2018/11/11 - 2018/11/11
64位(同エリア125件中)
あおしさん
この旅行記スケジュールを元に
前日は宮城の紅葉、今日は山形県の紅葉を見る予定です。
天気予報では晴れだったのに、朝起きたら曇り。
午後から晴れという予報を期待して、午前中は秋田県の院内銀山にも寄ってきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日は山形県は快晴との予報だったはずなのに、朝起きたら曇り。
午後から晴れるとの予報なので、午前中は秋田県の一番南の院内銀山に行ってみます。
まずホテルを出て、新庄駅へ向かいます。
朝の新庄駅。
山形新幹線の終点であるこの駅はJRの駅と観光案内所、地元の物産館などがいっしょになった近代的な駅です。新庄駅 駅
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駅構内には新庄祭りの山車が飾られています。
なかなかの迫力。
いつかこのお祭りを見てみたいものです。新庄駅 駅
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新庄駅は同じ平面で山形新幹線と秋田方面の普通電車、最上川沿いの陸羽西線が乗り換えられます。
階段を上り下りしないのでいいので、とても便利。
秋田行の2両の普通電車で出発します。新庄駅 駅
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山形県の新庄と秋田県の県境を行く普通電車。
かつては東京と秋田を結ぶ特急列車や寝台列車が1日20本近く行きかいましたが、秋田新幹線開業後は東京秋田のメインルートは秋田新幹線に移ったため、今ではこの区間は普通電車が1日10本走るだけのローカル線になっています。 -
山形県と秋田県の県境は人の流れもほとんどなく、無人地帯。
「ローカル路線バスの旅」では、太川さんも蛭子さんも路線バスが途切れてしまい、15キロほどこの道を歩いて移動していました。 -
秋田県に入り、最初の駅・院内駅で下車します。
降りたお客は私1人・・・院内駅 駅
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院内駅はかつて院内銀山にあったドイツ人技師たちの家をモデルにした立派な駅です。
院内銀山の資料館、「院内銀山異人館」も兼ねています。
銀山跡に行く前にここで少し「お勉強」を。院内銀山異人館 美術館・博物館
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かつてここには院内銀山があり、人口は1万人以上、江戸時代から明治時代には佐竹秋田藩の城下町・現在の秋田市に次ぐ「大都会」だったそうです。
現在は無人駅の院内駅もかつては大賑わいだったようです。
「異人館」にあった、当時の広告。
駅前の運送店の広告です。院内銀山異人館 美術館・博物館
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「銀行」という言葉が残ってるように、銀は古今東西問わず、人類にとって長く「通貨」としての役割を果たしてきました。
金貨は今の日本でいえば「100万円札」みたいなもので一般市民には使い勝手が悪いので、「1万円札」のような銀貨が古代ギリシアや古代ローマ以来基本的な通貨だったのです。
その銀を生み出す銀山は日本にとって島根の石見銀山と並んで日本にとっては「金の成る木」でした。院内銀山異人館 美術館・博物館
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当時は多くの人が銀を発掘するために働いていました。
しかし労働は過酷で、粉じん(当時は「よろけ」と言われました)などで大半の男性は20代で亡くなったそうです。
30歳まで生きることができれば「長生きできた」と祝福されたとか。院内銀山異人館 美術館・博物館
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「異人館」で無料のレンタサイクルを借りて、院内銀山跡へ向かいます。
院内の関所跡。
江戸時代、院内銀山は佐竹秋田藩にとっては「宝の山」でしたから、関所を設けて外部からの侵入を厳しく取り締まりました。 -
関所跡から6キロほど国道を昇って行ったところが、院内銀山跡の入り口。
「十分ノ一」という地名です。
これは江戸時代、佐竹秋田藩が採れた銀の10分の1を税としていたことに由来します。 -
ここから院内銀山の跡に入っていきます。
入り口にある案内板。 -
院内銀山跡へ続く道にはかつて存在した小学校跡、ドイツ人技師の屋敷跡(当時「異人館」と呼ばれました)などがあります。
そしてここは銀山で亡くなった人たちの墓地です。
多くの若い男子たちは過酷な労働で若くして亡くなり、ここで葬られました。 -
かつて1万人以上の人々が住んでいた「大都市」も現在に残っている建物は今は「金山神社」だけです。
院内銀山跡 名所・史跡
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かつてはこの金山神社の周りにたくさんの店や家が建っていたそうです。
当時の地図を復元した案内図。院内銀山跡 名所・史跡
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この金山神社には当時はたくさんの人が「家内安全」のために参拝したことでしょう。
院内銀山跡 名所・史跡
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金山の近くにある坑道跡。
明治時代、明治天皇がこの坑道に視察に来られたことから、ここは「御幸坑」と呼ばれるようになりました。 -
銀山を管轄する役所があったところ。
この役所の前に店や酒場、遊郭や民家が並び、この広場ではお祭りなど多くの人たちでにぎわったことでしょう。
今は森林でしかないですが・・・ -
当時の町並みの写真(「異人館」にありました)。
当時は商店、酒場、遊郭などが並び、繁華街としてにぎわっていたようです。
今では想像もつきません。 -
帰りに見つけた大きな屋敷。
当時の地元の名士だった斎藤家。
明治天皇が院内銀山に視察後、ここに泊まられました。
現在も人が住んでいるようで中に入れませんでしたが、外から明治天皇が宿泊したことの記念の石碑が見えました。
現在、斎藤家は秋田の一番大手のバス会社・羽後交通の社長さんだそうです。 -
再度新庄駅に戻り、駅弁を購入。
その後陸羽西線に乗り換えます。新庄駅の駅弁が売っていました。 by あおしさんもがみ物産館 お土産屋・直売所・特産品
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新庄駅から陸羽西線で古口駅で下車します。
無人駅でした。最上川舟下りは古口駅で下車 by あおしさんJR陸羽西線 (奥の細道最上川ライン) 乗り物
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陸羽西線・古口駅で降りて、最上川舟下りの古口乗り場へ。
ここから最上川を舟で下ります。鉄道利用なら陸羽西線・古口駅下車 帰りはバスで戻れます by あおしさん最上峡芭蕉ライン観光 乗り物
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結局、天気はくもりのまま。
しかも紅葉もやや遅かったようでいまひとつ。
船頭さんの話では3日前まではとてもきれいだったけど、雨で葉が落ちてしまったとのことでした。最上川 自然・景勝地
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最上舟下りは約1時間。
屋形舟のような舟でのんびり下ります。
ところどころに急流、激流があり、それもまた楽しいものです。白糸の滝 自然・景勝地
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舟を降りて、JR陸羽西線の高屋駅まで最上川沿いに歩いていきます。
途中の白糸の滝の前のドライブインから。
もうあと1週間早ければ、天気が良ければもっと鮮やかな紅葉だったのに、と残念でした。最上川舟下り下船場から徒歩で10分ほど by あおしさん白糸の滝ドライブイン お土産屋・直売所・特産品
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