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 鶴岡八幡宮の白旗神社参道脇にある鎌倉市立の鎌倉国宝館で国宝・当麻寺曼荼羅縁起絵巻が展示されるというので、是非見てみたいものだと思っていた。しかし、鎌倉には天気の良い月曜日(休館日)などに出かけていたために遅くなった。今日は小春日和の晴天であり、江の島に出掛けるのを待ちに待っていた。ようやく、半月振りに朝から富士山がくっきりと見え、その帰りに江ノ電で鎌倉にやって来た。<br />  鎌倉国宝館は大正12年(1923年)の関東大震災による寺社の被害を契機に設立され、昭和3年(1928年)4月3日に開館した。鎌倉国宝館の本館は開館以来の建物で、構造は鉄筋コンクリート造による高床式校倉風建築で、設計者は日本銀行小樽支店や歌舞伎座(第三期)の設計で知られる岡田信一郎である。平成12年(2010年)に国登録登録有形文化財になっている。開館を記念して、開館90周年記念特別展 「鎌倉国宝館1937‐1945」(2018年10月20日(土)~12月2日(日))が開催されている。<br /> 本館右半分の常設展はいつもの通りの仏像が展示されているが、左半分の展示室はいつもの特別展とは少し違う。「-戦時下の博物館と守り抜かれた名宝-」のサブタイトルが付いているように、戦時下での博物館活動に着目した展示である。終戦から73年が経ち、当時の館員が書き残した業務日誌なども、こうした博物館の展示品になるほど古い時代となったのだ。<br /> しかし、「守り抜かれた名宝」とあるが、大都市であれ、地方都市であれ、大戦中に空襲を受けなかった都市には文化財が残り、焦土と化した都市では文化財の多くは灰燼となって焼失してしまった。たとえば、戦時中までは天守を構えた城郭が何城かあったが、原爆で倒壊し、空襲で焼失してしまった城は多くある。現在まで残っている12天守より価値が高い天守も多くあり、残っていれば、多くは国宝になっていただろう。<br /> なお、江島神社では元寇で蒙古軍を撃ち退けた御礼として後宇多天皇(在位:文永11年(1274年)~弘安10年(1287年))からは江島大明神の勅額「後宇多天皇勅額」を賜っているが、それが展示されていて嬉しかった。<br /> 勿論、光明寺へはこの20年余りに何度も足を運んでいるが、国宝・当麻寺曼荼羅縁起絵巻を目にできることもなく、今回、こうしてお目に掛かれるのは開館90周年記念特別展ならばこそと本当に感じ入った。<br /> また、国宝・太刀も展示されていたが、これは源頼朝奉納の太刀ではなく、8代将軍・徳川吉宗が鶴岡八幡宮に奉納したものだという。織田信長から徳川家康経由で伝来した太刀や小刀で国宝になっているものは何振りか見たが、何代も代が変わっててもこうした名刀が徳川宗家には残っていたとは。<br /> あるいは、明治天皇が鎌倉宮ではなく鶴岡八幡宮にも太刀を奉納を奉納していたことも驚きである。<br />(表紙写真は鎌倉国宝館本館)

「鎌倉国宝館 1937-1945」展

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2018/11/15 - 2018/11/15

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鶴岡八幡宮の白旗神社参道脇にある鎌倉市立の鎌倉国宝館で国宝・当麻寺曼荼羅縁起絵巻が展示されるというので、是非見てみたいものだと思っていた。しかし、鎌倉には天気の良い月曜日(休館日)などに出かけていたために遅くなった。今日は小春日和の晴天であり、江の島に出掛けるのを待ちに待っていた。ようやく、半月振りに朝から富士山がくっきりと見え、その帰りに江ノ電で鎌倉にやって来た。
 鎌倉国宝館は大正12年(1923年)の関東大震災による寺社の被害を契機に設立され、昭和3年(1928年)4月3日に開館した。鎌倉国宝館の本館は開館以来の建物で、構造は鉄筋コンクリート造による高床式校倉風建築で、設計者は日本銀行小樽支店や歌舞伎座(第三期)の設計で知られる岡田信一郎である。平成12年(2010年)に国登録登録有形文化財になっている。開館を記念して、開館90周年記念特別展 「鎌倉国宝館1937‐1945」(2018年10月20日(土)~12月2日(日))が開催されている。
 本館右半分の常設展はいつもの通りの仏像が展示されているが、左半分の展示室はいつもの特別展とは少し違う。「-戦時下の博物館と守り抜かれた名宝-」のサブタイトルが付いているように、戦時下での博物館活動に着目した展示である。終戦から73年が経ち、当時の館員が書き残した業務日誌なども、こうした博物館の展示品になるほど古い時代となったのだ。
 しかし、「守り抜かれた名宝」とあるが、大都市であれ、地方都市であれ、大戦中に空襲を受けなかった都市には文化財が残り、焦土と化した都市では文化財の多くは灰燼となって焼失してしまった。たとえば、戦時中までは天守を構えた城郭が何城かあったが、原爆で倒壊し、空襲で焼失してしまった城は多くある。現在まで残っている12天守より価値が高い天守も多くあり、残っていれば、多くは国宝になっていただろう。
 なお、江島神社では元寇で蒙古軍を撃ち退けた御礼として後宇多天皇(在位:文永11年(1274年)~弘安10年(1287年))からは江島大明神の勅額「後宇多天皇勅額」を賜っているが、それが展示されていて嬉しかった。
 勿論、光明寺へはこの20年余りに何度も足を運んでいるが、国宝・当麻寺曼荼羅縁起絵巻を目にできることもなく、今回、こうしてお目に掛かれるのは開館90周年記念特別展ならばこそと本当に感じ入った。
 また、国宝・太刀も展示されていたが、これは源頼朝奉納の太刀ではなく、8代将軍・徳川吉宗が鶴岡八幡宮に奉納したものだという。織田信長から徳川家康経由で伝来した太刀や小刀で国宝になっているものは何振りか見たが、何代も代が変わっててもこうした名刀が徳川宗家には残っていたとは。
 あるいは、明治天皇が鎌倉宮ではなく鶴岡八幡宮にも太刀を奉納を奉納していたことも驚きである。
(表紙写真は鎌倉国宝館本館)

  • 鎌倉国宝館前の看板。

    鎌倉国宝館前の看板。

  • 鎌倉国宝館本館。

    鎌倉国宝館本館。

  • 展示品の案内看板。

    展示品の案内看板。

  • 鎌倉国宝館。

    鎌倉国宝館。

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