2017/11/18 - 2017/11/30
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HOUKOUさん
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3日間の峨眉山滞在。
天気がはっきりしないなか,ハイライトである金頂に今日向かうことにする。
視界が悪く雲海は望めなかったが,「雪もまた奇なり」。
峨眉山の雪景色を楽しんだ。
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朝早く起きて,路地向いのホテル本館へ食事をとりに行く。
その路地から天候を伺うが,暗くて空模様がよくわからない。
それでも少なくとも雨模様ではなさそうなことぐらいは何となくわかる。
ホテルの食事はいたって質素なもの。
3日間ともほとんど同じメニューだった。
私は,中に餡が何も入っていない少し甘みのある中国式マントウがあまり好きではない。
白粥とマントウという中国ではありがちな取り合わせで,食欲があまりわかない。 -
朝食後とりあえず宿のすぐ近くにある「客運站」に行ってみる。
峨眉山に登るにしろ楽山へ行くにしろ,ここがバスの発着所なのだ。
客の集まり具合も判断材料にしようという思惑もあった。
観光客が多いことでも有名な峨眉山であるが,シーズンオフの平日早朝で,しかも天気もはっきりしない条件からか,さすがに客はまばらだ。
峨眉山頂上アタック(というほどのものではないが)を今日決行するかどうか迷いに迷う。
どうも雨が降りそうでもないみたいだった(確信はないが)ので本日決行することにした。
雨だけはなんとしても避けたかったのだ。
中国の名山といわれる山はこれまで3箇所登った。
泰山のときは小雨まじり,ときどき霞がかかり「泰山の上から見下ろすと天下は何と小さいものよ」とノタマわった孔子の心境を味わうことができなかった。
そのかわり,2千年以上前に封禅の儀に訪れ,松の木に雨宿りした始皇帝と同じ体験をすることができた。
悪天候とまでは言えず,雲の合間から時には垣間見る光景は,かえって幽玄でさえあった。
「山色空濛として雨もまた奇なり」という蘇東坡気分も味わった。
このときはときどき小雨が降る程度だったので,興趣が損なわれることはなかった。
2014.9 青島・泰山・曲阜・済南・シ博(ズーボー)の旅(10)~泰山登山2(中天門から南天門へ)
http://blog.livedoor.jp/linz36c/archives/7616555.html
2年前は一度の旅行で,黄山と廬山に登った。
共に天気に恵まれ,特に黄山は御来光も見ることができた。
2016.9上海・黄山・九江・廬山・南昌の旅(5)~黄山歩き:慈光閣ロープウェイで山に入る
http://blog.livedoor.jp/linz36c/archives/8627226.html
2016.9上海・黄山・九江・廬山・南昌の旅(30)~廬山「大口瀑布」、「五老峰」
http://blog.livedoor.jp/linz36c/archives/8655612.html
この季節,峨眉山の天気はすっきり晴れることは稀とも聞いていた。
雨が降らなそうなだけでも,「吉」としなければならないかもしれない。
今日登ることを決断し,入場券とバス切符を買い,峨眉山頂上への第1ステップともいうべき雷洞坪行きバスに乗り込む。 -
不安な気持ちでバスの車窓から風景を見る。
夜が明けてから時間が経過しても,なかなか空が明るくならないのだ。
陰鬱といえる空模様の中バスは山道をひた走る。
その内車窓からの風景に変化が出始めた。 -
木の葉に雪がかかっているの見え始めた。
しばらくすると前を行くバスが停車。
待機していた作業員がチェーンを装着しはじめた。
実に手慣れたもので,私が乗っているバスにもあっという間にチェーンがまかれた。
チェーンを装着しても,カーブ以外はあんまりスピードを落とさず走行する。
そのハンドルさばきはかなり慣れたものに思え,安心感さえ感じる。 -
こうして終点の雷洞坪に到着。
この時点では視界が悪く,頂上登山を今日にしたことを少し後悔した。
しかし,ここまで来たからには登るしかない。
ロープウェイ駅まで軽い坂道を登る。
坂道前に簡易なアイゼンをレンタル(販売?)する商売人が登山客に群がり,しきりにアイゼンを進める。
見たところ,2/3以上の人たちは,薦められるままにアイゼンを利用していたようだ。
私は自宅に4本爪の軽アイゼンを持っていて,実はこういうこともあろうかと旅に持ってこようかとも思っていたのだが,荷物にもなるし危険物と見られたらやっかいだと思って結局持参してこなかった。
実際にそのアイゼンを国内で使ったことはほとんどないのだが,経験上少しの積雪だとアイゼンは不要で,かえってじゃまになるという感じがしていた。
それに今回の旅行用に買ったトラベルシューズは,しっかりと溝がついている・・ということでアイゼンをしきりに勧めるのを手で遮って「不要(ブーヤオ)!」とことわった。
その代り日本から持ってきた愛用のコールマンの登山杖はしっかりと手に握りしめている。 -
中国の有名な山は基本的には階段が整備されており,ゆっくり慎重にステップを踏めば特に問題なく歩けた。
一回だけ下りの階段で滑って大転倒をやらかしそうになったが,何とかバランスを立て直し転倒を免れた。
「自分もまだまだ若い」と内心ほくそ笑む。
それと言うのも,その少し前に,すぐ前を歩いていた,まだ40歳ぐらいの体格のいい中国人男性が実にみっともない格好でスッテンコロリンと転倒したのだ。
それは派手な転び方で,周りの人が「大丈夫か」と声をかけるほどであった。
坂道を登るにつれて,少し視界がきいてきたようにも感じる。
それに雪景色のなんと美しいことよ。 -
途中2か所ほど,山がパックリと割れているところがあり,その雄大な裂け目からかすかに遠景も伺える。
それがまた天下の霊山という場所も場所なので実に幽玄に感じる
「雪もまた奇なり」である。 -
ロープウェイ駅にたどり着き,待ち時間もほとんどなくゴンドラに乗り込む。
窓が曇っており,十分には風景は楽しめないが,晴れていたら逆にかなり恐怖感を味わったのではないか。
というのも,このロープウェイかなりな急斜面沿いにもうけられたものなのだ。
ロープウェイを使わず,おそらく2時間以上はかかるであろう徒歩で山頂を目指す方法もあり,一応は検討したのだが,転倒リスクもありあっさりそれは諦めた。
この急坂では,これは正解だった。 -
-
ロープウェイを降り,少し歩くと大きな広場が現れた。
そして,あの有名な金色に輝く峨眉山の象徴ともいえる普賢菩薩像が見え始めた。
それは幻かと思うほど,想像よりはるかに巨大なものだった。 -
旅行前にこの菩薩像の写真は,本やウェブサイトで何回も見ていたのだが,私はこの造形が気に入らないばかりではなく,軽い嫌悪感さえ感じていた。
なぜかといえば,この造形には悪い意味でのモダニズムが深く入り込んでおり,得体の知れない新興宗教が持つ不気味な闇に似た印象を感じたからだ。
仏像が崇高で美しいのは,それは人々が心の底から仏に帰依し,本気で極楽浄土を夢見,地獄に髪の毛が逆立つような恐怖を抱いていた古(いにしえ)の世に結実した様式により作られたからだ・・と頑固者の私は考える。
どうしても犯してはならない様式というものが,この世の中にはあるはずだ。
私が昔からこれ以上ないくらい嫌悪しているのが,クラシック音楽のフュージョン(他ジャンルとの融合)である。
クラシック音楽といっても,プロコフィエフやラフマニノフ,ラベル,ガーシュイン,ストラビンスキーなどのことを言っているのではない。
そんなどうでもいい音楽のことではなく,バッハ,ベートーベン,モーツァルトのような神の音楽のことを言っているのである。
例えばベートーベンがジャズ風に編曲される,あるいはロック風のリズムにのって演奏される。
私は首をかけて断言するが,こんな「音楽」を聞いて虫唾がはしらない人は,決してベートーベンが伝えたかったことを(そしておよそ人間が到達できる最高度の精神世界を)一生涯理解することはできない。
私はこれまで何度,そうしたこの世に存在すべきでない冒涜の「音楽」が流れているのをきいて怒りのあまり涙が滲む思いをしてきたことか。
「奇跡の音楽 Q&A」
http://blog.livedoor.jp/linz36c/archives/5598192.html
話が横道にそれたが,
その普賢菩薩像の実物を目の前にして,そうした嫌悪感がどれくらい拡大するのか・・そんなことを実は心配していた。
しかるに,この想像を絶していた巨大さに感銘を覚え,更にはうっすらと雪をまとった姿が中国人の金ぴか趣味をベールし実に品よく気高くさえ見えた。
普賢菩薩の乗り物である6本の牙をもつ象も,本来の白色に近い色になっている。 -
この付近で一番の高台に出てみると,そこにはもう一つのシンボルである金頂がひっそりと建っていた。
この建物は明の時代にオリジナルが建てられ,その後何回も焼失や破壊が繰り返され,今目にするものは2006年に建てられたものである。
建物は銅で作られ金メッキが施されている。
最初霞んでいたが,ここは山のピークなので風通しがよいためだろう,刻々と視界や景色が変化していく。
ここの高度は3,077m。
山登りは私の趣味の一つであるが,私が住んでいる九州は2,000m以上の山がなく,この高度は自己最高である。
3,000mを超える高度では人によっては高山病の症状が出るらしくて,2,000mの山でさえ登ったことがない低山徘徊趣味の私は少し心配していたが,全く何の体の変調もなかった。 -
最初道教の聖地とされていた峨眉山であるが,漢の時代に峨眉山頂上で普賢菩薩を見た(ブロッケン現象を見たとも言われる)という老人の話がその後広まり,それ以降普賢菩薩の霊場として仏教が興隆した。
華厳寺大雄宝殿。
こちらも金色の外観である。 -
臥雲禅院。
周りを雲に取り囲まれ,まるで雲の上に臥するように見えることから名づけられた。 -
植物の種類も豊富で,その上に積もった雪景色にも変化があって見飽きることがない。
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雲海が見れなかったのは残念だが,雪景色で宗教的厳粛性を増したかのような峨眉山頂上の風景を十分楽しんだ。
登りよりスリップの危険性が高いので慎重に慎重に石段を下りていく。
予定では山頂付近で丸一日かけるつもりだったが,まだ時間がある。
ロープウェイ,徒歩で雷洞坪バス停へ戻り,日をあらためてと思っていた峨眉山中腹へ今日のうちに行こうと思ったのだ。
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