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七十路夫婦のイタリア旅行7 ヴェネツィア、何かが違う町<br /><br />フィレンツェから鉄道でヴェネティアに入りました。<br /><br />今回のガイドブックは、塩野七生「海の都の物語 ヴェネティア共和国の一千年」(新潮社 電子版)と、ゲーテの「イタリア紀行」(翻訳岩崎真澄、古典教養文庫Kindle版)です。ゲーテは1786年から88年にイタリアへの1回目の旅行をしました。それが「イタリア紀行」です。ヴェネティアに滞在したのは9月28日~10月14日。<br />「海の都の物語」の参照に際し、僭越ながら敬称を略させていただきます。<br />源氏物語の引用に「紫式部氏」とは書かないので、ゲーテは、敬称なしでもういいですよね。

七十路夫婦のイタリア旅行7 ヴェネツィア、何かが違う町

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2018/03/15 - 2018/03/18

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旅行記グループ イタリア2018年

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しにあの旅人

しにあの旅人さん

七十路夫婦のイタリア旅行7 ヴェネツィア、何かが違う町

フィレンツェから鉄道でヴェネティアに入りました。

今回のガイドブックは、塩野七生「海の都の物語 ヴェネティア共和国の一千年」(新潮社 電子版)と、ゲーテの「イタリア紀行」(翻訳岩崎真澄、古典教養文庫Kindle版)です。ゲーテは1786年から88年にイタリアへの1回目の旅行をしました。それが「イタリア紀行」です。ヴェネティアに滞在したのは9月28日~10月14日。
「海の都の物語」の参照に際し、僭越ながら敬称を略させていただきます。
源氏物語の引用に「紫式部氏」とは書かないので、ゲーテは、敬称なしでもういいですよね。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • サン・マルコ寺院目指して歩き始めました。ヴェネティアは狭いので、どこへでも歩いて行ける、たいして時間はかからない、ことになっています。これがあとでえらいことになります。<br /><br />スカルツイ橋を渡ります。背景右はサンタルチア駅。<br />リアルト橋で大運河を渡ることにして、しばらくグーグル・マップを頼りに歩くと、

    サン・マルコ寺院目指して歩き始めました。ヴェネティアは狭いので、どこへでも歩いて行ける、たいして時間はかからない、ことになっています。これがあとでえらいことになります。

    スカルツイ橋を渡ります。背景右はサンタルチア駅。
    リアルト橋で大運河を渡ることにして、しばらくグーグル・マップを頼りに歩くと、

  • わ! 大変だ、洪水だ!

    わ! 大変だ、洪水だ!

  • ひたひたと水が上がってきている。

    ひたひたと水が上がってきている。

  • 建物に浸水している。

    建物に浸水している。

  • 広場にいるのは私たちだけ。住人が出てきて水かきしている気配はありません。<br />なるほどヴェネティアではこの程度は日常茶飯事なのだ。これがうわさの高潮、アックア・アルタかな。<br />でもまてよ、この水が引いたら、どこに行くのだろう。<br /><br />話はいきなり232年飛びます。ゲーテの「イタリア紀行」10月9日の項にこうあります。<br />「・・・激しい雨が降り注ぐと、隅っこに押しやられてあったすべての塵芥はひっくり返されて、運河の中に引きずり込まれて・・・」<br />少なくとも232年前から変わっていないのですね。でも海水には浄化作用があるので、水はきれいになるのだそうです。<br /><br />リアルト橋目指して歩き続けます。ところが、こうした浸水で通れない道路がいっぱいあるのです。

    広場にいるのは私たちだけ。住人が出てきて水かきしている気配はありません。
    なるほどヴェネティアではこの程度は日常茶飯事なのだ。これがうわさの高潮、アックア・アルタかな。
    でもまてよ、この水が引いたら、どこに行くのだろう。

    話はいきなり232年飛びます。ゲーテの「イタリア紀行」10月9日の項にこうあります。
    「・・・激しい雨が降り注ぐと、隅っこに押しやられてあったすべての塵芥はひっくり返されて、運河の中に引きずり込まれて・・・」
    少なくとも232年前から変わっていないのですね。でも海水には浄化作用があるので、水はきれいになるのだそうです。

    リアルト橋目指して歩き続けます。ところが、こうした浸水で通れない道路がいっぱいあるのです。

  • 住人は長靴です。<br />旅行者はというと、こういうものをキオスクで売っていました。

    住人は長靴です。
    旅行者はというと、こういうものをキオスクで売っていました。

  • 拡大。この程度の浸水がいかに当たり前かということですね。<br />私たちも最初にこれを買っておけば良かったのですが、たいしたことあるまいとたかをくくったのが、大間違い。そのうち、通路があちこちで通れません。<br /><br />頼りはグーグル・マップですが、こいつがおかしい。止まったり、変な方向にガイドします。

    拡大。この程度の浸水がいかに当たり前かということですね。
    私たちも最初にこれを買っておけば良かったのですが、たいしたことあるまいとたかをくくったのが、大間違い。そのうち、通路があちこちで通れません。

    頼りはグーグル・マップですが、こいつがおかしい。止まったり、変な方向にガイドします。

  • どうやら原因はこういう細い路地ではないか。これなど太い方です。上を見上げると廊下のような細い空です。そのせいで私のiPhoneがGPSを拾えないのではないかな。<br /><br />ゲーテは9月29日、ヴェネティア着の翌日の項に、ヴェネティアの狭苦しさは見た人でなくては想像がつかないと書いています。「通例小路の幅は腕を伸ばすといっぱいになるか、ならないまでも大体は届く」うん、そう、そう。<br />「両手を両脇へつっかえると、肘がつかえるくらいである」そこまで狭いのは通らなかった。大男だとそんな感じかも。ゲーテは体が大きかったのかな。<br />そもそもヴェネティアは、砂州みたいな所を無理矢理埋め立てて土地を作ったわけで、建物優先、道など人一人が通れればいいと考えたのでしょう。<br /><br />というわけで、完全に迷子。気がついたら、スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコの前に来ていました。ティントレットの大作70枚で埋め尽くされているとか。リアルト橋とは全然方向が違います。<br />幸い「リアルト橋→」なる案内板を見つけたので、以降これに従います。iPhoneはポケットにしまいました。

    どうやら原因はこういう細い路地ではないか。これなど太い方です。上を見上げると廊下のような細い空です。そのせいで私のiPhoneがGPSを拾えないのではないかな。

    ゲーテは9月29日、ヴェネティア着の翌日の項に、ヴェネティアの狭苦しさは見た人でなくては想像がつかないと書いています。「通例小路の幅は腕を伸ばすといっぱいになるか、ならないまでも大体は届く」うん、そう、そう。
    「両手を両脇へつっかえると、肘がつかえるくらいである」そこまで狭いのは通らなかった。大男だとそんな感じかも。ゲーテは体が大きかったのかな。
    そもそもヴェネティアは、砂州みたいな所を無理矢理埋め立てて土地を作ったわけで、建物優先、道など人一人が通れればいいと考えたのでしょう。

    というわけで、完全に迷子。気がついたら、スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコの前に来ていました。ティントレットの大作70枚で埋め尽くされているとか。リアルト橋とは全然方向が違います。
    幸い「リアルト橋→」なる案内板を見つけたので、以降これに従います。iPhoneはポケットにしまいました。

  • リアルト橋につきました。橋を渡って、すぐ右のカフェで休憩です。歩きくたびれました。<br /><br />教訓。ヴェネティアでは、どこへでも簡単に歩いて行けるわけではない。<br /><br />懲りたので、ここからサン・マルコ大寺院へは、ヴァポレットで行くことにしました。

    リアルト橋につきました。橋を渡って、すぐ右のカフェで休憩です。歩きくたびれました。

    教訓。ヴェネティアでは、どこへでも簡単に歩いて行けるわけではない。

    懲りたので、ここからサン・マルコ大寺院へは、ヴァポレットで行くことにしました。

  • 本島内では自動車は禁止、自転車もだめ。運河をのろのろと行く船だけが唯一の交通手段です。<br />これがヴァポレット。幹線、支線、縦横に行き来します。

    本島内では自動車は禁止、自転車もだめ。運河をのろのろと行く船だけが唯一の交通手段です。
    これがヴァポレット。幹線、支線、縦横に行き来します。

  • ヴァポレット停留所。こういうのが運河の両岸に並んでいます。船は稲妻型に右に左に停留所をつなぎます。途中の停留所をパスする急行、なんとか快速のようなものもあります。

    ヴァポレット停留所。こういうのが運河の両岸に並んでいます。船は稲妻型に右に左に停留所をつなぎます。途中の停留所をパスする急行、なんとか快速のようなものもあります。

  • ヴァポレットが停留所に接岸するとき、はでにドカーンとぶつけます。大丈夫かなと思ったら、停留所の岸壁は分厚いゴム状のもので覆われていて、ヴァポレットの舷側には羽釜の羽のような出っ張りが張り出しています。窓枠と窓の格子の間の白い板状のやつがそれ。<br />それにしても景気よくぶつかります。岸和田だんじり系かも。

    ヴァポレットが停留所に接岸するとき、はでにドカーンとぶつけます。大丈夫かなと思ったら、停留所の岸壁は分厚いゴム状のもので覆われていて、ヴァポレットの舷側には羽釜の羽のような出っ張りが張り出しています。窓枠と窓の格子の間の白い板状のやつがそれ。
    それにしても景気よくぶつかります。岸和田だんじり系かも。

  • なんでも船です。これはタクシー。

    なんでも船です。これはタクシー。

  • トラックが荷扱い中。狭い運河で、電気冷蔵庫を荷下ろし中のトラックもありました。買った冷蔵庫を配達してもらったのですね。

    トラックが荷扱い中。狭い運河で、電気冷蔵庫を荷下ろし中のトラックもありました。買った冷蔵庫を配達してもらったのですね。

  • リアルト橋のたもとは昔も今も、ヴェネティアの物流の中心です。トラックがいっぱい。<br />「・・・リアルト橋は(中略)白大理石のアーチ型の橋である。(中略)運河は船でいっぱいである。すべての必需品は本土からこちらへ運んで、主としてここで停泊して荷を下ろすのである」イタリア紀行9月29日の記録です。今とまるっきり変わらない。<br />ヴァポレットですれ違うボートの多くがトラックでした。ゴミを運んで運河から出て行くボートがいっぱいいました。<br /><br />ヴェネティアでは、警察のパトカーはパトボート、救急車は救急ボートでした。白バイは黒ウオータージェットボートだそうです。

    リアルト橋のたもとは昔も今も、ヴェネティアの物流の中心です。トラックがいっぱい。
    「・・・リアルト橋は(中略)白大理石のアーチ型の橋である。(中略)運河は船でいっぱいである。すべての必需品は本土からこちらへ運んで、主としてここで停泊して荷を下ろすのである」イタリア紀行9月29日の記録です。今とまるっきり変わらない。
    ヴァポレットですれ違うボートの多くがトラックでした。ゴミを運んで運河から出て行くボートがいっぱいいました。

    ヴェネティアでは、警察のパトカーはパトボート、救急車は救急ボートでした。白バイは黒ウオータージェットボートだそうです。

  • もちろん自家用ボートも。<br /><br /><br />いくつか役に立つ情報を。<br /><br />持ち込めるバックの大きさ。<br /><br />サン・マルコ大寺院は入り口にセキュリティコントロールがありました。列に並んで、私たちの番になったら、私のリュックサックがひっかかりました。大きすぎるというのです。

    もちろん自家用ボートも。


    いくつか役に立つ情報を。

    持ち込めるバックの大きさ。

    サン・マルコ大寺院は入り口にセキュリティコントロールがありました。列に並んで、私たちの番になったら、私のリュックサックがひっかかりました。大きすぎるというのです。

  • これが私のリュック。取っ手を除く大きさは、大体高さ50センチ幅35センチ。

    これが私のリュック。取っ手を除く大きさは、大体高さ50センチ幅35センチ。

  • これは妻のもの。OKでした。高さ35センチ幅30センチです。<br /><br />荷物を預けるところはあります。ただしちょっと離れています。大寺院正面入り口に向かって左の細い路地の奥右でした。無料です。よく見ると大寺院の入り口に何カ所か、大きすぎる荷物はここに預けろと、地図入りで看板が出ていました。

    これは妻のもの。OKでした。高さ35センチ幅30センチです。

    荷物を預けるところはあります。ただしちょっと離れています。大寺院正面入り口に向かって左の細い路地の奥右でした。無料です。よく見ると大寺院の入り口に何カ所か、大きすぎる荷物はここに預けろと、地図入りで看板が出ていました。

  • トイレ<br /><br />これは市内の公衆トイレの地図。<br />イタリアで日本人旅行者が困るのはトイレです。日本のようにどこにでもきれいな公衆トイレがあるわけではありません。ヴェネティアでも、全市でこれだけです。けれども他の街に比較するとかなり親切でした。トイレの地図が用意されていました。ローマでも、フィレンツェでも、ミラノでもありませんでした。<br />ただしこの地図をもらったのはこのトイレでした。各ホテルにでも置いておけばいいのに。

    トイレ

    これは市内の公衆トイレの地図。
    イタリアで日本人旅行者が困るのはトイレです。日本のようにどこにでもきれいな公衆トイレがあるわけではありません。ヴェネティアでも、全市でこれだけです。けれども他の街に比較するとかなり親切でした。トイレの地図が用意されていました。ローマでも、フィレンツェでも、ミラノでもありませんでした。
    ただしこの地図をもらったのはこのトイレでした。各ホテルにでも置いておけばいいのに。

  • 私たちが行ったのは4のトイレですが、かなり遠いところからこの案内が出ていました。交通標識と同じで、建物の壁などの高い位置と、道路面に書き込まれた二次元標識があって、路面を見ながら歩いて行くとトイレにたどり着くようになっています。<br />妻によると、<br />「係の女性がいて、大きな荷物はロッカーに入れさせられますし、入場用のコインを1.5ユーロで買わされます。地下鉄改札みたいな入り口からギイ、ガッチャンと入って、やっとキャビネットに着きました。清潔で安全なトイレでした」

    私たちが行ったのは4のトイレですが、かなり遠いところからこの案内が出ていました。交通標識と同じで、建物の壁などの高い位置と、道路面に書き込まれた二次元標識があって、路面を見ながら歩いて行くとトイレにたどり着くようになっています。
    妻によると、
    「係の女性がいて、大きな荷物はロッカーに入れさせられますし、入場用のコインを1.5ユーロで買わされます。地下鉄改札みたいな入り口からギイ、ガッチャンと入って、やっとキャビネットに着きました。清潔で安全なトイレでした」

  • ドゥカーレ宮殿内大評議の間、ティントレット「天国」<br />ヴェネティア最盛期を象徴する建物と作品です。<br /><br />リアルト橋を中心とする今のヴェネティアは、9世紀初頭に建国が始まりました。当時のリアルト橋あたりは、小島が点々とある程度で、それをつないで陸地を作ったのです。文字通りの国作りでした。<br />ゲーテは、ヴェネティアの第一印象を「ビーバー共和国」と言っています。<br /><br />その後、塩野七生によれば、共和国が衆愚政治に陥ることを防ぐ体制をつくります。<br />かといって、英雄が出現して、民衆の支持で独裁者になることを何よりも嫌う。「アンチ・ヒーロー」の国だそうです。イタリアには珍しい安定した政治をバックに、14,15世紀には最盛期を迎えました。わずか10万人のヴェネティア人が、強力な海軍で、東地中海を支配したのです。ライバルはオスマン・トルコ帝国ですが、人口は1000万を超えました。<br /><br />ゲーテからの引用です。<br />「・・・(ゴンドラで)サン・マルコ広場の方まで乗りまわした。そうして私は急に、すべてのヴェネティア人がゴンドラに乗る時に感じるように、アドリア海の海の支配者の一人であるかのような感じがした。(中略)私をとり巻くすべてのものは、貴重なものばかりである。それは総合された人間の力の偉大な尊敬に値する制作品であり、立派な記念碑である。しかも一君主の記念碑ではなく、一民衆のそれであるのだ」<br /><br />この町はわれわれ観光客を高揚した気分にさせます。<br />この水と路地とあと何かが、人間を変にするようで、路地から路地へ大声で歌って歩いているグループがいました。<br />その何かとは、ゲーテが感じていたものと同じかもしれません。大地、建物。道路、運河、橋、つまり海と空以外のすべてのものが、1000年間にわたり、人間が作ったものなのです。<br /><br />ヴェネティアはフランス、スペイン、イギリスなど、ヨーロッパに強力な専制君主国家が成立すると、徐々に力を失いました。<br />1797年、ナポレオンに占領されて、ヴェネティアは1000年間の独立を失いました。その後イタリア領になったり、オーストリア領になったりして、最終的にイタリアに編入されたのは、なんと1866年、明治維新の2年前です。

    ドゥカーレ宮殿内大評議の間、ティントレット「天国」
    ヴェネティア最盛期を象徴する建物と作品です。

    リアルト橋を中心とする今のヴェネティアは、9世紀初頭に建国が始まりました。当時のリアルト橋あたりは、小島が点々とある程度で、それをつないで陸地を作ったのです。文字通りの国作りでした。
    ゲーテは、ヴェネティアの第一印象を「ビーバー共和国」と言っています。

    その後、塩野七生によれば、共和国が衆愚政治に陥ることを防ぐ体制をつくります。
    かといって、英雄が出現して、民衆の支持で独裁者になることを何よりも嫌う。「アンチ・ヒーロー」の国だそうです。イタリアには珍しい安定した政治をバックに、14,15世紀には最盛期を迎えました。わずか10万人のヴェネティア人が、強力な海軍で、東地中海を支配したのです。ライバルはオスマン・トルコ帝国ですが、人口は1000万を超えました。

    ゲーテからの引用です。
    「・・・(ゴンドラで)サン・マルコ広場の方まで乗りまわした。そうして私は急に、すべてのヴェネティア人がゴンドラに乗る時に感じるように、アドリア海の海の支配者の一人であるかのような感じがした。(中略)私をとり巻くすべてのものは、貴重なものばかりである。それは総合された人間の力の偉大な尊敬に値する制作品であり、立派な記念碑である。しかも一君主の記念碑ではなく、一民衆のそれであるのだ」

    この町はわれわれ観光客を高揚した気分にさせます。
    この水と路地とあと何かが、人間を変にするようで、路地から路地へ大声で歌って歩いているグループがいました。
    その何かとは、ゲーテが感じていたものと同じかもしれません。大地、建物。道路、運河、橋、つまり海と空以外のすべてのものが、1000年間にわたり、人間が作ったものなのです。

    ヴェネティアはフランス、スペイン、イギリスなど、ヨーロッパに強力な専制君主国家が成立すると、徐々に力を失いました。
    1797年、ナポレオンに占領されて、ヴェネティアは1000年間の独立を失いました。その後イタリア領になったり、オーストリア領になったりして、最終的にイタリアに編入されたのは、なんと1866年、明治維新の2年前です。

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この旅行記へのコメント (3)

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  • ももであさん 2018/07/13 20:14:25
    沈みゆくヴェネツィア
    こんばんは シニアの旅人さま

    怒濤の連続書き込み攻撃をありがとうございます♪ はや10年近くも前になりますが、自分でも好きなイタリア旅物語を通しで読んでくださる方が現れて嬉しいです。

    昨年はバルセロナを訪れました。人口160万のバルセロナを訪れる観光客数は年間3,200万人。人口の20倍。これは日本の年間訪日客数を上回ります。
    そしてヴェネツィア。あの小さな島に人口の実に450倍もの観光客が押し寄せているそうです。困りものは超大型客船。船旅客は宿泊することなく、津波のごとく押し寄せたかと思えば、数時間後には巨大な引き潮となって去り、街に落ちるお金は思いの外少ないのだとか(もちろんマフィアと汚職政治家は潤っているのでしょうが)。

    かと言って人が大挙するから島内は超インフレ状態。特に家賃の高騰は激しく、生まれ育った古くからの住人ですら、街を去らざるを得ないそうです。偉大な歴史ある海洋都市国家ヴェネツィア。街の歴史は人がつくるものですが、人口は5万人にまで激減し負の連鎖は止まっていないようです。

    今、ヴェネツィア最大の危機がアクアアルタではなく、押し寄せる人の波とは何とも皮肉なものです。このままではヴェネツィアは、ただのテーマパークに陥ってしまうことでしょう。かく言う自分も多分に漏れずヴェネツィアを訪れています。一人の旅人としては、適正にお金を落としていくことがwinwin関係につながるのでしょうか。

    近い将来、京都も同じ問題を抱えることでしょう。そろそろUNESCOも世界遺産認定を卒業し、そんな多くの観光都市が抱えるアンバランスな問題解決を担ってくれると良いのですが。

    ももであ
  • mistralさん 2018/07/12 15:13:54
    ヴェネツィア
    シニアの旅人さん

    こんにちは。
    ヴェネツィア編、拝見しました。
    ご訪問の折に、アクアアルタに出会われたんですね。
    前回の旅のカーニヴァルの折に、そんなことになったら
    扮装している方々もお困りだろう、と思っておりましたら
    その年にはなんとか無事でした。

    ヴェネツィアは旅行者を高揚した気分にさせる、というくだり
    私も全く同感です。
    私は、まず水が、何か力をたたえているように感じました。
    写真を撮りますと、他所では感じられないような
    力、粘性のような?を持っているように感じました。
    周囲の建物が写り込み、いつになく綺麗な写真が撮れました。

    あとはおっしゃるように、1000年の歴史の重みが
    漂っている?ような気が致しました。

    いつの時期も素晴らしい 街です。

    mistral

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2018/07/12 17:44:40
    Re: ヴェネツィア
    mistralさま
    さっそく読んでくださりありがとうございます。
    アクアアルタはいつでも出会えるというものではないらしく、他の方々には迷惑でしょうが、ついていたのですね。
    町中に腰の高さくらいの台がいっぱい置いてあり、夜店の縁台にしては量が多いなと思っておりました。浸水時の通路でした。写真を撮っておけばよかったと、後で思いました。
    ヴェネツィアは不思議な街でした。水からいきなり建物が立ち上がるというのは、ほかにない。
    文章にまとめてみると、行っていないところ、行っても何も見ていないところがいっぱいで、これはもう一回行くことになるかなと思いました。

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