
2018/02/03 - 2018/02/03
52位(同エリア840件中)
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バロンさん
ベルリンから入る中欧巡り
旅程はベルリンードレスデンープラハーチェスキークルムロフ。ーテルチープラチスラバーブダペストの順番で周ります。
№3はドイツのドレスデン旧市街観光後とアルテ・マイスター絵画館を入場見学です。
ドレスデンはドイツの東端、エルベ川沿いの平地に開けた街でチェコ共和国の国境の近くにあります。
第二次世界大戦終盤の1945年2月13日から15日にかけて
連合国軍によって4度におよぶ無差別爆撃で合計3900トンの爆弾が投下され街の85%が破壊されました。戦後は東ドイツに組み込まれていました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
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-
二時間のベルリン観光を終えて
ドレスデンに移動します。 -
ベルリンからバスで移動すること3時間、ドレスデン到着
まずは昼食です。バスから降りて、レストランに行くのに
電車の線路を渡ってきましたが、こちらは遮断機も警報音もありません。
あやうく電車にはねられそうに!
でも、緊張感もなくぼーと歩いていた私達が悪いのですが -
さっきの電車道からハウプト通りに入り、昼食のレストランに行っています。
レストランがあるのはエルベ川右岸のノイシュタット地区と呼ばれる新市街です。
ここをまっすぐ行くとエルベ川になります。ハウプト通り 散歩・街歩き
-
ここが昼食レストランです。
デア レーウェと言う名前のお店です。デア レーウェ 地元の料理
-
入り口にいろいろメニューが出ています。
間口は狭いですが、奥行きの長いお店です。デア レーウェ 地元の料理
-
私達が通されたところは天井までガラス張りのお部屋で
サンルームといった感じで開放的で暖かいです。
この日は曇りだったので少し残念です。
上からぶら下がっているのはライオンです。デア レーウェ 地元の料理
-
まずは、ドイツに来てから初めてのビール
いやまてよ・・デュッセルドルフ空港のラウンジで飲んだっけなデア レーウェ 地元の料理
-
前菜のスープです。美味しかったです。
デア レーウェ 地元の料理
-
メインの料理は
フランクフルト 酸っぱいキャベツ(名前忘れました)マッシュポテト
少し食べてから撮影してしまいました。デア レーウェ 地元の料理
-
食事が終わりお店を出るときに
シェフがお見送りに出てくれました。
撮影をお願いすると気軽に応じてくれました。
優しそうなお顔です!
ご馳走様でした!!デア レーウェ 地元の料理
-
昼食後、
バスに乗りアルベルト通りからカローラ橋でエルベ川を渡り
左岸のアルトシュタット地区旧市街地に入ります。
橋の上から遠くに聖母教会や宮廷教会の尖塔が見えています。 -
カローラ橋を渡るとすぐ右に
アルトシュタット地区旧市街に入りました。
ここでバスを降り歩いて散策します。
この右側にある建物アルベルティヌム美術館に沿って
ブリュールシャー・ガルデン通りを歩き美術館の正面に行きます。 -
ブリュールシャー・ガルデン通り
少し坂になっています。アルベルティヌム 博物館・美術館・ギャラリー
-
結構広い建物でバスから降りて
5分くらい歩くとやっと正面入り口が見えて来ました。アルベルティヌム 博物館・美術館・ギャラリー
-
アルベルティヌム 美術館正面入り口
ドレスデン美術館を構成する12の美術館の一つで
この中にノイエ・マイスターギャラリーと言う絵画館が入っています。
ノイエ・マイスターギャラリーは、この後入場するアルテ・マイスター絵画館が
「古典美術館」と言われているのに対してこちらは「新美術館」と
言われることがあるそうで、19世紀から現代までの近現代絵画が2500点以上が所蔵されているそうです。またロダンの彫刻の所蔵でも有名で こちらも観たかったです。アルベルティヌム 博物館・美術館・ギャラリー
-
アルベルティヌム 美術館の正面入り口を過ぎると
道が隣の公園に沿ってなだらかなカーブになっていてアルベルティヌム 博物館・美術館・ギャラリー
-
この方がおられます。
ドレスデン出身の画家、版画家である
ルートヴィヒ・リヒターの記念碑です。ブリュールのテラス 散歩・街歩き
-
そしてその前一帯はブリュールシャー・ガルデンという
アウグストゥス3世の親友でマイセン磁器製作所の責任者であったハインリッヒ・フォン・ブリュール伯爵の庭園を公園にしたもので、川縁にはブリュールのテラスがあります。私たちが行った時は冬なので人影もなく閑散としていますが、緑が生い茂る季節になるとそれはそれは美しいようで沢山の人でにぎわうようです。
マイセンの陶磁器の有名な「いるかの泉」と言う作品は
この庭園に中にある泉(写真は撮れていません)を参考に庭園と同じ頃造られたものです。
そして川沿いには、ブリュールのテラスと呼ばれるかのゲーテも
「ヨーロッパのバルコニー」たたえた遊歩道が500mほど延びています。ブリュールのテラス 散歩・街歩き
-
これがブリュールシャーガルデンの中に泉です。
マイセンの陶磁器に「イルカの泉」という有名な作品は
この泉を参考に庭園と同じ頃造られたものです。
泉の写真は撮ってないのでドレスデン観光協会のHPから
見つけてきました。ここだけ季節は夏です。 -
「いるかの泉」1897年に原型が作られたこの作品は、ザクセン選帝侯国の首相であり、マイセン磁器製作所の責任者であったハインリッヒ・フォン・ブリュール伯爵の庭園の泉からインスピレーションを得ています。水を吐き出すイルカの前で煙草の火を消す、という19世紀末らしいユーモアから、灰皿に使用されていたことが推測される作品です。・・・マイセン公式サイトより
なるほど -
そしてブリュールのテラスから見た対岸の新市街
さっきバスで通ってきたカローラ橋が見えます。
ちなみにドレスデンはヴァルトシュレスヒェン橋を建設したことによって2009年に世界遺産を抹消されたわけですが、ヴァルトシュレスヒェン橋というのは
あのカローラ橋より二つ向こうの橋です。
ここから見る限り、全然見えないので新旧市街地の景観は
損ねないと思いますが、エルベ川渓谷も含めた世界遺産ということで
橋が渓谷の景観を損ねたのでしょうか -
そして反対側を見るとアウグストゥス橋が見えます。
ブリュールのテラスはアウグストゥス橋とカローラ橋の真ん中あたりに位置し
周辺の川べりにはリバークルーズ船も何艘か係留されています。
アウグストゥス3世の親友でマイセン磁器製作所の責任者であったハインリッヒ・フォン・ブリュール伯爵の庭園としてつくったもので、「イルカの泉」というマイセン磁器はこの庭園にある泉を参考にこの当時造られたものだそうです。ブリュールのテラス 散歩・街歩き
-
ブリュールのテラスから川の方を見下ろすと
船着場の前は道路がなっており、観光用の馬車も走っていました。 -
ブリュールのテラスの中心あたり一番見晴らしの良い場所に
柵に囲まれたものがあるのでなんだろうとのぞきこんで見るとブリュールのテラス 散歩・街歩き
-
実はドレスデンはその昔、
星型要塞に囲まれた街でブリュールテラスのある
この位置も要塞の一部だったわけです。
そのときの名残が残されていてきっとここまで船が入れたのですね。
しかし見下ろすとかなり深くて簡単な柵で覆われて
いるだけなので歴史も感じますが少し怖いです。 -
穴の深さに驚いているその後ろには
ドレスデンで一番古い大学であるドレスデン美術大学があります。
1764年の設立だそうです。 -
ドレスデン美術大学 アルベルティヌム 美術館側入り口
確かに古い、伝統ある大学で装飾物や柱も凄いです。
私だったらこの大学に入っただけで、一流の芸術家に
なったような気がすると思います。 -
ドレスデン美術大学
大学のメインの校舎はブリュールのテラスに1894年に建てられたそうです。ブリュールのテラス 散歩・街歩き
-
ドレスデン美術大学ブリュールのテラス側校舎には
そうそうたる画家の名前が掲げられています。
現地ドレスデンのガイドさんが、
「ドガとかラファエロとかドイツ出身じゃないのにねえ」、
と言われてたのには笑ってしまいました。 -
確かに校舎中心には堂々とドガの名前があります。
これは
何か理由があるのでしょうか?それとも単に学長の好み? -
ドレスデン美術大学にはガラスドームあり
通称「レモンの絞り機」と呼ばれているそうです。夜は光るらしいです。
成る程、確かにそんな形です。
そして、ガラスドームの向こうにはドレスデン聖母教会が見えています。
大学前広場に立つ銅像は、州立歌劇場ゼンパー・オーバーを
設計建築したゴッドフリート・ゼンパーです。 -
大学校舎の前のブリュールのテラスを進んでいくと
校舎の角に階段が出てきます。この階段を下ります。
かなり高さのある階段で
ここが街を囲む要塞だったと改めて理解できます。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
-
階段を下りるとミュンツガッセ通りに入り
ドレスデン聖母教会(フラウエン教会)に行きます。 -
聖母教会です。
11世紀から存在し、1726年から43年に再建された教会で
ドイツの最も重要なプロテスタント教会として町のシンボルであったが
1945年の空襲で破壊され、モニュメントとして壊されたままの
無残な姿で残されていたが、東西ドイツ統一後修復が始まり
2005年10月に再建された。・・・・わがまま歩きより抜粋フラウエン教会 (聖母教会) 寺院・教会
-
ドレスデン爆撃によって一部の壁を残し全壊した聖母教会は、戦後東ドイツ政府は宗教施設の再建を後回しにしていたので廃墟のままモニュメントとして残されていたが、東西ドイツ統合後に住民運動により瓦礫を最大限に活用し「世界最大のジグゾーパズル」と呼ばれた再建工事が、有志からの寄付金(世界中から182億円集まる)により始まり1996ー2006年の期間で再建された。特に頭頂の十字架は実際に空爆を行ったイギリス人兵士の家族からの寄付金で2004年に復元された。…Wikiより
フラウエン教会 (聖母教会) 寺院・教会
-
教会の入り口の一部と、馬のそばにある黒い石のオブジェのようなものは
破壊されたときのモニュメントのままのようです。
新しい部材と破壊されたときの部材の組み合わせが
モザイク模様を描き出しているこの建物は、
新しい名所となっているそうです。フラウエン教会 (聖母教会) 寺院・教会
-
次に教会内に入ってみます。
聖母教会入り口から中に入ったところです。フラウエン教会 (聖母教会) 寺院・教会
-
美しい祭壇です。
この教会は福音主義キリスト教会であり、ドイツ福音主義教会を構成する
ザクセン福音ルター派州教会に属しているそうです。フラウエン教会 (聖母教会) 寺院・教会
-
教会内部はドーム状になっているため
入り口と出口は場所が違います。
入り口からぐるっと右に回り込んだところが出口で
教会をでたら一瞬方向を見失ってしまいました。
私達ツアーの集合場所は教会入り口前の観光案内所の入るショッピングモール
でしたが、出口前にも観光案内所のあるショッピングモールがあり
気をつけなければ間違いそうです。フラウエン教会 (聖母教会) 寺院・教会
-
ここが私達ツアーの集合場所の
聖母教会入り口前のショッピングモールです。
ここは地下は食品関係やカフェ、一階はインフォメーションセンターとファッション関係洋服やアクセサリー、二階にはレストランが入っており、ドレスデンのスイーツのお土産は地下で買えます。QFクアティア ショッピングセンター
-
2階に行くエスカレーターを上がると、お洒落なこの方が手を広げて
出迎えてくれます。2階にはレストランの他にラーメン屋さんまであります。
ラーメン屋さんは店内に日本語表記も見えましたが中国系のようでした。QFクアティア ショッピングセンター
-
そして一階インフォメーションセンターの側では
スタイル抜群のこの女性がお迎えしてくれます。
インフォメーションセンターは入り口入ってすぐに
大きな看板が目に入るのででわかりやすいです。観光案内所 (フラウエン教会近く) 散歩・街歩き
-
次に聖母教会前広場からテプファー通りに入り、アウグスト通りにある君主の行列を見に行きます。
突き当たりにあるのが君主の行列の壁です。
壁の向こうにはカトリック旧宮廷教会の尖塔が見えています。 -
君主の行列とはアウグスト通りに面してあり
ドレスデン城(レジデンツ宮殿)北東側のシュタルホーフ(武芸競技場)の外壁に
おおよそ100mにわたりマイセン製磁器タイル約25000枚に
歴代君主35人の姿が描かれた壁画で1907年に製作されました。
街の85%が破壊されたドレスデン爆撃で奇跡的に残ったもので
ほぼオリジナルの状態です。君主の行列 文化・芸術・歴史
-
王の絵もさることながら窓のところの飾り絵も素晴らしいです。
一枚一枚のタイルがはめ込まれ絵になっているのがわかります君主の行列 文化・芸術・歴史
-
各王の絵の下には名前と在位年数が刻まれておりその下には紋章もあります。
写真右端にはザクセン選帝侯(在位1697年から1733年)の
フリードリッヒ・アウグスト二世の名前が見えます。
アウグスト二世はポーランド・リトアニア共和国の国王でもあり
(在位1697年-1706年、1706年-1733年)
ザクセン選帝侯としてはフリードリッヒ・アウグスト一世になります。
また、熊のような怪力と無数の子供たち(嫡出子は一人だけ)をもうけた精力絶倫ぶりから「強健王」と呼ばれました。
確かにこのアウグスト二世の絵は他の王様の絵と違い、こちらをしっかり見つめ
自信にあふれた姿です。
ちなみに
選帝侯とは、中世ドイツで、神聖ローマ皇帝を選挙する特権を持った諸侯。
1356年発布の金印勅書で、マインツ・ケルン・トリーアの各司教、ボヘミア王・ライン宮廷伯・ザクセン公・ブランデンブルグ辺境伯の7諸侯に限定された。
1806年の神聖ローマ帝国崩壊とともに選帝侯はその役割を終えた。君主の行列 文化・芸術・歴史
-
そして、アウグスト通り君主の行列の壁画の隣には
ドレスデン最高地方裁判所があります。 -
この最高裁判所の正面にはザクセン王国の初代国王(在位1806年から1827年)で
「正義王」と呼ばれたフリードリッヒ・アウグスト一世の銅像があります。
この王様は、はじめザクセン選帝侯で(ザクセン選帝侯としては
フリードリッヒ・アウグスト三世、在位:1763年-1806年)で
1806年の神聖ローマ帝国の崩壊とともにザクセン公国初代国王に
なったわけです。
また、一時ワルシャワ公も兼ねていてワルシャワ公としては
フレデリック・アウグスト一世(ポーランド語)となるのです。
ヨーロッパは大変ややこしいですがやっと理解できました。 -
最高地方裁判所の前のシュロス広場を挟んで
カトリック旧宮廷教会があります。
この教会は、ドレスデン・マイセン司教区の大聖堂で、ザクセン州最大の教会で
屋根の上には78体の聖人石像があります。カトリック旧宮廷教会 (三位一体大聖堂) 寺院・教会
-
カトリック旧宮廷教会は、1738年から1754年にバロック様式で建造され、
この聖堂に、地下室にザクセン王の家系であるヴェッティン家の墓があり
そこには、何と器に入ったアウグスト強王の心臓が保管されている。カトリック旧宮廷教会 (三位一体大聖堂) 寺院・教会
-
次にカトリック旧宮廷教会とドレスデン城の間の
ヒアーヴェリー通りを抜けてお城のハウスマン塔の方向に進みます。
右が教会で左がお城です。渡り廊下で行き来できるんですね。ドレスデン城 (レジデンツ宮殿) 城・宮殿
-
ハウスマン塔は高さ101メートルあり
アウグスト一世強王がこの塔より高い建築物は造ってはならぬ
とのお触れを出したそうで、ドレスデンでは現在でも
これより高いものはないそうです。塔内の222段の螺旋階段を
登ると展望台から360度パノラマビューでドレスデン市内を一望できます。ドレスデン城 (レジデンツ宮殿) 城・宮殿
-
渡り廊下を過ぎるとハウスマン塔に登る入り口出てきます。
でも気をつけないと修復のたびに入り口が変わるらしいです。 -
やはり爆撃で破壊されたドレスデン城の再建は
1989年に始まり2006年に完了しました。
現在、ドレスデンを代表するバロック建築のひとつです。
内部は宝物館として公開され一階は「緑の丸天井」2階は「新・緑の丸天井」
と呼ばれ歴代ザクセン選帝侯が収集したその数3000点以上の金、銀、琥珀や
珊瑚をあしらった文字通り目がくらむような宝飾品が展示されているそうです。
見たかったです。ドレスデン城 (レジデンツ宮殿) 城・宮殿
-
ドレスデン城のすぐ側をトラムが走っています。
気をつけないとまた接触しそうになります。ドレスデン城 (レジデンツ宮殿) 城・宮殿
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ドレスデン城の前は広場になっていて
その向こうは州立歌劇場と劇場広場になります。劇場広場 広場・公園
-
トラムはカトリック旧宮廷教会と劇場広場の間を縫うように
走っています。トラムの線路も景観の一部に見えます。劇場広場 広場・公園
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劇場広場から見たドレスデン城
ドレスデン城 (レジデンツ宮殿) 城・宮殿
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劇場広場から見たドレスデン城(右)とカトリック旧宮廷教会
劇場広場 広場・公園
-
劇場広場の名の由来になった
ゼンパーオーバーです。ザクセン州立歌劇場
東ドイツ時代、ここは国立歌劇場でしたが、今は州立歌劇場で
ゼンパーと言う名前は、ここを設計した建築家のゴッドフリート・ゼンパーからとったものです。劇場前にはゼンパーオーバーの発注者でもある
ザクセン王ヨハンの騎馬像があります。
1841年に建設されたこの歌劇場では、リヒャルト・ワーグナーが指揮者を務めていたこともあります。
しかし、
1869年に火災により消失、ゼンパーがあらためて基本設計をおこない再建築
1945年ドレスデン爆撃で大きな被害を受け瓦礫の山となった。
1977年から復興が始まり1985年に復興完成
2002年欧州を見舞った大洪水で大きな被害を受けたが、再開
紆余曲折を経て不死鳥のように蘇ってここに建ち
世界中の人から愛されているわけです。ゼンパーオーパー (ザクセン州立歌劇場) 劇場・ホール・ショー
-
次はツヴィンガー宮殿に行きます。宮殿の前は広大な中庭になっています。
ドレスデンはもともと星型要塞に囲まれた街でその要塞の城壁は12世紀に
形成され、15世紀に拡張されますが、その際に生じた新たな用地が
ツヴィンガーと呼ばれ、居城付近は庭園的に利用されていましたが
その後ザクセン選帝侯となったフリードリッヒ・アウグスト一世(アウグスト
強王)が1694年に建築した。フランスやイタリアを旅行してきたあたらし物好きのアウグスト強王は、当時の時代ドレスデンは木造建築が主体で
時代にそぐわない!!と居城の側の庭園(ツヴィンガー)に
石造りの宮殿を建築することを計画されたそうです。
おそるべしアウグスト強王ツヴィンガー宮殿 城・宮殿
-
ツヴィンガー宮殿の右手のほうに
アルテ・マイスター絵画館があります。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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システィーナの聖母が美術館を指しています。
いよいよアルテ・マイスター絵画館に入ります。
写真撮影はできますがノーフラッシュ、ビデオはNGです。
外国の美術館は、季節によって撮影NGのときがあるので
今日は、短い鑑賞時間になるみたいなので撮影できるのは嬉しいです。
私達はツアーについていましたが切符を見ると7?になっていました。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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絵画館に入場は地下一階からです。クロークもここにあります。
私達のこのツアーは二月からアルテ・マイスター入場観光が追加されて
とても喜ばしかったですが、何と鑑賞時間は一時間もありません。50分です。
絵画鑑賞好きの私としたら、さー大変 鑑賞にはツアー委託の現地日本人
ガイドさんがいらしてその方の選ぶ絵画説明を始めましたが、私達はお断りしてツアーから外れパンフレット片手に大急ぎで好きな絵画を見ました。
ゆっくり鑑賞はできません。とにかく好きな絵を探します。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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イチオシ
時間がないので一番上の階から順番に下に降りていくことにしました。
一番上の階が2階で次が1階その次が外国は0階になりその下
地下一階が入り口です。まず2階から最初に目に付いたのが
ジーン・ェティエン・リオタール
「The Chocolate Girl」
この画家さんもこの絵も知りませんでしたが
バランスのいい洗練された絵ですねアルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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フェルメール
「取り持ち女」です。
フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」もあるはずですが
どこを探してもありません。貸し出し中かと思い聞いてみると
定期メンテナンス中だとか美術館スタッフに言われました。(つたない英語聞き取りですが多分そうだと思います)アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ラファエロ
「システィーナの聖母 」
ラファエロ晩年1513年から1514年頃にかけて比較的短期間で描かれており
ラファエロが描いた最後の聖母像であるとともに、自身で描き上げた
最後の作品となっているそうです。
サイズは265cm×196cmと大きくてどこから撮影しても
部屋のライトが写り込んでしまいます。
第二次大戦終戦前、このシスティーナの聖母を中心とした
沢山の絵画をドレスデン政府は。被害を恐れて空調を整えた坑道に保管したので
ドレスデン爆撃を免れましたが、終戦後坑道がソビエト赤軍に発見され
モスクワに持ち去られてしまいその後モスクワプーシキン美術館に飾られおり
ドレスデンに帰ってきたのは東ドイツ時代の1955年のことです。
そのとき、ソ連側は我々が絵を見つけたときには
坑道の空調は壊れていて水浸しになっておりひどい湿気で劣悪な状況に
置かれていた絵画をひざまで水につかり身を挺して移動したのだ
と世界中に報道しプロパガンダとして利用したそうです。
実際の坑道での絵画の保管状態は空調に狂いはなく乾燥した状態で
きちんと保管されていたそうです。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ブリューゲル
「バベルの塔」
バベルの塔シリーズ最近日本に来ましたね
どこの美術館のものだったかなアルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ルーベンス
「老婆とバスケットの石炭」
ルーベンスこういう絵もあるんですねアルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ルーベンス
「ニンフとサトゥルヌスに勧められて酔っ払うヘラクレス」
ルーベンス真骨頂です。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ルーベンス
「噴水のバテシバ」アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ルーベンスですが
これも題名がわかりません。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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光が入り写りが悪いですが
レンブラント
「結婚式の客に謎をだすサムソン(サムソンの結婚式)」
1638年作アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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レンブラントは別の部屋にもレンブラントだけのコーナーがあり
ここだけはじっくり鑑賞アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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レンブラント
作品名がわかりません
モデルは息子のティトウスのようだから晩年の作品ですねアルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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レンブラント
1633年作
「微笑むサスキアの肖像」
レンブラントとサスキアが婚約した年に描かれたもの
二人は翌年に結婚した。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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レンブラント
1641年作
「フローラに扮したサスキア」
サスキアが亡くなる一年前に描かれた作品です。
サスキアは1642年29歳で亡くなり死因は結核と言われています。
私には婚約中に描かれた8年前の作品よりこの絵のサスキアが
若く見えました。死の病にとりつかれた人間の透明感のようなものが
描かれているのでしょうか。
8年前の婚約中に描かれたサスキアは描き手であるレンブラントを
誘うような挑むような目で見ているように感じますが
この絵はやはり描き手であるレンブラントをじっと
見据えていますが、どこか空を見つめているようんし空洞のような
遠くを見つめているような目に感じます。
二人の結婚生活8年の間に4人の子供が誕生していますが
3人までもが生後二ヶ月までに亡くなり
この絵を描いたときは、4番目の子供を生んだばかりの頃のようです。
レンブラントの子供のうち、成人を迎えられたのはサスキア
との間に最後に生まれた四番目の子供ティトゥスだけだったが
彼もレンブラントより先に亡くなるんですよね。
私はレンブラントがとても好きだから
レンブラントの絵を見ると彼の人生にすいこまれそうな気持ちになります。
それだけレンブラントはどこで見ても圧倒されます。凄いです。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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レンブラント
「酒場のレンブラントとサスキア(放蕩息子)」
1635作
レンブラントはこのころサスキアの財産を湯水のごとく
美術品収集や絵を描くために使っていることを
サスキアの親類や周りから非難されて
自分をサスキアの放蕩息子との意味を含めたみたいです。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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じっと見つめられたので写真に収めましたが
作者名も題名もわかりませんアルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ヴァン・ダイク
題名がわかりませんが
貴族の若いご夫婦の肖像ですねアルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ヴァン・ダイク
「チャールズ1世の年長の子供達」
1635年 -
ジョルジオーネ
「眠れるヴィーナス」です。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ボッティチェリ
「聖母子と聖ヨハネ」アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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この絵はクラーナハだと思うけど
作品名がわかりませんアルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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ルーカス・クラーナハ(父)
「エヴァ」
クラナーハ(子)
「アダム」アルテ マイスター カフェ
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彫刻 アポロンもあります。
彫刻コーナーは
時間の関係で小走の鑑賞のなりました。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
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彫刻コーナーを最後に一時間足らずの絵画鑑賞は終わりです。
そんなに大きな美術館ではないですが、ゆっくり見ようと
思ったら3時間は欲しいです。これがツアーのつらい所です。
でもアルテ・マイスター美術館は知らなかったので来れた
ことには感謝です。アルテ マイスター絵画館 博物館・美術館・ギャラリー
-
ドレスデン現地ガイドさん
日本の大学に留学されていたそうです。
勉強熱心な方でした。ありがとうございました。
ドレスデン観光の感想は、古い歴史、宗教、破壊と再生そして伝統を守る姿
同じ敗戦国日本に戦後生まれ育った自分としては、街の形は違うけれども
相通ずるものを感じました。美術館も素晴らしいコレクションには驚きました。 -
アルテ・マイスター絵画館を出たあとは
バスで国境を越えてチェコ共和国に入り
今日の宿泊地であるプラハのホテルまで移動しました。
移動距離が長くへとへとです。
でも明日はプラハ観光、午後は自由時間があって楽しみです。ホテル デュオ プラーグ ホテル
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旅行記グループ 2018年2月 中欧巡り
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