2019/05/10 - 2019/05/10
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belleduneさん
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大学卒業以来、この辺りには来たことがありませんでしたが、旧磯野邸からずっと湯立坂を下って行くと、小石川植物園があり、その中に移築されているのが、小石川分館です。東京駅の直ぐ傍にあるKITTE内にある「インターメディテク」へは2回ほど行ったことがあります。こちらは、建築ミュージアムとして建築の常設展示(建築模型)、身体空間の展示(モンゴルのゲル、台湾ヤミ族カヌーの水上建築)、自然形態の展示、空間標本、東京大学建築の模型、東京大学構内写真が旧東京中央郵便局の窓枠を写真のフレームして展示してありました。これが一番気に入った展示でした。1、2階に数点展示されており、また行って見たくなりました。
表紙の時計は、東京計器製作所製の日本初の電気時計・A型親時計。大正15年8月製造と書いてありましたが、2つある時計は何故と思って、東京計器製作所に問い合わせましたところ、丁寧に返答がありました。時計がボックス内に2つ設置してあるのは、時刻に狂いた生じた際の予備の為が主な理油でした。2つの時計の振り子の振動で、狂いが生じることがあるそうです。納得です。ありがとうございました。
- 旅行の満足度
- 4.5
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この旧東京医学校本館は、現存する東京大学最古の建物です。明治6年(1876)に工部省営繕局の設計で本郷キャンパス内に建てられました。明治10年(1877)に東京開成学校と東京医学校は合併されて、東京大学が創設。その際、旧本館も医学部の施設として使用されていました。大学病院再編に伴い、建物の前半部分が赤門脇へ移築され、史料編纂掛がそこに入居することになりました。その際の移築設計案は、営繕掛の技師・山口孝吉によるもので、施設規模が縮小され、塔屋、窓枠、手摺などが改造されました。現在のここの姿に近いものということです。昭和40年(1965)に本郷で解体され、昭和44年(1969)に現在地へ。数回に亘る移築、改修を経た建物ですが、洋風、唐風、和風の三要素の混交形式に、原型の名残が残っています。
1階の玄関前から前に見える小石川植物園を見ています。しかし、この玄関は出ることも外から見ることもできず、後で植物園の池越しに見ました。 -
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左手に見える瓦は以前の屋根に使われていたものでしょうか。近づけないので、よく分かりません。
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玄関ポーチの軒周りのデザインは、菊などの植物がデザインされています。
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1階隅に展示してあった日本初の電気時計だそうです。係りの方もご存知ないので、次回KITTE内の博物館へ行って訊いてみようと思います
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1階に移築された復元の丸柱
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その柱の天井接合部分
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この柱も構造部材
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2階からの眺めです。
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2階のテラスへ出てみたいですね。
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2階の天井部分
和小屋の構造 -
構造部材がよく分かります。
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建物外回りの下部に空いた換気穴
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建物裏手ですが、現在は入口となっています。
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こちらが表側ですが、これ以上進めません。
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窓周りの意匠が当時の新しいデザインを取り入れたものだったのでしょう。
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小石川植物園へ800mほど歩いて周り、広い植物園を歩いてくると和風庭園の向こうにこの旧東京医学校が見えてきます。
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池越しの建物が晴れた空に良い景色になっています。
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小石川植物園の日本庭園は、徳川綱吉の幼児期の居邸だった白山御殿と蟻川能登守の屋敷跡に残された庭園で、エヂ時代の代表的な庭園の一つ。造園家は分からないそうですが、遠州派の流れを汲むものだそうです。自然の地形を巧みに利用して、石組みや地割に優れた技術が見て取れると言われています。
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先程内部を見学した旧東京医学校へ近づいていきます。
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池越しに見る外観も良いものです。
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屋根には、瓦が落ちないようにネットが架けられていました。
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塔屋には窓が四方に開けられているようです。木製の桟が張ってありますが、当初は窓ガラスだったのでしょうか。何度も言いますが、2階のテラスに出て見たい!
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小石川植物園の入り口へ800m歩いて行き、まず、こちらの植物園内にある本館へ。
小石川植物園の正式名称は、東京大学大学院理学系研究科附属植物園です。
寛永15年(1638)徳川幕府が江戸の南と北に薬園を設置したのが始まりです。その後、貞享7年(1722)養生所を小石川薬園内に創設します。貞享20年には青木昆陽がここで甘藷の試作をしています。
明治元年に東京府の所轄大病院附属薬園となります。その後、色々と変遷があり、明治8年に文部省博物館の所轄小石川植物園と改称されます。西洋式温室も移設されます。2年後には、東京大学、法、理、文、三学部附属植物園となります。
明治35年に日光に分園を開設します。44年日光の現在地に移設されますが、ここへは行ったことがありますが、広くて迷ってしまいました。 -
昭和14年(1939)に竣工した植物園本館です。設計は内田祥三氏。他に、東京大学安田講堂、東大駒場ッキャンパス、東大医科学研究所などを設計されています。
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内部は入れませんので、外観だけ見ます。アール・デコの鉄筋コンクリート造の2階建。
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ガラス張りの時計塔は、東西両側に時計があります。南北は曲面ガラス張りで、内側に螺旋階段があります。ガラス越しに見えますね。階段好きな私は入って見たいです。
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手間へ左側は、傾斜を生かした半地下のようになっていました。
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正面玄関はやや半円形のアール・デコ様式。
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昭和59年(1984)に改修されていますが、やや汚れが目立ってきています。補修の時期かと。
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玄関内からの眺め
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雨の日などは良い感じだと思います。梅雨の時期に来て見ますか。
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名残惜しい螺旋階段。窓枠も斜めに模様があります。
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建物のやや北側
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本館前にあるマツ科のヒマラヤスギの大木
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「ニュートンのリンゴ」昭和39年(1964)にイギリス物理学研究所長サザーランド博士から柴田雄次博士に贈られた木を接ぎ木したものだそうです。
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もうリンゴの花は散ってしまい、これから実がなるのでしょうか。
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「メンデルの葡萄」大正2年(1913)、第2代園長三好学氏がチェコのブルノにメンデルが在職したケーニギン修道院を訪ね、旧実験園に残っていた葡萄の分譲を申し出て、その翌年、ブルカート博士から送られて来たものだそうです。
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こちらが大正8年に造られた柴田記念館(旧植物生理化学実験室)です。
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週末は内部を見学できるようです。
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柴田記念館側のソメイヨシノは殆ど散っていますが、まだ花びらが残っていました。
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モミジバスズカケノキ
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クマツヅラ科のニンジンボク
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原産は中国
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珍しいシロマツ
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トキワマンサクの大樹
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中から見るとこんな具合です。
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