2018/08/24 - 2018/08/24
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ドクターキムルさん
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上野の東京国立博物館(東博)平成館2Fで特別展「縄文-1万年の美の鼓動」(2018年7月3日(火)~2018年9月2日(日))が開催されているが、梅雨明け後に酷暑が続き、少し秋めいたお盆は混雑が予想されたので、台風後に雨が上がった時を見て、午後になってから出掛けた。
「1万年の美の鼓動」と銘打っているが、実質的には4年前の日本国宝展(2014年10月15日(水)~12月7日(日))での縄文出土品(国宝土偶5点)を展示し、「国宝 土偶展」(2009年12月15日(火)~2010年2月21日(日))で展示されたものは殆んど全てが展示され、他には宮城県から出土した2点の遮光器土偶を並べて展示していた。この宮城県大崎市蕪栗恵比須田出土の遮光器土偶は完形で非常に綺麗な土偶である。しかし、出土状況が分からないために国宝にはならないのだという。それにしても残念なことだ。土偶の他には新潟県十日町市野首遺跡出土の火焔式土器・王冠型土器12点と新潟県十日町市笹山遺跡出土の火焔式土器(国宝)1点を中心に縄文土器が数多く並べられている。確かに縄文時代の国宝6点が揃っている。しかし、「新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器」は火焔型式土器を含む928点の出土品が国宝に指定されてはいるが、そのうちの1点の火焔型土器を展示していれば本当に「縄文時代の国宝6点が勢揃い」といえるのか?疑問が湧く。新潟県十日町市野首遺跡出土の火焔式土器・王冠型土器12点は新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器の穴埋めに展示したものであろうか。
尖頭器、けつ状耳輪、網籠、局部磨製石斧や磨製石斧、鹿角製銛頭、鹿角製釣針、櫛、土製耳飾、硬玉製大魂、貝輪、石棒など、鏃や弓などの狩猟具を除く一般的な縄文出土品が展示されているが、最後は弥生式土器、銅鐸や大量の海外出土の土器なども展示されており、もはや私の理解を越えている。鏃や弓などの縄文時代の狩猟具を除いてまで弥生時代の土器と銅鐸や大量の海外出土の土器などが優先されるべき理由が理解できない。勿論、弥生時代の土器と銅鐸や大量の海外出土の土器などが「縄文-1万年の美の鼓動」と結びつくとは思えない。
私が考える縄文時代の三大発明といえば、(1)土器、(2)漆の利用、(3)長弓の発明、であるが、(1)の縄文土器と土偶だけを取り上げ、(2)の漆の利用でまともなものは櫛ぐらいか。(3)の弓に関しては線刻礫に描かれているだけである。
漆朱・漆黒が塗られた赤と黒の飾り弓は縄文時代の美を現わす代表であろう。誰もがはっとする美しさのはずだ。しかし、それを土器と土偶だけに限定しているのはやはり納得が行かない。そして広い展示スペースを埋めるために、弥生式土器と銅鐸や大量の海外出土の土器などを展示することなど有り得ないことだ。「美」などというものは個人の感受性によるのであろうが、「縄文の美」と言ったら赤漆と黒漆を塗った木製品は絶対に外せない。
今回の特別展の責任者である品川氏は東博に移って以来、何も進歩がなかったことに愕然とした。「美の競演」などと銘打って四大文明の壺や土器と縄文土器を比べる必然性はなかったはずだ。四大文明のシンプルな形に模様を施した壺や土器と、こってりと装飾を施した縄文土器、その中でも火焔式土器と比べて、縄文人の実用性からはほど遠い土器の造形美をどう理解せよというのか?
(表紙写真は特別展「縄文-1万年の美の鼓動」入口)
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上野公園へ向かう西洋美術館脇の道。
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上野公園の看板。
「ニッポンの、美の原点。」と謳っている。造形美の他に彩色の美もあるはずだ。 -
上野公園噴水広場。
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東京国立博物館(東博)の看板。
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本館。
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表慶館。
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東博のポスター。
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平成館のポスター。
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特別展「縄文-1万年の美の鼓動」入口。
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撮影スポット。
今回の展示ではヒスイを下から光を当てて驚くほど綺麗な色を出していたが、普段から光を当てないで展示しているものだという。
また、仮面土偶を2点並べて展示していた。これは、敢えて模様が右肩から下、左肩から下の2つの仮面土偶を並べたのだという。この模様が衣服の合わせなら、現代人であれば、死んだ時でないと逆にはしない。しかし、1,000人がこれを見ても、気が付かなかった人が999人だっただろう。 -
撮影スポットの土器の飾り。今回は東博所蔵品を撮影できることにしている。
文化財の指定がない東博所蔵の伝新潟県長岡市馬高出土の火焔式土器がこのスポットにあれば最高だったのだが…。さすがに、笹山遺跡出土の由緒正しい出自の火焔式土器の前には怪しい出自の馬高出土の火焔式土器は出せないということか。
なお、十日町市博物館のホームページ(http://www.tokamachi-museum.jp/information01.html)には「国宝指定番号1は「縄文雪炎-じょうもんゆきほむら-」、「火焔型土器No.1」、「ナンバーワン」などの愛称で親しまれ、新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器57点に含まれる火焔型土器14点のなかでも、とりわけ異彩を放つ逸品です。」とあり、平成30年(2018年)7月21日(土曜日)~9月17日(月曜日)は十日町市博物館で常設展示されている。その後は10月からパリ日本文化会館で開催されるジャポニスム2018「縄文展」に貸出予定になっている。笹山遺跡出土の国宝火焔式土器と言っても、14点ある国宝火焔式土器の中から(私が見て)形が良い4点の中の1点(No.6)が上野に来ているということであり、一般に一番の逸品とされている国宝火焔式土器(No.1)は十日町市博物館に残され、他の国宝火焔式土器1点はこのNo.1より美的には多少劣るということだ。東博での展示品が一番の逸品ではなく、二番手以降(4番手まで)の秀品しか出さなかった博物館(具体的には十日町市博物館)が国内にあったとは驚きを禁じ得ない。結果、美の要素である彩色美は無視し、それでいて造形美と言っても縄文土器で評価が高い火焔型土器の逸品ではなく秀品でその美を代行してもらうなどという特別展には中々出会わないものだ。勿論、図録を読んでも国宝土偶5点と国宝火焔式土器1点のランク付けが異なるなどということは伺い知れないことである。これは10,000人が見ても9,999人が気が付かないことである。キュレーターがNo.1の国宝火焔式土器がなくても縄文の美が入場者に正しく理解してもらえると思っていたとしても、展示品は国宝火焔式土器(No.6)の秀品で、国宝火焔式土器(No.1)の逸品ではないことを図録や展示で明確にすべきであったと思う。一般のブログには「一番最高の火焔式土器(国宝)が見られて嬉しい」とするものばかりであるが、これはキュレーターが嘘をついて騙していることにはならないのか?
現実にはお盆や夏休みで東京から十日町市に帰省や旅行をすると、上野で展示されている火焔式土器よりも美しいNo.1の火焔式土器が見られたということだ。あるいは、別の見方をすれば、東博からの要請があっても一番良いものは地元に残して、地元で見てもらうという出土品では当然至極のことが、少なくても今回の特別展「縄文-1万年の美の鼓動」では、そうした地元優先の鼓動が高まり始めたということのようだ。現実に、No.1は十日町市博物館でレプリカを作成しているが、昨年秋の「国宝展」(京都国立博物館)にNo.1を16年振りに館外貸出ししたくらいで、レプリカを展示することは少ないということだ。あるいは、神戸市立博物館のように国宝の銅鐸を所蔵していても、「聞く銅鐸から見る銅鐸」などと訳の分からない解釈を出した人(故人)もあり、国内でも中々評価が上がらないという現実があるが、火焔式土器はワシントンDCやロンドン、パリでも評価が高く、何も上野の山がてっぺんではなくなっているのである。戦前に発掘された火焔式土器(重要文化財)が上野ではなく、地元長岡に残された歴史を知っている新潟県中越地方の博物館は上野を取り立てて特別視することがないのかも知れない。しかも、国宝火焔型土器14点の他にも野首遺跡出土の火焔式土器があり、大型の火焔式土器も含まれている。現在は文化財の指定はなされてはいないようだが、将来的には笹山遺跡出土品のように重要文化財、国宝となって行く可能性も高いであろう。
また、国宝に一括指定された928点の出土品のうち、どこまで展示されたら勢揃いと言えるのか、あるいは深鉢形土器57点に含まれる火焔型土器14点のうち、どの程度まで展示されたら勢揃いと言えるのか?少なくても、「国宝指定の縄文土器・土偶が勢揃い!」などと言うのは根拠が曖昧であることが明らかになったというべきであろう。
国宝となっている笹山遺跡出土品の全容は十日町市博物館のホームページなどからも掴めず、こうした作為のある展示をしている東博にも信頼は置けない。図録の火焔型土器がNo.1の写真で、展示品のNo.6ではないなどということさえも疑ってしまう状況だ。本当に、火焔型土器(No.6)だとするWeb(http://www5a.biglobe.ne.jp/~mt2000/kaen-road.html)の写真と今回の図録に掲載されている写真が同一の火焔型土器であるのだろうか?確かに、4か所ある大ぶりの把手(突起)の模様はNo.1とは異なっていることは確認できる。一安心だ。もしも、図録に展示品のNo.6ではないNo.1の火焔型土器の写真を使用していたら、間違いでは済まされない、所謂捏造の範疇に入ることだ。
なお、パリ日本文化会館で開催される「縄文」展(2018年10月17日(水)~ 2018年12月8日(土))(主催:国際交流基金、東京国立博物館、文化庁・協力:NHK、朝日新聞社)では、「2018年夏、東京国立博物館で開催される特別展「縄文‐一万年の美の鼓動」をパリ向けに再構成するものです。縄文時代の美を体現する国宝火焔型土器をはじめとした土器に加え、土偶や装身具など、多くの国宝や重要文化財を含む出土品を一堂に紹介し、日本美の原点である縄文の美と、それを生み出した縄文人たちの豊かな精神文化の魅力を提示します。」(https://japonismes.org/officialprograms/%E3%80%8C%E7%B8%84%E6%96%87%E3%80%8D%E5%B1%95)とあるが、その展示の中心になる国宝火焔型土器は、今回上野の東博で展示された国宝火焔型土器(No.6)の秀品ではなく、国宝火焔型土器(No.1)の逸品になる。しかし、キュレーターは文化庁の原田昌幸氏と東京国立博物館の品川欣也氏である。やはり、十日町市博物館側からはパリだからこそ国宝火焔型土器(No.1)を出展するが、上野の東博なら国宝火焔型土器(No.6)で我慢してもらい、上野の東博の特別展の間は国宝火焔型土器(No.1)の展示を地元の人たちに見て頂くという明確な意思が現れている。
もう一つある。パリにあるロスチャイルド館で2018年7月14日(土曜日)~8月18日(土曜日)の期間中にJaponismes2018「深みへ-日本の美意識を求めて-」展が開催され、国宝・火焔型土器(No.5)と王冠型土器(No.16)が展示されたということだ。十日町市博物館のホームページには国宝火焔型土器(No.1)と国宝火焔型土器(No.5)、国宝火焔型土器(No.9)は写真が掲載されているが、国宝火焔型土器(No.6)はそれがない。国宝火焔型土器(No.6)は秀品ではあるが、国宝火焔型土器(No.5)と比べたその評価は国宝火焔型土器(No.5)に次ぐものなのかも知れない。また、Japonismes2018「深みへ-日本の美意識を求めて-」展の企画を推進してきたイニシャル・コンセプト:津川雅彦(ジャポニスム2018総合推進会議総括主査)は期間中の8月4日に逝去している。40数年前に朝丘雪路さんのマネージャにお会いした際に、「早く津川さんと結婚したら良いのに」と言っていたそのご本人である。ご冥福を祈ります。
また、十日町市博物館のホームページ(http://www.tokamachi-museum.jp/oshirase.cgi))には新十日町市博物館建設状況のお知らせも掲載されている。何やら、土偶「仮面の女神」が発掘され、2点目の国宝が期待された茅野市尖石縄文考古館が改築された件を思い出した。十日町市博物館も野首遺跡出土の火焔式土器・王冠型土器もあり、これが重要文化財・国宝となって行くためには、その保管・展示場所が必要となるということである。
こうしたことが分かると国宝火焔型土器(No.1)の「縄文雪炎(ゆきほむら)」を一目見たくなりますよね。でも大丈夫。上野の特別展が閉幕しても半月間は新潟県十日町市博物館での展示は続きます。
「縄文雪炎(ゆきほむら)」を一目見たくなった人は、今回の「国宝指定の縄文土器・土偶が勢揃い!」が嘘っぽく思った人でしょうね。 -
撮影スポット。
夏休み中ということで、親子連れで多くの子供たちが入場していた。中に縄文土器に興味を示す小学3年生の女の子がいたので、縄文土器の口の飾りは1個から2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個と11個までくらいある(実際に茅野市尖石縄文考古館では1~11個の口に飾りがある縄文土器を展示している)ことを教え、1、2(ヒー、フー)、3、6(ミー、ムー)、4、8(ヨー、ヤー)とあいうえおの母音を変えることで数が2倍になるという日本の数の数え方を教えた(、ただし、5、10(イツツ、トウ)は違う)のだが、これだけの数の土器を展示しても、4個以上のものは5個の土器がたった2個だけの展示で、これも1,000人が見ても気が付かない人は999人はいるだろうか。子供が多く訪れる茅野市尖石縄文考古館とここ東博平成館とは客層が違うということか。おそらくはそうしたことに興味を示す子供がいるから茅野市尖石縄文考古館では多様な土器の展示になっているのだろう。また、2点の国宝土偶(「縄文のビーナス」と「仮面の女神」)も子供たちには受け入れ易いのだろう。
土器の造形美にはこうした口の飾りや模様の面取り数も大きな要因ではあるのだが…。 -
撮影スポットの壺。
尖頭器、けつ状耳輪、網籠、局部磨製石斧や磨製石斧、鹿角製銛頭、鹿角製釣針、櫛、土製耳飾、硬玉製大魂、貝輪、石棒など一般的な縄文出土品が展示されていたら、1,000人が見ても鏃や弓などの狩猟具が故意に除かれていることに気が付かない人は900人を上回るのであろうか?東博でこうした作為がある展示は問題があるであろう。しかし、現実には東博の考古の研究員には弓や鏃などの狩猟具をかじった者がいないだけのようだ。
ただ、土偶には興味を持ち、詳しいのかというと、それも疑問だ。今回の展示が始まった頃に、神奈川県秦野市で発掘された中空土偶(https://4travel.jp/travelogue/11375432)が横浜市内で公開され、今また秦野市で公開中(https://4travel.jp/travelogue/11387703)である。しかし、考古担当の研究員は秦野市の担当者に電話で話をして担当者の名前を聞いただけだという。普通なら東京近郊なら直接出掛けて自分の目で確かめるだろう。本物を見ないで済むのであれば、こうした展示が全く意味のないものになってしまう。しかし、「百聞は一見に如かず」である。自分の目で見て初めて理解が深まるというものだ。
かつて逗子市と葉山町との境界にある山頂で、2基の前方後円墳が見付かり、私が現地説明会に出掛けた際に資料を1部余分に貰ってきて、大塚初重先生(明治大名誉教授、文学博士)に渡したことがある。すると先生は80過ぎのご老体に鞭打って現地まで出掛けたというのだ。いくら自宅がある成田と逗子は横須賀線1本で行けるとは言え、その行動力には驚かされた。それよりも地方の教育委員会の担当者も著名な先生がやって来て、それから次々と古墳の専門家が訪れてびっくりしたという。博士であれば死ぬまで自分の専門分野には関心が高く、こうしたことが起こる。しかし、私は古墳の専門家で博士なのは大塚先生以外には知らないのだが…。地方の教育委員会の担当者がもっと驚いていたことは申請するとあっという間に国史跡になったことだという。私は東博の研究員には博士である人は知らないが、博士の学位があるか、博士課程単位取得後退学かの違いはこうしたことにも如実に表れてこようか。 -
撮影スポットの壺。
実は、鏃や弓などの狩猟具の他にも丸木舟の展示もなかった。ただし、丸木舟から縄文の美を見い出すことは中々難しいだろう。何かと話題の多い丸木舟であるから、展示されていないことは1,000人いたら、気が付かなかった人は900人いたかどうかぐらいであろうか。丸木舟は縄文の丸木舟として知られ、航海の手段として使用されていた。例えば、神津島まで黒曜石を求めて航海したと考えられている。時代が下がると構造船に変わるとされている。しかし、現実には猪苗代湖では大正時代に丸木舟が利用されていたとされ、会津若松市にある福島県立博物館では大正時代に撮られた猪苗代湖に浮かぶ丸木舟の写真と丸木舟が展示されていた。すなわち国内では丸木舟は数1000年前から100年前まで利用されていたのである。あるいは、他にも東北地方では山中の湖や河口で何代にも亘り丸木舟を利用していた例もあり、戦後に船外機が用いられるようになって丸木舟の利用が途絶えたとされている。
また、若狭三方縄文博物館は丸木舟の博物館として知られるが、猪苗代湖の丸木舟のことは全く知らず、そうした国内の丸木舟ではなく、海外の丸木舟を集めて展示していた。役所の縦割りではないが、縄文の専門家は国内の博物館を訪れたとしても大正時代の展示までは見ないというのだ。こうした最古の水上の移動手段である丸木舟を例に取っても、東博の研究員や若狭三方縄文博物館の学芸員の視野の狭さが際立つ。
3万年以上前に人類が日本列島にやって来た航海を再現しようとして丸木舟を製作している国立科学博物館の研究員もまた同様に丸木舟が国内では大正時代まで利用されていたことは知らないであろう。もし、知っていれば、櫂で漕ぐなら海流が気になるのであるが、帆掛けなら風を気にするはずだ。猪苗代湖の丸木舟は帆掛け舟であったのだ。 -
撮影スポットの壺。
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撮影スポットの壺。
「クチコミ」に以下のように纏めた。
4年前、9年前に続いて現在は国宝である5点の土偶が一同に展示(2018年7月31日(火)~2018年9月2日(日))されている。これらを各博物館を巡って見ることは大変であるが、このように4、5年に一度上野の東博に集まる機会に是非見ておきたいものだ。
また、青森県つがる市木造亀ヶ岡出土のあの有名な左足がない遮光器土偶は国宝になれない土偶として知られている。発掘現場では完形で大型の土偶が出てくれば「国宝」という考え方が多く聞かれるが、国宝になるためには完形であること以外にもその発掘記録がないとダメなようである。
宮城県大崎市蕪栗恵比須田出土の遮光器土偶は完形で非常に綺麗な土偶である。しかし、これも出土状況が分からないために国宝にはならないのだという。
一方、縄文時代の国宝である「新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器」は深鉢形土器57点であり、928点の出土品が国宝に指定されている。この中に火焔型土器14点が含まれるが、今回上野に来ているのはNo.1の逸品ではなく、二番手以降(4番手まで)の秀品とされる火焔型土器1点(No.6)だけの展示である。この期間中(平成30年(2018年)7月21日(土)~9月17日(月))はNo.1の逸品は地元の十日町市博物館で展示されていて、そちらで見られる。また、10月からパリ日本文化会館で開催されるジャポニスム2018「縄文展」に貸出予定であり、パリまで行かないと見られないことになる。
普段は文化財の指定がない伝新潟県長岡市馬高出土の火焔式土器(東博所蔵)しか見られないのだが、今回は野首遺跡出土の火焔式土器・王冠型土器12点(十日町市博物館所蔵)も展示されている。まだ、重要文化財になる前の出土品であるが、「笹山遺跡出土深鉢形土器」と比べて劣るという点は見当たらない。所謂国宝級である。
「国宝指定の縄文土器・土偶が勢揃い!」などと言えるかどうかは根拠が曖昧であり、疑問があるが、これほどの数の火焔式土器の秀品が上野で見られることは画期的でもある。
なお、尖頭器、けつ状耳輪、網籠、局部磨製石斧や磨製石斧、鹿角製銛頭、鹿角製釣針、櫛、土製耳飾、硬玉製大魂、貝輪、石棒など一般的な縄文出土品が展示されているが、故意に弓や鏃などの狩猟具を除くという作為のある展示にもなっている。
それでいて、どういう訳か弥生式土器や四大文明の壺や土器が展示されていて、日本列島で文明が芽生える弥生時代になると、世界の四大文明に近い壺や土器が作られたことが理解できる。 -
1F休憩室。
NHKで井上あさひの「歴史秘話ヒストリア」(2018年07月25日 (水) 23:00~)では今回の展示にスポットを当てて「魅惑の縄文1万年」と題して放送した。しかし、「仮面の女神」(国宝)を棚畑遺跡出土とするやら、展示責任者の品川考古室長を主任研究員とするなど、しょっぱなから間違い続きで、たまりかねて東博がNHK大阪に抗議文を出したのだという。東京国立博物館とNHKは主催者側に名を連ねているが、このNHKとは渋谷のNHKということで、NHK大阪ではないようだ。ちなみに、井上あさひの「歴史秘話ヒストリア」はNHK大阪が製作している番組だ。
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