2018/05/05 - 2018/05/05
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旅じぞうさん
明治時代、京都は水不足で困っていたそうです そこで琵琶湖か東山の山々の中にトンネルを掘って、南禅寺近くまで水路を造るという大工事が行われたそうです。こうしてできたのが琵琶湖疎水です。琵琶湖から舟で荷物を輸送する事も行われていました そんな舟が今年復活するという事で乗ってきました
ついでに疎水の京都への影響を見て回りました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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【琵琶湖疏水船】琵琶湖疎水船乗り場;旧九条山浄水場原水ポンプ室
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【琵琶湖疏水船】
旧九条山浄水場原水ポンプ室の脇の疎水から出発です。今回は琵琶湖第一疎水を蹴上げから琵琶湖近くの滋賀県大津まで船で行くコースです。 -
【琵琶湖疏水船】
蹴上げの渡船場から直ぐ第3トンネルに入り、その後 御陵(みささぎ)の天智天皇陵付近にある公園の中、そして大2トンネルをこえて山科付近に出て、更に諸羽トンネル、最後に最も長い第1トンネルを越えて、滋賀の三井寺近く、大津の渡船場につきます。 -
【琵琶湖疏水船】
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【琵琶湖疏水船】船頭さんが説明してくれます。
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【琵琶湖疏水船】こんな船です。
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【琵琶湖疏水船】
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【琵琶湖疏水船】蹴上げから大津へは水の流れに逆行するのでモーターで勢いよく進んでいきます。
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【琵琶湖疏水船】山科付近です。
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【琵琶湖疏水船】
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【琵琶湖疏水船】4つのトンネルを越えていきます。
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【琵琶湖疏水船】
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【琵琶湖疏水船】トンネルの中は何もありません。強いて言うと工事のための穴があるくらいです。
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【琵琶湖疏水船】そのため、一番長い第1トンネルでは船からトンネルの壁に映写された映画?で疎水の工事についての物語を見て過ごすことができます。
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【琵琶湖疏水船】
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【琵琶湖疏水船】第1トンネルの大津側の出口です。この真上に三井寺があります。
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【琵琶湖疏水船】大津の渡船場
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琵琶湖疎水の大津渡船場のさき、この向こう直ぐがもう琵琶湖です。
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蹴上げ疎水公園の田辺朔郎像
明治のこの時期いろいろな事業が外国人の手によって行われていたのですが、疎水工事は学校(今の大学)を卒業したての田邊朔郎(たなべさくろう)が主任技師として登用されてつくられました。元々、疎水を使った運河事業、灌漑事業、そして水車などを利用した動力源として利用する予定でしたが、田邊がヨーロッパに視察に行った際に、当時ヨーロッパにもで見たばかりの水力発電所を見学し、水車などではなく、疎水の水力を作った水力発電所を作る事を提案し、日本で最初の水力発電所が京都にできたと言うことです。 -
【蹴上げインクライン】
水力発電ができるほど、琵琶湖や、疎水の蹴上げまでの水位は南禅寺あたりの高さに比べて高いところにあります。このため運河で蹴上げに運んできたものを更に運び続けるための工夫が必要となりました。
そこでケーブルカーを走らせて、船のままケーブルカーに乗せてしまう方法がとられました。これが「インクライン」と呼ばれるもので、京都観光のガイドブックを見て何じゃこれと思っていたものです。ケーブルカーには水力発電の電気が使われていたそうです。インクライン 名所・史跡
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【蹴上げインクライン】
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【蹴上げインクライン】
2組のケーブルカーの線路が残っています -
【蹴上げインクライン】こんな台車に船を載せてケーブルカーとして上り下りをしていたそうです。
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【蹴上げインクライン】
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【蹴上げインクライン】
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【蹴上げインクライン】
インクラインは今は使われていなくて、その回りにある桜並木が春野さくらの名所になっています。 -
インクラインの一番上、疎水に交わるあたりに「本願寺水道」の取水口があります
これは、東本願寺までつながっていて、当時この高さからの水圧を利用して動力無しで火事の時に東本願寺の屋根まで水が飛ばせる様に工夫された、画期的な工事の一つだそうです。 -
【琵琶湖疎水:第二疎水の合流部】
疎水船で行った第1疎水の竣工の22年後に琵琶湖から第二疎水が計画され竣工しています。こちらはほとんどがトンネルの中だそうで、蹴上げの渡船場近くのこのトンネルが外から見られる数少ない場所だそうです。 -
【水力発電】南禅寺近くに、水力発電所があります
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【水力発電】
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【水力発電】向こうに平安神宮の鳥居が見えています。
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【水力発電】
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【水力発電】
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【琵琶湖疎水記念館】
インクラインを下った先、再び疎水と交わるあたりが南禅寺の船だまりで、直ぐ脇に疎水記念館があり琵琶湖疎水のことが勉強できます。琵琶湖疏水記念館 美術館・博物館
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【南禅寺船だまり】当時、インクラインで運ばれた船は南禅寺船だまりから、水路を進んでいきました。結局伏見の方まで行けたそうです。
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【南禅寺船だまり】
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【南禅寺船だまり】
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【南禅寺船だまり】
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【南禅寺船だまり】桜の頃には「岡崎十石船めぐり」といって、船で岡崎の桜を眺める事ができるのですが、今年は桜が早く予約していた日には葉桜になっていました。
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【ねじりまんぼ】
地下鉄蹴上駅から南禅寺に行く近道としてこのトンネルがあります。
「ねじりまんぼ」と変な名前で呼ばれています。煉瓦がねじったように斜めに積まれているからだそうですが…。琵琶湖疏水ねじりまんぼ 公園・植物園
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【南禅寺】
南禅寺 寺・神社・教会
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蹴上の渡船場から山に沿って北に行く水路があります。かなりの水量がありますが、これが南禅寺の水路閣を通って哲学の道の疎水につながっていきます。
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【南禅寺水路閣】火曜サスペンスドラマでは多くの場合海岸の断崖絶壁で犯人が自白をするのですが、京都市内では海岸がなく、代わりにこの水路閣で自白していることが多いため、覚えのある方も多いのではないでしょうか。
南禅寺 寺・神社・教会
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【南禅寺水路閣】
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【南禅寺水路閣】
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【南禅寺水路閣】
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【南禅寺水路閣】
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【南禅寺南禅院】
南禅寺 南禅院 名所・史跡
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【南禅寺】
江戸時代、南禅寺は京都の禅宗の五山の上に立つ位置にあって、徳川幕府とも強い関係にあって繁栄したお寺です。このため明治政府はこのお寺の力をそぐため境内の多くを採り上げたそうです。最初、そこに工業団地を造る計画があったそうですが疎水で水力発電が成功したり、反対運動が起きたなどで工業団地の話しが立ち消えとなり、その土地を使って別荘がたくさん作られたそうです。元々水不足の京都だったのですが疎水で水に恵まれたため、水を生かした庭が綺麗な別荘がたくさんできたそうです。 -
【無鄰菴】
別荘の多くは現在公開されていませんが、山縣有朋の別荘だった無鄰菴は今も解放されています。無鄰菴庭園 名所・史跡
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【無鄰菴】
水を多く利用した素敵な庭を畳の上からぼーっと眺めたり、庭を散策したりすることができます。南禅寺船だまりの直ぐそばです。 -
【無鄰菴】
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【無鄰菴】
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【無鄰菴】
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【無鄰菴】
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【無鄰菴】
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【哲学の道】西田幾多郎やその弟子が思索に更けて歩いたり、議論しながら歩いたことから「哲学の道」と呼ばれるこの道の脇を疎水が流れています。
哲学の道 名所・史跡
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【哲学の道】
京都市内の多くの場所では川は北から南に流れるのですが、この疎水は南から北に流れており、深く考えると不思議な感じがします。 -
【哲学の道】
人工の流れなので等高線より北側を低めに作ればいいわけですが、やはり実際に見ていると不思議な感じがするのは私だけでしょうか。 -
【哲学の道】
6月になると哲学の道でホタルが見られると言います。昨年見に行きましたが数匹見られました。ホタルにも出現する時間があって、ピークの時間は3回あって1回目が午後8時、2回目が午前0時、3回目が午前3時だそうです。 -
【哲学の道】
ホタルは清流に住む印象がありましたが、どう考えてもこの水は琵琶湖の水。
清流というほどでなくても良いのかなあと勝手に考えています。
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