルルのお土産もの屋さん
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写真撮るなら1ユーロくれと言われた。笑ってごまかす。
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ゴッホが描いた「夜のカフェテラス」のカフェ。
「旅するフランス語」の中で、現地のかたが、このカフェはもともとは白い壁で、ゴッホが黄色に描いたのだという話をしていました。 -
フォルム広場。フォルムとは、古代ローマ都市の公共広場のこと。像は、1904年にノーベル文学賞を受賞した詩人フレデリック・ミストラルの像
フレデリック・ミストラル(1830年9月8日 - 1914年3月25日)は、フランスプロヴァンス地方のマイヤーヌに生まれた詩人。代表作に『ミレイオ』があり、この作品で1904年にノーベル文学賞を受賞した。
アレラーテ(当時のアルルの呼称)は紀元前46年にローマの植民地となったが、このフォルムは、紀元前20年代頃に建造された最初の大規模な都市施設であり、ユリウス・カエサルの庇護に感謝する目的で作られた。
この広場の土台となっているのは、さっき見て来た広大な地下回廊。地下回廊は、穀倉地帯であるオチュールの丘の斜面の高低差をカバーするために据え付けられたもの。収穫物の格納を目的としていたともされる。
現存するフォルムの場所は、古代の位置とはやや一致していないものの、世界遺産「アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群」の一部として登録されている。フォーラム広場 広場・公園
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ランチは、このレストランに予約を入れていました。カヴァルリ門(Porte de la Cavalerie)の近く(徒歩数分の距離)の広場(ヴォルテール広場、Place Voltaire)の片隅にあるレストランです。なかなか見つけられなくて少しウロウロしてしまった。
◇トリップアドバイザーから予約しました。
この旅で行ったレストランはほとんど。コメントを読んで、上位を選んだのでどこも美味しかったです。
◇Les Piques ou Rien
53 rue Condorcet | Place Voltaire, 13200, Arles, France
+33 4 86 32 29 44
https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g187211-d12967829-Reviews-Les_Piques_ou_Rien-Arles_Bouches_du_Rhone_Provence_Alpes_Cote_d_Azur.html -
現在トリップアドバイザーで1位(アルルのレストラン228軒中)になっているレストラン。予約をしているらしいフランス人がドンドン入店していました。
スターター、メイン、デザートのコースで26ユーロ、スターター、メインのみのコースで21ユーロの2種類。毎日メニューが変わり、決まっているメニューは無いそうです。
最初その意味がわからず・・・(汗)コンセプト・レストランなんです、とお店のかた。 -
甘口の白ワインををお願いしたら、こちらを勧めてくださいました、2.8ユーロ。甘くて美味しかったですー。
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料金設定がリーズナブルなところも人気の一つなのかなーと思いました。黄色いボトルはお水のサービスです。
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スターターは、プロヴァンス産の野菜(ビーツやさつまいもやオリーブなど)とチーズとカリカリのブレッド。プロヴァンス産のアーモンドの入ったディップも美味しかったなあ。
メニューは一つ一つ説明してくださいます。私にだけ英語で、そのほかのお客さんは全員フランス人だったので、全員まとめてフランス語で・笑 -
メインはお米とサーモン。それとプロヴァンス産の牛肉とお野菜を使ったムサカ。私が予約したせいなのか、サーモンのほうはおしょう油味だった。美味しかったなあ。とっても研究熱心なシェフがやっている店だなーって思いました。
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デザートも、とっても奥が深いお味。プロヴァンス産の果物のジェラート(ベリー系だったかと)と、果物の赤ワインのシロップ漬け。そして手前はチョコレートケーキなんだけど、温かくて、中にいろいろな果物の入ったクリームが入っていて、外はサクサクで。どれも美味しかったです。
フランスのレストランって、ほんとに美味しい(パスタなんて食べると一部例外はありますが)。。しかし、お値段がどこも高めなのが玉にキズですが。やっぱり、イギリスやドイツにはおいしいものはあまり無いなーと思ってしまった。 -
美味しいレストランでした。レストランは小さいので、事前に予約したほうがよさそうです。
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街角にはゴッホがたくさんだ。
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闘牛の案内のポスターが街角に。9月7日と8日にあるようですね。
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回廊のところで買った共通入場券で円形劇場の中へ。2008年にツアーで来た時は数時間のフリータイムがあったのだけど、ヴァカンスシーズン真っ盛りの夏で混んでいたのもあり、中へ入らなかったのです。今回初めて入りました。
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席の番号が。
アルルは、古代ローマ時代にはプロヴァンス屈指の大都市として繁栄した時期があり、中世にはサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路のうち、南仏を通るトゥールーズの道の始点になっていたことから、巡礼者たちで賑わった街。
円形闘技場 は、古代ローマ時代の剣闘士競技などの見世物が行われた施設の一つで、1世紀末頃に建造された。当時は3層構造で2万人を収容できたが、現存するのは2層のみ。 -
一番高く登れるところへ。
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土で出来ているサントン人形。フランス・プロヴァンス地方で作られている土人形です。 19世紀のプロヴァンスの人々の伝統的な衣装や、生活の様子を表現しています。
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プロヴァンスらしーーいお土産モノ屋さんはアルルが一番充実しているかも。
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川を見に来ました。ゴッホが「ローヌ川の星月夜」を描いた場所。
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ゴッホが描いた方向は違うようですが・・・。
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共通入場券で入れる「コンスタンティヌスの公衆浴場」へ。
古代ローマ時代の公衆浴場跡。4世紀にローマ皇帝コンスタンティヌス1世がアレラーテ(現在のアルル)に逗留していた際に建造されたもの。元々は、宮殿、体操場、水風呂(フリジダリウム)、ぬるま湯風呂(テピダリウム)、熱湯風呂(カルダリウム)、サウナ風呂、プールなどが設置されていた大浴場であったが、現存するのはぬるま湯風呂、熱湯風呂、サウナ風呂、およびそれらの後部に設置されていた半円状のプールの遺構だけだそう。 -
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ財団美術館へ。2014年にオープンした美術館。
ヴィンセント・ウィレム・ヴァン・ゴッホ(1853年3月30日~1890年7月29日)は1888年2月20日から1889年5月8日まで、およそ15ヶ月(444日)の間アルルで暮らした。滞在中に200点もの油彩画、100点以上の水彩画やデッサンを描き、200通以上もの手紙を書いた。その大半が散逸することなく現存する。 ゴッホの制作量は驚異的で、特にアルルに滞在していた時期は絶頂期で、ゴッホの10年にわたる芸術活動の頂点の時期であったそう。
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ財団美術館のHP
http://www.fondation-vincentvangogh-arles.org/en/ヴァン ゴッホ財団 博物館・美術館・ギャラリー
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この美術館はゴッホの作品を所蔵しているわけではないとどこかで読んだので、当初は期待していませんでした。それが、行ってみたら、なかなかの充実ぶりで絵画鑑賞を満喫しました。ジョージアの国民的画家で放浪の画家と言われたニコ・ピロスマニ(Niko Pirosmani) &ゴッホの絵の企画展をやっていました。
ピロスマニは、パブロ・ピカソも以下のように賛辞を送っていた画家だそうです。
「私の絵をグルジア(現在のジョージア)に飾る必要はない、なぜならピロスマニがいるからだ」 -
ピロスマニ(二コロズ・ピロスマナシュビリ)はジョージアを代表する国民的な画家。ジョージア東部のカヘティ地方のミルザアニの農家に生まれ、幼少期をそこで過ごしたが、両親の死後、カランタロスの家族に連れられてチフリス(現在のトビリシ)に移住します。
ピロスマニが25歳ごろのこと、カランタロフ家の娘で、彼よりずっと年上の夫を亡くしたばかりのエリザベトに想いを寄せるようになり、求愛の手紙を書いたことがスキャンダルとなって、長年お世話になった家を離れることになります。
その後は、友人と商売をはじめるも失敗、鉄道会社に勤めるも続きせず、持てるものを失い、黒い背広に黒い帽子をかぶり、放浪の旅に出ます。衣食住は構わない、絵さえかければいいという思いで。
そんなピロスマニに大きな転機が訪れます。1912年に芸術家にその絵を見出されます。翌年にモスクワの前衛美術展にピロスマニの作品「小鹿」「静物」「ビールジョッキを持つ女」「イリヤズダネヴィッチの肖像」の4点が出品され、世間の注目を浴びます。素朴で、これまで観たことがない手法で描かれた絵は、美術界に衝撃を与えました。
ピロスマニの生きた時代、1914年のコーカサス地方は、オスマントルコとの戦争の最前線となり難民も流入、ジョージアの人々は生きることに精いっぱいとなり、画材も全体的な物価高騰の影響を受けました。
1915年をピークに作品を巡って、ジョージアの芸術家を二分する議論が起こります。それからすぐ新聞記事にピロスマニを揶揄するイラスト(風刺画)が掲載され、この時期からピロスマニは人を避けるようになっていく・・・。
ピロスマニは亡くなるまでの約半年間、ワインの貯蔵に使われていた冷たい穴倉で生活していました。身体を壊し、寝たきりとなったピロスマニは、近所の靴職人が見つけられ、知人が病院まで運びました。が、病院に搬送されたものの、意識不明のまま一日半後に亡くなりました。その遺体は、共同墓地に葬られました。亡くなった日にちは諸説あり、また墓地の場所も特定できていません。
ロシアの「アンリ・ルソー」とも呼ばれているそうですが、生前一度は脚光を浴びながらも流転の人生、貧困のうちに死去、どこか、ゴッホの人生とちょっと重なるような画家・・・。 -
ピロスマニが描く作品は、黒いキャンバスに描かれているそうで、コントラストが鮮明な印象。
《庭番》
気難しそうな老人の目はするどく、そして不思議な存在感があります。ジョージアのトリビシ旧市街地にこの庭番の銅像があるのだとか。 -
《ビールジョッキを持つ女》制作年は1909年から1912年、ジョージア国立美術館の所蔵。
彼女はビールジョッキを左手で掲げているが、乾杯の相手もおらず、ただ無表情に遠くを見ている。胸を大きくあらわにして、背中に流した金髪は彼女の職業を暗示している。彼女はタルチャラの街のクラブの娼婦で、しかし、ピロスマニ研究者によれば、彼女の超越的な視線は同時に、ジョージアの土着の女神ダリをも暗示しているという。 -
《小鹿》
ジョージアの今は使われていない一ラリ紙幣の裏面は、この小鹿です。鮮やかな青色の背景に映える、小鹿の姿。小鹿の目は大きく、愛らしいものの、見方によってはどこかさびしげに見える -
《女優マルガリータ》
1909年に制作された油彩画、ジョージア(グルジア)の国立美術館の所蔵。
加藤登紀子さんの曲「百万本のバラ」は、このマルガリータとピロスマニがモデルの実話だそうですねー(この曲、よくは知らないのですが・・w)。 -
マルガリータの写真も展示されていました。1894年、32歳のピロスマニは熱烈な恋に落ちた。相手はフランス人の女優マルガリータである。彼女は旅まわりの劇団の花形女優で、巡業のために彼の住む町にやってきた。彼は一目で恋をし、彼女の泊まっているホテルの前の広場を花で埋めつくした。この恋はおそらく実を結ばず、経営する店が破産する原因にもなったようである。
しかしマルガリータの姿はピロスマニの心にずっと残っていて、出会いから10年以上経った1909年にこの絵は描かれました。そして、ピロスマニ亡き後、マルガリータが後年この絵を観て涙したとの逸話もあるそう。 -
《日露戦争》
制作年は不明。ジョージア国立美術館所蔵。
日露戦争の様子を描いている。もっとも、ピロスマニはおそらくジョージア国外に一度も出たことがないと思われるため、想像で描かれたものと推測される。日露戦争は1904年に開戦した。この画面には陸地が見える海戦図として描かれているので、旅順港の封鎖作戦を描いているのかもしれない。
この絵の重要な点は、ピロスマニがロシア・アヴァンギャルドの画家たちに「発見」されるきっかけとなったという点である。ペテルブルクのロシア人画家キリール・スダネヴィッチがあるときピロスマニの住むトビリシにやってきて、居酒屋の看板として使われていたこの絵を見て、いたく感銘を受けた。彼はピロスマニの他の絵も探し出し、これらをモスクワやパリで紹介した。このようにしてピロスマニは無名の日曜画家から「素朴派」の代表的画家として認められるに至ったが、結局国内の画家協会やメディアからの反発を受け、不遇の生涯を終えたのである。
・・・日露戦争とは!あー、そうかあ、この絵を描いた当時はロシア人なのね。興味深いなーってしげしげと観ました。 -
《キリン》制作年は分からないようです。
この絵を描いた頃、トリビシには動物園はなかったし巡回サーカスも無かったとか。本の挿絵などを見て想像を折り混ぜ描いているらしいです。そう言われると、キリンにしては・・・という感じもします。 -
《牡鹿》
ピロスマニは1000点以上もの多作の画家だったそうですが、現在発見されているのは200点強とか。日本ではかなり以前に1度だけピロスマニだけの展覧会があり(昭和61年に西武美術館で)、またそのほかにもほんの時々ですが、何点かは来日、展示されているようです。しかし、ジョージアまで行かないとなかなか見れない画家。フランスでも久しぶりの展覧会だった様子。珍しい画家の代表作が思いがけずフランスで見れて満喫しました。 -
続いてゴッホの作品。5-6点あったようです。ゴッホ財団は所有はしていないけれど、借り受けて展示している美術館なのですねー。日本で言うと、国立新美術館のような、コレクションは持たず企画展だけやる美術館ということみたいですね。
《Flyng Fox, Nuenen》
フライングフォックス
Vincent van Gogh(1853 - 1890)、Nuenen、1884年10月 - 11月
キャンバスに油彩、41.5 cm x 79.0 cm
ゴッホ美術館、アムステルダム(Vincent van Gogh Foundation) -
《Shoes, Paris》1887
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《Path in Montmartre(モンマルトルの道)》(1886年4-5月)
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≪The Woodcutter≫ (after Millet)「木こり(ミレー後)」
Vincent van Gogh (1853 - 1890), Saint-Rémy-de-Provence, September 1889
キャンバスに油彩、44 cm x 26.2 cm、ヴァンゴッホ美術館、アムステルダム(ヴィンセントヴァンゴッホ財団) -
Vincent Van Gogh:《ジヌー夫人の肖像》(1890年2月)
サンレミ・ド・プロヴァンスで制作、ローマ国立近代美術館の所蔵
アルルの女(ジヌー夫人)とは、1888年から1890年にかけてフィンセント・ファン・ゴッホによって描かれた一連の油彩絵画。単に「アルルの女」とのタイトルが付されていることもある。モデルは、ゴッホが出入りしたフランス・アルルのカフェの経営者であったとされる。
1888年から制作されたバージョンは2枚が知られており、それぞれオルセー美術館とメトロポリタン美術館に収蔵されている。
1890年以降の別バージョンの構図はポール・ゴーギャンが1888年に描いた素描が元とされ、ゴッホの筆による同様の構図の絵が複数(4点とされる)ある。そのうちで特に傑作とされるものが、衣服がピンク色の1点である(他の3点は衣服が黒い暗色である:展示されていたものもこのうちの一つですかねー)。衣服がピンク色の作品は、以前は個人蔵であったが、2006年5月にニューヨークのクリスティーズでの競売で、4033万6000ドルの高額で落札された。落札者は明らかにされていないため、再び個人蔵となったものと思われる。
この絵は、私は初めて見たのですが、2017年の東京でのゴッホ展で来日しているようですね。 -
美術館の2階では、現代美術家による「ニコ・プロスマニへのオマージュ(Hommages a Niko Pirosmani)」と題した展示。奈良美智の作品が2点ありました!
Yoshitomo Nara
《The actress Margarita, after Pirosmani》(2018年) -
Yoshitomo Nara
《Queen Tamar, after Pirosmani》(2018年) -
こんな風に展示されていました。初めて奈良さんの作品を観ました。フランスで観れるとは。ずーっと観たかったので嬉しいー。
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あと、安藤忠雄の作品もありました!
Tadao Ando
《The table of Niko Pirosmani》(2018年) -
Tadao Ando
《The table of Niko Pirosmani》(2018年)
安藤先生ってアートも制作されてるんですね。 -
充分に満喫してアルルの街を再び。そろそろ夕方、アヴィニョンへ戻る時間となりました。当初はアルルに宿泊することも考えたけれど、行きたいところが次々と出てきて、つい効率の良いほうを取ってしまいアヴィニョンでの連泊となりました。
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最後に古代劇場へ。紀元前1世紀に作られた劇場跡。中世には採石場とされた後に要塞に転用されたが、19世紀に現在の形に復元された。17世紀にここから「アルルのヴィーナス」像が発掘されているが、ルーヴル美術館に収蔵されているそう。
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17:34 Arles 発- Avignon Centre行き
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20分でアヴィニョンに戻ってきました。
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枝振りに特徴があって見とれてしまう。ここ、2008年10月に初めての一人旅でここへ来たときに泊まったホテルなんです(懐かしくて覗いてしまいました)。11年前よりリノベーションして料金設定が上がってたので諦めたのですが。駅から歩いてすぐの素敵なホテルなんですよー。
◇Le Cloitre Saint Louis (4つ星ホテル)
20 Rue du Portail Boquier, 84000 Avignon, フランス
WRV3+GX アヴィニョン, フランス
URL: cloitre-saint-louis.com
+33 4 90 27 55 55 -
夕ご飯は予約していたレストランへ。しかし、疲れ気味で、夕食はスープのみとなってしまいました。フォートラさんで、日本人に評判のいい店だという話を読んで予約していったのに・泣。もっといろいろ食べたかったなあ、残念。これは、「本日のスープ」、ポテトのスープでした。
◇Ginette et Marcel
25 Place des Corps Saints, 84000 Avignon
+33 4 90 15 78 64
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2019GW南仏8 アルルでグルメとゴッホ、そしてジョージアのアンリ・ルソーと出会う
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