2018/06/04 - 2018/06/04
775位(同エリア6952件中)
ベームさん
2日目です。
今日は洛北、洛西の寺を幾つか尋ねます。まず午前中は洛北の圓通寺と詩仙堂、それに金戒光明寺です。
移動は地下鉄、タクシーと、バス一日乗車券(新幹線・ホテル代とセットになってます)を利用、バス一日乗車券は役に立ちました。
朝から晴れあがり暑い一日を予感させます。
写真は詩仙堂、書院と前庭。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 新幹線 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
黒丸が今日回った所。
その2では右上の圓通寺と詩仙堂。 -
ホテルの傍のコーヒー・ショップのモーニングで朝を済ませ地下鉄へ。ホテルの朝食は2000円、年金生活者の身で朝飯に2千円投ずるほど裕福ではありません。
モーニングに付いていたタカナシのヨーグルトは美味しかった。帰って探してみよう。 -
地下鉄京都駅。
-
京都の地下鉄は南北に走る烏丸線と東西線の2系統です。
-
烏丸線で終点の国際会館まで。
-
地下鉄車内。
京都の地下鉄といっても東京、横浜のと変わりません。8時半過ぎにしては乗客が少ない。 -
国際会館下車。
国立京都国際会館は昭和41年(1966)に出来た日本最初の国立の会議施設です。平成9年(1997)には京都議定書を採択した第3回地球温暖化防止京都会議が開かれています。 -
地上に出たところ。
-
駅付近。
-
目指すは圓通寺。地図左上にあります。
圓通寺まではタクシーで。今回移動にタクシーをよく使いました。四人ですと一人当たり安くつき時間体力の節約になります。 -
圓通寺門前到着。9時半頃。
-
圓通寺。
-
10時開門を9時と間違え早く着いたのでちょっと付近を歩くも何もなし。
ここは洛北、市街地のほぼ北のはずれ、田んぼのある風景。 -
白い塀は圓通寺です。
-
綺麗なカーヴを描いています。
-
竹藪。
-
緑のトンネル。
-
路傍の石塔。
-
圓通寺門前の通り。先の左が入り口。
-
圓通寺の門。
-
10時。難しそうなお坊さんが門を開きました。
-
圓通寺。
江戸時代初期、御水尾天皇が造営した幡枝(はたえ)離宮の跡。その後上皇となった御水尾天皇の尽力により1678年霊元天皇の勅願寺として開基。以来、皇室の祈願所となる。
霊峰比叡山を借景にした庭園は国の名勝に指定されている。
パンフレットより。 -
圓通寺のパンフレット。
臨済宗妙心寺派の禅寺。 -
前を歩く住職。なかなかおっかない雰囲気で、あとでタクシーの運転手に訊いても結構気難しいので有名だそうです。
-
境内。
-
境内。
-
ここから入り恐る恐る入場料を払わしていただきました。
-
小さな堂宇ですぐに庭園に出ました。
-
有名な枯山水式の庭です。
-
生垣で囲まれてさほど大きく感じませんが400坪あるそうです。
苔を主体に大小40余りの石を配置した姿は御水尾天皇の時そのままと云います。 -
生垣はサザンカなど50種類の木で造られています。
-
杉、檜の間から見える比叡山を借景とした庭園は国の名勝に指定されています。
確かに美しいですね。縁側に座るより畳三畳下がってみる方がよろしい、と音声ガイダンスが教えてくれました。ガイダンスの声は住職のものらしく厳めしかったです。 -
後水尾天皇はこの景観を愛でたのでした。
-
京都市はマンションなどの乱立で貴重な借景が失われるのを防ぐため眺望条例を制定しています。圓通寺もこの対象地区に指定されています。その条例では建物の高さだけでなく屋根の形も制限されています。
国際観光都市京都にとって開発も重要だが観光資源の保護はそれ以上に大切なことでしょう。 -
拡大。比叡山。
京都と大津にまたがる標高840mほどの山。延暦寺があり古くから高野山と共に信仰の山とされる。この姿は都富士と称されるそうです。 -
観る所は庭園だけでした。外に出てちょっと境内を。
-
梵鐘。
-
境内の隅に石碑が有ります。
-
柿落葉 踏ミてたづねぬ 円通寺 虚子
-
こじんまりした綺麗な境内です。
-
門と虚子の句碑。
-
次はタクシーを呼び詩仙堂まで。
-
詩仙堂丈山寺のパンフレット。
-
説明板。
-
江戸時代初期の徳川譜代の武人、後の文人石川丈山の草庵跡。
丈山が日本の三十六歌仙にならって中国の詩家三十六人の肖像画を画家狩野探幽に描かせ、それに各詩人の詩を丈山が墨書し山荘の「詩仙の間」の壁に掲げたのが詩仙堂の名の由来だそうです。
現在は曹洞宗永平寺の末寺、丈山寺となっています。 -
詩仙堂入口。
建物と美しい庭園は丈山が造立した寛永18年(1641)当時とあまり変わってはいないそうです。 -
入口、小有洞門。
-
小有洞門から続く短い参道。
竹垣に仕切られた静謐な道です。 -
少し石段を左に登ると、
-
老梅関門です。
-
詩仙堂に入ります。
-
詩仙堂から見た老梅関の門。
-
直ぐに庭園を見晴らせる書院の間に出ました。
-
余り大きくない庭園でまじかに見られます。
-
書院の間と庭園/前庭。
-
圓通寺のもそうでしたが、ここの庭園も縁側より畳数枚下がった位置より眺めるのが良いようです。
この写真のアングル、我ながら良い出来と自賛。 -
こじんまりして手入れの行き届いた庭です。
-
縁先で座って静かに眺めるのもよろしい。
-
咲残りのサツキが陽光のもと綺麗に映えます。
-
書院前庭。
-
今まで見た庭園の中で一番華やかで美しいと感じました。
-
スリッパを履いて庭園を歩くことが出来ます。
-
ぐるり一回りしました。
-
三層の嘯月楼(しょうげつろう)。一階が書院。
-
書院。
-
サツキの大刈込。
-
庭園。
-
僧都(そうず、ししおどし)。
丈山自身が造り鹿や猪を追い払うほかその音を楽しんだものです。我国最初のししおどしと云われます。 -
洗蒙瀑。
蒙昧を洗い去る滝の意。 -
滝の水が流れ込む流葉池。
-
流葉池。
-
同。
-
百花塢(ひゃっかのう)。
前庭の下に百花を配した庭。 -
百花塢。
-
前庭より一段下がった所です。
-
花のない時期はこんな感じでしょう。まだサツキの花の残っているときに来られて良かったです。
-
庭園の隅の方。
-
地蔵さんですか、可愛い人形さんです。
-
残月軒。
-
一回りしました。
-
書院の方に戻ります。素晴らしい庭でした。
-
最後に絵葉書2枚。
紅葉の書院前庭。 -
詩仙の間。
36人の中国の詩家の絵が掛けられています。狩野探幽画、石川丈山墨書。 -
拡大。
-
詩仙堂のすぐ先に八大神社があります。
鎌倉時代の1294年創建で、皇居守護神十二社の一つでした。 -
若き日の宮本武蔵が悟りを開いたところとされています。今は宮本武蔵一色に染まっています。
-
下の道から詩仙堂、八大神社にかけての道は八大神社の参道になっています。
-
参道の和菓子屋。
-
参道沿いの家。
-
同。
-
参道の入り口に八大神社の鳥居が建っていました。
-
八大神社まで200m。
-
鳥居。
-
その傍にいわくあり気の松と説明板と石碑が建っています。
-
八大神社境内一乗寺下り松(さがりまつ)、世に有名な宮本武蔵と吉岡道場一門決闘の場です。
-
松は4代目か5代目。
慶長9年(1604)、当時21歳の宮本武蔵が京都一の道場吉岡道場の当主吉岡清十郎を討ち負かしたことから門弟らが遺恨試合を仕掛けた。吉岡側は清十郎の遺子又七郎を押し立て70人余の人数に対し武蔵は一人。
武蔵は八大神社に祈願した後今詩仙堂のある裏山から駆け下り、又七郎を切り倒し逃げ去った、という。 -
宮本 吉岡決闘の地。
-
その横にもう一つの石碑。
大楠公戦陣蹟。
鎌倉幕府滅亡ののち後醍醐天皇の建武の新政が行われる。建武3年(1336)、天皇に反旗を翻した足利尊氏は京都に攻め上る。迎え撃つ天皇方の武将楠木正成はこの地に戦陣を敷き足利軍を打ち破った。 -
読めません。
ここからまたタクシーで金戒光明寺に行きました。次回で。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
東山・祇園・北白川(京都) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
99