2019/03/15 - 2019/03/15
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Tagucyanさん
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今年は年明けからなかなか出かけることもできずに早くも3月中旬。
仕事がちょっとだけ一段落ついたところで、強引に出かけてみました。
行き先は昨年9月につづいて、名古屋周辺をブラブラしています。
地下鉄東山線の終点・藤が丘駅からリニアモーターカーのリニモに八草駅まで乗車し、そこから瀬戸市のコミュニティバスに乗って瀬戸市内までやってきました。
ここから名鉄瀬戸線に乗る予定なのですが、その前に行っておきたかった場所があります。
市内にある瀬戸の焼き物に関する資料館なのですが、その入口が昔の「瀬戸電」ワールド。これを見ておきたかったんです。
その後、名鉄瀬戸線で名古屋市内へ。
瀬戸線は今でこそ名古屋の繁華街である栄に乗り入れていますが、かつては名古屋城のお堀に沿って別の場所に向かっていました。
その廃線跡を追ってみました。
切りのいいところがなくて、ちょっと長編になってしまいました・・・
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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【その1】からのつづき
リニモの終点・八草駅から瀬戸市コミュニティバスに乗り、瀬戸市内までやってきた。終点は尾張瀬戸駅前だが、その1つ手前のバス停で降りる。 -
市内を流れる瀬戸川。周辺には焼き物に関するお店などもあり、焼き物の町だなあという雰囲気がある。
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バスを降りたところから歩いて5分くらいのところにある「瀬戸蔵」という市の施設。
瀬戸蔵 テーマパーク
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資料館や交流施設などが入った複合施設。
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1階にはセラミックプラザという陶磁器の売店とレストランがある。
瀬戸蔵セラミックプラザ 専門店
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2階に上がる。
ここを訪れた有名人のサインが並んでいる。
よく見ると、けっこうすごい面々。 -
2階と3階は「瀬戸蔵ミュージアム」という陶器に関する資料館になっている。
ちなみにこのマーク、陶磁器製だったりする。 -
では、この「瀬戸蔵ミュージアム」に入ってみます。
すでに中が見えてますが・・・瀬戸蔵ミュージアム 美術館・博物館
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入ったら、いきなり電車がいる。
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このミュージアム、「せとでん」に乗って瀬戸の町に着いた、というところから展示が始まっている。
昔の尾張瀬戸駅が再現されている。 -
昔の尾張瀬戸駅のホームを再現。
展示されている電車は、実際に瀬戸線で走っていた電車。 -
この電車はこの建物の建設に先立って、この位置に搬入されたようだ。
その時の写真が展示されていた。 -
名鉄瀬戸線、かつての「せとでん」は、瀬戸の焼き物を各地に運搬するというのが、建設された理由のひとつ。
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この電車、中に入れます。
当時の走行音などが流れていて、リアル。 -
運転席にも入れます。
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運転席に座ってみた。
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運転士気分。ノッチを入れて・・・
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ブレーキをかける。電車は動きませんけど(笑)
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運行表。
昔は手書きというのが標準だと思うけど、これはタイプで打ってある。
当時としては、先進的だったのでは。 -
では、電車を降りて、改札口を出ましょう。
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おそらく、昔の尾張瀬戸駅を再現したと思われる駅舎内。
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改札口。
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くるくる回す案内板。
昭和51年まで、名鉄瀬戸線の始発駅は堀川駅というところだった。
ここにはあとで行きます。 -
昭和34年当時の時刻表が復刻されて展示されていた。
今よりだいぶ本数が少ない。 -
昔の写真や年表などもいろいろ展示されていた。
ふむふむ。 -
出札口なども忠実に再現。
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「出札開始までしばらくお待ちください」
まるでローカル線の風情。 -
これはいつ頃の運賃表だろう。
初乗り10円。大曽根まで40円、堀川まで60円。 -
手小荷物などの扱いもあったんだなあ。
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構内配線図。
下に書かれている注意書きが何度か書き直されているところがリアル。 -
平成13年に建て直される前の尾張瀬戸駅の駅舎。
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当時の写真。
前回私が名鉄瀬戸線に乗ったときはこの時代だったので、なんとなく記憶にある。 -
さて、その先がこのミュージアムの本来の展示。
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ろくろ。
床下のベルトコンベアでつながっていて、ひとつの動力ですべてのろくろが回るようになっている。 -
昔の配電盤ってこんな感じだったなあ。
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うわずみ液などで汚れた窓とかもリアルに再現。
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こちらは窯。
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その奥にも膨大な資料の展示。
さらにその上の3階にも、展示がある。 -
焼き物の歴史に関する展示。
この奥にもたくさんの展示がある。 -
3階の突きあたりからは、さっき見た尾張瀬戸駅の駅舎の全景が眺められた。
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さて、瀬戸蔵から5分ほど歩いて、現在の尾張瀬戸駅にやってきた。
尾張瀬戸駅 駅
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尾張瀬戸駅の改札口。
改札を入ると、すぐに頭端式のホームがある。 -
ホームの先端から。
現在も、さっき資料館で見た昔の構内配線図とあまり変わっていない配線となっていて、側線もある。 -
現在の名鉄瀬戸線は、すべてこの型の車両で統一されている。
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今度の電車は急行電車。
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車内。
改札口から遠い先頭車両にはまだ誰もいなかった。 -
車内に掲示されていた名鉄線の路線図。
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名鉄瀬戸線は昔の経緯から、他の路線とはつながっていない。
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扉の上にあるモニター。
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新しい電車にしては珍しく、こんな席がある。
では、この席に座って前方を眺めましょう。 -
定刻となり、尾張瀬戸駅を出発。
名鉄瀬戸線 乗り物
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名鉄瀬戸線は全線複線。
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瀬戸市役所前駅。
瀬戸市役所前駅 駅
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新瀬戸駅。
あとで乗る、愛知環状鉄道線が上を通っている。新瀬戸駅 駅
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三郷(さんごう)駅。
関東に住んでいると「みさと」と読んでしまう(笑)三郷駅 駅
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尾張旭駅。急行電車はここから急行運転。
この駅で折返しの電車も多く、上下線の間に折返し用の側線がある。
(折返しの各駅停車が停まっていた)尾張旭駅 駅
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そして、ここには瀬戸線の車庫がある。
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喜多山駅。高架工事中。
もともと左側に瀬戸線の車庫があったが、尾張旭駅近くに移転した。喜多山駅 駅
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名鉄の駅には、このように跨線橋に駅名が大書きされた駅が多いようなイメージがある。
守山自衛隊前駅 駅
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今までずっと地上を走ってきたが、大曽根駅の手前で高架に上がる。
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JR中央線の上を通り越して、接続駅である大曽根駅に到着。
大曽根駅 駅
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大曽根駅から先は、すっかり名古屋の市街地。
ずっと高架区間になる。 -
そして、東大手駅の手前からは地下区間となる。
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地下区間にある、東大手駅。
ここで降りる。 -
東大手駅の駅名標。
東大手駅 駅
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改札口を出て、
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外に出た。
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地上出口のすぐ横は、かつての名古屋城の外堀の跡。
この地下を、瀬戸線が走っている。 -
そして、実はこのお堀自体が、地下化する前の名鉄瀬戸線の廃線跡。
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解説します。
今でこそ繁華街の栄まで乗り入れいている瀬戸線(黒い線)ですが、
昭和51年までは名古屋城の外堀の中を走る路線(赤い線)だった。
その後の地下化工事を経て、昭和53年に栄町に乗り入れた。 -
名古屋城のお堀だった名残の石垣。
その向こうに見えている建物は名古屋市役所。
「志みづばし」清水橋というお堀をまたぐ橋です。 -
ここを電車が走っていたんだなあ。乗ってみたかった。
ここから、当時の始発駅である堀川駅の跡まで歩いてみようと思う。 -
しばらくはお堀に沿った道がないので、その近くの道を歩く。
道沿いにはこんな感じの古い建物が結構残っている。 -
町歩きとしても面白そうな場所ですね。
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お堀の角になっている部分まで来た。
線路は、ここでほぼ直角に左の方に曲がっていた。 -
さっきの瀬戸蔵にあった、この部分の当時の写真。
半径60mの急カーブ。ヤードポンド法における長さの単位1チェーン(約20m)の3倍なので「3チェーン」が訛って「サンチャインカーブ」と呼ばれていたとのこと。 -
こんな感じで、線路が走っていた。
返す返すも、乗ってみたかった。 -
ここからは、お堀(廃線跡)に沿った幹線道路がある。
幹線道路の名前はその名も「外堀通り」。 -
時々、お堀をまたぐ橋がある。
そこには、いかにも線路が通っていたなあ、という形跡が残っている。 -
さらに、進みます。
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これもお堀をまたぐ「大津橋」。
この橋からすぐのところに愛知県庁と名古屋市役所がある。 -
ここに、かつて「大津町」という駅があった。
その、駅に降りる階段がまだ残っている。 -
この階段を降りた先に、駅があったようだ。
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その証拠。
ここは、現在も名鉄の所有地になっている。 -
ここは比較的スペースがあって、折返し用の側線もあったようだ。
また、大津橋には路面電車が走り、近くに地下鉄の駅もあるので、この駅が終点の電車も多かったとのこと。
瀬戸蔵ミュージアムにあった復刻時刻表でもそれが確認できた。 -
大津町駅のすぐ先にあった本町駅の跡。
この、けもの道みたいなのが、駅まで行く通路だったようだ。
その向こうには愛知県警や、中央省庁の出先機関などがある官庁街。
まるでエアポケットのような場所。 -
ここでお堀をまたぐ、本町橋。
本町橋 名所・史跡
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この橋をくぐる線路跡。
複線にしては、細いと思いませんか。 -
実はここ、線路がこういう構造になっていました。
一見単線に見えますが、複線です。
これをガントレット(単複線)と呼びます。
日本ではここにだけあったそうです。 -
これも瀬戸蔵ミュージアムにあった、当時の写真。
ガントレットという言葉自体、これで知りました。
勉強になりました。 -
お堀区間の末端部分まで来た。
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末端部分に、「ここに堀川駅があった」という案内板があった。
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この場所の、昭和30年当時の写真。
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上の写真とほぼ同じ位置の現在の様子。
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今いるのが「現在地」のところ。こんな感じで駅があった。
なぜここが起点だったかというと、瀬戸電で運んできた瀬戸の焼き物を、すぐ近くを流れる「堀川」から船に載せ替えて、各地に運ぶためだったのだそうだ。 -
そして現在も、このすぐ向こうには、
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堀川が流れている。
瀬戸の焼き物が、ここから船で運ばれたんですね。 -
これで、名鉄瀬戸線の廃線巡りは終わりです。
そろそろお昼。堀川駅跡の最寄りの地下鉄丸の内駅から再び電車に乗ります。
【その3】につづく
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この旅行記へのコメント (6)
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- Akrさん 2019/04/02 17:57:21
- お堀の跡を電車が走ってたですって!?
- Tagucyanさま
こんにちは。Akrでございます。
表紙写真に釣られて参りました(笑)
むかしの尾張瀬戸駅。最高ですね。あの駅舎は復元したものでしょうか。それにしても駅舎、改札そして電車まで!車内にも入れるんですね。吊り掛けモーターの唸りが聞こえて来そうです。再限度高いですねえ。行ってみたい。
そして瀬戸線の歴史。勉強になります。
お堀の跡を電車が走っていたなんて。実際に見てみたかったですね。
私も廃線跡が好きで、Googleマップで名残を探したりします。ホームの遺構やレールなどを見つけるとテンション上がります。こういうの大好きなんで、もっと廃線跡歩いて下さい!!(笑)
リニアモーターから吊り掛けモーターまで。今回の旅は幅が広い。
名古屋って鉄目線でも面白いですね。
次回はどこへ行かれるのでしょう。
-Akr-
- Tagucyanさん からの返信 2019/04/02 22:50:24
- たぶんこれは珍しいんでしょうね
Akrさま
こんばんは。
やはりあの写真はインパクトありましたか(笑)
昔の尾張瀬戸駅、たしかまだ存在していた時代に行ったことがあるはずなのですが、あの外観以外はあまり覚えておらず、でも昔の駅ってこんな感じなんだろうなあ、とリアルに感じておりました。
駅の方は「再現」でしょうが、電車は本物です。まだ建物の建設中で鉄骨の状態の時に、クレーンで吊り入れたようです。
お堀を走っていた瀬戸線の電車、実はブラタモリで登場していて、あれ以来ずーっと気になっていました。実際に行ってみて、あれほど当時の様子がうかがえる状態で残っているとは思いませんでしたねえ。
出かける前にある程度リサーチはしていました。でもその何十年も前の写真に写っている橋などの構造物が、今もそのままでしたからね。
言われてみれば、前回はリニアモーターカーという最先端の乗り物、今回は吊りかけ車という「化石」のような乗り物でしたね(今頃気づきました(笑))。
次回は、それらとはまた、全然違う角度から攻めてますので(なんじゃそりゃ 笑)。
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Tagucyan
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- 墨水さん 2019/03/31 23:41:17
- いまだ・・・。
- Tagucyanさん、今晩は。
未だ、名鉄の私有地なんですね?、ほんとかな~~っ?。(笑)
てっきり、廃線になった時点で用地を手放して、名古屋城管轄に為ったと思ってました。(笑)
瀬戸の資料館の「駅への拘りて、なに?。」て、聞いて見たいです。(笑)
運賃料金表ですが・・・。
昭和四〇年代に為ると、10円単位が原則なので、それ以前と言う事に為りますね。
昭和三〇年代ですかね~~っ?。
墨水。
- Tagucyanさん からの返信 2019/04/01 23:23:10
- RE: いまだ・・・。
墨水さま
こんばんは。
あのお堀の廃線跡、まだ名鉄の私有地のようですね。
そこ以外にもいたる所に看板がありました。
たしかに、名古屋市などに返還してもいいかも知れないのに、いまだに持っているということは、将来、観光電車とかで復活? なわけないですね(笑)
瀬戸蔵ミュージアムは、最初に「瀬戸電に乗って瀬戸の町に着いた」というところから展示が始まっています。
それは分かるのですが、凝ってますよね。
もう、これを見ただけでお金を払う価値があるというか…
その奥にある焼き物に関する展示も、当時の雰囲気を忠実に再現していて、リアルだったんですけどね。
ちなみに、JAF会員の私はJAF割で入れました。
時刻表などが昭和30年代の復刻でしたので、運賃表もそれくらいの時代のものかも知れませんね。
よく見ると運賃表の隅に「単位:円」というテプラが貼ってあります。
当時はテプラはなかったと思いますが(笑)
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Tagucyan
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- 夢道乗光さん 2019/03/31 10:22:46
- 瀬戸電
- Taguchanこんにちは!
私の生まれ故郷は瀬戸市です。中学・高校時代は瀬戸電で通学し、お堀の周りを走る600V時代の瀬戸電が大好きで鉄道マニアになったので、今回の名鉄瀬戸線レポートを興味深く拝見しました。
地元でもないのにお堀の周りを走る線路跡を訪ねてよく調べられましたね。詳細なレポートに感心しました。
個人的にはサンチャインカーブやガントレット付近を走る写真に載っている頃の車両が特に好きです。栄町に乗り入れてからは車両の統一化が図られ、現在は4000系に統一されていますが、高架工事に伴い臨時的に1編成だけ3300系(喜多山駅で擦れ違っている写真の車両)が運用されています。
地元では名鉄瀬戸線を瀬戸電と呼んでいますが、近代化に伴い瀬戸電と呼ぶ人も少なくなり、名鉄瀬戸線と呼ばれる方が多くなりました。
- Tagucyanさん からの返信 2019/03/31 17:54:59
- 瀬戸電と瀬戸線
夢道乗光さま
こんにちは。
夢道乗光さんは瀬戸のご出身なんですね。
今ではすっかり大都市近郊電車になった瀬戸線ですが、昭和50年代まで600Vで、しかもお堀を走っていたので、カラー映像も残っていて、YouTubeなどでも見ることができるのですが、まるで今と雰囲気が違いますね。部外者から見るとあの頃が「瀬戸電」で今が「瀬戸線」というふうに見えますが、今でも地元では瀬戸電とよばれることがあるんですね。個人的にもこちらの方が語呂がいいなあ、なんて思ったりしています。
瀬戸蔵ミュージアムに関しては、4トラさんで拝見したことがあり、行ってみたいなあと思っておりました。
一方、お堀区間につきましては、以前ブラタモリで登場したのを見てまして(笑)、これまた気になってました。
お堀という特殊な場所ということもありますが、廃止になってから40年経ってもあれだけ当時の様子がうかがえるのは貴重だと思います。
現在瀬戸線を走っている車両は1種類だけかと思っていたら、たしかに喜多山駅ですれ違った電車だけ外観が違ってましたね。言われてみて気づきました。
600V時代の写真を見ていると、特徴的な形のヘッドマークのような行き先標をつけてますね。以前は、名鉄電車でこういう形のヘッドマークをよく見たような気がします。
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Tagucyan
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