2019/04/19 - 2019/04/21
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nichiさん
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朝9時30分のごミサに間に合うようにカトリック大浦教会へ。
この日は復活祭です。
その後、日本二十六聖人記念館を訪れました。
ここが思ったより興味深く、予定時間を大幅にオーバーしてしまいました。
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長崎港から路面電車に乗って、
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大浦天主堂駅へ。
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大浦天主堂駅を降りて弁天橋から大浦川を見るとこんな感じ。
左側に見えているのが大浦天主堂駅です。 -
カトリック大浦教会です。
大浦天主堂のすぐ近くにある教会です。
今日は復活祭。
せっかく長崎にいるのですから教会でごミサにあずかってみようと思って、夫婦で訪れました。 -
事前にネットで調べていたのですが、今日のごミサは9時30分から。
今は9時。
まだ聖堂内はガラガラですが、すぐに満席になりました。 -
約1時間のごミサにあずかり、復活祭の玉子を戴きました。
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さあ路面電車の駅である大浦天主堂駅に向かいます。
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駅のホームでマジマジと戴いた玉子を見てしまいました。
この玉子、帰る時の長崎駅の空港行のバスを待つとき、ビールのつまみに戴きました。 -
新地中華街で路面電車を5号線から1号線に乗り換えます。
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様々な車両がある長崎の路面電車です。
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こんな車両たちも。
これ、両方とも路面電車です。
バスではありません。。
長崎駅で降りてバスターミナルに行ってコインロッカーに荷物を預けました。 -
身軽になった身体で長崎駅近くのこの旧坂を登ります。
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ここには北瀬崎米蔵があった跡とのこと。
この米蔵は何?
米の搬入・搬出に不便だったこと長崎に享保4年(吉宗の時代ですね)に米蔵が設置されました。
1,561坪の米蔵で、水門が三か所、土蔵が五党、役人詰所一棟、番所一棟あったらしいので、大規模な米蔵だったようですね。 -
坂を登って西坂公園にやってきました。
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ここで、
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まさにここで、6名の外国人と20名の日本人が豊臣秀吉のキリシタン禁令のため大阪や京都で捕らえられ、長崎に護送され、この地で処刑されました。
慶長元年12月19日(1,596年)のことでした。 -
ポルトガル人でイエズス会の神父様であるルイス・フロイスの碑です。
二十六聖人が処刑された翌年の1597年(慶長2年)に、「二十六聖人の殉教記録」を文筆し、その年に長崎で亡くなりました。
65歳でした。 -
おおっ!
有名な碑が見えます!!!!!!
ここが祈りの丘です。 -
家内との比較でこの碑の大きさを把握してください。
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26人全員まっすぐ前を向いています。
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日本二十六聖人記念館に入ってみます。
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入口のこの像は?
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聖ロレンゾ・ルイス
日本における最初のフィリピン人殉教者です。
二十六聖人が殉教した約40年後、長崎奉行から棄教させるための拷問を受けますが、彼は信仰をもってそれに応じず、西坂で穴吊りの刑に処せられ殉教しました。
1,981年マニラで礼福され、1,987年聖人になっています。 -
さあ中に入ってみましょう。
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チケット購入
500円×2枚。 -
1,962年日本二十六聖人の列聖100年にあたり、イエズス会によって設立された記念館です。
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厳かな雰囲気の館内です。
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入って正面にあるのはフランシスコ・ザビエルの像です。
子供の頃、教科書に落書きしてサングラスをかけたり長い髭を付けたりしていました。
ゴメンナサイ。。。 -
ザビエルの像に対し「永遠の巡礼者」の表記ですね。
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これぞ豊臣秀吉の禁教令です。
左側に、
「一、日本は神国たる処、切支丹国より邪法授け候儀、太だ以て然るべからず候亊。」
と読めますね。 -
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日本二十六聖人の試作です。
全員が中央を向いています。
元々は、天の一点に視線を集中させて天国を暗示させるためにこのデザインであたようです。
しかし製作にあたっては、全員の顔の方向をまっすぐに変えています。
そして左右の像の視線は順々に外に開いているように見えます。
これは見た人が中央に立った時、天の広がりを感じるためだったとのことです。
知らなかった~~ -
この試作は中央を向いています。
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右側も。。。
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1,981年、ローマ教皇聖ヨハネ・パウロ二世がこの地にお見えになっています。
メッセージを熟読しちゃいました。 -
まさに碑の前でメーッセージを発せられました。
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これは何?
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聖フランシスコ・ザビエル直筆書簡です。
ポルトガル国王デアルジョアン三世宛です。 -
こんな南蛮帽子をかぶっていたんですね。
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アントニオ・トマス神父の遺品です。
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宗門改帳です。
慶応2年のものです。
徳川奉行のキリシタン禁制方法の一つである「宗門人別姓」です。 -
寺請制度を確立させ、民衆がどのような宗教宗派を信仰しているかを定期的に調査しました。
この台帳をもとに踏み絵が行われました。
後の戸籍台帳のもとになっています。 -
これがその踏み絵
映画「沈黙ーサイレンス」(マーティン・スコセッシ監督)で使われたレプリカです。
見ました観ました!
この映画!!
フェレイラ神父が踏み絵をする場面で登場するレプリカです。 -
禁教の高札です。
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これも禁教の高札です。
キリシタン宗門は長年禁止されている。
もし不審な者があえば訴え出よ。
その褒賞として、
司祭のことを訴え出た者には 銀500枚
修道士のことを訴え出た者には 銀300枚
立ち返りの者を訴え出た者には 銀300枚
同宿や宗門の者を訴え出た者には 銀100枚
を与える。 -
これは、寺請証文
キリシタンでないことを証明するお寺が発行した書面です。
「この者は昔より当寺の檀家で間違えございません」 -
これは聖パウロ三木との表示。
だーれ???
説明書きを読みながらI-PADでググってみると、
武士の家に生まれた三木は父もキリシタンでした。
少年時代から宣教師の教育を受け、当時のイエズス会の会員の中で一番の説教家と認められました。
日本最初の司祭になる予定でしたが、長崎と大阪で宣教している間に殉教者の列に加わることになってしまいました。
最後の説教も十字架の上からだったとのことです。。。。
日本二十六聖人の一人です。 -
これは島原のキリシタンの祭壇を再現したものです。
柱の一部にマリア観音を隠すスペースがあります。 -
これはオラショです。
お祈りのテキストですね。 -
クリスマスイブの祝い
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五島では、クリスマスは「お大夜」または「ナターレ」と呼ばれ、祈りの儀式が持たれました。
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栄光の間
です。
この祭壇には二十六聖人の聖遺骨が納められています。 -
1,982年、マザー・テレサがここを訪れ、祈りを捧げました。
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このフレスコ画が素晴らしかった!
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フレスコ画「長崎への道」
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この絵に見入ってしまいました。
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キリシタンが磔になっている様子や、
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教会内で殉教者が縛られています。
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これは細川ガラシャ。
明智光秀の娘ですね。
大阪で洗礼を受け、ガラシャと言う名前で知られています。
知識と美貌に優れ、夫人の模範ともされました。
関ヶ原の前に石田三成に殺害されています。 -
明治の教科書では、細川ガラシャはキリシタンとしてではなく、模範の女性として紹介されていました。
明治はまだそんな時代だったんですね。
明治時代には国民的アイドルだったようです。 -
厳かな館内。
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聖パウロ三木
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聖ヨハネ五島
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日本二十六聖人記念館をあとにします。
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出口にあったこれは何?
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トマス小崎の母にあてた手紙の紹介です。
これ、有名ですね。。 -
西坂公園の奥に斬新な建物が見えます。
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聖フィリッポ・デ・ヘスス教会です。
二十六聖人のひとりで、メキシコ人フランシスコ会修道士聖フィリッポ・デ・ヘススに捧げられた教会です。
スペインの有名な建築家アントニオ・ガウディを日本に紹介した今井兼次氏による設計です。
なーるほど!
見た目はガウディですよね?? -
寄ってみましょう。
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聖堂の入口です。
聖堂内は撮影禁止。 -
聖フィリッポ像です。
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メキシコの大司教から長崎に贈られた像です。
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聖フィリッポ・デ・ヘスス教会をあとにします。
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