2017/12/22 - 2017/12/29
1位(同エリア415件中)
noelさん
カイロを除いて、上エジプト最後の観光は「アブ・シンベル神殿」です。
これこそがユネスコの世界遺産のきっかけになった事業です。
Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae
アブ・シンベルからフィラエまでのヌビアの遺跡群ですが、やはりアブ・シンベルが一番周知されているかと思います。
しかもラムセス2世が造った神殿ですし、スーダンとの国境に一番近く、つまりはそれだけの勢力を広げていたことになります。
ちなみに遺跡群は
イシス神殿~ケルタシのキオスク~カラブシャ神殿~ダッカ神殿~モハッラカ神殿~ワーディ・セブア神殿~デッル神殿~アマダ神殿~アブ・シンベル神殿があります。
アブ・シンベルからの帰りに立ち寄ったのが、アスワンにあるKephiというお店です。こちらは香油(アロマオイル)や香水瓶などのお店です。
【旅程】
12月22日(金)成田発 17:30(EY871便)⇒アブダビ着 翌日0:35
12月23日(土)アブダビ発 3:20(EY651便)⇒カイロ着5:30
カイロ発 10:35(MS361便)⇒ルクソール着11:45
クルーズ船へ
カルナック神殿観光
ルクソール神殿観光
12月24日(日)王家の谷観光
ハトシェプスト女王葬祭殿観光
メムノンの巨像観光
西岸から東岸へファルーカ船にて移動
午後は自由行動
クルーズ船にてエドフへ移動
12月25日(月) ホルス神殿観光
クルーズ船にてコムオンボへ移動
コムオンボ神殿観光
クルーズ船にてアスワン移動(予定)
12月26日(火) イシス神殿観光
アスワンハイダム観光
アブシンベル神殿観光
12月27日(水) アスワン発(NP82便 9:30⇒ カイロ着 10:55
考古学博物館入場
ハンハリーリバザール
12月28日(木) ギザのピラミッド、スフィンクス観光
カイロ発 15:00(EY648便)⇒アブダビ着 20:30
アブダビ発 22:00(EY878便)⇒
12月29日(金) 成田着 12:45
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス
-
入場料は160エジプトポンドです。
これで大神殿と小神殿そしてドキュメンテーション・センターに入ることができます。
私が行ったのは12月26日
この時は、神殿内の撮影は禁止でした。
ところが2018年2月1日から300エジプトポンドでカメラチケットを購入すれば、写真が撮れるようになったと他の方の旅行記を見て知りました。
羨ましい~!
ダイスケitさんの旅行記です。
よろしかったら、こちらをご参照ください。
↓
「2018冬のエジプト旅行(7)-ナイル川クルーズ4日目其の2(アブシンベル神殿)」
https://4travel.jp/travelogue/11345836 -
ついに来ました!!
人工のドームの入口が見えます。
鋼鉄製の廊下がこの内部にあります。
240tの鋼鉄製の梁で支えています。
青い旗があります。
エジプト国旗でもないし、ユネスコの旗でもないし、Mの文字が見えるのですが、何の旗なのでしょう? -
ぐるりと回って神殿方向へ向かいます。
目の前に見える海のようなものは、ナセル湖です。 -
岩山
アガサ・クリスティーの「ナイルに死す」にアブ・シンベル神殿の観光の場面が出てきます。
連続殺人事件が起きる前に、落石事故が起きてリネットが危うく難を逃れる場面です。
それはこのあたりでしょうか・・?
そしてアガサ・クリスティーの「オリエント急行殺人事件」は去年(2017年)新たに映画化されて日本でも公開されましたが、映画の中では次に続きそうな感じでした。
・・・とすると「ナイル殺人事件」を再び(1974年に映画化されてます。)?
ちょっとそんな予感がして楽しみにしてます。
落石の部分を映画でカットされないといいのですが・・。
【追記】
2022年3月
上記に「ナイル殺人事件」について書きましたが、2022年日本でも公開されました。そして早速見てきました。
映画の中で、落石場面はありましたが、実はここではありませんでした。
この先の、神殿の真正面でした。
よく考えると、原作の「ナイルに死す」は1937年に発刊されています。
その時点では、まだ以前のままでした。(世界遺産になる前でした)
その後、水没のためのため、1964年から1968年の間に移築されました。
現在は、こちらを通って神殿を見に行きますが、小説(映画)では、船で行ってます。 -
右側にちらりと見えてきました。
まさに岩窟神殿です。 -
大神殿の正面に来ました。
この神殿はラムセス2世が自身のために建造し、神格化した彼自身、アメンラー、ラーホルアクティ、プタハ、といった神々に捧げられました。
そしてこの大神殿の隣りに小神殿を建設しました。
これは王妃のネフェルタリのために建設されて、ハトホル女神に捧げました。 -
イチオシ
4体のラムセス2世像です。
確か私の記憶に間違いなければ、このラムセス2世は左から年齢順になっていたと思います。
30歳・40歳・50歳・60歳と言われているとガイドさんから説明がありました。
【追記】
2022年3月
先ほどの「ナイル殺人事件」の件ですが、映画によると落石現場は、まさにここでした。
このラムセス像の上から石が落ちて来ました。
ちなみに、再び原作を読んでみましが、
・・・・お寺の中から地面のむっとするような明るい場所へ出ると・・・・・・・サイモンとリネットは、子どもたちを通り過ぎると、船へ帰る気にもならず、見物にも飽きてしまっていたので、岩に背をもたせかけて、熱い太陽に焼かれるままになっていた・・・・・・・・・・突然、叫ぶ者がある。誰かがどなりながら、こちらへ手をふってかけてくる。サイモンは一瞬、間の抜けたように眺めていたが、たちまち立ち上がってリネットを引っ張った。危機一髪!大きな石が岩を転がり落ち、二人を通りこして砕けた。リネットがそのまま動かずにいたら、粉々になるところだった。・・・・・・・・・・・
とあります。
この小説が書かれた当時は、まだ世界遺産になっていませんでしたので、遺跡の上に上がっても良かったのでしょう。
現在はおそらく禁止されていると思います。
そして、現在写真を撮っているこの付近は、当時は陸ではなく、ナイル川でした。
おそらく、この付近に船を接岸して上陸したのでしょう。 -
神殿の上部にはヒヒがいます。
トト神かと思います。22体あったようですが、どう数えても減っています。
壊れたのでしょうか。 -
イチオシ
神殿入口の上には、ラー・ホルアクティ神の像があります。
(ラー(太陽神)とホルス神が習合したもの)
また、その周囲には1対のラムセス2世が、ラー・ホルアクティ神にマアトを捧げるレリーフが描かれています。 -
左から2体目のラムセス2世のの頭がありません。
足元に落ちているようです。
確か地震で落ちてしまったはずです。
それにしてもここに移動してくる作業は途方もなかったでしょう。
クレーンのような物でラムセス2世の顔(頭)の部分を引き上げてる映像を見ましたが、もしも落としたら・・・・と思うと、心臓がドキドキします。
この巨大プロジェクトには3600万ドルもの資金を集めたそうです。
wikiでは4000万ドルとなってます。総事業費の約半額が集まりました。
日本からも28万ドルが寄せられたようです。 -
ラムセス2世の像の足元には、王妃ネフェルタリの像があります。
もうこの頃になると。この足元の像にも見慣れてきました。 -
ちょっとスロープになっています。
それにしても大きいです。 -
この碑文のような物には何が書かれているのでしょう。
おそらくトト神、ホルス神、ラムセス2世などが描かれているように思います。 -
足元の台座にもレリーフが描かれています。
そしてその手前にもホルス神、そしてラムセス2世の子どもたちの像があります。
交互に並んでいます。 -
ラムセス2世はとても長生きしました。
90歳まで生きました。
しかも66年間もエジプトを統治しました。 -
ラムセス2世には息子が111人、娘が69人います。
途方もない数字です。 -
下から写してみました。
なんとも偉大です。 -
この捕虜はヌビア人でしょうか。
このアブ・シンベル界隈は、ヌビア地域です。
首も繋がれて苦しそうです。 -
この捕虜の長さは軍隊の武勇を物語っているそうです。
これは一部ですが、まだ先が続きますので。
軍隊の武勇ということはすなわちラムセス2世の偉大さが窺えます。 -
さてこちらが入口です。
ラー・ホルアクティ像があります。 -
入口から中の様子を!
この先は撮影禁止なので、ここまででおしまい。
大列柱室です。
ラムセス2世の立像です。
胸で手を交差させていますので、これはオシリス神のポーズです。 -
イチオシ
こちらは小神殿です。
全然関係ありませんが、カートもあるようです。
当時は気づきませんでしたが、写真を見たら写っていました。
人間の記憶(私の記憶)はあてになりません。
何気なく撮った写真を後で見て気づかされることが結構あります。
ただ他の場所ではなかったように思います。
(私が気づかなかっただけかもしれません)
神殿まで距離があるためルクソール東岸などでもタフタフなどがありました。 -
この小神殿はラムセス2世の后のネフェルタリのために建立されました。
ネフェルタリを神格化して祀りました。
そして愛と美と音楽の女神「ハトホル女神」に捧げました。 -
それにしてもネフェルタリに捧げた神殿ではありますが、
よ~く見ると、全部で像は6体ありますが、その中でネフェルタリの像は2体、他はラムセス2世の像です。
ラムセス・ネフェルタリ・ラムセス・ラムセス・ネフェルタリ・ラムセス
という順番で立ってます。
3体はハトホル冠(牛の角を持ち、角の間に太陽円盤)を被っています。
他は右からアテフ冠、複合冠、白冠を被っています。
それから足元には子どもたちの像が刻まれています。 -
ここで注意!
この神殿の中は先ほども述べましたが、この時はまだ撮影禁止でした。
でも、入口にガラベイヤを着た現地の人がいて、入口からなら撮影してもいい、と言って大きな「アンク」まで貸してくれて写真を撮らせてくれてました。
ちょうど私たちの前に入場しようとした人たちが、声をかけられて撮影してました。
でも・・・何度か似たような場面を見ていたので、その手にはのりません。
観察していると、やはり最後にはバクシーシを要求されていました。 -
中は写せませんでしたが、列柱室にはハトホル女神の柱があります。
また見ものなのは、ネフェルタリの美しい姿も刻まれています。
とても美しいお姿です。
手には楽器のシストルムを持っています。 -
このあたりは音と光のショーを観覧する場所のようです。
ちなみにこの大神殿、小神殿はちょっと正面の位置が違う方向を向いています。
大神殿はエジプト方向を、小神殿はヌビア方向を向いています。
これには何か意味があるのでしょうか。
それからエジプト全土に数多くの建造物を建てたラムセス2世ですが、このヌビアの地、アブ・シンベルに最大の像を建てたことにも何かしら意味がありそうです。
よく言われているのが、春分の日、秋分の日、あるいはラムセス2世の誕生日である2月2日と10月22日に神殿の入口から太陽光が奥深くまで差し込み、至聖所の像を照らすことがあると言われていますが・・・。説は色々とあるようです。
そんな意味でもラムセス2世にとって特別だったのでしょうか・・。
執念のようなものを感じなくもありません。 -
像の横のレリーフは随分しっかりと刻まれています。
ラムセス2世が玉座から、軍の司令官に対して命令でもしているところでしょうか。
カディッシュの戦いの場面でしょうか。 -
ここにもレリーフが描かれています。
こちらはちょっとわかりにくいのですが、先ほどのレリーフと似ているように思います。 -
なんだか扉のように見えるのですが。
実際には封印されていて、レリーフが描かれています。
例によって捕虜を打ち据えているようなレリーフです。 -
ナセル湖の眺めです。
-
アブ・シンベル神殿の途中の検問所を通過するのは、午後3時?まで通過しなければならないようです。ガイドさんは遅れないようにと急いでました。
もし、時間をすぎてしまうと宿泊しなければならないような事を話してました。
ただ、アブ・シンベル神殿の側のホテルはあまりお勧めできないと話してました。 -
さて長い移動の後はアズワンの店に立ち寄りました。
こちらは香水瓶を作る方です。
とても手際よくあっという間に完成させました。
それを見せていただきました。
正に芸術です。 -
こちらは1階です。主に香水瓶などがあります。
そして香油(アロマオイル)は地下にあります。
香りを選ぶのに夢中だったため、写真を撮り忘れました。
本当は香油よりも樹脂が欲しかったのですが、こちらではありませんでした。
乳香は持っているので、できれば没薬の樹脂が欲しかったです。
樹脂状の物は輝いてはいませんが、ちょっと宝石のようでもあります。
さてキリスト生誕の際に、東方三博士の礼讃をモチーフにした絵やプレゼピオなどがあるのでご存知の方も多いと思いますが、この三博士はその際に贈り物を持っていきました。
それが、黄金・没薬・乳香です。
三博士の名前はローマカトリックと東方正教会などで違うのですが。
いずれにしても贈り物にはこのような意味があります。
黄金:王権の象徴 青年の姿の賢者
乳香:神性の象徴 壮年の姿の賢者
没薬:将来の受難である死の象徴 老人の姿の賢者
です。
没薬はミルラと呼ばれて古代エジプトではミイラの製造のための防腐剤として使われました。
他に神官たちが大量の没薬を燃やして神殿に焚き込み薫香料として使われました。
また富裕層の屋敷などで芳香剤としても使われていました。
またシバの女王がソロモン王に、黄金・宝石・香料(乳香・没薬・白檀・・・・)などをラクダで運んで贈ったという話にもあります。
ちなみにローマ時代のパレスチナでは、没薬を入れた香油は埋葬前の死体を清めるために用いられました。
(イエスの場合もそうでした)
それと没薬は接着剤にもなりましたので、埋葬の直前に遺体を布で包む際にも使われました。
かつてプリニウスは没薬についてこんな記述をしています。
「乳香と同じ季節に年に2度採取するが、没薬の場合は根から枝に至るまで幹の至るところに切り込みを入れる。木から樹液を採る前に、根からStcte(スタクテ)と呼ばれる液がひとりでに滲み出てくる。これはあらゆる樹液の中で最も価値の高いものである。」とのことです。
この前のエジプト旅行のDeir el-Bahri、ハトシェプスト女王の葬祭殿でもちょっと書きましたが、個人的に香りの文化に対してとても興味があります。
そんなわけで古代エジプトの遺跡は勿論、香りに関しても何か発見ができるのでは・・・と思って旅をしました。
ただ、原料は産地に行かなければありません。
スーダン、エチオピア、イエメン、ソマリア、オマーン、ケニア、アラビア半島インド、南アフリカとか・・・。ちょっと行くのは大変そうです。
それで交易のあったエジプトだと入手しやすいのではと思い、旅をする2番目のきっかけともなりました。
ちなみに私が購入したのは以下の6点です。
Lotus Flower(蓮の花:もっとも親しみやすい香りです。人気NO.1)
Ramses(本当かどうかわかりませんせんが、トム・クルーズやブラッド・ピッドもご愛用とのこと。そう言って宣伝してました。)
Sandal wood(白檀)
Mint(ミント)
Merra(普通はMyrrh(ミルラ))気になっていた香りです。
Kyphi(キフィ)
古代エジプト人では毎日大量の香を焚きました。 生と死、両方の健康と運命に不可欠であると考えられていたからです。
そして ギリシア人に知られていたカペットやキフィは、古代の香の中で最も人気のある品種の一つであり、少なくとも旧王国以来使われてきました。
歴史家のプルタルコスによると、古代エジプト人は朝には乳香を、昼にはミルラ、夕方にはキフィを燃やしたそうです。
ヘリオポリスでは、世界で最も古い宗教的テキストであるラーとピラミッド・テキストを敬うために、キフィは夜に焼かれました。
古代エジプトの香の中で最も神聖なものはキフィでした。
「神にようこそ」と呼ばれていました。大祭司は、秘密のチャントで満たされた神殿式でキフィを造りました。
プルタルコスはキフィの香りは美しい音楽を聞くようだと書いていました。
購入したKyphiは、奥深いような伽羅を西洋風にしたような香りがしました。(これではかえってわからないですね(笑))
エドフとフィラエ神殿のレリーフにキフィのレシピが刻まれてます。 -
ショーケース内の香水瓶です。
綺麗です。
自分用のは香油をたくさん買ったらプレゼントしてもらえたので、お土産用にピラミッド型の物を買いました。
そしてもう1つは駱駝の香水瓶も。 -
買い物が終わってお店から出てきました。
「Kyphi」というお店です。
店名にもあるように、香りの中でも最高級なのがわかります。
このお店はツアーではよく利用されているお店のようです。
日本語ぺらぺらです。
El Sadat Road-Aswan-Egypt
Tel:097-2301573
他にもルクソールなどにもいくつか店舗はあるようです。 -
コム・オンボに停泊しているクルーズ船に戻りました。
アスワンから1時間以上かかりました。
このタオルでのベッドメイキングもこれで最後かと思うと、ちょっと寂しいです。
ありがとうございました。
明日はアスワンからカイロに向かいます。
ちなみにクルーズ船は水位が低くアスワンには向かえないため、コム・オンボに停泊したままですので、またしても早起きしなければなりません。
おやすみなさい。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (4)
-
- ダイスケitさん 2018/05/17 20:37:48
- 旅行記のリンクを貼っていただき、ありがとうございます。
- アブシンベル神殿の旅行記を興味深く拝見しました。歴史や古代文化について詳しい知識をお持ちですね。私なんかは、ガイドの話もろくに聞いていないで写真ばっかり撮っていましたし、帰ってから旅日記に書く最低限の知識を集めるのにも大変苦労しました。
訪問日が撮影解禁になる1ヵ月ちょっと前というのも、悔しい思い出ですね。私は大変ラッキーでした。世界には撮影解禁になったり禁止になったりする施設が多々あり、また年々変化しているので運の巡り合わせ次第ですね。今度行く予定のアッシジの聖フランチェスコ大聖堂内部が撮影可能になっていないか調べましたが、どうやら無理なようです(笑)。
- noelさん からの返信 2018/05/18 21:18:50
- 私の方こそありがとうございます。
- ダイスケitさん
リンクを貼らせていただいて、ありがとうございました。
どうしても、自分が体験した情報が更新されているのに、そのまま旅行記を出すのに抵抗がありましたので、助かりました。
改めてお礼申し上げます。
確かに巡りあわせがあるかもしれません。
それも仕方ありません。悔しいですが。
そんなわけで、写真がなかった分、リンクを貼らせていただいたお陰で、神殿内の写真も見させていただけるので嬉しいです。
それにしても私の場合は、知識に偏りがあって、お恥ずかしい限りです。
ダイスケitさんの方がお詳しいと思いました。
今度はアッシジの聖フランチェスコ大聖堂に行かれるんですね。
清貧のフランチェスコですか・・・私も行ってみたい場所の一つです。
また、旅行記を楽しみにしていますね。
ありがとうございました。
noel
-
- kiyoさん 2018/05/06 11:37:25
- 撮影できなかったのですか
- noelさん、こんにちは。
アブ・シンベル神殿内での撮影は禁止されていて
今は有料になっているんですか?
300エジプトポンドって、ぼったくりですね~。
テロの影響で観光客が減ったから、
そうでもしないと収入源がないのでしょうね。
アブ・シンベル神殿は
エジプトで一番大好きな遺跡で、3回くらい見に行きました。
昔は、無料で撮り放題だったんですよ。
大神殿の上にも登って、ナセル湖を眺めたりもしました。
それにしても、水位が下がったせいで、
クルーズ船が動けず、
アブ シンベルからコム オンボまで陸路移動とは。
クルーズはまだしたことがないのですが、
時期を選ばないと、大変なのですね。
勉強になりました。
kiyo
- noelさん からの返信 2018/05/06 16:57:24
- こんにちは
- kiyoさん、こんにちは。
いつもありがとうございます。
アブ・シンベル3回も見に行かれたんですね。
凄いですね。
私などようやく行くことができたのですが・・・。
羨ましいです。
> アブ・シンベル神殿内での撮影は禁止されていて
> 今は有料になっているんですか?
> 300エジプトポンドって、ぼったくりですね?。
そうだったんです。
もうちょっと遅い時期に行ってれば撮れたのかと思うと、ちょっと悔しいです。
でも、しっかりと脳裏には焼き付けてきました。
そしてDVDを買ってきました。
他の遺跡もだいたいそうで、入場料よりはカメラ券の方が高いです。
でも肝心の場所は撮れないのですが。(-_-;)
> テロの影響で観光客が減ったから、
> そうでもしないと収入源がないのでしょうね。
おそらくそのようです。
観光収入は大きいですから。
> 大神殿の上にも登って、ナセル湖を眺めたりもしました。
神殿の上に登るなど、ツアーでは時間的な余裕がなくて、羨ましいです。
上からのナセル湖はまた格別だったでしょうね。
> それにしても、水位が下がったせいで、
> クルーズ船が動けず、
> アブ シンベルからコム オンボまで陸路移動とは。
> クルーズはまだしたことがないのですが、
> 時期を選ばないと、大変なのですね。
> 勉強になりました。
そうなんです。
私も吃驚しました。
結果的にはルクソールからコム・オンボまでしかクルーズしてません(笑)
強引に行って座礁してしまったら元も子もないので、仕方ありませんね。
ただ、夏の時期は暑くて大変そうですし、時期的には丁度過ごしやすかったと思います、
後で行かれた方は大丈夫だったようですし。
きっとまた行かれる事もあるでしょうね。
情勢が色々変わりますから、要チェックですね。
しかももうすぐカイロに新しい博物館がオープンするようです。
やはり目が離せません。
kiyoさんのロンダの旅行記、スーパーの缶詰、お気の毒でした・・・・。
わからないものですね。
ガイドブックには載っていないSantuario de Maria Auxiliadoraという聖堂、綺麗ですね。
これこそ旅の醍醐味かもしれません。
ロンダの富士山???も本当に合掌したくなるような美しさです。
また楽しみにしてます。
ありがとうございました。
noel
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
noelさんの関連旅行記
アブ・シンベル(エジプト) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
4
37